提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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「宵闇」川内も夜戦が好きですが大はしゃぎはしません。なぜなら過去に大騒ぎして陸奥に〆られたのです


第二十六話

眼前にあった小型の船が大爆発を起こす。それと同時に安久野の耳障りな断末魔の叫びを聞いていた川内。特に何の感慨もなく、欲に塗れた男の情けない最期を見届けた。

 

(あらら。あっけなかったねぇ。んじゃまあ、ここにいてもしょうがないし帰りますか)

 

帰って父、総一郎に報告して役目は終わりだと思っていたのだが…。ドン!と言う砲撃音を聞いて何事かと奴らを凝視した。沈みゆく何か。肌色の手が見えた。それは…

 

「ヨシ、ソレデイイ。ソッチノヤツモ沈メテシマエ。駆逐艦ガ増エルノハイイコトダ」

 

安久野の仲間達を護衛していた艦娘だろうか。襲われやられてしまったようだ。川内は耳を澄ませる。

 

「あ、あう、あ…嫌だ…嫌だよぉ…だれ、か…たすけ……て…ゴホッゴホッ…」

 

その声を聞いた瞬間川内の姿は闇に溶けた。時間は夜。周りは闇。この時間は彼女の時間である。闇から闇へ消える「宵闇」川内にとっては最高の時間だ。闇を猛スピードで駆ける。

 

軽巡ホ級が砲を構えたと同時にゴキャッと鈍い音が周囲に響き渡る。ホ級は倒れ込み、ピクピクと痙攣をしながら沈んでいく。ホ級の頭はひしゃげていた。

 

「ナ、ナンダ!?」

 

艦娘の前には膝をついている何かがいる。黒い影のような何か。たじろいでいると影が消えた。周囲を見渡してもいない。

リ級が周囲を見渡していると顔を誰かに掴まれた感触がする。上に気配を感じたので動かしにくかったが何とか上を見た。そこには顔があった。

自分の顔を掴んで倒立をしている?目が合う。その目が恐ろしいほど冷たい殺意をこちらに向けていた。抵抗しようとするも「ボギィ!」と鈍い音がまた闇夜に響く。体を捻り、勢いに任せてリ級の首をへし折る。飛んで着水すると同時にガァン!と砲撃音。イ級が爆発する。影が砲を撃ったのだ。

 

さらに影が高速で闇から闇へ消える。あまりに突然のこと。そして速さに残りのリ級達がついてこれない。一体、また一体とイ級が消えていく。しかし、砲を撃つ際は動きがやや鈍ることに気づいた。それと同時に必死に影を追い、砲を構える。

4体目のイ級を撃ったところで影にめがけて砲を放つ!砲が影に命中。「かはっ!」と言う声が聞こえる。ぐらりと腹に風穴が空いて倒れる影。瀕死の艦娘が「あ、ああ…」と絶望の声をあげた。

 

…勝った。突然の乱入に肝を冷やしたが、これで邪魔者はいなくなった。ニヤリと笑って最後の獲物に砲を構える。が、2体いたはずのイ級が同時に爆発した。さらに砲を撃ち、ホ級がやられる。砲を撃つ瞬間の閃光で見た。それが艦娘であることを。

 

「艦娘…!イツドコカライタ!?」

 

人間が乗った船はわかっていた。だが、こんなにも近くに艦娘がいたのなら電探で気づく。しかし、電探にも引っかからず、今の今までどこへ気配を隠していた?そしてこの動きの速さ。闇から闇へ消えるような艦娘など聞いたことがない。

砲を撃つがすぐに闇へ消える。潜水艦でもあるまいし、何がどうなっているのか理解ができなかった。こうなればまず先に駆逐艦を!

 

本当に一瞬で闇から飛び出したかのように、手がリ級の腕を掴む。そのまま飛び出した勢いに乗って腕に膝蹴りを受ける。駆逐艦を狙った腕はボギッメキメキと音を立ててあらぬ方向へと折れ曲がる。

 

「ガッガアアアア!!!」

 

姿が消え、距離を取ったかと思うと砲撃でもう片方の腕が飛ぶ。

 

「ギャアアアアアア!!!」

 

膝をついてのたうち回るリ級。目線には足。また瞬間移動をしたらしい。あまりの痛みと理解不能の出来事に、リ級は狂ったかのように笑い出した。

 

「ヒッヒヒヒ…ヒヒッヒヒャハハハハハ!!アハハハハ!!!オ前ハ一体…何ナンダアアアアアアア!!!!」

「あれをぶっ殺しただけだったら無視したけど、さすがにお痛が過ぎたね。死にな」

 

殺意を剥き出しにした冷たく透き通った声が聞こえた。わずか数分で、一度の被弾もなく。声を出すこともなく、闇から闇へと消える謎の何か。それが艦娘と気づくのには時間を要した。しかし、その瞬間には刃物のような何かで首を掻き斬られる。ブシャアアと何かが首から流れ出る感触。そして首を捻られて骨もへし折られる。ほんの一言しか発しなかった闇夜の暗殺者により、リ級達は全滅した。

 

ふう、と大きく息を吐く。一瞬で闇を走り、艦娘を撃とうとした軽巡を勢いに任せて踵落としを決め、頭と脳を砕き潰した。そして飛び上がり、相手の頭を掴みながら倒立し…と言う順に敵を屠っていった。昼間なら難しいが夜戦ならばこれくらいの編成ならばたやすかった。素早く全滅させ、艦娘へと近寄る。

 

「う…あ…ガハッ!」

「まだ生きてるね。深海棲艦になりかけてもいない。どうする?このまま沈みたい?それとも、生きたい?」

 

冷たい言葉だが無理に連れて帰り、憎しみに身を燃やして深海棲艦になられてはこちらとしても被害が出るだけでメリットはない。それならばここで沈めてしまうしかない。生きたいと願うのならまだ間に合う。急いで鎮守府に連れて帰れば傷は治るだろう。心の方までは定かではないが。

川内が手を差し出す。生死の瀬戸際にいるだけに、嘘はつけないだろう。だからこそ、聞く。生きる意志があるのか。それとも憎しみと怒りに身をやつして堕ちるのかを。

 

「生きる意志があるなら手を取りな。深海棲艦になるなら私の手を払いのけて。その時は処分してあげる」

 

はぁはぁと苦しそうに息をする駆逐艦。震える血まみれの手が川内に伸びる。その手は川内の右手を震えながら弱々しく握りしめた。少しずつ力が込められていく。

 

「生きたい…生きたい…よぉ…。こんな、死に方…やだよぉ!助けて…たすけて…!」

「わかった。あんた吹雪だね?しっかりしなよ。急いで安全なとこに連れてってあげるから!」

 

悲痛な叫びを聞いた川内は何としてでもこの子を助けたいと思った。夜が明ける前に。闇を走り出す。父と兄と姉が待つ横須賀鎮守府へと。

 

 

時は遡り、安久野が逃走したあとの横須賀鎮守府。何事もなかったかのように冷静に茶をすする古井司令長官。何が何だかわからない一宮提督と大淀、日向、陸奥と龍驤がいた。

 

「古井司令長官、この騒ぎは一体…」

「一宮君、君にも本当に申し訳ないことになった。何ともタイミングの悪い…」

 

「不法侵入者ですか。何とも物騒ですね」

「そうだね、彼は不法侵入者だ。しかし、彼は関係がないわけではない。彼は三条提督の前にここにいた提督だ」

 

怪訝に思った一宮提督は司令長官の話を聞く。この鎮守府で何が起きていたかを。日向は想像したことなどないようなあまりの内容に目を大きく開いて聞いていた。大淀は泣きそうになっていた。龍驤はそんな大淀に寄り添って頭をなでている。陸奥は目を伏せて現状を聞いていた。

 

「何という…人間のすることでは、ありません」

「だが、それで利益を得たり快楽を求めて艦娘に手を出す悪事が尽きん。ここは解放されたが他の泊地や警備府では今も同じ目に遭っている艦娘がいるかもしれない。それを突き止め、止める手立てがない。本当に、司令長官などという役職に就こうが私は無力でしかない」

 

やるせなく天を仰ぐ。一宮提督はその言葉にかける言葉が見つからない。日向はそう言った環境になく大湊警備府の艦娘として長いこと過ごしてきた。平凡で退屈な警備府と何度思ったことか。それがいかに幸せなことであったかを気付かされる。不満を言っても苦笑いで返されるだけだし、食事もきちんと給糧艦伊良湖がいてとれる。

毎日が誰が死ぬかわからない。暇があれば何かと暴行を加えられる場所など想像したことがなかった。自分の気楽さが情けなくなった。

 

「以前来たときよりも格段に雰囲気は良くなっていた。大淀君も、雪風君も。翔鶴君名取君も。みんな目がキラキラして活き活きしていた。活気があった。だがあの男のせいですべてがまた水の泡だ。特に翔鶴君と名取君。三条提督が今落ち着かせているようだが…大丈夫だろうとタカを括ってしまったが結果がこれだ。本当に…馬鹿なことをしてしまった」

 

総一郎は深く反省していた。総一郎は見た。顔を真っ青にして茫然と扶桑と瑞鶴に肩を支えられて運ばれていく翔鶴と名取の姿を。もう大丈夫だと玲司が言うと、雪風や夕立が泣いて怖かったと大声で泣いていたこと。何より堪えたのは重巡摩耶の言葉だった。

 

「あたしは提督。あんたはいい。あんたはいい人だから。でもさ、あたし達を。特に翔鶴さんをダシにあの野郎をほったらかしにしてた大本営も、あいつも。人間なんてやっぱり大嫌いだよ。提督…グスッ…お願いだよ…。あたし達を置いてどっか行ったりしないでよ!怖いよ…怖いよぉ!うええええん!!」

 

「わかってるよ、摩耶。大丈夫。大丈夫だよ。俺はどこにも行かない。ここにいるよ。よしよし、怖かったな。でも、えらいぞ。ちゃんと電たちを守ろうとしてた。摩耶も最上もえらいぞ」

「提督…グスッ…ありがとう…。ボクも怖ったよ…」

 

摩耶の人間に対する大きな不信感。あの大嫌いと言う言葉は本物である。艦娘と共存し、艦娘と共に長らく生きてきた総一郎にとって、たとえ担当の艦娘でなくても嫌いと言う言葉は大きく突き刺さった。横須賀の子に言われただけでこれなのだ。娘のように妻とかわいがってきた陸奥や龍驤、赤城。川内。島風、明石。この6人に言われたときは耐えられないだろう…。

 

「心の傷は他人の判断で決めつけるのはとても危険なのよ。表面上はケロッとしていても。心の奥底ではまだ血を出し続けているかもしれない。玲司君だってそうよ。元気そうにしてると思ったら、両親と妹さんが亡くなったところを夢に見て泣いていたこともあったわ。高雄にもお説教が必要ね。司令長官と二人で計画したようだけど、一歩間違えていれば横須賀はまた機能停止になるところだったわ。あれほどの実力を持った翔鶴や、この鎮守府を変えた強い心を持つ名取の心が折れたら誰が責任を負うのかしらね」

 

「うむ…早計だった…すまない…」

 

「私に謝られてもね。それなら大淀や食堂の皆に謝るべきよ。今行っても聞き入れてもらえないでしょうけど。こういうのは玲司君に相談を持ちかけるべきだったわ。ここの子達の状況を知るのはあの子だけ。よそ者がもう大丈夫なんて何が大丈夫なのか私も聞きたいわよ。まして一ヶ月も経っていないのに」

 

陸奥は玲司の味方をする。陸奥はいつもそうで、よほど玲司に非がない限りは玲司の味方だ。反論の余地はない。

 

「まあせやけど。あれがおらんようになるっちゅうだけでだいぶ気も楽になるやろ…。あとは川内しだいやけど」

 

龍驤が難しい顔で陸奥の怒りの言葉を止める。とにかく、この鎮守府にはもう安久野は近づけない。結果は望ましくない終わり方ではあったが、一番の問題である安久野をもう見なくて済む。と龍驤が助け舟を出す。しかし、総一郎は頭を抱えていた。

 

ドアが開き。玲司が入ってくる。その顔はひどく疲れていた。

 

「玲司、翔鶴は…名取はどうや?」

「ダメだ。フラッシュバックでパニックさ。翔鶴は何とか落ち着いた。名取はひたすらごめんなさいと言われたよ。艦娘用の鎮静剤で今眠ったとこ。二人とも。翔鶴には瑞鶴と扶桑。名取には五十鈴と阿武隈がいる。任せておいて大丈夫だろうよ」

 

「……翔鶴。せっかく…演習でようがんばって、うちや玲司がめっちゃ褒めたろと思ってたのに…」

 

「明日目を覚ましたらもう一回話をしに行ってみるよ。姉ちゃんはどうする?」

「うちはええ。それは玲司のが適任や。しっかりしいや」

 

「ああ。そして一宮提督。今日は本当に申し訳ございません。演習の感想を聞く間もなくこんなことに…申し訳ありませんが、話し合いはなしで。翔鶴と名取が気になりますので」

 

「それでしたら一向に気にしておりません。三条提督。貴方がとても艦娘に優しくしていると言うことがヒシヒシと伝わりました。私たちはこれで失礼させていただきます。次回、ご縁がありましたらまたよろしくお願いします」

「ええ。次は全力でやらせてもらいます」

 

軽く握手を交わして部屋を出た。今日はバスで大本営まで行き、そこで宿を借りるのだ。総一郎が迎えのバスを用意してあり、バスが来たと言うことでバスで7人は大本営へと向かって行った。

 

 

……

 

食事を済ませ、執務室へ戻る総一郎と玲司。沈痛な面もちで総一郎が玲司を見る。

 

「玲司、申し訳ないことをしてしまった。私や高雄の勝手な判断で事を進め、結果はこれだ…。何と詫びれば良いものか…」

 

「正直言ってこんなことはもうやめてほしいです。けど、あのクソッタレが二度と近づけなくなったのなら、それに越したことはない。けど、これでふりだしです。雪風は北上と他の駆逐艦とで俺の部屋の応接室を片付けて寝かせました。大淀、お前もそっちで寝るといいよ。みんなで寄せ合って寝た方が安心できるだろ。しばらくそうしよう」

 

「はい。提督。お心遣いありがとうございます。ですが、本日は提督がお休みになられるまでは秘書艦としてここでお待ちいたします」

 

「そっか。俺もそっちで寝るつもりだけど、川内からの報告を聞くまではちょっと寝れない。眠いなら先に寝てていいぞ」

 

「とんでもありません…。それに提督のお側にいた方が今は安心できますので…」

 

大淀も安久野にひどい目にあっている一人だ。やはり不安なのだろう。

不意打ちでの安久野の登場は玲司にも堪える事態だった。雪風も食堂に顔を出した時に抱きついてきたが、ものすごく震えていた。北上も会ったら魚雷をお見舞いしてやると普段は言えたが、いざとなると雪風を抱きしめて共に震えていたくらいだ。摩耶も最上も。気丈に振る舞っていた五十鈴も。皆奴にまだ怯えていた。

 

「川内は今帰路についている。どうも瀕死だった駆逐艦吹雪君を連れ帰っているようだ。深海棲艦にはならないようだが重傷のようだ」

「わかりました。妖精さん、ドックの準備を頼むよ。修復材も使って良いから」

 

「かんむすのききはほうっておけないです」

「おまかせー」

 

わらわらと妖精さんがどこからともなく現れてはドアへ向けて飛んでいく。大淀がドアを開けると一斉に「ありがとうございます」と言って飛び出していった。ふふっとかわいらしさに大淀が笑う。

 

 

「ほとんどいなくて俺が連れてきた妖精さんだけだったけど、少しずつ増えてきたな」

 

「みんなごはんはくれるしやさしいし、たのしいって」

「なかまをよんできてくれるって」

「よかったねー」

 

机の上で一生懸命話しかける妖精さんがかわいく、人差し指で頭を撫でる。それだけでキラキラ輝いてじぶんもーとドックへ飛んでいった。

 

「大淀、吹雪をドックに入れる準備を手伝ってあげてくれ。医務室のベッドも用意してくれるみたいだから、川内と協力してくれ」

「はい。かしこまりました」

 

大淀が出て行った後、総一郎と龍驤、陸奥。そして玲司だけとなる。

 

「玲司…」

「ここの子達はみんないい子たちばっかりだ。皿を並べる手伝いを自分からやったり、文句も言わずに龍驤姉ちゃんのきつい訓練もこなす。みんなで楽しく過ごしたいって。だからそのためには強くならなきゃ。これくらいへっちゃらだって。疲れてるのに笑って雪風や村雨が言うんだ。

摩耶が泣きながら言ってた。俺がいなくなったら嫌だって。最上も。俺はそんな願いを叶えたい。何が妻だ。艦娘は提督に手出しできない。翔鶴は箍が外れて俺を襲ったけど…。それをいいことに。抵抗できないことをいいことに…。……ふざけやがって…………ふざけやがってえええええええ!!!!」

 

「馬鹿ね…。一度反乱が起きれば人間なんてなすすべもないのに。深海棲艦にいいように蹂躙されて、救世主だ。救いの女神だともてはやして。今では自分達がこの国を守る救世主にでもなったかのように。ここの醜いのが死んでもケロッとしてるのよね。艦娘がいなければすぐさまこうして殺されると言うのに。あら、随分と驕った言い方になっちゃったわね」

 

「一部の馬鹿な人間が艦娘に反乱でも起こされては困ると言い出し、艦娘に刷り込みを施した。提督は絶対であり、抵抗や反抗をしてはならんと。私や友人、虎瀬のおじさんだね。他にも多くが反対した。人間に寄り添おうとする艦娘を自ら突き放す行為になると。結果はこれだ。刷り込みも完璧ではないことが判明したが、それでも艦娘は弱い立場にある。お前や一宮提督のように、共に寄り添い、歩める提督は貴重だ。

私はそんな提督こそ、真の提督だと思っている。すまなかった、玲司。陸奥も高雄を責めないであげてほしい。私が考え、高雄にやらせたんだ。高雄は私の命令を実行したに過ぎん。頼む」

 

玲司と陸奥に深々と頭を下げる。

 

「…そう言うと思ったわ。お父さんはほんとに甘いんだから。わかったわ、高雄には何も言わない。ここで胸に仕舞っておくわ」

「元はと言えばあのクソッタレのせいだ。おやっさんのせいだけにはできない。俺はそんなことより今からやってくる吹雪や翔鶴達のケアに今は全力を注ぎたい」

 

「資材のことや何かがあれば遠慮なく言いなさい。これで償えるとは思ってはいないが、可能な限り援助は惜しまないよ。横須賀は立て直しの最中でたくさんの資材や物資が必要だ。お前は私に気を使わなくていい。ドンドン言いなさい。いいね」

 

「ああ、ありがとう。おやっさん。まずは戦艦を増やしたいね。扶桑一人では負担がでかい」

 

「うむ。その辺は工面しよう。後日通達する。それから…」

 

川内が戻り、吹雪がドックから出るまで寝ずに今後の横須賀の予定や必要な物などの会議が続いた。それは日が差すのも忘れ、朝になるまでお互いが納得するまで話をした。時々二人で笑いあうほどにまで関係は修復したようだ。そこは陸奥も満足げだった。

 

 

「じゅんびできたよー」

「いつでもだいじょうぶです。はい」

 

「ありがとう、妖精さん。もうすぐ帰ってくるそうですので助かります」

 

母港で重傷の駆逐艦吹雪を連れて帰って来るという。一体どうして駆逐艦が一人だけ…と疑問が残るが、それよりもまずは傷を治してあげないことには話が進まない。不安を残しつつ古井司令長官の川内の帰りを待つ。

 

……

 

待つこと数十分。ぐったりとして動かない駆逐艦を背負った川内が帰ってきた。川内自身は疲れた様子もなくすいすいと陸に上がって吹雪の艤装を外し始める。

 

「お、おかえりなさい…。お疲れさまでした」

「ただいま。ありがと。それよりドック使える?この子入れたいんだけど。あたしも寒いから入りたい」

「はい。すぐに入れます。川内さんもすぐ入ってください」

 

吹雪は体中ボロボロだ。出血もひどく、艤装も大破。ぐったりとして苦しそうに息が荒い。早く入れてあげなくては。

 

艤装を下ろしている川内より先に吹雪をドックへ連れて行く。時々ゴホゴホと咳込んでいる。ついには大淀の背中でガブッと血を吐いた。

 

「吹雪ちゃん、しっかり!大丈夫、もう治せますからね!」

 

血が服に着こうが気にはしない。急いで服を脱がせる。ボロボロならとハサミを持った妖精さんが服を切ってしまったりもしたが一刻の猶予もない。体も傷だらけだ。

 

ゆっくりと湯船に吹雪を入れる。入れると同時に大きなバケツを数人の妖精さんが担いでいる。そんな力が小さな体のどこにあると言うのだろう。すぐに湯船へと修復材を流し込み、かき混ぜ棒を持った妖精さんがぐるぐると湯を攪拌する。それだけでみるみる吹雪の傷が消えていく。しかし…

 

「消えない…傷?時雨ちゃん達と一緒…?」

「う、ううん…ひ、ひっ!?こ、ここ…は」

 

「ここは横須賀鎮守府です。吹雪ちゃんですね?」

「は、はい…私、助かった…んですか?」

 

「そうだよー。あんたが助けてって。死にたくないって言ったからね」

「えっ、川内さんいつの間に…?」

 

誰もいなかったはずなのに大淀の後ろで足を伸ばしてくつろいでいる川内。はーとご機嫌だった。

 

「あ、ありがとう、ございます…それで、私は…どうなるんでしょうか…?」

「原則的に所属している鎮守府へ帰還していただくことになっています。あなたはどちらに所属を?」

 

「宿毛湾泊地です…。何だか怖い人間様がえっと高飛び?すると言って護衛しろと…。そうしたら襲われて…」

「た、高飛び!?」

「ここの前提督の仲間だろうね。そいつが着いたときにはもう船の破片しかなかったからやられたんだね」

 

「私…私、あそこに帰りたくない…帰りたくないです!もう嫌…毎日殴られたり蹴られたり…熱いお湯をかけられたり…!」

 

大淀は吹雪を服が濡れようが関係なく抱きしめた。泣きながら化け物めと罵られ、暴力を受けていたと大淀に話した。以前のここと変わらない。負傷しても長いことドックには入れてもらえず、無数の傷が体に残ってしまった。今回の護衛で仕方なくドックに入れられ、駆逐艦3人で護衛を任されたという。それにしては護衛の数も少なく、杜撰である。

安久野の仲間だろうか?どうしてこんな人間ばかりが提督をやっているのか。大淀もますます人間が信じられなくなっていった。

 

玲司と食堂で顔を合わせ、食事をとって眠らせようとしたが眠る気配がない。震えていて何かに怯えているようだった。明石に頼み、恐怖で眠れない吹雪に薬を飲ませてようやく眠りについた。

 

「初雪ちゃん…むら…く…も…ちゃん…ごめん…な、さ…」

 

眠る直前のうわごと。涙を流して眠りについた吹雪。

 

「どうして…どうしてこんなことばかり…うっうう…」

 

大淀もへたり込んで顔を隠し涙を流した。人間にとって艦娘とは何なのだろう?それは艦娘には分からない。

夜が明ける。外はどんよりと重い分厚い灰色の雲。横須賀は彼女たちの心模様のように冷たい風が吹き、白い雪が風に舞って降り積もる。彼女たちの心が晴れ、雪が解けるのはいつになるのだろうか?




また暗い話に逆戻りです。最低の置き土産を置いていき、どこまでも邪魔しかしない一味。吹雪がお嫁さんの提督さん。吹雪もちゃんとひまわりの花のような笑顔にしますのでしばし我慢ください…

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