玲司達と飲み明かした翌日。刈谷提督は龍田と共に大本営へ向かい、今は司令長官室にいる。
「おや、飲みすぎて二日酔いでダウンすると思っていたのですがね。かなり飲んでおられたので」
「あれくらいで酔うかよ。泣いて酔いが醒めちまった」
「鬼の目にも涙、かね」
「古井のおっさん、ひどくねえか?」
「冗談だよ。さあ、さっそく本題に入ろうか」
はぐらかしやがったよこのおっさん、と思いつつ席に座る。座ると同時に高雄がスクリーンを下ろし、自前のノートパソコンと思しき画像が映し出される。質素な壁紙…まあ愛想の悪い事務員もこんなもんだしな、と同時に色気のねえ女、とも思った。思った瞬間龍田に嫉妬の脇腹つねりを食らった。何とか声も顔にも出さずに痛みをこらえたが後で覚えてやがれ。
「私がハッキングして探り当てた防犯カメラの映像です」
はっきりとハッキングなんて言って大丈夫かよ?あほ共に聞かれたら偉い騒ぎになるぜ…。けどまあ、この高雄は他の高雄なんざ比べ物にならないくらいの頭脳と狡猾さを持っている。ハッキングされたことにさえ、セキュリティの憲兵隊も気づかないだろう。
「問題ありませんわ。このお話が済みましたら削除いたしますので」
嘘だなとも思った。それは堀内提督も同じと思ったようだ。おそらくは自作の超セキュリティの厳しいクラウドサーバーに保管していることだろう。破れるものならどうぞ。高雄は目でそう訴えている。
そしてあちこちの防犯カメラから、清州副司令長を刺殺した舞風の映像が映し出されている。
「目に生気がないわねぇ。あそこの人の艦娘みたいねぇ」
名前も口に出したくないほど嫌いな男の艦娘。言うまでもない。龍田は忌々しげに口に出した。
「間違いなく洗脳されていますね。そして艦娘が1人。舞風さんは新人演習の艦娘でもないのに…皆さんがいかに艦娘に興味がないかがうかがえますね」
「第一憲兵隊も平謝りだったよ。もっと警戒すべきだったと。第二憲兵隊のメガネの子は…顔を青あざだらけにして謝罪に来たよ。隊長と一緒にね」
「ヤキを入れたところで落ち度は全体の落ち度だ。あいつだけが悪いわけじゃねえだろ」
「いや、声をかけたみたいでね…清州はどこにいるかと言う質問に答えてしまったと言うんだよ」
だからと言ってヤキを入れるのはまあ間違いだろう。様子がおかしいと隊長、もしくは先輩に相談しなかったあいつもあいつだろうけど。
「失敗を暴力で責めるのは今のご時世よろしくないことかと思いますがなぁ」
「うむ…まあ一応叱責はしておいたがね…」
「して、高雄殿、続きを拝見させていただけますかな」
陸軍制服に似た黒い服。短いプリーツスカート。軍帽…ニーソックス。その黒を際立たせるほどに白い肌。陸軍出身の艦娘、揚陸艦「あきつ丸」だ。堀内提督はあきつ丸を秘書艦に置いている。一見おとなしそうな見た目であるが、ズバズバと歯に物を着せぬ言い方をしたり、頭が切れて呉の頭脳として働いている。
「はい。それではどうぞ」
「清州のおっさんを刺した後か、これ」
「はい、その前に見て頂いた清州副司令長官の後をつける映像の後、このように憲兵に連れられているのですが…」
「ずいぶんと取り乱しておりますな。例の洗脳装置は確かいかなる状況でもほぼ解けることはないと伺っておりますが?」
「浅めの洗脳を施したんだろ。それか、何か暗示をかけたかだな。刺したら正気に戻る程度の浅めの洗脳だろうよ。五ヶ丘の話じゃ、洗脳が解けても記憶は残るとか言う話もある。どこまで洗脳できんのか、俺らじゃわからねえが、あの馬鹿は結構把握してるみてえだな」
「ふむ…なるほど…完璧に使いこなせているようではこの先も、あきつ丸の提督殿や刈谷提督殿…ひいては司令長官殿を狙ってくる可能戦も十二分にありえますな」
あきつ丸の言う通りである。こういうことができてしまう以上、狙われる可能性が格段に高くなった。
「艦隊から落伍した艦娘と見せかけて保護したら提督をグサリ…なんてこともありえるわねぇ…」
「厄介極まりないですね。かといって、艦娘を放っておくことができない…なんと卑劣な…」
「まあ、アイツならやるだろうさ。古井のおっさんさえ蹴落として、防衛大臣を狙い、果ては総理大臣まで目指してそうな奴だ。目的達成のためなら、堀内や若手の良心を逆手にとって襲わせる可能性も高い」
「用心が必要でありますなぁ。ところで、舞風殿は解体されてしまったと仮定して、この目撃者である憲兵はどこへ行かれたのでありますかな?」
「さすがはあきつ丸さん…鋭いですね。それが…」
「それが?」
「防犯カメラで映ったあらゆるカメラから顔を特定し、海軍ならびに陸軍のデータにアクセスして情報を手に入れようとしたのですが…」
「存在しなかったんだろ」
刈谷提督がそうバッサリ言うと少しムッとした顔をして「ええ、そうです」と答えた。刈谷提督は笑ってもいない。いつもの余裕のある顔ではなく、龍田でさえ恐怖を覚えるほど、表情がないのだ。
「刈谷君、何か知っているのかね」
「そいつら2人なら清州のおっさんが殺された次の日の朝、土左衛門になって上がったぜ」
「な、なんだと!?ど、どこからそんな情報を…」
「言ったろ。どんな手を使っても清州のおっさんを殺した奴を追いかけるってな」
「裏社会に足を…突っ込んだと言うことでありますな?バレたらクビどころでは済みませんなぁ」
「提督…あなた…」
「どんなコネを使おうが俺の勝手だ。何かあったら俺が責任を取る。バレることはねえ。それだけは自信があるぜ」
それでも表情は変わらない。能面のようだ。いつもなら自信満々の嫌味ったらしい笑顔を浮かべているのだが…。彼は昨夜ひとしきり泣いた後、この事件を解決させるまでは修羅でいようと思った。どんな手を用いてでも殺した奴を見つけ、この手でぶち殺す。その覚悟でいた。
/玲司達と別れた後、どこかの路地裏
「やあ、刈谷の旦那。ずいぶんと酒臭いけど、やけ酒かい?」
黒服に白銀の髪…退廃的な雰囲気を纏った男がにやりと笑って話しかけてきた。
「ああ、そんなもんだ。さっそくだが話を聞かせてくれ。話によっちゃ、報酬は弾むぜ?」
「それは夢のある話だね。じゃあさっそく話をしようか」
彼は煙草に火をつけながら商売を始めた。
「まず先に…あんたが言っていた憲兵と言っていた2人。2人なら今朝、東京湾で死体で揚がったよ。電光石火のような速さだね。死因は溺死。殺し方が雑だね。致命傷は銃弾によるもの。弾丸は見つかっていないし薬莢なんてもちろんない。犯人は不明だ」
「だろうな。そこはやっぱりそうだろうと思ってた。で、死んだ奴はどんな奴だ?」
「金で雇われた人間のようだ。すまない、そこまでは情報が出てきていない。もう少し時間が欲しい」
「ガラを躱してたのに話が早えな。さすがだぜ」
「ふふ、旦那に頼まれたことなら迅速に調べておかないと。まあ、かなりスリルではあったよ」
「お前、傷を負ったのか」
「ああ、半グレに襲われたよ。肩を撃たれたくらいで済んだのが奇跡的だよ」
「悪かった。報酬は弾んでおく」
「ありがたいね…旦那、申し訳ない」
「危険な目にあわせた責任だ。お前が謝る必要はねえ」
刈谷提督はこの情報屋を危険な目に遭わせたことに負い目はあった。しかし、彼も情報を…それも表には出せない、決して出てこない情報を仕入れることで報酬を得、生業としている。命のリスクがあることは百も承知である。
もう3本目になるだろうか。タバコを咥えて再度語りだす。
「さて、今の旦那にはこれが本題だろう。大府元幕僚長…大府亀一郎死亡の件だ」
「それのせいで殺されかけたか」
「ああ。もしかすると、大府コンツェルンの何かかもしれないねぇ、ははは。怖い企業だよ」
「ない…とは言いきれねえな」
「だろう?まあ、それはさておき、旦那の考えは正解だよ。彼を良く知っているだけのことはあるね」
「ほう?」
「大府亀一郎を殺したのは…孫である大府和雄で間違いなかったよ」
やはりか。俺の考えは間違いではなかった。では心臓発作で死んだと言うのは…?
「これにはカラクリがあるんだ。おかしいと思わないかい?何かあってもいいように常時監視カメラを設置しているはずなのに心臓発作で死ぬ。それも大府和雄がいながら。これがその答えさ」
情報屋はマイクロSDカードを差し出してきた。
「おっと、自分のスマホやパソコンで見るのはやめたほうがいいね。こいつを使うといいよ」
そう言って渡された端末。なるほど、違法故に万が一でもこれを探られたら終わりってわけか。
「持ってるだけでもやべえんじゃねえのか、これ」
「イカサマはね、バレなきゃイカサマにはならないのさ。ちなみに、俺もコピーは用意してある。バレないようにね」
「そうかい。俺も大事にさせてもらうよ」
そうして端末にSDカードを差し込み、動画を見る。大府の爺の病室。大府が居て爺がひどく憤慨している表情が見て取れる。その直後、大府が爺の左胸を布団越しに殴る。その直後、爺は苦しみだし、目が飛び出るのではないかと言うくらいな顔をして絶命している。
やっぱりあいつが犯人か。んなこったろうと思ったぜ。
その後、ナースコールを押した大府が医者を呼びだし、医者は焦ったかのように土下座をしている。
「この後医者は真相を知ったようだね。大府が殺したことをこのカメラで確認した。この医者は地方…悲しいかな地方の病院に飛ばされたようだよ。そして警察に見せた動画がこれだ」
渡されたもう一枚のSDカード。そこには大府に憤慨した後に苦しんで事切れる爺。
「都合の悪いとこだけをカットしたんだな」
「ああ。飛ばされた医者は最初の方を提供しようとしたみたいだ。ただ、命を脅かされる事態になった」
「…屑だな」
「だから大府は悪くない。勝手に怒ってその結果心臓に負担がかかって死んだと言うことになっている。事故死だ。病院に落ち度はない。それで決着がついている。大府は私が怒らせてしまったばかりにと病院に謝罪したようだね」
「この医者と病院に圧力をかけたのまで探れたのか?」
「そうでなきゃ、しばらくガラを躱すなんて言わないよ。命まで狙われるくらいのことになったわけだからね。その正体は…大府の父、大府康介だよ」
「………へえ」
大府康介…それは大府の父親だ。なるほど、あのクソ野郎…息子をどうにかしてくれ。そして息子をできることなら追放してくれとも言っていたが…息子を庇いやがったな?
「あの病院は亀一郎氏が入院していただけあって大府コンツェルンから莫大な支援金を受け取っていたんだよ。非公式にね」
「賄賂か」
「ああ。これを探ったがために殺されるところだったよ」
なるほど、息子も爺もクソだがあの間のヤツもクソだったか。と言うか、会社もブラックと言うわけか。本当に救いようがねえな…。
「今回の一件も金を渡して動画の切り取りをして警察に提供させたようだ。東北の情報屋の話では、飛ばされた医者ももう消されたようだね。行方不明扱いでニュースになっていないようだけど」
「クソが!!!」
忌々しげに呪いの言葉を吐き出した。大府の人間は全員屑じゃないか。病院も…腐っている。しかし、これを明るみに出せば一宮のところと同じく、日本を支える大企業のスキャンダルだ。今すぐにでもこれをリークしてやりたいが今はまだ機ではない。
大府のところも海路を用いた貿易商を営もうと画策したが失敗した。一方で一宮カンパニーは防衛省とのコネ、賄賂などではなく、真っ当に安全性などを前社長、一宮提督の父も乗船した船で航海。実際のデータに基づいた提案で認可が下り、貴重な海外からの食糧、原料などを確保することに成功し、巨大企業となったのが十数年前。それまでも貿易商で大きく儲けていたわけだ。そこには一宮提督の祖父、父などが大きく貢献している。
一方で大府の方はと言うと深海棲艦が現れてから海路の確保を設けようとしたが、危険な航路ばかりで使い物にならない。そこで大府亀一郎、祖父の名前を出したり賄賂を贈ろうとしたわけだが大臣である高浜大臣がそれを一切拒否。貿易商に関しては一宮カンパニーに一任したというわけだ。独占禁止法に違反だと裁判も起こしたが、中小企業などにも安全な航路として開放しているし、独占しているわけではないので裁判は棄却となった。
「マヌケにもほどがあるな」
「叩けば叩くほど埃が出る企業だと思っているよ。もっと探してみようと思う」
「殺されるなよ」
「俺を誰だと思っているんだい?」
超一流の裏社会の情報屋。このSDカードをもらっただけでもとんでもない金を出さなければならないと思っているくらいだ。この自信に満ちた表情は必ず大府家の埃を全て出してやろうと画策している顔だ。確かに、こいつらは海軍でも、そして日本でももはや癌か。こいつらのせいで泣きを見た企業も多いし、今も下請けは過酷な労働環境らしい。叩き潰した方がいいだろう。
「わかった。これ以上ここにいても危険だ。俺は帰る。金は振りこんどいてやるよ」
「フッ、期待してるよ」
そうして情報屋と別れた。大収穫だ。それもこれ以上ないくらいの。まあ、これがリークされて大府がどうにかなったら俺も古井のおっさんに全部ゲロって退いて、どっかでのんびり暮らすとするか。あるいは楽に死ねねえかもな。
「けどまだだ、まだ死ねねえんだわ。龍田達もいるわけだしな」
口には出さないが大切な嫁だ。葛城、愛宕…そして龍田。あいつらの笑顔が目に浮かぶ。だからこそこれしきでくたばってたまるか。
「フン、これで明日のいい土産ができたな」
ポケットに手を突っ込み、SDカードが入ったケースを大切に握りしめていた。
/大本営 司令長官室
「なんと…やはり彼のおじいさんは彼が殺したと言うのか…」
「ああ。高雄のパソコンでなら見ても大丈夫だろ」
そうして高雄にSDカードを投げ、高雄は中に入っていたファイルを開いた。その中身は古井司令長官たちを驚愕させるには十分だった。
「あの野郎にとっちゃ手塩にかけてくれた爺も邪魔とそうやって殺す。それが大府だ。今回の舞風を仕向けたのもどうせ大府だろ。死人に口なし…舞風はもういねえから断定できねえけどな」
「………人に非ざる者ですね。しかし、刈谷君。これの入手方法は…」
「裏社会にガッツリ入り込んでるよ。何、事が全部片付いたら自首する」
「提督、そんな…」
「龍田、俺は裏社会の人間とやり取りしてるんだぞ。お前も汚れちまう」
「……私は聞かなかったことにしますよ。それに…離島の彼も動いています。外道を放っておくわけにはいかない、とね」
「おお怖、あのおっさんが動き出したか」
「ええ。久しぶりに腕が鳴る。そう仰っておりますよ」
海軍の中でも特にひどい悪事を働いた者が放り込まれる瀬戸内海の離島。船でしか絶対に行けない島にある監獄。そこの管理人。元提督であったが、それよりも虎瀬提督や刈谷提督が今やっているような外道たちの取り締まりのほうが適任あると感じた彼は、提督の権限を用いて艦娘を物扱いする外道たちをどうにかすべきだ、と長く意見してきたのだ。
その結果、彼が責任者となることで彼の提案が通った。潮の流れが早く、泳いでは脱出ができない海軍のアルカトラズ。彼は拷問などをそこでかけるわけではない。何もしないのだ。
食う、寝る。それだけ。それだけしかできないのだ。娯楽はない。
「暇は無味無臭の劇薬と言うのだ。外道にはその劇薬をしっかりと味わってもらいたいものだ」
そう笑って刈谷提督に言ったことがある。あまりに何もすることもなく、誰とも会話ができず、気が狂っていく。最終的には壁に頭をぶつけて死ぬか、舌を噛んで死ぬか…。
「外道は精神が脆弱だな」
助手の艦娘と共にそういつも言っている。ちなみの武術にも長けているため、万が一襲い掛かったとしても一瞬にして地を舐めることになるだろう。
「おい高雄、一連の揉め事が終わったらそのファイル、消しとけよ」
「えっ!?(み、見られていた?)」
「テメエのことだ。万が一、俺や堀内古井のおっさんが居なくなった時にそれでどうにかするつもりだろ。けどな、それだけじゃ足りねえよ。まだだ。まだ動くときじゃねえ」
(このお人は本当に私より『未来視』ではないかと思います…)
高雄が呆気にとられた。本当に彼は艦娘がやることを全て見通すかのような人だ。彼の前で隠し事はできない。
「それと、大府コンツェルンへのハッキングはテメエの高度なセキュリティを持ったパソコンでも見るのはやめとけ。あっちもテメエと同等か、それ以上のプロがいる可能性がある。海軍、おっさんを不利に立たせるような真似はやめとけ」
本当にこの人はわからない。艦娘を適当に扱っているように見えて大事にしているのだ。提督に対して割と風当たりがきつい龍田がここまでついてきて提督の心配をしているくらいなのだから。それに左手の指輪。お互いにお揃いだ。愛し合っているのだろうか?ますますわからない。
父からはとても艦娘を大事にする優しい提督だよ、といつも言われているが、口だけは本当に悪くてそうは思えないのだが…。
「五ヶ丘提督の殺人未遂事件も放置し…そこまで大府提督を慎重に追い詰める必要があるのかしら?」
陸奥が今まで黙っていたが刈谷提督を睨みつけるかのように尋ねた。
「テメエには一生かかってもわからねえよ。この動画と五ヶ丘の件だけじゃ弱えんだよ。こういうのはな、一部だけ摘み取ってもすぐに生えてくる。トカゲのしっぽ切りじゃ意味がねえ。根こそぎ全部潰さねえとこの先の海軍ごっこはもたねえ」
その言葉に陸奥はカチンときたが言い返せない。高雄並に頭が切れるだけに、何を言ってもグゥの音も出ないほどボロクソに返されて終わりだ。
「大府だけじゃねえ。大府の親父も、会社も。全て終わりにして抹消しなきゃならねえんだ。親子そろってアルカトラズへ行ってもらわねえとこの先、海軍に未来はねえ。大府の親父も表では息子をどうにかしてくれと泣き入れているが、実際はこれだ」
裏では息子を庇い、海軍に入り込ませている。追放させても構わないと言っておきながら何としてでも海軍に居つかせるように仕向けている。そのためにおそらくあちこちに金もばらまいているだろう。とんだタヌキだぜ、とため息が出る。
「親子揃って堕ちましたね…いえ、元から堕ちていたのでしょう」
「ああ。元から一族郎党全員腐ってたって話だろ。俺は清州のおっさんの仇を討つまでは止まらねえ。それだけだ。話は終わりだ。証拠も渡したし話もした。俺は帰る。龍田、帰るぞ」
「は~い」
「ああ、それと。俺を裏社会の奴とつるんでるって告発したとしても、そこのハッキングしてるやつがいる時点で同じ穴の狢だ。俺を裏切ったら敵と見なすからな。覚えとけよ。俺は五ヶ丘の面倒も見なきゃいけねえから忙しいんだ。じゃあな」
何かに急かされるようにいそいそと帰って行った。相変わらず嫌な人…と陸奥は彼を嫌う。高雄も油断ならない人、と警戒を一層強める始末。
「味方になれば心強いが、敵に回れば彼ほど恐ろしい敵はいないだろうね。大府は…本当に恐ろしい人を敵に回した。完全に。完全にだ。彼に勝ち目はないだろうね」
「ええ。私もそう思います。有益ですが絶対に漏らせない話を聞いてしまいました。刈谷君…本当に恐ろしい人です。味方でよかった。本当にそう思います」
陸奥や高雄も思う。彼が大府側だったらと思うと…冷や汗が出た。
「彼なりにやらせよう…今の彼は触れればどうなるかわからん機雷のようだ。よほど腹に据えかねている。変に口出しをして敵に回ったほうが恐ろしい」
「ええ…高雄さんもほどほどに…言い方は悪いですが余計なことをして彼の怒りの矛先が貴女に向くと…危険ですよ」
「は、はい…」
刈谷克巳…大府君、あなたは世にも恐ろしい人を敵に回しましたね…。そう思うしかなかった。
………
家である鹿屋基地へ戻ろうと車を走らせようとしていた時だ。龍田がチラリとサイドミラーを見ながら顔をしかめた。
「提督。右後ろの車、お客さんよ~」
「大府の馬鹿親父の監視か?ふん。俺を殺そうなんざ一千万年早えんだがな」
とはいえここは車通りも多い国道だ。こんなところで暗殺するなんてことはないだろうが、おそらくここから情報屋などとの話をすることを調べようとしているのだろう。あいつを殺されるわけにはいかねえし、チッ、と舌打ちしつつどう撒くか考えている時だ。
ウウウウウウ!!!!!とけたたましいサイレンが突如鳴った。自分の車の後ろに覆面パトカーがいたらしい。
『前の車、停まってください。前の車、停まってくださーい』
「はあ?」
「何もしてない…わよねぇ…」
ルームミラーを見た時、刈谷提督はチィ…と忌々しそうな顔をした。その助手席に乗っていた白髪交じりの頭、腹がでっぷり出たためか、サスペンションをしているおっさん。そのおっさんは知っている。いや、天敵と言ってもいい。
停止の指示を無視することはできなかったので路肩に車を停める。外へは出ない。するとまず運転していた若い男が出てきた。あのおっさんの部下か。コンコンと窓をノックされた。おとなしく窓を開ける。
「すみません、今携帯電話を触っていませんでしたか?」
「ああ?そんなもん触ってないっスよ。こうやって頭に手乗せて運転してただけっスよ」
「そうですか。失礼しました。すみませんが免許証を拝見させてください」
「あの、急いでるんスけど。何もなかったですよね?」
「んっふっふっふ。まあまあ、そう言わずに彼の言葉に従ってくださいませんかねぇ」
小さく舌打ちする。出てきやがった。
「いやぁ、これはどうも!お久しぶりですねぇ。なっはっは!まさか停めた相手があなたとは偶然とは恐ろしいものですなぁ」
「いや、絶対わかってて停めましたよね。ねぇ、大蔵警部?」
「いやーっはっはっは!これはこれは!バレバレでしたなぁ!アッハッハ!ところであなた、今通り過ぎて行ったセダンのお車、お知り合いですかねぇ?」
「いいや?指名手配犯か何かっスか?」
「いいえ、あれはおそらくおお「おおっと、ここでは何ですのでちょーっとこちらまでご同行いただけませんかぁ?それと、あの人たちに追われていた理由、ちょっとお話お聞かせ願えませんかぁ?刈谷提督さぁん?」
ねっとりと嫌な笑み。このおっさん、面倒ごとから避けさせてくれたのか、面倒ごとを吹っ掛けてきたのか…よくわからないが、従っておいたほうが賢明だと判断した。
パトカーに乗り込むと大蔵警部はどっこいしょー、と助手席にどっかと座り込んだ。
「おやおや、またあのセダンですねぇ。ずいぶんとあなたにお熱のようですなぁ、ナッハッハ!」
「あれが何か知ってるんスか」
「んっふっふ、大府コンツェルンの雇った探偵でしょうなぁ。しかしまぁ、探偵にしては三流。あたしからしたら説教ものですよ、んっふっふ」
「探偵…と言うかヒットマンじゃねえかな。撒こうと裏路地でも入ろうもんなら殺しにかかってくるんじゃないっスかね」
どうやら追跡者はグルグルと刈谷提督を監視しているようだ。5分で2度も同じ道を回っている。
「いやぁ、あなたが情報屋の彼とコンタクトを取ったと聞いて何か知られてはまずいことを聞いたのではないかと躍起になっているようですなぁ。刈谷さぁん、海軍内で何か揉め事ですかねぇ」
「あー、守秘義務があるんで黙秘しますよ」
「んふ、そこは真面目ですなぁ。清州副司令長官暗殺事件。この件で先日東京湾であがった仏さんとの繋がりを探しておられるのでしょう?」
「………」
どうしてそれを知っている。海軍内で絶対外で漏らしてはならない極秘の情報なのだが…?
「なんであたしが知ってるのか?と言うお顔ですなぁ。何、ふるーいお友達が海軍にいましてねぇ。ふるーいお友達がね」
ふるーい…と二度強調した。あのおっさん、このおっさんにリークしやがったな。
「ああ、勘違いしないでくださいねぇ、そのお友達が悪いわけではないんですよぉ。内部だけでは探し当てることはできない。だから唯一信頼できるあたしに協力をお願いしてきただけなんです。責めないであげてくださいねぇ」
あのおっさん、帰ったら電話で文句を言ってやる。
「いやね、あたしも大府亀一郎氏の死亡の件、どーーーーにもおかしいと思いましてねぇ。あたしも彼に調べている最中なんですよぉ」
「大府コンツェルンに関しては警察はあんまり首突っ込まないほうがいいんじゃないですかね」
大府コンツェルン。一宮グループに比べるとまだ規模は小さいが今少しずつ勢いを伸ばしている。政財界への賄賂などを用いていると言う黒い噂もある。
一宮グループの特に海運業を妨害しようとしているが悉く失敗している。一宮の所より安全な航路を見つけたと言い、顧客を横取りしようとしたが深海棲艦の巣に突っ込み、信頼を大きく失墜させるなど、息子に似て三流だな、と笑うくらいだ。
「刈谷さん、あたし達は刑事として動いているじゃあないんです。一個人として…申し訳ないですが彼を巻き込んで調べているんですよ」
青坂と言う若い刑事。彼は大蔵警部を誰よりも信頼していると言うらしい。こんな胡散臭いおっさんを信用するか?いや、このおっさんは敵に回せば厄介だが味方になればこれほど頼れる奴はいないだろう。
「大府に恨みでもあるんですか。でもやばいんじゃないんすか?こんなことがバレたらあんた、退職金で南の島に家買ってのんびり釣り生活するって言ってたのが台無しになりますぜ?」
ちょっと馬鹿にしたような感じで言うとキッと鋭い目でこちらを睨んできた。煽りすぎたか。
「これはね、警察として。警官として動いて調べているんじゃあないんですよ。あくまで一個人として…復讐として動いているんですよ」
「…復讐?」
その目の奥底には確かに復讐の炎が燃え上がっているように見えた。それも…業火のように。
「あたしにはそりゃあもう厳しい上司がいましてねぇ。警官としてのイロハを叩き込んでくれたのはその方でした。失敗した日にゃ鉄拳制裁もよくありました。今ならパワハラで即刻懲戒ですなぁ、アッハッハ!」
このおっさんの昔話に付き合う気はないんだけどな。海防艦のチビが気になるし、卯月がいたずらでもしてないか気になるし、阿賀野が俺がいないことをいいことに自堕落な…いや能代がいるから大丈夫か…など基地の事ばかりを考えていた。
「あたしの育ての親でした。そりゃあもう…恩返ししてもしきれないくらいに…ですが」
「ですが?」
「殺されちまいました。大府亀一郎とその息子、大府康介のせいでね」
「大府の爺と今の社長か」
「おやっさんは大府コンツェルンが巨額…と言うのも目が眩むくらいの賄賂を防衛省や警視庁、その他政財界に送っていましてね。それを突き止めたんです。あと少しでそれを突き止め、あの2人を逮捕直前まで持っていった。しかし、その一週間前に…殺されましてね」
「都合の悪いものは消す。大府のやることだな。息子もしっかりとその血を引いてんな」
腐ってやがる。やっぱり一家総出で腐ってやがんのか。拳を強く握りしめた。
「犯人は捕まりました。ですが、それが身代わりであることは明白でした。だからあたしはそれをお上に訴えました。けどね!お上はこの件は関わるなと言うんですよ!生き字引とまで言われた大先輩を!弱きを守り!悪を挫く!その警察が悪事を隠蔽し、加担し!そして強き者に尻尾を振る犬になっちまった!!!!」
大声で叫ぶ大蔵警部。その怒りは本物であり、警察の鑑だろう。悪を許さない正義の刑事。子供が憧れる刑事だろうな。
「それから十数年…あたしゃ司法に、警察に失望し…単なるのらりくらりとした警察として生きてきました。けど、ここに来て大きなチャンスが巡ってきました。大府亀一郎が不自然な死を遂げた…調べてみれば何かおかしい。それしか感じませんでねぇ」
「それで海軍のコネを使ったと?」
「ええ。そうです。大府亀一郎は死んでしまいましたが康介は生きている。あいつだけは…このあたしの手でワッパをかけてやろうと思いましてねぇ」
なるほどな。大府一族ってのはみんな馬鹿だったわけだ。嫁さんも死んでてよかったんじゃねえか?と思えるくらいだった。
「なるほど…あんたの思いは伝わった。俺も海軍内部でその倅がいろいろとやらかしてくれてやがってな。その息子も内部でいろいろ悪事を働いているし、俺も大事な人を殺された。その復讐、協力するぜ」
「刈谷さん…あんた…」
「お互いミスったら首が飛ぶどころか命がねえ危険な綱渡りだ。それでもいいなら協力するぜ?」
「それは願ったりかなったりですなぁ。共に戦ってくれるのがあなたなら心強いですなぁ」
「その代わり、裏切ったら…」
「んっふっふ、お互い容赦なしといきましょうかぁ」
「ああ。いいぜ」
そうして書類を書いたふりをして大蔵警部にあるものを渡した。
「んん?」
「大府の爺、亀一郎の死因の真相を映した動画のカードだ。警察のパソコンや端末で見るんじゃねえぜ。セキュリティの高い個人のパソコンを使え。そう言ったのが詳しいのが味方にいればだがな」
「はい、私がパソコンに強いです。大蔵さん、私の部屋で確認しましょう」
「ハッキングされる可能性もある。気をつけな」
「いやぁッハッハッハ!これは感謝いたしますよぉ!」
こうして刈谷提督は警察の中の大府を追いかける人間を味方につけた。
「それでは、お気をつけてお帰りくださいねぇ」
「ええ、違反はもうこりごりですんで」
ニコニコと笑いながら大蔵警部は刈谷提督の車を見送った。
「さて、ではパトロールを続けましょうかねぇ。不審な車もいなくなりましたしねぇ」
「ええ。ではちょっと休憩がてら私の家に寄りましょうか」
「おや、コーヒーでもお願いしますよ」
「もちろん」
この後、大蔵警部と青坂警部補は驚愕の動画を見ることになるのだった。
………
「ククク、面白くなってきたぜ。大府は一族ごとぶっ潰さないといけねえようだな。あのクソ親父、息子をどうにかしてくれだなんて言ってたが…あれもどうにかしねえといけねえらしい」
「提督…無理はしないでね」
「ああ。テメエら嫁を残して死ねるかっての」
「フフ、フフフフフ!!!!ねーえ、提督。今夜は…」
「わーったよ」
一度大阪で泊まってしまわないといけなくなった。大蔵警部のせいで時間を食ってしまったせいだ。だが…有意義な時間だった。
清州のおっさん。仇は必ず取ってやるからな。
まずは…隣で熱を帯びた目で見ている自分の嫁を何とかしねえといけねえなぁ…まあまだ時間はだいぶ先の話だが。
アクセルを踏み込み、高速道路をひた走る。刈谷提督の機嫌は上機嫌だった。
何ともクセのある警部と協力関係になりました。海軍外にも大きな仲間ができました。
これが吉と出るか、凶と出るか…このお話は一度切ります。
次回は怯える艦娘のために奔走する五ヶ丘提督のお話を書こうかと思います。
それでは、また。