提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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第二百十六話

涙を流して飛び出していった春風を手を伸ばして制止しようする神風。

 

「春風!違うの!待って!し、司令官!私を春風の所へ連れて行って!」

 

「え、ええと…」

 

「ダメだ。鍛錬を続けろ」

 

「はあ!?」

 

「鍛錬を続けろ。鍛錬の時間はまだ終わっちゃいねえ。恨むんならテメエの要領の悪さを恨め」

 

「司令官!!!」

 

「ごめん、それはできない…かな。今は鍛錬の時間…だよ。だから…歩く練習を続けよう」

 

神風は絶句した。今はそれどころではない。自分のせいで春風を傷つけてしまったと言うのに!

 

「テメエ、今それどころじゃねえって面したな?なら鍛錬は終わりだ。おい多摩、帰るぞ。これ以上教えるもんは何もねえ。一生這いつくばってろ」

 

「な、なんですって!?ここの司令官でもないのに偉そうに!」

 

「ほお、反抗的な態度だけは一丁前だな。元はと言えばテメエが春風に甘えすぎてたのが原因だろうが。お互いがお互いに依存しすぎて甘々になってんだよ。そんなんじゃ一生歩けるもんも歩けねえ。だったら松葉杖でもついてこの基地内をうろついてるんだな。テメエは一生ジャンクだ」

 

「提督、言い過ぎだにゃ。でもまあ、春風は気になるにゃろうけど、歩けるようになる努力を放棄してまですることかにゃ?結局は提督と同じ言葉ににゃるけど、おめえの甘えが原因だにゃ」

 

「認めろ。テメエの甘えが春風を傷つけた。選べ、ここで春風を追いかけて全てをパーにするか、歩けるようになって春風と共にやっていくか。世の中は勝者か敗者しかいねえ。春風を今追いかけたなら、テメエは間違いなく敗者になるとだけ言っておいてやる」

 

刈谷提督の言葉はとにかく神風の心を抉った。しかし事実なのだ。春風の行為、好意に甘えすぎていたことは自覚していた。時には鬱陶しいと思うこともあったが、結局自分は春風がいないと何もできない、そう思い込んでいた。

 

「甘えすぎは人の成長を阻害するんだよ…私は…誰の助けも得られなくて自分であれもこれも何とかしてきたから…神風ちゃんの気持ちはわからない。私は困っている艦娘を助けたいと思ったからこうして金剛ちゃんや蒼龍ちゃんのような艦娘をお迎えした。けど…私は必要以上に甘やかしはしなかったよ。まあ…みんな甘やかさずとも自分で何とかする、どうしようもない時だけは助けてねって言われたから」

 

「えらいにゃ。長月や菊月も卯月や睦月が過保護でにゃあ…まああいつらは自分に厳しいから全部突っぱねてたけどにゃ」

 

「あまり口出しして神風ちゃんと春風ちゃんの仲を険悪にしたくなかった…それもあったけど口を出さなさ過ぎて失敗しちゃった…ごめんなさい」

 

「七原は悪くねえよ。結局は当人らの問題だ。当人らが気づいて解決しなけりゃどうにもならねえよ。それに、あの春風が七原の言うことを聞くとは思えない。神風の事となりゃ盲目的だからな。ま、これで目を覚ますかどうか…あー、旗風にもかかってるかもしれねえな」

 

「は、旗風?」

 

「旗風が春風をすぐさま追いかけて行ったにゃあ。割とおめえらの事に関して無関心だと思ってたけど、内心いろいろ溜め込んでたんだにゃいかにゃ?」

 

「だろうな。ま、目を覚まさせる役にゃいいんじゃねえか?姉妹だしな」

 

「さあ。神風ちゃん…鍛錬を続ける…?それとも…春風ちゃんの所に…行く?」

 

七原提督は口の中をカラカラにさせながらそう問うた。ここで春風のもとへ連れて行ってはおそらく…もう本当に精神を春風にべったりと依存させてしまうだろうと思った。刈谷提督のように鍛錬を続けろ、とピシャリと言うべきだったのに…馬鹿だな。自分も…甘いな…そう少し後悔し、下唇を噛んだ。

 

「ふん、甘ちゃんが」

 

そう言われるのも無理はない。涼風達にも言われることだ。甘いと。

 

「まあ、それがテメエのいいところでもある。その心は忘れんな。で?神風は?」

 

話を神風に戻した。神風は俯き、唇から血が少し出るほど唇を噛み締めていた。春風は追いかけたい…しかし、ここまで来て…すべてを無に帰してしまっては何のためにここまで体中にアザを作り、自分のため、ひいては司令官のためにやってきたのか。自分の存在意義は何だったのか。それさえ分からなくなってしまう。

 

「ぐ、ぐぐぐ…やり…ます!!!」

 

「いいんだぜ?春風を追いかけてもよ?」

 

「春風には後でゆっくり話をします!!!!ここまでやってきたことを無駄にして…私自身を諦めたくないの!!!!!」

 

「だそうだぜ、多摩。しっかり教えてやれ」

 

「任せるにゃー。さ、さっそく馬歩からまた始めるにゃ。ほれ始めるにゃ。にゃ?またケツが出てるにゃ」

 

「ひゃあああああ!!!!」

 

「多摩ちゃん?」

 

「にゃ、にゃ?やっべえ殺気にゃ。ブチギレた龍田みてえだにゃ」

 

「…馬鹿やってねえでさっさと鍛錬をさせろ」

 

そういうと凄まじい殺気を放つ七原提督に怯えながら神風の鍛錬を続けた。まだまだよろよろと頼りない立ち方…そしてよちよちと歩く様。だが…神風は着実に進歩している。艦娘の筋肉の付き方は人間の速さとはけた違いである。昨日馬歩や厳しい歩行訓練でついた筋肉は、もう神風を昨日よりもさらに安定して立てるようになったし、歩けるようにもなっている。

 

だがまだ足りない。焦らずともいいのだが神風が必要以上に焦っている。早くしなければ司令官に捨てられる。そう考えているからだ。司令官を信用していないわけではないが、やはりその恐怖は拭い去れないらしい。

 

春風を追うのをやめたのはそこだった。ここで全てが無駄になった。ならもういらないと言われ、追い出される。そうなればもうどこにも行くアテはない。神風は知らないだろうが、玲司のところならどうとでも拾ってくれるだろうが…それはまた関係のない話である。

 

「おっと?馬歩も覚束ないくらい疲れたかにゃ?ギブアップするにゃ?」

 

「だ、誰がするもんですか!」

 

「神風、ちと休憩するにゃ。おめえの目つきが変わったにゃ。何がどうなったにゃ?春風を追いかけたくてしかたにゃい顔をしてたのに今はこれだにゃ。何があったにゃ?」

 

「……たく…ないの」

 

「にゃ?」

 

「あ?」

 

「私が私自身を諦めたくないの!司令官や多摩さん達に言われて…私が甘えすぎてたってやっと思い知ったの…春風には申し訳ないけど…ここでやっと掴み取った機会を…不意にして…諦めて…何もできなくなったら…私の存在意義がなくなる…司令官に恩返しをしたいとかそんなこともできなくなる…何より、私自身が私自身で全部を諦めるのが嫌なの!」

 

ああ、こいつらは本当に真面目で…一生懸命で…本当に…大府やもうくたばっちまったが烏丸に腹が立って仕方がない。

 

人間とは違う心。決して、あれだけボロクソに言ってしまったことを反省するほど折れない心。自分で自分を諦めたくない。そんな言葉、人間では聞いたことがない言葉だ。

艦娘に刈谷提督が入れ込む理由はこれだ。五月雨と出会った時から変わらない。艦娘と言うのはまじめで一生懸命で、眩く輝く存在であると。

 

長月や菊月と同じだ。自分で自分を諦めたくない。なぜ?と問うと司令官のためにと必ず返ってきた。みんなそうだ。提督のために。司令官のために。

 

「勝利を!提督に!」

 

榛名がそう言っていたか。

 

「勝利なんざ関係ねえ。テメエの命を優先して戦え馬鹿が」

 

榛名は怯えて「は、はい…」と言いながら戦いに赴いたか。そう、そうなのだ。こいつらはいつも自分の命を最優先に考えずに俺たちへの名誉を優先する。勝利や勲章のため。その勝利のために戦う。

 

最近でこそ、必ず帰ってきます!と言う認識になってきたが、まだまだ抜けきっていないところが現状である。どうも三条のところの艦娘達は勝利よりも無事鎮守府に帰ることを目的に戦っているらしい。それが羨ましい。そのためならどんな努力だって怠らない。だからこそ、「女王」と言う前代未聞な艦娘が「原初の艦娘」以来初めて生まれたとも聞いた。

 

その意識が長月や菊月たちにももうちょっと見習ってほしい心構えだと思う。

 

とにかく、彼女たちは俺たちのために自分で自分を諦めたくない。そう言うのだ。そう言う所が嫌いだ。龍田に「艦娘は嫌いだよ」と言い放ったことがある。彼女は困った顔をして「そう~」と言っていたが、あいつは俺が何を言おうとしていたかを汲み取っての「そう」と言う言葉だったのだろう。

 

彼は艦娘が好きだ。人間なんかよりも素直で、裏表がなく、眩しい存在である。だからこそ五月雨や沈んでしまった飛龍たち。前の艦娘達のことを今でも気にかけている(ほぼ一宮のところに任せたようなものだが)し、五月雨との交流は今でも欠かしていない。五月雨以外の艦娘に思い入れがないわけではない。五月雨への手紙にみんなへの想いをしっかり込めて書いている。

 

「多摩ぁ。鍛錬を再開しろ。神風。その言葉、嘘じゃねえってことを証明してみせろ」

 

「言われるまでも…ないわ!!!」

 

震える足で、彼女は立ち上がろうとする。だが立てずにいた。

 

「世話の焼ける奴だにゃあ」

 

「わっ!」

 

グイッと無理やり立ち上がらせ、馬歩の構えを取らせる。神風の足は今日は正直限界に近いが、春風を追わなかった手前、ここでもう終わりにしたくはなかった。震える足に喝を入れて再び構えを取る。腕が重い。背中も痛い。足なんてもうちょっと小突かれでもしたらもう今日は立てないであろう。それでも…それでも…今さっき言った言葉を反故にはしたくなかった。意地と精神力。それだけで神風は立っていた。

 

「か、刈谷提督…わたし…春風ちゃんを…」

 

「放っておけ。旗風が行ったんだ。お前は神風の顛末を見届けろ。自分のためにと言っているが根底にはお前の為にと言う思いで今気力だけで立ってるんだ。それを見捨てて春風を追う気か?」

 

「……う…」

 

「見てろ。今は神風だけを。それが今のテメエの務めだ」

 

そう言われ、流れそうになる涙をこらえて神風を見守るのであった。

 

………

 

一方、自室に戻った春風はそこで泣き崩れていた。姉に拒否されてしまった。拒否されてしまった以上自分に存在価値はあるのか?そのことで頭が混乱し、何も思いつかない。

 

春風は神風に依存していた。それで自分を保っていたようなものである。理由は理解できない。それと同時に、神風御姉様にはわたくしがいなければ…と言う思いでいた。拒否されてしまった今、神風御姉様はどうなるのだろうか?わたくしはどうすればいいのか?それが思いつかなかった。ショックと拠り所をなくしてしまった春風は嗚咽した。

 

「泣いて逃げて、神姉さんを見放してどうするおつもりなのですか、春姉さん?」

 

泣いている背後で声がした。そこには顔色を一つも変えずに正座しつつ、春風を見ていた。

 

「は、はたか…ぜ…さん」

 

「神姉さんはおそらく春姉さんを追ってこないと思いますよ」

 

「そ、それはそうではありませんか。なぜなら…「歩けないからと仰るのですか?追う方法ならいくらでもあります。司令に車いすに乗せてもらって来ることも可能でしょう。はあ…今の一言でわかってしまいました」

 

「なにを…ですか?」

 

「春姉さんは神姉さんが歩けないことに優越感に浸っているのだな、と言うことです。だから春姉さんは神姉さんを献身的にお世話する。そうではありませんか?」

 

「なぜそのようなことを仰るのですか!?わたくしがそのような優越感などと!!!」

 

「今の一言で全てを物語っておりますよ。神姉さんが1人でここに春姉さんを追いかけてくると?それはあろうことはございませんでしょう。ですが…なぜ神姉さんが春姉さんを追ってくると言う前提で春姉さんが語っておられるのかが疑問です」

 

「………」

 

反論ができない。できるはずがない。なぜなら自分主観で全てを語っているのだから。神風御姉様は私がいないとだめなのだからと思い込んでいるのだから。

 

「神姉さんはおそらく、今も鍛錬を行っておられるでしょう。神姉さんは自分と戦っておられますが…春姉さんは?」

 

「わたくし…は…」

 

「神姉さんを盾に鍛錬にも参加せず、逃げ回ってばかりですね」

 

「……!!!!旗風さんに何がわかると仰るのですか!?」

 

「いらない存在。おそらくですが、神姉さんがじゃんく…ガラクタと呼ばれたのであれば春姉さんもガラクタと仰られたのではないですか?」

 

「…!」

 

「わたくしもそうでございました。それを拾って下さったのが司令でした」

 

旗風は神風型と言う旧型の駆逐艦に将来性を即座に見出そうとせず、古臭い駆逐艦だ。だが顔と体は上物だから慰み者くらいにはなるか、と言われ、深く心に傷を負った。そんなものの為に生まれたわけではない、ならば解体を望み出た。

 

「なんだつまらん。なら勝手に資材にでもなれ。大本営に送ってやろう。そこで解体されればいいんじゃね?」

 

そう言われて大本営に送られたわけだが…心の底では生きたかった。戦場を駆けまわり、司令に勝利をもたらし…そして司令にたくさんの誉を送りたかった。なぜ艦娘として生まれ、意思を持ったと言うのに…と人間に落胆した。

 

だが旗風は解体されることを拒まれた。ならどうすればいい。やはり殿方の慰み者にでもなって生きればいいのか、と面談にやってきた殿方に激昂した。

 

「誰がそんなことを言ったか知らねえけど…そんなことは俺もお天道様も許しやしねえ。君は…男の提督じゃダメだな。女性の提督…そうだな…いいところがある。そこにまずは行ってみてくれないか?そこで…生きるかやめるかを決めてくれ。そう簡単に…解体は…な」

 

その殿方は困ったような顔をして新たな着任先を教えてくれた。そこがこの岩川基地であった。

 

「ゆーっくりしてね~。あ、それともちょっと演習場で動いてみる?まずは海の上で体を動かすところから始めよ~」

 

「は?慰み者?おう、涼風ちゃん。その男ば調べよっと。わたしが首ばぶっ飛ばすんぞ」

 

「わー!待て待て!そんなことしたら提督じゃいられなくなっちまうからダメだっつの!」

 

「はっ!?そ、それは困るよ~!は、旗風ちゃん!そんな男の事は忘れて…ここでがんばろ?がん…ばれる…?」

 

真面目に怒ってくれた(非常に恐怖を感じる怒り方であったが)彼女に心を開いた。ここには心や身体に傷を負い、戦いに出られない、出にくい艦娘もいた。彼女…七原司令が快く受け入れたと言う。

 

もう一度戦いたい。戦えないとしても司令のお役に立ちたい。そんな艦娘達ばかりだ。どんなことがあろうとも…どんなことになろうとも戦える。彼女がそれを証明させてくれた。司令には感謝してもしきれない。こんな古臭い艦娘を戦わせてくれて感謝申し上げますとも言った。

 

古臭い?慰み者になれと言った男か?よし、首落とす。またそう言うので大騒ぎになったこともあったか。今では笑い話になっているが。

 

「神風型は古臭く、弱い駆逐艦。神姉さんはあのような状態ですが、春姉さんもわたくしと同じように言われ、慰み者にでもなるか神姉さんと共に解体でもされてしまえと追い出されたのでしょう?司令から伺いました」

 

「…はい」

 

「わたくしも最初は人間に呆れ、絶望しましたが今の司令のおかげでわたくしは海を駆け、戦っております。わたくしを馬鹿にした人間を見返すために。汚い言い方ではございますが、なにくそ、と言う精神で涼風さんたちと共に」

 

『クソ提督共を見返してやれ!』

 

涼風がそんなすろーがん?(目標とでもいえばいいのか)を立てて独自で鍛錬を頑張った。辛い時もあった。涼風と共に泣きたくなるくらいしんどい鍛錬もこなしてきた。

 

「あたい達は岩川の駆逐艦だ!駆逐艦だって捨てたもんじゃねえってんでぃ!!」

 

「はい。駆逐艦と言えど恥じぬ戦いをお見せいたしましょう」

 

そうして初出撃して勝ったときは七原司令が泣きながら「おめでとう」と抱きしめて撫でてくれたっけ。そこからまた頑張ろうと駆逐艦一同、励んできた。

 

「わたくしは自分の名誉の為もありますが司令の為にも戦います。春姉さんは?神姉さんのために戦うのですか?何のために?わたくしたち艦娘の存在意義は?」

 

「う、うう…旗風さん、もうやめて!!!」

 

「逃げるな!!!神姉さんを盾にして自分は弱いままの駆逐艦で神姉さんのお世話係でしかないだなんて言って逃げるな!!!!」

 

「…!!」

 

旗風の言葉遣いが荒くなった。そのことに春風は目が皿になった。

 

「神姉さんと向き合おうともせず、依存だけして何になるのですか!神姉さんは今必死で自分と戦っていらっしゃるんです!!!誇り高き神風型!!!わたくしは逃げずに戦います!神姉さんだって戦っています!春姉さん…いいえ、神風型三番艦『春風』!!!あなたは戦わずして逃げるのですか!?神風型の恥となるのですか!!!!!!」

 

司令の恥にならぬ駆逐艦でありたい。立ち居振る舞いも戦闘も…何においても司令の誉でありたい。その信念のもとで旗風はこの基地で存在していた。この基地の駆逐艦はわけありの艦娘だらけだ。玲司のところの艦娘もそうであるし…若手の提督の駆逐艦はそう言った艦娘が多い。

 

駆逐艦だからと嘗められるし、事実…旗風の戦闘での火力は高くないだろう。それでも彼女は強くありたいと鍛錬を怠ることはない。そして姉の神風。歩けない…足に本来ならば致命的な障害を持つ彼女は歩けると信じ…そして海を駆けることを夢見、今まさに戦っている。

 

「旗風は司令官の誉として戦いたいのね…私も…頑張らなきゃね…」

 

ちらりと旗風に言った言葉。ああ、姉も司令の誉となって戦うことを胸に戦っているのか。今は敵である深海棲艦とではなく、自分と。

 

ではこの春姉さんはどうだ。姉に依存し、何もしようともしなければこれである。誇りも何もあったものではない。神風は戦っているからこそ春風の甘えを断った。最初は春風に依存している傾向があったため、この2人はダメか…と諦めていたが、先ほど見た姉は目に光が灯り、自分と戦うと言う気概が見えた。

 

「春姉さん、これ以上神姉さんの足を引っ張ると言うのなら司令と話を致します。このままでは神姉さんの障害となりますので」

 

「お待ちください!!」

 

退室しようとした旗風を止める春風。キッと旗風を睨みつけるように見る。その目は…虚ろで全てを諦めていた姉の神風と同じく、光を灯した目であった。

 

「……旗風さんの仰る通り…春風は…神風御姉様がじゃんく…ええ、ガラクタと呼ばれた時に春風もガラクタ…体だけはいい身体をしているなと司令官様に申され…ですが、春風よりも神風御姉様のほうが劣っていて…春風がいないと神風御姉様は生きていけないのでしょう、と優越感に浸っていたのだと思います」

 

歩けない神風。健全な春風。何と自分は邪な感情を姉に持ってしまったのだろうと嘆いたこともあるが、それでも自分は姉よりはマシであると言う感情がむくりと鎌首をもたげてしまったのである。神風は神風で足のせいもあり、春風に依存せざる得ない状況だったため、なおさらその感情を大きくしてしまった。これなら自分はまだ不幸ではあるがまだマシ…そんな感情を持っていたことを旗風に告げた。

 

「………」

 

「春風は…神風型の恥です…ですが…ここで神風御姉様がひたむきに努力をし、居場所を見つけ、そして未来へ向けて歩む姿を見ていかに自分が後ろめたい…情けない感情を持っていたかを思い知りました。旗風さんの仰る通り…春風は神風型の恥です」

 

「恥を恥と認めることは誇りのない方には無理なことです。自分をしっかり見つめ、己を恥じる。それは誇り高いことである。そう司令は仰っておられました。春姉さんの感情は邪なものです。ですが、今はそれを恥じているのでしょう?そして…神姉さんにはっきり拒否されたことで自分の居場所がなくなった。そう感じておられるのでしょう?」

 

深々と春風はうなずいた。

 

「…春風は解体された方がよろしいでしょう…神風御姉様もそのほうが…良い…」

 

でしょうと言おうとした瞬間に頬を思いきり打たれた。

 

「それこそが…神風型の恥です…!司令のためでなくてもいい…自分の為でもいい…なぜそこでご自身と戦おうとなさらないのですか!!!わたくしとでなくていい!いずれ…海に出て戦う神姉さんと共に海を駆け、共に戦い、司令への恩返しをしよう…そうは思いませんか…?」

 

難がある自分達を受け入れてくれた司令官様。そうだ…司令官様には並ならぬ恩がある。それを返さぬまま…消える。姉も残して…妹にここまで言われて…。

 

「……司令官様には返しきれぬ恩があります…ですが…春風はどうすれば…」

 

「わたくしもおります。涼風さんや駆逐艦の皆様…皆心に傷を抱えておりますが司令のために戦っております。春姉さんも…わたくしたちと共に…戦い…神姉さんと共に司令に誉を…それこそが最大のご恩返しではないかと考えます」

 

「………」

 

優しい司令官様。こんな自分でも受け入れてくれた…司令官様。姉も戦っているのなら…旗風さんの言う通りだ。逃げているわけには…いけない!!

 

「……司令官様と…神風御姉様のところへ戻らねば…なりません。神風御姉様…きっともう…歩けるに違いないのです。春風もそれを見届けたい…ですが…春風1人では勇気が足りません…ご一緒…願えませんでしょうか…?」

 

「ええ。春姉さんがそう仰られるのであれば」

 

もう迷いはない。神風御姉様にも謝らなければ。そして司令官様に自分の誓いを伝えねば。神風御姉様も今は泣いている暇もなく戦っておられるはず。ならば…春風も戦わねば!

 

春風は旗風と共に自室から神風の鍛錬室へと歩を進めるのであった。

 

………

 

ドアが開き入ってきたのは春風と旗風。刈谷提督は春風の目を見てフン…と少し笑ったように見えた。解決したようだな…こういう時は姉妹で解決するしかねえんだそう考えていた。「邪魔をするなら出て行け」とも言おうとも思ったが、そういうことを言える目ではなかった。

 

「春風…ちゃん」

 

「司令官様…そして神風御姉様…春風はここで神風御姉様を…見守ることに致します。逃げてしまい、申し訳ございませんでした」

 

「春風…あなた…」

 

「御姉様。春風も…戦います。ですが、まずは神風御姉様から目を逸らさぬところから…」

 

「フン。ちょうどいい。神風は今からこの10メートルの距離を歩く。つまりは七原のところまで歩くと言うことだ。一切手を出すなよ」

 

「…はい!」

 

「つーわけだにゃ。神風、いけるかにゃ?」

 

「…はい!」

 

神風も甘えを捨てていた。甘えるべきは今ではない。だからこそ、平行棒から手を放し、1人で歩くのだ。

 

神風は小さく小さく歩き出した。手を前に出してバランスを取る。刈谷提督や多摩は腕を組んで何もしようとしない。当たり前だ。手を出したらその時点で鍛錬にならないのだから。

 

「ここ!ここだよ!神風ちゃん!がんばって!」

 

七原提督が手を差し出す。迎えに行ったりなどはしない。きっかり10メートルの場所で彼女を待つ。彼女に懸命に呼びかけながら。春風は七原提督の隣で唇をきゅっと結んで待つ。旗風も同じく、何も言わず、何もせず待つ。それは司令のすることであると理解しているから。

 

神風に取ってこの10メートルと言う距離は普通の艦娘、春風や旗風にとっては造作もない距離であるが、神風にとっては遥か彼方のような距離にも思えた。先ほどの鍛錬でクタクタで…俺らが教えられる最後の試練だ、とこれである。だが神風は刈谷提督達だけではない。自分を迎え入れてくれた司令官の期待に応えたい。だから彼女はよちよちとであるが…一歩一歩…着実に歩を進める。

 

「あっ!」

 

ドターン!!4、5歩進んだところで盛大に転んだ。あっ!と春風が一歩踏み出したが…止まった。神風御姉様の邪魔をしてはならない…助けてはいけない…でも助けに行きたい…そんないろんな思いが交差して唇を噛んだ。

 

「御姉様!!」

 

「ぐ、ぐぐ…ごふっ」

 

思いきり受け身も取れずに腹を強打したようだ。痛みと腹を打ち付けた衝撃で吐きそうになった。しかし、こんなことでもがいてなんていられない。もがくなんて…もう散々やったんだ。

 

「神風ちゃん!ここだよ!」

 

「い、今…行くから…司令官…待って、て」

 

ふん!と思いきりチカラを腕に込める。もう残されたチカラはあと僅かだろう。気力だけでチカラを振り絞って立ち上がる。

 

「あと7メートルくらいかにゃ。頑張れにゃ」

 

着実に…少しずつ、彼女は七原提督へと近づいて行った。

 

 

「お前の居場所なんざどこにもない」

 

「春風と違って慰み者にもならないなこのジャンク」

 

「歩けないってなんだよそれ。クソが、大外れじゃねえか」

 

 

「ようこそ、岩川基地へ」

 

「神風ちゃん、このブランケットどうかな!あったかいしかわいいよ~?キリン改二だって、かわいいよね!」

 

「いつか春風ちゃん、旗風ちゃんと海を駆けようね!」

 

 

 

「御姉様…春風はずっとお側におりますので…」

 

「御姉様、寒くはありませんか?」

 

 

「神姉さん、ようこそ。ここはとても居心地の良い場所…だから…安心してくださいまし」

 

「いつか海を駆けられるようになったなら、共に司令のために戦いましょう」

 

 

司令官、春風、旗風…そして優しくしてくれる岩川基地のみんな。

 

「片目が見えないデスがそんなものはノープロブレムヨー!」

 

「歩けるようになって、海に出られたらよろしくね!あ、あたし腕が取れちゃった、なんちゃってー♪ってわあああ!!!気絶しちゃったよー!」

 

「お姉ちゃんは…神風さんを…見捨てない」

 

「おう、山風の言う通りだぜ!」

 

だから…ここで…這いつくばって…いるわけには…いかないんだ!

 

「距離が近づいてきたよ!ほら、もう少し!!」

 

艦娘はこの努力している瞬間が一番輝かしい。美しい。刈谷提督はそれを信じて疑わない。人格や何やらを破壊したり、物のように扱う提督にはわからない世界。思わず目頭が熱くなる。長月や菊月…愛宕や鹿屋のみんな。その努力の姿と重なる。頑張れ。言葉には出さないが心で神風を応援する。

 

あと3メートル。もうすぐだ。

 

「もう少しだよ!!ほら!!!」

 

「しれい…かん!はるかぜ…!!うああああ!!!」

 

歩ける…私、歩いている!!!!もう少しで司令官のところへ!!!私を私として認めてくれる司令官の所へ…そして…私の妹たちの下へ!!!

 

泣き顔で顔はぐしゃぐしゃだ。それでも彼女は歩みを止めなかった。そして…!

 

「司令官!!」

 

「………ゴールッ。神風ちゃん…ゴール…だよっ」

 

「御姉様…!」

 

「う、うう…司令官…!司令官!!!!」

 

「頑張ったね…神風ちゃん!」

 

もう足にチカラが入らない。司令官に抱かれながら、へたりこんだ。

 

「う、うわああああああああん!!!!」

 

「……はたから見りゃ小せえ一歩だった。けど、神風にとっちゃ大きな一歩だった。いいもん見させてもらった。これなら神風は海を駆けられるだろうよ」

 

「にゃ。提督と多摩のお墨付きにゃ。しっかり頑張れにゃ」

 

「多摩。外で駆逐艦と遊び惚けてる奴ら2人呼んで来い。帰るぞ」

 

「にゃ。これで多摩達はお役御免にゃ」

 

「七原」

 

「はい…」

 

「しっかりやれよ」

 

「…はい!!」

 

じゃあな、そう言って風のように去って行った。ここから先は七原とみんなの時間だ。俺たちは邪魔者になる。だからこそさっさと帰る。それが刈谷提督の最大限の配慮だった。

 

「神風ちゃん…よしよし…これから…少しずつ、頑張っていこうね」

 

「うん…はい!……春風…」

 

「はい…御姉様…」

 

「さっきは…ごめんなさい」

 

「いいえ…春風こそ軽率でした…御姉様の意思を無視した行為…」

 

「ううん…私も短絡すぎた…ごめん…」

 

「春風も…申し訳ございませんでした…」

 

「うんうん…2人ともごめんなさいができたからこれでよし!ああ、春風ちゃん、車いす持ってきてくれる?今日はもう神風ちゃんおしまいだから」

 

「は、はい!かしこまりました!」

 

「司令官…」

 

「無理は厳禁だよ。もう立てるチカラも残ってないでしょ」

 

「う…はい」

 

「無理しすぎてもいけません。今日はこれで。わたくしと春姉さんと共にお風呂へ参りましょう。疲れが取れますよ」

 

「よーし、今日はみんなで背中の流し合いっこしよう!裸の付き合いもいいってものだよ!!」

 

「司令官って…何だか親父臭くない?」

 

「ガーン!!!」

 

「ふふふ、司令はよく涼風さんに言われていますね」

 

「ガガガガーン!!!」

 

「ぷっふふふふ!!あははははは!!」

 

「も、もう!神風ちゃんひどいよぉ!!!」

 

「車いすをお持ちいたしました。ふふふ、何やら楽しそうな笑い声が聞こえましたが」

 

「春風ちゃん聞いてよぉ!神風ちゃんがね!」

 

それを聞いた春風もクスクスと笑ってしまい、ムキー!とやけになって金剛や蒼龍たちにも聞いてみたが皆が同じような返答であった。それにショックを受けて湯船でブクブクしているだけの拗ね虫になってしまった七原提督。

 

それを見て笑う神風や春風。やっと本心から笑うことができた。岩川基地。小さな基地ではあるが…ここは事情を抱えた艦娘達の安息の地。神風に春風はようやく…そんな場所に居場所ができたのだ…と心の壁を取っ払い、笑顔になって皆と接していくのであった。

 

………

 

「やるわ!!!春風、いける!?」

 

「はい、御姉様!旗風さんと共に準備はできております、ってー!!」

 

そうして海を駆け、戦場へ赴くのはまだだいぶ先のお話。




岩川基地の神風、春風のお話でした。
まだまだ時間はかかりますが、この先は最後の台詞のように、神風型一同でしっかりと海を駆け、勝利を得て司令官に褒められて喜ぶ毎日になるでしょう。

艦娘の筋肉のつき方は人間の何倍も早いです。ですから、しだいによちよちからシャキッと歩けるようになります。きっと。

さて、次回は刈谷提督とある人物との談話を書こうかと思っております。次回もお待ちいただけましたら幸いです。

それでは、また。
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