「私に触らないで!!!!!構わないで!!!!!」
「か、神風御姉様…?」
パシッと春風が差し出した手を払いのけ、涙目になりながら春風を睨みつける神風。
「私は…私に負けたくないの!司令官のために!!!」
怒号のように彼女は大きな声で春風にそう言って…そして七原提督を見ていた。
「神風…ちゃん?」
その言葉に七原提督は焦った。
/
師走に入り、寒さも厳しくなった時節…そんな寒さの中でも汗を滝のように流しながら平行棒にしっかりと掴まり、歩行訓練を行っていた。
「あっ!?」
ドターン!!と手が滑ったのか床に倒れ込んだ。その転びぶりは強打であり、痛みはかなりのものであろう。受け身を取ろうにもそれだけの筋力もない。トレーニングルームを一瞬で作ってくれた妖精さんであったが、床はフローリング。
「そこはやわらかくするとたんれんになりません」
妖精さんの厳しさなのだろうか。クッション性のあるものにしてもよかったのだろうが、それでは失敗した時の痛み、反省がなく、甘えてしまうのではないかと言うことであえてオールフローリングにしたらしい。
そのせいか、神風は倒れては時に顔を強打したりもする。足や腕どころか体中がアザだらけである。だが神風はドックにその程度で入ろうとしない。
「これは神風ちゃんの努力の証だね」
そう司令官に言われてからはアザを治すことをやめた。春風からは治すよう言われているが、その言うことは聞いていない。
「神風御姉様…大丈夫ですか?さあ、手を…」
「あ、ありがと…くっ…もうちょっとだったのに…」
「御姉様…ご無理をなさらずに…さあ、今日はもうお終いにしましょう?」
「いいえ、まだやるわ。私は…早く歩けるようになりたいの…!」
「それは…そうですが…」
神風は熱心に歩行トレーニングを行っているが、実際の状況は芳しくない…神風も、七原提督もそう思っていた。
………
「うーん…神風ちゃんのアザが増えるばかりで一向に平行棒から離れられてないね…」
「果報は寝て待てって言いマース。ただ…確かにこのままだと神風の体がアザで青や紫まみれになりそうデスね」
神風を引き取って幾月か。神風はうまくいっていると思っているようであるが、七原提督はそうは思っていない。神風には口に出していないが。何せ劣等艦娘。歩けなくなった艦娘を歩けるようにした実績など聞いたことがない。
いや…1人だけいる。彼のアドバイスをもとにやっているつもりなのだが…指導方法が何せとにかく歩かせろだけなので何とも…と言う状況だった。まめに刈谷提督に報告はしているのだが…芳しくない、そうつい先日伝えたところだった。
「そうかよ」
それだけ返されて電話を切られた。頭に来た。こっちは真剣に悩んでいると言うのに。
「ふぇえ…刈谷提督に聞いてもわからないし…もうどうしたらいいのかなぁ…神風ちゃん、本当に歩けるようになるのかなぁ…」
そう言って弱音を吐いていた時…
「何テメエが弱気になってんだ。そんなんじゃ神風は一生歩行器使ったままだぜ」
「ぶふぉおお!!!!?」
口に含んだ瑞穂が淹れてくれた紅茶を思いきり噴き出した。汚ねえなと一言だけ返された。
「か、かり、かりかりや…刈谷提督ううううう!?」
「歩行訓練が芳しくねえって聞いたから見に来てやったんだよ。状況を教えろ。それから、しばらくこいつらと世話になる。龍田と能代に全部押し付けてきたから何とかなるだろうよ」
刈谷提督と一緒に来たのであろう…軽巡洋艦「多摩」、駆逐艦「長月」と「菊月」だ。
「あ、この長月ちゃんと菊月ちゃんは…」
「そうだ。ジャンクと呼ばれ、歩くこともままならなかった長月だ」
「私も…同じだ。司令官には感謝している」
そう、まさに神風と同じ状況だった絶望の状況から、鹿屋基地でトップクラスの実力を持つに至った長月と菊月だった。
「で、ええと…多摩ちゃんは…」
「多摩はこいつらを一端に育てたいわば教練にゃ。多摩がビシビシおめえんとこの神風を鍛えてやるにゃ。泣き言を言ったら即帰るにゃ」
「ククク、多摩の教練は凶悪だぜ?神風が音をあげねえように祈るんだな」
「んじゃあさっそく見せてもらうにゃ。案内しろにゃ」
…なんというか…刈谷提督の艦娘だなぁと思うくらい態度が大きな多摩ちゃんであった。
……
「あぅ!!」
トレーニングルームでは春風の制止も振り切ってまだ歩行訓練を続けていた。そしてまた転んでいた。
「御姉様!!!」
「ぐ、ぐう…膝を思いきり打った…」
「お、御姉様…今日はもう…終わりにしましょう…?もうどれほど練習しているのかわかりません…」
「ぐっ、そ、そうね…今日は「おいおいおい、そこで訓練を終えられたら多摩の役目がねえにゃ」」
「私達も同じだな」
「……?あの、どちら様でございましょうか…?」
「多摩様だにゃ」
そう言われても…と返答に困る春風…。
「こいつらはそこの神風をちょっとでも進歩させるために連れてきた教練だ。そこの緑の髪とクリーム色の髪の駆逐艦はテメエと同様、歩けなかったジャンクって言われてた奴らだ」
「えっ!?」
驚いた。そんな風には見えない。普通にシャンと歩いている。
「いや、本当だぞ?私は多摩さんと今ここにいないが球磨さんと…司令官のおかげでこうして立って歩けるし戦場にも出ている」
「…多摩さんと私たちの司令官を信じてほしい」
長月と菊月と言う駆逐艦がそう言う。その目は嘘をついている目ではない。
「…神風はまだ恵まれてるにゃ。こんな歩行器まで作ってもらって。こいつらにゃんかそう言うのは一切なし。誰の支えもなしに立てと言われるわ歩けと言われるわ散々な目に遭ってきたにゃ。こうして支えてくれる妹は…あー、まあ提督が怖くて近寄れんかったからいにゃかったにゃ」
自分より過酷な状況。状態を聞いたらほぼ自分と同じ境遇だった。それが…ここまで…私も…?
「信じる信じないはテメエの自由だ。ただ、こいつらを信じるならテメエを手っ取り早くこの平行棒とおさらばしてよちよち歩きできるくらいまでにはできんだろ。あとはテメエしだいだ。ただし…厳しいぜ?こいつ、特に多摩の教練はよ」
「御姉様…本当に…大丈夫なのでしょうか…」
春風は疑心暗鬼だった。本当に突然現れたこの人たちが姉を歩けるようにできるのだろうか?
「テメエには聞いてねえよ。多摩も、長月も菊月も神風に聞いてる。健常に歩いて生活できているテメエが大丈夫かどうかを聞く必要はねえ。神風、テメエがどうするかだ。その意志を聞かせろ。それによっちゃこいつらがテメエを短期間でそれなりに歩けるようにはしてやるよ」
「にゃっにゃっ、久しぶりに鍛えがいのありそうな艦娘だにゃ。やる気はあるにゃ。ここで断られても困るにゃ」
「…やります。どんなにつらくても…私は歩けるようになりたい」
なぜならいずれは司令官のために戦えるようになりたいから。自分を…こんな、元の泊地でボロクソに言われ、司令官にも必要ないと言われ、捨てられた自分を受け入れてくれた七原司令官。この人の笑顔と優しさに私は救われた。だから…。
「にゃ、いい目だにゃ。じゃあさっそく始めるにゃ」
「えっ?御姉様はもう本日は十分に…」
「春風…私はやるわ。私は一刻も早く歩けるようになりたいの。だから…やるわ」
神風は朝からずっと練習をしていてクタクタのはずだった。それでも神風はやる気を燃やし、よろよろと平行棒を使って立ち上がった。
(ほう?)
刈谷提督は神風のガッツを少し認めたようであった。長月と菊月の時のように燃えるような目をしていた。
「私は…私は海を走りたい!」
「私もだ」
その時のことを思い出し、フッと笑った。
「んじゃあ始めるにゃ。まずはこの立ち方を学ぶにゃ。馬歩って言う立ち方にゃ。ケツは出してはいかんにゃ」
「こうだ」
「懐かしい…な」
足を開き、腰を落とした立ち方。震える足で神風も真似をしてみた。
「きゃああああ!!!?!?」
「ケツが出てるにゃ。それは馬歩とは呼ばないにゃ。んー、小さい尻だにゃ。球磨姉さんも怒る…ん?」
神風の尻をじっと揉みながら何かを考える多摩。うーんと言いつつも…揉む手は止めない。
「ふふ、ふふふふ。セクハラはよくないんじゃないかなぁ…」
「わーやべえ!多摩さん!提督の人格が変わる前にその揉む手を止めてくれー!」
「む?おっと、ついつい自分の所の艦娘と同じ扱いをしてしまったにゃ。すまないにゃ。ん。立ち方はこれを維持して15秒粘ってみるにゃ」
涼風が止めてくれなければブラック七原提督が出てきてとんでもないことになっていたかもしれない。ふう、と七原提督は息を一つ吐いておとなしくなった。刈谷提督はクックックッと笑っていたが。笑い事じゃない。多摩の息の根を止めるかもしれない勢いだった。いや、止められる前にその豊満な胸を蹂躙されていただろうが。
涼風も山風もおもしろそうだったので真似をしてみた。案の定ケツが出てるだのひっこめすぎだので揉まれていた。
「涼風は…うーん、小さいにゃ。山風は安産型だにゃ。うん、たまにはほかのところの艦娘のケツをもむのもありだにゃ。胸は山風がもみごたえが「それ以上ば口にすっどそん口ば縫いあわすんぞ」」
「おっと藪蛇どころか悪魔が出てくるにゃ」
「ぶはっ!」
「御姉様!?」
「お、よくいいつけを守ったにゃ。最初から15秒持ったのは珍しいにゃ。長月や菊月は5秒もたなかったにゃ。………」
「はぁ…はぁ…足が…ぷるぷるする…」
「ん?尻がぷりぷり?」
この多摩は下ネタが凄まじすぎる。姉の球磨も恐ろしい程の下ネタ魔人だと言う。姉妹で来なくてよかったな…と七原提督は思った。
「ふむ。慣れればこれくらい低く腰を落としての馬歩もできるようになるぞ」
「鍛錬の賜物だ」
「す、すごいなぁ…よし、私も!」
「あ、5分休憩にゃ」
ずっこけそうになった。人がやる気を出してせっかくもう1度挑戦しようと思っていたのに。春風はホッと息をついていたが。
「これは無理にやりすぎると膝を痛めるし機関部…心臓にもよろしくないにゃ。ましてや神風は初めて。だから無理をして体を壊したら本当に多摩が七原提督に殺されちまうにゃ」
首、置いてけとでも言われそうでやばい雰囲気だったのだ。詰め込みたいところだが多摩はある違和感を覚えたこと。そして、七原提督からの威圧でいったん退いたのだ。
(うーん、これは面倒だにゃ。あとで提督達に内緒で相談事だにゃ)
「御姉様…足は大丈夫ですか?」
「もう、うるさいわね。私は大丈夫だってば!」
「で、ですけれど…」
(うーん、根本的な問題は…やっぱり…)
多摩は顎に手を当てていろいろと考えを逡巡させた。それは後回しにしてとりあえずは神風に馬歩を教えていった。
「違う。手は…うーんそうだにゃ。そこにでかいボールがあるにゃ?それを抱きかかえているかのように手をだすにゃ」
「あの…多摩様。これには一体何の意味が…」
「やってみるとわかるにゃ。おめえも姉を心配してハラハラしてる暇があるならやってみるにゃ」
「え、ええと…ん。んん…せ、背中が…腕が…」
「そうにゃ。体の筋肉をバランスよく。それも普段使わない筋肉を眠りから覚ます構えにゃ。これは相当きついにゃよ」
「ふふん、長月はこれしき何ともないぞ!」
「長月、腰が高いにゃ」
「う、うええ!?これ以上はつらい!」
「楽勝って今言ったにゃ。ほれ、おめえらもまだまだ鍛えは足りないにゃよ」
「藪をつついて蛇を出す…だ、長月。ぐぐ…」
なぜか長月、菊月は余計ハードな馬歩をやらされる羽目になった。
………
「よし、今日は鍛錬終了にゃ。おー、シャツがびちゃびちゃで湯気も出てるにゃ。にゃっにゃっ、上出来にゃ。それくらいやれば体も鍛えられるにゃ。よく多摩のヘル特訓を初日からこなしたにゃ。ドックに行ってそのアザでも治してくればいいにゃ。今日はここまでにゃ」
「あ、ありがとうございまし…た…」
ぐったりした神風を春風もヨレヨレになっていたが肩を貸して車いすに座らせ、そのまま浴場へと向かって行った。その後ろ姿を「ふむ…」と言いながら多摩は見送っていた。
………
「結論から言えば神風はもうヨチヨチではあるけど歩けると思うにゃ」
「えっ!?」
執務室に行って七原提督、刈谷提督、多摩、長月、菊月とで話をしていた。そこで多摩が驚くべき一言を放ったのだった。
「そ、それって…」
「にゃ。平行棒を使わずとも多少は歩けるはずだにゃ。けど、神風にはその第一歩を踏み出す勇気がまだにゃいだけだにゃ」
「それは…どうして…?」
「春風だろ」
刈谷提督がぴしゃりと言いきった。春風ちゃんが神風ちゃんの妨げになっている…?
「神風が転ぶたびにあいつが飛んで行っては肩を貸したり手を出したりして立ち上がるのを手伝ってんだろ。あれが甘えなんだよ。春風を神風が突き放さねえ限り、あいつは一生平行棒からおさらばできねえな」
なんて…こと…と七原提督は自分の椅子にどさりと座りこんだ。確かに春風は神風に対して過保護すぎるところがあるとは思っていた。しかし、それにすがる神風が歩くことの妨げになっていたとは…。
「私や菊月など、転ぼうがひっくり返ろうが球磨さんや多摩さんに手を借りた覚えがないな」
「借りたどころか…差し出してくれた記憶もない」
「ああ、言えているな」
………
「ぐ…ぐぐぐぐ…」
「早く起きねえと撃ってくれって言ってるようなもんだクマー。とっとと起きろー」
「うぐぐぐ…」
「今日はもうギブアップするクマ?」
「く、ま、まだ!まだだ!」
「おおっ、自分で立ち上がったクマ!すげえクマ!」
長月は渾身のチカラを込めて立ち上がった。ハードな練習を繰り返したあとだけにもう腕にも足にもチカラが入らないでいた。しかし、ここでもう無理ですと言ったならもうこの先、私に未来はない。そう思っていた。奥でも菊月が同じようなことを言われたのか、フラフラになりながらも立ち上がっていた。
「おー、菊月もガッツがあるクマなぁ。うし、今日の鍛錬はこれで終わりクマ」
「ま、待ってくれ!私はまだやれる!」
「いや、これで今日は終わりクマ。おめえがダメだったからじゃねえ。おめえが最後のチカラを振り絞って立ち上がった。これで十分だクマ。長月、今のおめえは球磨ちゃんが指でつつくだけでもう起き上がれねえくらいフラフラだクマ。だからこれで終わりクマ。多摩ーーーー!!!鍛錬終わりクマーーーーー!!!」
「にゃーーーーー!ちょうどこっちも終わるとこだったにゃーーーーー!」
「と、言うわけだにゃ。今日はこれで終わりクマー。お疲れだクマー」
そう言うと球磨は長月の頭をわしわしと撫でた。ふぁあ!?と変な声が出た。不思議な感覚だった。
「長月、よく頑張ったクマ。いつもおめえは弱音1つ吐かずに頑張るクマ。けどこれ以上体をいじめると本当に立てなくなっちまうかもしれないクマ。おめえを壊したら提督に球磨ちゃんが解体されるクマ。休むことも大事だ。今日もお前は頑張った。泣きながらでも、何度転んでも、ひっくり返っても。球磨は一切手を出さなかった。お前は自分のチカラで立ち上がった。それは誇れることだ」
途中からふざけた言葉も使わずに、長月の目線に合わせてしゃがみ込み、長月を褒めていた。球磨が鍛錬で他の艦娘を褒めることは珍しい。当時だと能代のたわわをもみしだきてえクマや、睦月型は揺れがねえからつまんねえクマなど、真剣に物を教えることは稀である。
だが長月は別だった。こっちがどんなにふざけようと彼女はまじめだった。腐ることもなく、文句も言わず、ただただ球磨が言ったことをこなす。最初はふざけていた球磨であったがすぐさま真面目に教えた。口調はふざけているがしっかりと馬歩、歩き方などを教えた。
しかし、転ぼうが何をしようが手は貸さない。どれだけ疲れていようが長月も菊月も自分の手を使って。自分の足で立ち上がった。だからこそ球磨はそれを誇れと言う。
「私は…ジャンク…誇れるものなど…何も…ない」
「確かにお前らはジャンクと呼ばれた奴らかもしれない。けどな、そう言いながらも1つも腐らずにお前らは球磨達のきっつい練習に耐えてきた。そうしてまともに立てるようになった。歩けるようになって…それはお前らの努力の賜物。ジャンクと呼ばれたお前らはこうしてちゃんと立てるようになった。じきに歩けるようになる。だから誇れ。お前らはすごいんだクマ」
そうしてわしゃわしゃ長月をなでながらニカッと笑った。
「う、うぐっ…わ、わだじは…」
「頑張れなんて月並みな言葉しか言えねえクマ。けど、おめえが海を駆けられるようになるまで、おめえらが諦めない限りみっちり付き合ってやるクマ」
「ぐ、ぐうううう!!!!」
………
「おめえは頑張ってるにゃ。ジャンクと笑った奴を見返してやれにゃ」
「うわあああああ!!!!」
同時に多摩も同じように菊月を褒めていたらしい。2人とも大粒の涙を流して泣いていた。罵られることはあれど褒められたことなど1つもなかった2人だから。
だからこそ、司令官、球磨や多摩に報いたかった。そうして彼女たちは努力に努力を重ねた。そうして気が付けば鹿屋最強の駆逐艦コンビとなった。
………
「と言うわけでここにいい見本がいるにゃ。だから神風は腐らず…それから甘えを捨てるべきなんだにゃ」
「だとよ、外で盗み聞きしてる神風よ」
「えっ!?」
「にゃっにゃっにゃっ。ちゃんと聞こえるように言ってやったにゃ」
七原提督が慌ててドアを開けると車いすで自分一人でやってきていた神風がいた。
「何だ、テメエ1人で何とかなるんじゃねえか。普段は」
「あ、あの…」
とりあえず神風を執務室に入れ、ドアを閉め、鍵もかけた。気まずそうにしている神風とおろおろする七原提督。
「盗み聞きたぁ感心しねえな。まあ、テメエのことを言ってたんだから問題はねえんだがよ」
「神風のことだった…んですか」
「そうだよ。テメエの今後を話してたんだよ」
「…春風が問題なら…春風からの全部を断れば…いいんですよね?」
「阿呆かお前は」
「………」
「全部を断れとは言ってねえよ。歩行訓練の時だけ断れっつってんだよ。テメエ、全部断って誰に世話頼む気だよ?飯は1人で食えんのか?風呂は?下の世話は?」
「か、刈谷提督、それはセクハラですよぉ…」
「極端すぎんだよテメエ。長月や菊月だってその辺の世話はしてもらってた。ブロッコリー嫌いがうつったり、ニンジン嫌いがうつっちまったがよ。
「ぬ、ブ、ブロッコリーだけは…」
「ニンジンだけは…やめてほしい」
「甘えてんじゃねえよ。帰ったらてんこもりのクリームシチューでも食わせてやるからな」
「な、なん…」
「そんな…」
真面目な話からの突然これである。ずっこけそうになる七原提督。
「旗風はある程度距離を置いて神風を世話してるが春風がべったりすぎる。まあ日常の介護、世話はいいんだが、歩行鍛錬では邪魔すぎんだよ。で、テメエも甘えすぎなんだよ。自分で立ちたい、歩きたいっつってんのに春風に肩借りてんじゃねえよ」
「にゃ。多摩たちは菊月たちにそんなことした覚えはないにゃ」
甘えすぎ…そんな風には考えたことはなかった。それが自分を阻害している…春風のせい…?
「人のせいにすんじゃねえよ阿呆。春風のせいは1割はあるかもしれねえが9割はテメエが春風に甘えてるせいだ。この甘ちゃんがそう言わねえから俺が代弁してやった」
七原提督を指差してそう言う刈谷提督。そう、七原提督は薄々感じ取っていたのだ。春風が神風が歩けるようになることを阻害しているのではないかと。だが、彼女は不器用である。おそらくは単刀直入に春風を傷つけるような「邪魔だ」とでも言ってしまいそうであった。
「だが…春風に七原司令官や司令官が言ったところで…聞く耳を持たんのではないか…?」
菊月がそう言う。その言葉に「わかってるにゃあ」と多摩が菊月の頭を撫でた。
「そう言うことだ。七原や俺が言ったところでヤツは頑としてその言葉を聞き入れねえよ。神風、テメエが拒否しねえことにはテメエは一生邪魔される。テメエは何のために歩きてえんだ?何のために海を駆けてえんだ?」
「それは…私を拾ってくれた…司令官のために…」
「それは二の次だ。まずはテメエのためだろうが」
ハッとなる。その通りだ。拾ってくれた恩を返したい。その前にまずは自分の足で立ち…海を駆けたい。その思いがあってこそだ。そうしてから…私は司令官に恩を返したい。戦闘に出て…目の前で同じく「ジャンク」「欠陥艦娘」と呼ばれた長月や菊月のように。
「片目が見えない金剛ちゃん…同じく片目の視力を大きく低下させた蒼龍ちゃん…片腕が義手だけど何とか戦場に出ている伊勢ちゃん…義足のせいで海に出られなくなった瑞穂ちゃん…いらないと言われて捨てられた涼風ちゃん…ここにはいろんな事情で行き場を失った艦娘がいっぱいいる。それは知ってるよね?」
コクリとうなずく。ここには様々な理由で居場所を失った艦娘達が集まる場所。横須賀鎮守府と言う場所と並ぶ「艦娘の最終処分場」…もっともそう言ったことを言った連中はどこからともなく隣の刈谷提督がその話を聞きつけてひどいめに遭わされているそうだが。
「よお、演習に来たぜ」
これが処刑の合図である。演習はそれなりに全力でやるが提督の締め上げは徹底的に行う。それが刈谷提督。
話が脱線したが。彼女たちも今の七原提督のために戦い、戦果を、勝利を提督にと日々奮闘している。しかし…最初は…自分がまずこのダメと言われている現状を何とかしなければならないと自分のために奮闘した。努力して努力して…その結果が今は金剛がよく言う「勝利を提督に捧げるネー!!!」と言うスローガンのもと、奮闘しているわけである。
「最初から人のために頑張ったところで実りは少ねえ。だからまずは自分のために戦え。甘えを捨てろ。テメエ自ら春風が飛んで来たらその救いの手を振り払え。それで険悪になるならその程度の思いしかなかったってこった。あるいは、そうすることで自分が優越感に浸ってるとでも思うんだな」
「春風は…私の妹はそんな安い優越感で私を助けてくれているだなんて思っていない!!!!!」
ここで神風が初めて刈谷提督に反論した。その声の大きさ…そして春風を信じている心は本物だろう。
「…私が甘えていることくらいわかってた。ああ、ここで春風の手を借りちゃダメだって…いつも…そう思ってた…でも私も…結局疑心暗鬼だった…この手を振り払ったら…私は春風に見捨てられるかもしれないって!」
涙目で語りだす。神風の心の葛藤。悩んでいたのだ。ただ、それこそが神風の心の甘えであると言う現実を刈谷提督につきつけられたのであった。
「そんなことで妹がテメエを見捨てるかよ。テメエら神風型は魂で繋がってんだ。妹を信じられねえで提督を信じる?そんなもん、無理だ。ただ、テメエはその甘えを捨てねえと前には進めねえよ」
刈谷提督は厳しいことを言っているようだが長月たちにも同じことを言ってきた。甘えるべきところは甘えた。ただ、鍛錬の時だけは誰の手も借りなかった。それをやれと言っているのだ。簡単なことのようで難しい。人は甘えられるならそれにすがることが多い。心を持つ艦娘とて同じだ。だからこそ時にその差し伸べられた手を振り払う覚悟も必要なのだ。神風にそれができるのか。刈谷提督はそれを問うている。
「神風ちゃん…できる?」
「できる、できないじゃねえ。やれ。それができねえなら俺たちもここまで来た意味がねえからな。やれ」
七原提督の言葉を聞いて即座に命令する刈谷提督。こうしてきたことで長月と菊月は今日まで努力を怠らず、鹿屋最強の駆逐艦の2人になった。刈谷提督は少し実は困っているのだ。まあ、うまくいくはずがねえよなと。長月たちの時はうまくいったが、神風…いや、ほかの基地では難しいだろうなと。案の定現実は厳しいと思った。
発破はかけた。あとは…神風次第なのだが。同時に七原提督に関しては内心褒めていた。鍛錬の時はただ見守るだけ。手は貸さない。余計なことを吹き込むわけでもない。知らないなら口を出すな。歩けない者の苦労などわかるはずがないのだから。
「俺らは明後日には帰らないといけねえ。はたしてうまくいくかどうかだな」
正直自信はない。他人の艦娘の事は思いきり踏み込むことはできない。踏み込みすぎた、と今回は思っているくらいなのだから。
「ま、今日の所はこれで終わりだ。これ以上やると体がもたねえぞ。風呂入って飯食って寝ろ」
「は、はい…神風ちゃん、春風ちゃんにお風呂に入れてもらって…」
「……旗風に頼むわ…」
それを聞いて刈谷提督は手で顔を覆った。ダメだなこりゃ。しくじった。そう思ったのであった。
………
翌日も朝から神風の鍛錬が始まった。今回は春風と共に旗風もいる。おそらく、神風が呼んだのだろうと思った。刈谷提督だけじゃない、多摩も嫌な予感しかしないと思った。
平行棒を支えに歩くことさえやめ、何かに意固地になっているかのように歩く練習を始めた。
「御姉様…やはり、いつも通りあの平行棒をお使いになさったほうが…」
「いい…私は…もうあれに頼らない…」
(提督、やべえにゃ。こりゃまずいことになるにゃ)
(俺に言うな。まずったな…)
何かひそひそと言っている刈谷提督達。そこはかとない不安感を覚える七原提督。昨日言ったことを間違えて捉えてる…でも…今そんなことを言える雰囲気じゃない。神風の気迫に何も言えないでいた。
神風は半歩にも満たない覚束ない足取りで歩く。手を前に出し、少しずつ…その手を春風が何度も取ろうとするが、それは払いのける。そして…
「あっ!」
ドターン!と転ぶ。転ぶが何度でも、1人で立ち上がる。その姿があまりにも痛々しくて…七原提督はそのたびに目を逸らす。
「目を逸らすんじゃねえ。誰のためにあいつが必死こいて歩こうとしてると思ってんだ」
「うう…」
「艦娘。特に曰くがあって見捨てられたところを拾われた艦娘ってのは自分がどんな目に遭おうが拾ってくれた提督のためにと何事も考えるんだ。今は駆逐艦と遊んでるあいつらだってそうだ」
共にやってきた龍田も。絶望から立ち直った葛城も。おもちゃにされた愛宕も。球磨も多摩も。皆そうだ。提督に恩を返そうと。提督の役に立ちたいと動くのだ。並みならぬ恩を返そうとする。だからどんなに痛かろうが苦しかろうが…彼女たちは提督のために立ち上がる。
「艦娘ってのは痛くても、苦しくても戦わなきゃいけないときがごまんとあるんだよ。それをしっかり受け止めて構えるのが提督だ。だから、決して目を逸らすな。神風を見守ってやれ。今までだってそうしてきたんだろ?」
そう言われてハッとした。片目の潰れた金剛のために何ができるかを何日も徹夜して考えたこと。金剛に怒られたが。蒼龍の艤装が直るならと横須賀まで飛んで行ったこと。伊勢のために大本営の夕張を頼って義手を作ってもらったこと。全部考えて動いたことだ。
そのことを金剛たちは感謝していた。だから恩を返したい。瑞穂だって居場所をくれたことに涙を流して感謝した。だから…ここで神風に目を逸らしては…いけないのだ!!!
「神風御姉様…!ああ…お怪我はございませんか?さあ、春風がお手伝いいたしますので…立ち上がりましょう」
そうして差し伸べた手を…神風はギリッと歯を鳴らして思いきりバチーン!と音が鳴るほど強く振り払った。
「私に触らないで!!!!!構わないで!!!!!」
「か、神風御姉様…?」
怒号のように彼女は大きな声で春風にそう言って…そして七原提督を見ていた。
「神風…ちゃん?」
その言葉に七原提督は焦った。
刈谷提督と多摩は…ハァ…と大きくため息をついた。
「お、御姉様…も、申し訳ござい…ません…」
「…っ!春風!違うの!」
そうは言ったものの、春風は涙を流しながら部屋を飛び出した。
遅くなってしまい申し訳ございませんでした…。
今回は岩川基地の七原提督のところの歩けない神風が主眼になっております。刈谷提督の発破が間違った方向へ行ってしまった神風。春風は大丈夫なのか?神風は?
次回をお待ちいただけますと幸いです。そして、なるべく早くアップできるよう頑張ります。
それでは、また。