故人を偲びながら飲むお酒…刈谷提督は何を語るのでしょうか?
「はい、どうぞ。三条提督。本日の日本酒は「
「ああ。ありがとうございます…ってかそんな高そうなお酒…」
「気にすんな。俺が出してやる。その代わりテメエが大将になったら奢れよな」
「は、はあ…」
(実はあなたのお父様が大好きだったお酒と言うことは内緒にしておきましょうか…)
玲司の父、雪丸が好きだったと言うお酒。それを玲司に振る舞うのはきっとお父様に似てお口に合うでしょう、と思っての事。九重提督にはオーパスワンと言う高級なワインだ。かつての提督、安城提督のおかげでワイン通になった。その知識を活かし、地下室にワインセラーを作るほどである。見栄っ張りな大本営勤務の男たちが女性職員に見栄を張るため、浅はかな知識で高いワインを頼む。鳳翔はどんなワインの名を言ってもそれをセラーから大体サラリと持ってきてしまうため、会計を見て青ざめる男を幾度となく見た。
七原提督にはカルアミルク。これは再会した安城提督にカクテルのおいしい作り方を修行したおかげで売れ行きは好調である。ただ、小料理屋と言うこともあって大体は日本酒か焼酎の注文が多いが、このお店では「あらゆるお酒に精通した素晴らしいお店」と評判が高い。
ちなみに刈谷提督はドロドロのどぶろくを飲む。堀内提督はプレモル。何か…俺と九重だけこんないい酒飲んでいいんだろうか…。
「あの…」
「ああ?無理やり付き合わせたんだから好きなだけ飲めっつってんだろうが。いちいち金の事は気にすんな」
「ええ。私も出しますのでご遠慮なく。ああ、軟骨の唐揚げを」
「え、えっと…あっ、ば、馬刺しをお願いします!」
「ふーん、天龍ちゃんを連れてこれなかったのが残念ねぇ。あ、すみません、このチーズの盛り合わせ1つ」
「俺は…たこわさ」
「ククッ、三条テメエおっさんかよ」
「いいじゃないですか…父さんが好きで俺も好きになっちゃったんですよ。あ、あとホッケ」
「頼むものが渋すぎるわね…」
かしこまりました、とにこりと笑って鳳翔は厨房へ向かって行った。せっかくあの三条さんの息子さんが来たり、刈谷提督や堀内提督がイチオシしていると言う艦娘を大事にしている若手提督が集まったのだ。丹精込めて料理にお酒を振る舞おう。
「では、改めて…皆さん、清州副司令長官の葬儀に参列していただき、ありがとうございました。遠いところ、感謝いたします」
「それを言うなら堀内提督もでしょう…」
「ええ。ですが、恩師の葬儀に参加しないわけにはいかないでしょう」
「恩師…ですか」
「ええ、刈谷君と私はとてもお世話になりましたから」
「そう…ですか…」
ボトルからドボドボとブラントンを入れて飲む刈谷提督。ああ、荒れてるな…これは介抱が必要になりそうですね…と堀内提督がチラリと見ていた。飲むペースが早すぎる。無理もない…彼にとって清州副司令長官は…。
しばらく静かに飲んでいた全員。しかし刈谷提督だけはドボドボとウイスキーをあっと言う間にボトルを開けてしまった。
「鳳翔、グレンモールレイジィ」
「ええっ、もうボトルを空けてしまわれたのですか!?ペースが早すぎますよ!」
「うるせえ、飲まなきゃやってらんねぇんだよ」
「……グラスでロックでお出しします。ボトルではまたカパカパと飲まれてしまいますので」
「酒は飲んでも飲まれるな。刈谷君、料理もまだ出てこないと言うのに…」
「ケッ…しみったれやがって」
悪態を吐くが鳳翔はふい、とちょっと怒った顔をして厨房へ戻って行った。観念したのかグビグビではなく、チビチビと飲み始めた。ふっ…と堀内提督は笑った。さすがは鳳翔さん、刈谷君のことをよくわかっていらっしゃる。こうするとケチくさくチビチビ飲むのだ。おかわりと言ってもだしてくれないとわかっているから。
………
そうして待つことしばらく、たくさんの注文していない料理まで出てきた。刺身の盛り合わせ、にんにくの素揚げ、牛筋のどて煮、てんぷら…他にもたくさん。これは刈谷提督や堀内提督が好きな食べ物たちだ。言わずとも鳳翔は彼らの好みを把握している。玲司たちの好みもいろいろと調べている最中である。きっと刈谷提督が何度も足を運ぶようにしてくれるだろうから。
しかし玲司達若手にとっては極限まで飲みにくい…食べにくい空間であった。刈谷提督も堀内提督もしゃべらずに黙々と食べて飲んでいるからだ。
((((気まずい))))
4人の考えることは同じだった。こんなことなら来るんじゃなかった…気まずすぎて味もわからない。玲司が見るには極上の新鮮な魚、完璧なタイミングで揚げられた揚げ物。煮込み具合も完璧などて煮。むう、これは学ぶものがあると言うのに…。
「清州のおっさんはな」
おかわりと言うと渋々またウイスキーのロックを出され、不満げだった。ストレートで出せよ、と少し睨んだが知らん顔をされた。この野郎…と鳳翔を少し恨んだが確かにちょっと回っている。回ってるなら素直に話してもいいんじゃねえかな。そう思って刈谷提督が突如口を開いたのだ。
………
「俺の親はクソだった。エリートだ一流だ。二流企業のペーペーとその腰巾着がうるさくてな。一流大学滑って二流の私立大学にしか入れなかった落ちこぼれだ。親は子を無条件で愛してくれるなんざ嘘っぱちだったぜ」
愛情を受けた覚えなんてない。小さいころからエリートになれ。お前は一流になれ。その為にピアノやバイオリン、英語…幼いころから習い事を徹底的に詰め込まれ、塾にも通わされ、遊ぶ時間なんて1つもなかった。
ゲームなんて知らない。マンガなんて買えるわけがない。よくわからない医学書や六法全書なんて読まされたこともある。子供のころから彼は学校でも塾でも、あらゆる場所で浮いていた。だからいじめにも遭った。
成績がオール5でも「それが当たり前」…テストでオール満点でも「当たり前のことだ」…仮に99点なんて取ろうものなら寒空の下、一晩外へ放り出されそうになったこともある。。こっそり刈谷提督を支えてくれた侍従さんが中へ入れてくれて凍死は免れたが。
それでも子は親に逆らえない。親の思いに応えようと必死で頑張った。報われることのない努力。心は幼いながらにすり減っていた。
中学生の頃、とある人との出会いで目が覚めて家で大暴れし、テメエらの思い通りにはならねえと啖呵を切り、高校はとりあえず進学校に進んだがここでもいじめられた。そのいじめた彼らはズボンを下ろされたり万引きをしているところを撮られて掲示板に貼ったりして退学に追い込んだりと生徒を震え上がらせた。
運命を変えたおっさんに憧れ、海上自衛隊に入隊するため防衛大学に入学。その時に寮で生活をすることになったため、実家とは縁を切った。この時大府提督と出会い、いろいろと確執が生まれる。大学を卒業後、彼は念願の自衛隊員として艦に所属することになった。
自衛官になっても刈谷提督へのいじめはなくならなかった。特に何かをしたわけではないのだが「大きな態度が気に入らない」と言う理由から、わざと転ばされたりぶつかってきたり…いじめはここに来ても止まらなかった。
「ごっ?!」
「刈谷よぉ、お前先輩に生意気な目ぇしてんじゃねえよ」
ある時先輩に突然殴られた。理由はこれだ。別に好きでそんな目をしているわけではない。単に目つきが悪いせいで。
「防衛大学を主席で入学、2位で卒業したからってそんなに偉いのか?あ?いいご身分だなぁ?俺らを見下してんだろ?」
「そのようなことはありません」
「あるんだよ!!てめえ、嘗めやがって!教育的指導が必要だな!!!」
「ぐぁっ!?」
先輩たちから容赦ない暴力を浴びた。高校の時などは頭がいいために陰湿なことしかしてこなかったが、今回は違う。真っ向から暴力で自分を屈服させようとしてきた。
「やめんか!!!!貴様ら、何をしている!!!」
上官の制止で何とかその時の暴力は収まった。しかし、今度は目に着かないところで殴る蹴るの暴行を受けた。そのうち段々と腹が立ってきた。先輩や上官に楯突いてはいけない。それがこのまあ言うなれば体育会系の上下関係の絶対だった。けどやりすぎだろうがよ。だから…
「テメエ、調子くれてんじゃねえぞ」
蹴りを繰り出してきた足を掴み、足首をそのまま180°捻じ曲げた。当然、鈍い音がする。
「ぎゃあああああ!?!?!?!?!」
「テメエのほうが俺を嘗めたことしてくれたんじゃねえか?このクソがよ」
人中に突きを繰り出してやった。死なない程度に。
「ひ、ひいいい!?」
「おい、テメエ何怯えてんだよ?散々人をぶん殴っておいてやり返されたらこれか?暴力には暴力で返してやるよ。来いよ。俺とケンカしようぜ」
「や、やめ、やめろ!」
「テメエは俺の頬を蹴ってくれたなぁ?オラ、テメエは膝を砕いてやるよ」
ゴキャ!と鈍い音と共に蹴りで膝を砕いた。悲鳴を聞いた他の乗員が駆け付け、とんでもないことになっている…と上官に報告したことで刈谷提督は取り押さえられた。
「刈谷…暴力に暴力で返すのはよくないことだ…お前の居場所はここにはない…協調性に欠ける人間を置くわけにはいかんからな」
「そーですか」
この頃から吹っ切れた刈谷提督は上官に対しても不遜な態度であった。後日、彼は日本に帰港後、別の艦隊に組み込まれた。
そこでも刈谷提督は暴力で人を恐怖に陥れた。理不尽な暴力を加え、恐怖でケンカを売られないようにしたのだ。どうせここでもいじめられるんならこっちからいじめてやるよ。そんな単純な考えだった。
ある日…
「オラ、テメエも俺のことを目つきが気に入らねえだの何だのって言うんしょ、せんぱーい?」
「そ、そんなことはしない!思ってもいない!ぼ、暴力はやめてくれぇ!」
「俺をいじめようなんざ1000万年早えんだよ」
「ひ、ひいい!」
「やめんか!!!」
大きな声で制止の声が響いた。そこにいたのは…艦長…後の清州副司令長官であった。
「ああ!?ガッ!?」
睨みを効かせたところでところでいきなり殴られた。それも思いきり。吹き飛んだ勢いで頭を打ち付けて頭も痛い。顔が一番痛いのだが。
「っつぅ…何しやがんだ…」
「痛いか。我が身をつねって人の痛みを知れ、とな。それがお前が今までその者たちにやってきたことだ。お前の話は知っている。どこへ行ってもそうして暴力で相手を屈服させてきたこと。痛みを知らぬと言うのならお前の身にそれを知ってもらうしかあるまい」
「んだと…?!」
「殴られて痛いと言い、そして激昂か。そして、この私、艦長に対する言葉遣いがなっておらんな。いいだろう。お前はしごき甲斐がありそうだ。お前たち、刈谷に何かされたら私に言え。倍…いや3倍にして返してやる」
「は、はい!」
「ほら来い。お前への話はまだ終わっていない」
「いでででで!!オイコラ!髪を引っ張るんじゃねえ!!!!」
そうして艦長室へ連れていかれ、ボコボコにされたと言う。
………
「事あるごとに怒られ、殴られていましたね」
「うわぁ…」
「何だ三条、その目はよ」
「いや、上官に対してテメエって…」
「あの頃はヤンチャだったな。世間知らず…と言うか、井の中の蛙だった」
「懇々と清州副司令長官に協調性を教えられていましたね」
「ああ…けど、あれがなけりゃ今の俺はねえな。どっかでゴロツキでもやってそうだぜ」
(今も十分ゴロツキみたいですけどぉ…)
「七原、お前今度球磨と多摩と長月、菊月入れた水雷戦隊とテメエの水雷戦隊とで演習な」
「はいいい!?うちなんも言うとらんばよ?!」
「顔に出てんだよ」
「はいはい、そこまでですよ」
「フン…まあ、あのおっさんは育ての親みてえなもんだ。20過ぎのクソガキの頃から今までな」
「ええ。誰もがいつも清州のおっさん、と呼ぶことに戦慄を覚えていましたね」
「畏まれたほうが気持ち悪いって言われたんだよ。だから俺はおっさん呼びだ」
「古井司令長官までそう呼ばわりはどうかと思いますがね…」
「ああ?三条のおやっさんと一緒だろ」
「何で知ってるんすかね」
「ああ?んなもんしょっちゅう耳にすんぜ。テメエ油断しすぎな」
「グッ…」
「とにかく俺は自分がいじめられてたこともおっさんと…こいつにだけは吐いたな」
………
「痛みを知っていながら他人に痛みを与えるとはな…まあ、それはそうしなければ自分の身が危うかったと言うのもあるだろうがお前の場合はやりすぎたな。そもそも…お前のご両親がな」
「あんなん親とも思っちゃいねえ。投資か何かに失敗して一流気取りが今や貧乏アパートで飲んだくれと内職で細々とやってるらしいぜ。ざまあみろだ」
「またお前は…何がどうあれ、お前の生みの親だ。その事実は変わらん。だが…離れて正解だったのかもしれん」
「あんたがいろいろと教えてくれなきゃ俺はたぶんここをやめてヤクザでもやってたんじゃねえかな」
「馬鹿言え。お前では渡世は無理だな。ククク。素直すぎる」
「俺のどこが素直なんだよ」
「髪を引きずり回されても抵抗せず、私の話を3時間も懇々と聞いていたのがいい証拠だろう」
「ケッ」
「ケツの青いガキが猿山の大将を気取るようなままではどこへ行っても何も成し遂げることは不可能だ。お前は変わった。だからこそ怖がられこそすれ、皆と何かの目標を成し遂げることができている。その成長は嬉しいと思うぞ」
「……何企んでやがる?」
「ほらこれだ。お前はそう言うところがダメなのだ。そこは素直に感謝の言葉でも述べるべきだったな」
「あーうるせーうるせー」
「そうやって説教を流そうとするのもダメだな。まだまだ、いろいろと教えてやらねばならんようだな」
「………チッ」
くどくどと説教をされるが悪い気はしていなかった。そうして悪いことを悪いと叱ってくれる存在がこんなにも大事なことなのか、と気づき始めていたから。嬉しかった。一流であることでしか存在価値を見出そうとしなかった生みの親共とは違う。ああ、あの侍従さんと一緒だった。『刈谷克己』個人として見てくれている。それが嬉しかったのだ。
「堀内も同じ乗員、仲間なのですから心配ですと言っていたぞ」
「あいつなぁ…あいつは何で俺に構うんだろうな。みんな怖がって距離を置いてばかりなのにな」
「彼も昔はあのようなおとなしい性格だ。だいぶ痛めつけられたらしいな。共感できるんだろう。そして、あやつは親が敷いたレールの上を歩いているに過ぎないと言っていた」
堀内提督は親に自衛隊になれ。海上自衛隊のキャリアになって上に上りつめろと言われ、それを拒否することもできないままこうして流されて海上自衛隊にいる。いじめられてもそれをよくないことではあるがチカラでねじ伏せ、そして親の敷いたレールから外れて自分の敷いたレールを走っている。それが羨ましくもあると。
「あいつがねぇ…あいつもボンボンか」
「いや、堀内の家は貧乏だ。何とか奨学金などを使って勉強をして防衛大学に入ったようだな」
「テメエらが落ちぶれてるから息子がエリートになれば甘い汁でもすすれるとでも思ったか」
「みたいだな。刈谷を見て決意したのか、袂を分かつたみたいだぞ」
「へぇ、そりゃすげえこって」
「似た者同士のようなものだ。仲良くしていればいいこともあるだろう」
「そうかよ」
それからしばらくして、舞鶴に帰港した際は「よお、ちょっと飲みにでもいこうぜ」と刈谷提督から誘いに行ったらしい。
「これが意外に話が合いましてねそれからもう20年近く友人…いえ親友、と言っておきましょうか」
「テメエ酔ってんな?」
「いいえ?これっぽっちも」
「テメエ顔に出ねえから素面か酔ってんのかわかんねえんだよな」
「そう言う刈谷君はトマトのようですね。飲みすぎではありませんか?あ、黒霧島追加で」
「酔ってんなテメエ」
刈谷提督と堀内提督。性格は本当に真逆のようだ。そんな2人がこうしてグラスを合わせて飲む。大本営ではお互い全く干渉していないように見えたのに。刈谷提督と付き合っている、などと知れ渡れば堀内提督への心象が悪くなるからだよ、と刈谷提督が後に語ってくれた。
「深海棲艦が現れた時、私達は艦娘を率いて艦隊を運用するには早すぎる、と老人方に言われましてね。何とか清州さんが入れてくれようとしてくれたのですが…」
「今こそ儂らが功績をあげて上へ行くとか訳の分からねえ理屈で素人がボコボコと艦娘沈めやがってな。俺らが艦隊運用にこぎつけるまで3年はかかった」
ウイスキーのグラスをダン!と強く置いて怒りを吐き出すかのように言った。そこから清州副司令長官には「あんな犬の餌にもならねえクソどもさっさとクビにしろ」と言っていたようだ。
「そこは…大府元幕僚長…今の大府提督の祖父が邪魔をしましてね」
「あの糞老害、やめたくせにゴチャゴチャ口出しして、あんなクソ野郎を提督にねじ込みやがって。ああ、響30年スト…チッ、ロックだ」
「大府幕僚長が亡くなった今…本当に彼は今の提督達の中では一番のお荷物ですね…」
「清州のおっさんがどうやってアレを追い出そうかどれほど頭を痛めても追い出せねえんだよな」
「…大府提督をかわいがっていると言う噂があるのはやはり嘘でしたか」
「へぇ、一宮、テメエ5点加点だよ。そうだ、そもそもおっさんは艦娘兵器派でもねえぞ」
「ええええ!?」
「うっそ…」
「テメエらはまだまだだな。そう言う風に欺いてたんだよ。あの糞老害共をな」
「彼は大府幕僚長の言いなり。つまり、清州副司令長官の言うことはそのまま大府提督の祖父の言葉と同義であると信じて疑わなかったのですよ。その裏では、仕事をしないと言うことを逆手に若手の職員さんに艦娘を支援する書類を回していたのです。実際には、若手の方々はそれに乗っていたと言うことですよ。これは…確かに大本営の方々にしかわからないでしょう」
「馬鹿どもにはいい餌だったんだよ。欺いておけばろくなこともしようがないからな」
口で言わせておけばいい。それだけでよかった。仕事はしないわけだし、書類を読んでもちんぷんかんぷんだったらしいし。それでいいのかよ…大本営…と玲司たちはあきれるばかりだった。
「清州副司令長官が居なくなった以上、彼らには消えてもらいます。そして若くてやる気のある方々が昇進していく…清州副司令長官が狙っていた状況を作ります」
「大本営の大改革だ。無能を全員叩き出して若手とやる気のある熟練だけで大本営をやらせていく。そこに俺らが加わってよりよくこの海軍ごっこを続ける。艦娘と深海棲艦の終わりが来るまでな」
「それが清州副司令長官と古井司令長官…虎瀬提督や私たちの目的でした。ようやく大府てい…いえ、大府の祖父が亡くなったことで事を動かせると思ったのですがね…」
やっと動けるこのタイミング。狙いすましたかのようなタイミングで暗殺が起きてしまった。しかも清州副司令長官が沈めてしまったと言う舞風を用いてのこと。なおさら何者かが動いているとしか思えない。誰もが、彼ではないかと言う想像に至った。
………
「大府はタウイタウイから動かさん。祖父の七光りで大本営に就かせろだの鎮守府に置けなどと言っているが私がいる限り、奴にそのポストはない。仮にもし、私が志半ばで斃れたとしても、お前らがその遺志を継げ。いいな」
「おっさん。縁起でもねえよ。変なこと言うんじゃねえ」
「その通りです。これは清洲さんがいないことには始まらない計画です」
「俺とていついなくなるかわからん。大府のあのうるさい年寄りが何者かに働きかけて俺をクビにする可能性だってあるのだ。そうなった時にお前たちに託す必要がある。お前たちにもとことん付き合ってもらうぞ」
「へいへい」
「承知いたしました」
「刈谷、何だその返事は。これは作戦だ。ふざけた態度では困るのだ」
「…失礼しました。承知いたしました、副司令長官殿」
「ふん、まったく。お前と言う奴は毎度毎度…困ったものだな」
「失礼しましたって言ってんだろ」
「ほらこれだ。すぐに不貞腐れる。お前は俺の艦隊に入ってからだな…」
「あーわかった!わかったっての!!!!」
「ふふふ、刈谷君も大変ですね」
「堀内、お前からも何か言ってやれ」
「刈谷君、副司令長官のお小言はもっと真剣に聞かないとだめですよ。いつまでもあると思うな親と金…特に親はね」
「…ちっ、うっせえな。まあ、おしめは替えてやるからそれまでは長生きしろよ」
「お前に介護をされると虐待が怖いな」
「するかよ」
「ハハハ、怖いですね」
「だろう?クックックッ」
「テメエ…」
そう言って笑いあったあの日が懐かしい…。
………
刈谷提督が下を向き、何もしゃべらなくなった。
「刈谷君?」
堀内提督が顔を覗き込もうとしたが止まった。グラスに入った酒にピチョン…ピチョン…と何か雫が落ちている。
「んだよ…おむつ換えるくらいジジイになるまで面倒見てやるって言ったじゃねえかよ…一緒に…一緒に大本営を…海軍を変えて行こうって…言ったじゃねえかよ…!!!!」
ダン!と割れんばかりにウィスキーの入ったグラスを置いた。ブルブルと震えていた。
「おっさん!俺はまだあんたに教えてもらってないことが山ほどあんだよ!!もっと教えてくれよ!あんたにまだ叱られ足りてねえよ!!!逝くのが早すぎんだよおおおお!!!!」
いつも余裕の笑みを浮かべ、悪態を吐く。それを一貫して崩さない刈谷提督の慟哭。涙がとめどなく零れ、ウイスキーの中へと落ちていく。
生みの親がろくでもなかった。それでもある程度道を外さなかったのは侍従。そして清州副司令長官のおかげである。道は歪んでしまったが、それでも道を踏み外さなかったのは侍従さんのおかげ。育ての母。
そして何より、その歪んだ道を正そうと厳しく叱ったり、時に手を出されたこともあったがたくさんのことを教えてくれた。自分が自衛隊員になって20年ほど。人生の半分近くを彼に叱られつつ、一緒に海を守ってきた本当の父のような存在。
これから先もうるせえなとケンカしつつもやっていくつもりだった。しかし、もう共に歩むことはできない。
「ちくしょう!!ちくしょう!!!!!ちくしょおおおおおおお!!!!!!!」
ダン!ダン!!と机が壊れるかのような勢いでテーブルを叩く。悔しさ、やるせなさ。無力さ。奴らの前で弱みは見せないために葬儀では涙を決して流すことのなかった彼がここまで号泣するほど、清州副司令長官は大切な存在だった。申し訳ないが飛龍を失った時よりも衝撃が大きく、喪失感も大きかった。
「早えよ…おっさん…もっと…もっと叱ってくれよ…もっと…俺に説教してくれよ…」
「刈谷…提督」
七原提督はつられて泣いていた。彼女も両親を失った時の悲しみは、喉が裂けるのではないかと言うくらい泣き叫んだ。
九重提督は刈谷提督と同じだ。ろくでもない親だった。だが、失った悲しみはわからない。だからかける言葉が見当たらない。
一宮提督は両親との仲は良好だ。漢になって来い!と言う父。それでこそ日本男児だよ!と言う母。僕に任せなよ、と一宮財閥の後継者になった弟。誰もが反対もしなかった。ケンカはたまにあれど、憎み合うことなどなかった。私は恵まれてるのですね…そう思うとかける言葉が見当たらない。
両親と妹を失った玲司。そして刈谷提督と同じく、育ての両親がいる。古井のおやっさん、静江さん。そして「原初の艦娘」の姉妹。家族だ。おやっさんを失ったら?俺も耐えられないだろう。
「……俺には犯人を捜したりはできませんが…刈谷提督と共にこれからもやっていきたいです。刈谷提督。これからもご指導ご鞭撻…よろしくお願いします」
「………」
海のように揺れる蒼い眼。その眼は真剣に刈谷提督を見ていた。ポンと肩に手を置く。そのチカラは緩やかなものであったが…確かな信念を感じた。あなたと共に艦娘や仲間を守っていきたいと。
「……殺った奴を探すのは俺の仕事だ。テメエはレイテのことを考えてろ。テメエを中心に動いてもらうんだからな」
「わかりました」
両親を失い、凄惨な研究対象になり、トラウマを抱えているこいつが俺を慰めるたぁな。んなこと言われたら泣いてられねえだろうが。
「刈谷君、私もできる限りのことはします。しばらくは、犯人探しに集中してください。何、私の所には優秀な秘書艦が多いですので、書類が増えようが関係はありません」
「テメエあきつ丸に怒鳴られても知らねえぞ」
「もうすでに怒鳴られていますよ。仕事をこれ以上増やして過労死されるおつもりでありますかなと」
「あきつ丸も神州丸も大変だな」
「ええ。最近山汐丸さんも増えましたので事務仕事には困りませんよ」
「その3人の倍以上の仕事をテメエ1人でこなすつもりだな?」
「堀内提督、本当に長生きできませんよ…私が艦娘としてやっていた頃から…」
「良いのです。私はほぼ裏方で動く時だけ動かせていただきます。刈谷君が動いてくれますからね」
「古井のおっさんには言ってある。全ての網を張って犯人を突き止める。俺はもう確信してるけどな」
あいつしかいねえ。それだけは確かだ。五ヶ丘のこともある。借りは必ず兆倍にして返す。
「刈谷提督!私も微力ですけどレイテ、頑張ります!」
「アタシもね。必ず成功させるわ」
「ええ。皆さんとチカラを合わせて頑張りましょう」
「ふふ。貴方がたは頼もしい限りです。期待していますよ」
「2割くらいな」
「すくな!?」
「ああ、刈谷君の2割は十二分にと言うことです。皆さん、また大本営会議でお会いしましょう」
「今日はお開きですね。皆さん、お疲れ様でした」
「鳳翔さん、ごちそうさまでした。めっちゃうまかったです」
「ふふ。三条提督、皆さんもまたいらしてくださいね」
「天龍ちゃんと来たいわねぇ」
「日向さんと…」
「涼風ちゃんとは…うーん、食べるだけならいいかぁ」
湿っぽい空気は終わった。刈谷提督ももういつもの表情になっていた。清州副司令長官はあまり湿っぽく飲みたくない性格だ。こんなしんみり飲んでいると夢枕で怒られちまいそうだな、と「ふん」と誰にも気づかれないように笑った。刈谷提督は切り替えが早い。まだ目は腫らしているが、泣いてすっきりしたようである。
これからは泣いてはいられない。清州副司令長官…育ての親父の仇を討たねばならい。持てる全てを使って追い詰めてやるさ。
「俺はここで。テメエら、秘書艦が心配してんだからまっすぐ帰れよ」
「刈谷提督こそ、龍田が待ってるんじゃないですか?まっすぐ帰ってくださいよ。飲みすぎなんですし」
「これくらいで酔わねえよ。俺はちょっとこれから寄るところがあるんでな。龍田ならどうせ飲んでるだろうよ」
「ならなおさら…」
「いいんですよ。刈谷君は用事があるのですよ」
堀内提督が玲司を止めた。それは暗にそれ以上探りを入れるなと言う圧力であった。玲司は堀内提督の鋭い目に息を呑んだ。
「そう、ですか」
その目に一宮提督たちも固まっていた。刈谷提督も同じような鋭い目をしていた。これ以上探るな。
「深入りしない方がいいってことだ。知らねえほうがいいこともあるってもんだ」
そう言って手を振って夜の街へ消えて行った。
「では、タクシーを呼びましたのでこれでお帰りください。同じホテルですよね?では、私の大本営の宿舎に泊めさせていただきますので、それでは」
堀内提督も何かあるんだろうな…これからのことを考えなくてはならないだろうし。
「帰りましょっか。アタシたちが首を突っ込んでいい話じゃなさそうだわ。ふぁーあ、飲みすぎたかしらねぇ」
「そう…ですね。では帰りましょうか。七原提督は前の座席へ」
「は、はいい…」
何か手伝えることがあればいいのだが…玲司はそう言うコネなどは何一つない。モヤモヤする。隔靴搔痒。何もできない自分が情けなく思えた。
………
「やあ、刈谷の旦那。ずいぶんと酒臭いけど、やけ酒かい?」
「ああ、そんなもんだ。さっそくだが話を聞かせてくれ。話によっちゃ、報酬は弾むぜ?」
「それは夢のある話だね。じゃあさっそく話をしようか」
東京に来たときくらいにしか合うことができない。電話などでは危険すぎて話にならない。だからこそ、飲みに誘って時間を潰してここにきたわけだ。薄汚い裏路地へ。
白髪に黒いロングコートを羽織った男はタバコを吸い、紫煙を吐き出しながら語りだした。その話を聞いていくたびに刈谷提督の顔が憤怒に染まっていった。
清州副司令長官を偲んでの飲み。そして刈谷提督の思いを書いてみました。
これから先、堀内提督と刈谷提督の2人で副司令長官をやっていくことになりました。そして、刈谷提督は全力で犯人探しを始めました。
読者の皆さんは誰かすぐわかるでしょうけども(笑)
次回は刈谷提督の目線で話を進めていきたいと思います。次回をお待ちいただけますと嬉しいです。
それでは、また。