世界最初に顕現した艦娘。原初の艦娘の一番目。スピードを犠牲にしたパワープレイを得意とする。重巡や軽巡、軽空母ヌ級くらいまでなら「弾の無駄」と肉弾戦を繰り出す。蹴りは刃のごとく、真っ二つに切断してしまうような蹴りや手刀を繰り出すことから刃の女王と呼ばれる。その蹴りは「剛切断」と言われいる。陸奥が出るとそのせいで海が深海棲艦の血で染まる。砲撃はやや苦手。戦艦や空母ヲ級には徹甲弾で殴りつけて潰すことが多く、全てがでたらめ。
性格は冷静かつ合理的で時に冷淡ともとられるほど淡々としている。しかし、玲司のこととなると見境がなく、玲司のことばかり考えていることが多い。妹にも過保護であるが、玲司に余計なことをした際には容赦がない。主に龍驤が被害者。
もうもうと立ち上る硝煙に扶桑たちの姿が消える。それを見ていた一宮提督はガタリと勢いよく立ち上がり、焦った表情をしていた。
対する玲司は真剣な眼差しでピクリとも動くことなく、煙が晴れるのを待っていた。
「て、提督…。一体どうなっているのでしょう…?」
「まだわからない…。けど、よくない予感がするぜ…」
玲司はニヤリと笑うものの余裕がない。さすがは一年、しっかりと実戦をこなしてきているだけのことはある。あの日向は特に隙がなく、よく周囲を見渡し状況を理解することに長けているな、と心の中で称賛した。勝てなくても良いとは言ったが、本音を言えば勝ってほしい。ひゅう…と風が吹き、煙が晴れる。結果はどうだ。玲司は冷静に見ていた。
/
日向は極度の緊張から「ぶはっ」と止まっていた息を吐き、慌てて酸素を吸う。なんだあの扶桑は。あの恐ろしいまでの威圧感。まるでかつて戦ったことがある姫クラスの深海棲艦と対峙したかのような緊張感だった。
「あ、曙。無事か?」
「ええ、無事です…。はぁっはぁっ…何この空間…」
「気をしっかり持て。これに飲まれては動けなくなる」
煙で見えないがそれでも扶桑がいる場所を一点に見つめる。日向は唇を悔し気に噛んだ。照準は完璧だった。しかし、扶桑の行動と…扶桑を守る小さな駆逐艦にしてやられた。完璧に捉えて撃とうとした瞬間、砲塔を正確に狙って撃たれ、照準がずれてしまったのだ。それをやったのが雪風だった。ほんの僅かな一瞬でああも冷静に撃たれるとは…。
「真っ先に狙うべきは扶桑ではなく、あの雪風を離脱させておくべきだったか…!」
扶桑の攻撃もあり小破で済んだのが幸いだった。しかし、日向は見ていた。砲撃の瞬間扶桑は自分から目を離し、目だけで狙うものがあった。
煙が晴れる。眼前には砲塔がほとんどひしゃげている扶桑と。無傷の雪風。そして、べったりとインクを被って気を失っている利根の姿。
「と、利根さん!う、うそ、なんで!?」
「扶桑の砲撃だ。あの一瞬、扶桑は私を狙っているかのように見せかけて横で扶桑を狙っていた利根を狙ったんだ」
日向はその威圧感から目が離せず、それでも必死に砲を撃とうとした。砲撃の瞬間、日向は扶桑が自分から目を逸らし、横から狙おうとしていた利根に目を向け瞬時に砲の狙いを利根に向け、一斉に発射した。
身を守ろうとすることはできず、日向の砲撃をもろに受けてしまったようだが、雪風が日向を狙い撃ったことで、大破。一撃離脱は免れたようである。しかし、損傷は大きく、曙なら狙えるだろうが日向まではもう倒せるほどの状況ではないようである。
扶桑は中破しながらもその闘志は衰えることなく、鋭い目で日向と曙を見据えていた。
……
「あら、ずいぶんと面白い戦闘をしているのね。意外に玲司君の艦隊、すぐ負けると思っていたけれど、ブランクはあれどまだまだいけそうね。しっかり磨けばまたショートランドの時のように輝くわよ」
「うむ。短い間ながらによくぞここまで動けるようにしたね。特に、翔鶴君と扶桑君はこれが初陣だろう?きっと龍驤が動いていたんだろうけどね」
「あの艦攻、明石が手を加えたわね。あれ、赤城や龍驤を除いては誰も使いこなせなかったんだけど、やるじゃない」
「だが、どう思うね?この戦いの勝敗は」
陸奥は胸で腕を組み、少し悔しそうな顔をしながらため息を一つ吐いて総一郎に向かって言った。
「玲司君が…と言いたいところだけど、駄目ね。あちらさんの提督の艦隊が勝つと思うわ。けど、あちらさんも悔しいでしょうね。伝説の提督とは言え、二年もブランクを空けた提督の艦隊に結構ボロボロにされてるもの」
「うん。そうだね。そして、玲司も詰めが甘い。日向君を泳がし、利根君を狙うよう指示したようだけど、それならば日向君を護衛している曙君もやるべきだった。吹雪君はラッキーで倒せたが、曙君が邪魔になる」
「一宮提督は扶桑にこだわりすぎたわね。一番に潰すべきは雪風よ。あの雪風、いろいろと秘めているわ。うふふ、あの子はきっとすごい子に化けるわ。それを潰さなかったのは誤算ね。それと、あの扶桑も翔鶴も今に何かすごいものに目覚めそうね。新たな女王でも生まれてくれれば、私達も楽ができるのになー。面白いわね、あの扶桑…一度手合わせ願いたいわ…」
ニタリ…と陸奥が笑って扶桑を見る。陸奥はもともと妹と玲司にしか興味を持たない者であり、人間や妹以外の艦娘には興味を持つ気がさらさらなかったのだが、今は扶桑に興味を持っているようだった。
うずうずと海に出たそうな。戦闘時の顔をして扶桑を見つめる。闘争を好む者故の性か。
ふと空を見れば翔鶴達に向けて艦爆が。水面はまたしてもすごいスピードで飛ぶ艦攻が交差するように飛んでいく。しかし、翔鶴が飛ばした艦攻はフラフラと覚束ない。
「ダメね。やっぱり負けよ」
「うん。まあ、ここまでやれたのなら十分かね。よし、では二人を称えに行こうかね」
「そうね。玲司君をうんと慰めてあげなきゃ」
そうして立ち上がった時、総一郎の携帯電話が鳴った。こんな時に…と言うような顔をして電話に出る。
「もしもし、古井だが…」
陸奥は早く玲司のところに行きたいのに…と不満そうな顔をしながら総一郎の電話が終わるのを待っていた。
「何だと!?そんな馬鹿な話があるか!一体何をやっていたのかね!!」
突然、普段聞かない父の怒鳴り声が部屋に響いた。その顔は明らかに狼狽している。陸奥は目つきを鋭くして総一郎が電話を終え、指示を出すのを待っている。何か嫌な予感がする。
「わかった。こちらで何とか対処しよう。この案件は戻り次第すぐさま会議を行い、全てを始末する。ああ。すでに洗い出しはできているからね。ああ、高雄君にもこちらから伝える。虎瀬。感謝する。ああ、では」
ふう…と一息吐き、置かれていたお茶を一気に飲み干し、また息を吐く。
「ずいぶんと嫌な話のようね」
「ああ、最悪だよ。だが、私がここに来ている時だったことは、不幸中の幸いかもしれん」
「へえ?ここに関することなんだ?」
「うむ…川内。川内。ついてきているんだろう?出てきなさい」
総一郎がそういうとどこからともなく部屋の隅に立っている艦娘がいた。
「はーい。なあに、お父さん?」
「こら、一宮提督の誰が聞いているかもわからん。今はやめなさい」
「わかりました、司令長官。何かご用ですか?」
「陸奥も聞きなさい。厄介なことが起きてしまってね。玲司の艦娘を守ってあげてほしいのだよ」
「玲司君の艦娘を…?一体どういう?」
総一郎の口から、聞きたくない言葉を聞いて陸奥と川内は大規模な作戦の遂行でもするかのような険しい表情になった。
「安久野楠男が何者かの手を借り脱走したようだ」
/
「……くっ」
「扶桑さん…ごめんなさい…」
「いいえ…雪風ちゃんのおかげでまだ私はやれます…。横で私を狙っていた方は倒せました。あとは…そうね。夜戦で雪風ちゃんに日向さんは任せるとして…曙さんなら…いけるかしらね…」
膝をついて少し苦しそうにしている扶桑。損害はかなり大きい。日向とはまともに撃ち合うことはできない。妖精さんが必死で何とかしようと試みているようだが難しそうだ。離れたところでは利根が目を回して気絶していた。「きゅう…」と言いながら。
扶桑は完全に利根を無視し、日向を狙っていると言う風に利根に思わせ、その実は完全に油断しきっていた利根を狙って砲撃。防御の体制を取らず、完全に無防備だった利根に連撃を浴びせた。もちろん直撃。思いきり吹き飛んで大の字で伸びていた。
結果として、雪風の援護もあるにはあったが、日向の攻撃への防御が疎かになり、多くの砲塔が使えなくなっていた。主砲も副砲もダメだ。一太刀を曙に浴びせることができるかどうかの状況。小破程度で済ませられるかと思ったが考えが甘かったことに扶桑はギリ…と歯を強く噛み締めた。
雪風は日向の砲撃を扶桑から逸らすための努力を行ったが虚しく、扶桑を大破させないまでに至らせただけだった。しかし、その非常に正確な砲撃と扶桑と日向の間に割って入っていたにも関わらずほぼ無傷でいることが日向を戦慄させた。
「見事にやられたよ、扶桑。まさか本当に直前まで私を狙うように見せかけ、利根が本命だったとはな…。私が砲を撃つ瞬間、私など意にも介していないかのように利根にその鋭い紅い目を向け、砲も利根を撃つとは。だが、それでは私には勝てぬぞ」
「最初から私は利根さんしか狙うつもりはなかったわ…。あなたの砲撃、とても正確で…すごいわね」
「いや、本当ならば退場させるつもりだった。君を守る雪風にしてやられた。私の頭の中では扶桑も雪風も、まとめて退場させるつもりだったのだがね。完全に君たちを侮っていた。これは私の落ち度だ。そして、失礼なことをした。すまなかった」
ペコリと頭を下げて日向は扶桑と雪風に謝った。気を緩めるなと言いつつも自分もどこかで慢心していたのだ。二年以上間が空いた提督。初めての演習に参加する艦娘。一宮提督に決して油断するなと言われておきながら、蓋を開けてみれば潜水艦を一番にやられ、艦載機による攻撃に油断し、さらには扶桑に勝利のカギとなった利根をやられた。
これを慢心と言わずに何と言う。相手を下に見ていたのだ。だからこそ手酷くやられた。
「すまんが、これも勝負でな。扶桑。君には退場してもらおう」
ガコンと次弾が装填された主砲を扶桑に向ける。雪風もそれに応戦しようとする。扶桑もゆらりと立ち上がり、破損していない主砲を構える。
「残念だが、利根のように曙をやらせるわけにはいかんな。同じ手は食わんぞ」
「そう…雪風ちゃん…あとは任せました。この扶桑の最後の意地、見せてあげるわ!」
再び轟音が響き渡り、戦艦対戦艦の戦いはいとも簡単に終わってしまった。
(ちぃっ…恐ろしいことだ…その最後まで一歩も引かない戦いぶり、鬼神の如く、か)
利根 戦闘不能 退場
扶桑 戦闘不能 退場
……
「最初の艦攻隊は驚いたけど、もうそうはいかないよ!第二次攻撃の要を認めます、急いで!」
そうして放たれた飛龍の矢はたちどころに複数の艦載機に変わり、空を飛ぶ。練度も低く、まだまだ動きに慣れていない翔鶴と中破している時雨にはそれだけでも致命的だ。
装備も満足ではなく、練度もまだ低い。そして何より中破してしまっている時雨にはそれを墜とす術は薄い。けれど諦めたくはない。何よりこうして、また海に出られるようにしてくれた彼のために。再び絶望から立ち上がった皆のために。
(まだだ…僕はまだ諦める気はない!)
「だあああああ!!!」
高角砲を必死に撃つ時雨。その後ろで翔鶴が再び艦攻隊の矢を放つ。水面ギリギリを再び艦攻とは思えない速度で飛ぶ。しかし、明石改のスピードは予想よりも翔鶴の集中力を削る。何よりこの艦攻を使うには相当な熟練者でも一度飛ばせば精神を大きく消耗するものだ。艦攻隊を得意とする龍驤でさえ、最初は複数回飛ばすことに苦労したくらいである。
初出撃、そしてまだまだ未熟な精神の翔鶴では、最初の雷撃が成功しただけでも褒めて然るべきな状態であった。頭が割れそうなほどの痛みが翔鶴を襲う。
「ぐっ…まだ、まだ…やれます!!」
「一度タネが分かれば、二度と同じ轍は食わん!!!」
飛龍が身構える。雷撃を避けなくては。曙が艦攻隊に激しい砲火を浴びせる。未熟であるが故にまだ艦載機を意のままに操れない翔鶴は、それを避けさせるように動かすことはできなかった。やろうとしたが、猛烈な痛みが頭を襲うためにできない。
墜とされていく艦攻機。それでも猛スピードで日向と曙の横を抜け飛龍を狙う!さらに振り向いて撃墜を試みようとした矢先に雪風が曙に猛攻を仕掛ける。
「ちょっと!邪魔よ!」
「それが雪風の役目です!」
雪風の動きは素早く、それでいてふらふらと照準が定まらない。それは生き残るための術。駆逐艦故、一発でももらえば命の危機に瀕する。仲間が沈み、たった一人で生き残らざるを得ない状況にあった雪風が編み出した単艦時の動き。それは海を舞うかのような光景。
「白い妖精」や雪風の雪を取って「スノーフェアリー」などと呼ばれるようになる。
(くそ!何だあの動きは…!照準がまるで定まらん!)
でたらめに撃っては無駄弾になるだけだ。だからこそ狙いをつけたいが縦横無尽に舞う雪風に照準が定まらない。対して雪風は執拗に曙を狙った。
「そこよ!!」
ガォン!と曙の砲が火を噴く。一発が艤装を掠めた。もう一発。今度は足元めがけて撃つ。何とかコツを掴んだ曙が雪風に反撃する。曙は雪風のダメージが積もり小破。しかし、まだ戦闘に影響はほぼない。
(めんどくさい…!けど、ここで無茶したらやられる!)
雪風を捉えた曙がさらに砲を撃つ。撃つ!しかし、舞うように逃げる雪風はそれをかわす。冷静な雪風の砲が曙を狙い、撃つ。それは撃つことに必死だった曙には予想だにしていなかった反撃で。撃った直後の硬直状態でそれを避けるのは困難で。腹部に命中。
「がっ!?」
「曙!?」
何とか倒れず踏みとどまった。判断としては直撃ではあるが、駆逐艦の砲撃だけに、致命的なものには至らなかった。日向の存在が雪風を躊躇わせる。何とか時雨と翔鶴に合流したいところではあったが…。
一方で翔鶴は飛龍の目前まで艦攻隊を飛ばしていた。しかし、それももう限界に達していた。ズキズキと言う痛みはさらに悪化し、ミシミシと頭を割って何かが出てくるのではないかと言うほどの激痛に変わっていた。ついに集中は切れ、予期しない魚雷投下となってしまった。
しかし、それでも飛龍は集中を切らさず時雨と頭を抱える翔鶴を捉え、上空から爆撃を繰り出す。対空砲火も虚しく、飛龍の「彗星」が急降下を開始。そしてまずは時雨に…。
「うわあ!!」
中破し、さらに砲撃に集中して動きが鈍っていた時雨は爆風に吹き飛ばされた。艤装にはべったりとインク。これは撃沈を表す。
時雨 戦闘不能 退場
そして翔鶴にも急降下を開始。爆弾の雨が降り注ぐ。空を見上げ、迫りくる爆弾を見つめて自らの敗北を悟った。
(ああ…勝ちたかったなぁ…)
爆発音のあと、夥しいインクで朱色に染まる翔鶴は、ぼんやりとそんなことを考えていた。しかし、晴れやかな気分だった。自分でも戦闘で役に立てるのだと自信を持ったと言う。
翔鶴 戦闘不能 退場
……
『大淀。戦闘終了を告げてくれ。雪風一人ではもう夜戦に持ち込んでも勝てない』
玲司からの無線に、大淀は俯き目を閉じてしばらく震えた。そして、何かを決意したかのように目を開き、マイクに向かってしゃべった。
「そこまで!戦闘終了です!撃ち方をやめてください!艦載機はすぐさま呼び戻し、着艦準備を行ってください!」
その言葉に日向も曙も。雪風も動きを止めた。戦闘終了。その言葉に、残っていた艦娘たちはふう、と大きく息を吐いた。
雪風は負けたと理解した。けれど、悲しくはない。悔しいけれど、それでも頑張ったと褒めてもらえるだろうか?と考えていた。みんなを褒めてほしい。そう思っていた。
一方日向と飛龍、曙は苦い顔でいた。勝利は勝利だ。しかし、まったくもって納得のいく勝利ではない。辛勝。油断と慢心が生み出した苦い勝利だった。日向は唇を強く噛み締め、曙もかなり不機嫌そうだった。
「まあ、勝ちは勝ちだよ二人とも。お疲れ様。いい勉強になったよ。私は為になった。日向はどう?」
「…ああ。私も良い勉強になった。だが、次はわからんな」
「そうだね。圧倒的に引き離されないように、もっとがんばろ!ね、曙も!」
「はい…」
曙は最初から慢心していただけに、ここまでやられるとは思っていなかったために悔し涙を流していた。自分が慢心せず、もっとしっかりやっていれば…。後悔だけが押し寄せる。
「曙。次回はこんなことのないようにしよう。実戦では死を招く。帰ったらしっかりと6人で話し合おう。何がいけなかったのかをな」
「はいっ!」
日向に抱き着き、泣く曙。その悔しさをバネに、この後彼女も大きく変わっていくことだろう。すっきりしない感情を胸に空を見上げ、日向は曙を強く抱きしめた。
戦闘終了
横須賀鎮守府 大湊警備府
×翔鶴(旗艦) 日向(旗艦)〇
×扶桑 飛龍 〇
×五十鈴 利根 ×
〇雪風 曙 〇
×時雨 吹雪 ×
×村雨 伊168 ×
D 敗北 A 勝利
……
「ん、んん…あ、あれ?ここは!?せ、戦闘は!?」
「村雨、気が付いたかい?日向さんの攻撃で村雨は気を失っていたんだよ。演習は…雪風を残して退場。僕たちの負けだよ…」
「……そっかぁ…、負けちゃったか」
医務室で目を覚ました村雨。それを看ていた時雨。負けた、と時雨に言われて村雨は黙り込む。つい先ほどまで戦っていた利根が隣で涎を垂らして眠っていた。すぴーと寝息が少しうるさい。
「一年もまともに動けてないからしょうがないよ!提督もリハビリーって言ってたしね。ね、しっかり今度は動けるように頑張ろうね!じゃなきゃ…提督に捨てられちゃうかな…。私たち、夕立みたいに強くないし。体も顔も…こんな傷で醜い私たちなんか…」
「何を言うんだよ!今の提督がそんなことするはずないじゃないか!傷だって、提督が気持ち悪いとか変な態度を取ったりしたかい!?笑いながら村雨の頭を撫でていたのは何だって言うんだ!」
「……」
負けたこと。そして何よりほとんど役に立つこともなく気を失って脱落してしまったことにひどく気落ちし、発想がネガティブになっているようだった。
「村雨…。大丈夫だよ。提督は僕たちを見捨てないって。一緒に頑張ろうって言ってくれたじゃないか。だから、一緒に頑張ろうよ、村雨…」
「うん…ごめん。ありがとう、時雨。夕立もいるし…私たち白露型、がんばらなきゃね!」
そう言って時雨を抱きしめる。少し慌てたがすぐに時雨も抱き返す。提督は自分たちの体を癒し、傷などには目もくれずに優しく振る舞ってくれる。その期待に応えるためにも、もっと空いた時間を埋めなくては。ゆっくり、姉妹と仲間で歩んでいけばいい。そう言ってくれたのは提督だったか。優しく守ってくれる提督。あの人のためにもっと強くなろう。みんなで、きっと。
「う、うう。な、何と言ういい姉妹じゃ…吾輩目が覚めて聞いておったが感動したぞ!」
「う、うぇっ!?」
「利根さん…な、なんで泣いているんだい…?」
「美しい姉妹愛に吾輩感動したのじゃ!お主らがすごく苦労してきたことは聞いておる。吾輩もできうる限りお主らに手を貸すぞ!吾輩たちは拳で語り合った戦友じゃ!遠慮くすることはない!何でも言うがよいぞ!」
「え、ええ…」
「あは、あははは…ありがとう、ございます…」
その後、何かと気分がよくなったらしい利根が「なーっはっはっは!」と笑いながら二人と握手をし、嵐のように去っていった。二人は呆気に取られて利根が出ていくのを見送るしかなかった。
……
「翔鶴姉、すごかったよ!私も明石さんが改造してくれた艦載機、飛ばしてみたけどもう大変でー!」
「さすがに無茶をしすぎたわ…もっと練習が必要ね
「そりゃ、数日であれを使いこなすのと指示を出すのはすっごい大変だと思うよ。ま、一緒に頑張ろうね!」
「そうね。ご指導、よろしくお願いするわね」
「まっかせてよ!あー、でも龍驤さんのしごきは辛いなぁ…。扶桑さんもすごかったよね!」
「うふふ、ありがとうございます。負けてはしまいましたが、課題はいくつか見えました。実りのある演習だったわ」
翔鶴と扶桑を出迎えた瑞鶴と共に執務室へ向かうため、中庭を歩いていた。ぱぁっと笑顔で名取が出迎えた。手には飲み物を持っている。
「翔鶴さん、扶桑さん、お疲れさまでした。司令官さんから終わったら渡してほしいって。執務室で待っているそうですよ」
「あら、ありがとうございます」
「名取さん、ありがとうございます」
「二人ともすごかったですね。手に汗握るものでした。私も足手まといにならないよう、がんばります!」
そういって名取が気合いを入れたときだ。
「ほう、何を頑張るのか知らんが、随分と元気そうじゃないか、ええ?名取ィ」
その声に名取と翔鶴は体をこわばらせた。瑞鶴も表情が険しくなる。翔鶴は緊張のあまり、ドリンクを落とす。カチカチと歯を鳴らし、蛇に睨まれた蛙のように動けないでいた。名取も顔を真っ青にして動けないでいた。
扶桑が名取の見るほうへと向く。瑞鶴は翔鶴を。扶桑は名取をそれぞれ抱き寄せる。
扶桑が見た先には、何とも下卑た笑みを浮かべた醜い男。名取が言っていたであろうこの鎮守府を地獄に変えた前提督。安久野楠男がそこに居た……。
「久しぶりだなぁ、会いたかったぞ?名取。そして、かわいい翔鶴…クヒヒヒヒ」