提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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因縁の対決はこちらでも。
佐世保鎮守府、刈谷提督の大きな戦いが始まります。


第二百七十話

/佐世保鎮守府 執務室

 

「提督、球磨さん達が戦闘を開始しました」

「順調だな」

 

刈谷提督はモニターを見て余裕の笑みを浮かべる。サポートの能代も少し安心したようだ。しかし、ここからが決戦。球磨達については何も問題はないと確信していた。

 

それよりも、新たな敵「深海鶴棲姫」のほう。つまり、三条達の艦隊の方が心配であった。未知なる深海棲艦。偵察の画像を見たが明らかに瑞鶴のような見た目をしていた。エンガノ岬沖で囮として散った航空母艦「瑞鶴」…艦娘の瑞鶴に似せた見た目。全く益体もない。

 

だが、三条の艦隊はどんな困難も全部はねのけ、大逆転。それも満塁サヨナラホームランばかりを決める奴らだ。必ず勝利を決める。そうすりゃこの大規模作戦も終わり。しばらくはゆっくりさせてもらうぜ、と決め込んでいた。

 

(問題はあっちでもなく、深海棲艦戦でもなく…こっちなんだよな)

 

刈谷提督の懸念点。それは三条達の艦隊でもなく。自分の艦隊でもなく。自分自身に降りかかるであろう災難の事。今までは来なかった。だが、今回は自分のほうが階級は上。そして今回あいつは作戦から外した。

 

だからこそ来る。今日この日に絶対来ると確信していた。一番おいしいところで。飛龍を沈めた時のように、最高のタイミングで横やりを入れてくるだろう。

 

来いよ。準備は全部こっちでしてやったんだ。

 

「提督、これなら問題なさそうですね!」

「慢心してんじゃねえぞ。テメエの姉妹が沈んでもいいのかよ。フン、球磨に報告だな」

 

「ま、待ってください!!それはやめてください!問題はないと言っていますけど、ちゃんと最後まで油断はしませんよ!」

 

「フン、まあ、いいけどよ」

「もう…そうやってすぐ意地悪を言うんですから…」

 

「ククク、テメエはそうやってすぐに焦るのおもしれえな」

「提督!」

 

「へーへーうるせー」

 

僅かに緊張がゆるむ一時。張りつめてばっかりは疲れるだけだし、いざってときに集中が切れる。たまにゃこうやって能代でもいじって緊張を緩めねえとな。

 

そうしてさらに能代が顔を紅潮させて抗議しようとしたその時だった。

 

パンパンパンパン!!!

 

「きゃああああ!!!!」

 

何か乾いた音と誰かの悲鳴。この声は…愛宕か?

 

「今の音…何?」

「……来やがったか」

 

「提督?」

 

能代が構える。刈谷提督はうっすらと笑いを浮かべてその状況を理解した。次の瞬間。

 

「提督、逃げてえええええええ!!!!!!」

 

愛宕の絶叫するかのような指示が飛んだ。

 

………

 

「ふんふん♪ぱんぱかぱーん♪」

 

愛宕は現在出撃の様子を見守っている提督のために、疲れた脳に糖分を…と言うことで甘い紅茶を淹れていた。意外と甘党なわたしの旦那様。いつもわたしが淹れた紅茶をうまいと言って飲んでくれている。その甘さは研究に研究を重ねて仕上げたものだ。

 

甘すぎるんだよ。糖尿病にする気か。

…苦ぇな。俺甘いのがいいんだよ。

 

子供のわがままのような言い方であったが、愛宕はニコニコしながらごめんなさぁいと言って新しいものを淹れてくる。そうして完成させたのが愛宕特製のミルクティー。刈谷提督専用の甘さの紅茶だ。これには悔しいと言っていた龍田。でも、嬉しいことなどは嫁艦で分け合うのが龍田、葛城、愛宕の考えることだった。なので、紅茶を淹れるのは愛宕が専属になった。

 

「さあ、できたわ~!ちょっと早いかもだけど、提督には英気を養ってもらわないとね♪」

 

そうして食堂から執務室へと紅茶を運ぼうとしていた時だった。執務室まであと少し。その廊下で愛宕はそれに遭遇してしまった。

 

「あら…?」

 

提督の服を着ている。お客様?いや、こんな大規模作戦を展開中にこの場所に別の提督が来るなんてありえない。そして、愛宕が愛する提督の姿を見間違えるはずもない。体系や身長は似ているかもしれないが絶対に間違えるはずがない。

 

「あの…」

 

それは愛宕にとっては不幸だった。しかし、それがなければ愛宕は悔やんでも悔やみきれないことになっていたかもしれない。運命の一言。それを愛宕は提督にかけた。

 

声に気づいたその提督は振り返る。そして愛宕は思い出し、恐怖に顔が歪んだ。お盆に乗せた紅茶を投げ捨てるかのようにしてその男の横をすり抜け、走り出した。

 

まずい。非常にまずい。その男の顔は知っている。忘れるはずもない。この男は…わたしを思い出したくもない人形にしてくれたあの男!そして、わたしの旦那様の…敵!!!止めるのは難しいだろう。だから愛宕は真っ先に自分の提督にその事態を知らせるために駆けだした。しかし…。

 

パンパンパンパン!!!!

 

「うあ!!!」

 

背中や足に痛みが走る。そして、ガクンと膝から崩れ落ちた。愛宕はふとももを撃たれた。拳銃で。このくらいでは死にはしないが、痛みはある。ましてや艤装のない今はただの女の子だ。突然のことにパニックになりそうになった。ダメだ。この音で異変に気付いたかもしれないけど…逃げてもらわないと!!!!

 

「提督、逃げてえええええええ!!!!!!」

 

愛宕はあらん限りの声を振り絞って叫んだ。男は足早に自分を無視して執務室へと向かう。

 

「やめ…やめて…!誰か…誰か…ぐう…!!」

 

ふとももから大量の血を流しながら愛宕は立ち上がった。あの人を守らないと…!その使命感ただ1つで。

 

………

 

「て、提督…?」

「能代、下がってろ」

 

「今のは…銃声ですよね…?一体、何が?」

「もう一回言うぞ、下がれ」

 

確実におかしい。それが能代の出した答えだった。そしてそれは正解だった。能代は冷静に刈谷提督を守るために刈谷提督の前に両腕を大きく広げて立つ。少しでも提督を守るためだ。今からこの部屋を飛び出したところで撃たれる。窓から飛び降りる?すぐ近くに窓はないし、大きくはあけられない。窓を割っている間に侵入され、撃たれるだろう。

 

「能代、命令を聞け」

「提督、その命令は聞き入れられません。問題はありません。ただの銃ならば、この能代は死ぬことはありません」

 

「特殊弾だったらどうすんだよ?」

「その時は…仕方ありませんね」

 

「馬鹿言ってんじゃねえぞテメエ」

「…来ます!」

 

コンコン。

 

ノック。刈谷提督はこのノックは愛宕ではない。って言うか、呑気にノックしてんじゃねえぞこいつ。

 

ダンダンダン!!!

 

そう思っていると再度銃声。派手なノックだなおい。ドアに穴が空く。鉄板なんて仕込んでないしただの木製のドアだ。簡単に貫通しちまうなぁ。しかも何発撃った?さっき4発撃ったな?んで?銃声止まるまでに12発?おいおい、オートマチック拳銃かよ。そいつぁ違法だな。いくら銃の所持が許可されてはいても、俺らは支給されたリボルバーの6発しか撃てねえ拳銃だけだ。いきなり犯罪かよ。

 

カチャリ…と静かにドアが開く。しかし、入っては来ない。

 

「残念だったな。ドアの向こう側に俺はいねえんだわ。そんな常識は捨てちまってたらよかったのにな。入れよ。あいにくと俺は丸腰だ」

 

マガジンを差し込み、リロードを完了させた状態で入って来た爬虫類みてえな無表情な顔した男。

 

「よお、来ると思ってたぜ」

「………」

 

表情を一つも変えず、拳銃を向け、入室してくる男。刈谷提督の不倶戴天の敵。大府和雄がやってきた。

 

………

 

入って来たと同時に大府は刈谷提督へ向けてマガジンに満タンに入った弾丸をお見舞いしようと拳銃のトリガーを引く。しかし、それは命がけで提督を守ろうとする能代に向けて全弾命中。しかし、一発は肩に刺さった。

 

「ああっ!?く、くうう…て、提督…?提督!?」

「心配いらねえ…弾は抜けてんな」

 

「…邪魔ですね」

「あなた…一体何の目的で…!よくも提督を…!!」

 

「決まってんだろ。俺を殺しに来たんだろ?この最高のタイミングでよ」

「ええ。その通りです。刈谷君、あなたを殺しに来ました」

 

ここまで正々堂々と言われるとむしろ清々しいな。能代は驚愕するわな、そりゃ。

 

「だが殺し損ねた。最初の銃撃で俺を殺しておかねえとタダでは死なねえぞ?残念だったな。ドアを真正面に執務するのは入って来てすぐ飛んでくる海防艦のチビにとっちゃ危ねえと思ってな。ちょうど模様替えしたところだったんだ」

 

半分正解である。勢いよく佐渡や大東、占守なんかが突っ込んできて机にぶつかりそうになるものだからそれを未然に防ぐために机を動かした。一応まだ抜けきっていない海防艦を見越してぶつかってもいいように人をダメにするクッションを数個設置している。

それと同時に、大府の襲撃を見越してと言う面もある。これが正解だった。ドアの向こうからサブマシンガンでも撃たれりゃこっちも命がない。壁からここへ面で撃ってくる可能性も考えたし、手榴弾を投げ込まれる可能性も考えた。艦娘の砲撃だって考えた。

 

拳銃で俺を殺しに来たか、と思うとおかしくて笑ってしまった。そして、初手で自分を殺しきれなかったことで、完全敗北の可能性も薄くなった。余裕が出た。

 

「随分と余裕ですね。そのままその艦娘を撃ってどかせばあなたは丸裸なのですが」

「こいつは能代だ。貴様は金剛以外の艦娘の名前は頭に入ってねえわな。ちゃんと覚えておいてやれよ、かわいそうに」

 

「……」

「てい…とく…は、私が、お守り…龍田さんの旦那さんを…死なせるわけには…」

 

「撃てるもんなら撃ってみろ。能代を撃ってどかした瞬間、貴様の眉間に涼しい穴を空けてやるからよ。能代を撃ってくれやがったな。貴様、タダで帰れると思うなよ」

 

刈谷提督も銃を手にしていた。そして、憤怒の表情で大府に啖呵を切る。実際に大府は能代がいることで刈谷提督を一撃で殺害することに失敗した。大府もわかってはいた。喋る間も与えず、反撃の余地もないように殺しきらねばならないと。それに失敗した時点でどう彼を殺そうかと考えを巡らせるしかない。

 

「艦娘は連れてきてねえよなぁ?連れて来てたらバレるもんな。レーダーで一発だ。艦娘の砲撃でここを丸ごと今から吹っ飛ばせば貴様の勝ちかもな」

 

やれるもんならな、と目で訴えている。すでに睦月型だろう艦娘が配置についている。愛宕だろうか。冷静だな。あいつ…撃たれてんだろうによ。俺の嫁を撃ちやがったな。その代償は高くつくぜ。それと、能代への銃撃もな。

 

「20年ですか」

「あ?」

 

「あなたを排除しようと思いついて20年です」

「随分ちんたらやってたんだな。俺がその気になれば貴様なんざ半年で消してやるぜ?」

 

「それをしなかった理由は?飛龍さんを沈めた時、確かに言っていましたよね?殺してやると」

「貴様なんざ殺して俺の人生にメリットあるか?殺人者ってマイナスのレッテル貼られるだけでいいことなんざ1ナノミリもねえだろ」

 

ないのだ。この男は確かにチョロチョロと鼻につくことはしてくるが、排除したところでいいことは1つもない。せいぜいチョロチョロされなくて済むだけだ。殺せばこちらが犯罪者になるだけだし、亀一郎の爺や康介の馬鹿親がいる。必ず報復される。文字通り地の果てまで狙って来るだろう。ならば無視しておけばいい。確かにあの時はカッとなって言ってやったが。

 

「口だけの腑抜けでしたね」

「クク、まあそう思うんだったらそれでいいよ。貴様を相手にしても疲れるだけでいいことはねえからな」

 

って言うか何をこいつは悠長に語ってやがるんだ?さっさと殺しやがれよ。

 

「それでは、私の20年の邪魔者に、ようやく終止符が打てますね」

「くっ、提督は撃たせ…ぎゃあ!!あああああああ!!!!!!」

 

何とか立っていた能代のふとももを撃ち、そしてその傷口を踏みつける。絨毯に能代の血が広がっていく。そして、苦悶の表情を浮かべる能代だったが、拳銃を奪おうと手を伸ばすも、それは失敗し、腕を曲がってはいけない方向へと曲げられ、悲鳴をあげた。

 

「心配はいりません。刈谷君を殺したら残らず解体し、刈谷君のもとへ送って差し上げますよ」

「この……鬼畜が…!!うぐうう!!」

 

折れた腕をそのまま捻り上げる。何度も言うが、艤装のない艦娘は一般人と変わらない。寒さ暑さも覚えるし、痛みだってごまかせない。今の能代は高校生くらいの女の子くらいのチカラしかない。死なないだけで。死ににくいだけで。折れた腕の痛みは想像に尽くしがたい。それをずっと与えられているのだ。

 

「能代を離せ。俺が目当てなら俺だけに苦痛を与えやがれ」

「20年あなたを思ってきましたが最近やっとわかったんですよ。あなたはあなた個人を痛めつけるより、周りのモノを痛めつけたほうが効果があるんですよ。このようにね」

 

「うああああああ!!」

「貴様…」

 

さらに能代のふとももを撃ち、踏みつける。能代は涙を流して苦痛を耐える。だが能代は強い。提督を守るために折れていないほうの腕でさらに大府を殴りつけようとする。しかし…それも虚しくすぐに捕まり、同じように折られてしまう。刈谷提督の顔から余裕が消える。

 

「折れた両腕で体重を支えているのです。意識を失わないだけ立派ですね」

 

がっ、あが…と言い、涙やよだれや鼻水でグシャグシャの能代の顔をこちらへ向ける。足は血塗れ。体も銃創。やっぱりこいつ、頭おかしいわ。と思う。

 

「さあ、刈谷君に助けを求めてはいかがですか?あなたがそう言えば助けてくれると思いますよ」

 

無表情でそう言う大府。能代は虚ろな目だったがちゃんと聞こえていたのか…ふふ…と不敵に笑う。

 

「あが…あんた…の指示に、従う…ぐ、なんて…死んでも…ごめんよ!」

 

ぶっ!と能代は血の混じった唾を大府の顔に吐きかけた。

 

「私は…能代は…刈谷提督の命令しか…聞かないわ。誰が、あんたのような…男の命令なんか…聞くもんですか」

 

「そうですか。ではもうしゃべらないでください」

「ぎゅっ…かはっ!」

 

そう言うと大府は能代の首を強く締めた。途端に赤黒くなっていく能代の顔。それを見ていた刈谷提督が大府の前に拳銃を投げ捨てた。

 

「やめろ。降参だ。能代から手を離せ。貴様に殺されてやるからやめろ」

 

そう言って手を上げる。降伏だ。これ以上能代が苦しむところを見たくない。

 

「最初から私に従っていれば能代さんは苦しむことがなかったのに。ひどい提督ですね」

「ごほっ!がはっ…!!!て、ていと…」

 

「喋んな能代。大人しくしてろ」

 

「それでは刈谷君。これで終わりです。苦しまずにあなたは死なせてあげますよ」

「や、やめ…!!!やめで!!!」

 

能代は最後のチカラを振り絞り、折れた腕を無理やり動かして大府の銃を突き出した腕を取った。大府はすぐさまどかそうとするが、火事場の馬鹿力か。能代は決して離れなかった。ダン!ダン!!と刈谷提督を狙ってみたが全然見当違いのところに着弾した。

 

「能代…!」

「ああ!て、提督!!」

 

振りほどかれ、さらに能代が飛びかかろうとした時だった。

 

ヴーーーー。ヴーーーー。

 

定期的な音で聞こえる何かの音。刈谷提督は気づいた。俺の携帯が鳴っている。

 

「電話だ」

「出させませんよ。おとなしく死んでください」

 

「おいおい、ダチからだよ。最後なんだから遺言くらい言わせてくれよ。大親友なんだよ。せめてもの情けをくれよ」

 

笑いながら大府に懇願する。能代の件といいこの電話と言い、なんだか惨めに思えた大府は刈谷提督に許可を出した。

 

「いいでしょう。ただし、余計なことを言った場合、死ぬことになりますよ」

「うるせえな、わかってるよ」

 

刈谷提督はスピーカーモードにして応答のボタンをタップした。

 

『もしもーし?』

 

間延びした男性の声がする。年はいっているな、と大府は思った。

 

「もしもし大蔵さん?いいタイミングで電話かけてきてくれたな。最高だぜあんた」

 

『ナッハッハッハ!お取込み中でしたかねぇ?今ぁお時間よろしいですか~?』

 

このおっさん、盗撮カメラでもつけてんのかってくらい最高のタイミングで電話をかけてきた。いや、今大府に殺されかけてんだけどよ、なんて言った瞬間頭を撃ち抜かれると思ったので言うのはやめた。だが、刈谷提督の命は今風前の灯火である状況に変わりはなかった。

 

電話の主は大蔵警部だ。警視庁きっての昼行燈な警部。この男は無駄なことはしない。このタイミングで電話をかけてきたことについて、刈谷提督は本当に何も伝えてはいない。そもそも作戦の事は最重要機密事項なので警察になんか漏らせるわけがない。俺にツキが回って来たか。そう思うと笑みを隠し切れない。

 

「ああ、いいぜ。どうした?」

 

大府がわざとらしく拳銃のスライドを引く。さっさと要件を済ませろとのことだ。うるせえな。今からおもしれえショーが始まると思うぜ?おとなしく待ってろよ。

 

『刈谷さん、お待たせしましたねぇ。全ての準備が整いましたよ』

「へえ、そうなのか。そいつはよかったな」

 

『ええ。苦節15年あまり。ようやくですよぉ。おっと、無駄話は厳禁ですな。今ぁそちらにどなたかいらっしゃいます?』

 

「ああ、古いツレが来てんだよ。まあちょっと談笑してたとこだ」

 

『おやおや、そいつは失礼。ではそのお連れの方もご一緒にいかがですかな?刈谷さん、そこにテレビはございますかなぁ?』

 

「ああ、あるぜ。あ?ただテレビつけるだけだろうが、それくらいさせろよ」

 

大府を制してテレビのリモコンを取る。海防艦が提督の膝の上に座りながら騒ぐとうるさいのでアニメなんかが見れるように設置した。そいつが今回は刈谷提督の命を救うことになるとは思いもよらなかった。

 

テレビは他愛ないワイドショーをやっている時間だ。コメンテーターと司会者がのんきに佐世保のレモンステーキのおいしいお店を紹介している。大府はもはや殺そうと思った。電話なんぞさせているだけ時間の無駄だと。

 

『番組の途中ですが、ここで番組の内容を変更してニュースをお伝えいたします。はい、現場と繋がっているようです。上挙母(うわごろも)さん?』

 

緊急速報らしい。画面が切り替わると同時に『はい、こちら上挙母です』と緊迫した面持ちで女性キャスターがマイクを持って喋りだした。その画面の背景は見覚えがある、と大府は思った。

 

『こちらはただいま、大府コンツェルンの正面玄関です。さきほど、警視庁の緊急会見がありました。その中で、こちら、大府コンツェルンの代表取締役社長、大府康介社長に逮捕状を発行した、と発表しました』

 

「お?なんかいきなり緊急特番が始まったぜ?おいおい、ここ、大府コンツェルンじゃねえか。あ?大府康介に逮捕状?大蔵警部、あんた電話してていいのかよ?」

 

『ナッハッハッハッハ!アタシの仕事はもうちょいしてからですねぇ!『大蔵さん!出ました!行きますよ!』おおっと、わかりましたよぉ、青坂君。それじゃあちょいと巻きでお願いしますよ』

 

『緊急車両出ます!緊急車両出ます!停まってください!緊急車両出ます!』と言う音割れの声と同時に、パトカーのサイレンらしい音がスピーカーから聞こえる。おもっくそ職務中に私用電話してんじゃねえよ、あのタヌキ親父。

 

『刈谷さぁん、すみません。お仕事が入りましたのでこれで失礼しますよ。続きはテレビでお楽しみくださぁい』

 

「はいよ。ありがとうよ。こいつぁ俺が見た中で歴代最高におもしれえ番組だわ」

 

『ははははは!!ではかっこいいシーンをお見せしましょう!では、後ほど~』

 

のんきなおっさんだな、マジで。と思う。

 

「おい大府。こんなおもしれえ番組を見ずに死ぬのはちっとつまんねえわ。最後まで見せろよ。いいだろ?どうせ俺ぁ死ぬんだからよぉ?」

 

「………」

 

大府は完全にテレビにくぎ付けになってやがる。本当にこいつは詰めが甘えな。ただ、ここで抵抗して脳漿ぶちまけでもしたらつまらねえ。能代を早く何とかしてやりてえが今動くのは得策ではない。おとなしくテレビを見る。

 

『パトカーのサイレンの音が一斉に鳴りだしたように騒がしくなりました!』

「へえ?すでにそこかしこにパトカー配備させてたのかよ」

 

『上挙母さん、本社内部の様子はわかりますか?』

『正面の自動ドアの前にガードマンが10人ほどおりますね。中には入れない模様です…ですが、先ほど大勢のガードマンが慌ただしく入っていく様子が見られました!』

 

「これ社長さん早く逃がした方がよくね?なぁ大府?」

「黙っていてください」

 

やがてものすごい数のパトカー、覆面パトカーが正面玄関に突っ込むんじゃないかと言うくらいの勢いでやってきた。

 

『あっ!パトカーです!覆面パトカーも物凄い数…!特殊部隊の車両まであります!!物々しい勢いです!』

 

いの一番にやってきた覆面パトカーから出てきたのはでっぷりと太った男とすらっとした若い男。

 

「おっ、あのおっさん早えな。もう来たのかよ」

 

『刑事でしょうか…?ガードマンと話しております…中には…通さない模様ですね…』

「いいのかよ。デカだぜ?公務執行妨害で終わりだぜ?」

 

刈谷提督は今この瞬間をとても楽しんでいる。愉悦に浸っている感じだ。大府は無表情であるが、やや手が震えている。いや、体も震えている。なぜ…?と声が漏れた。因果応報だろうが。馬鹿じゃねえのかこいつ。

 

『今すぐ通さないと仰られるのであれば機動隊に突入してもらいましょうかねぇ!!被疑者を逃がす目的で通さないと言うのであればあなた方も全員しょっぴきますがよろしいんですかね!!!ええ!どうなんだ!!』

 

白髪交じりのおっさん…大蔵警部が怒鳴っている声が聞こえた。おっさんいい仕事してんなぁ。ベテラン刑事の貫禄があるぜ。苦渋の顔でガードマンが道を開ける。大蔵警部が「絶対逃がしてはいけませんよぉ!!確保ですよ確保ォ!!!」と叫んでいる。その言葉にお付きの青坂警部補も他の刑事もドカドカと大府コンツェルン内に突入していく。大蔵警部も入っていった。

 

「これ、世紀の名作だぜ。しょーもねえ刑事ドラマよかよっぽどおもしれえわ。なあ大府?」

「………」

 

『刑事の方々が入っていきました!!!正面は騒がしくなっておりますが、内部は静かな様子なのでしょうか!?』

 

アナウンサーも興奮が抑えきれていない。そりゃそうだろう。日本を代表する大企業の社長がいきなり逮捕されるなんて名シーンだ。俺としてはポップコーンがほしいところだな。

 

『ここで一旦、さきほどの警視庁の緊急会見の様子をどうぞ』

 

場面は一度スタジオに戻され、淡々とした様子で女性キャスターが案内する。もう録画が流されんのか。さすが、今のご時世は対応が早い。警視総監が会見で発表を行っている。

 

『大府コンツェルン代表取締役社長、大府康介氏、いえ、大府康介容疑者を16年前の刑事殺害事件。先日の東京湾死体遺棄事件、大府亀一郎氏殺害事件などに関与していると見て殺人、及び殺人未遂の容疑で本日、逮捕状を裁判所に請求いたしました。間もなく発行され、速やかに逃亡、証拠隠滅のおそれがあるために当容疑者を逮捕致します』

 

「へえ、証拠出揃ったのか。逃げられると思ったんだけどな。おい、貴様の親父さん、とんでもねえな」

「………ッ!!!」

 

銃を突きつける大府。しかし、先ほどの余裕な表情とは一転して憔悴しているような表情だった。一方で刈谷提督は大府がやってきた当初から何一つ表情を変えていない。余裕のある笑みを浮かべていた。むしろ今この状況の方がいきいきしているようにも見える。

 

「あなたが…証拠を出したのですね?」

「俺は探偵でも警察でもねえぞ。んなもん出せるかよ。ましてや16年前なんざ俺ぁペーぺーでそんなもん調べられるはずもねえだろ」

 

「………」

「仮に俺がその証拠を揃えて警察に渡したとしてどうすんだよ?パパが逮捕された怨みとか言って俺を殺すのかよ?そんなんよりも俺を殺す理由が存分にあるだろうが」

 

20年も前から自分を殺そうとしていた男がこれしきで報復に至るわけがない。ただ、まあ今までの怨みに上乗せでって言うこともあるが些末なことだ。

 

「まあ最後まで見させてくれよ。殺すのは最後でいいだろ?」

 

今すぐに殺そうとする大府だが、それを刈谷提督は何とか伸ばしてもらうように働きかける。冷酷非情な大府ではあるが、すぐに刈谷提督を殺しても面白くない。この男は泣き叫ぶ艦娘を前に恨み言を思いきり並べ立てさせた後に殺そう。そう思っていた。今までの恨みを晴らさせてもらおうと。

 

「おっ、自動ドアが開いたぜ」

 

大府の事を無視するかのようにテレビに向く。すると…

 

『あっ!ドアが開きました!!!大府社長です!!!大府社長です!!!手にはぁ…手錠がかけられているのでしょうか!?コートがかけられています!』

 

『離せ!!離せェ!!!私が何をしたと言うのだ!?私が何をした!!!!!』

『何をしたかなんざあんたが一番わかってるはずでしょうが!!!!ええ!?!?自分の胸に聞いてみたらどうだ!!!!!!』

 

「おーおー、大蔵警部、いいねぇ。お見事だな。ハハ、社長引いてんじゃねえか」

『大府社長…いえ、大府容疑者がパトカーに乗せられます!大府社長逮捕!大府社長逮捕!!!おおぶ…』

 

ダァン!!!!

 

そこでテレビは切れた。大府がテレビに向かって発砲したからである。

 

「おい、まだ終わってねえだろうが。何てことしてくれんだよ」

「テレビの時間は終わりです。さあ、あなたも終わりの時間ですよ」

 

「ククク…自分の父親が逮捕された気分はどうだ?」

 

ああ、やべえ。ちょっとめまいがするな。血が出すぎたか?と呑気に思いながら大府に笑いかける。最高の気分だ。この馬鹿が最高のタイミングでぶん殴って来たはずだが、なぜかこいつが思いきりぶんなぐられて取り乱してるわけだからな。こんなおもしれえことは生きてても滅多とないな。

 

「終わりですよ、刈谷君。もう、終わりです。あなたの…負けです」

「貴様の負けだ大府。俺が死んでも貴様はもう終わりだ。貴様は海軍を追い出される。爺も馬鹿親父もいなくなった。貴様を庇いだてする奴は誰一人としていねえ」

 

「黙りなさい。黙れ。私はあんな人間の支援などなくともやれる」

「何ができんだよ?今までおんぶにだっこでやってきてもらっておいてよ」

 

「清州の奴は私が殺した。亀一郎も殺した。だから、私はやれるんですよ」

 

「………へえ?」

 

ここで刈谷提督の表情が一変した。清州副司令長官の名を聞いて一瞬怒りの表情になった。しかし、彼は再度笑みを浮かべる。

 

「ありがとうよ。貴重な証言だ。貴様のそれ、録音させてもらったぜ?」

「………!!」

 

銃口が刈谷提督ではなく、スマホに向かう。引き金を引こうとした瞬間、重い衝撃が走り倒れた。能代が全力を振り絞って大府に体当たりをしたのだ。大府は完全に油断した。銃を落とす。能代はそのまま気を失ったのか動かない。

 

大府は冷静に拳銃を手に立ち上がろうとするが…。

 

「ほら見ろ、貴様の負けだ。動くなよ」

 

刈谷提督が大府へ銃口を向けた。勝ちを確信した笑みを浮かべている。拳銃はあと僅かの所で手元に届かなかった。今、大府は丸腰。予備の銃など持っていない。ナイフは持っているが銃とナイフでは勝ち目がない。

 

「ククク…バァカ。勝ちを確信するのはな、相手が死んだときまで待つんだよ。そうしねえから無様に最後の最後で逆転されんだよ」

 

「…ですがあなた一人で何ができるのですか?あなたは傷を負っている。その一発は貴重な一発ですよ。外せばあなたの首を頂くとしましょう」

 

「へえ、いいな。まだ勝利は貴様にあるとでも?」

「ええ。私はまだ負けたとは思っていませんよ」

 

「そうかい。だがな、残念だったな。貴様の負けだ」

「あなたこそ、勝ちを確信するのが早いですよ」

 

バァン!!

 

「提督!!!能代ちゃん!!!!」

 

「動くな!!!!!憲兵隊だ!!!!大府、動くなァ!!!!動けば撃つぞ!!!動くなァ!!!!!」

 

愛宕だった。それと同時にどこにいたのか、憲兵隊が銃を大府に向けて現れた。もう、大府は動けなかった。それを見た刈谷提督は吐き捨てるように言った。

 

「ほれ見ろ。貴様の負けだ、大府」

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