玲司達は打ち合わせと同時に編成を決定します。
さて、大規模作戦です。レイテと言えば思う所が強い艦娘が多いです。その中でも1人、とりわけ強い思いを持っている艦娘が1人…。
「全員、提督に傾注!」
大淀の号令に、食堂に集まった艦娘全員が玲司に注目する。
「あー、楽にして聞いてくれよ。俺たちもついに大規模作戦に参加することになった。しかも今回任された作戦は甲作戦。一番きっつい作戦を任されてる」
安久野の時は一切声もかけられることもなく、優秀な儂の頭脳をもってすれば甲勲章を取ることですら容易いと言うのに、司令長官や副司令長官は儂の能力に嫉妬してあえて外したんだ!と憤慨していたことを思い出した大淀。
無能などいらんと刈谷提督や虎瀬提督達の声によって無視されたのだが、それを知る由もない。勝率が3割にも満たない役立たずが呼ばれるはずがない。
古参の大淀も雪風も北上でさえも知らない大規模作戦。いや、そもそも深海響や深海加賀、戦艦レ級。そのどれもが大規模作戦の主力戦に匹敵する戦いだったのだが。
「一宮提督、九重提督、七原提督、そして刈谷提督と手を組んで戦っていくことになる。そして俺たちは特に厳しい海域をやることになる。心して取り掛かってくれよ」
玲司は厳しい顔はしていないが真面目な顔で説明を進めていく。鹿島や龍驤の厳しい鍛錬を今日まで耐え抜いてきた彼女たちだからこそ、玲司はそう危険視していない。そして、玲司の絶対命令「死ぬな、生きて帰って来い」を必ず守るみんなを信用しているのだ。
「俺が任されたメインの海域は3つ。シブヤン海、スリガオ沖海峡、エンガノ岬沖だ」
その言葉にザワリ…と艦娘がどよめく。
「相棒よ、シブヤン海に私を行かせるんだろうな」
「こういう時だけはせっかちだなぁ武蔵は…今からその編成を発表していくからちょっと待てって」
「待てん。早く私を編成に組み込め」
「武蔵?」
「なんだ大和。私はこれについては例え大和に言われようと退かんぞ」
「シブヤン海は連合艦隊だ。旗艦は…摩耶」
「え!?う、うおっす!」
「摩耶は第二艦隊のほうに回ってもらう。第一艦隊には武蔵、榛名、鈴谷、妙高、三隈、熊野だ」
「ふん、そうか。相棒よ、私を外したら手加減はできんかったぞ」
「陸奥姉ちゃんに教わった武術を俺に振るおうとするんじゃねえ」
「いででで!!!大和!何をする!」
「むーさーしー!!!提督に失礼な態度を取って!!お姉ちゃんはもう怒ったわよ!!!!」
「いでで!やめろ!!耳がちぎれ…ガアアアア!!!」
「次!第二艦隊!神通、摩耶、鳥海、北上、雪風、島風だ」
「おー、あたしが早々と出撃?いいじゃん。雪風、よろしくねー」
「はいっ!北上さんとなら安心です!」
「おうっ!あいつと戦うよりらくしょーだよ!」
「慢心すんなよ島風ー。武蔵、連合艦隊だからな。1人突っ走って深海棲艦を殴るなんてことすんなよ」
「ツツツ…提督よ…耳はついているか?わかっている。島風たちを危険にはさせん。この武蔵に任せてもらおうじゃないか」
「期待してるぜ。大和に怒られないようにな」
「……大和を止めてくれんのか?」
「無理だっつの」
シブヤン海は武蔵にとって因縁の場所だ。本来ならば高速戦艦である霧島か榛名を出したかったが…武蔵のチカラを頼りに今回はさせてもらおう。練度の高さで言えば霧島だろうか。しかし、武蔵を出さないと本当に頭をたたき割られる可能性も考えた(絶対あり得ないが)ので武蔵を出撃だ。
「あ、あたしも?」
鈴谷が自信がなさそうだ。軽空母に改修して本格的に動くのはこれが初。龍驤に散々しごかれ、もう腕は十分なのだがこの鈴谷は心配性である。
「ビビッてんな!キミは十分やったきたんや!もううちがギャーギャー言うことはなーんもない!」
「え…?昨日も違うとかすっごいギャーギャー言われたし…」
「あ?」
「ナンデモナイデス!!!!」
「鈴谷なら大丈夫や!うちが保証したる!!しっかり行ってこいや!!!」
「は、はい!!」
「すずやん、一緒に頑張りましょうね。サポート致しますわ」
「せいぜい足を引っ張らないでくださいましね」
「熊野の方がボクは心配だなぁ」
「な、何でですの!?わたくしの立ち回りに不安でも!?!
「やー、この間3回転んでたしねぇ。カタパルト落としたりとかー」
「し、知りませんわそんなこと!」
「えー!?すっとぼけ!?熊野!本番でそれはなしだからね!」
まさかの最上型3人同時出撃。妙高はこの騒がしさ、大丈夫でしょうか…とこちらが不安になった。
「よーし、それじゃあスリガオ海峡のメンバーを指名していくぞ」
その言葉にギュッと時雨の顔が強張る。スリガオ海峡…自分だけを残して西村艦隊と呼ばれる艦隊は壊滅した。その艦の記憶が色濃く残っている。山城や扶桑たちを置いて自分だけが残ってしまった罪悪感と無念。その情念が時雨の胸を焦がす。
それは山城も扶桑、最上に満潮、朝雲も山雲も同じだった。
「こちらは7人の編成だ。旗艦は…山城!」
「……はい」
一度目を静かに閉じ…そしてゆっくりと目を開き、決意を込めた声で返事をした。
「山城の砲撃の命中率、冷静な判断力。頼りにしてるぜ」
「…はい。フフ、フフフフフ…」
「山城?大丈夫?」
「ええ、姉様…私は大丈夫です…これは…武者震いです」
「無茶はいけないわ。まだ出撃でもないのだから…」
「は、はい姉様…」
「次、扶桑!」
「はい」
「姉様…姉様がいらっしゃるなら百人力です…」
「頑張りましょうね」
「はい!」
「最上ー」
「はーい。へへ、よろしくね、山城、扶桑!」
「最上の索敵能力は横須賀1だ。頼んだぜ」
「まっかせて!!」
「もがみん、ファイトですわ!」
「まあ、最上なら安心ですわね。そこで提督の携帯電話のようにガタガタしている鈴谷に比べれば」
「はあ!あ、あたしも武者震いだし!!!」
「膝が笑ってましてよ」
「はっ!?」
「時雨、満潮、朝雲、山雲!」
「一気にきたわね…まあ、予想はしていたけど」
「やったわ山ちゃん!私達も出撃よ!」
「はぁ~い♪朝雲姉さんと~、一緒に出撃しま~す♪」
「まあここは西村艦隊がいるわけだからな。出撃させない手はないだろ」
「いやぁ、ここは三条艦隊だよね!」
「お、おお…そうだな」
「よーし、三条艦隊!スリガオ海峡を突破するぞぉ~!」
「わぁ!?ちょっと最上!?」
「お~♪」
大いに盛り上がっている最上や山雲達とは別で、時雨はすでに玲司や最上達の話が頭に入っていない。
「盛り上がるのはいいけど、命令を忘れんなよ。命令は…」
運命のスリガオ海峡…ここに突入できるなんて…そうだ。僕達はあの悲劇を乗り越えるんだ。山城や扶桑たちと一緒に…そして…あの時の無念を晴らすんだ…!
あの時はほぼ何もできなかった。今はどうだ。改二と言う強化もしたし、鹿島さんの厳しい訓練もやってきて。そして…激戦をいくつも乗り越えてきた。いや、それよりも…僕は前の提督の地獄を乗り越えることができたじゃないか。
なら僕たちは乗り越えられる。そして…深海棲艦を倒して無念を晴らしてみせる!
この時、山城と北上が時雨を見ていた。山城は頭を少し抱えていたし、北上はため息を吐いた。そして北上は「やらかすだろうなぁ」とも思っていたのだった。
………
「さて、最後だ。エンガノ岬沖は…旗艦瑞鶴!!」
「……うん!」
こちらも因縁がある瑞鶴。彼女が旗艦。無念は晴らす。そして、必ず出撃したみんなと帰ってくる!これが瑞鶴の思い。提督さんの命令は絶対だ。死ぬな、生きて帰って来い。シンプルだが強烈な命令。その命令を決して違えてはいけない。
「翔鶴も出てもらう。翔鶴、熱くなりがちな瑞鶴の手綱を頼むよ」
「はい。お任せください」
「は?ちょっと提督さん!どういう意味!?私そんな暴走なんてもうしないわよ!!!」
「ぐええええ!!ず、瑞鶴…!」
「だめよ瑞鶴!」
瑞鶴は横須賀の総旗艦である。かつては自分のチカラに自惚れ、溺れ、地に墜ちた空母であったが今は違う。天高く飛ぶ美しき白い鶴。そして、かつて仲間を守って散っていった先輩の弓を持っている。あの人のように…瑞鶴もみんなを守れるチカラを。その為に今までやってきた。そのチカラを発揮する時。
(見ていて、加賀さん。あんたにはまだまだ追いつけないけど…私なりのやり方を見つけてみせるから)
いいえ。あなたは私をもう軽々と越えていますよ、瑞鶴。
霞だけが見ていた。瑞鶴に寄り添う青い袴の女性を。少し…笑っているようにも見える誰かを。
「ゴホッ…そりゃあ翔鶴と組んだ方が圧倒的だかんな…それを加味してなんだけど…」
「はい、玲司さん。必ず瑞鶴と共に勝利を手にします」
「私もかぁ、き、緊張するなぁ…」
「ふむ。私か。これはしっかりと役目を果たさねばならんな。Admiralのためにも。そしてQueenの名誉のためにもな」
空母が圧倒的に足りない横須賀。龍驤を入れてもギリギリ。アークロイヤルにヴィクトリアス。彼女らを入れてギリギリだ。雷巡においては北上しかいないため、エンガノ岬沖は穴を埋めねばならない。
「それでオレかよ」
「よろしくね、木曾っちー」
「北上姉のためならしゃーねぇなぁ…利根の姉貴と組むよりはマシだろ…」
何と舞鶴から「原初の艦娘」である木曾を借りることになった。これだけでももう戦力過剰な気がしてならないが、激戦は避けられないだろう。さらには木曾は頭脳として活躍してもらう。
「同時に霧島にもな」
「オッス!私もやりますよ!」
「Hmm…余らは支援とはな…仕方あるまい。ヤマートが出る方が強いからな」
「悪いなぁ…ネルソン。ロドニーにウォースパイトも」
英国の艦娘は今回はサポートだ。空母は猫の手も借りたいくらいなので参加してもらうが、戦艦は砲撃支援に回ってもらう。ジャービスたちも対潜で別働だ。
「んで、うちも出すたぁねぇ。しかも第二艦隊!夜戦では立ちんぼや!」
「わり…姉ちゃん」
「しゃーないなぁ…夜戦までにボロクソに減らせばええんや。ほいだらパパっと終い」
「おおお、ボクやる気出てきたぁ!」
「あたしぃ~、がんばるからね、龍驤先生ぇ~」
「しっかり頼むでー!キミらの実力はうちがちゃぁんと知ってるからな!」
「原初の艦娘」木曾、そして龍驤。彼女らがエンガノ岬沖に出る。そして。
「頼んだぜ、大淀」
「はい提督!この大淀にお任せください!」
連合艦隊司令…ではないが頭脳役として木曾と動いてもらう。高雄の動きについてこれるなら大丈夫だろう。それでもなお瑞鶴を旗艦にしたのは総合的に全体を見渡し、それでいて以前のように熱くなりにくくなって成長した賜物だろう。
そして対空に入れたのはまさかの皐月と文月。まだ涼月と冬月は訓練中。練度が低い。実力においては吹雪や皐月たちのほうが高いのだ。吹雪はシブヤン海へ出撃。対空は磯風も貸すぞ、と虎瀬のおじさんが言ってくれたが、木曾も龍驤も入れたらワヤになる、と言って拒否した。利根も同様。玲司の指示を無視しそうなのと、龍驤と木曾の胃がもたない、との意見で却下。おかげで2人は死ぬほど今機嫌が悪いらしい。
十全かと言われると心配である。しかし、今玲司は1人ではないのだ。十全を埋めるためのピースは仲間たちが持っている。
「よし、うちのピースは木曾が埋めてくれる!龍驤姉ちゃんや川内、島風もいる!あとのピースは涼介や刈谷提督と埋めていく!いいか、命令だけはきっちり忘れてくれるなよ!」
「「「おおおおおおお!!!!」」」
食堂内に響き渡る雄たけび。それだけ艦娘が増えたと言うこと。そして妖精さんも増えたことで割れんばかりの声になっている。
(最初はちんまりした艦隊しか作れんかったのになぁ…えらい大所帯になって…それに、女王に蒼い眼の艦娘か…不思議なチカラを持った娘も多いし、この大偉業、やってのけれるやろ!刈谷のおっさんとかもおるし、仲間がおる。玲司がもっと名将になって名を残せるチャンスや!)
玲司は名将になる気もなければ英雄になる気もない。龍驤の思惑は外れることになるのである。艦娘と共に戦い、絆を深める。玲司にはそれしかないのだから。玲司と艦娘の絆の深さがあったからこそ、女王が生まれたり蒼い眼の艦娘が登場し、強大な艦娘のチカラで深海棲艦をねじ伏せてきた。
しかし、今回はレイテ。かの大戦で多くの艦が沈んだ場所。その無念や怒り、怨みは多いのかもしれない。だからこそ、強大な深海棲艦が絶えず生まれている。レイテ沖海戦…木曾や龍驤は不安を少し抱えていた。
………
レイテ沖海戦のメンバー選出を行ってから数週間。横須賀の艦娘は今まで以上に鍛錬を積んできた。練度は皆大きく向上し、誰もがレイテに行っても戦果をあげてくれるだろう。鹿島のレポートを見て玲司はさらにこうなった際に万が一が起きた時の不安を感じた。
1人でも命令を守れない艦娘がいれば壊滅する可能性がある。練度が高いからこそ慢心は起きる。食堂にも神通が達筆で「慢心、ダメ!絶対!」と書いた掛け軸が飾られているが、はたして守られているのか…?実際に行ってみないとわからない。しかし、その不安が現実となる事態が起きてしまった。
「失礼します。提督さん、今よろしいでしょうか?」
「鹿島か。いいぜ、どうした?」
「はい…」
鹿島の顔がうかない。ああ、嫌な予感が当たったな?しかし、戦闘開始前で良かった気がしなくもない。今ならまだ取り返しが効くのだ。ああ、うん、俺も慢心してんなぁ、と思った。
「実は、時雨さんの様子が編成を決めた後からおかしくって…」
鹿島が指を頬に当てて話をする。かわいらしい仕草ですねぇ…でもそこに何かドキッとするものがある。失礼ですが、男性を虜にする何かが出ているのだろう…。
鹿島が話をしだすと、玲司は真剣な目になっていった。
………
「時雨!時雨!!!!聞きなさいよ!!!休憩よ!!!」
「…満潮たちだけ休んでいなよ。僕はまだやれる」
「1時間経ったら休憩って鹿島さんが言ってたでしょ!?」
「はふ~。山雲、休憩に~入りま~す」
「朝雲、休憩するわ!」
「時雨!!!」
うるさいな…レイテに行くと言うのに休んでいる暇なんてないよ…。また…またあんなことになってしまったら…僕は…。
駆逐艦「時雨」…レイテ沖海戦、スリガオ海峡にて自分を残してみんな沈んでしまった。だからこそ、僕が強くないと。みんなを守らないといけないと言う慢心を持っていた。自分1人で守らないといけない、と勘違いをしている。だからこそ、満潮の言うことも聞かず、鹿島の指示も無視して鍛錬を続けようとしているのだ。
「満潮?どうしたの、そんな大きな声で?」
「扶桑!時雨を止めてよ!鹿島さんの言う休み時間なのに休もうとしないの!」
「あらあら…時雨?時雨?」
「僕は大丈夫。まだやれるさ」
「鹿島さんの指示を聞きなさい!」
「止めても無駄よ、満潮。あの子、もう耳に入っていないわ」
山城が冷めた目で見ていた。山城は冷たく言っているが心配はしている。先ほど、満潮の怒鳴り声が聞こえてきた際に駆逐艦の練習の光景を見ていたのだが「あの子…」と時雨を見ていたからだ。
「山城!?時雨を無視しろって言うの?」
「あーあー、頑張りすぎじゃない?レイテにもたないよ?」
「だから言ってるの!!」
「やあやあみっちー。ずいぶんと騒がしいねぇ。何してんのー?」
最上の後ろからひょこっと顔を出したのは北上。そう、大和や武蔵、翔鶴たちを差し置いて、誰もが「横須賀最強」と呼ぶ北上。
「北上さん…?」
「んやー、いっつもみっちーうるさいけど今日は格別うるさいなーって。なんかあったの?」
「時雨が鹿島さんの指示も聞かないでずっと休まず鍛錬してるの!」
「おやおや、そりゃ大変だねぇ。んじゃー北上さんが止めてきてあげよう」
そういうとテクテクと時雨が鍛錬している演習場へ行き、水面へと浮かぶ。そしてスッと時雨に音もなく近寄る。
「やー時雨ー。頑張っとるねー。ちょーっと無茶しすぎじゃない?」
北上は一目で時雨がオーバーワークだと察知した。玉のような汗。大きく息をついているし、足もふらついているな。しょうがない、ちょっと時間を稼ぎますか。
「北上さん…なんの用かな」
「みっちーがキーキー言ってるっしょー?休憩したら?足ガックガクじゃん」
「僕は大丈夫だよ。それよりもレイテに向けてもっと練度を上げなきゃ」
「いい感じじゃん?まだ何が足りないのさ」
「何もかも…かな」
「いやー、いい線行ってると思うよー?でも、そのいい線を潰しちゃうやり方だね。あたしや木曾っちもいい感じなところで止めてるよ?」
「…僕はいい線なんていっていないよ…だから鍛錬を続けるんだ」
「そろそろ龍驤さんの雷が落ちるよー。それと、そんな状態で玲司の命令守れんの?」
「問題はないよ。ちゃんと調整はするよ。そうでないと、スリガオ海峡の深海棲艦を倒せって命令は守れないからね」
――――――――は?
ピキリ。空気が凍った。北上が放った声で空気が一気に変わった。ひっ!?と朝雲は怯えるし満潮も2、3歩引いた。扶桑は汗をかき、山城は顔をしかめた。最上も1歩後ずさる。ここからでは北上の表情は見えない。しかし、この寒気は明らかに北上が異様なオーラを醸し出しているからであろう。
「おい、何だこの殺気!?……北上姉か?」
「北上…さん」
木曾と雪風が駆け付けた。原初の艦娘でさえ圧倒される強烈な殺気。強烈…いや、凶悪と言ってもいい。こんな北上は見たことがない。雪風だけが知っている、凶悪な殺気。いや、木曾も一度だけ体感した。侮辱して怒らせた時のそれだ。
「お前…今なんつった?」
「………」
口調も激しくなった。そのドロリと濁ったような目。そして鋭い刃物が無数に刺さるような殺気。こんな殺気は知らない。感じたことはあるが、自分が突き刺されることはなかった。その殺気に時雨はしゃべることさえままならない。
「なんつったって聞いてんだよ、駆逐艦時雨」
「あ、う…め、めいれ、命令…深海棲艦を…倒せ…」
「は?」
「え…?時雨、あの子何を…」
満潮は呆然とした。何を言っているんだと。その横で山城が大きくため息を吐いて片手で頭を抱えていた。
「誰か、しれえを呼んできてください…北上さん、本気で怒ってます…」
「ボ、ボクが行くよ!」
「いいや、オレが行く。お前ら、北上姉たちがやり合わないようにしてくれよ」
「無理ね」
「おいおい…今から仲間割れかよ…」
「私も聞き捨てならないもの。旗艦として、今の言葉は無視できない」
山城は単に凄まじい命中精度を持つ狙撃手としての素質だけじゃない。かねてから強力なリーダーシップを発揮し、旗艦に相応しい洞察力、判断力も持っている。その判断力で冷静に判断した結果、時雨の言葉に考えを吐露した。
「今回の作戦は…いえ、今回の作戦『も』…提督の命令を1人たりとも履行してくれないと全滅する可能性がある。あのインチキ戦艦が相手だった時もそう。アイアンボトムサウンドの時もそう。ええ、全ての作戦でみんなが提督の命令を守らなければいけないのよ」
山城は時雨を見てそう語る。木曾も思い出していた。兄が何度も何度も言っていた…「死ぬな、生きて帰れ」…これこそが絶対命令なのだ。そりゃあ時雨が悪いわ。それじゃあいくら鍛錬しても無駄だわ。
「行ってくるわ。あー…沈まねえよな?」
「わかりません…北上さんが怒ってますから…はやく、しれえを!」
「おう」
「まかせて!」
木曾と最上が駆けていく。ああなった北上を止めることは誰もできないだろう。
「何その命令?レイテに必死になって命令も忘れた?」
「えっ?」
「……ダメだわ。お前じゃダメだ。玲司に言ってお前は艦隊から外してもらうって言うわ」
「な、なんで!?どうしてだよ!!!僕にとってスリガオ海峡がどういう場所か北上さんにも話したよね!?」
「聞いたよ。だから何?」
「……!!」
自分の思いを語っても軽く流されてしまったことにひどく腹が立った。そもそも総旗艦でもないのに何を思って自分を艦隊から外そうとしているのか。それも気に入らなかった。だから時雨は猛然と北上に噛みついた。
「じゃああたしの思いが何かわかる?」
「…は?」
「わかるわけないよね。今のお前じゃ。今のお前はあたしにとっては敵だ。あたしの理想を壊そうとする最悪の敵だ。深海棲艦じゃなくて…艦娘が敵だなんてね。ああ、それを言えばあのクソガエルも一緒だけどさ」
ギリリ…と歯を鳴らす。北上が何を言っているか…それさえもわからなくなった時雨。
「出てけ。お前はここにはいらない。お前はあたしや雪風の理想を壊す奴だからいらない。出てけ」
「提督が言ったわけでもないのに出て行くものか…!」
山城は冷静に考える。この状況は非常にまずい。艦娘同士で不和が発生してしまっている。私が来てからどの戦いでも、多少の不和はあったが、ここまでではなかった。とにかく皆が団結して困難を乗り切った。特に、あのアイアンボトムサウンドにおける雪風さんを必死に守り抜いたと言う話。そして、あの頭のおかしな戦艦。
全てにおいて、皆が一致団結したからこそ乗り切ってきた。しかし、今回はこれでは無理だ。ここまで不和が発生してしまうと…取り返しがつかないことになってしまう。北上さんの言うことはやりすぎだが、正しいのかもしれない。
「私もそう思うわ。時雨、悪いけれど…旗艦として今のあなたを編成に組み込むことはできない。あなたの代わりに雪風さんに入ってもらうよう提督に打診するわ」
「山城まで…!!どうして!?一緒にスリガオ海峡を越えようって約束したじゃないか!!!!」
決め手になった山城までもが編成から外すと言う進言。それにより時雨は激昂し山城を睨みつける。同時に、おろおろしている雪風をも。僕よりも雪風が?ありえない。スリガオ海峡を越えるには…僕が…!!!
「思い上がりも大概にしなさい時雨。今のあんたでは…間違いなく轟沈する」
「しない!!!僕はそんなことにはならない!!」
「山城さんの言う通りじゃない?間違いなく沈むね」
「ならない!!!僕は…僕は!!!」
「ならさ、あたしと勝負しようよ」
「え…?」
「あたしが負けたら山城さんにも玲司にもそのまま時雨を編成に組み込むようお願いする。けど、あたしが勝ったら出てけ」
「北上さん、それは言いすぎよ?出て行けは駄目よ?」
「…扶桑さんがそう言うならしょうがない。誰が何と言おうとレイテには出撃させない」
「いや、まずその勝負自体をやめてって止めてよ扶桑!!!」
「そ、そうは言う…けれど…」
「北上さんが…止まりそうもないですね」
山城が判断する。勝手に提督を差し置いてこんなことをやっていいのだろうか…とも山城は思ったが。いえ、これで時雨が冷静に戻ってくれれば。あなたが私達に提督の命令を教えてくれたんじゃない。どうしてそれをあなたが忘れているの?目を覚ましなさい。
「……いいよ。やろう。北上さんに勝って、僕はスリガオ海峡へ行く…!」
「へえ、いいね。その自信、へし折ってやろうじゃん」
「ちょ!」
「ね、ねえ満潮姉さん…?あれ、大丈夫なの…?」
「大丈夫じゃないわよ!司令官はまだなの!?って、山雲!?」
「山雲もぉ、北上さんと~。勝負しまぁす」
「山ちゃん!?」
「へえ。いいよ。ハンデをあげようかねぇ。よかったね、随伴艦ができて」
「ちょ、わ、私もやる!!!」
「ちょっと朝雲!?山雲も!あーもうバカばっかり!!!」
「山城?あれは止めた方がいいんじゃないかしら…?」
「…やらせましょう。そうでないと、時雨が冷めないと思います」
「え、ええと…」
「あの子達が束になっても北上さんには勝てない。そうでしょう、雪風さん?」
「………はい」
「だそうです、姉様。一度時雨は思い知る方がいい。絶望と言うものを。そして、天狗になっている鼻をへし折ってもらったほうがいいんです」
山城は北上に期待する。北上が「横須賀最強」と呼ばれている強さを垣間見ることもできる。そして、これが原因で瓦解するのか否か。それを見極めておきたい。山城は本当であれば時雨をぜひとも入れておきたかった。横須賀では熟練であり、多少のブランクはあるらしいがそれでもその分析力や指示力はある。冷静でカッとなりやすい満潮や朝雲を止めることもできるし、山雲に的確に指示を飛ばすこともできる。
さらには自分や姉、最上のこともトータル的に見て判断を下すことができる。旗艦を任されてはいるが、親玉との戦闘になれば姉様とかかりきりになり、周りが見えなくなる可能性もある。その時に時雨がいることは非常に助かるのだ。しかし、このままではいても仕方がない…。
(全員で生きて帰るには冷静な時雨に戻ってもらわないと無理ね。北上さん。私の思惑が正しければ…そうでしょう?)
北上に期待をするしかない。そう…時雨を編成から外すと言うのは建前であり、目を覚ましてほしいと言う期待を込めて…やるのですよね?そうして北上を見つめていた。北上はチラリと山城の視線に気が付き、振り返る。時雨たちには見えないように…ピッと親指を立てて見せた。山城は安堵した。
(鬼の山城…ではなく鬼の北上と言ったほうが良いのじゃないかしら…)
「山城?今の北上さんは…?」
「いえ…私の思いが通じたようです」
「え?」
「見ていましょう。時雨には目を覚ましてもらわないと困ります」
「…!そうね。止めた方がいいんじゃないかと思ったけど…」
「おい何やってんだ北上!?やめろ!!やめろ!!!」
摩耶が制止するが山城がスッと手を出して摩耶を逆に止める。
「お、おい…」
「止めるな…ってこと?」
五十鈴が冷静に返す。静かに山城は頷いた。摩耶は戸惑いながらも…いつでも止められるように艤装は装備したまま北上達を見守ることにした。
………
あー。山城さんは気づいてたか。さすがだね。
北上は山城と自分の考えが一致していたことに気づいた。そしてその期待を込めて後ろから刺すような視線を送って来たわけだ。だから北上は親指を立てて任せておけ、と返したのだった。
(さって。めんどくさいけどちょっとガチで痛い目見てもらうよ。あんたはそれくらいやらないと、今回は本当に目が覚めなさそうだからさ。ハイパーな北上さんを見せてあげるよ)
(時雨の指示がないと…結構怖いわね。相手は北上さん。この鎮守府で最強と呼ばれる艦娘…!)
満潮は冷静だった。そして今更、自分が時雨と組んでいる時は時雨の指示のおかげでうまく立ち回れていたことに気が付いた。今回は時雨の指示はない。自分が朝雲達に指示を出さねばならない。
北上が鎮守府最強。それは武蔵でさえそう言う。司令官がほぼいない同然のような絶望的な状況の戦闘を、駆逐艦を連れて帰って来た。仲間からは死神と呼ばれようと、絶対に仲間を守り抜こうとした。馬鹿な司令官のせいで評価については何もないが、雪風や時雨が言うには彼女なしには生きて帰れなかっただろうとのことである。
敵の砲撃の気配を読むのが抜群であり、状況判断も咄嗟の対応も完璧。仲間を守るために得た特殊能力「音も気配もなく魚雷を発射する能力」はもはや山城の超長距離から気配もなく飛んでくる砲弾のようであり、文字通り必殺ともいえる。原初の艦娘「木曾」からさらなる技を教えてもらい、それを我がものとしている。まさに歴戦の英傑とも言えるだろう。
北上自身は自分なんかあっぱらぱーのただの雷巡だよ、と言っているが摩耶が「お前のような雷巡がいるか」とツッコミ返すくらいだ。何より戦艦でさえ圧倒するこの殺気。正直ここから逃げ出したい。でもやらなきゃいけない。できるなら…時雨と共にスリガオ海峡に行った方が安心できるから。そして、時雨の胸の中にあるものを晴らしたい。そうでないと、この子は前に進めないと思うから。
「さって、そろそろ始めようか。せいぜい、秒で終わらないでね」
「……朝雲、山雲…時雨、来るわよ…横須賀最強が…!」
「う、うん!」
「はぁ~い」
「………」
時雨は答えない。チッと思わず舌打ちをしてしまったがそれどころではない。すでに相手は動き出している。
(……!?違う、これは…ハッタリ!!!)
「みんな動かないで!!」
満潮が大声を張り上げた。それにビクッと朝雲と山雲は反応したが、時雨は聞かなかった。右サイドへ飛んで砲を構える。
「へえ」
北上は光のない目でそう短く言った。満潮の判断に驚いていたのだ。何だ、あの子もちゃんと指示できんじゃん。感嘆した。
「もらった!!」
時雨は先手を取ったと思った。あとはトリガーを弾いて北上の艤装に砲弾をねじ込むだけ。
「満潮が正解。時雨、残念だけどそっちへ飛ぶことは予測済み」
「なっ!?」
足元に向かってくる魚雷。絶望が迫って来ていた。
とんでもない事態になってしまいました。
冷静さを欠いた時雨と激昂した北上の対決。それはただ単に狩る側と狩られる側の戦いと言ってもいいでしょう。
次回は北上のワンサイドゲームになると思います。満潮達がどこまで立ち回れるか?そこが問題です。玲司は止めるでしょうか?それとも?
次回をお待ちいただけますト嬉しいです。
イベントの方は伊36、平安丸、Drum、伊41。みんなかわいいですね。掘りも終わりましたのでようやく書き始めました。
皆様の所にも新艦娘がやってきますように。Drumはいいぞ。
それでは、また。