提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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一宮提督が提督を目指すようになった理由。
世界的大企業の御曹司。しかも長男が会社を継がずに提督になったのか。決して遊びでなったわけではありません。

彼には彼の苦悩と苦労がありました。そんな彼を幼少から追って行こうと思います。


第二百四十六話

物心ついた時には私は「人は『一宮涼介』として見てくれる人はお父さんとお母さんしかいない」と理解した。

 

………

 

『そっか、弟さん。迷惑に思ってないかな…?』

 

「いえ。いろいろとご協力いただき感謝しています、と言っておりました。私からもアーサー提督に何かお送りしたいのですが、何が良いでしょうか?」

 

『あー、そうだな。あいつなら大阪のタコ焼き送ってあげるといいかもな。冷凍のやつでいいと思う』

 

「そ、そんなもので良いのですか?せっかくですから、大間のマグロですとか…」

 

『あいつ、こってこての関西人だからさ。電話でたこ焼き食いてーって言ってたからそっちのが喜ぶと思うぞ』

 

「そうですか…では…ん?五色どら焼き…これもよさそうですね」

 

『お、いいね!泣いて喜ぶと思うぜ!さすが涼介、目のつけどころがいいな!』

 

「ふふ、ありがとうございます。それでは早速手配することにいたします」

 

『あいよ。俺もお礼送っとくか』

 

「いえ。お気遣いなく。私が無理を言ったまでですので」

 

『水臭いって。友達の弟さんに失礼がなかったかどうかが心配でさ…あいつ結構そういう時暴走すっから。俺も一枚噛んでるし、俺も送っとくよ』

 

「そうですか。重ね重ね感謝いたします」

 

『いいっていいって!んじゃ、また大本営でな!』

 

「ええ。また」

 

大湊警備府。一宮提督は友人である三条玲司提督と電話で会話をしていた。弟である啓介がイギリスへ父の会社を継ぐため、経済と経営のいろはを学ぶために大学へ留学することになり、向こうでの住まいなどは父や母、親族などのコネがなかったため困っていたところだった。

 

しかし、イギリスに友人の提督がいる、と玲司が言ってくれたため、それに甘える形となった。その提督の別荘のようなものを貸してくれると言ったのだが、啓介から送られてきた写真は「豪邸…?」と思えるほどの大きさを持ち、しかも家賃はいらない。むしろ生活費に困ったら連絡をくれたらすぐ工面する。車はいるか?バイクの方がいいか?など至れり尽くせり状態だったそうだ。

 

『兄さん。僕からお友達に本当にありがとうございました。と伝えておいてほしい』

 

そう言われたので玲司に電話をしたのだ。玲司はまさかそこまでするとは思っておらず「あ、あー…あいつのことだからなぁ…逆に迷惑かけてないか?」と心配になったそうだ。

 

持つべきものは友。本当に助かった。その後、啓介はと言うと買い物中にガラの悪い男に攻めよられ、助けを求めていた女の子を助けたら一目惚れされ。しかもその女の子がアーサー提督の妹で高校生だった。そしてなし崩し的にお付き合いすることになった、と言うのはまた別の話。彼女の名はアリスと言うのだそうだ。

 

「終わった?まったく、長い電話ね」

 

「Johnston?そんな言い方をしなくても…」

 

「ふふ、Johnstonはきっとヤキモチを妬いているんだわ」

 

「サラ?そんなことあるわけないじゃない!フン!」

 

「あら、その割にはHoneyにすごい目つきで睨んでいたわね」

 

「ちちち、違うったら!!もー!!」

 

「……ま、提督さんも大変だね」

 

「ははは…」

 

艦娘の談話室に招かれていたのだが、そこで自分のスマホで玲司と話をしていたため、アメリカの艦娘ジョンストンに嫉妬されてしまったらしい。どうしてかは、彼にはわからないのだが。

 

談話室にはアメリカの艦娘、ジョンストン、フレッチャーのフレッチャー型姉妹。防空巡洋艦アトランタ。空母サラトガ、同じくイントレピッド。戦艦アイオワ。そして日本の駆逐艦朧、曙、潮と航空戦艦日向がいた。アメリカの艦娘はまだまだたくさん顕現しているのだが、友人のアルフレッド提督曰く「俺のチカラだけじゃなかなかそっちに送ってあげられなくて。Sorryリョースケ!」と困っている様子だった。

 

他にも駆逐艦ヘイウッドやサミュエル・D・ロバーツ。空母ホーネットや重巡ノーザンプトンなどなど多種に及ぶ艦娘がいるのだが…とりあえずいつでも受け入れできる態勢は整えている。

 

「こんなご時世にイギリスへ行くって大変だろうに。弟さんは一体なぜ?」

 

「父の後継ぎのためですね。会社の経営のために経営学と経済学。あとは帝王学を学ぶようです。院にも行って、イギリスでしばらくどこかの企業に就職して…それからですから、何年かかることか…」

 

「そうなのか。それは大変だろうに」

 

「それでも、お爺さんや父が守ってきた会社を後世にも残すため、と躍起になっています。頼もしい弟ですよ」

 

「Wow…AdmiralのBrother…すごい…ですね。でも…どんなCompany…?」

 

そう尋ねるのはアイオワ。戦闘の時は超ハイテンションなのだが、艤装を下ろすとメガネ姿。そしてきょどきょどとしている。そのギャップに最初は随分戸惑ったものだ。

 

「Hi!MeがIowaよ!」とあいさつをすませ、艤装を下ろして執務室に戻ってくると「あの…あの…さっきは、すみま。せん…艤装を…つけると…性格、変わって…ごめんなさい」とどちら様でしょうか?と思うほどの変わり様だった。

 

「ああ、私の苗字がそのまま企業の名前になっています。一宮コーポレーション。今は海運業を中心に様々な職種があります」

 

「え、ええええええええ!?!?!?!」

 

「うるっさ!?何よジョンストン!いきなり大声出さないでよ!」

 

「Hmm…イチノミヤ…コーポ…ああ!?せ、世界的大企業!?」

 

フレッチャーやジョンストンが驚いて目を皿にしている。サラトガも「Unbelievable…」と愕然としていた。

 

「何それ。すごいの?」

 

一方でアトランタは特に興味なさげに聞いていた。

 

「Japanになくてはいけない会社よ!海運業で今は名を馳せた超大企業よ!」

 

「クソ提督がそんなところの息子だなんて…ほんと、世の中わかんないもんだわ…」

 

「でも曙はだから何とか言って一蹴したよね」

 

「曙ちゃんはそんなことは関係なく、提督が大好きだもんね」

 

「はあああああ!?!?!?何で?何でそうなるの!?」

 

「Admiral…でも、よかったのですか?Admiralはご長男ですよね…?」

 

「私は私のやり方で父や会社を守ろう。そう思っただけですよ。普通の企業に入っても。社長になったとしても、私は苦痛でたまらなくてやめてしまうと思います」

 

「What!?」

 

「ふふ、提督はそんなちっぽけな器ではないよ。それどころか、提督の方が似合うと思うぞ?そうでなければ、この私とも出会えておらず、こんなことにはなっていないだろうからな」

 

「そうですね、日向さん」

 

「ああ」

 

「ねえ、そこでいちゃいちゃするのやめてもらえない?」

 

「へえ、提督さん。何で提督を目指すようになったの?」

 

「ふむ。では時間もたんまりありますし、少しだけ私のお話をしましょうか。ああ、少々お待ちを」

 

そう言うと一宮提督は談話室から出て行った。しばらくして、何かを手に持って戻って来た。

 

「これは私のアルバムです。父と母が私の写真を撮るのが好きでしてね…」

 

「まあ、提督の幼少の頃ですか!?わぁ、かわいい♪」

 

「ま、まあ悪くないわよね…」

 

「焼き増ししてこれちょうだいって言うくらいすごい鼻息荒くして見入ってたよね」

 

「おぼ、ぼぼぼ、朧!?それは内緒って言ったじゃない!」

 

「そうだっけ?気のせいだよ、たぶん」

 

「たぶんじゃないし!!!!」

 

「では、私が提督を目指した理由ですが…」

 

「さっきからあたしの話を無視するなー!このクソ提督!」

 

「曙うるさい」

 

………

 

彼は生まれつき特別だった。なぜなら彼の祖父、父は日本を代表する大企業「一宮コーポ―レーション」の息子だったから。父と母は普通に接してくれたが他人はそうではない。「一宮の社長の息子」と言う肩書が彼に常についてきた。

 

勉強などができれば「さすがは一宮の社長の息子」と言われる。

何かができなければ「一宮の社長の息子なのに」「息子のくせに」と言われる。

 

物心がついたときには涼介少年は人の目を常に気にし、感情の起伏が少ない幼子となった。父と母は心配した。誰に対しても平等、かつ従順だった。それ故に親族の子供からもいじめられた。親戚の家に行ったら真冬の蔵に一晩閉じ込められ、あわや凍死寸前に陥ったこともある。涼介少年は自分が死に瀕した際も、誰にも真相を言うことはなかった。

 

「自分で探検をしようと入ったら閉じ込められ、助けを呼ぶことができませんでした」

 

父と母はすぐさま嘘だと見抜き、親戚の集まりには極力参加しないことを決めた。弟の啓介が生まれてからは少し変わったが、それでも学校内でいじめられることも多かった。何も言わない、やり返さない。それがいじめを加速させていったのだが…。

 

「お兄ちゃんをいじめるな!!!」

 

弟の啓介はそんな兄を守るため、幼いながらも身長が大きないじめっ子相手にも果敢に立ち向かっていった。負けることもあったが懸命に涼介を守った。啓介は涼介と違い、運動神経が抜群によかった。それ故に彼は兄を守るため、空手に剣道などを習った。

 

「良いか啓介君。気軽にこの拳を暴力に使ってはならん」

 

空手の師範にそう言われたが「守るべきもののためなら使っても構わないですよね!」と師範に言い返し、言葉を詰まらせたこともある。涼介には負けるが啓介も勉強もできるし頭の回転も早かった。

 

「いつもごめんね。ありがとう、啓介」

「お兄ちゃんが謝ることもないしお礼を言うこともないよ」

 

いつもそう言うやりとりをしていた。仲のいい兄弟だった。それは今でも変わらない。涼介が感情を出すことができるようになったのは啓介のおかげでもある。

 

 

涼介少年は父、母の考えで公立の小学校に行かせた。私立のいいところに行ったところでくだらない者達が近づいてくるに違いないし、差別意識も高そうだ、と言う考えだった。いじめも陰湿かもしれないと思った。

 

「涼介、無理に父さんの会社を継ごうなんて考えなくていいんだよ。涼介は涼介のやりたいことをのんびりやりなさい」

 

「はい、おとうさん」

 

その言葉とは裏腹に勉強を詰め込む涼介。小学2年生ながら小学5年生がやりそうな算数の問題をサラサラ解いていく彼を見て両親は不安になった。このままでは自分の息子が親の敷いたも同然のレールを進むロボットになってしまう…と。天才だ、と思ったこともあったがやはり子供は無邪気に遊びまわる方がいい。そう思っていたためにこの状況を危惧した。

 

ある日、父はテレビで競馬を見ていた時だ。

 

「あなた、また競馬?もう、涼介がギャンブル中毒になったらどうするの…」

 

「母さん、これだけは許してほしい…確かに賭けてもいるが奔る馬たちを見るのが楽しいんだよ」

 

「もう…あら、涼?」

 

いつの間にか父の隣で競馬を食い入るように見る涼介。一生懸命に走る競走馬の姿をじーっと見ていた。

 

『今一着でゴールイン!有終の美を飾りましたーーーーー!!!』

 

絶叫のようにも聞こえるアナウンサーの声。キラキラと輝く馬と喜びを馬にも伝える騎手。馬と人が心を通わせる。その姿に何かを感じた涼介。

 

「おとうさん、ぼくもお馬さんにのってみたいです」

 

「んなぁ!?」

「えっ」

 

涼介が両親に何かをしたいと言うのはこれが初めてだった。わがままも言わない。何かを欲しいとねだったこともない涼介少年に両親は大いに喜んだと言う。

 

「よしよし!!!長野のおじさんが乗馬クラブをやっている!さっそく行こうか!」

「メイドさん!メイドさん!旅行の準備をお願いしまーす!」

 

時期は冬休み。親族の集まりも避ける口実ができた。涼介とまだ幼い啓介が毒牙にかかることを恐れた両親は「いやー、すまないねぇ。どうしても行かないといけない用があってねぇ。すまないが年越しの集まりは欠席させてもらうよ」と矢次早に伝えた。一族の企業の代表取締役がドタキャンとは…と非難されたが無視した。

 

長野、蓼科。父の古くからの親友が乗馬クラブをやっていた。競馬を引退した競走馬たちが最後の癒しの場所として過ごせるよう、オーナーが引き取った競走馬たちが10数頭のびのびと暮らしていた。

 

「やあ、すまないね突然。無理を言ってしまった」

「なに、君の頼みだ。君なら365日営業するよ」

 

「ハハハ、それはありがたい」

「こんにちは、おじさん」

 

「やあ涼介君。お馬さんに興味を持ってもらえて嬉しいよ。さて、どの子に乗りたいかな?そうだね、まずは背の低いポニーなんかがいいかもしれないね」

 

涼介はキョロキョロと辺りを見回す。そこで彼は大きな原っぱの片隅で黙々と草を食む、金色のたてがみが太陽に照らされて燦然と輝く栗毛の馬を見つめた。

 

「おじさん、あのこがいいです」

 

「む?む、むぅ…あの子かい…?しかし…あの子はかなり気性が荒くて…ああ、涼介君!」

 

涼介少年は吸い込まれるようにその馬のもとへ歩いて行った。母はあの子が興味をひかれて歩み寄っていくなんて…と思うくらい、涼介のその行動は意外だった。

 

「あの馬は競走馬時代、とても気性難でね…レースの終わりに騎手を放り出して走り去ってみたりいろいろとね…」

 

「む、涼介に気づいたぞ。何かあればすぐに行くよ」

 

涼介少年の気配に気づいた馬が草を食べることを止め、彼を見つめた。涼介少年はただただ馬を見つめる。馬もまた、彼を見定めるかのようにじっと見つめ合っていた。しばらく見つめ合ったあと、涼介が口を開いた。

 

「うまさん、こんにちは」

 

誰に対してもまずは挨拶をする涼介。無難な挨拶。これが最適解だといつも思っている。

 

「ボクはきちんと挨拶ができてえらいねぇ。さすがは社長の息子さんだ。よくしつけられている」

 

大人はこう言えばだいたい機嫌がよくなることをわかっていた。

 

ブルルル。

 

鼻を鳴らし、涼介に近づいていく。噛みついたりしないだろうか…。大人たちはハラハラといつでも飛び出せるようにはしていた。もし涼介君に何かあったら腹を切ってでも…自分でもあまり懐かれていない馬だけに不安しかない。

 

しかし大人の心配は杞憂に終わった。

 

「ふふ、あははは。くすぐったいです!」

 

驚いた。あの誰に対してもすぐ蹴りを入れようとしたり噛みつこうとする馬が子供を慈しむような目で見、顔を舐めていたのだ。涼介は笑っていた。さらに涼介は近づくと馬もまた顔を寄せ、互いに頬ずりをしていたのだ。

 

「す、すごい。あの懐かないエトが…」

「エト?」

 

「ああ、エトワール…サザンエトワール」

「おお、知っているぞ!GⅠも何勝も制した名馬じゃないか!」

 

「うむ。うちで優雅に生活をしてほしいと託されたんだ。あのたてがみがたなびくと流星のようだ、と一躍有名になったね」

 

「エトくん!」

 

「涼介?」

「おとうさん、エトくんにのってみたいです!」

 

「むう、できるかね?」

「うーむ…危険と感じたらすぐ降ろせるようにする」

 

そう言うとおじさんは鞍などの装備を持ち出し、サザンエトワールに装着させた。一度つけようとしたところ、大暴れしたので断念したのだが今日はとてもおとなしく、すんなりと鞍を着けさせてくれた。そして涼介少年がゆっくりとまたがると、ゆっくりと立ち上がり、涼介がしっかり乗っていることを確認するためか涼介と目を合わせる。

 

「あはは、エトくんはせが高いですね!」

「信じられん…暴れもしない…」

 

涼介はおじさんに一通り歩かせ方などを覚えると「いいですか?」とエトワールに聞いた。するとブルル…と相槌を打つかのようにして歩き出した。馬上から見る蓼科の草原と山々。冷たいが何だか空気が気持ちいい。涼介は笑顔だった。両親は初めて見る心からの息子の笑顔に安堵した。このまま感情がないまま育ってしまうのではないか…と考えていたのだが。

 

「あははは!!エト君!ホウホウ!!」

 

掛け声をあげるとエトワールは駆けだした。ちょっと恐怖を感じたが、すぐに慣れて風を切る感覚に酔いしれた。元競走馬だけのことはある力強く大地を蹴り、大地が弾むかのように駆ける。涼介はいろいろなことを素早く吸収する。乗馬のコツをすぐに掴み、エトワールと一体となって草原を駆ける。

 

「エト君、ありがとうございました!」

 

先ほどまでとは変わって興味がないかのように厩舎へと帰っていく。しかし、その足取りはどこか軽いように見えた。涼介は初めてとも言える親友と出会うことができた。彼のおかげで感情を取り戻した。

 

春休み、夏休み、冬休みと一宮親子は長野へ赴き、涼介は毎日サザンエトワールと野を駆けた。長野に来たときは啓介が嫉妬するほどいつも一緒にいた。厩舎で一緒に昼寝をしたり…ご飯を一緒に食べたり。エトワールにいたずらされたり。ブラッシングをしたり。すっかり彼は乗馬の虜になっていたのだ。

 

………

 

「これが私が初めてサザンエトワール君に跨った時の私ですね」

 

(かわいい)

(かわいい)

 

「提督、かわいいですー!」

 

(!?)

(!?)

 

五月雨がストレートに口に出すが、曙やサラトガ、アイオワ達は先手を取られてしまったと少し後悔した。ジョンストンは食い入るように幼い涼介少年を見ていた。フレッチャーも同じである。

 

(Admiralかわいいかわいいかわいいかわいい…)

(何よこれ…これがAdmiral?アカシに頼んだら何か薬を開発してAdmiralを小さくすることとかできないかしら?ゴクリ)

 

(それはできませんよ。私を何だと思ってるんですか)

(!?…直接脳内に…!?)

 

「提督!五月雨もこのエトワール君に会ってみたいです!」

「ああ、それは…叶わないお願いですね…」

 

「え?どうしてですか?」

「彼は私が小学校5年生の時に天へ駆けて行ってしまいました。まさしく…エトワール…星となっていきました」

 

「えっ!?」

 

「そんな…」

 

………

 

小学5年生の季節は秋から冬へ移ろうとしていた時だった。一本の電話が家に飛び込んだ。

 

「やあ、どうしたのかね?」

『いや…君たちに伝えておかないことがあってね…』

 

「……何かあったのかい?」

 

父は友人の暗い声に嫌な予感を感じた。きっと涼介とエトワール君のことだろう、と思った。

 

『エトワールが…もう何日も飲まず食わずでね…長くないんだ』

「…なんと」

 

『涼介君と仲が良かった…と言うレベルではない仲だ。啓介君と同じ兄弟のようだった。だから…伝えておこうと思ってね』

「そうか…ありがとう」

 

『君を見込んで頼みがある。最期に…涼介君に会わせることは可能かね…?涼介君が最期を看取ってやってほしいんだ。それまでもつかもわからんが…』

 

学校がある…いや、それどころではない。親友、兄弟。そんな彼の最期を看取れず、報告だけ…そんなかわいそうなことは涼介には…させられない。

 

「わかった。涼介に聞いてみよう。また連絡するよ」

『すまない。恩に着るよ。俺も…エトに頑張れと声をかけ続けるよ』

 

電話を切ったあと、自分の部屋で絵を描いていた涼介に声をかける。

 

「涼介…」

「はい、お父さん。どうしたんですか?」

 

「大事な話がある。落ち着いて聞きなさい」

 

真剣な表情。何かある。僕に関する大事なこと。ちゃんと聞かなければ。

 

「エトワール君が…」

「エト君が…?」

 

「もう…長くないらしい」

 

それはつまり、もう亡くなってしまうと言うこと。レースを動画で振り返ったりもした。何度も背中に乗せてくれて、一緒にお昼寝をしたり…にんじんをあげたら大喜びで食べてくれたり…僕の大切な…お友達。

 

「おじさんがね。最期に顔をみせてあげてくれないかと言うんだ。学校を休んでしまうことになるが…「行きます。会いたいです。エト君に。そんなことなら…僕は…」」

 

「大丈夫かね?」

「はい………覚悟は…できています。行きます」

 

この子は強いな…いじめにも耐え…親友の死にも覚悟を決めたとは…この子は将来大物になりそうだ。

 

「お話は全てお聞かせいただきました。準備はできております。どうぞいってらっしゃいませ」

「三田村さん…ありがとう」

 

「あなた、車は玄関に回してくれているみたい。行きましょう」

「ああ!行こうか、涼介」

 

「うん!」

「お兄ちゃん、大丈夫?」

 

「……エト君を見てからでないと…わからないかな…」

 

服のすそを掴んでいた啓介。兄の体は…ブルブルと震えていた。

 

………

 

「エト君!」

 

ファームの入り口に着くと涼介は車から飛び出し、駆けだした。しかし…厩舎から出てきたのは…よろよろと…それでも具合など悪くはないぞ、何しに来た、とでも言わんばかりに涼しい顔をしてやってきた…サザンエトワールだった。父は見るからに…ガリガリに痩せた彼を見て絶句した。おじさんも…歩けるはずがない…馬鹿な…と言う顔でエトワールを追いかけていた。

 

「エト君!動いてはいけません。さあ、厩舎に戻りましょう」

 

彼が涼介の顔に顔を近づけ、頬ずりをする。優しくその顔を撫で、諭すようにエトワールに厩舎に戻るように促す。ブルル…と言いながら涼介に連れられて厩舎の自分の部屋に戻る。しかし…そこまでだった。彼は力尽きたかのように膝をつき、横になった。

 

「エト君…」

「いつも澄ましてはいたがね…いつも涼介君たちが乗った車の音を聞くと早く出せと言って暴れるくらいだった。それくらい…涼介君のことが大好きだったんだよ」

 

その言葉を聞いて涙が出そうになった。だが、涼介少年はまだ堪えた。まだだ。まだ…泣いちゃいけない。今、命の炎が消える親友を見送ってからでないと。今僕が泣いたら…親友は心配してしまうかもしれない。幼い心はそう考えていた。

 

「エト君…エト君との素敵な思い出…全部…全部…忘れませんから」

 

ボフー…と大きく息を鼻から出した。優しく撫でてくれる親友の小さな手。その感触を最期まで確かめるように。その優しさをしっかりと受け止め…サザンエトワールは…ゆっくりと目を閉じ…眠るようにまさしく星となった。

 

「待って…いたのか…涼介を…」

「…来てくれてよかった…本当に…本当に…よかったなぁ…エト。最期に…一番のお友達が来てくれたぞ…よかったなぁ…ふぐぅ!!!!」

 

誰もが泣いた。しかし…涼介だけは泣くことはなかった。いつまでも。いつまでも。親友の顔を撫で続けていた。

 

『これだ!!!これだ!!!!!目に焼き付けよ!!!!これが!!!!!サザンエトワールだあああああああああ!!!!!!!』

 

力強く走るサザンエトワール最後のレース。それは少年の心を鷲掴みにした。黄金にたなびくたてがみを揺らし、ターフを駆けるサザンエトワール。それに対して少年を気遣うかのようにゆっくりとなるべく衝撃を与えないように草原を走るサザンエトワール。親友。兄弟。優しいお兄ちゃんだった。でもいたずらをして泥をかけてきたり、わらをかぶせてきたり…子供のようでもあった。短い間だった…でも、その兄弟の絆は…確かなものだったと思う。

 

『南の夜空に黄金に輝きし一等星にも負けぬ星。その輝きは永遠に』

 

「近いうちにこの文を記した墓碑を建てようと思う…今は…すまないね。こんな簡素な十字架で。エト。お疲れ様だったね…天国でもそのきれいなたてがみをたなびかせて走るんだよ」

 

「涼介…最後のお別れよ。今から…エト君はお墓に入るからね…」

 

母に促され、たくさんのお花を一生懸命エトワールの周りに供える涼介。そして最後に再び顔を撫でて…墓穴から出た。

 

「エト君…ありがとう…僕は…エト君のおかげで…おかげで…笑う…わら…う、ううう…さ、さよう、なら…エト…うう、うわああああああああ!!!!!!」

 

さようなら。そう言うと同時に父とおじさんがサザンエトワールの亡骸に土をかぶせていく。涼介は母に抱き着き、声をあげて泣いた。親友との別れ。それは自分の半身を引き裂かれるような痛みだった。たくさんの思い出をもらった。優しさをもらった。笑うことを教えてもらった。親しいものの死。それを涼介少年は学んだ。たくさんのもの教えてもらった。ありがとう。ありがとうエト君。これからも、僕を見守っていてね。

 

………

 

「防衛大学に入って以降は長野にも行けておりませんが…たまにおじさんとは連絡を取り合っていますよ…おや…」

 

エトワールの事を話し終えた。その時、談話室の艦娘は全員泣いていた。

 

「ど、どうされたのですか、皆さん?」

 

「うう、うううう!!なんて…なんてお話なの…」

「でいどぐうううううう!!!!」

 

「グスッ…そうか。そういう出来事も乗り越えていた。それが提督の強さなのだな…」

「日向さん?」

 

「心配するな…私達はこの戦いが終わるまで死ぬことはないぞ。提督もいるしな」

「日向さ、むぎゅっ」

 

「えぐっえぐっ…エトワール君…!」

 

どうやらこの話は艦娘の皆さんには重かったでしょうか…?とちょっと話をしたことを後悔した…かもしれない。サラトガも少しだけ目に涙を浮かべているし、フレッチャーやジョンストンも大泣きしているし…少し困った顔をする一宮提督。

 

「そ、それでは少しピアノでも弾きましょうか…」

「そ、そうしてください…」

 

サラトガにそう言われ、彼は私費で購入した趣味の一つ、ピアノを弾くことにした。しかし、彼はこの時選曲を間違えてしまったのだ。なぜなら彼が弾いたものは…ショパンの「別れの曲」だったからだ。親友との別れを悼むかのようなこの曲に、さらに彼女たちの涙腺は崩壊することとなってしまった。

 

「こ、このグゾでいどぐ!!!!あだじだぢをもっと泣かせる気なの!?」

「うわああああああんん!!!!!!」

 

「えっ!?ああ、いえ、違うのです!あの、その…この曲が得意な曲でしたので…」

「ぢょっどはがんがえなざいよバガアアアアアア!!!!!!」

 

「Admiral!!ううう、わああああああ!!!!!」

「アイオワさん!?」

 

「こらアイオワ。何をする」

「うううううう!!!」

 

「ふふ…」

 

この中でアトランタだけが笑っていた。

 

(これだからここは居心地がいいんだよね。優しいけどどっか抜けてるこの提督さんがいるから、ね)

 

サラトガが皆を泣き止ませるのに必死だった。しかし、しばらくはこの提督が語った素晴らしき馬の事。そして写真。少しだけ切らせてもらってお守りにしたたてがみを見せるとまた泣き出してしまうのだった。その度にまたサラトガと提督が必死に落ち着かせる。

 

………

 

「おほん…失礼しました…」

 

「本当よ!まったく!」

 

目を真っ赤に腫らしたジョンストンが怒ったように言う。泣けるお話にさらに涙を誘うピアノ演奏曲。泣かない方が無理であった。フレッチャーに関しては泣いた後の顔を見られるのが嫌なのかずっとバスタオルで顔を隠している。

 

「あの…フレッチャーさん…?」

「見ないでください提督…このようなお顔をお見せするわけにはいきません」

 

「…その…すみません…」

「ま、いいんじゃない。提督さんのいいお話が聞けたんだし。あたしはよかったよ。感動したし提督さんの優しさが伝わるお話だった」

 

「アトランタさん…ありがとうございます」

「それで?もっと提督さんのこと聞かせて?」

 

(あら、あらあらあら…アトランタったら♪)

 

イントレピッドがアトランタを微笑ましく見ていた。そんなにHoneyが好きなのね♪と嬉しくなった。アトランタは本国で強力な防空巡洋艦と言うことで重宝された。が、それだけに対空戦においてはひっぱりだこであり、酷使された。褒められることは少なく、枯らせと言っただろうがと怒られてばかりでやる気がなかったのにさらにやる気がなくなり、信用は墜ちていった。イントレピッドやサラトガ、アイオワはかなり気にかけていたがある日怒り限界が来て出撃をサボった。

 

結果として解体されそうになったのだが、アルフレッド提督が「大事な防空巡洋艦だからって言うけど使いすぎだ!大事にしていない!」と激怒。このままではアトランタは人を信用せず、大問題を起こしてしまうか轟沈してしまうと危惧した。

ここは横須賀にイギリス艦の面倒を頼んだアーサー提督と同じく、友人で提督である一宮提督に預けようと考えた。

 

アトランタは最初からなぜか彼を信頼した。目が本国の連中と違う。どこか悲しそうで、でも優しい目をしていた。無関心だったアトランタが興味を持った人。結果はここに来てよかったとポロリとイントレピッドには言ったくらいだ。

 

「そうですか。ではピアノの事でもお話しましょうか」

 

そう言うと一宮提督はまたピアノを弾きだした。彼の十八番、ショパンの「幻想即興曲」を弾いた。皆が聞き惚れていた。そうして弾き終えた後、一宮提督はピアノを趣味にした理由を語りだした。




一宮提督ももしかしたら大府のような人間になっていたかもしれない。それを揺り動かしたのは馬でした。彼もなかなかに「大企業の社長の息子」と言うことで苦労してきています。そんな彼をこのような優しい青年にしたのは乗馬、ピアノ、絵画と言う趣味を持つに至った人物や動物との出会いが元になっています。

次回はピアノ、そして絵画について。最終的には彼が提督を目指した理由を書いていきたいと思います。

それでは、また。
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