提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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今回はちょっとほんわか回?


第二十一話

事の顛末を話し終えた名取は大きく息を吐いた。名取の話を聞いていた間宮は泣いていた。北上と玲司は目を閉じていた。扶桑はぎゅっと名取を抱きしめていた。

 

「横須賀を変えることができて…よかったです。司令官さんも来てくれて。北上ちゃんや雪風ちゃん、翔鶴さん…時雨ちゃんに村雨ちゃんも…大淀さんも、元気になって…五十鈴姉とも、まだちょっとぎこちないですけど、お話。できるようになりました」

 

「そっか…名取。よく頑張ったな。頑張ったよ」

「うん…名取がここを変えてくれたから、玲司が来てくれたしね。ありがとう、名取」

 

ポンと玲司が名取の頭を撫でる。扶桑の胸に顔をうずめ、静かに泣いた。重圧から解放され、いい方向に変わっていく横須賀鎮守府。その胸中は今は、晴れやかだった。

 

「名取。これから先は俺やみんなと一緒に頑張っていこう。みんなの傷を癒して、もっと笑ってやっていけるように頑張るからさ。北上や扶桑たちと一緒に。俺に手を貸してくれないか?」

「は、はい!私も…もっと頑張ります!!」

 

玲司が名取に手を差し出すと、両手でしっかりと握手をした。その顔は今までの暗い顔ではなく。朗らかな笑顔だった。

 

(ああ、司令官さんにお話ししてよかった…)

 

名取の胸の奥でカシャンと鎖が外れるような気がした。

 

 

「よーし、じゃあもうすぐクリスマスだし、ちょっと親睦会みたいにパーティでもやりますか。豪勢に料理いっぱい並べて。新生横須賀鎮守府、これからもよろしくってことでさ」

「まあ!それはとっても素敵ですね!提督、私もお手伝いします!」

 

「おー、いいじゃん。どうやるのか知らないけど」

「くりすます…ぱーてーですか?何だかわかりませんが…きっと、楽しいことなのでしょうねぇ…」

 

「ああ。せっかくだしさ。うまいもん食って、パーっと騒いでさ」

「え、えへへ…たのしみですね。私も、お手伝いします!」

 

「ああ。頼むよ。じゃあ食材をどっさり買い込みたいからさ。ちょうどいいや、名取は間宮と一緒に食器や何かを使えるようにしてくれないか?」

「は、はい!では、準備をしてきますね!」

 

名取はパタパタと部屋へと急いで帰っていった。北上は部屋を模様替えしたいらしい。北上曰く「過去との決別」だそうだ。何となく玲司には読めた。

間宮も食器や調理器具のチェック。洗浄。大量にいるだろうと思ったからだ。鼻唄を歌いながら大量の食器を出したりしている。

 

さて、と玲司も出かける準備をしていたとき、自主トレーニングを終えた摩耶と最上に出会った。

 

「お、ちょうどいいとこに来た来た」

「やあ、提督。どうしたの?」

 

「ああ。明後日にちょっと懇親会ってことでパーティしようと思ってさ。食材を買いに行きたいんだ。最上も摩耶も下着や寝間着、あんまないだろ?ついでにそれも買うからさ。ついてきてくれないか?」

 

「え、いいの?行く行く!ね、摩耶も行くよね?」

「ええ?あたしは…んーでもなぁ…確かに履くもの少ないし…ゴム伸びたりしてるのあるし…かわいいのほしいし…わかった、あたしも行く。いいんだよな?」

 

「ああ。もちろん。よし、じゃあ1時間後に正門集合で。よろしくー」

 

軽いノリでフリフリと手を振って去っていく玲司。最上は初めてのお出かけに目をキラキラさせていた。摩耶は外がちょっと怖いのか不安げだった。

 

……

 

駆逐艦寮に来た玲司は皐月たちの部屋へ来ていた。ノックをしてしばらく待つと、文月が顔をぱぁっとほころばせて足に抱き着いてきた。頭を優しく撫でる。

 

「わぁ~、しれーかんだ~♪どうしたの~?」

「よっ。これから摩耶達と買い物に行くんだ。パジャマとか、ほしくないか?制服で寝るのはきついだろ」

 

「え?いいの?やったぁ!ボクも時雨ちゃん達みたいなのほしかったんだ!行く行くー!」

「霰も…行きます…」

 

三人とも目を輝かせてお誘いに乗った。制服しかないのですぐに出れる様子だ。

 

「んじゃ、もうちょっとしたら正門でな」

「は~い。おでかけおでかけ~♪」

 

さらに玲司は雪風の部屋へと向かう。雪風も少し外の空気に触れたほうがいい気分転換になるだろう。そう思っていた。幸いにも雪風は部屋にいた。

 

「あっ、しれえ!何でしょうか?」

「雪風、電も一緒か。雪風と電にもパジャマとかが必要かなと思ってさ。食材を買いにいくついでにどうだ?」

 

「わぁあ、お出かけですか!?雪風もお供します!!」

「い、電もいいのですか?お出かけしてみたいのです」

 

びしっとかわいらしい敬礼をする雪風。ふっと笑みが出る。電ももじもじしているが少し嬉しそうだ。

 

「よーし。じゃあ行くか!ほら、電も。しゅっぱーつ!」

「はいっ!しゅっぱーつ!」

「なのです!」

 

電と雪風と手を繋いで正門へと向かう。その姿を見かけた名取は、何とも微笑ましい光景にクスクスと自然と笑顔が浮かんだ。自分ももっと打ち解けれるように頑張ろうと、ムン、と意気込んで食堂への手伝いへと向かった。

 

「おーっす、悪い悪い。待たせた」

「ごめんね、お待たせ!」

 

「おう。全員揃ったな。さあ、乗った乗った」

「わぁ、楽しみだよー!ボク、これ乗ってみたかったんだ!ボク司令官の隣ー!」

「あ~さっちんずる~い~。文月も~!」

 

「ほらほら、ケンカすんなって。文月は帰りに隣な!皐月、それでいいな!」

「はーい!」

 

「よーし、乗ったな?ベルトは締めたな?んじゃ、出発進行!」

「んちゃ」

「なのです!」

 

駆逐艦はハイテンションだった。ゆっくり動き出した車。それに摩耶や最上まで「おおお…」と驚いていた。普段海の上を走る彼女たちが、陸上を速く動くものがあることも知らず、こんなに速く動くものなのかと感動していた。雪風も電も、とても楽しそうに流れゆく景色を楽しんでいた。

 

商店街についた一行。現れた青年に見覚えがあった肉屋の女将が気づいた。車からゾロゾロ下りてくる女の子。艦娘だろう。艦娘を見て一瞬身構えたが、武装らしきものは以前見た時のようには装備していないように見える。

 

青年は小さな女の子と両手を使って手をつないでいた。左右の手を繋いでいる女の子の顔はとても嬉しそうで。楽しそうだった。何やら手を繋いでいない女の子が自分もとせがんでいるようだが、彼は困った顔をしていた。背の高い女の子が窘めているようにも見える。

そのなんとも微笑ましい光景に、女将は警戒を解いた。

 

「ありゃ艦娘だよな…?なんか、まるでそのへんの親子と姉妹みたいだよなぁ…」

「ほんとに、横須賀の鎮守府は変わったのかねぇ…。あんた、ちょっと様子を見ようよ」

「んだな…。あんなに楽しそうにしてる艦娘の顔、見たことねえや…あの青い服の子、かわいいなぁ…スタイルいいしよぉ…」

「ああん!?」

「はい!何でもありません!」

 

……

 

まず商店街の衣服屋で寝間着などを見ることにした。女性の店主が声をかける。

 

「あら、いらっしゃい。また艦娘ちゃんのパジャマかしら?下着はこっち。あら、あなたいいスタイルしてるわねぇ!ちょっと見立てさせてよ!」

「ええ、あ、あたしが!?」

 

何も言わずとも下着コーナーに連れていかれ、何やら派手な下着を次から次へと見せられていく摩耶。その顔はトマトのように真っ赤だ。

 

「これなんか似合うわよ!ほら、あそこの彼に見せてあげなさいよ!」

「え、ええ!?そ、そんな…あたし、彼女でも、ないし…は、派手すぎ…」

「何言ってんの!女の子は下着もおしゃれにしなきゃ!じゃあ、これ!」

「ひ、紐!?」

 

「ぷくく、摩耶、大変そうだね。僕はこういうスポーツ系がいいなー」

 

「摩耶、ご愁傷様…。さ、好きなパジャマを選んでいいぞ」

「わーい!あ、文月、これ!」

「わ~、これ、にゃんこさんだよね~♪さっちん、あたしピンクがいいな~」

「じゃあボクは黄色!」

「霰は…青。にゃんこさん…かわいい♪」

 

それぞれが好きなパジャマを選んでいく。雪風はただボーっと立っているだけで、選ぼうとはしていない。

 

「どうした、雪風?好きなのを選んでいいんだぞ?」

「あ、あの…雪風…本当にいいのでしょうか?雪風は…そんな…」

 

どうやら遠慮しているらしい。電もおそるおそる選んでいたが、今は皐月たちと打ち解けてみんなと選びあいをしている。雪風は今まで我慢をしたり、甘えたりすることができなかったりと言うことが長く続いていたためか、純粋に楽しむことができなくなっているようだった。

ひたすら繰り返される出撃。嫌と言うほど見てきた仲間の死。そして仲間からの暴言。安久野の暴力と罵声。優しさにほとんど触れていない雪風には、甘えると言う行為が後ろめたいようだった。多くの仲間を盾にして生かされてきた。彼女たちを無視して自分が甘えることなんて…。

 

「雪風。いいんだ。お前は甘えていい。今までそういうことはできなかったんだ。これからは思いきり甘えてもいいんじゃないかな」

「しれえ…あたし…」

「いいんだよ。誰も怒りやしないし、止めたりもしないよ。これからはいっぱい甘えていいんだ。誰も、雪風に甘えてはいけないなんて言う権利はない」

 

そう言って雪風の頭を撫でた。くすぐったそうに撫でられていた。大好きな撫でてもらうこと。本当は、もっと撫でてほしいと言いたい。抱き着いたりしたい。けれど、我慢することを覚えてしまった雪風は、思うように甘えられない。まだ、若干の恐怖があった。

 

「ありがとう、ございます。では、雪風、電ちゃん達と選んできます!」

「ああ。行っておいで」

 

ふう、と息を一つ吐くと苦笑いを浮かべた。まだまだ雪風は硬い。笑顔も仕草も甘えることも。時間が癒してくれるかもしれない。けれど、雪風はもっと笑っていい。電も自然と笑っている。雪風だけ表情が硬い。まだ遠慮している。

 

(し・れ・え!だっこしてください!)

(しれえ!お膝の上に乗りたいです!)

(し・れ・え!)

 

かつての雪風を思い出す。執務中であろうと何であろうと、しつこく甘えてきた雪風。今の雪風は見る影もない。手をそっと繋いでさりげなく甘えているのだろう。遠慮などしなくていいのに…そう思うも、思いは届かない。

 

やがてパジャマを3着ずつ選んできた雪風達。摩耶はなぜか頭から湯気を出して真っ赤になっているし、最上は笑いをこらえられていないし、何とも妙な光景である。摩耶は電たちが持っているパジャマをとてもかわいいと気に入り、自分も3着、ねこと肉球がプリントされたパジャマを買っていた。

 

「うーん、夜が楽しみだぜー!こんなかわいいパジャマ、早く着たいなー♪」

「摩耶はほんとかわいいもの好きだよね」

「いいじゃねえかよ。お前も買えばよかったじゃんか!」

「僕はジャージでいいのさ」

 

「かわいいのが着れるのです♪」

「えっへへ、みんなとお揃い!」

「嬉しい、です」

「今日はみんなで一緒におそろいのパジャマだよ~♪」

 

「そっか、よかったじゃないか、いいのがあって」

「うん!あ、司令官。そろそろご飯の材料買うんだよね!」

「今日の晩ご飯はな~にかな~♪」」

 

そう言って文月と皐月が玲司と手をつないでいた。雪風はさきほどのようにもう一度、手を繋ぎたいと思っていたが言えなかった。ちくちくと胸が痛い。けれど、雪風にはそれの意味がわからなかった。

 

……

 

「こんにちはー」

 

今回も玲司がゆるりと挨拶をする。それと同時に摩耶たちも挨拶をする。

 

「ああ、みんな偉いね。挨拶がちゃんとできて。お兄さん、この間はごめんねぇ。あんな態度取っちゃってさ…」

 

「いえ、前の提督がひどくご迷惑をおかけしたと聞いております。こちらこそ、ご迷惑をおかけし、申し訳ありませんでした」

「ん。じゃあこれからはお金を置いて逃げたりせず、ゆっくり買い物していきなさいな」

 

「そうだぜ兄ちゃん。今後はよろしく頼むな!」

「はい、よろしくお願いします」

「じゃあ、これはお近づきの印だよ。コロッケ、食べてみな」

 

揚げたてサクサクのコロッケ。熱々でいい匂いがした。皐月たちが目を輝かせてお礼を声をそろえて言う。その姿に女将はにっこり笑っていた。

 

「ん、おいひい!はふはふ!あふっ!」

「最上は慌てて食べすぎなんだよ。ん、おいしい!」

 

豪快にぱくりと行った最上とは真逆で両手で持ち、ちょこちょこと食べていく摩耶。実は猫舌で熱いのが苦手。でもおいしいのではもはもとちょっとずつ食べる。駆逐艦達の反応も良好。

 

「んー、うまい」

「そうだろうよ!茂ちゃんとこのコロッケは日本一さ!俺は魚屋の源ってんだ!艦娘のみんなに礼が言いたくてよ!」

「お礼、ですか?」

 

「ああ。俺たちがこうしてこんな海の側で商売したり、俺も魚を捕りに行ったりできるのは、海を守ってくれてる艦娘のみんなのおかげさ。だから、ありがとうって言いたくってよ!ありがとうな、艦娘のみんな。それに、提督さんもな。あんた、悪い人じゃねえみてえだし。良しなにしてくれよ!」

 

「お、お礼だなんて…あたしたちも…その…みなさんにひどいこと…」

 

「あんた達はあの男にやらされてたんだろ?みんなの顔を見ればわかるよ。この間来た子には悪かったって言っておいておくれよ。みんなが一生懸命海を守ってくれてるからあたしたちがあるんだよ。さっき、本当に楽しそうに手を繋いで歩いてるのを見てるとね、提督さんは悪い人じゃないねって思ったんだよ。前のと違ってね」

 

「俺たちゃ大したことはできねえ。でも、今のあんたらならいくらだっていいもの出すぜ。何でも言ってくれよな!」

 

海を守ってくれている。その言葉に雪風は胸を打たれたような気持ちになった。ありがとう。その言葉だけで嬉しかった。戦っている意味があった。

 

玲司はいつの間にか魚屋の源と言う男と打ち解け、大量の何かを買っていた。八百屋の夫婦とも笑って話をしていた。玲司は元々誰とでも打ち解けるのが早い。人も、艦娘も。玲司の朗らかな笑顔、性格が人を惹きつける。

 

「提督、何買ったんだよ?」

「ん?ああ、エビだよ。帰ったらいいのたくさん作るからさ。楽しみにしてなよ」

「いいエビだぜ!俺の目利きは最高さ。しっかり艦娘にも食べさせてあげてくれよ!美人かわいこちゃん、泣かせたら承知しねえぞ、玲ちゃん!」

 

すでにもうあだ名で呼ばれているほど打ち解けている。ここの人たちも理解が早い。

 

「よし、帰るか。作る準備もしないといけないからな。じゃあ、行くぞ雪風。よいしょ!」

「ひゃっ!?」

 

雪風と手を繋ぐ。温かい感触が手に広がる。雪風は突然のことに驚いたが状況を理解するととても嬉しそうに笑っていた。皐月たちは軽い野菜などを持ってお手伝いをしている気になっていてご機嫌で、手を繋いでいると言うことは気にしていないらしい。

 

「さあ、帰ろうぜ雪風。家にな」

「は、はいっ!しれえ、おてて温かいです…」

 

嬉しい。今日も日記にいっぱい書かなきゃ。でも、雪風はそれ以上を求めるのはやっぱりためらわれた。わがままは駄目だ。我慢しよう。本当なら車でも隣に座りたい。でも皐月ちゃん達が…。もやもやしつつも一番後ろで摩耶と最上に挟まれていた。

 

鎮守府に帰って来て、買ってきたものを間宮に渡した皐月たちは間宮に褒められ、もう機嫌は最高潮。

 

「司令官!ボク楽しかったよ!パジャマ着るの楽しみ!」

「ありがとうね~♪」

 

そういうと玲司に抱き着く。玲司はその皐月たちを一人ずつ抱きかかえる。

 

「きゃー♪」

「ははっ、今日はありがとうな。荷物持ち疲れたろ。お風呂に入ってきな。ご飯作ってるからさ」

 

「きゃー…ちょっと、恥ずかしい…でも、嬉しい♪」

「し、司令官さん!恥ずかしいのです~!」

 

感情をあまり表に出さない霰も心なしか嬉しそうだった。

 

「ほら、雪風もおいで。今日はありがとな」

「え、あう…雪風は…大丈夫です。雪風もお風呂に行ってきます!」

 

慌てて食堂から逃げるように出ていく雪風。その姿を見送った玲司はぽりぽりと後頭部をかく。

 

「雪風ちゃん、遠慮しているように見えました。もう我慢なんてしなくていいのに…」

「思うところがあるんだろうな。今までが今までで、相当我慢していたし」

 

「助けてもらってまださらに甘えると言うことに負い目も感じているのでしょう。霰ちゃんたちを見る目が羨ましそうでした…」

「こればっかりはなぁ。俺も甘えていいって言ってんだけどな」

 

どこかに負い目を感じている雪風。口で言ってもどうにもならない問題だけに、玲司は歯がゆかった。

 

 

雪風は湯船に浸かりながら考え事をしていた。さっきの皐月たちのことが頭から離れない。自分も本当は皐月たちみたいに抱きかかえてほしかった。けれど、あまりわがままを言って玲司を困らせたくなかった。もう自分は助けてもらっただけで十分与えてもらっていると思い込んでいた。

北上が甘えさせてくれたが、それさえも申し訳なく思っているほど、雪風の心は甘えることに大きな抵抗を覚えている。おいしいご飯。頭を撫でてくれたとき。手をつないでくれたときの温もり。それだけあれば…。

 

「ねえねえ、雪風ちゃんも抱っこしてもらえばよかったのに!」

「そうだよぉ~。雪風ちゃんも、しれーかんに甘えていいと思うよ?」

 

「え、でも…雪風は…雪風はもう、たくさん司令からもらっています。これ以上は…」

「そんなことないのです!雪風ちゃんはたっくさん、いっぱい苦労してきたのです!そんなんじゃダメなのです!雪風ちゃんはもっと幸せになっていいと思うのです!」

 

「電ちゃん…でも、でもどうしたらいいかわからないんです…。司令に雪風もだっこしてほしいです…。でも、でも、言えないんです…」

 

むむむ、と電たちが考え込む。

 

「だっこして…って。言えばいい…と思う、よ…素直に」

 

霰が呟くかのように言う。

 

「霰ちゃん、雪風ちゃんがそんな簡単に言えたら苦労しないよ…でも、迷惑じゃないって思うよ!司令官、僕たちをだっこしてうれしそうだったもん!ボクもすごい嬉しかったよ!」

「う、うん…」

「勇気を出すのです!」

 

「え、あ、う。ゆ、雪風はボーっとしてきたのであがりますね!!」

「あー、まってよぉ~!」

 

文月の制止を振り切って脱衣所へ逃げる雪風。だっこしてほしい。その一言が出せないだけで、雪風は寂しかった。どうすればいいのか…それはもうわからなかった。

 

……

 

「わあ、すごい!五十鈴お姉ちゃん!おいしそうなのがいっぱいだよ!」

「な、なんだか子供っぽいけど、おいしそうね…」

 

一つのお皿にエビフライ、ハンバーグ、チキンライス、ナポリタン…。人はそれをお子様ランチと言うが…。

 

「今日はワンプレートって言ういろんなものを食べてもらおうと思ってな。まあ、それお子様ランチともいうんだけどさ…。まあ、ワンプレートってことで。巡洋艦以上はちゃんと大人サイズだから気にすんな!」

 

「あ、これボクが運んだエビだぁ!おいしそー!」

「文月が運んだお肉がハンバーグになってるよ~♪」

「霰の運んだじゃがいも…おいしそう…」

 

いただきますと声を揃えて食べる。たくさんのおかず。チキンライス。夕立達もご満悦の様子で夢中で食べていた。

 

「あー、食べながらでいいから聞いてくれな。明後日は俺が着任したってのもあるけど、みんなとより仲を深めたいからさ、クリスマスパーティってのをやるからよろしくな。豪華な飯、いっぱい作るから思いきり騒いで楽しもうぜ」

 

「何なに?すごい楽しそう!ね、翔鶴姉!!」

「ええ、そうね。ふふ、何だかわくわくしてくるわね」

 

「おお、こりゃ陸奥姉ちゃんには悪いけどめっちゃ楽しめるでー!」

「あはは、あとがこわいけどね…でも、楽しんじゃいますかー!キラキラ!」

 

皆今までにない楽しそうなイベントと聞いて楽しみが止まらないらしい。玲司の隣に座ってご飯を食べている雪風は楽しめるかどうか不安が広がっていた。

 

「雪風。楽しみにしててくれな。なっ?」

「は、はい。雪風…そのぉ、楽しみ…です…」

 

表情が翳っている。心の底から楽しみたいことを我慢しているようだった。

 

「雪風。お前もちゃんと、毎日を楽しんでいいんだぞ?もう誰も沈まない。誰にもひどいことはしない。だから、な?まあいきなりは無理だろうからさ。少しずつ、な?」

「は、はい…しれえ、ありがとうございます…」

 

優しく頭を撫でてくれる。もっと…もっとしてほしい…。でも、雪風はどうすれば…。そんな気持ちで胸が張り裂けそうだった。

 

……

 

結局うまく甘えることができないまま、雪風は自室に戻って寝る準備をしていた。電たちと一緒に寝るのもどこか気が引ける。どこかで敵意を持たれているのではないか。死神と言われないかが怖かった。だから、一人でいつも寝ている。北上に甘えるのも今では億劫だ。でも、みんな優しくしてくれる。北上も一緒に寝ない?と誘ってくれるのだが、それを拒否してしまう。

司令官、北上。そして駆逐艦のみんな。みんな優しいのにな…。寂しさで泣きそうになりながら、雪風は眠る。またあの光や声が聞こえないか怖くてたまらないのに。安心できる場所がほしい。でも、雪風は我慢し続ける。今の温かさを失うのが怖いから。雪風は大丈夫。そう言い聞かせて眠りにつくことにした。

 

 

――夢。夢だ

 

雪風は夢を見ていた。見たこともないような。でもどこかで見たような。不思議と懐かしさがこみあげてくる。雪風は不思議な感覚を覚えて立っていた。目の前にいるのは、自分?今までそんな笑顔は見せたことない。満面の笑みで笑っている自分がいた。

その先にいるのは、自分が大好きな司令だった。しれえ!と呼んでも声は出ない。そんな中で、もう一人の雪風がとても楽しそうに司令の名前を呼ぶ。

 

(しれえ!しれえ!だっこしてほしいです!)

(なんだまたか。お前はほんとにあまえんぼだなぁ!そーら高いだろ!)

(きゃー!!しれえ!高いです!あははっ!)

 

楽しそうだった。羨ましかった。あんな風に自分も…してほしいな…。

 

(オーウユキカゼー!今日も楽しそうネー!)

(はい!〇〇さん!雪風は今日も幸せです!幸運の女神のキスを感じちゃいます!)

(イエース!今日もハッピーでいくヨー!)

 

見たことがある。あれは、あの時助けてくれた…!?お礼が言いたい。けれど、何度声を出しても彼女に声は届かない。下ろしてもらった雪風がふとこっちを見て目が合う。彼女は笑いながら近づいてくる。

 

(今度はあなたの番です!司令にだっこしてもらいましょう!)

 

え…でも…雪風は…

 

(いいんです!甘えても!雪風はがんばったんです!だから、甘えてもいいんです!いっぱい!)

 

がんばった…あたしは…司令にも、頑張ったって言ってもらって…もう、もう幸せでいっぱいなのに…!

 

(もっと幸せになっていいんです!幸運の女神にキスしてもらえるくらい。だから、いいんですよ。あたしはもう、司令には甘えられないから。今度は、あなたが愛してもらってください)

 

 

 

――あたしは幸せでした。だから、あなたが今度は幸せになって。

 

 

あなたは誰ですか?あなたは…一体…

 

(あなたはあたし。あたしはあなた。ね?だから、いいんですよ)

 

あたしは…あたしは…!いい…の?いいん…ですか?

 

(いいんです。司令も甘えてほしいんです。だから、いいんです)

 

(何やってんだ、雪風。ほら、おいで)

 

(さあ、行ってください。司令と一緒に!)

 

ドンと背中を押された雪風はそのまま走り出した。手を広げて待っている玲司に駆け寄り飛びついた。そして…泣いた。ずっと欲しかった温もり。ずっと…待っていた優しい人。雪風はようやく、待っていたものが手に入った。ああ…起きたら司令に会いに行こう…そう思うと世界は白一色に染まっていった、温かさだけを残して。

 

……

 

ガバッと飛び起きた。前もこんな風に飛び起きた気がしたが、そんなことはどうでもいい。急いで服を着替え、寝ぐせ頭でぼさぼさのまま雪風は部屋を飛び出た。眩しい朝日。きっと彼はいつものように厨房にいるだろう。

 

会いたい。早く会いたい。雪風の顔は笑っていた。はっはっと息を切らせて全速力。ああ、でも大淀さんに見られたら廊下は走るなと怒られそうだ。でも、足は止まってくれない。食堂へ一気に駆け込む。すると、会いたい人がこっちを向いた。

 

「おはよう、雪風。どうしたんだ、そんなに慌てて?」

「しれえ!しれえ…その…えっと…」

 

「雪風ちゃん、落ち着いて。提督に何かご用?ゆっくり話してみて。そしたらきっと、言えるわ」

 

「しれえ…雪風…雪風を…」

「ん?」

 

「雪風をぎゅってしてください!しれえ!」

 

満面の笑顔で雪風が言う。その言葉に玲司は一瞬驚いた顔を見せた。すぐにその表情は笑顔に変わり、しゃがんで腕を広げた。

 

「よし、おいで!雪風!」

「し・れ・え!」

 

「ははっ、雪風ー!ほーら!」

「きゃー!」

 

2年前を思い出す。毎日のようにやってきたこと。ここ横須賀でも、またきっと雪風や皐月たちがやってくるだろう。忙しい毎日になりそうだ。それでも玲司は嬉しかった。そして、今度こそみんなを守ってみせると胸に再び誓った。

間宮が抱かれた雪風の頭を撫でる。また雪風は幸せそうに笑った。朝の食堂。そこは笑顔の花が咲いていた。

 

(絶対、大丈夫!)




雪風にさらなる救いを。と言うことで書きました。

長くなってしまいましたね…。扶桑と鳥海を連れてお買い物に行くとすさまじい美人がやってきて幸せになれると言う噂が爆発的に広まり、商店街の活気が爆発したと言うのはまた別のお話。

7-2、どんなステージになるんでしょう。楽しみですね

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