提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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安久野の息子によるリンガ泊地占拠は免れ、刈谷提督から大府一族の今後の話を聞いた五ヶ丘提督。

それはさておき、リンガ泊地の艦娘の信頼を得ることが最優先です。まずは極度の恐怖を抱いている夕雲型の夕雲、巻雲を含めた姉妹の信頼を得ることが大事になると思います。

さて、ほのぼのと信頼している艦娘の光景を見て夕雲たちはどうするのでしょうか…?


第二百四十話

「まずは一番信頼を得にくそうな艦娘の信頼を得ることが近道だな」

 

言ってくれるけどそううまくいったら苦労はしねえんですよ…と思う。1人になった執務室でそう思う五ヶ丘提督。あの後は艦娘の信頼をどう得ることが肝心かを教えてくれたわけだが…苦労しねえってと何度も思いながら話を聞いていた。

 

『まあ、テメエの態度しだいだ。夕雲、巻雲。あと陸奥と加賀か。他に誰か監禁されてそうな艦娘もいそうだ。とにかく見取り図を見て怪しいと思ったところは全部探れ。いいな』

 

そうして1人見取り図を見ているわけだが…烏丸がこっそり何かしている可能性がある。衣笠…いや、陸奥達に聞いてみるか。教えてくれるかわからない。こちらがぶん殴られるかもしれねえが。

 

「やるしかねえ…よな!んん!」

 

思いきり背筋を伸ばすとボキボキ!と小気味のいい音がした。座りっぱなしで体が固まっちまってたか。ま、今日はもう遅いから寝るか。明日から…また大変だな。

 

寝室行くと自分のベッドが膨らんでいた。暗闇でよくわからなかったが、月明かりで何とか目を凝らしてみるとなぜかベッドで霞が寝ていた。銀色の髪。幼さが若干残る顔…間違いない。

 

「は!?」

 

「んん…」

 

思わず大きな声を出してしまって霞が寝返りを打つ。その顔は普段のきつい表情とは裏腹に安心しきっている安らかな寝顔で、少女相応の寝顔だった。

 

(いや、そうじゃねえだろ!!!なんでオレの布団で寝てんだよ!!!!)

 

退室したと見せかけてしれっと提督の寝室に入っていたのだ。こんなことが白雪や隼鷹たちにバレたらシャレにならないが…霞を抱きかかえて寮まで連れて行くとなると誰かが…例えば「ずっと見ています」と言っている早霜や悪事を見逃さないよう見張っている巻雲などに見つかるとなおさら自分の信頼が損なわれてしまう。

 

「むにゃ…しっかり…ひなひゃい…クズ…」

 

夢の中でまでオレはおこられているのか。しかたねえ…オレは執務室のソファで寝るか。

 

「しれいひゃん…らいしゅき~…」

 

また「は!?」と言いそうになったがこの子、本当に霞か?にわかには信じがたいが…どう考えても霞…だな…。うん、まあ…いろいろとまずいから部屋で寝るのはやめておこう。

 

そっと部屋を出てタオルケット1枚で寝ることにした。

 

「あ、シャワーも浴びれねえじゃねえか…」

 

仕方がない。明日の朝浴びるか…。

 

「ふぁーあ…疲れちまったな…いろいろ…」

 

いろいろとありすぎた。仮眠はとったとは言え精神的にガクンと疲れた。いや、これくらいでへこたれてたらこの先やっていけねえな…。よし、明日から…また…。

 

寝つきの早さはピカイチ。どんなところでも寝れるのが五ヶ丘提督のスキルだ。ただし、人の気配などを感知することには長けている。だから貞操を狙った隼鷹たちの気配にもいち早く察知したため未遂に終わり、白雪による8時間正座を食らった。

 

いいソファを烏丸は用意したらしい。ベッドにも負けないくらいいい寝心地だ。そうしてソファで一夜を明かした。

 

………

 

朝。0800を過ぎても起きてこない霞を長波と朝霜が心配していた。普段なら0600になればすぐさまうるさく「いつまで寝てんのよ!さっさと起きなさい!!」と怒鳴りこんでくるはずなのにそれがなかったのだ。それを2時間も過ぎても起こしにもこないのはさすがに不安になった。

 

「まあ出撃してたし疲れてるんだろ…ほっといていいんじゃないか?」

 

「気にはしといたほうがいいだろ。もしかして…提督が豹変してんのかもしれねえだろ。おーい霞ー!寝てんのかー!?」

 

ノックをしても反応はない。そこまで熟睡してるのか?いやいや…これだけ長波が大きな声で呼んでも反応がない。

 

「おい…まさかほんとに…?」

 

「鍵…開いてるか?」

 

朝霜がドアノブに手をかける。

 

カチャリ…鍵は開いている…しかし…。

 

「い、いねえ」

 

長波と朝霜は目を合わせて「うん」と頷いて執務室へ走り出した。

 

………

 

『ちょ、痛い!痛いって!!優しくしなさいよ!!』

 

『お前が暴れるからだろ。おとなしくしろって。ん…もうちょっとほぐしたほうがよかったか…』

 

『優しくするって言ったじゃない!嘘つき!!』

 

『わかったって…もうちょっとゆっくり動かすから…』

 

『次痛くしたら承知しないわよ!』

 

『わかったって…んじゃ動かすぞ』

 

『……んっ!んぅ!』

 

『すまん、まだ痛いか?』

 

『ち、ちが…そんなこと…ふぁっ…ない』

 

『じゃあちょっと強くするぞ』

 

『わかった…ふぁっ!んぁああ…』

 

執務室に霞はいた。聞き耳を立てているととてつもない状況になっているのではないか?朝からこんなこと…。やっぱりこの提督(司令)、霞を油断させておいてこんなこと…。

 

『ね、ねえ…もう少し…強くしてもいい、わよ…んっ』

 

『いいのか?痛くないのか?』

 

『いいって言ってるでしょ!早くしなさい!!』

 

『わかったよ…じゃあ、このままいくぞ』

 

『ええ…』

 

長波は頭に血が昇った。昨日の今日でひどいことはしねえとか言っておきながらこんなこと…絶対許さない!!現場を押さえて陸奥さん達と話してこっから放り出してやる!

 

バァン!!!!

 

「何やってんだお前ええええ!!!!!!」

 

ドアを思いきり開け、怒鳴りながら入る。いかがわしい現場を押さえた!これでこの提督はあたし達の信用を裏切ったクソ野郎!叩き出す!!!

 

「うおっ!?」

 

「いたたたた!!!!!ちょっと!!!!!痛いじゃないの!!!!」

 

「あ、ああ悪い…っていうか何だこれ…絡まりすぎだろ…どんな寝相で寝たらこんな髪の毛ぐっしゃぐしゃになるんだよ…」

 

「知らないわよ!いつもこうだから朝4時から起きてせっとしてるんだからね!?」

 

「そこまでかよ…ってか不器用なんだな…」

 

「何よ!文句あるの!?」

 

「いや、別に何もないよ。んー…ちょっとこれを吹きかけるか」

 

「つめた!?一声かけなさいよこのクズ!」

 

口をあんぐりして見つめている朝霜。いかがわしいことをしているのではないとわかった途端、何だか恥ずかしくなってきて顔を真っ赤にする長波。早合点だったかもしれないが、霞と提督の発言はドア越しにはとてつもなくいかがわしいこと。そう、姉の夕雲や巻雲がやらされていた行為のような…。すごく腹が立ってきたのでとりあえず提督の脛を蹴っておいた。

 

「いてえ!!なんでだ…?」

 

「知らねえ!!!!!!!!」

 

「ちょっと!邪魔しないでよ!!!」

 

(なんか、霞のやつデレデレになってないか…?てかいいなぁ、あたいも寝ぐせでばっさばさになるし…やってもらおうかな)

 

「朝霜、お前もちょっと寝ぐせが跳ねてるな。霞が終わったらやろうか?」

 

「ふぇっ!?お、おーありがたーい!」

 

(なんか霞見てやってほしそうだったしな)

 

そう言いつつ提督はシュッシュッと何かを霞の髪に吹きかける。

 

「ひゃっ!冷たいじゃない!」

 

「これくらいどうってことないだろ」

 

「まったく……ん?何このいい匂い…」

 

「ヘアウォーターだ。寝ぐせ直しにはちょうどいいな。そいでもって保湿作用もあるから、ぱさぱさになりにくい。霞はそうだな。霞はちょっとガーリー…女の子らしくグリーンアップルの香りが似合うだろうからな」

 

「ふ、ふーん。んっ」

 

ほぐれていく髪。やがてサラサラになってサッとヘアゴムでいつもの髪型にしていく提督。手慣れたものである。

 

「司令ってなんでそんなうまく霞の髪やあたいの髪の寝ぐせを直そうとできるんだ?」

 

「ああ、漣がな。あいつもひっでえボッサボサヘアでひどいと直そうとしねえんだ。だからオレが直してる。女の子なんだからもうちょっと身だしなみ…特に髪には気を付けてほしいもんだぜ。あと白雪は半泣きになって髪がまとまらないって言って来たことがあったから、気が付けば毎日のように直してたから慣れた」

 

なんつーか…面倒見いいんだなぁ…と思う。しかし、突入した時はギシギシのボサボサだった霞の髪はきれいなツヤツヤの髪になり、いい香りがする。さわやかな果物のような香り。グリーンアップル?よくわかんねえけどいい匂いだな。早く代わってくれよなぁ…と朝霜はボーっと霞を見ていた。

 

「よし、終わりだ。明日からもひどいようならおいで。また梳いてあげるから」

 

「ふ、ふん!ま、まああんたになら触らせてもいいわ…それじゃ、あたしは朝ごはんに…「ちょーーーっと待った」」

 

「何よ長波!あたしお腹が空いてるんだけど!」

 

退室しようとする霞を長波が肩を掴んで止めた。霞は早く退室したいのかイライラしたような感じで乱暴に答える。

 

「なあ、いつもならあたし達を起こしに来るはずのお前が来なかったのはなんでだ?部屋にもいなかったし…まさかお前が提督と…その…変なことしてんじゃないかって…」

 

「そんなことしてないわよ!バッカじゃないの!?」

 

「じゃあなんでいなかったんだよ!!!!」

 

「そ、それは…」

 

「ああ、それはオレのベッドでいつの間にか寝てたからだ」

 

「しししししししし司令官!!!!?!!?!?!?!」

 

「はあああああああ!?!?!?!?!?」

 

「うるせえなぁ…ん!司令!よろしく頼むわー」

 

提督のベッドで寝ていたことを暴露された霞の叫びとそれに驚愕する長波の叫びが執務室に響き渡る。お互いに顔は首から耳まで真っ赤だ。朝霜はそんなことはまったく気にせずに提督の前の椅子に座り、髪をほどいて髪を梳いてもらおうとしている。この朝霜はかなりマイペースなようだ。

 

「な、なんで霞が!?まさか提督が連れ込んだとか!?」

 

「あー、オレが寝ようと思ったら寝てた」

 

「はあああああああ!?!?!?!?!?どういうことだよ霞ィ!?」

 

「ち、違うの!!!あたしは何も悪くない!司令官も…悪くない…しぃ…」

 

「じゃあ何が違うんだよ!?」

 

「あ、あんまりにも眠くて…自分の部屋に行くのもしんどくて…別の司令官と電話している最中に…その…こっそり入って…そしたらすっごく落ち着いて眠れて…」

 

「じゃ、じゃあ提督と一緒に…ってことか…?どうなんだよ提督?」

 

「朝霜の髪もきれいな銀髪だな。ちょっとだけだからすぐ直せる。ああ、今日からはいいシャンプーとかが使えるから、寝ぐせもつきにくくなると思うぜ。まあ、出てくるだろうけどな」

 

「きひひひ、司令くすぐってえよぉ!あははは!あーでも気持ちいいなぁ♪」

 

「聞けよ!!!!!!」

 

提督は朝霜の寝ぐせ直しに夢中で全く話を聞いていないようである。朝霜はご機嫌だしまったくこちらも話を聞いていない。青筋をこめかみに浮かべて怒鳴る長波。

 

「ん?ああ。オレはそこのソファで寝たぜ。ん?そう言やぁシャワー浴びてねえな…朝霜、オレ臭くねえか?」

 

「んやー全然?あー、でもシャワーはちゃんと浴びてくれよ?あの昨日のくっせえおっさんみたいなんになられたら嫌だかんな!」

 

「おう。その辺は気を付ける。女の子ばかりの場所だし、不潔だと嫌だろうからな」

 

「あ、あたいも女の子…かぁ…ひひっ、なんかいいな!」

 

「あ、あたひ…ご飯いってくりゅ!!!!」

 

「あー!こら待て!まだ話は終わってねえぞ!!!」

 

霞は逃げるように出て行った。長波は追いかけたいが朝霜も気になる。何と言うか、くすぐったそうだが気持ちよさそうに髪を梳いてもらっている様が…。

 

「羨ましいのですね…長波姉さん」

 

「べ、べつにあたしは…っておおおおわあああああああ!?!?!!?!」

 

「何だよ長波姉、うっせえなぁさっきから…」

 

「ヘアウォーターかけるぞ。朝霜はそうだな。元気でさわやかなレモンの香りなんかがよさそうだな」

 

「おー!ちょっとすっぱい匂いがするなぁ!でもこれいいな♪」

 

いつの間にか背後に居た早霜にまた奇声をあげる長波。超ご機嫌な朝霜。私もお願いしますと言う早霜。何だか今日は忙しいな、と提督は思いつつも髪をセットする手は止めなかった。

 

………

 

「むふー!なんかさっぱりしたな!」

 

「ふふ、ふふふ…司令官に…髪を…触っていただきました…ラベンダーの香り…素敵…」

 

キラキラと輝いているように見える早霜と朝霜。

 

「ふー…早霜と朝霜は髪が長いから結構大変だな。でもいい仕事ができたな」

 

「へへー♪司令、また頼むわー!」

 

「早霜も…ぜひ…ふふ…」

 

「で、長波姉はしてもらわねえのか?」

 

「す、するわけないだろ!!アホか!!!!」

 

「まーまーそう言わずにほら座って座ってー!」

 

「おいこら朝霜、早霜!やめろって!!!んあーーーー!!!」

 

………

 

「おーい提督ー。朝飯持ってきたぜー。ん?この匂い…あー、寝ぐせ直しか?どうだ?提督の寝ぐせ直しはクセになんだろ!」

 

「ああ!もう病みつきになるな!」

 

「ええ…とても」

 

「う、うううう…なんであたしまでぇ…しかもイチゴの香りって…あたしゃお子様かよぉ…」

 

「いいじゃねえかー!駆逐艦っぽくてよぉ!」

 

「う、うっせえ!お、覚えてろよなーーーーー!!!!!」

 

長波も逃げるように退室していった。じゃあなー!と長波に続いて朝霜と早霜も出て行った。提督は満足そうに食事を食べ始めた。時刻は0930。遅い食事だ。と言うか勤務時間なのだが…まあいいだろう。今は特に出撃などはさせないのだから。事務仕事もそうあるわけではない。ただ、漣と白雪が激おこであったが。

 

寝ぐせ直しは自分達だけの特権だったのだが、これで取り合いになってしまう。そう考えると怒らざるをえない。しかしまあ…お父さん的な存在だから…仕方ないか。さらに秋霜まで話を聞きつけて翌日からさらに人が増えることになるのであった。

 

………

 

1100。部屋には陸奥がやってきた。ある程度警戒は解いているようである。食堂で霞と長波が顔を真っ赤にして辱められたと言うから何事かと聞きだしたら髪を梳いてもらった。気持ちよかった。でも死ぬほど恥ずかしかったとだけ聞いた。

 

それを聞いて何だか馬鹿らしくなった。迅鯨と長鯨はまた提督が食堂に来てくれなかった…と包丁をなぜかすごい勢いで研いでいた。目がおかしくて怖くて話かけられなかった。

 

「おーい、提督の朝食一丁頼むわー。今ここに来ねえってことは誰かの寝ぐせでも直してんじゃねえかな?あのツンデレデレデレの霞とかなーwwwww」

 

それを聞いて「ずるい…ずるい…髪を触らせるなんて…もう身も心も…提督に預けてしまったのね…」と迅鯨がまたおかしくなっていた。その言葉を聞いた霞と長波は仲良く味噌汁を噴き出していた。「ちちちちちちちがうわ!!!!!!」と誰に言うわけでもなく大きな声で否定していた。

 

ある程度…信頼はできるようになった…のだと思う。重苦しい雰囲気はあまりない。だが長波の話では夕雲はまだまだ回復には程遠いようであると言う。提督と言う名前を聞いただけで嘔吐し、過呼吸になるくらいなのだから。巻雲も提督のあの臭い男へのことで多少恐怖心は薄れたようだが…高波は暴力的な提督なのでは?と恐怖心が増したようである。

 

あの男のしたことは一長一短か…まあ、あんな艤装をつけた艦娘のようなパンチを生身の人間が繰り出せるなどとなると怖いに決まっている。艤装をつけていない艦娘なら、同じように骨が砕けるだろう。全治数ヶ月ではなく、ドックですぐ治ると言う違いはあるがやはりあんなことになれば痛い。しかし…あんな怖い顔…凶悪なパンチを持っていながら手先は器用なのか、朝霜や霞の髪はきれいにまとめられていたし、長波も心なしか髪がつやつやしていたし…。よくわからないものだ。

 

加賀と話し合った結果。ある艦娘達を助けてもらえるかどうか試してみよう。と思った。加賀も少しは提督を認めた様子。しかし、怒鳴り声やあの凶悪な殺人パンチを見ているが故、まだまだ恐怖心が勝っているようである。

 

仕方がない。ここは駆逐艦では話にならないだろうし、加賀さんはまだ提督にはあまり近づきたくないと言うし…お姉さんが動くしかないですか…とため息を吐いて執務室へと向かうのだった。恐怖心が5割。猜疑心が3割。期待を2割込めて。

 

………

 

『あーもうおにおこですよ!ご主人様!かすみん達の寝ぐせを直しただなんて!あれはあたしたちの特権じゃあーりませんこと!?』

 

『いや、そんなことねえだろ…第一、女の子が寝ぐせぼさぼさで歩いてるのほうが我慢ならねえよ』

 

『漣ちゃん、それ鬼怒の…うーん、まあこうなるんじゃないかなぁとは思ってたよ?』

 

『やきもちやくなよー。駆逐艦はそうなるんだって』

 

『はい。司令官の髪を梳くスキルは天性のものであると思います。ですので駆逐艦でそれぞれシェアし合うのは仕方のないことかと』

 

『むー…納得いかないけど…仕方ないですネ。しかーし!お風呂上がりの髪乾かしは譲りませんからネ!』

 

『ここは譲れません』

 

『白雪が加賀になっちまってるー…ふぁーあ…』

 

『おーい加古、寝ようとしねえでそれにハンコ押して行けって』

 

緊張感のない会話が執務室から聞こえる。これが彼らの日常なのか。いつもブツブツ「あーもうめんどくさいのう!おいそこのチビ!これ全部やっとけ!」とうっすらと記憶に残っているあの提督とは違う。みんなで仕事を進めているようだ。案外、朝霜が言っていた司令は暇なんだってよ!って言葉は嘘なのかもしれない。嘘をついてまで艦娘のケアに走る…それはちょっとうらやましい…と思う。それはどうでもいい。とにかく早く助けてあげないといけない子達がいる。信用ができないからとここ数日ほったらかしにしていたことで胸が痛む。早くしなければ。

 

ドアをノックする。どうぞ、と白雪だろう声がした。室内に入ると刺すような視線。隼鷹、加古、漣…敵視している目だ。

 

「まだ陸奥は何もしてねえだろ。そんなんじゃ陸奥がしゃべりにくくなる。どうしたんだ?」

 

漣たちを窘め、声をかけてくる。その声は落ち着いているし、威圧しているわけでもない。

 

「私の話を聞いてもらえるかしら?」

 

「ああ、聞こう。どうした?」

 

怖い。本当に助けてもらえるのか?あの提督のように豹変するかもしれない。それを見て興奮して態度が変わるかもしれない。あいつは変態だった。この人は…どうだろう。しかし、言わなければ現状は変わらない。

 

「助けてほしい…艦娘たちが…いるの」

 

「…まだそんな艦娘がいるのか!?」

 

ガタンと勢いよく立ち上がり、驚愕の表情で陸奥を見るが、その勢いが怖かった。

 

「提督、どうどう。陸奥が怯えちまってるぜ。そういう大きな声や音は厳禁だぜー」

 

隼鷹が提督を落ち着かせる。あ、悪い…と静かに座る。強面がよけい強面に変わったがそれでも落ち着き払っている。

 

「すまん。それで、助けてほしい艦娘達って言ったよな?ゆっくりでいい。教えてくれ。救えることができるなら。急ぎなら。すぐ動く」

 

その目は若干の怒りと今すぐにでも飛び出して助けに行きたいと目が訴えている。賭けろ。あの霞が信頼を置いている提督なら。きっと助けてくれるに違いない。

 

「…ついてきて」

 

一言。それだけだった。その言葉はしかし重いと感じた五ヶ丘提督は陸奥に続くようにした。白雪や加古、鬼怒に執務を任せて。

 

一方で漣と隼鷹は護衛だ。万が一ではあるが、安久野の息子のこともあるが提督を敵視している面もある。人気のないところに連れ込み、集団で何をするかわからない点もあった。一応護身術、合気道のようなものは心得ている。提督は優しいが故艦娘に暴力は振るわない。袋叩きに遭って命に大事があれば大問題である。そのための護衛だ。

 

 

こつこつと寮を歩く。陸奥は無言だ。ここまで一言もしゃべらない。そして、背中から話しかけてくるなと言う気を放っているため、提督達も話はしない。

 

(しっかし重苦しいなぁ。艦娘の寮ってこんななのか?)

 

隼鷹がキョロキョロと辺りを見回すが、静かすぎるし人の気配がしない。いや、するのだがおそらくは提督の気配を感じて気配を殺しているのだろう。そこまで怯えているか…。漣もその異常性を感じている。霞や長波たちがいないとこんなに静まり返っているのか。そもそも漣たちは寮とは違う会議室を片付けてそこでみんなで眠っているため、寮に近づいたことがない。やはり…ここで提督を袋叩きに?いや、自分達がいるのにそんなことはしないだろう。

 

「着いたわ」

 

寮の奥の奥。そこは…壁?

 

「壁?おいおい、袋小路じゃねーか。で?ここでどうすんだ?加賀達呼んで提督をボコるってんならこっちもそのつもりでいくぜ?」

 

「あー待ってください。この鉄…何?」

 

「おい、まさかとは思うが…ここに誰か監禁してたりしねえだろうな?」

 

やや怒気を孕ませた口調で提督が陸奥に尋ねる。その言葉にゆっくりと…陸奥はうなずいた。

 

「私達では助けられなかった…どうやっても…これを壊すことができないの」

 

コンクリの壁に不自然な鉄の壁。溶接されたような跡もある。どう考えても…ここに誰か、いる。

 

「ちょっと待ってろ」

 

提督は走ってどこかへ行った。

 

「陸奥、ここに誰がいるんだ?」

 

「誰って…」

 

「助けられなかったって言ってた。だからここには誰かいるんですよね?」

 

「ええ…資材の調達をするために酷使され続け…そのあと来たあの豚に…用無しと言われて、売りに出すとか言われた…潜水艦たちがいるわ」

 

「は!?」

 

「………いつごろからですか?」

 

「…あの豚が来てすぐ…昨日逮捕された男が遊ぶだけ遊んで…ここに幽閉して最終的にはこの子達を売りに出すって。すぐ売れるだろうって」

 

「……んの野郎!!」

 

隼鷹が怒りで牙を剥き出しにする。鉄は隼鷹や漣、陸奥が3人束になってもびくともしない。

 

「くそ!ダメだ!提督はどうするつもりなんだよ!」

 

「もう食事もドックにもだいぶ入ってない…このままだと…あの子達、大変なことになる!」

 

陸奥は涙を流しながらあの子達と言う艦娘を心配している。何もできない無力さを呪い、助けてあげられない不甲斐なさを悔やみながら。

 

「で、ここにいるのは誰なんですか?」

 

「伊19、伊47、伊26、伊201、伊203…」

 

「潜水艦…資材集め…休みなしでボロボロにされたあげくに犯されて…閉じ込められて…!?」

 

「……許せない…」

 

うなだれる陸奥。怒りに震える隼鷹と漣。

 

「おい、中にいるみんな、聞こえるか!!!!???」

 

「提督!?どこ行ってたんだよ!」

 

「今それどころじゃねえ!下がれるなら部屋の一番奥へ下がれ!今開けてやる!!!!大丈夫だ!開けても何もしない!!!」

 

「この新しい提督が言っていることは本当だと思うわ!!!この人を信じて下がって!!!」

 

提督の怒号にも聞こえる大きな声。そして陸奥の声。その声に中から僅かではあるがひっ!と声が聞こえた。

 

「いいな!下がったか!?」

 

「さ、下がったのね!!」

 

「よし!!!!」

 

そういうとバーナーに火をつけ溶接した部分にバーナーを当て、今度は切断していく。よくこんなものを見つけてくるな…と思ったが工廠にあるか。酸素とアセチレン。え?ていうかこれを全部背負ってきた?重さで言えばとんでもない重さのはずだが。

 

「よく…できるわね…」

 

「あー、提督確かガス溶接技能講習受けてなかった?」

 

「電気工事技師とかも受けてますよ。ご主人様は資格の鬼ですから一級船舶も持ってますし、玉掛とかフォークリフトとか大型クレーンとかも乗れます」

 

「この周りの土地、機材があれば開拓とかできるんじゃね…?」

 

「たぶん…」

 

のんきなことを言っている漣と隼鷹とは離れたところで固唾を飲んで提督の行動を見守る陸奥。お願い…助けてあげて…。そう祈る気持ちでいた。

 

………

 

「ぶひひひひ!イクちゃんはその魅力的な体が売りだねぇ!うーん、他の3人は体つきは貧相だけど、そう言うのが好きな男なんていくらでもいるからねぇ。高く売れそうだ!フゴッ!とりあえず逃げられたら困るからここに入っててもらうね?僕が来たらちゃぁんと出してあげるからね?ふひひ、一発楽しんでから売るか。キズモノでも高く売れるだろ」

 

「む、陸奥さん…たすけて…」

 

「ごめんなさい…ごめんなさい…」

 

「陸奥ぅ?この子達を出そうとしたり出したら…どうなるかわかってるよねぇ?」

 

「……っ!この下衆!!!」

 

「ヒヒヒヒ!!!いいねぇ!僕にそう言うことをいうとどうなるか、まーだわかっていないみたいだね。ブヒッ!おい、お仕置きするぞお前ら。溶接終わったら来い」

 

「へーい。へへへへへ」

 

「い、いやぁ!!!」

 

………

 

イクちゃん、恨んでるわよね…あなた達を見捨てたんだもの…。それよりも今はとにかく…助けてあげて…!

 

「よし、切断したな!いくぜ!!」

 

さら提督が手に取ったのはあの洗脳装置を破壊したスレッジハンマー。そして…。

 

「オラアアアアアアアア!!!!!!」

 

ガイイイイイイイイイン!!!!!!

 

金属と金属がぶつかり合う音。不快な音だ。地面を、壁を揺るがす提督の強烈な一撃。安久野の息子の顔を一撃で破壊した怪力が生み出すパワーは溶断した鉄の重い扉を動かした。

 

「もう一発じゃああああああああ!!!!!!」

 

ドゴオオオオオオン!!!!!!

 

その一撃で鉄の扉は倒れた。倒れた瞬間に漂ってきたのは吐き気さえ催す臭気。

 

「おえっ!!くっさ!!!!!!」

 

「な、なんれふかこれ!?」

 

陸奥も顔をしかめ、入り口から漂う匂いに顔をそむけた。

 

「大丈夫か!?もう大丈夫だ!変な奴もいない!すぐ助けるからな!漣!明石を呼べ!あとドックだ!妖精さん!ドックの準備はできてるか!?」

 

「だいじょうぶだ、もんだいない!」

 

 

「よっしゃ!!よしよし、もう大丈夫だ!!!急いでドックに行こう、な!」

 

「あ、あうう…イ、イク達…助かる…のね?」

 

「ああ!助かる!オレが助ける!他の子達は待っててくれよ!すぐ連れて行くからな!イクだったな、よし、ドックだ!」

 

中は窓もなく光もない。その暗闇から出てきた提督は体に茶色の物体や黄色いシミをつけて出てきた。匂いの元凶はこれか。まぎれもなく、彼女たちの糞尿。食べずとも…出てしまうものは仕方がない。提督の制服が糞尿塗れである。もちろん、イク…伊19もであるが。そんなものは1つも気にせず抱えて走っていく提督。

 

「うう…まぶしい…のね…でも…提督…あったかい、の…あったかいなぁ…」

 

そう去り際にぼそりと言っていたのが漣に聞こえた。

 

「なんで…なんでこんなひどいこと…平気でできるんですか…こんなの…あんまりじゃないですか!!!!!」

 

「……漣。怒ったってしょうがねえよ。あたし達はそんな馬鹿な人間、大本営で山ほど見てきたじゃねえか…」

 

怒りに泣く漣。悲しそうな顔をして漣を慰める隼鷹。私は…それを見ているだけ。

 

「次の子は誰だ!?ライト…!いた!伊201…フレイか!よし、大丈夫だ。もう大丈夫だ!」

 

「う、ううう…うああああああ!!!」

 

「よしよし…暗かったな…怖かったな…もう大丈夫だ…大丈夫…大丈夫だから…」

 

走ってくるときは怒りに満ちた顔をしているのに艦娘を抱きかかえた時の顔は慈しむようであり、優しい笑顔だった。その笑顔をみた伊201は安心したのだろうか。しがみついて泣きじゃくっていた。大便に塗れた手であったが…提督は気にしない。また走っていく。

 

提督以外、誰も動かない。動けない。事の成り行きを見守ることしかできなかった。それくらいに強烈な出来事だった。

 

「ごめんなさい…ごめんなさい…!」

 

陸奥は泣き崩れた。解放された安堵感と先ほどから苛まれている無力感のせいで。

 

「はぁっはぁっ、次は…ヨナか!よし、大丈夫、怖くないからな…」

 

「うっ、うう…ヨナは…ヨナは…」

 

「もう大丈夫だ…な?よしよし…」

 

子供をあやすかのように抱き抱えて頭を撫でる。

 

「漣、隼鷹。この子達を洗ってあげてくれないか?白雪や鬼怒、加古も動いてくれるって。頼む」

 

「ほ、ほいさっさー!」

 

「ああ、任せとけ!」

 

急いで駆けて行った。陸奥は泣き崩れてうずくまるだけしかできないでいた。

 

「ニムだな。自分で歩くって…おい大丈夫かよ…」

 

「へーき…でも…手、繋いでて…提督のおてて、あったかい…ああ、光だ…きたきたきたぁ…眩しいなぁ…グスッ…」

 

「やっぱりおんぶしよう。ほら」

 

「うん…うん…うわあああああああん!!!!!」

 

明るく振る舞い、自分でできると言ったが…やっぱり最後はダメだった伊26。提督の背中にしがみつき、ただただ泣いていた。

 

「最後は…フーミィか…よし、抱っこするからな」

 

「…私、汚い…」

 

「そんなん言ってる場合じゃねえって。風呂に行ってきれいになろうな」

 

「そしたら…どうなる…の」

 

「何もない。まずはゆっくり寝よう。な?それともお腹が空いたか?そうだよな。いつから食べてないかわからないもんな。ご飯の用意も一応させてあるからな。食べて寝ようか。大丈夫。安心できそうな艦娘を一緒に置くから。な?」

 

「……グスッ…あり、ありが、…ありがと、う…」

 

「ごめんな…馬鹿な人間のせいで…さあ、行こうか。陸奥、もう行こう。ここに用はもうない。妖精さんが封じてくれるらしい。お前ももう部屋で休め」

 

「……嫌よ。私も…行く」

 

「そうか。じゃあ行くか」

 

「ええ…」

 

糞尿塗れでドロドロの提督。しかし、その背中は先ほどまでの忌々しいような背中ではなく。とても頼りになる背中。安心できる背中のように見えた。

 

「よしよし。怖かったな。つらかったな」

 

「……あったかい…」

 

柔らかな声。そしてその提督の背中は…とても大きくて頼りになるように見えた。陸奥の心の中で何かの鎖の音がカシャンと外れるような音がした。




コメディのあとにドシリアス。こんなこともあります。

潜水艦たちを救助しました。安久野の息子は…そうですねぇ…ごうm…いや、死ぬまで幽閉されるでしょうね。そう、あのソm…いえ看守によって、ね

もうちょっとだけ五ヶ丘提督のリンガ泊地編、続きます。玲司が艦娘を助け出していくところに似ていますね。

次回もお待ちいただけますと嬉しいです。

それでは、また。
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