時雨は過ちに気づき、北上の怒りは鎮まるのでしょうか。
直線で瞬殺にかかるかと思った北上の魚雷の思惑は外れ、避けた先を読まれて魚雷が迫る。体勢が悪すぎる。着水と同時に魚雷が襲い掛かるだろう。これは…失敗した!
着水の寸前に体に衝撃が横から来た。思いきり突き飛ばされたのだ。その後、耳をつんざくような轟音。魚雷が破裂したらしい。時雨は自分を見るが傷一つない。一体…何が起きたんだ…?
「山ちゃん!!!」
「山雲!!!」
朝雲と満潮が叫ぶ声。そして、自分がいた場所にはオレンジの中破を示すペイントをべったりと塗られた山雲がいた。
「…山雲!!」
「はぁ~い。山雲ぉ、無事で~す」
「無事じゃないわよ!中破してるじゃない!」
「山ちゃん、待ってて!すぐ行く!」
「朝雲、動かないで!不用意に動くと狙われる!」
「くぅぅぅぅ!!」
山雲をすぐにでも助けたいのに動けない朝雲が唸って歯を食いしばる。今は戦闘中。満潮の言う通り、不用意に動けば危険なのだ。ましてや相手は北上。しかも、誰もが実力の底を見たことがない。姉の満潮に言われなければ、みだりに動いて自分も雷撃を食らっていたであろう。話には聞いていた音もなく射出される魚雷。これがここまで恐ろしいものだとは朝雲は思ってもみなかった。
「満潮はいい判断だね。どこかの駆逐艦は仲間を犠牲にして自分は無傷だもんね。山雲も無理して助けなくてもよかったのに。こんな奴」
「えへへ~。だってぇ。時雨ちゃんはぁ。山雲の、大切なお友達なんですもの~」
「やま…ぐも」
「だ、そうだよ。よかったね。お友達が助けてくれて。これがお前の戦い方か」
北上は冷たい目で時雨を見る。睨んでいるのか、呆れているのかさえわからない感情のない目。
「さあ時雨ちゃん。頑張りましょうね~」
にこりと笑いかけてくるがそれどころではない。自分の身代わりになって中破させてしまった。このことでキーンと頭が痺れた。
………
「提督。僕は提督の命令がとても素敵だと思うんだ。死ぬな、生きて帰って来い。僕はこの命令を一生守り続けるよ」
「そっか。そう言ってくれてよかったよ。負けてもいいんだ。負けても帰ってきたら勝ちだよ時雨」
「………あの人が僕の姉妹にもそう言ってくれたら、きっと今は楽しい毎日を送れていただろうにね…」
「……そうだな。けどな、今の時雨には大事なことがあるぞ」
「僕に…?」
「そうだ。それはな。新しく増えていくだろう仲間に、それを伝え続けることだ。そうすれば、仲間がいなくなるなんてことはない。俺もちゃんと伝え続ける。いつか…時雨の姉である白露や妹の春雨たちがここにやってきたときには、ちゃんと伝えてあげてほしい」
「………そう、だね。きっと、また…会えるよね」
「ああ」
「うん…わかった。僕は、伝え続ける。うるさいって言われても。怒られても。絶対の命令だからねって」
「うん。そうしてくれ。頼んだぞ、時雨」
「うん!提督!」
………
時雨は山雲を見てガクガクと震えた。そして…自分の過ちに…愕然とした。僕は…なんで?なんで忘れていたんだ?大切なこと…この鎮守府で生きていくにあたって、一番大事なことを…!!
僕は何をした?命令を忘れて、提督の、山城の言うことも。満潮の言うことも聞き捨てて。挙句の果てに演習とは言え…山雲に庇ってもらって…中破させた?何を…何を考えているんだ!!!
「朝雲も満潮も山雲も動けない。そして、こういう時狙うのは決まってるよね。中破してる山雲だよね。じゃ、1人退場…っ!」
ダァン!!!
攻撃の気配を察知した北上は慌てて体を逸らす。この状況で動けるのは…。
「満潮!山雲をお願い!朝雲!北上さんの足を狙って!!」
「…!!!は、はい!!」
朝雲が砲を構える。満潮が山雲へ向けて走り出す。これで狙いがつけにくくなった。チッと北上は舌打ちする。ならここは、まとめて狙える満潮と山雲を…いや、そうと見せかけて…。
「そうと見せかけて僕だよね」
「チッ」
魚雷が北上に向かってきていた。砲を撃っている間に爆発するか。なるほど、こうなると鬱陶しい。山雲を中破させたことで目を覚ましたか。ただ、だからと言って許すわけにはいかない。
「山雲には悪いけど退場してもらうわ」
「山ちゃんは狙わせない!!」
「朝雲!狙われてる!」
「えっ!?」
「隙を見せないの!!山雲は私が見てるから、あんたは時雨に従って!!」
「え、う、うん!」
「山雲、隙を見て…」
「………うんうん、はぁい。わかりました~」
時雨と満潮の連携が復活した。これにより、満潮が山雲を。時雨が朝雲に指示を出す分担になった。大きく周囲を見渡さなくていい分、負担が減る。しかし、時雨はそれだけではない。大局を見なければならない。満潮たちも気にかけねば一気に全滅させられる可能性もある。無論、それは満潮も考えていたこと。指示を1人出すだけならはっきり言って気楽だ。
霰がいてくれたらもっと楽なんだけどね…と満潮は思う。いや、時雨がいるほうが指示してくれるし指示しやすい。
これにより、北上は一気に攻勢に転じようかとも思ったができなくなった。防戦に回るほどでもない。なら、潰すのはただ1人。
「満潮に攻撃の手が強まるよ!」
(ここまで読むか。大淀の頭でも移植した?)
いや、考えてもみれば…時雨も古参も古参だ。足をやられて離脱してしまったが、北上と共に死線を潜り抜けたこともある。戦闘に関しては…そうだ、頭脳を任せたこともあるくらいだった。
だからどうした。あたしの魚雷を止められるもんなら止めてみな、駆逐艦時雨。
満潮を山雲ごと魚雷で潰そうとする。これでツーダウン。
ダァン!!
「!?」
魚雷を発射しようとしたが足を狙われて回避しようと足を上げてしまったために魚雷が取っ散らかった。まずい…!
「ちぃ!!」
「朝雲!ありがとう!」
「どういたしまして!」
「朝雲姉さ~ん!ありがと~~~」
めんどくさいなぁ。じゃあもう1個上をいきますか。
「ちゃっちゃと終わらせようか」
「時雨!!」
「うるさいよ」
「きゃっ!?」
ダダン!!と北上の連撃。これはけん制…威嚇か。一瞬北上から意識が逸れた。その隙に時雨に魚雷の檻が迫っていた。
「…!?」
囲まれた…逃げるには…どうすればいい!
「無駄な抵抗はしないでさっさと終われ」
終わってたまるものか!演習だろうと、僕は提督の命令を最後まで…守る!!そう強く思うと魚雷を一本取り出し…真下へ思いきり投げつけた。
………
「っておい!!なんで実戦続けてんだよ!!!」
木曾が玲司を連れてやってきたのだが、激しい戦闘を繰り広げる時雨と北上を見て周りを非難する。
「止めても北上さんが止まらないこと…そして、時雨が目を覚ましたからです」
「はあ?」
「あの目、時雨はいつも演習で見せてる目だな。そっか。とりあえずは思い出したか」
「安心するのはまだ早えだろ!?時雨が北上にボコボコにされちまう!!」
「摩耶、時雨はそう簡単にやられる子じゃないぜ。時雨がもう一段階高みへ登るための試練だな…」
「もう一段階?待ってよ提督。時雨はもう改二だよ?あとは練度向上くらいしか…」
「船とは違うんだぞ。皆にだってあるぞ。練度だけじゃない。経験だ」
「経験…かぁ」
「んだよ最上。お前わかったのかよ」
「えー?摩耶はわかんないの?三隈はどうだい?」
「そうですね…経験。戦いとは千差万別…セオリーだけでは生き残れない…刻々と変わる状況を打破する判断力…時には撤退を命じることのできる決断力…三隈にはまだあまり備わっていないものですわね…」
「せやせや。練度だけやない。改二になったから終わりやない。そういう感覚を強くしていくことでさらなるレベルアップができるんや。戦闘に出なわからんことは山ほどある。北上みたいな常識はずれな強さ持った奴と戦えるんは貴重やなぁ」
「時雨は…過ちを犯した。けど、それを反省して今きっかりと切り替えたんだろうな。北上が手を抜いてるわけじゃない。それでも瞬殺されてないってのは、時雨が今までの経験と、北上を見てきた記憶とを瞬時に判断して戦ってるんだろうなぁ。レイテの為に」
「ですが、時雨が負けたら時雨は…」
「おいおい山城。そんなことになってたのか?俺は承諾してねえぞ。無効だ無効。北上め、そりゃ独断だっつーの」
「え、よろしいのですか…?では、この戦いに意味が…」
「北上の独断行為だ。時雨の考えを正すのはいいことだけど、こんなことを無断でしたら規律もあったもんじゃねえよ」
「う、うーん…せやなぁ…てか玲司は時雨が暴走しとるって知ってたんかいな」
「そりゃあ知ってるよ。編成組んだ時にもう心ここにあらずだったのわかってたし。ただ、ここまでだったのは正直俺も反省しなきゃいけないところだ。見誤った」
「はい…この鹿島とどうすればいいかとこのところ相談をしておりました…」
「周りに知らせたら誰かがこれまた暴走して時雨と衝突しちまうだろうなって思って言わなかったのも失敗だったな…夕立や村雨、吹雪が結構心配してくれてたからな」
「ぽいー…時雨…」
「夕立、大丈夫だよ。まずはこの成り行きを見守ろ?」
「んっ、時雨が魚雷の檻に囲まれよった!」
「いや、しれっともう自分のものにしちまってオレ、自信なくすんだけど…」
「時雨は…魚雷を取り出して…あ、あぶな!!」
全員が時雨の行動に目を見開いていた。
………
雷の檻。何度か見たことはある。あんな魚雷に囲まれたらもはや無理だろう。しかし時雨はそれを何とかできないかとあがく努力をしてみた。疑似魚雷でそれを試したことが何度もある。結局のところ一度たりとてそれを制することも、回避することも脱することもできなかった。とんでもない攻撃だね…。さすが北上さんだよ…と驚くばかりだった。
もっともこれは「雷の女王」こと木曾が編み出した技の1つ。それを一度見、一度食らい、自分で2、3度真似見てみたらできてしまったのだった。天才北上だからこそ成せるものである。当然北上はそれを回避する方法を知っている。他の艦娘では絶対に無理な、同じようにして魚雷をぶつければいい。簡単に言うが北上と木曾、あとはそれよりもはっやーい!動きで逃げ出す島風。影にひっこみ逃げる川内などなど、原初の姉妹しか無理な高等技術。時雨がもちろんそれをできるはずがない。
一つだけ、思いついたものがあった。そもそも雷の檻なんて技は深海棲艦が使えるはずもないのだが、同じような天才がいたら?と思って考え付いたもの。それはどちらかと言えば「死なないための。回避だけのもの」でしかない。当然だ。こんなでたらめな技はでたらめな方法でしか回避できない。
できるのか?失敗したら自分も吹き飛ばされるだけじゃない。轟沈してしまうかもしれないのに。今回だけだ。イチかバチか…北上さんに挑戦するなら…やるしかないんだ!
「…ここ!」
時雨は迫りくる魚雷を回避するため…一本の魚雷を真下へ投げた。そして…横へ飛ぶ。
バチューーーーン!!!!
「うわあああああ!!!!!!」
衝撃で思いきりさらに吹き飛ばされる。それだけじゃない。時雨はそれでいて…砲を撃つ!!
ダァン!!!
「…!?ぐあっ!?」
「ぐう!!!」
水面にたたきつけられ、転がる。
「なんちゅう無茶なことしよんねん!!!!」
龍驤が大声をあげた。無理もない。自分が投げた魚雷の爆発を使って横跳びの距離をさらに伸ばして魚雷の檻を回避した。一歩間違えれば自分の魚雷の爆発に巻き込まれるかもしれないし、失敗したら雷の檻に囚われるだけだ。本当に賭けでしかない回避方法。その中でさらに一発を北上にお見舞いするなんて無理がありすぎる!
「時雨!!!」
「ぐっ…大丈夫…左手の砲が盾になってくれて…顔は守ったからね…」
「無茶してんじゃないわよこの馬鹿!」
「ご、ごめんよ満潮…これは今回しか使わないから…」
「時雨ちゃんすごいわぁ~」
何だかみんな終わった気でいるが…そうじゃない。お腹を押さえながらもやはりドロリとした目で睨みつける北上がまだ終わっていないと目と殺気で伝える。
「満潮達は上がっていて。僕は…まだ北上さんとの話がついていないから」
「ちょっ」
「朝雲、山雲…出るわよ。ここから先は…私達は邪魔みたい」
「え、ええ…」
「時雨ちゃ~ん。がんばって~」
「の、呑気にいいのかしら…」
朝雲が心配そうに見守る。山城たちもまだ止めない。提督が…いる。でも…まだか。
「やってくれるね…一発もらったのは完全に油断したよ。慢心はあたしも一緒か。あれで絶対決まったと思ったから…」
「………」
答えない。答えられない。ここから先は未知の世界。北上のギアが一段階上がった。誰も知らない北上の本気。いや、これでさえまだ本気ではないのだろう。
「じゃあ、そろそろ終わらせよっか」
「!!」
魚雷を撃ったな。けどここで横へ飛べばさっきと同じだ。だから僕は…!
「前へ出た!?」
「ふーん」
「だあああああ!!!」
時雨はまだ生きている右の砲で北上を撃つ。当然だが…当たらない。それよりも。
「うわっ!?」
意思を持っているかのように動く魚雷に翻弄される。
「前に出たのは正解。だけどそんなもんお前だから読める。もう一発魚雷を真下に投げる?」
「雷の竜巻!?北上姉マジかよ!?」
「簡単に木曾の技が真似できるかいな…あいつはまごうことなき…戦いの天才か」
「いいや?確かに2、3度見たら真似はできるけど、あれを完全に制御できるのはあいつがみんなが見ていないところで死に物狂いで努力してるからだ。天才が努力をしたら無敵だ。こんなとこで見たくなかったけどな」
北上は自分はあっぱらぱーだからーと言って何でも適当に。それでいてそつなくこなし、いつの間にか上達しているように見える。しかし、その裏で努力を怠っていない。
「北上さん。それ、私も真似ることができるかな」
「いやー、厳しいんじゃない?」
パートナーは努力することをやめない同じく天才と言ってもいい、響。自分達は昼行燈でいたい。だから誰にも見られない時間に鍛錬をする。
「いやー、響がうらやましいわー。いろんな子のを真似できるんだもん」
「私は何かに特化した北上さんを羨ましいとは思うな」
「そんなもんかねぇ」
「そんなもんだよ」
「じゃあお互いがいいとこどりしてるってことで」
「ダー。そうだね」
お互いを認め合う仲になった。龍驤でさえ知らない。玲司だけが知っている秘密。
「そ、そないなことしとったんか…」
「そうだよ。まあ、だからと言って、木曾の技をそっくりそのままコピーなんざ目から鱗だ。響は朝潮のリズムを掴んだり諸々らしいな。どっちも、努力あってこそだ」
「ああ!!!」
強烈な爆発になす術なく吹き飛ばされる時雨。何とか雷の竜巻は避けたがもう一発仕込まれた魚雷。気づいたまではよかったが避けられなかった。いや、直撃は避けたのだが。
「ぐう…!」
「やるじゃん。吹き飛ぶついでに一発撃ってくるなんて。やっぱりお前を見くびってたよ、駆逐艦時雨」
「……さすが北上さん。強いね」
「駆逐艦の中でも飛びぬけてるわけじゃないけど、強いのはお前が古参だからかな。でも、それだけだ」
「それだけ言ってもらえるなら光栄だよ。ただ、惜しかったのは僕の意思が弱かったから。だから僕は、レイテで勝つなんて言うつまらない意地に囚われてしまったね」
「今更謝ったって。訂正したって無駄だよ。お前はこの先、何かあるたびに玲司の命令を無視する可能性がある。だからお前は出て行け」
「それなら北上さんだって同じじゃないか」
「あ?」
「そうやって、怒りに任せて僕を追い出そうとしている。乗った僕も悪いけど、提督の承認もなしにこんなことをして僕を追い出そうとする北上さんだって、僕のようになってしまう可能性はあるよ」
「………」
そして無言で魚雷を繰り出す。言い出した手前、時雨に正論で殴られようと引っ込みがつかない。このまま時雨をボロボロにするまでは引っ込むことができない。北上の難儀な性格だ。
わずかに直進ではないので後ろへ飛ぶ。それで横をすりぬけていく。同時に砲撃。北上は横へ飛ぶ。時雨は前へ走り出す。
「そこだ!!」
「遅い」
反撃に砲撃が返ってくる。それは足元。何とか掠めたが…。
(しまった、スクリューが今の破裂でおかしくなった)
これが狙いか。右足のスクリューの動きが鈍い。見ている暇はないが、羽が欠けたか。旋回しづらい。動きも遅れる。しかし、これも試しにやったことがある。最悪の状況下での動き。左手の砲は死んでいるし、右足は遅れるか。動けるなら生きて帰れるってことだ。まだいける。
(諦めない。本当の敵は、諦めだ)
何かで…テレビだっただろうか。「本当の敵は、諦めだ」と。諦めてしまったらどうにもならない。僕はあの絶望の中を生き残ってきたんだ。だから、諦めずに探すんだ。どんな状況でも。アレに比べれば…全然なんてことはない!
「ふっ!」
「へえ?」
魚雷を北上へ向けて投げつけた。それは北上の最終奥義「最後のにぎりっぺ」だ。もちろんかわされる。しかし、これは次への布石。魚雷を一本損するのはもったいないけど…。
「あたしのパクリ?通じるわけないっしょ」
「また慢心だね」
「チッ」
余裕を見せる時雨。苛立つ北上。心理戦では時雨の方が上か。あまりにも実力では分が悪い。だから心理戦で北上の余裕をなくし、「最強」の鎧を剝いでいく。
「ならもう慢心はしない」
「北上さんのクセが何となくわかった。北上さんは魚雷を撃つとき、ピクッと右手の中指が動くんだね」
「ご忠告ありがとう。じゃあ、それもなくしてみせるよ」
「くっ」
言って後悔した。避けるヒントをくれていたのにそれを隠されたのだから。もちろん、回避できなかった。
「ああああああああ!!!!」
「時雨!」
満潮が叫ぶ。夕立は飛び出そうとしているのを吹雪と響と村雨で必死に抑えている。
「く…さすが…強い、ね。横須賀最強は…ダテじゃないよ…」
「だからどうした?あたしは皆とこの先楽しく生きていくためなら別に最強なんていらない」
「僕は…ほしいね。それでみんなと生きて帰ることができるなら…でも、僕は最強にはなれない。北上さんには敵わない。朝潮や夕立、島風って言う女王もいるし、武蔵さんって言う最強の戦艦もいるし、ね」
「ザコではないのは認めてあげる。あたしの魚雷をここまで避ける深海棲艦も…艦娘もそうはいないから」
「僕は取り返しのつかない過ちを犯した。北上さんが怒るのも無理はない。けど、僕は出て行かない」
「嫌だ。出て行け」
「僕こそ嫌だ。僕は夕立や村雨がいる。提督から聞いたけど、春雨が今度横須賀に来るんだって。妹が来るのも楽しみだから、僕は出て行けない。出て行かない」
「うるせえ!!!出て行け!!!!仲間の事も忘れて自分の因縁の戦いに勝つことを一瞬でも考えた奴なんかいらないんだよ!!!」
「それは…北上さんが決めることじゃ…ない!!僕は姉妹のため、みんなのため、提督の笑顔を守るために…ここで戦うって決めたんだ!!提督がここに骨を埋める覚悟なら僕だって提督と最後まで戦うって誓った!!北上さんに出て行けなんて言う権利はない!!!!今こうして僕に怒りをぶつけている北上さんだって僕と一緒だ!!!!!!」
「このお!!!!雷の檻!!!」
「やめえや北上!!!!時雨の言う通りや!!!!これ以上はお互いタダで済まんで!!!玲司止めえや!!!!!」
「………」
雷の檻。もうこれをさっきの方法で避けるのは無理だ。あがけ。無理だと諦めるのは簡単だ。あがけ。そうでなきゃいけない。北上さんの言うことは正しい。けど、僕の言うことだって間違ってはいないはずだ。そうだ。これを超えなきゃ…スリガオ海峡だけじゃない。村雨や夕立の笑顔だって守れない。
………
「死ぬな、生きて帰れ、か。ふふ、僕たちにとってはすごく驚きな命令だったよ」
「そうか?」
「うん。前の提督の時は、死んででも勝って来いだったからね」
「勝つだけが戦いじゃない。負けて勝つなんて言葉もある。逃げるが勝ちなんて言葉もな。あー、これじゃあ勝つになっちまうなぁ」
「ふふふ、そうだね。でも、何が何でも生きて帰って来いって言うのは、僕たちには嬉しい言葉だよ」
「そっか。じゃあ時雨。この命令は村雨や夕立にも。他の子達にも。これから入ってくる新しい艦娘にも、耳にタコができるくらい言い続けてくれよ」
「うん!」
………
安久野が去り、玲司が着任してしばらくしてからの会話。時雨は玲司の命令をしっかりと聞いていたし、意味をしっかり理解した。
「じゃあみんな。今日も生きて帰ろうね。提督の命令だから」
いつものようにこう言っていた。今回は誤ったが…根底ではそれを覆す気なんてなかった。ただ、北上さんがこうしてくれなければ僕は間違ったままスリガオ海峡に行っていただろう。今ありがとうなんて言ったら大変なことになるから言わないけど…。
おかげで僕は間違えずにいられる。うん、スリガオ海峡に行けなくても。これからは僕は間違えない。だから、出て行くわけにはいかない。ここが僕のお家だから。それを奪おうとするなら、ごめん。北上さんだろうと、許せない。
「時雨!!避けええエエエエエ!!!!演習中止!!演習中止!!!!!」
龍驤が叫ぶ。雷の檻を時雨は横へ飛ぶ。
「それはもう、見たんだよ!」
「どうかな?」
「っ!?」
ダンダン!!!!
横へ飛ぶと同時に足元、顔の横を狙って撃つ。北上に撃たれるよりも早く。北上は舌打ちをしながらそれをかわす。同時に時雨が体勢を整えて何かを投げようとしていた。
「それは通じ…!くっ!?」
「残念だったね!!」
それは…フェイク!!時雨がこちらをめがけて砲を構えていた。いや、それよりも動きが止まったの原因が、時雨の双眸が蒼に輝いていたこと。強く強く。その眼に戸惑った北上は砲撃ではなく、魚雷で仕留めようと思い、魚雷を音もなく放った。
対する時雨はそのまま砲撃を続ける。北上の動きが遅く見える…そして、砲撃か…魚雷か…ゆっくりと考えられた。時雨は見た!北上の右手の中指がピクリと動いたことを!!
(魚雷…!!!これなら、いける!)
ダァアァァン!!
時雨は砲を撃つ。北上はそれを避ける。寸でのところでだ。だから、視線が一瞬時雨から逸れた。その瞬間、時雨は投げた。
(……!?しまった!見過ごした!!魚雷の頭はどっちを向いてた!?)
意識が逸れた瞬間の出来事だったので、投げたものを見過ごした。北上の必殺の通り、こちらを狙って来るのか。それとも明後日の咆哮へ向けただけのフェイクか。また時雨への意識が逸れる。意識の逸らし方がうまい。
「これで…どうだぁ!!!!」
確実に無防備な北上へ魚雷を向け、そして、砲を放とうとする。瞬間、背筋に猛烈な寒気がした。だから時雨は北上を注視しながら…前へ走り出す。
「ううううううう!!!!」
唸りながら走る。するとどうだ。その僅か横をすり抜けていく一発の魚雷。いつ放ったかさえわからない本家本元の「最後のにぎりっぺ」。いや、北上はまだまだ余力はあるのだが、時雨は機会を失った。破れかぶれだ!!!撃つしかない!!!
「やめろ!!!!!!」
「!!!?!?!?!」
ぴたっと時雨も…砲を撃つ寸前だった北上も止まった。玲司の号令だったから。
「そこまでだ。演習は終了。まあ、あのままいったら時雨は北上が砲を撃つと思って避けた先にまた魚雷がいて負けってとこだったかな」
「う…」
「時雨。よく、戻って来たな」
陸に上がった時雨に待っていたのは叱責でも罰でもない。頭を撫でて笑う玲司だった。
「え…?」
「けーど、俺の命令を無視しようとしたことはいただけねえな」
「あう…」
「でも、お前はちゃんと思いだした。そして、真剣に北上に反論してもがいて。ちゃんと死なない、仲間を守る戦いをしていたな。魚雷を真下に投げるのは危ないぞ」
「…ごめん、なさい」
「ま、これならちゃんと山城たちをサポートできんだろ。な、山城?」
「…ええ。そうですね」
山城はそっぽを向いてちょっと頬を赤らめて恥ずかしそうに肯定した。扶桑はそれを見て笑っていた。
「うーん、時雨と満潮がいると安心できるからな~。出て行かれたら困るよぉ~」
「ふん!しっかりしなさいよね!」
「はー…もう何か心臓に悪かったわ…」
「時雨ちゃん、おかえりなさぁい」
「う、うん…ただいま。提督…僕は…レイテに行ってもいいのかい?」
「ダメも何も俺は時雨を外す気なんてなかったぞ?」
「時雨?考えすぎや抱えすぎは体に毒よ?もっと、わたし達に頼ってくれても良かったんじゃないかしら?」
「扶桑…うん…でも、僕は暴走しちゃって…聞く耳を持っていなかったから…」
「次にそんな暴走をしたら、本当に第一遊撃部隊から外すわよ」
「や、山城ぉ…うん、気を付ける。ううん、そうなったら、僕をお説教してよ」
「ええ。何時間でもしてあげるわ。さっそく、お説教ね。今夜私たちの部屋に来なさい。以上よ」
「ふふふ。時雨。そう言うことだから、覚悟しておいてね♪」
「扶桑まで!山城!本当にお説教する気かい!?」
「当たり前でしょう?」
「そ、そんなぁ…」
「あ、じゃあボクも行こうかなー」
「じゃあ私も!山ちゃんもいこ!」
「は~い。みんなで~、お泊り会で~す。ね~、満潮姉さ~ん♪」
「は。は?!ま、まあ行ってあげないこともない、わ…行くわよ!」
「だ、そうだよ。ま、頑張って山城の説教を受けるんだな。キヒヒヒ」
「て、提督!山城を説得してよ!」
「きーたーかーみー!!!」
「ギクッ!!ごめーん玲司~、あたしおトイレ行ってきていい?」
「逃げるんじゃねえ!!何を勝手に時雨を追い出そうとしてやがんだ!お前は俺がお説教だ!!!」
「北上ちゃん、名取もお話があるんだけど?」
「え、えー…」
一瞬にして緊張が解けた。結局最後はこうなるのか…と木曾は少し呆れたが。龍驤はまあ、いつも通りやなぁと思った。
「オラ北上!家族を追い出そうってどういうこった!!あたしも参加するぞ提督!!」
「は、は?摩耶まで何さー。てかおしっこ漏れるんだけどー」
「提督!あたしが付き添うからどこ行けばいい!?」
「そうだな、執務室だな」
「任せとけ!おら行くぞ北上!」
「ねえ、そのあとお風呂入りたいん「北上ちゃん?」」
「はい」
「摩耶さん!雪風もお供します!」
「なんでさー!!ごめんってー!」
「謝って済んだら憲兵はいらねえ!早くトイレ行ってこい!」
「あーやー!!」
ふふふ、と笑う時雨だったが、この後みっちりと山城と満潮から夜遅くまで説教されるのだった。次の日は玲司にもこってりと。
目を覚ました時雨はそのまま覚醒しちゃったようですね。
駆逐艦の司令塔、時雨。その冷静な判断力は信頼を置かれています。玲司の生きて帰って来いと言う命令をしっかりと守った上での指示なので安心して行動に移せるようです。
因縁が故に暴走してしまいましたが、北上と。そして山雲達西村艦隊の仲間のおかげで目を覚ますことができました。スリガオ海峡では時雨の司令塔としての活躍に期待しましょう。
さて、次回はギスギスしてしまった横須賀ですが、時雨と北上の仲は修復可能なのでしょうか…?次回はそれを書いていきたいと思います。
それでは、また。