提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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第二百十七話

東京某所。

 

1人の男性が高級なステーキ店で水を飲んで誰かを待っていた。髪は髪を染める暇もないが故、白髪の眉間に深い皺が彫り込まれた難しい顔をしている。たくさんの苦労をかいくぐってきた歴戦の顔…右も左もわからない頃からの艦隊運用。たくさんの苦難があった。

 

第一線を引いてからも膨大な事務処理、役に立たない口だけは達者の自分と同い年かそれよりも少し年下の提督にもなれない。事務処理すらできない役立たず共の処理。それのせいで眉間の皺が深くなり、増え、目つきまで悪くなったことを少し気にしていた。

 

別に威圧しているわけではないのだが、ここの店員にさえ「連れが来たら注文をする」と言うと「あ、はい…申し訳ございません…」と恐怖感を与えてしまったことを若干気まずく思っていた。

 

清州 一馬(きよす かずま)…現海軍大本営副司令長官。彼は約束の時間の1時間半前からここで水を飲みつつ、人を待っていた。生真面目過ぎる故、時間前行動が恐ろしい程早い。

 

さて…約束の時間前まで…あと15分くらいか…と腕時計に視線を落とした時…。

 

「悪い、待たせたな。あんたのことだ。どうせ2時間くらい待ってんだろ」

 

黒いロングコート。黒いセーター。白のパンツ。清州副司令長官よりもさらに目つきが悪く、店員が恐怖で引いていたくらいの男…刈谷提督であった。

 

「1時間半くらいか。まあ気にするな。いつものことだ」

 

「早めに出ようと思ったら能代がギャンギャンうるさくてな。足止めを食らった。んで、車中泊したら寝過ごした」

 

「クックッ。お前らしいな」

 

「ったくよ…護衛くらいはつけてくださいって龍田か誰かを連れて行かせようって聞かなくてな。極秘の話だから艦娘にも聞かせられねえって言ったんだよ。龍田は了解してくれたんだが能代がな」

 

「それだけお前を思っての事だろう?相変わらず艦娘に好かれているな」

 

「そのせいで遅刻寸前になったんだっつーの」

 

「私は別に遅刻しても構わんぞ。おおよそ予測はできていたからな」

 

クックック、といたずらっぽく笑う清州。それに反して

 

「時間前行動をしなけりゃ恐ろしいシゴキをしてきたのは誰なんだよ、悪魔の上官」

 

「お前がルーズすぎるからいかんのだ、バカモン」

 

「言ってくれるぜ。おかげさまで今は時間前行動が当たり前ですよ」

 

「それは結構」

 

またククク…と笑った。

 

「本当はこんな軽口を言うおっさんだなんて大本営のクソどもが見たらひっくり返るだろうぜ」

 

「あんな奴らに本性を見せる必要などないわ。私が厳しい顔をして言っておけば黙って縮こまっているからな。虎瀬もいるしな。あとは、お前もな」

 

「おう。俺は別に何もしてるわけじゃねえんだがな」

 

「裏で血祭りにあげている狂暴な提督がか?ははは、笑わせおる!」

 

「うるせー。それは若いころのあんたも一緒だろうが」

 

ぷっと2人で笑いあう。そのあとは上官の前であるにも関わらず「あー腹減った。飯飯」とメニューを手に取り、これで、と高いサーロインステーキを注文するのであった。

 

いや、そもそもが副司令長官と大将と言う間柄を超えた仲であるのだ。実は。だからこそ、こうして「肉でも奢ってやるから東京へ出てこい」「はいよ」と言う言葉だけで終わるのである。

 

一番高い肉を頼もうが、清州も「では俺もそれにするか」と注文し、高いワイン「シャトー・ラトゥール」まで頼むであった。

 

「ずいぶんと気前がいいなぁ?」

 

「たまにはいいだろう。その為にお前、この近所のホテルを取ってあるのだろう?」

 

「ああ。この泊まりってのがまた能代がギャンギャンうるせえ原因だったんだけどな」

 

「能代に何か土産でも買ってやればいいんじゃないのか?」

 

「東京ば〇なでも持って帰ってやるか」

 

「いや。もう少しマシなものを買って帰ってやらんか…」

 

「へーい」

 

他愛もない会話。普段は絶対にできない心を許した相手だからこその砕けた会話。清州副司令長官は時々刈谷提督をこうして呼びだしては愚痴をこぼしたりしてストレスを発散している。

 

誰も知らない。古井司令長官や虎瀬大将が多少知っているくらいで、他の者は知らない。割とジョークを言ったり、気さくに話をする漢だったりするのである。

 

「で、こんな高いワインまでマジでいいのか?俺も出すぜ?」

 

「俺が誘ったんだ。遠慮なく飲め」

 

「あとが怖えなぁ…」

 

「ふ、次はお前にロマネコンティでも奢ってもらうとしよう」

 

「おい…まあ、いいけどよ」

 

「ふふふ、冗談だ。今度は良い日本酒と魚でも奢ってやろう」

 

「…やっぱりあとが怖えな」

 

「はははは!心配するな。出世払いでいいからな」

 

「これ以上出世したら大本営勤務じゃねえか」

 

「何、特権で元帥でありながら前線活動できるようにしてやろうじゃないか」

 

「…いいのかよそれで」

 

「提督の資質を持つ者は多くない。お前が佐世保にいて、堀内、虎瀬…そして三条。これと共にいずれ五ケ丘も本土に呼び、若手を配備することで最強の布陣が完成する。若手…艦娘を大切にする者達で日本本土を固める。そうすれば万が一本土へ大侵攻が起きた場合にこちらは『原初の艦娘』を含め、練度の高い艦娘で徹底的に敵艦隊を叩くことができるだろう」

 

「ショートランドの二の舞にはならねえな」

 

「あれは三条が独断でやったことだからな。しかし…あ奴の手腕は本当に舌を巻いた」

 

「詳報を何度も読んだが…艦娘が提督の命令を無視し、提督を守るために特攻を仕掛けていった…か。他のところ…うちでさえ、そんなことをする艦娘はいねえだろうな…いや…球磨とかはやりかねねえな」

 

「お前もそれだけ信頼されておると言うことだな。そう言えば、長門は元気にしているか?」

 

「ああ。うちでリーダーシップを発揮しているぜ。改二にもなったしな」

 

「そう…か」

 

今鹿屋基地にいる長門は清州副司令長官のところから刈谷提督の所へ移籍した艦娘である。長門は頑なに清州副司令長官の秘書艦として離れようとはしなかったが、大本営のうるさい連中から戦艦を腐らせておくのはどういう了見かと言う詰問が多く、長門自身にも汚い言葉を浴びせる輩もいたため、長門の精神的負担を抑えるために鹿屋基地に行かせたのだった。

 

鹿屋基地に刈谷提督が着任して間もないころである。艦娘が大好きで優しくしてくれるだろうと言う言葉を信じ、渋々鹿屋基地にやってきたがまったくの正反対の様な、道具呼ばわりする提督だったため、真っ先に清州副司令長官に電話を入れ、話が違うと憤慨していた。

 

「わけあってそうしているのだ。そいつの戦闘詳報をこっそり送ってやるから読んでみるといいだろう」

 

憤慨しながらも清州副司令長官の言いつけ通り、刈谷提督が参加した作戦の詳報を読んでみた。轟沈はなし。艦娘を褒め称えすぎではないかと言うくらいの見事に艦娘を立てる詳報であった。最後に読んだ詳報だけ、たった一隻の轟沈を確認した。

 

「大府にな。してやられたのだ。罠に嵌められ、轟沈してしまった。そのおかげであいつは荒れてしまった。今じゃ極力艦娘と関わらんようにしようとしている。今の私のようにな…わかるだろう、長門?」

 

清州副司令長官も過去に艦隊を率いていた時、妖精さんも見えない中、手探りで必死に深海棲艦と戦った。その中で絆が芽生え、三条玲司提督のように和気あいあいとした運用を実は行っていたのだった。だからこそ、刈谷提督は彼が艦娘兵器派のリーダーとしてと言う言葉を聞くたびに吹き出しそうになるのだと言う。

 

長門は聡明だった。清州副司令長官がたった一隻。艦娘を己の不手際で轟沈させてしまったことで現場を離れ、艦娘と関わることをやめた彼と刈谷提督が重なり、刈谷提督はきっと清州副司令長官のように優しい人なのだろう、と彼を信じて彼についてきた。

 

やや時間がかかってしまったが、かつての清州副司令長官が艦隊を率いていたような和気あいあいとした場所ができてきた。高い食材をみんなのためにと貯金をはたいて用意して間宮に怒られていたり、駆逐艦とボール遊びをしては楽しそうにしていた頃。そのころと変わらない場所になってきた。

 

刈谷提督には「私は提督を信じよう」とそれだけを伝えた。清州副司令長官の艦隊運用を知っていた刈谷提督は「そうかよ」とだけ返した。不安は多いし艦娘の仲ではギスギスすることもあったが、能代や榛名、球磨や多摩がうまくごまかしてくれたおかげで助かった。今はそんなギスギスがなくなり、ホッとしていた。

 

「『一斉射かっ!胸が熱いな!』って必殺技だってよ。ククク、おもしれえ技だろ。もうちょっとネーミングセンスねえのかよって言ったら怒られちまった」

 

「あまり長門をいじめてくれるなよ?減給にするぞ」

 

「うわ、パワハラじゃねえか」

 

「やかましいわ。俺の長門の扱いをぞんざいにする奴は減給だ」

 

「んなわけねえだろ?南方海域で一役買ったんだ。あいつは…すげえ戦艦。長門は日ノ本の誇り。その言葉はダテじゃねえな。大和や武蔵にも引けを取らねえよ」

 

そうして長門のことを褒める刈谷提督にニコリと笑う清州副司令長官。自分が建造した長門が大活躍していると言う話を聞いて誇らしくなった。今は刈谷提督の艦娘であるが、生みの親は俺だ。そういつも刈谷提督に言っていることだ。「親バカなこって」といつもキヒヒと笑われるがそれでもいい。それだけ清州副司令長官にとって、長門は相棒であり、苦楽を共にしてきた中であった。他の艦娘は退役したり、別の泊地や基地にいたりする。沈んでしまったと聞けば静かに泣き、元気でやっていると聞けば安堵した。

 

「ふん、最初からそう言え」

 

「申し訳ございませんでした」

 

「「くくく!!!」」

 

2人して笑っているとお待たせしました、ととてもおいそうな分厚いステーキが運ばれてきた。サラダやスープは雑談を交わしながらもう食べていた。ワインを片手に長門の事を語っていたのだ。

 

「んじゃ、ゴチになります」

 

「好きなだけ食え」

 

………しばし2人とも無言。最高級のステーキに何も語らず舌鼓を打つ。口の中でふわりと溶ける肉。しかし口の中に不快感は残さない。口の中の油をワインでリセット。そしてまたミディアムレアに焼かれた肉を頬張る。師弟共々好みは一緒だ。

 

彼ら2人は自衛隊の頃からこのような関係である。なぜだか気が合うのだ。上官、部下。そんな垣根を超えてこうして語らう機会が多い。だからこそ「よお」「おう」…本来ならば鉄拳制裁どころの話ではない挨拶や話し方ができる。人に見つからないように、ではあるが。

 

「そう言えばよ、長門があんたに会いたがってたぜ。俺んとこに連れて来てくれたことの感謝を伝えたいんだとよ」

 

「別に…そういうのは気にしなくていいんだがな…ふっ、まあ今度連れてくるといい。久々に顔が見たいと言うのはある」

 

「フン、そう言うと思ったぜ。年明けの会議に連れてきてやるよ」

 

「そうか…ふふ、改二…か。成長したものだ」

 

「成長した娘を思う親父みてえだな」

 

「やかましい。俺にだってな、艦娘を思う心はあるわい」

 

「そうだよなぁ。あんたツンデレだもんな」

 

「ツン…デレ…なんだそれは」

 

「帰って調べてみるんだな」

 

ツンデレ。それは刈谷提督にもぴったりとあてはまる言葉である。思いきりブーメランが刺さっている。

 

「舞風のことは…」

 

「忘れるわけがなかろう。俺が…大失敗して沈めてしまった…」

 

「それをきっかけに安城さんと一緒で艦隊運用をやめた」

 

「俺も…結局は無責任に逃げた愚か者だ」

 

「いいや、隠れて艦娘を守るように戦っている。安城さんは…まあ、逃げちまったがな」

 

「俺は…刈谷よう…戦えているのかね」

 

「戦ってんだろ。こっそり元ショートランドの英傑、今は広報で活躍している青葉を動かして一宮の大湊に取材に行かせたり、今度横須賀に行かせる気なんだろ?一宮の大湊の取材の写真や新聞、大本営の連中に効いてるみたいだぜ。ジャブどころじゃねえ、肝臓直撃のボディブロー並にな」

 

「ククク、それは上々。艦娘の扱い改善を訴える職員が増えてこちらとしてはやかましいだけの老人が黙りこくるようになってきた。そして今度は『あの』ショートランドの英雄、南方海域でレ級を退けた男、三条の横須賀鎮守府の士気の高さを徹底調査します、と青葉が意気込んでいる」

 

「それよか三条に会えるのが楽しみなんだろあいつは。本来なら、もっと三条と戦いたいだろうにな」

 

「…今はこうして三条を支えるのが仕事だ、と。彼女はまだ、三条と共にある」

 

「そう…か。三条も…青葉も…強えもんだな」

 

「たった一隻…いや、1人の艦娘を沈めただけでこうして逃げたりする男もいるのにな」

 

「それとこれとは話が別だ」

 

99人を沈めた三条提督。いや、沈めたと言うと語弊がある。彼女たちは三条提督を守るため、ひいては本土…海を守るために沈んだのだ。しかし、彼はそれが原因で2年間、提督であることをやめた。おそらく、安久野の屑の存在がなければそのまま今も彼は厨房で鍋を振るっていたかもしれないのだ。心身ともに大きな傷を負いながらも…彼は再度提督としてスタートした。

 

「今度こそ…甘いかもしれませんが皆を沈めることなく戦いたい」

 

電話で刈谷提督に言っていた言葉。「理想論だ、んなもん」と言い返したかったがこいつならば本当にやるんじゃないか、と思い言うのをやめた。声だけであったがそれだけの気迫があった。

 

清州副司令長官も彼に対し艦娘とは何だと問うたところ「仲間であり、家族です」と一点の曇りもなく言われものだ。彼こそが艦娘にとっての理想郷を作るのではないか…そう思い、あれこれと強く言うのをやめた。

 

「……彼や一宮君たちを守るのが…俺の仕事だ」

 

「だったら逃げているわけじゃねえだろ」

 

「そういうお前も必死に艦娘のために戦っているだろうが」

 

「んじゃあお互い、艦娘のために戦ってるってことで」

 

「国や海はどうする?」

 

「へっ、決まってんだろ?」

 

「「二の次」」

 

ククク、ハハハハ、そう言ってお互いに笑いあった。防衛省などが聞いたら大目玉を食らうであろう言葉だった。そう、清州副司令長官はこんな男である。古井司令長官とは違うやり方で艦娘を守る戦いを繰り広げていた。

 

国を、海を…そして国民を守るためには艦娘の存在は必要不可欠。だが自分が国を守る、いや、守ってやっていると勘違いした愚かな連中が多くの艦娘を兵器、道具として扱い、海へと沈め、無駄に資材を削って新たな艦娘を作って沈めばまた作ればいいと考えていた。古井司令長官がいくらそれはダメだと説いても聞きやしなかった。

 

だから戦果、と言うものを作り、艦娘を沈めた愚か者には厳しい戦果がつけられ、及第点に及ばない場合は降格やクビもありえた。古井司令長官はそのようなことではただでさえ少ない提督の資質…妖精さんが見える提督の幅を狭めると意見を言われたこともある。

 

「戦果と言う目に見えた数値を見せれば自ずと躍起になるだろう。艦娘を沈めたらと言うペナルティを設けたのなら、おいそれと沈める馬鹿者は減る。艦娘が兵器であることに変わりはないが、練度の高さがモノを言う海域もある。沈めて新たに練度1のものを高難度の海域へ連れて行かせるか?練度を上げなおす面倒さは?それを考えれば良い物だろう」

 

しかしそれでも艦娘を沈める者が後を絶たなかったことに頭を痛めた。そして出てきたのが安久野や宿毛湾のような非道な連中。こっそりと刈谷提督を使って何とかできないか動かしたが政財界の大御所も動いており、刈谷に危険が伴う可能性が出たため、動かすのをやめた。

 

監査役を担っている虎瀬提督から刈谷提督へ。時に直接刈谷提督に働きかけて艦娘の環境改善を促してきたのはほかでもない、清州副司令長官であった。彼は不器用であるが故と副司令長官と言う立場上、自分から動くことができないことを非常に歯がゆく思っていた。

 

刈谷提督から安久野のことについて「ダメだ、これ以上やると俺も虎瀬のおやっさんも危ねえ。ひいてはあんたにも火の粉がふりかかるぞ」

 

そう言われた時にはゴミ箱を蹴飛ばして憤慨するくらいだった。横須賀の軽巡、名取が古井司令長官に事実を打ち明けたことで好転してくれたことは奇跡だった。内部の実態が分かれば動けたのだから、本当にこれで安久野を追放し、犯罪者として扱うと聞いた時は副司令長官室で1人ガッツポーズを取ったほど。さらに安久野が死んだときにも同じことをした。

 

横須賀の問題は解決した。これには虎瀬提督も皆も含めて安堵した。そして残された問題が…。

 

「残すは…大府くらいか」

 

「ああ。あいつだけだな」

 

これこそが今回ここに刈谷提督を呼びよせた本題である。大府提督。もはや目の上のたん瘤でしかない厄介者。

 

「烏丸提督がなぜ外洋に出て戦死したと思う?」

 

「大府が殺してそこの艦娘に死体積んだ船引っ張らせて雷撃処分でもしたんだろ」

 

「証拠がないのが…悔しいところだな」

 

「ああ。わかれば確実にあ奴を追放できるんだがな」

 

清州副司令長官は大府提督を一番追い出したいと思っている人物である。大本営の連中は彼の祖父、大府元幕僚長の信者の様な存在であり、このやかましい連中のせいであの元幕僚長が死した今、孫である奴を追い出すには絶好の機会であったのだが…人事権は清州副司令長官のみではない。大本営の何人かの人間も人事に携わっている。清州副司令長官が大府提督の追放を提案しても、他の人事の人間がノーと言ってしまえば却下される。

 

そのほとんどが元幕僚長の息がかかった信者のようなものである。そして、いまだになぜか彼を恐れている。だから孫である大府提督に関しても手出しができない。死んでいるはずなのに。

 

「チッ、だからさっさとあの大本営の役立たず共を追い出せばよかったんだ」

 

「海軍はただでさえ風当たりが厳しい故にな…若手が入ってこないのだ。だからこそ…役には立たんが面目を保つためにはあ奴らでもいなくてはならんのだ」

 

「艦娘に対して性的な提督になろうとするバカも多いな。その辺はあんたが却下してんだろ」

 

「面倒で仕方がないがな…七原君の時のようにお前が介入してくれてもいいんだぞ」

 

「やだね。めんどくせえ。七原の時は動いたけど、それ以外はな。面倒見切れねえよ。五ケ丘は…まああいつは面倒を多少は見てやるけどな」

 

「ふふ…お前も厄介事によく首を突っ込むな。七原君の時の必死の説得は人事で働けるポストがあるぞ?」

 

「俺は生涯現場だ」

 

「くく、お前が大本営で事務仕事か…それはそれで馬鹿どもに良い緊張感を与えられるのだがな。しかし、似合わんな」

 

「だろ?だから却下だ」

 

ふふふ、と清州副司令長官は大本営で見たこともない笑顔で笑う。よき信頼できる弟子。心を許せる部下…清州副司令長官は刈谷提督を心から信用している。

 

「で?自衛はしてんのかよ。古井のおやっさんに伝えといてくれって言っといたんだけどよ」

 

「大府に気をつけろ…か。それに関しては気にしている」

 

「タウイタウイにいるからと言って何もしてこないわけがねえ。怪しい人間や艦娘を忍ばせてくる可能性も否めねえんだ。あんたはマジで命を狙われる立場になった。気をつけろ」

 

「…降格させたこと。そして大本営への配属はおろか4鎮守府への着任も全て却下したからな」

 

「降格が今回は一番でけえだろ。んで、俺を大将へ上げた。そこが決定的だろ」

 

立場が全て変わった。今までは大府提督が上で刈谷提督が下。それが逆転したのだ。刈谷提督に執着していた大府提督が下になった。これは…刈谷提督は気にもしていないが防衛大学時代に主席入学をしたとき以来のことである。

 

すさまじく執着している。

 

「俺はいろいろと憎まれる人間が多いからなぁ…だがお前もそうではないか?特に大府にはな」

 

「ふん、大府がどんな汚え策を練ろうが叩き潰してやるさ」

 

「だがお前も気をつけろ。今回の事でお前も狙われる立場になった。大府の父はどうにかしたいと言ってはいるが行動には出ん」

 

「あのヘタレ親父があの頭のおかしな奴をどうにかできるわけがねえ」

 

「むう…」

 

「だから気をつけろつってんだよ。あいつを縛る枷は何もねえんだ。どんな手を使うか…俺も読めん」

 

「わかった。気を付けておく。俺もまだ…ここでこの役職、仕事を退くわけにはいかんからな」

 

「古井のおやっさんはそろそろ引退してえって言ってるけどな」

 

「口だけだ。内心ではあ奴もまだ席を空けるわけにはいかん。堀内がいい加減…ついてくれんかとは思っているが…」

 

「艦娘ほっぽらかして動く奴じゃねえよ、あいつは」

 

「ちっ、仕方がない。俺がまだまだやるしかないじゃないか」

 

「期待してますよ、副司令長官殿」

 

「やめろ、鳥肌が立つ」

 

「イヒヒヒヒ。まあ、当面頑張ってくれよ」

 

「わかっている」

 

いたずらっぽく笑う刈谷提督。そう、刈谷提督にとっては頼れる上官なのだ。いなくなられては困る。これから先、レイテ海戦もある。その際の人事などの相談などでもまだまだ必要だ。だからこそ、今大府に殺されては困るのだ。古井司令長官共々…まだいてもらわなくては困るのだ。

 

「上郷のジジイや三好のジジイはどうなるんだ?」

 

「3月末を以って退役だ。大本営でポストがあると言ったのだが、揃って老兵は黙って去るのみ。若き炎…新星たちに任せるだそうだ」

 

「ちっ…あのジジイ共、そう言う所だけは潔いな」

 

「まあ、彼らは妖精さんが見える初めての提督として黎明期から戦ってきた歴戦の猛者だ。我々は彼らをこき使いすぎた。もう70を過ぎているのに。退役させてくれとここ数年何度言われたかな。次世代を担う者がいない今抜けられては困ると必死で頭を下げていたのだ」

 

「…まあそれなら仕方ねえな…けどまあ、どっちにも世話になりっぱなしだからな。できればまた会話できる機会をと思って大本営に置いといてほしかったんだけどな」

 

「ひよっこが戯けめと上郷さんに言われるぞ」

 

「それでもいい。俺はまだまだひよっこだよ。そういうあんたももうすぐ70近いな」

 

「俺はまだ現役だぞ。まだ年寄り扱いするな」

 

「ククク、負けず嫌いは昔から変わらねえな」

 

「やかましい。40すぎたおっさんが20にいくかいかんかの見た目の龍田と本当の結婚なんぞしよる変態が」

 

「向こうから迫られたんだぜ?歳の差なんか関係あるかよ。別にガキみたいな駆逐艦と違うわけだしよ」

 

「のちには上郷さんのように龍田におじいちゃんと呼ばれて世話にならねばならんな」

 

「おしめくらい変えてくれるかってか。そのころまでこの海軍ごっこしてんのかよ」

 

「…終わりの見えん戦いだな」

 

深海棲艦はいつまで経ってもどこからともなく現れ、船を、人襲い、気を抜けば数年前のような大艦隊を組んで本土を攻めようと狙ってくる。この戦いに終わりは、副司令長官のように見えない。

 

刈谷提督の不安材料と言えば、戦争が終わった後、艦娘はどうなるのだろうか?と言うことだ。深海棲艦が突如現れた時と同じく、今度は逆に忽然と消えるのか?それとも、艦娘として存在し続けるのだろうか?それとも人間になるのだろうか。それさえわからない。

 

永遠の愛を誓った龍田、葛城、愛宕…彼女たちの未来は…。夢と消えるのだろうか。せっかく…自分の居場所を見つけたと言うのに…。

 

「まあ古井や俺、高浜防衛大臣が言うには、終わりはまだ見えそうにない。だそうだ。よかったな」

 

「っるせえな」

 

「ふん、龍田がいなくなる、と想像していた時のお前の顔、絶望が溢れていたぞ?」

 

「うるせえな、龍田も葛城も愛宕もまだいてくれるんならそれでいいんだよ」

 

「お前…節操がないな…」

 

「違うっつーの。あいつらが言ってきたからだな」

 

「日本では一夫多妻は認められておらんと言うのに。お前と言う奴は…」

 

やれやれ…と大げさに首を振った。だがそれでいい。艦娘を大事にしてくれる提督ならば10人だろうと100人だろうと結婚でも何でもすればいい。「艦娘と結婚してはならない」と言う決まりはないし、くだらんと自分は切り捨てたが、提督と艦娘が合意の上であれば夫婦や恋人として生活することも良しとされているのだ。それを悪用する馬鹿もいたが。翔鶴とデキているのだから問題はあるまいと死んだ目をした翔鶴を連れてきた安久野だった。死んで当然の男だ。何をしていたかは一目瞭然だった。

 

「くだらんって切り捨てた割にはちゃんと軍規として許可したあんたにゃ頭が上がらねえよ」

 

「ふん…」

 

「なんだかんだ言って、あんたは艦娘を陰から守ってる存在だからな。親艦娘派からは煙たがられてるけどな」

 

「俺など日陰者で良い。それよりも、艦娘兵器派の馬鹿どもをこちらに引き付けておいて古井の方で好きにやらせておけばいい」

 

「結果として若手の艦娘と仲がいい提督のところへ青葉行かせて現状を新聞で覆せなくしてるんだもんな。恐ろしいおっさんだこと」

 

「あの馬鹿どももどうせすぐにいなくなる。若手には艦娘が笑い、楽しく生活している。そんな自由を得ながらも国を守る。そうした方がチカラを発揮しやすい。俺にこんな自堕落なことをさせてと文句を言ってきた馬鹿に対しては、これのおかげで十分な戦果をあげているが?と返したら黙っていたよ」

 

「ククク、ちげえねえ」

 

「ああ、お前の所にも取材に行かせるからそのつもりでな」

 

「うちはこなくていいっつーの。横須賀に行かせりゃそこがどれだけ恵まれた環境で、『こりゃあ南方海域をも打ち破るわけだ』って若手の職員も納得するだろ」

 

そうか、と清州副司令長官も言っているが彼らは知らないのだ。横須賀鎮守府がどれだけ魔改造されているかを…。その驚愕の改造ぶりを知るのはもう少し後の話である。

 

「さて、食べるものは食べた。飲むだけ飲んだ。良い時間になった。お前とは良い時間を過ごせるから良いものだな」

 

「ああ、俺もいいストレス解消になった。で、ほんとにいいのかよ?」

 

「いつも俺が奢ってるだろう。部下に奢られる上官など恥ずかしいわ」

 

「うわ、変なプライド」

 

「やかましい」

 

笑いながら会計を済ませる清州副司令長官。ごっつあんです、と軽く言う刈谷提督。

 

「刈谷。来年度は大きくいろいろと動かすぞ。できるなら大府を追い出す。その前にレイテの問題もあるがな」

 

「あんた1人でどうにかできる問題じゃねえぞ。古井のおやっさん、虎瀬のおやっさん、俺も頼れよ」

 

「公には動けん。だが、事が動きそうならば必ずそうさせてもらう。しばらくは…まあ孤独な戦いだな」

 

「余計な苦労ばっかり背負いやがって…ああ、それから本気で気をつけろよ、大府にはよ」

 

「うむ…それだけ言われてはな。用心はする。秘書艦ではなく人間の秘書を必ずつける。そうすれば動きも鈍るだろう。豊橋と言う女性がな、とても優秀な子でな」

 

「あー、あの経費経費うるさい奴か。クク、口うるさく言われんなよ」

 

「委縮させんようにするのが精いっぱいだ。気を遣うが…まあそれで俺が安全を保てるのならな」

 

「本当なら長門みたいないざと言う時頼りになる艦娘を置いた方がいいんだがな」

 

「そうもいくまい。俺は艦娘を遠ざけているんだからな。そこに艦娘を置いたとあってみろ。兵器派がうるさい」

 

「ちっ…本当にめんどくせえな」

 

「刈谷。お前も気を付けろ。お前も…この海軍ごっこ…とお前がいつも言っているが、この海軍には必要な男なのだ。お前も…殺しに来るかもしれんぞ」

 

「おお。そんときゃ返り討ちにしてやるぜ」

 

「まったく…毎度その自信過剰には何も言えんわ」

 

「これがなきゃ俺じゃねえだろ、キヒヒ」

 

「違いない」

 

そう言うと清州副司令長官は刈谷提督に手を差し出してきた。

 

「何だ、握手でもすんのかよ」

 

「お前がついてきてくれたから俺がいる。感謝する」

 

「んだよ気持ち悪ぃなぁ?明日は吹雪かよ」

 

「ちったぁかっこくらいつけさせろ」

 

「へえへえ。俺もあんたが陰ながらフォローしてくれてるからこそここまでこれたんだ。感謝してるよ」

 

刈谷提督も珍しく、フッと笑いながら清州副司令長官と握手を交わした。

 

「ではまたレイテの作戦が始まる前くらいにまた飲むとしようか。次は…寿司でも食うか」

 

「ごちになりやーす」

 

「今度はお前に奢ってもらうか」

 

「へえ、いいぜ。感謝の印だ、好きなだけ食ってくれ」

 

「ククク、では楽しみにさせてもらおう。では、今日はこれで」

 

「おう、酔っぱらって車に轢かれんじゃねえぞ」

 

「お前こそ、その辺のゴミ捨て場で寝るんじゃないぞ」

 

背を向けて手を挙げて応えた。いい気分だった。久しぶりに清州副司令長官とゆっくり話ができたこと。相変わらず不器用なおっさんだな…と笑っていた。

 

それは清州副司令長官も同じだった。彼は刈谷提督が曲がり角を曲がって消えるまで、ずっと彼の背中を見送っていた。さて…帰るか。彼の足取りは軽かった。酔ったこともあるだろうが。

 

 

また語らおう、刈谷。

 

 

しかし…彼らが約束した寿司を食べると言う約束は…最悪の形で違えることとなるのであった。

 




お待たせしました。
まさかの清洲副司令長官との密談?でした。

彼もまた、本当は艦娘を守るために戦う人の1人です。轟沈がきっかけで前線を引きましたが、陰ながら艦娘、そして艦娘を大切にする提督を大事に守る仕事をしています。

あらゆる障害を排除して提督とは違う戦いを見せる者として、刈谷提督や虎瀬提督と秘密裏に協力し合っていました。
その中でも刈谷提督はよき師弟関係であり、こうしてちょくちょく密談と称した食事会をしていたのです。

大府提督の脅威が2人に迫る中、彼らの戦いは続きます。

さて、次回は久しぶりに横須賀の様子を書こうと思います。「突撃!青葉の隣の鎮守府!」です。

次回もお待ちいただけると幸いです。

それでは、また。
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