提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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不知火に異常発生


第二百四十五話

「担架を!それから鎮痛剤や鎮静剤の用意を!」

 

「ぬい!ぬい!?しっかりして!ぬい!」

 

「不知火!すぐ医務室へ連れて行ってやるからな!明石、行くぞ!」

 

「うん!」

 

「グスッグスッ…不知火ちゃぁん…」

 

不知火が異様に敵に食われ、再生した腕を押さえて痛いと苦しみだした。体中汗をかき、呻くことしかできなかった不知火に飛び起きた漣と潮。漣はパニックで動くことができず、不知火の様子を眺めるだけだったのだが、潮が冷静に明石のいる工廠へ裸足で走り、寝ずの改修を行っていた明石に助けを求めた。

 

さらに明石が冷静に玲司を起こし、玲司と共に不知火の部屋に飛び込んだのだった。苦しむ不知火を見て落ち着いて今妖精さんに指示を出して医務室に玲司と共に不知火を部屋から運び出した。

 

ただならぬ様子から寝ていた駆逐艦達も事の成り行きを固唾をのんで不知火が運ばれていくのを見守るしかなく、提督…と時雨が声をかけようとしたがそれよりも速く駆けて行ってしまったため、何が起きたのかは聞けずじまいであった。

 

………

 

「とりあえず処置はしたけど…これは避けられないことだね」

 

「神通の時も大変だったもんな。名取が半泣きで…」

 

「うん…それにしても潮ちゃんも冷静によくここまでまず私に報告してきたもんだねぇ」

 

「ああ。とにかく明石のもとへ行く、と言うのは正解だったな。明石も俺を叩き起こしてくれて助かった」

 

「翔鶴さんと本当に一緒の布団で寝ていたのは驚いたけどね…寝間着姿の翔鶴さんが出てきて部屋間違えた?と思ったもん」

 

「それは…うん、気にするな」

 

「まあケッコンカッコガチしてるからねぇ…よかったね私で。陸奥お姉ちゃんだったら発狂してそう」

 

「やめてくれ…想像したくない」

 

呑気な話をしているがこれ以上は処置のしようがない。これに尽きる。

 

「し、不知火ちゃん…」

 

「ぬい!」

 

パジャマ姿ではあったが静かに…かつ冷静にスリッパをはいてやってきた漣と潮。どちらも涙目ではあるが、飛び込んでこなかったのは落ち着いているなぁと玲司は思った。仲良しトリオであるこの子たちは漣と潮は姉妹であるが、不知火とは姉妹とは違えど、本当の姉妹のように仲がいい。いつも3人で行動しているし、何をするにも一緒だ。

 

絆の繋がりが違う。タウイタウイから始まり、鹿屋。そしてここで紆余曲折を経て落ち着いた漣と不知火。そして漣と姉妹である潮。本当にこうして落ち着けて安心したくらいだ。

 

息が荒く、苦しむ不知火を見て潮は泣いていた。この子は本当に優しい子だな…漣は触ると体に障る…と思ったのかただただ自分の拳を握りしめて不知火を見守ることしかしない。漣も気遣いができるいい子だ。

 

「ぬいは…ぬいは一体…どうしちゃったんですか…?まさか、深海棲艦化しちゃうとか!?」

 

「不知火ちゃんは大丈夫なんですか…?」

 

「深海棲艦になるって心配はないから大丈夫ですよ」

 

明石がそう言うと2人はホッと胸をなでおろした。雪風が深海棲艦化一歩手前だった話。蒼龍も深海棲艦の濃い因子がくっついてきてしまった話など、深海棲艦化と紙一重な艦娘の話があったがため、そこだけが一番の不安要素だった。しかし、こういう知識に関しては横須賀で1番の明石がそう言うのなら絶対な安心感があった。

 

「じゃ、じゃあ…腕がくっつのが失敗してるとか…?」

 

「そ、それじゃあ不知火ちゃんは…!」

 

潮から玉のように涙がこぼれ落ちる。

 

「いえいえ!それは問題ないよ!これはねぇ…足を食いちぎられた神通さんも通った道なんだよねぇ…」

 

「はい、その通りですね」

 

「うんうん。神通さんもこれのせいで大変に…ん?」

 

「うお!?」

 

「ぎゃああああ!!!お化けえええええ!??!?!」

 

「うるっさ!?!?!ってぎゃあああああああ!??!?!?!」

 

「ぴっ!?」

 

ズザザザザ!!!!と全員揃って入り口に飛びのく。そう、そこには今までいなかったはずの神通がいたからだ。最近川内との鍛錬が多いせいか、気配なく背後に立っていたり、いることがある。

 

『居る』のに『居ない』…『宵闇』川内のような状態になっている。

 

「じ、神通!!いきなり出てくるなって言ってるだろ!?」

 

「し、心臓が止まるかと思った…」

 

漣はへなへなとへたりんでいるし、潮はフリーズしていた。

 

「申し訳ございません…その…ただならぬ様子だったものですので…」

 

「いや、まあそうなんだけどさ…」

 

「驚かさないでもらえると嬉しいですね…」

 

おろおろと謝る神通。

 

「うう…!」

 

「ぬい!すごい熱…!」

 

「うーん…解熱剤も入れましょうか」

 

点滴に新たな薬を入れる。手慣れたものだ。普通の明石ではこうはいくまい。姉達を診てきたこと。自分が必死に勉強したからこそ。あながち、工作艦は艦娘のお医者さんと言うのは嘘ではないのかもしれない。特に「原初の艦娘」の明石は医療技術にも長けている。兄である玲司も診てきたこともある。

 

「私も体験したけど、この痛みは本当にきついね…ね、神通さん」

 

「はい…耐えがたい痛みでした」

 

「そんなんでも。絶対安静って言われてんのに鍛錬しようとした娘がいたな」

 

「……提督、そ、それは…そのぉ…」

 

「提督…神通さん達も…?」

 

「ああ。これはな。あー…うん、明石ー」

 

「はーい。不知火ちゃんは腕を失い、入渠して腕は元に戻りました。ここまではオッケー?」

 

「はい…」

 

「で、元に戻ったとは言え、見た目だけです。絶対安静って言うのは生えたは言うけど中身はぐっちゃぐちゃなんですよ。だからおとなしくしていないとおかしな骨のくっつき方をしたり…腕がボトって落ちちゃったりとか、ね」

 

ゾクリと漣が身震いをしている。神通は顔が真っ青になっている。あ、あわやとんでもないことに…?

 

「まードックに入ればまた生えますけどー…結局同じことの繰り返しになるんですよ。わかりましたか?神通さん?」

 

「あ、白目向いてる」

 

秋津洲が激怒するのも無理はない。秋津洲も艦娘の治療を行ったりしていたから知っているし、実際に腕が大丈夫と言っていたのにボトリと落ちたことを見たこともある。だからこそ治療には過敏になる。神通には口を酸っぱくして言っていたはずなのだが…聞いていなかったのか…と玲司は呆れた。まじめすぎる暴走娘…そう呼んでみようか。神通、顔を真っ赤にしてムキになって反論しそうだけど。

 

「でー、えーっと。それでですね。そこから安静にしてドックに繰り返し入渠して…少しずつ中身も戻って行くわけです。筋肉、骨…そして…最後に戻るのが、神経です」

 

「神経が戻ると…こんなふうになるんですお?」

 

「はい。神経が戻るって言うことは…感覚も戻って来るって言うことです。私もそうですけど神通さんも…おーい、神通さーん?」

 

「はっ!はい!?その通りです!!」

 

「いや、私呼んだだけなんだけど…」

 

ククク、と玲司は笑っている。本当、神通は真面目に見えて大淀と一緒でおもしろいなぁと思う。

 

「神通さんは足が元に戻ってからしばらく、どうでした?感覚とかありました?」

 

「あ、あう…あ、あるにはありましたが…重いと言いますか…鈍かった、です。感覚も…あんまりなかった…です」

 

「ふふっ♪神通さんはかわいいですねぇ♪」

 

「かわっ?!」

 

「はい♪神通さんはこのぽんこつぶりがいいですね♪」

 

「ぽんこつぅ!?」

 

「ぶふっ、たしかに…!」

 

「提督まで!ひどいです!」

 

「いやー…神通さんは大淀さんと似てぽんこつぅ…ですねぇ…」

 

「漣ちゃん!もう、ダメだよ!わかってても言っちゃいけないこともあるんだよ?」

 

潮…それフォローや窘めになってねえ…と思うと笑いをこらえるのに必死だ。

 

「うう、うううう!!」

 

神通は首から上を真っ赤にして出て行った。いや、からかいすぎただろうか…。

 

「あんまりからかわないでよー、兄さん。神通さん、ああなると何するかわかんないんだからー」

 

「す、すまん」

 

「うう、すみません…」

 

明石に怒られるはめになるとは…。そういえば褒めたり何だりしてもすぐさま暴走し、激しい鍛錬を繰り返したりするクセがある。下手に刺激しない方がいいのだろうか…いや、適度にしてあげればいいのか…。

 

「ところで兄さん。不知火ちゃんが兄さんに止められても深海棲艦を徹底的に破壊する癖の原因は掴めたの?」

 

「ん?ああ。その辺は不知火が話してくれたよ」

 

「なぬー!?漣には話してくれなかったですよ、そんな話!?ご主人様!どうやってぬいをたぶらかしたんですか!?食べ物ですか!?やっぱり食べ物ですか!?」

 

「あばばばばばば」

 

ガクンガクンと揺さぶられ、耳から脳汁が出そうになりそうだ。よっぽど自分達のほうが不知火のことに詳しい…そして自分たちのほうが絆が深いはずなのになぜだ!脅迫か!?それとも弱みを握られたのか!?これは由々しき事態ですぞ!と潮に怒鳴る勢いで詰めかけていた。その間も玲司はブンブンと首を絞められたまま揺さぶられるだけだった。

 

「わあああ!?漣ちゃん!兄さんが死んじゃうよお!?」

 

「はっ!?いけない!ご主人様、大丈夫ですか!?傷は深いぞ!ガックリしろ!」

 

「それじゃ…ダメ…じゃねえ…か…」

 

「漣ちゃん!その手を止めてええええ!!!!」

 

………

 

「うっぷ…不知火は…おえっ…だな…」

 

「うん、ちょっとコーヒーでもいれましょっか…あー「君はあの泥水を飲めと言うのか!?ぬいの大事な話を聞くときに!?」」

 

「漣ちゃん!」

 

愛飲している上等なブレンドコーヒー豆をミルにかけている明石の口元が笑ってはいるがヒクヒクしている。コーヒーがないと生きていけない明石には聞き捨てならないセリフだった。我慢我慢…。

 

しばらくしてビーカーに入れられた紅茶…風情もへったくれもないのだが…玲司は気にせず飲んでいる。うーん…摩耶さんの淹れてくれたお茶のほうがおいしいお…と言おうと思ったのだが、潮の「アブソリュート・ゼロ」が発動しそうだったのでやめた。

 

「うん…うま…不知火はな。目の前で黒潮を失ってるんだよ」

 

やっと落ち着いたのか玲司が話し出す。その言葉に漣は目から鱗だった。陽炎も目の前で失っていると言うのに…妹まで…それは衝撃的だった。姉妹を目の前で失う不知火の心は如何ばかりかだろうか?

 

「陽炎がぬいの目の前で深海棲艦になって…あたしが殺したってのに…」

 

「漣と出会う前の話らしいぜ。その時もやっぱり洗脳は浅かったようだな。理由は1つ。不知火は無表情だからな。洗脳がうまくいった、と大府は思ったらしいな。詰めが甘いよな。よくはわからないんけどとりあえず戦えってことだったから戦ったって話だ」

 

運がいいのか何と言うか…浅い洗脳故に自我はある。しかし体の自由は効かないと言う状態だったそうだ。そこである日の出撃の際に黒潮と共に出撃した。その際に敵は殲滅したのだが一隻の駆逐「イ級」を残して進撃をしようとした時だった。そのイ級が動きだし、最後のチカラを振り絞り…黒潮に食らいついた。その瞬間に不知火は体の自由を取り戻し、イ級を撃とうとしたのだが遅かった。黒潮は頭を食いちぎられ即死した…。不幸にも黒潮は練度が1に等しく、そして大破していたと言う。もちろん、練度が低いので応急修理要員さんも装備できない状態だった。

 

「それから不知火は深海棲艦を憎むのと同時に自分の不甲斐なさを戒めるためにことごとく深海棲艦を破壊しつくそう。そうすれば仲間が無駄に死ぬこともないし、大府の言うことも履行できる。それが今まで染みついていた…結局のところ、俺が口すっぱくやめろって言ったからこうなった。そこは不知火に申し訳ないな…とも思う」

 

「そこは…提督のせいじゃないと思います。提督の事を信頼して…そうやって黒潮…さんのことをお話したんだと思いますし、やめてって言う言葉に耳を貸したんだと思いますし…」

 

「漣もそう思います…あたし達に言ってもどうすることもできない悩みだったと思いますしおす…あーっと…うーん、その話ならご主人様に話した方がいいかなーって」

 

「ただ、あのまま破壊行為を続けていたらいくらうちの子らでも不知火に近寄らなくなっちまうと思ったからな。うちは個よりも輪を重んじるよう心掛けている。実際、皐月や文月は最初怖がって近寄らなくなってたからな。特に、一緒に出撃して不知火がしたことを目の当たりにした皐月は露骨に避けていたからな」

 

深海棲艦の体液は何とも言えない匂いを放つ。その匂いは人間も艦娘も不快感を覚える。不快と言うレベルではない。濃密な深海棲艦の体液の匂いは嘔吐するくらい臭い。体中が体液にまみれ、そして激しい破壊行為による夥しい体液により周囲はすさまじい臭気となる。

 

それにより皐月は嘔吐した。鎮守府に戻っても不知火が体液まみれだったためにいつまでも匂いが残り、皐月はトラウマになってしまっているため、なるべく今でも不知火との編成は避けているくらいである。

 

態度が軟化してからはその行為もなりを潜めたわけだが、これが今回の一件の顛末となった。言ってよかったものか、そうでなかったのか。玲司は考え込んでしまう。

 

「輪を重きに置くなら不知火ちゃんを孤立させるような行為は避けさせるべきだから、兄さんの説得は間違ってないよ」

 

明石がフォローを入れてくれる。事実、摩耶たちも手に負えないと言い出し始めたことに危機感を覚えたので懇々と根気よく説得したのだ。このままでは誰とも編成を組めなくなる…と。

 

「提督のおかげで不知火ちゃんは笑ったりするようになりました。だから…ありがとうございます、提督」

 

「潮…」

 

「ありがとうございます、ご主人様。ぬいのことでご主人様にはお世話になりっぱなしです。漣たちもぬいと一緒にやっていきたい…!だから…!明石さんもぬいのこと、お願いします!」

 

「漣ちゃん、お任せください!この『契の女王』明石さんに任せなさーい!…と言ってももうやることはないんですけね…てへっ♪」

 

「………」

 

「あ、あ、そんな冷たい目で見ないで!」

 

「明石…そこはおちゃらけるところじゃねえだろ…」

 

「ご、ごめんなさーい!」

 

………

 

黒潮も…陽炎も助けられなかった私は弱い者だ。私はただただ、自分が無力であったことを深海棲艦のせいにして、あの男の言うことを聞き、この横須賀に来てもなお…私はその怒りを深海棲艦にぶつけるほかなかった。

 

目の覚める衝撃だった。黒潮に飛びつくイ級を見た瞬間、私は体の自由を手に入れた。しかし、それでは遅すぎた。なす術もなく…黒潮は頭を失った。大破していて、体の自由もない彼女はそこから逃れられなかった。

 

「黒潮!!!!!」

 

私に似合わず声を張り上げて黒潮の名を叫んだ。叫んだだけだった。頭のない黒潮は瞬く間に沈んでいった。

 

「あ、ああ…」

 

この時私は泣いた。涙を流すのはこれが最初で最後だ。そう決めた。泣いている暇があるならばあの司令の言うことを聞き、完膚なきまでに深海棲艦を破壊しつくそう。あの司令の命令を無視してでも。

 

『不知火…何をしているのですか?時間が惜しいのですが』

 

「司令は深海棲艦を破壊し尽くせと命令されました。ですのでその命令を遂行しているだけにすぎません」

 

『不知火。繰り返します、時間が惜しい。旗艦の命令を優先してください』

 

「…承知いたしました」

 

この司令は何がしたいのかわからない。破壊し尽くせと言ったり放置しろと言ったり。黒潮のような犠牲者を出すわけにはいかない。不知火はそう思って深海棲艦を破壊していると言うのに。この司令は役に立たない。そう思うようにもなり、命令を無視して深海棲艦を破壊する。

 

しかし、悲劇は続いた。

 

「陽炎…」

 

「ウウウ…殺シテヤル…!」

 

私は黒潮に続いて陽炎まで失うことになった。意識がなくとも。人形のようであろうとも。彼女は私の姉だった。深海棲艦は破壊し尽くせ。そう決めていた私が撃てなかった…。姉を撃つなど…私にはできなかった。

 

「はっ!はっ!」

 

あの時漣さんが沈めてくれていなければ…でも私はその怒りを漣さんにぶつけ、私は漣さんを無視し続けた。いや、申し訳なさもあった。後ろめたくて話しかけることができなかった。漣さんには本当に申し訳ないことをしたし、悪いことをしてしまったと思う。

 

それから私は破壊にさらにチカラを注ぐことになった。別の司令の下に追い出されても私は破壊をやめなかった。

 

「テメエ、何を背負い込んでんだ?」

 

「不知火に背負うものはありません。司令の命令に従う忠実な駒です」

 

「ふん、俺にそんなフリは通用しねえぞ」

 

何を言っているのかわからなかった。自分が洗脳されているフリを見破られていたことは今ならわかる。あの司令は私の事を心配してくださっていたのだろう。

 

そうして私はここ、横須賀鎮守府へ流れ着いた。もはや生きているのもなんだか面倒くさくなってきた。ここでも同じことを繰り返し、またどこかに追いやられて流れて生きて…いつかは陽炎や黒潮のところへ行けるだろう。そう思っていたのだけど。

 

「いいか、不知火。深海棲艦を倒すことは大事だ。でもな、やりすぎもよくないことだぞ?」

 

「はい。ですが深海棲艦を完全に破壊しなければこちらに害を及ぼします。ですから破壊すべきです」

 

「仲間が止めているのにそこまですることか?」

 

「不知火はご命令を実行しているだけに過ぎません」

 

「俺はそんなことは言った覚えはないぞ。俺の命令はいつも1つだ。『死ぬな、生きて帰って来い』だ」

 

ぬるい。そんなことでは黒潮や陽炎のような仲間を増やすだけに過ぎない。なぜ誰もわかってくれないのだろうか。

 

「司令。不知火はかつて深海棲艦を仕留めなかったせいで黒潮を失っております。それでも…これをやめろと?」

 

「……そうか、お前…妹を…」

 

「はい。ですから、これを止めろと仰られても無理なご相談です」

 

睨みつけ、そして冷たく言いきった。そうだ。誰もやらないのなら自分がやらねばならない。

 

「それはわかった。でも、それでお前が孤立してしまうことを俺は良しとしない」

 

「………そう、ですか」

 

「ああ」

 

この司令も…無能か…。ダメだ。自分がやり続けなければならない。

 

『でも、今はどうかしらね?』

 

………?

 

『孤立が怖いんじゃないかしら?』

 

………ええ。

 

『ふふ、ずいぶんと素直になったわね。わたしの胸倉を掴み上げたときとは違うわね』

 

あなたは…。

 

『さあ?誰でしょうね。気づいているくせに』

 

意地悪ですね。

 

『ごめんなさいね。でも、あなたは提督の言いつけを守らないといけない。そう思っている。けど、黒潮のことが怖くて守れない』

 

そうです。もう…姉妹を…雪風…仲間を失うのは怖いのです。

 

『玲司君がそんなことすると思う?』

 

ですが結果的にジャベリンさんが危険になりました。それならばやはり。

 

『声が震えているわね。できなくなったんでしょう?1人が怖くなったから。嫌と言うほど思い知ったようだから』

 

………。

 

『あなたは苦労してきた。1人になることを嫌がりつつも1人でいることを選んだ。そこにはね、漣ちゃんがいたから自分を保てていたようなものよ。今は潮ちゃんもね。このまま漣ちゃんも潮ちゃんもいなくなったら?あなたは耐えられない』

 

あの2人が見捨てるなど…。

 

『言いきれるかしら?』

 

うるさい…!

 

『逃げては駄目よ。そして認めなさい。自分の弱さを。あなたは弱い。けれど…確かな強さを持っている。折れそうな心はあの子達が支えてくれる。1人でいようとすることをやめなさい。あなたはもう、横須賀にしっかりと足をつけているのだから』

 

でも…でも失いたくない!漣さんも…潮さんも…司令も!みんな…みんな!

 

『皆で協力し合えばいいのよ。今回の事できっと今以上に気を付けるはずだから。思いは皆同じ。だって、ここは艦娘も玲司君も誰か1人でも欠けたら終わりな危うい世界ですもの』

 

不知火は…不知火は…どうすれば良いのですか?

 

『わたしから答えをあげるのは簡単。でも…それでは何の解決にもならない。あなたがそれを見つけ出さないといけない。すぐ見つかると思うけどね』

 

それでもわからなかったら…?

 

『漣ちゃんや潮ちゃんを頼ればいいと思うわ。それに、提督もね』

 

答え…戦いの中で見つける答え…。

 

『ええ。きっと見つかるわ』

 

………そう、ですか。

 

『そうなのよ。さあ、もう目を覚ました方がいいわね。痛いのはもうなくなっているはずだから。みんな心配しているわよ』

 

…はあ。ところで…あなたは?

 

『さあ?知らない方が素敵だと思うわ、クスクス』

 

何となくわかってしまったのですが。

 

『あら、それなら嬉しいわ。また会いましょう?』

 

もう会えないと思っていましたが。

 

『あなたが困った時にだけ現れるお助け役よ。だから…次は…どうかしらね?』

 

本当に意地悪な人。

 

『ふふ、ふふふふ!光栄なことね。それじゃあ、いってらっしゃい』

 

……ありがとう、ございます。

 

『ええ』

 

………

 

「んっ…」

 

蛍光灯の光がまぶしい。こういう時は暗くしておいてほしいものです。

 

「むにゅう…」

 

間の抜けた声がしたので視線を動かすと…そこには隣でのんきに眠っている…霞さんの姿があった。

 

「やはり…あなたでしたか…」

 

「むにゃあ…えへへ♪」

 

……何だか腹が立ちますが…霞さんを泣かせると大変なことになるのでやめておきましょう。妙高さんに知られでもしたら、恐ろしいことになります。

 

「おっ、起きたな?どうだ、痛くないか?」

 

「司令…?」

 

「よっ。俺がいて驚きか?」

 

「…失礼しました。付き添っていてくださったのですね」

 

「そりゃあうちの子が一大事だったら看病もするよ。りんごでも剝こうか?」

 

「はい。お腹がすきました」

 

「そうだよな。3日も寝てたからな。よし、ちょっと待ってろ。商店街でいいリンゴを手に入れてなー。『こうとく』って言うすごいおいしいリンゴだ。摩耶や鳥海が大騒ぎでよこせってうるさいのなんのって…これは不知火のだからダメだって言ったらえらいめにあった…」

 

まったく…と摩耶達の文句を言いながらリンゴを剥いている。鳥海たちにはちゃんとシナノスイートと言うこれまた上等なリンゴを渡してあるので問題はないが…それでもうるさかったものだ。器用なものでリンゴの皮を一度も途切れさせずに剝き切った。さすがは…料理人だな、と思う。それを言ったら怒られそうであるが。

 

「ほい。あーん」

 

「あー「あーん!はむっ!」」

 

不知火の口のところまで持っていこうとしたが、雪風が横から持って行ってしまった。

 

「んむんむ…しれえ!このリンゴ、おいしいです!もっとほしいです!」

 

「雪風お前なぁ…」

 

「………雪風。この不知火のリンゴを…よくも」

 

「ひひー♪おいしいです!」

 

「あーこら!不知火のがなくなるだろ!霞の分も!」

 

「嫌です!食べます!」

 

ガシ…と左腕で雪風を掴む。しかし、スルリと雪風は逃げ出してしまった。

 

「あははは♪しれえ!食堂で食べてきます!不知火姉さんに怒られちゃいますんで!!不知火姉さん!元気になったのなら何よりです!」

 

ビシッと敬礼をしていたずらっぽい笑顔を浮かべて食堂へ逃げて行った。あの雪風にはいろいろと敵わない…どうやって仕返ししてやろうか…悩む不知火。

 

「ったく、あいつ最近いたずらっ子になってきやがった…北上に言っても元気があっていいじゃんとか言うだけだし…」

 

「きついお灸をすえる必要があるかと」

 

「困ったもんだ…はい不知火、あーん」

 

「あー「あーん♪」」

 

「か、霞ぃ…」

 

小さくかじられた。不知火のものを横取りするとはいい度胸ですが…霞さんを怒るわけには…。

 

「えへへ、おいしいよ!しらぬいちゃん!」

 

「ええ。不知火が食べようとしていたのを横取りしてさぞおいしいでしょう」

 

嫌味を言うもおいちー♪と言って聞かない霞。まったく。夢の中でも困ったものだったがこうして起きている間も困らせてくるとは…。憎めないのは羨ましいものだ。ああ、リンゴはおいしかったです。

 

「……痛くもないし…感覚はしっかり…ありますね」

 

「明石いわくもうちょっち治療が必要だけど、日常生活には支障なさそうだな。よかったよ」

 

もう1個リンゴを剝きながら玲司は嬉しそうに不知火にそう言った。

 

「ご迷惑をおかけしました…」

 

「迷惑だなんて思ってないよ。ジャベリンの命の恩人だ。ジャベリンも目を覚ましたって言ったら喜ぶさ。それよりも…うるさいのがいてだな…」

 

「ぬいーーーーーー!!!!」

 

「漣ちゃん!医務室では静かにだよ!」

 

「ぐぬぬ、霞っちがいて飛び込めなかった…」

 

「ほえ?」

 

「何でもないからね?りんご、おいしい?」

 

「おいちー♪」

 

「ふふふ♪かわいいなー♪」

 

「ぬい、腕はどう…?」

 

「ええ。痛みもありません。まだ出撃はできませんがしばらくすれば戦線に戻れます」

 

「そっかぁ…よかったぁ…心配でご飯も喉を通らなくてサ」

 

「さっきアップルパイ…めいっぱい食べてたよね…」

 

「あっぷるぱい!たべるー!しれーかん!かすみ、あっぷるぱいたべたい!」

 

「はいはい。んじゃ行こっか」

 

「うん!!」

 

じゃ、ごゆっくり、と霞と共にいなくなった玲司。いつもの3人だけが医務室に残った。

 

「いやぁ、無事でなによりだおー!」

 

「そうだね。よかったよー」

 

「ご心配をおかけしました。やはり、不知火はお2人がいないとダメなようです」

 

「えっ、ぬい、それって…愛の告白…」

 

「漣さんは放っておきましょう。潮さん。不知火は潮さんたちがいないと…その…寂しい…です。ですから…」

 

「うんうん」

 

潮も不知火の言葉を聞いて目を輝かせている。へろーんといつもしているアホ毛がピーンと伸びて興奮している様がわかる。

 

「ですから…これからも側にいてください。深海棲艦を暴走して必要以上に破壊する行為を止めてください。みなさんと共にありたい。孤立するのは…怖いですから」

 

「お任せー!!!いいよいいよぬい!!!うーん、この素直なぬいもいい…キターーーーーー!!!」

 

「うんうん!不知火ちゃん、かわいいなぁ♪」

 

「は?」

 

何を言っているんだこの人たちは。違う、そうじゃなくて…。

 

「あたしたち無敵のトリオ!これからもバンバン頑張るおー!」

 

「おー!」

 

「あの、聞いていますか?」

 

「よーし!ぬい!茉莉さんお手製のちょーーーーーおいしいアップルパイ持ってきてあげるかんね!いい子にして待ってるんでちゅ…ガハッ!?カヒュカヒュッ」

 

「不知火の、話を、聞いていますか?」

 

「グエエエエ」

 

治ったばかりの左手だが…しっかりと漣の首を締め上げるくらいのチカラは出た。痛くもないし大丈夫だな…漣がグッタリするまでその調子を確かめていた。

 

「し、不知火ちゃん!漣ちゃんが死んじゃうよぉ!」

 

………

 

鎮守府近海。今日もジャベリンの練度向上のために出撃していたある日。復帰した不知火もリハビリ代わりに再びジャベリンと共に参加していた。

 

「ふう…!これで主力もやっつけたわね!名取さん、提督に報告をお願いします!」

 

「うん、了解しました。こちら名取です…」

 

「シラヌイ…腕は…ダイジョブ?」

 

ジャベリンが心配そうにのぞき込んでいる。しかし、不知火は左腕を動かして少し笑ってみせた。

 

「ええ。もう問題はありません。神経が再生すればあとは3日ほど入渠すれば問題ありませんでした」

 

「よかったぁ…ね、ねえ!もう、あんなことには…させないから!」

 

「はい。不知火もジャベリンさんをお守りしますよ」

 

その時不知火もジャベリンを大きく目を開いて残っていたロ級の残骸を見た。動いている。2人は何も言わずに砲を構え、同時にロ級を撃った。

 

「ひゃっ?!びっくりしたぁ…」

 

「不知火さん、ジャベリンさん…もしかして…」

 

「はい、駆逐ロ級が動き出しました。もう腕を失うのは御免被りたいので撃ちました」

 

「シラヌイに手出しはさせないわ!」

 

「ジャベリンさんにも…です」

 

「そっか…えへへ、そっかぁ♪」

 

ゴボゴボとロ級は沈んでいく。これで深海棲艦は全滅だ。

 

 

横須賀の皆さんと一緒に生きていくために。不知火は戦います。それが…不知火の生きる道だと信じて。

 

 

答えはこれだ。漣さんや潮さんだけではない。ジャベリンさん達とも…司令とも…皆さんと一緒に!

 

「ぐぬぬぬ…ジャベっちと仲良くしてからにぃ…!」

 

「ま、まあまあ漣ちゃん…」

 

鎮守府に戻ってから不知火とジャベリンが一緒におやつの茉莉作、リンゴのタルトを食べていた。食べさせ合いっこを見て漣が嫉妬に燃えている。潮も心なしか笑顔がアブソリュート・ゼロに近い。嫉妬している。

 

「こーらー!漣ちゃんたちを置き去りにしておやつを食べるとはなにごとだー!」

 

「不知火ちゃん、潮もあーんしてほしいなー」

 

「致しません」

 

「「は???」」

 

「ジャベリンさん、司令が作ったイチゴタルトも良いですよ。はい」

 

「はむっ!ん~!おいしい!」

 

「「キーーーーーー!!!!」」

 

「まーたやかましい生活の始まりだな…」

 

「ま、まあいいんじゃね…?不知火も変わったなー。あれならもう大丈夫だろ!」

 

「そうだな。もう暴走することもない。不知火は改二にもなったし、火力も期待できる。みんなとのコミュニケーションもあれだけできるようになってきたから大丈夫だな。あ、摩耶。この王林うまい。あーん」

 

「あーん…ん!うめ………って、何しやがんだお前ーーーー!!!」

 

「うお!?何だよ!」

 

「あ、あーんだなんて…翔鶴さんにやれよこのアホ―――!!!」

 

「なんだなんだ!?翔鶴にはさっきやってきたよ!!!何怒ってんだ!?」

 

「うるせーーーーー!!この…この…!!!あいって!?なんだよ鳥海!?腕を叩くな!いてえだろ!!!」

 

「摩耶だけずるい摩耶だけずるい摩耶だけずるいバカ摩耶…!」

 

「いてえって!!!」

 

「お、おい鳥海!?あ、あーん」

 

「はむっ!ん、おいし!はっ!?」

 

「おいしいだろ。これまた買ってくるか…っていてててて!!!何だ鳥海!?」

 

「うーーーーー!!!!!!」

 

「いてえ!!摩耶!鳥海を止めてくれーーー!!!!」

 

「うるせえこの変態!このー!!!!」

 

「ぎゃああああ!?!!?!」

 

「カヒュカヒュッ!首、しま…!」

 

「フフフ、不知火を怒らせたわね…!」

 

「不知火ちゃんやめてーーーー!!!!」

 

いつもの横須賀鎮守府が戻って来た。この騒がしさが横須賀らしい…間宮はニコニコとこの騒がしい日常を楽しむのだった。

 




不知火、完全復帰。シリアスなのにコメディが入る…最近こんなのが多いですね…そしてやっつけ感が半端ない…

すみません、いろいろと端折ってしまいましたが不知火編、お終いです。孤独を恐れ、仲間との輪を重んじることこそが艦娘にとって強くなる秘訣ではないかなと思います。誰かを思い改二になる。それはとても強いことだと思います。

弱さと恐怖を乗り越えた不知火はこれから先もっと強くなっていくでしょう。

さて、次回は一宮提督のお話になります。彼が提督になった理由とは?

次回もお待ちいただけますと嬉しいです。

それでは、また。
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