提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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七原提督と山風の出会ってすぐのころのお話です。
今のようになるまでに七原提督は相当苦労しています。


第二百五十話

七原提督が岩川基地に着任して4ヶ月くらい経っただろうか。岩川基地は初期艦涼風。片足を義足で過ごす厨房を任された瑞穂。片目の見えない金剛、片手が義手の伊勢のみの寂しい状態だった。

 

むしろ戦艦が2人いることがよかったのではないだろうか。しかし、今は練度向上と片目、片手での戦闘に慣れることが最優先であり、戦艦としての戦力も低い。戦力が低いことは他の提督としてはいらないと言う所であるが、七原提督はそうではない。大切に、大切にこの4ヶ月を皆と過ごしてきた。

 

「は、はい?駆逐艦山風ちゃん…ですか?」

 

『ああ。涼風の姉になる。問題はあるがな』

「やっぱりですか…」

 

『なんだ?嫌か?何なら俺が面倒見るぜ』

「いえ!見ます!見させてください!」

 

『フン。だったら最初からそう言え』

「すみません…」

 

何を言っても面倒を絶対見ると言う七原提督であるが、問題があると聞くと一旦息を飲む。今度はどんな娘がやってくるんだろう。うまくやれるかな…そう言う不安で圧し潰されそうになる。

 

「ノープロブレムネー!」

 

金剛や瑞穂の励ましで何とかなっているが。

 

 

『精神が幼すぎる。しょんべん漏らしたり泣き喚いたリ。とにかく人の言うことを聞きやしねえ。おまけに構うなだってよ。で、怒鳴ったりしたら癇癪起こして手が付けられねえ。パニック障害だってよ。どうする?』

 

肉体的に問題ではなく精神面の問題か。涼風も時々いらないと言う言葉を言われたことを思い出して泣き出したりするが、それよりももっとひどいのか。しかし、答えはただ1つのみ。

 

「こちらへ送ってください。責任を持って面倒を見ます」

『キャパオーバーで面倒見きれませんとか言うんじゃねえぞ?』

 

「絶対言いません!」

『フン。その言葉、信じて送ってやるよ。せいぜいパニックがすぎて殺されねえようにしろよ?』

 

「は、はい!」

 

受話器を置くと大きくため息を吐いた。やっぱり刈谷提督…いや男の人は苦手だ…威圧的で…こっちを下に見て…嫌になる。

 

実際には刈谷提督は七原提督を高く評価しているし、問題ある艦娘ばかりを押し付ける形になってしまって申し訳ないと思う気持ちが強いが、ああいう性格なので素直にそれを言わない。丸くなってから七原提督に「ま、大変だろうけど頑張れや」などの激励(?)を送ったりはし始めているが。

 

「山風の姉貴!?提督ほんとか!?」

 

「うん。山風ちゃんだって。ただ…精神的にすごい問題を抱えているみたい…」

 

心の病。これは現代の人間においては多くの人が患うものだ。仕事などでもそうだが、今はこんな世界。深海棲艦の恐怖に怯えた果てになる者。深海棲艦に大切な人を奪われたことなど、心療内科医が足りないくらいの患者がいる。

 

艦娘も然りだ。姉妹を失う。仲間を失う。仲間が目の前で凄惨な最期を遂げるところを見てしまったなどで「心」を持つが故に病む。そうして艦娘専用の精神病院が建てられるくらいだ。そこでは虐待を行っていると言う話も聞く。

 

………

 

「おや、おやおやおやおやおや。何も知らないお嬢さんを汚していくのは楽しいですねぇ!今の貴女は無知です!何かを知る悦びを知りましょうねぇ!ほーら!そんな貴女に計算ドリル!!!」

 

「ホホホホホ!!!!知らない男に体をまさぐられる屈辱はいかがですかねぇ!?見てください!この泡!真っ黒ですねぇ!!!体をまさぐられ、体をきれいにされる快感はいかがですか!?おやおや、お湯を浴びて体が震えていますねぇ!」

 

「ハハハハハ!!!!ご覧なさい!これが貴女の汚れです!あ、動かないでくださいよ。お子様歯磨き粉ぉ?そんなものはありません!ミントでスカッとなさい!!」

 

「ひ、ひい…いや…いやぁ…お風呂に入らないと体がかゆいのぉ…!歯磨きしてぇ…!!お口がべたべたで気持ち悪いのぉ!」

 

「アヒャヒャヒャ!!!私好みに染まってきましたねぇ!!!!」

 

実際にはおそろしいぎゃくたいが待っているとか。

 

………

 

そっちに送ればよかったのでは、とも思うのだが、七原提督の実績を上に報告させるためだ。山風はまだ壊れてはいないし、立て直しは可能であると刈谷提督は判断した。これが後に七原提督の評価を大きく変えることになるのだ。

 

「とにかく、お迎えをする準備をしないといけませんね。お部屋は…どうしましょうか?」

 

「うーん…精神的にだとわたしがつきっきりのほうがいいかな?わたしのお部屋の隣が空いてるからそこにしよっか。私もお掃除するよ!!」

 

「書類は任せるデース!涼風―!フォロミー!!」

「がってんだぁ!!」

 

山風を迎え入れる準備をしながら、どんな子だろうか。うまくやっていけるかな。ちゃんと笑ってくれるようになるといいな。そんなことを思う。

 

………

 

「提督。山風ちゃんをお連れしました」

 

「あたし…白露型駆逐艦…そのはち、はち…」

 

「8番艦の山風ちゃんだよね?ようこそ、岩川へ~」

 

「ひっ!?」

 

自分が声をあげただけでへたり込むほど怯えていた。目は大きく開いているし、カチカチと歯を鳴らしているし…ここまでとは。

 

瑞穂が案内した時はおとなしく…僅かに震えながらでも手を引かれてきたと言うことだが…これは提督に対して過剰な恐怖心を持っている。一体どんな目にあったらこんなに…?たしか予備知識では山風は気が弱く内気だ。しかし、ここまでではなかったはず。

 

「あう、ああ、うあ…ああう…」

 

「山風の姉貴…?」

 

「あ、ああ…あっ…」

 

へたり込んだ山風の周りには水たまりができていく。つまりは…。

 

「あ、ああ、ご、ごめんね?わたしが怖かったよね…?ごめ「あああああああああああ!!!!!!!!!!」」

 

「「!?!?!?!」」

 

大声をあげて泣き出す山風。失禁をしてしまったことでさらにパニックになってしまったらしい。

 

「ごめんなさい!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!!」

 

「山風ちゃん!」

 

「テートク、ノー!!」

 

「えっ!?」

 

「今山風に抱き着いたら余計にひどくなりマス。瑞穂、山風の着替えを持ってきてあげてくだサーイ」

 

「あ、あう…」

 

「はい!さあ山風ちゃん、まずはドックへいきましょうか。あ、お風呂ですよ。まずはきれいにしましょうね」

 

「あああああああああああ!!!!!!!!!!」

 

悲鳴のような泣き声をあげながら連れていかれた。伊勢と涼風がおもらしをした場所を丁寧にきれいにしていた。

 

わたしは…何も…できない…?

 

「うーん、あれはちょっときついねー。提督、大丈夫?」

 

「う、うん…」

 

呆然とするしかない。何も、できない。刈谷提督に任されたことも…わたしはできないの?やっぱりわたしは…提督としては…無能なんじゃないかな…?そんなマイナスの言葉ばかりが脳を駆け巡る。

 

「テートク!しっかりするデス!!!」

「は!?」

 

「テートクが見放したら全部全部終わりデス!山風を!守れるのは!テートクしかいないんデス!諦めるのが早すぎマス!気合い!入れて!いってくだサーイ!!!」

 

何かに躓いた時、七原提督はネガティブになり思考が停止する。今まで自分のチカラでは何もできなかったと思い込んでいるからだ。家族を助けられなかったのも。施設の先生の悪口を言われるのも。自分を変えてやろうと先生の悪口を言った男子は椅子で大変な目になるまで殴ってしまったが、それはいけないことだと教わった。そして、やはり無力だ…と思った。

 

死のうと思ったこともある。しかし、恐怖が勝って手首を切ることすらできなかったし、それが見つかった時は先生に泣きながら怒られた。もうしないと誓った。

 

「うん…うん…わかった…でも、ね…金剛ちゃん」

 

「ハーイ」

 

言わずともわかっていた。そっと金剛が提督を抱きしめる。

 

「怒ってソーリー…」

「ううん…金剛ちゃんは悪くない…う、うっ…うわああああああん!!!!」

 

「提督…あたしたちもいるからさ。頑張ろうよ」

「伊勢、それはワタシのセリフデシタ…」

 

「あー、そんな怖い顔しないでよあはは」

 

この本当なら弱い提督を支えることも自分たちの役目…金剛と伊勢は良いお姉ちゃんのような存在であった。瑞穂も同じである。

 

「提督ぅ…泣くなよぉ!よしよし!」

 

涼風は言葉などは足りずとも妹のような存在。しっかりと提督を支えるのだ。

 

山風を怯えさせてしまった罪悪感と何もできないと言う無力感が七原提督を打ちのめした。今までとは違うパターンだ。初めての事では仕方がない。そう何度も金剛も伊勢も言う。

 

「でも…わたしだって…いろんなひどいことを言われてきたのに…」

 

「山風はテートクのように誰かに守られていたわけではありません。だから、うまくいかないのは仕方ないことデース」

 

「そうだねぇ…あの子はかなり…心を病んでるねぇ…目がすごい濁ってた。どうしたらあんな風になるんだろうねぇ…」

 

そうしていると瑞穂が戻って来た。かなりやつれている…。

 

「瑞穂…ちゃん」

 

「山風ちゃんは一旦お部屋に入っていただきました。提督に変な態度を取ってしまったことを謝りたいと…」

 

「うん…わたしは怒ってないから」

 

「ですが…提督に会うのは怖いとも」

 

「そうだよね…」

 

「理由は私にもわかりません…ですが、謝りたいと言う感情と会いたくないと言う感情が一緒になって…そこに提督と対面したことでパニックになったのでしょう」

 

「提督に対して何かすごい恐怖心を持っていたね。たぶん、めちゃくちゃに言われてたのかもねぇ」

 

伊勢の推察は鋭い。異常なほど提督に怯えていることから…きっと提督に酷い目にあったのだろうと。それは刈谷提督からも聞いていた話だ。

 

「ごめんね…みんな。わたし…こんな…泣いてられないのに…」

 

「提督はあたし達に甘えてほしいなぁ。あたし達は甘えさせてくれるのに提督は全然甘えてこないんだもん。あたし達だって提督に甘えてほしいなぁ。じゃないと提督が疲れちゃうじゃん」

 

「提督…どうか瑞穂たちも頼ってください…」

 

「う、うう…ごめんね…うん、うん!」

 

家族が亡くなって以降、誰にも甘えずに生きてきた七原提督。ジッと我慢し、施設の先生にも甘えず、自力で全てを何とかしてきた。艦娘もそう強くは言えなかったせいか、金剛たちに甘えることさえしなかった。けれど提督自身は「いっぱい甘えてね!」と言うものだから困っていたようだ。

 

この一件以降、七原提督もしっかりと金剛たちに甘えるようになった。そして、あるシステムを思いついた。

 

「休憩の時や執務以外の時間はわたしのことを名前で呼んでほしいな。その方がわたしもみんなに甘えやすい…かも」

 

岩川基地の現在まで続く風習。執務以外ではすみれと呼ぶ。これで山風の警戒心が少しでも薄れれば…と言う思いもあった。

 

最悪の出会いから2日後、瑞穂のお世話のかいもあってやっと執務室に山風が現れた。それまでは瑞穂の部屋にいたらしい。しかし、食べない、寝ない。同時に食べ物もろくに与えられていないのか、やせ細っている。目元は隈で黒い。この子が安心できる環境を作らないと!

 

「すみれちゃん、山風ちゃんをお連れしましたよ」

 

「ありがとう瑞穂ちゃん。ど、どう、かな…お話…できる?」

 

「………」

 

コクリと怯えた目をしているが頷いた。

 

「わたしは七原すみれだよ。よろしくね、山風ちゃん」

 

「…や、山…やまかぜ…です…」

 

「うんうん!よろしくね~。あ、瑞穂ちゃん!」

 

「はい。さあ、アップルパイを焼いてみました。山風ちゃんどうぞ」

 

お皿に切り分けられたアップルパイ。食事は与えられていたが質素なものだった。こんな…お腹が鳴るような食べ物は見たことがない。鼻腔をくすぐる甘い香り…昔の提督が食べていた甘いと言われる食べ物か。くぅ~とお腹が鳴る。

 

「山風ちゃん、遠慮なく食べてね」

「さあどうぞ!瑞穂ちゃんのアップルパイは絶品だよ~!」

 

お腹は空いている様子だ。アップルパイを見てよだれをタラリと垂らしている。瑞穂のお菓子は絶品だ。金剛も伊勢も、涼風も…そして提督も絶賛する。そんなお菓子をお腹が空いた山風が無視できるはずもない。しかし、山風はそんな状態でも恐怖が勝るらしく、テテテと距離を取って隠れてしまう。

 

「あ、あれ?山風ちゃん…お腹は空いていませんか?」

「ううん、とってもお腹が減っているはずだよ?どうしたのかな?山風ちゃん?やーまかーぜちゃん?」

 

山風は目を逸らし、提督達もアップルパイも見ないようにする。なるほど…ここまでとは思っていなかったが…。しかたがない。ここは無理やりでも…嫌われてでも食べさせよう。

 

「山風ちゃん…」

「う、うーん…瑞穂ちゃん、どうしよう?わたしはもう食べちゃったし…お腹一杯だよぉ」

 

「はい…皆さん食べてしまいましたからね…瑞穂ももうこれ以上は食べられませんね…」

「そっかぁ…じゃあしょうがないね…これはせっかくだけど捨てちゃう以外ないよね」

 

本当は冷蔵庫に入れておけば食べられるのだが、捨てると言ってみた。瑞穂は一瞬驚いた様子だったが提督が何を考えているかを悟ったらしい。

 

「そうですね…もったいないですけど…」

 

そう言うと山風はハッて慌てて出てきた。

 

「ご、ごめんなさい!たべる!食べます!」

 

そう言って席につく。瑞穂がにこっと笑ってアップルパイを切り分けた。そうするとおそるおそる…と一切れを口にする。もくもくと食べているとほわぁ…と顔がほころんだ。それを見て提督も瑞穂もホッとして笑った。そのあとは山風はガツガツと言う表現がふさわしいほど食べた。相当にお腹が空いていたらしく、大きなアップルパイは全て山風の腹の中に消えた。

 

(ごめんね山風ちゃん。でも、こうしないと山風ちゃんにはよくないと思ったから…)

 

こうして山風の最初の一歩。食べると言うことを無理やりではあるが覚えさせた。

 

アップルパイ。プリン。桃のタルト。肉じゃが。野菜炒め。ハンバーグ。

 

とにかく食べさせた。山風は出されたものは全て食べた。好き嫌いはない。後に語っているが全部がおいしく食べられた。好き嫌いって何?と言う涼風からしたら耳が痛い言葉となった。

 

細くて枝のような腕も。足も。あばらが浮いていた体も。ふっくらとして女の子らしくなった。涼風が「なんで…?」と言うくらいのいいスタイルとなったわけで。

 

お風呂も献身的に提督と瑞穂が世話をした。そうして今に至るまで山風はお姉ちゃんこと提督と瑞穂にべったりである。

 

「よーし、今日もお風呂にはいろー!」

「え…い、いいの?」

 

「女の子は毎日おしゃれで清潔であれ!お風呂に入らないとかゆくなっちゃうよ~」

「……やだ」

 

「イエース!バスターイムは大事にしないとネー!」

「ティータイムも!」

 

「オウイエース!!それじゃあフォロミー!みなさーん!ついてきてくださいネー!」

「はーい!ついてくついてく~♪」

 

「え、あう…ついてく…ついてく…」

「ついてくついてく♪」

 

山風の口癖、ついてくついてくはここから始まった。後ろを「ついてくついてく」とぽてぽてついてくる様は七原提督のかぁいいモードのゲージをカチ上げるには最高だった。この頃はまだ抱き着くこともできなかったが、手を繋ぐことくらいはできた。しっかりと手を握ってくる山風に、七原提督はかぁいいモード全開だったらしいが、大きな声を出したり急な行動をするとパニックに陥るのでブレーキを思いきりかけていた。

 

山風は提督と呼ぶことに恐怖を覚えていた。何かを話しかける前に提督と言おうとするのだが、「提督」と言う言葉に恐怖していたのだ。提督と言えばすぐ様に高圧的な態度が返ってくるからである。

 

「あ、あの…て、てい、ていと…うああ…」

「ん?どうしたの山風ちゃん?なぁに?」

 

七原提督は高圧的な態度はとらないと理解していても、傷が深すぎる。山風の心に刻み込まれた「提督」と言う重圧は他の艦娘には理解されないほどだ。岩川の艦娘は誰もが七原提督以外に不信感を持っている。裏切られ、捨てられた者達だから。提督と言う言葉の重圧は彼女たちだからこそわかる。

 

「あ、山風ちゃん。わたしのこと、お姉ちゃんって呼んでみるー?」

「えー!?何だよそれ!あたいも呼びてえよ!」

 

「涼風ちゃん?うん、いいよ~」

「えっへへー!じゃあ…えっと…姉ちゃん!」

 

「はぁぁううう!!!涼風ちゃんかぁいいよぉ!!!」

「ぐえーー!ね、姉ちゃん…し、しまるぅ…!」

 

「まあまあ…すみれちゃん…危ないですよ」

「ふぇ?瑞穂ちゃん…すみれちゃんって?」

 

「瑞穂はお姉ちゃんと言うのはちょっと…だから、お友達のようにすみれちゃんって」

「オーウ!瑞穂、ナイスアイデアデース!ワタシもスミレと呼びマース!」

 

「へーいいねぇ。じゃ、あたしもすみれっちって呼ぼうかなー」

「えへへへ、何かこれ…恥ずかしいけど楽しいね!」

 

「ですが、執務中はさすがに良くないと思いますので…執務中以外にしましょう。刈谷提督からの電話中などにすみれちゃん…などと言ってしまうと…」

 

「ぞおおお!!だめだめだめだめ!絶対ダメ!」

「ですよね…」

 

「で、でも…山風ちゃんは…提督って言いにくいならお姉ちゃん呼びでずっといいからね!」

「あ、あう…」

 

そういうとテテテテ…と部屋へ帰ってしまった。この時の山風は提督の優しさが怖かった、と言うのが本音だったそうだ。優しさがわからない。こんな気持ちは知らない。どうしたらいいかわからなかった。

けど…あの人たちは悪いことはしない、とも思い始めていた。

 

笑顔…大きな声を出したりしない…ご飯もおやつもくれる…やさ…しい?胸が…あったかい…。

 

「おねえ、ちゃん…おねえちゃん…」

 

山風は1人でお姉ちゃんと呼び続けるのだった。

 

「ふふ、ふふふ…」

 

………

そうして山風は意を決したのだ!

 

「て、てい…」

「ん?なぁに?山風ちゃん」

 

少しばかりの恐怖と…勇気で声が震えている。

 

「ていとく…お、おねえ…ちゃん」

「………」

 

提督はもうこの時点で目を輝かせて山風を見ている。涼風と瑞穂が、提督が飛びかかろうものならすぐにでも首根っこを摑まえることができるように準備をしている。

 

「あ、あう…ご、ごめんなさい…」

「も、もう一回言ってみて?」

 

「あう、え、ええと…お、お…」

「お?」

 

「おねえ…お姉ちゃん!」

 

顔を真っ赤にし、目をぐるぐるさせて言いきった。言っちゃった…お、怒られるかな…なんか…プルプルしてるし…。そう思って逃げようかと思った時、顔を上げた提督の目はハートになっていた。そして…神速で飛びつかれた。

 

「はああああうううううう!!!山風ちゃんかあいいよおおおおお!!!きょ、今日は1日抱っこしていいかな!かな!!!!はううう!!!!!お姉ちゃんだって!涼風ちゃん聞いた!?お姉ちゃんだって!!!!!今日は瑞穂ちゃんにお赤飯ば炊いてもらうど!!!!!!」

 

「提督!言葉言葉!!!」

 

この日、危うく本当に赤飯になるところだった。それよりも瑞穂が「山風ちゃん、今日は何が食べたいですか?」と聞いてくれた。

 

これも瑞穂が考えた山風の自主性を促すようにした質問だ。自主性がなく、提督の後ろをついてくるようになってきたわけだが、何が食べたい?何がしたい?と聞くとしどろもどろになる。何も答えられない。だから、少しずつあれがしたい、これが食べたいなどと言う言葉を山風から聞きたかったのだ。

 

「え、えと…えっと…あ、あうう…」

「何でも作りますよ」

 

にっこりと瑞穂は笑って山風を待つ。オロオロとしていたが…。

 

「……えっと、とんかつ…」

「と、とんかつですか…?」

 

「あ、ご、ごめんなさい…」

「い、いいえ!うふふ、わかりました!おいしいとんかつを作りますね!」

 

「ハイハイハイ!!ワタシキャベツの千切り特盛でお願いしマース!!!」

「カラシいっぱいつけてね!!」

 

どこから聞きつけてきたのか金剛や伊勢まで飛び込んできて晩ご飯のリクエストを始めた。瑞穂がはいはいと困った感じではあったが嬉しそうだった。

 

「じゃあわたしもお手伝いするー!瑞穂ちゃんについてくついてく!」

「ふぇっ!つ、ついてくついてく…」

 

「ああん!山風ちゃんかわいい~!!!」

 

瑞穂まで山風に抱き着いてよしよししていた。山風はこの頃には抱きしめられることを苦とも思っていない。台所についてくついてくと言いながら瑞穂と提督についていく。

 

サクサクと揚がった衣の感触を楽しむように山風はとんかつを食べていた。瑞穂のとんかつが大好き。マイタケの天ぷらなんかも好き。瑞穂の飽くなき揚げ物への探求。サクッパリッジュワッ。これをとんかつなどでは探求する。エビフライやえび天は職人の域。

 

「おいしいね、山風ちゃん!」

「うん…」

 

「よかったぁ」

 

この幸せな時を山風はとんかつと一緒に噛み締める。

 

………

 

ある夜、山風は夢を見た。

 

 

「声が小さい!はっきり物を言えよ!!!おどおどと!!!」

「全然懐きもしないし協調性もない!何なんだお前は!!!」

 

「コソコソコソコソと!!そんなに俺が嫌いか!!ならとっととどっかへ行け!」

「ぼそぼそしゃべるな!鬱陶しい!来い!気に入らんから営倉に入れてやるわ!!!!」

 

「泣くな!!!!やかましい!!!!!」

「あー!もう邪魔だ!!!!消えろ!俺の前から!!!!」

 

………

 

「君さあ、構わないでって言うけどさ。戦闘に出てもすぐ大破するし、鬱陶しいんだけど?」

 

「また山風か…反抗的な目が気に入らないんだよ!!!!」

 

「ごめんなさいじゃないだろう!!!!」

 

………

 

飛び起きた。何で思い出してしまったんだろう。嫌な記憶。蓋にしまっていたのに。あんなの、思い出したくもないのに。いや、怖い。怖い。

 

少し動こうとすると嫌な湿り気。掛け布団を弾き飛ばすように蹴ると…パジャマと布団には濡れた跡。そう、やってしまった…。ここに来た時にはよくやってしまっていたおねしょだ。恐怖と嫌悪のあまりやってしまったのだろう。いつもなら「お姉ちゃん、ごめんなさい」と言って起こすのも問題はないのだが…今日はそれどころではない。

 

どうしよう。どうしようどうしようどうしよう。いらないって言われちゃう。こんな悪い子。いらないって。お姉ちゃんがあの人達みたいに怖い目で冷たくいらないって言ったら…?

また…漏らしちゃった…あ、ああ…あああ…。

 

「あああああああああああ!!!!!!!!!!」

 

叫んだ。普段の山風からは想像もつかないような叫びだった。彼女はもう叫ぶことしかできない。

 

「山風ちゃん!?」

 

提督が飛び起きてやってきた。それを見た山風がさらに叫び声をあげる。

 

「ああああああああ!!!!ギャアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」

 

「山風ちゃん!?どうしたの!?山風ちゃん!あ…」

 

叫ぶ山風。電気をつける。布団とパジャマに染み。そうか。

 

「あ、ああ…おもらし、しちゃったんだねぇ。大丈夫だよ。お片付けしよっか。ベッドがダメになっちゃう。ね?」

 

「う、うああああ…ひいいいい!!!!」

 

「大丈夫。大丈夫だよ。ね?」

 

抱き着こうとしたが…。

 

「ガウウウウウウウ!!!!」

「うあっ?!」

 

パニックになってしまっていたため、その手で打たれると思ったのか、山風は噛みついてしまった。それもセーブなし。山風の歯が深々と七原提督の腕に刺さる。

 

「うううううう!!!!ううううううううううううう!!!!」

「ぐぅっ!?」

 

それでも空いている腕で山風を抱きしめる。額に大粒の汗をにじませながら…ゆっくりと山風の頭を撫でる。

 

「怖い夢でも見ちゃったかな?怖かったね…よしよし」

「ううううう…」

 

おねしょの染みにドボドボと流れる提督の血。鉄の匂い…生臭いような…生ぬるい口の中の感触。

 

「よしよし…お姉ちゃんがいるからね。大丈夫…怒る人はいないよ」

 

噛まれている激痛と血が流れ出る恐怖で震えている提督。それでも山風のために冷静さを崩さない。

 

「スミレー!?ワッツ!?」

「すみれちゃん!山風ちゃん!?」

 

この時の金剛と瑞穂曰く「虫の知らせ」だったらしい。2人して嫌な予感がして飛び起きてやってきたらしい。すぐさま金剛は救急車を提督の部屋の電話から呼んだらしい。後のことはよく覚えていないと提督は言う。とにかく大丈夫と安心してねだけを山風に言って優しい笑顔。瑞穂が言うには聖母のようだったと言う表情で山風を宥めていたと言う。

 

山風は救急車が来る直前まで提督の腕に噛みついたまま。そのあとは放心状態だったと言う。ベッドは結局買い替え、一式をそろえることになった。提督はそのまま何針も縫う大怪我。入院が必要だったらしいが絶対に嫌だ。入院するなら死ぬとまで言い出し、医者を大層困らせた。

 

「いや~ごめんねぇ。しばらく執務ができないの~」

 

「いやいやいやいや!!執務ができねえとかじゃなくて安静にしてろっての!!!」

 

涼風にも伊勢にも怒られ…山風には大泣きされた。

 

「山風ちゃん。わたしは絶対に山風ちゃんを嫌いとか、いらないとか言わないからね?大好きだよ…山風ちゃん」

 

「お姉ちゃん…あたしも…あたしも…好き!」

 

ケガが完治するころに2人きりでしっかりと話し合いをし、そして一線を超えたとか。

 

不遇な扱いを何とかしようとか。かわいそうだとか。そんなことは思っていなかった。ただただ山風が愛しい。それだけだ。山風だけじゃない。涼風だって金剛だって瑞穂だって伊勢だって。岩川にいるみんなが愛しい。できるなら全員と…そんなことも考えているがキャパオーバーになってしまうので初期のメンバーとだけ一線を超えている。

 

提督の深く重い愛情があるからこそ。彼女たちはここまでやってこれた。それを最近の艦娘が身をもって知っているのは神風だろうか。瑞穂や金剛は最近神風の提督を見る視線が妙に熱っぽいことを知っている。2人とも「あっ…」と察しているらしい。提督には黙っている。

 

………

 

「そんなわけでスミレには感謝してもしきれないデース!」

「あの…金剛ちゃん…すみれちゃんとしてること…言う必要ありました?」

 

「はわ、はわわわわ…」

「金剛さんバラすなよ!あたい恥ずかしいだろ!?」

 

「あっははははは!!!そうさねぇ!すみれっちとの夜はあつーくてたまんないよー!」

「伊勢さん!!!!」

 

海風も江風も真っ赤になって凍り付いている。

 

「何でもいいけど…ほどほどにしなさいよね」

「イエース!」

 

「はあ…何言ってるのかしらね…」

「Admiral…それで良いのか…?」

 

「お姉様、絶対わかってませんよね?」

「いや、知らない方がいいんじゃないかなぁ(僕も提督と…あわわ、何考えてるんだよ僕は!」

 

「今日も山風は提督とあっつーい夜かなー?」

「伊勢さん!」

 

「ははは、冗談だってー。でもさ、瑞穂も最近ご無沙汰だからしたいでしょ?」

「伊勢さん…?」

 

「あ、やっば。これダークすみれっちと一緒じゃーん」

「イセー。瑞穂を怒らせると後が大変デース」

 

「みんなごめんね~。山風ちゃん落ち着いたよー」

「………」

 

提督の腕から離れない山風。泣き止んでパニックも落ち着いたようで一件落着デース!と金剛は笑っていた。提督に瑞穂が耳打ちするとトマトのように真っ赤になっていき…。

 

「金剛ちゃん、わたしと山風ちゃんや瑞穂ちゃんと何してるか…喋っちゃったんだぁ…」

「ほぁ!?ミ、ミズホ!?喋ったデスカ!?」

 

無言の頷き。その目は提督と同じようにハイライトがどこかへ行ってしまった。2人とも揃ってあはははは!と笑いだした。その様相に海風と江風はひぃ!?と青ざめた。

 

「あたい風呂行って来よ」

「涼風ー。背中流すよー」

 

「イ、イセ、スズカゼー!?」

「骨は拾えねえけど…頑張ってくれな金剛さん…」

 

「裏切者ー!」

「金剛、腹を切りなさい」

 

「どこの薙刀持ったヤベー女の子デスカー?!」

 

「アハーハハハハハ!!!お腹が斬れないなら首置いていくといいよぉ!!!!」

「アーーーーーー!?!?!?」

 

「あ、姉貴ぃ!異動届!異動届書こうぜ!!!!」

「ニガサ…ナイ」

 

「山風ちゃん!?江風、助けて!!」

「あなたも…沈めば?」

 

「いやあああああ!!!!」

 

「おーいうるせえなぁ!!!何してんだ…」

「ナガナミ!ヘルプミー!!!」

 

「………」

「知らないふりして出ていくなデース!!!!!!」

 

「お、おいAdmiral、落ち着くんだ!!」

「ちょっとちょっと!刀を置きなさい!」

 

「あははははははは!!!!あはははははははははは!!!え?異動届?やだあああああ!!!海風ちゃん江風ちゃん行っちゃやーだー!ヤダヤダヤダヤダーーー!!」

 

「提督!?」

 

この後、プリンツに宥められて落ち着きを取り戻した提督と瑞穂と山風。この騒がしさがあってこその岩川基地。この騒がしさが横須賀とは違う傷を負った艦娘達の落ち着ける居場所、なんだと思う…。

 

海風も江風も提督の優しさがあり、岩川に結局落ち着くことになった。姉妹も揃い、山風の心はさらに落ち着いていき、これ以降は嫉妬しても何をしてもパニックになることはほぼなくなった。

 

大好きなお姉ちゃん。優しくて楽しいみんな。これだけで山風はもう幸せがいっぱいだ。

 

「はーい。今日もアップルパイを作りましたよー」

「食べる」

 

「山風ちゃん、あーん!」

「んぐ…お姉ちゃんも…あーん…」

 

「あーん…んー!おいしい!」

「江風…は?」

 

「あ、あたしはいいよ…」

「………」

 

「姉貴怖えって!?」

「江風ちゃん、食べないと怖いよ~?」

 

「う、うう…」

「ん、海風…お姉ちゃんも」

 

「まあ、優しいわね♪」

「ありがとう…うん、おいしいです!山風も…」

 

「へーいヤマカゼー!ワタシのパイも食べるデース!」

「はいはい山風ちゃーん。あーんしてー」

 

「そんな、食べられ…ない!構わないで!」

「キヒヒ!山風の姉貴かわいいな!」

 

「ふふふ、そうね♪」

 

みんなからアップルパイを食べさせられて晩ご飯がほとんど入らなかった山風。あたし…太りそう…と思うけれど…それでもいいか。と思う幸せな山風だった。




山風の過去でした。愛に飢えつつも愛を求めることを拒むと言うか恥ずかしいだけの山風。山風が素直になれるのは…ないかも(笑)

七原提督は山風に噛まれて何度も病院に行っていますが山風を叱ることもありません。たまに叱ることもありますが、基本的にはダダ甘です。
それでも規律がそう乱れないのは艦娘達がしっかりしているからでしょう。提督は寝坊寸前だったりしますけども。

次回は題しまして「鹿屋基地のひな祭り」です。
レイテに入ると戦闘ばっかりになりそうなので今のうちにほんわか回をいっぱい書きたいですね。
次回もお待ちいただけますと嬉しいです。

2023年の「提督はコックだった」はこれにて終わりになります。本年も多数の応援を頂きましてありがとうございました。
2024年も失踪せずに頑張っていきたいと思います。

それでは、また。
よいお年をお迎えください。
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