レイテは…いつ始まるんでしょうね(苦笑。
「ふぁあ…」
大あくびで開いてしまう口を手で隠す。時雨は寝不足だった。眠れたのは1時間程度。眠すぎる…。
時雨は北上との戦いの後、入浴、夕食の後に山城に連れていかれ、山城と扶桑の部屋で延々と説教をされていたのだった。扶桑は朝雲や山雲と寝るとのことで避難。
「まったく、あんたが教えてくれた命令をあんた自身が忘れてレイテに行くですって?本当に何を考えているのかしらね」
「うう、ごめんよ…山城…」
「ごめんで済んだら何もいらないわよね?あんたは私達の司令塔でもあると言うのに…」
くどくどくど…と続くお説教。
「私はね?いえ、姉様もそうだけれどあんたがいないと…」
「そ、そこまで思ってくれていたんだね…」
「姉様や最上と話した結果よ。それをあんたは…」
くどくどくどくど…。
「………」
「ちょっとあんた、今あくびしたわね?」
「えっ?ち、違うよ…!」
「目を泳がすのをやめてから言うのね。気が抜けているわね」
(もう6時間は僕、山城からお説教されているんだけど…ああ、日付が変わってる…)
「まだ終わっていないわよ。それで、あんたはまだ…」
チピチピチャパチャパ…。
「おはよう、山城。時雨も。よく眠れ…え?」
「くどくどくどくどくどくど」
「………」
「や、山城!?ま、まだお話していたの!?もう朝の起床時間よ!?」
「くど…え?姉様?え、ええ!?や、やだ…!い、いつの間に…!?」
ぐったりして白目を剥きかけている時雨をしり目に慌てる山城。しかし、扶桑が来てくれなければおそらくはさらにお説教は続いていたのかもしれない。そう考えると白目を剥いて倒れるところだった。助かった…。
そうして解放された時雨は寝ようと思ったのだが…目が冴えてしまって眠れなかった。玲司に事情を説明すると「今日は休め」とのことだったので、お言葉に甘えることにしたのだが…。
レイテ…スリガオ海峡…僕の因縁の場所。それを考えすぎて提督の命令を忘れてしまうなんてね…北上さんに怒られるのは当たり前だし、山城にもお説教されるのは当たり前だ。
北上も山城も、時雨を思ってこそ怒ったのだ。そうでなければこうはならない。特に、仲間を失うことを極度に怯えている北上。そして、仲間が誰か1人でも欠けた時点で終わりだ、と言っている提督のことを考えると、とんでもない過ちだった。
仮にあのまま行っていたとして。万が一見落として史実のように全滅しないとは言え、誰かが1人でも沈んでしまったら…僕の責任なんてレベルではない。
(僕だって、みんなや提督に依存しきってしまっているからね…僕だって、誰かが欠けたら終わりだね…村雨や夕立だけじゃない。雪風…北上さん…みんな)
誰かが沈んだら横須賀は終わり。提督がいなくなっても終わり。そんな中で自分達は生活している。そこを突かれてしまったら終わりなのだが、それでもってしまっている。この方針は変えられないだろう。だからこそ、艦娘は提督の命令を守り続ける。一丸となって。誰かが大破したら必死に守るし、轟沈を回避するための攻撃方法も考えている。大淀が最悪の状況を回避するよう、頭をフル回転させる。現場はそれに従い、それでいて考えて行動する。そうして1年間。危険はあったが何とかやってきた。
(僕たちは確実に進歩してる。だから…仲間は増えるけど減ることはないと思い込んでた。それが思い上がりだった…)
猛省。提督にも「命令は絶対に守ってくれよ」とやんわり怒られてしまった。山城にお説教をされることをわかっていたから、短めに、苦笑しながらだった。普通だったら怒るだろう。怒鳴るだろうに…しかし、本当に山城のお説教は堪えた…心身共に…。
「やあ時雨。山城に一晩中怒られたんだって?そりゃあ災難だったねぇ」
最上がやってきた。手には間宮アイス。自分と最上の分の2つ。
「まーまー、これでも食べてリセットしようよー」
ほにゃーっと笑う最上。とりあえず…朝からアイス。うん、目は覚めるかもしれない。
「時雨がいないとねー。山城が集中できないんだって」
「山城が?」
「この間ボクたち遊撃隊で実戦演習してみたでしょ?その時の時雨の指示がすっごい正確でやりやすかったんだって。ほら、満潮と分担してボクや朝雲達の指示してたでしょ?山城は目の前の敵に扶桑に指示を出しながらやれるからって」
「そう、なんだ」
あの山城がそんなことを言うとは思っていなかった。実際に確かに山城はそう言ったことを本人に口に出すことはない。その裏では村雨を相棒と言っていたり、頼りになると言っていたりとかなり高く評価している。そしてそれが誰かから村雨に伝わり、さらに山城への懐き度が上がったらしい。
「提督にそう言ってたんだって。北上が出てけーって言ってた時、あれかなり怒ってたんだよね。時雨がいなくなるなんて考えられないって」
「そっか…僕は、山城にそんなふうに思ってもらえてたんだね」
「そうだよ。だから時雨はいてくれないと困るのさぁ。あっ、ボクもね!ちゃーんと索敵で役に立つんだからいなさいだって!これあれって言うのかなぁ!ツンデレ?」
いや、どうなんだろう。それはわからないけど…。
「あ、そうそう、北上は提督に脳汁が出るくらいお説教されたんだって!まあ、独断で出てけなんてできっこないし、時雨をボロボロにしようとしたからね」
「そ、それは…僕が悪いわけだし…」
完全にあれは自分が悪い。この鎮守府の絶対の命令「死ぬな、生きて帰って来い」をすっ飛ばしてしまったわけだから。レイテに必死になって忘れてしまうなんてなんと情けないんだろうか…。
「うーん、それでも出てけはないよねー。結局提督以外ボク達は信用できないわけだし、行くアテなんてないしね。何より、ボク達は家族なんだからさー。あっ、そう言えば春雨が来るんだよね!楽しみだね!」
最上は割と気を遣っているのか北上や命令を忘れてしまったことの話題から遠ざけようとしている。
「やっちゃったことはしょうがないよ。でも時雨は反省してるわけだし。別に、時雨はそれでも敵を倒すことが至上命令だーなんて思っていないでしょ?」
もちろんその通りだ。もう命令はちゃんと「死ぬな、生きて帰って来い」に切り替わっている。時雨は十分に反省もしているし、山城や満潮にまで怒られているし、玲司にも言われたしもう十分だろう。いつまでもクドクド言ってもしょうがない。
「じゃあこの話はお終いね。アイス溶けちゃうよ?」
「うん。ありがとう、最上」
「なにがー?」
「いや…うん、何でもない」
お姉ちゃんだなぁ…最上って。僕よりも。長女だから、かな?こうして最上はいろいろと気を遣ってくれる。心配してくれている。ボクはただアイスを食べたいと思っただけさ、なんていうけど。それなら三隈さん達と食べればいいだけだから。
「春雨…か」
「嬉しくない?」
「ううん。嬉しいよ。でも、あのボロボロに泣いて死にたくないって言っていた春雨を沈めてしまった記憶が村雨にも、夕立にもあるから…」
「それはそれさぁ。それを引きずったら春雨にもよくないよ。ボク達は艦娘なんだからさ。その辺は切り替えなきゃ。それならボクも三隈や鈴谷を目の前で失ったし、摩耶だって愛宕を失ったり。北上は大井や球磨に多摩を失ってるわけだからさ」
安久野の代からいる僕たちはそれぞれが悲しい別れを体験している。沈まなくてもいい不必要な戦闘で。時雨も。最上も。北上や雪風はどうなる。守り抜こうと思ったいろんな駆逐艦や巡洋艦を目の前で死ぬ様を見てきている。
「今いる姉妹や仲間と楽しくやってこそ、沈んじゃった姉妹や仲間は浮かばれるんじゃないかなぁ。ほら、長門さんや大井、笑ってるって言ってたでしょ?去年のお花見で!」
「うん…そうだね。春雨には、笑って過ごしてもらいたいね」
「うんうん!お姉ちゃんとして頑張るんだよ!いやぁ、時雨は楽でいいよねぇ。聞き分けがいい妹たちでさぁ。ボクなんか鈴谷と熊野がさぁ」
「それなら夕立が…」
妹の話になった。いろいろあるんだけど仲良くやっていきたいよねと言う話。
「もっとこう、龍驤さんたちみたいにわいわいできる姉妹でいたいよね!」
「わいわいしすぎじゃない…?」
「そうかなぁ?」
「最上達もかなり近いものがあるよ?」
「ケンカばっかりさー。ほんと、困った妹たちだよー」
しばらく時雨と最上は姉妹談話で盛り上がるのだった。
………
「オレ、『雷の女王』を北上姉に譲ろうかと思うんだよな」
「何言うとんねんいきなり」
しょんぼりと木曾がいきなりとんでもない発言をして龍驤が焦る。「雷の女王」は木曾の固有名詞だ。「原初の艦娘」は絶対に譲れないが同時に「雷の女王」も外せないものだ。
「いきなりどうしたのさ、木曾?」
「そうだよ。女王の座を譲るってのは無理じゃないかなぁ?」
「所詮称号だろうがよ。朝潮や神通みてえに名付けることができんなら、外すことくらいできんだろ」
「ほな木曾はどうなんねんな」
「『原初の艦娘』だけありゃ十分だろ」
「なんやねーん。どないしたんなー」
「ここの北上姉のこと見てたら自信なくした…」
「あー、うん、まあ、なぁ」
無理もないかぁ、と龍驤は思った。ここの北上は規格外と言ってもいい。神通や朝潮と言う『女王』と言う枠を飛び越えてしまっているくらいに強い。それこそ、慢心があったとは言え、木曾に黒星をつけた艦娘だ。
木曾はそれも原初の艦娘の攻撃力トップ3に入る実力を持つ。それを負かした北上はすでに木曾を超えている。そう木曾は考えた。
「しかもよ、オレが一度戦った時に見せた『雷の檻』と『雷の竜巻』…あれを即興で使うわ、今なんか使いこなして精度がオレよりも高いように見えたよ。だったら…」
北上を見て自分の女王としての座に疑問を持ったらしい。
「間違ってもそれ北上に言うたらあかんで?また北上が怒りよるんちゃうか?」
「ひっ!」
あ、トラウマになっとるやんけ、と龍驤。前回と言い、時雨とやり合った時と言い、北上の怒りはかなり苛烈だ。あのドロリとした光のない黒い目。あれが木曾に恐怖を植え付けてしまったようだ。
「だって…オレ、負けてるし…技は北上姉モノにしてるし…オレはじゃあ女王じゃなくてよくね?って思ったんだもん…」
子供か。いじいじといじけている。うーん…まあ北上はなぁ…あいつはうちでもわからんしなぁ…と龍驤も頭を悩ませるくらいだ。時雨とやり合った時でもまだ本気ではないな、と思ったくらいである。底が見えなさすぎる。
「あの…北上さんの強さって…仲間を思うからこそ強くなってると思うんです。だから、底って言うのはきっと…ないんじゃないでしょうか?」
鹿島がおそるおそる言った。原初の姉妹の集まりに鹿島もいた。その鹿島が北上を分析していた。
「底が…伸びる?冗談やないで。そんなん、北上は無限に強うなるってことかいな?」
「夕立さんもそうですが…北上さんは特に底がわたしでもわかりません。きっと…北上さんは仲間を守ることでいくらでも強くなっていくんじゃないかと…」
「お、おうっ…そ、それじゃあ夕立も…?」
「その可能性は十分にあると思います。北上さんほどではないと思いますけど…」
島風が戦慄していた。もうこれ以上強くなられても困るんだけど…と。確かに夕立もグングン強くなっている。五ヶ丘提督の艦隊の救援に行ってから、より速くなってきているのである。恐ろしい笑みを浮かべて「ぽーーーい!!」と叫びながら。笑っているんだろうけど、島風から見たら牙を剝いて襲い掛かってきているかのようにしか見えない。それがめちゃくちゃ怖い。
「神通さんもまだ伸びるでしょうし…朝潮さんも…横須賀の新たな女王はみんな…もしかしたら皆さんを…」
「超えちゃうって?それはそれでありなんじゃない?」
「えっ!?」
川内の一言に鹿島は驚くしかない。原初の艦娘を超える艦娘!?そんなことは…!?
「いやー、あたしとしては悔しいけどさ。ぶっちゃけ神通が伸びたら勝てると思ってないのよ。あの茨の動きでしょ?それだけならいいよ?でもさ、あいつもう1個やばいの持ってるよ」
「心眼か」
「心眼!?」
「ほら、あの夜の警備してるの。あれ心眼を鍛える鍛錬をしてるんだよ。今鎮守府内だったら皐月たちの秘密基地の手前、母港までは範囲広げれるんだよ」
「は、は…?」
「んなもんインチキやんけインチキ!」
「そう。インチキなんだよ。まだ開花しきってないし、神通がなぁ…自分なんてまだまだ足りないとか未熟者とか思ってるからさぁ…今でも結構あたし追い込まれてるよ」
「そうなんですか!?」
「おうっ!島風も夕立に捕まりそう!」
島風ちゃんまで…え、ええ?鹿島は理解が追いつかない。
「うーんせやなぁ…それを言うたら陸奥姉やんが武蔵に勝てるかわからへんって言うてるし、利根は最上に教えれるもんは教えれたって言うし。磯風は…何言うてたかわからんかったわ…」
原初の艦娘が焦るほどの実力の新・女王たち。
「大淀についても高雄がむっちゃ評価高いでなぁ。現に、高雄と戦略ゲームで引き分けとるし、どこで負けるかまで予測してたし。せやけど、もしかしたらやで?高雄を出し抜くような頭の回転をしよる可能性もあるっちゅーことや」
「ならいいじゃん…オレ、もう雷の女王「早まるなっちゅーねん」」
「なんでだよー!」
ああ、木曾が駄々っ子モードだ。珍しい。
「あんなぁ…轟沈して空席になったわけちゃうのに譲るはあかんて…って言うか、そもそも『女王』っちゅー称号はうちらが作ったわけちゃうんやけども…」
そう、「炎の女王」や「雷の女王」などと言うのは父、古井総一郎や虎瀬提督がつけたようなものだ。それでいて特に龍驤達は「うちが炎の女王やー!」などと言い触れ回っているわけでもない。言わせとけばええねん、がスタンスである。
それでも、その「女王」や「ニノ名」は唯一無二である。それを捨てるだなんてとんでもない。それがあるから多くの提督や艦娘から一目置かれる「原初の艦娘」と呼ばれるのである。
「そもそも北上が『女王』だって言っても何それ?ってまーったく気にしないと思うんだけどなぁ」
川内の言う通りである。北上は仲間と共にやっていくのであれば女王なんて縛りは逆に枷になりそうだなと思う。鹿島も同じだった。
よその北上以上に、そんなもので縛れるような存在ではない。ふわふわしつつ、それでいて恐ろしい強さを持つ。ストイックに仲間を守ることを決意。そして強くなることを決めた北上。その強さ、恐ろしさは横須賀の艦娘だけじゃない。原初の艦娘だって恐怖を時に覚えるほど。全艦娘の中で最強なのは横須賀の北上ではないか…とも思うくらい。
だから女王と言う名で縛ると枷になりそうな気がしなくもない。
「むーーーーー!」
「膨れなや…」
木曾が頬を膨らませて龍驤に反抗する。しかし、木曾も認めざるを得ないようであった。
「木曾はそのまんま。北上もそのまんま。それでいいんじゃないの?てか明石、北上の艤装、どうなってんの?」
「んー…あれ北上さん専用装備なんだよね。それでいて女王の艤装みたいにしてあるから…でも、日々いろいろいじってる。北上さん、どれが正解も何もわかんないから」
「お、おう…」
まだ進化しているのか。
「それでも、木曾ちゃんの『青龍の型』を使ったら体も艤装もやばいけどね」
「そうなのか?」
「そりゃああれは木曾ちゃんの固有技だもん。あれを真似るのはなぁ」
「き、北上姉なら…」
「ないって!」
いや、それフラグやん…と思う龍驤であった。
「だからー、木曾ちゃん!簡単に女王の座を北上さんに譲ったりしちゃダメだからね!」
「わかったよ…でも…うう…」
うーん、完全に自信をなくしている。それはさておき、雷巡最強の木曾をここまで自信喪失させる北上…か。ハイパー北上…いや、もうハイパーどころではない気がする。まだまだ進化する北上…か。ここから先、北上はどこまで進化するんやろうか…龍驤は畏怖と期待を持つしかなかった。
………
北上と時雨の激戦から数日が経つが、時雨はどうにも気まずくて北上を避けていた。まあ、あれだけ怒りの感情をぶつけられては簡単に話しかけるのも今でも躊躇われた。北上を見かけてはすぐに隠れたり、なるべく会わないようにして行動をしていた。
(よくないとはわかっていても…気まずいからね…)
ものすごく気にしている時雨だった。本当に気まずい…何と話しかければいいのか…。単刀直入に謝る?いや、そんな生易しいものでは済まないだろうし…。気さくに雑談?いやいや…あの雰囲気の北上さんを見た後でそんなの到底無理だ。詰みだ。だから北上を思いきり避けていた。
(北上さんにはものすごく失礼だけど…何かきっかけがほしい)
そのきっかけが何一つ見つからないのである。困った…本当にどうしたらいいんだろう…とここ数日頭を悩ませてばかり。夕立のように無邪気に近寄ることも、村雨のように陽気に話しかけることもできない。時雨のその一歩引いてしまう性格が仇となっていた。
(提督に相談してみようか…それしかもう思いつかないかな)
頭をシャンプーしながら考える。提督に付き添ってもらって何かきっかけを作ろう。そう考えた。やっとこの考えに思い至った。それほど思いつめていたし、時雨の性格上、紫亜や提督に頼むのは気が引ける…自分一人で何とかしたいと考えていたのだが限界だ。
考えていると誰かが頭を触っている。夕立か誰か?いや、これは夕立にしては丁寧すぎる。村雨かな?
「…?ありがとう。頭を洗ってくれるのかい?」
「はーい。洗いまーす。かゆいとこはございませんかー?」
「えっ!?うわっ、いたっ!?」
「あーあー、目ぇ開けちゃったの?泡まみれなんだから痛いってそれー」
声の主に思わずびっくりして目を開けてしまい、シャンプーの泡が目に入ってしまって悶絶する時雨。無理もない。その声の主は…
「きた、北上さん!?」
「はーい。北上さんだよー。時雨と裸の付き合いをしようと思って来たー」
いやいや…その言い方はまずい気がするけど…と思う。いや、それより北上さんがなんで!?
「はいはい。目を瞑ってー。頭洗いますよー」
「あ、はい…」
無言。わしゃわしゃと言う頭を洗う音だけが聞こえる。北上は鼻唄を歌って時雨の頭を洗っている。何て…話しかけたらいいの…。
「あ、気持ちいい…」
「んっふっふー。北上様のシャンプーは抜群っしょー。雪風とか皐月や文月がメロメロになるのだ」
ああ、これは間違いなく骨抜きになるな。うざーいと言いながら駆逐艦の面倒見のいい北上さんの事だ。ものすごく丁寧なんだろうなぁ…と思った。
「でもさー、これやるともっともっとーってうるさいんだよね。毎日洗ってとか無理だってーの。ほーんとくちくってうざいわー」
北上さんのうざいは心底言っているわけではなく、照れ隠しだ。こんな照れ隠しの言い方もどうかと思うが…北上さんらしいと言うか…。それでも村雨や吹雪が言うには、ニコニコ嬉しそうに頭を洗ってあげているらしい。かわいいんだよね、そこが…。
「あーい、流すよー」
「うん…」
「熱くない?ぬるくない?」
「ちょうどいいよ。気持ちいい」
「ほいほーい」
丁寧に泡を流してくれる。あ、マッサージまでしてくれるんだ。すごいな。やっぱり北上さんは優しいなぁ。
「うっしおーしまい。背中流すねー」
「え?背中も?」
「そだよ。はい、黙って洗われろー」
「はい…」
ふんふんふふーん♪と鼻唄を歌いつつ背中を流してくれる。痛くない?とか弱くない?など細やかな気配りが素晴らしい。さすがは駆逐艦を虜にする洗い方をしてくれる北上だ。しかし、しつこく迫ってくるわうるさいわでそうそうにしてくれることはなくなってしまった。
そんな栄えある北上の洗髪、背中流しをしてもらっている時雨は混乱しかなかった。
(えっと、普通に洗ってもらっているけど…北上さんだよね…?)
「あの、北上さん…だよね?」
「そだよ。昨日あんたとバトった北上さんだよ」
(やっぱり北上さんじゃないか…!)
確認するまでもなかったのだが…やっぱり北上だった。どうして僕は北上さんに洗ってもらっているんだろう。そして…。
「ういーーーー…」
テレビで見たおじさんがあげるような声を出して湯船に肩までどっぷり浸かってくつろぐ北上。時雨も促されて入っているが、無言。当たり前だ。時雨から声をかけるタイミングがないし、北上は「極楽極楽~」と言いながらくつろいでいるし。どうすればいいんだ。逃げるようにあがろう。そうしよう。そう思って立ち上がろうとした時だった。
「ごめんね」
「え?」
北上から声をかけてきた。謝罪の一言。
「かっかしすぎてめちゃくちゃ言った。ごめん」
「あ、うん…僕のほうこそ、あんなことを言ってしまって、ごめんなさい」
「はーい。これで仲直りね」
「ええ…」
何と言うか、北上さんらしいと言えばらしい。後味を悪くせずにスカッとうじうじ引っ張らずに終わらせる。おちゃらけているようで相手の心を読むのがうまい。
「結局さー。時雨に正論でぶん殴られてブチギレてたのがさらに逆ギレしちゃったのってあたしも悪いってところが大半と言うか99割あたしが悪いんだよね」
「それを言うなら9割9分、99パーセントじゃないかな」
「そうとも言う」
お互いにお互いが引けない状態だった。結局意地と意地のぶつかりあいでしかなかった。そのことを懇々と北上と語り合った。どっちが悪いではなく、どっちも悪い。だからお互い謝って終了!
「本当なら、過去に囚われないで…今のみんなで突破することのほうが大事なのにね」
「そうとも限らないよ。その記憶があるおかげで思いもよらないチカラを発揮する事だってあるかもしんないよ」
「そう、かな」
「現に時雨は過去の未練を断ち切ろうって思う強いチカラと、みんなを守る。玲司の生きて帰って来いって言う思いが時雨の蒼い眼に繋がったんじゃない?」
「えっ!?そうなの!?」
「あれー?時雨知らなかったの?つか村雨もぽいぽいも教えてあげなかったんだ」
「そ、そうだったんだ…」
「うん、電みたいな濃い蒼い色をしてたよ。正直うらやましいかな。そのチカラがあれば、あたしももーっと強くなれるかもしれないんだけどね」
「それなら明石さんに聞いてみたら?実は…」
明石に潜在能力と言うものを開花させるツボ?と言うものを刺激してもらったことを語った。目を点にしていたが、髪を拭くことも適当に「明石っちー、あたしもツボ押してー。天井のシミ数えてるからさー」と言って猛進していった。
強くなることに妥協しない北上だからこそ、頼れるものは何でも頼る。強さに横須賀の艦娘は貪欲すぎる。そうでなければレ級を退けたりできないし、「原初の艦娘」を超えることもなかっただろう。ある程度で妥協する他の提督の所の艦娘と違い、横須賀の艦娘はひたすらに強さを追い求める。
いや、それならば刈谷提督の所の艦娘もそうであるが。球磨や多摩、長月に菊月。長門。彼女たちも苛烈な鍛錬を繰り返している。
「いや、北上さんはそんなのなくても上限がわかんないんですから…」
「え?何?あたしもっと強くなれるの?」
ずるい。北上さんは本当に天井がないな…と時雨は改めて思う。こちらがギアをあげれば3速飛ばしくらいでギアを上げてくるものだから困る。ツボを突く必要もないくらいまだ強さの上がある。
「正直北上さんだけは本当に上限がわかりません!逆に突いてしまうと上限ができてしまうかもしれませんから…」
「ほうほう。じゃああたしはハイパー北上さんからハイパー北上さん2。ハイパー北上さん3になって身勝手の極意とか習得できる?」
「何ですかそれ…」
「身体が勝手に動いちゃう極意」
「いや、そう言われてもですね…」
「えー?明石っちならそう言うのを閃くことができるようにできるっしょー?」
「私を神様か界王神様か何かだと思ってません!?」
「違うの?」
「んんっ!違います!」
「それあぶぅじゃん」
「ちぇー。あたしはダメだって、時雨~」
「あはは…」
「何とかしてよあかしエモーン」
「ロボットでもないですって!」
この後しつこく北上が明石に迫ったがやはり、ツボを突いてくれることはなかった。
………
「むぅ~!」
頬をハムスターのように膨らませてムスッとしているのは雪風だ。時雨の部屋にやってきて、じっと時雨に怒った表情を見せている。改二になって大人びて美人になったのに、こういう子供っぽいところは変わらない。
「な、何かな」
「むー!」
「ぽいー」
夕立まで加わっている。何がどうしたのだろうか…。
「北上さんを取った泥棒猫さんです!」
「は?」
どうもここ数日…北上と一悶着あって心配させたことも原因であるが、それ以上に北上と最近一緒にお風呂に入ったりご飯を食べたりしているのが雪風としては大好きなお姉ちゃんを取られたような気分なのであった。さらに夕立はまたまた構ってくれない時雨に嫉妬をしているのだった。
「グルルル…時雨が構ってくれないっぽい。髪を洗ってくれなくて髪がギシギシするっぽい」
「どれ…?サラサラじゃないか」
「違うの!心の髪がギシギシするっぽい!」
「どういうことなの…?」
「時雨、夕立は嫉妬してるの。正直村雨さんもちょっとジェラシーかな」
「むーーーー!!」
「雪風うるさい…」
ため息を吐く。こうなったら仕方ない…北上さんも巻き込まれてもらおうかな…そう言って時雨はある提案を北上に打診するため、相談をした。ああ、相談ではなく強要。北上には「今日も一緒に入りませんか」と誘う。北上は嬉しそうに「あーいいよー」と答える。そして…北上には内緒で村雨、夕立、雪風を連れて浴場へと向かう。
「どーだ北上ぃ!あたしのシャンプーテクニックはよー!」
「摩耶、うるさいから静かに洗ってー」
「んだよ!感想くらい言えよ!」
「はいはい、気持ちいいよー」
「摩耶、背中はボクだからね!」
「あいよー。ん?おう時雨たち!お前らも風呂か?」
「いっ!?」
「北上さん!頭を洗います!」
「ぽいー、夕立は背中を洗うっぽいー」
「待って待って、背中はボクだよ!」
「じゃあ前を洗うっぽい!」
「いらないってー!今頭も洗ってもらったしー!せっかくきれいにしてもらったのに雪風にしてもらうとぼさぼさになるじゃんか!」
「んー、じゃあボクは時雨を流そうかな。北上、ごゆっくりー」
「しょうがないわね、じゃあ五十鈴が時雨の髪を洗ってあげるわ!」
「え、ええ?」
「じゃあ時雨の前を村雨さんが洗っちゃおうかなー!うわぁ、時雨って結構えっちな体してるね!」
「村雨に言われたくないよ!」
「五十鈴さんはー…うわー、うわー、すっご…!」
「何よ!五十鈴に何か文句でもあるの?」
「ううん…村雨達よりえっち…」
「はあ!?」
「うう、ボクはどうせ貧乳さ…」
「最上もきれいだよ」
「ほんと!?わーい!」
「わあ!ちょっと、手!手!」
「はぁー、やっぱ風呂はいいよなー」
「いだだだ!!雪風!痛いって!夕立おっぱいもむなー!!」
「ぽいー!」
「あーもう!くちくうざーーーい!!!!」
「ぷはぁ!お風呂の中からこんにちはー!ゴーヤだよ!」
「ぎゃあああああああ!!!!」
今日も騒がしい一日だった。ごめんね北上さん。でも楽しかったよ。
………
「グーテンターク。あ、違った、ごめんなさいね…ハチとお呼びくださいね」
「ハチでちー!!」
「あら、よろしくね、ハチ」
「よ、よろしく…お願い、します」
「んっふふー♪新しい潜水艦ね!さ、まずは肩でも「イヨちゃん?」…はい」」
潜水艦「伊8」ことハチ。その後いろんな艦娘からはっちゃんと呼ばれるようになる。伊号潜水艦の新たな仲間に潜水艦の艦娘達は盛り上がる。そして…。
「白露型駆逐艦五番艦の春雨です、はい。輸送作戦はお任せください……です」
「春雨っぽいーーーーー!!!!」
「きゃっ!?ゆ、夕立姉…さん?」
「はいはーい!いらっしゃーい春雨!」
「村雨姉さん…!」
待望の妹、春雨がやってきた。かつて安久野の時は非業の死を遂げてしまった春雨だったが、今度は違う。今度こそ、妹たちと一緒に。幸せになっていこう。白露もいずれは…会えるだろうか?いや、今は。
「ほらー、大事な妹が来たよ?歓迎してあげなきゃ」
北上に促されて時雨は春雨に近づく。
「やあ春雨。来てくれて嬉しいよ。一緒に頑張ろうね」
「時雨姉さんも…!頑張ります、はい!」
「とりあえずはちも春雨も今回はお留守番だな…それでも、これから一緒にやっていこうな」
「アハトアハト!あっ、違った…はい、提督!」
「はい!春雨も頑張ります、はい!」
大切な妹。村雨と夕立と…一緒に!そして、今は山城達とも一緒に…!
「おっし、今日はじゃあアレだな!」
「玲司ー、あたしマッシュルームいれてほしいなー」
「はいよ!」
「提督さん!夕立はチキン多めで!」
「あいよ!」
「提督、僕はケチャップでいいからね」
「おうよ!」
「提督!村雨はハートを書いてほしいでーす!」
「まかせとけー!」
「ん?」
「ぽい?」
その時村雨と夕立に抱き着かれていた春雨は夕立に抱き着かれているほうの温度が冷たくなってきたような気がした。それと同時に、エアコンが効きすぎなんでしょうか…お部屋がとっても寒く感じます…はい…。
「村雨、ちょっとお話しようか」
「村雨、今のお話ちょっと詳しく聞かせてくれるっぽい?」
「あー、村雨やっちゃいました?ここはー…来週の村雨さんにもご期待ください!」
「逃げたっぽいーーーー!!!」
「夕立、追うよ!」
「あ、あのー!皆さん!?」
「いいのいいの。あいつらいつものこったから」
「あっはっはー。あたし大井っち書いてくれる?」
「無茶言うんじゃねえ」
ああ、私、うまくやっていけるんでしょうか…?いきなり不安になる春雨であった。まあ、案の定、しっかり横須賀になじんで楽しくやっていくのだが。
そして、灼熱のレイテ沖海戦がいよいよやってくる。
北上と時雨の後日談と「原初の艦娘」の姉妹、鹿島の秘密のお話でした。そして何より春雨とはっちゃんの合流。
春雨ちゃんの改二はかわいいと言うか美しくなりましたね。しっかり育てていきたいと思います。
次回は新服司令長官の堀内提督の心中を明かして行こうかなと思います。レイテ、始まりませんね(苦笑)
次々回くらいから始まります!
清州副司令長官への思い、同期の刈谷君への思い。大府への思い。そして艦娘達への情念。ほぼ書いていない彼にスポットライトを当ててみようと思います。
それでは、また。