『大淀、こちら本部、聞こえるか?』
始まりは玲司からの無線だった。少し切羽詰まったような声だったように思う。その瞬間に大淀は嫌な予感を感じた。
「はい、こちら大淀。聞こえます。もしかして、刈谷提督でしょうか?」
『さすが。そうだ。刈谷提督へ連絡が通じねえ。おそらく何かあって通信が途絶えちまってる。ここから先は俺が刈谷提督が復帰するまで指揮する。大淀、今どんな感じだ?』
「説明いたします。現在、刈谷第二艦隊は球磨さんを主軸に退路を作ってもらっています。ですが、あちらも刈谷提督からの連絡が途絶えたのでしょう、混乱しております」
『大淀、フォローは回れそうか?』
「今は様子を見た方がよろしいかと思われます。一応、連絡が途絶えた場合の対処方法はお考えだと思われますので」
『よし、わかった。敵の様子はどうだ?』
「深海鶴棲姫の取り巻きは刈谷第二艦隊、それから龍驤さんたち『原初』隊が片付けました。まだ僚艦に一部姫がいますが、だいぶ片付いております!」
『瑞鶴はどうだ?』
やはりここは瑞鶴さんの心配をしますよね…と大淀はこれも予想してみせた。以前…沖ノ鳥島戦で敗北を喫してしばらくはかなり自暴自棄になっておりましたが…。
「………」
大淀から見る瑞鶴は背であり、その表情を見ることはできない。しかしながら、姉である翔鶴はまったく取り乱していない。つまり、瑞鶴はかつての瑞鶴ではない。どっしりと旗艦として落ち着いている。むしろその背中が依然見た時より見た目は変わっていないが、大きい。安心して旗艦を任せられる背中。それこそ、あの武蔵さんにも負けてはいない。
「問題ありません。皆さん、落ち着いております」
『了解。それだけで十分だ。大淀…』
「はい…」
『頼んだぞ』
その一言で十分です、提督。この大淀、必ずや瑞鶴さん達をサポートし、生きて帰ります!
「はいっ!」
大淀の大きな返事で戦闘は大きく動く。
瑞鶴、翔鶴、祥鳳、アークロイヤルが弓を手に弦を引く。
「勝つわよ!!!全員、発艦始めェ!!!!!」
瑞鶴の気迫の篭った声と共に、空母たち全員の矢が放たれた。
「ノコノコトキタノ……? ハッ……。バカ…ネ……。ワザワザ…シズミニ……シズムタメニ…キタンダネ!」
瑞鶴さんの声に似ている…しかし、その声はあまりにも恨みと無念の意が溢れている。そして、絶対に私達を生かしては帰さない。そんな意気込みも感じられた。レ級の時もおぞましく感じたが、鶴棲姫の声、雰囲気もおぞましい。死の瘴気をまき散らしているような…!
「………肉薄する!!!!くたばれァ!!!!!」
瑞鶴がその瘴気を切り裂くかのように鋭い、美しい声を発した。矢を放った時の残心に加賀さんを見たような気がした。
「瑞鶴を…みんなを…守って!!!!」
「レップウ!!Shoot!!!」
「私だって…航空母艦です!やります!!」
「大和さん!長門さんと合流し、機会をうかがってください!」
瑞鶴に続いて翔鶴、アークロイヤル、祥鳳も動いた。大和は長門との秘策があると言う。それを決めてもらうため、少しだけ別行動だ。
「了解いたしました!大淀さん、お気をつけて!」
周囲に気を配れ。とにかく集中を切らせてはいけない。
「皐月さん、文月さん!対空砲用意!」
「任せてよ!」
「はぁ~い」
「アハハハハハ!!!!墜トサセルモノカァ!!!!」
「うるさい!!!競り勝つわよ!みんな!!!」
「瑞鶴、私は水面をいくわ!」
「頼んだよ、翔鶴姉!」
連携は十全だ。勝機はある!慢心は…まずありえない。
「島風さん!川内さん!ナ級の相手をお願いします!」
「りょうかい~」
「任せて!どれくらいでいけばいい!?」
「6割で問題ないでしょう!体力を温存しつつ敵を制圧してください!龍田さんはそちらの第二艦隊と共に退路の確保をお願いします!龍田さん!!」
大淀が龍田に呼びかけるものの、龍田は必死になって無線で提督に呼びかけている。
「提督…!提督!返事をして…!お願い…お願いよぉ…」
「龍田ァ!!!んなもん後にしろォ!!!さっさと動け!!!これで誰かが沈んだら終わりだ!!!その時に提督がどうなるか考えろ!!!長門!!!長門はあっちの大和と動け!!」
「あ、ああ…!」
「阿賀野!!龍田のケツ蹴っ飛ばして退路確保の指示しろ!!!球磨と多摩はこっちで大淀達の支援に回る!!!」
「はぁい!!!さあ龍田さん!龍田さん!!!!!動いて!動いてくださぁい!!!!!」
「………ッ!」
驚いた。あのものぐさそうな球磨が怒声をあげながら艦隊に指示を出している。いや、あの球磨さんは戦闘になると豹変する。多摩さんもそうだけれど、全てが戦闘に特化している。普段と比べると鬼気が違う。生き残るためならば戦艦だろうと蹴っ飛ばして指示するんだろう…私はまだそこまでに至れていない。見習うべきだ。
佐世保の艦娘も提督に依存しているところが多いようだ。横須賀とそっくりだ。提督がいなければパフォーマンスを発揮できないどころか全てが瓦解する危険な綱渡り。だからこそ、球磨さんや多摩さんのような傑物が産まれるのだろう。正直に言えば、うちの「女王」に匹敵するポテンシャルを持っているのだと思います。
「ったく、提督がいにゃくにゃるとぽんこつになるから困るにゃ。にゃあ、大淀?」
「いいえ、横須賀も同じようなものです。提督からの無線が途切れた、繋がらないとなると間違いなく私達もここで使い物にならなくなると思います」
「そうか。お互い大変だにゃあ。で、大淀。多摩たちはどうすればいい?」
「川内さんたちの撃ち洩らしを掃討してください」
「川内と島風はやるんかにゃ?」
「見ていればわかると思いますよ」
「へえ…」
そうしてチラリと多摩は川内と島風を見る。
「そーら目つぶしよ!」
魚雷をわざと敵の前で炸裂させ、水のカーテンを作る。何やってるにゃ?と訝しんだが瞬きをしただけの一瞬で…本当に一瞬で川内が消えた。
ナ級が川内を探すがいない。多摩でさえ見失った。
「不意打ち、暗殺、お手の物ってね」
ダァン!!!と一発でナ級を撃沈した。どこから出てきた?ちょっとした波から姿を見せたぞ?
「ほーらもういっちょー」
恐ろしい程場数慣れしている。ナ級flagshipだろうとまるで怯みもしない。そうか、あれが噂に聞く「原初の艦娘」か。多摩は判断した。最強の十傑と言われる原初の艦娘。その中で杳として姿を見た者がいないと言われる1人の艦娘がいた。それがきっとあの川内なのだろう。今までいたかどうかさえわからなかった。気配には佐世保でも一番に読むことが得意な多摩が見落とすほどの存在感のなさ。噂に聞く「居るのに居ない」と呼ばれる「宵闇」と呼ばれる艦娘か。
消えては現れを繰り返す川内。なるほど、あれなら撃ち洩らしを潰すだけでよさそうだにゃ。
「おー、そっちもすげークマ。こっちの島風も面白そうだクマー」
球磨が指差す方向を見ると、凄まじい速さで海面を駆ける駆逐艦がいた。
「おっそーい!!」
「そりゃあんだけ速けりゃみんなおせークマ」
クックッと笑う球磨。しかし、目で的確に島風を追いかけている。球磨姉は島風を捉えている。
「いや、目では追いかけれても、実際に追いつけるか、砲で捉えれるかって言われたらムリクマねぇ。いやぁ、木曾の実力も見たし龍驤の実力も見たけど、原初ってやべーなぁ。おもしろそうクマねぇ…」
ニタァ…と嗤う姉。それは強敵と戦い合いたい闘争本能がそうさせている。戦いたくてたまらない。エンガノ岬沖の戦いもつまらねえもんだ。重巡棲姫も戦艦棲姫も相手にならねえ。それよかもっとつえー奴と戦いたい。提督に頼んでみようかな。原初とやりてえって。
「今はそれよかやることやってさっさと帰るクマ」
「そうだにゃ。大淀、指示は任せるにゃ。どうせうちの提督にちょっかいをかけてきてるのなんか大府くれーなもんだにゃ」
「クマー。提督とっ捕まえててくんねーかなー。グリンしてえ」
「にゃっにゃっ。ちげーねー」
「多摩、提督はどんな勝ち方すると思う?」
「当然、完膚なきまでに打ち負かしてるクマ。けど殺しはしねーと思う。憎しみで心身を満たして死ねくらい言いそうだクマ」
「こえーにゃー」
「ああ、こえークマ」
「こえーから、多摩はあのナ級の見ててクソムカつく口の砲塔に弾をぶち込んでやるにゃ!!」
「よっしゃー!グリンかますぞオラー!!!!」
でたらめすぎる女傑。でたらめだけど恐ろしい強さを持つ。手を組めてよかったと思う反面、指示を出すのが怖い。
「大淀よ。すまない。苦労をかけるな」
はあ…とため息をついたら長門が声をかけてきた。気遣ってくれているようだ。
「いえ、これくらいでまごついていては龍驤さんに叱責されてしまいます。私は全力でこのエンガノ岬沖の司令塔として全てを見渡します」
「わかった。だが無理はしないでほしい。私達は全員で一丸だ。誰もが自分の母港へ帰りたいと思っているからな」
「はい。必ずや帰りましょう。私の試算では皆さんが轟沈なく母港へ帰ることができる確率は…100%です!」
「それは心強い。では、私も大和の補佐に回るとしよう」
「いいえ、大和さんと長門さんはむしろここを突破する鍵の1つです。誰一人として私は補佐などとは思っていません」
はっきりと補佐ではない。皆が主力だと言う。これほどまでに胸が熱くなる言葉があろうか。ならばさらに気合いを入れねばならんな。
「大和さんと長門さんは私の号令を待ってください!一気に形成を勝利へと持ち込みます!」
「承知しました!」
「任せたぞ、大淀!」
「対空砲火の手を緩めないでください!龍驤さん!出せますか!?」
「おお!!もう朱雀は撃たれへんけど艦載機は出せるでー!!よっしゃ行ったらんかーい!!!」
「木曾さん!長門さん、大和さんと共にあちらの戦艦棲姫を討ち取ってください!」
「言うじゃねえか!球磨姉と多摩姉、借りるぜ!」
「祥鳳さん!!!!」
「はい!!私だって…航空母艦です…!やります!!!!」
(まったくのアウトオブ眼中な祥鳳をあの鶴姫にぶちこむたぁなぁ。思い切ったこと考えたもんや)
今回の作戦は全員が主力オブ主力。補佐、補欠はありはしない。大淀はそれでこそ作戦は100%完遂できると言った。それこそ弾も全部打ち尽くし、艦載機の爆弾も魚雷も空っぽにして帰る。そして勝利であると。どれだけ危険であり、思い切った行動であるかは龍驤はわかっている。
それでも失敗はないと龍驤も。慎重派の木曾でさえ大淀に一任した。高雄に比肩する軍師艦娘。高雄が指示している時とまるで一緒。まるで未来が視えているよう。龍驤は最初期から大淀を見てきたが、成長したのう…としみじみ思うくらい、完成されつつあった。
全員を主力に置くことで一気に敵を叩く。それこそが大淀のやり方だった。どれほどシミュレーションを組んだのだろうか。これでもかと言うくらい玲司と話し合い、玲司と共に出した結果だ。
『大淀!攻めろ!全員が主役だと思え!』
「もちろんです!祥鳳さんを行かせました!」
『よし、横合いから思いきりぶん殴ってやれ!!!』
「はい!!!」
瑞鶴や翔鶴達、横須賀第一艦隊の空母部隊とやり合っていた深海鶴棲姫だったが、横から現れた突然の艦攻隊に冷や汗を流した。まだいるだと?まだ、空母が居るだと?
どこだ、どこにいる?集中が途切れる。こしゃくな…!
「隙を見せたな!黒鶴隊!」
「白鶴隊、行って!」
翔鶴と瑞鶴はまだ切り札を隠し持っていた。最高の練度を持つそれぞれの精鋭航空隊。切り札が一気に加速し、鶴棲姫に迫る。それと同時に祥鳳の攻撃隊。待っていたと言わんばかりにツ級fragshipが対空砲を構える。迫る航空隊に機銃を放つ!
「ばーか。それは外れだよ」
「ナニッ!?」
『基地航空隊、お待たせしました。これより主力艦隊に銀河航空隊からの爆撃を行います』
聞こえてきたのは一宮提督の声。隙だらけのツ級達に、艦爆からの爆撃とは比べ物にならないほどの爆弾を落とす。
切り札その1。一宮提督が築いた基地航空隊。それも精鋭生え抜きの銀河(練度を鍛えに鍛えた熟練の妖精さん搭乗)航空隊。基地3つから発進した銀河は開幕ではなく、絶妙なタイミングで攻撃を仕掛けるようにしていたのだ。玲司と一宮提督。そして、大淀との連携がカッチリはまっていないと成功しえない切り札。
爆弾や魚雷を放つと思っていた航空隊は全てフェイク。ツ級の砲撃を回避しつつ敵から撤退していく。そしてやってきたのが銀河隊。その攻撃は苛烈であり、あちこちから轟音、水柱、そして火の手があがる。ナ級が豆腐のようにはじける。ツ級の上半身が飛ぶ。
「ナアッ!?コ、コンナヤリカタガアルモノカ!?」
「ヴォオオオ!?あぶねえ!?大淀!こういうのは球磨達にも言っとけクマー!!」
「敵を欺くには味方から。申し訳ありませんがこれは刈谷提督、三条提督、一宮提督、そして翔鶴さんと瑞鶴さん、私だけの秘密でした」
「提督も…にゃ?」
「はい。苛烈な攻撃は悟られてしまえば有効打が与えられません。ですので、これは秘密にさせていただきました。翔鶴さんたちでさえ、直前まで知らせておりません」
「ったく、あぶねえ橋を渡りやがるぜ…」
「せやけど木曾。あっちの防空部隊壊滅しよったで。んえ!?祥鳳!!!そこでいくんか!?!?!」
さらに祥鳳の艦攻隊が爆撃をしかける。細い針の穴に糸を通すような繊細な攻撃。一歩間違えれば祥鳳の艦載機が銀河の爆発で吹き飛んでしまい、祥鳳は浮き台にしかならなくなると言うのに。しかし、祥鳳は銀河の攻撃の合間を縫って正確にさらにツ級にとどめを刺すようにして魚雷、爆弾を落とした。護衛のロ級が吹き飛ぶ。ツ級も甲高い悲鳴をあげて沈んでいく。
「すっごい攻撃だね。うわー、えげつなー」
「おうっ!これでいけたんじゃない?」
「いいえ!まだです!」
「大和!出番が来そうだ!準備を!大和!」
長門が呼びかけるが反応がない。大和は下を向いたまま、長門の呼びかけにも答えずにただ立っているだけだ。
「大淀!大和が動かん!何かあったのか!?」
「え、ええ!?大和さん!大和さん!」
大淀の呼びかけにも動じない。どうしよう!大和さんと長門さんの砲撃がさらなる追撃で大ダメージを与えるつもりだったのに…!
「大淀!どないしたんや!?」
「大和さん、反応ありません!何か攻撃を受けて気を失っている可能性も考えられます!」
「たったままかいな!大和ォ!どないしてん!木曾!うちと木曾で大和を守るで!」
「チィ!仕方ねえなぁ!」
計算外のことだ。しかし、ここで焦ってはいけない…。司令塔は冷静でなくてはならない。しかし、一体どうしたんだろうか…。
………
私はお姉ちゃんなんだ。だけど、妹の方が先に改二…覚醒してしまって。どうしようもないプレッシャーに苛まれていた。誉ある最強の戦艦、その一番艦。でも私は…泣き虫で、弱虫で。妹のようにガンガン攻めることはできない。だって、今私は…あの瑞鶴さんたちが相手をしている深海棲艦の気迫に圧されて…足がすくんでいるんだ。怖い。怖い…!
泣きたい気持ちになった。弱虫な最強の称号を持つ戦艦なんて…みんな迷惑だよね…今回だってただ提督に指名されたから来ただけで…なんだかくまだのにゃーにゃー言ってる軽巡っぽい人もすごく怖いし…深海棲艦だって私たちを殺す気満々だし…どうして私は…こんなに弱いんだろう。
「気が小さくてもいいんじゃないか?怖いもんは怖いよ」
提督はこう言っていた。そこがかわいらしいよな、とも言っていた。しかし、妹の武蔵はズバッと言ってのけた。
「恐怖を感じるのはいい。それで慎重になり、生存確率が上がるからな。臆病でもいい。だがな、だからと言って逃げては誉もあったものではない。逃げて良いこともあるだろう。だがな、臆病風に吹かれて逃げていては大切なものを失うぞ」
突如として武蔵が説教を始めた。武蔵も大和を責めているわけではないのだ。大和の性格はよくわかっている。泣き虫で、臆病で。争いごとは嫌いな性格。
「私達は艦娘。戦うことでしか生きる意味を見出せん存在だ。臆病でも泣き虫でもいい。大切な、ここぞと言うときに、逃げるな。そもそも、大切な場面で逃げたことはなかろう。大和は強いのだ。なぜなら、私のお姉ちゃんだからな!ははははは!」
「いいこと言ったなぁ、武蔵。うん。大和は強いよ」
……それが余計にプレッシャーを与えてると言うことに気づいてください、提督。武蔵も余計なことをいわないでよ…。でも…私をそう思ってくれているのは…嬉しいな。お姉ちゃん…か。
弱くたっていい。でも、私は…この場で逃げよう一瞬でも思った私の頬を自分で打ってやりたい。
「弱いと言うことを認めていると言うのは強いことだよ。弱いと言うことから目を背けず、ちゃんと自分というのをわかっている証拠だ。大和、お前はもっと強くなれるよ」
強くなれる…強く、強くありたい。みんなを守れる盾になりたい。ううん、私の砲で敵を薙ぎ倒して…そうしてみんなを守りたい…だって私は…戦艦「大和」…!日本…ううん、世界最強の戦艦なんだから!
「お、おい!大和がなんか光ってんぞ!」
「いい!?ま、またこの場で改二誕生かいな!?ほんま横須賀の艦娘はインチキばっかりやな!!」
真っ白な光に包まれた大和。すぐさまその光は消えた。艤装は巨大だったがより巨大に。巨大な砲、びっしりと生えた広角砲や機銃。その気迫を龍驤は知っている。そう、武蔵だ。改二になった武蔵。全ての艦娘を圧倒するかのような。鬼神とまで呼ばれる扶桑の気迫さえ圧倒する。あの弱々しかった大和が、こんなにも立派になった。
「………大和型戦艦一番艦…大和…!推して参ります!!」
大淀は予定が狂ったと思っていた。いや、これは予想外の番狂せだ。これは…これなら……私たちが勝つ確率は100%なんてもんじゃない…!
大淀は口角を吊り上げた。120%勝てる!!!!
「大和さん!いけますか!?」
大淀の問いかけに大和は涙目だったが、すぐににこりと笑い…。
「lはい!!」
力強く頷いて答えた。大和は長門とも目を合わせて頷いた。
「長門さん!!」
「おお!任せておけ!ゆくぞ大和!!!一斉射!!ってええええええ!!!!!」
「薙ぎ払え!!撃て!撃て!撃てええええええ!!」
ズガンズガンと銀河航空隊の攻撃が止んだ刹那、長門と大和の特殊攻撃による一斉射が始まる。深海鶴棲姫への一斉砲撃。轟音が響き渡る。耳をつんざく砲撃の連射に硝煙で視界がなくなった。
これが大淀の切り札その2。超高火力の長門改二と大和による砲撃だ。ほとんどの随伴艦はこれで消滅したと言っても過言ではない。銀河と並んでこの威力は計り知れない。
「よし!!」
大淀は手を握りしめて手ごたえを感じた。いや、一時はどうなることかと思ったけれど…切り札その2も大成功だ…内心ホッとした。
「いけえエエエエ!!!!」
「瑞鶴さん!」
瑞鶴が吼えた。片目が蒼い眼になりながら、黒鶴隊を動かした。長門と大和の攻撃で撃沈なんて考えない。瑞鶴はさらに追撃を与える。それと同時、水面スレスレを飛ぶ艦載機。さらには上空にも攻撃機。
「撃沈を確認するまで…攻撃は止めません!」
「翔鶴…さん!?」
翔鶴の両目が蒼い。翔鶴には何か見えているのか。攻撃の手を緩める気はないと言う。恐ろしいまでの集中力。翔鶴は横須賀で一番心身ともに玲司との繋がりが深い。だからこそ、覚醒に関しても誰よりも強い。
「すげえ…空と水面に…流れ星だぜ…」
蒼い光が本当に流星、彗星のように輝く鶴姉妹の艦載機。その光景に龍驤も木曾も見たことがない、と鳥肌を立たせて眺めていた。
(なんちゅう統率の取れた2人の連携や…!お互いが干渉せず、邪魔をせず…それでいて的確に鶴姫のおった場所を攻めとる!)
「アアアアアアアアア!!!!!アハハハハ!!!コレデカッタツモリ!?ジョウダンジャナイ!」
「…………」
「…………」
「う、嘘だろ!?これだけ強烈な攻撃食らってまだ生きてんのかよ!?」
「せやけどえぐいやられ方しとんなぁ…せやのに沈まん。アレの恨みは相当深い。囮にされ、無線も通じず。何もできんまま沈んでいった無念、痛み、怨み。見てみいあの真っ黒な怨みの霧。まだ沈まんで…」
「ど、どうすんだよ…?」
「決まっとるやろ。沈むまで攻撃したらええだけや。昔からこれだけは何も変わらん。同情?哀悼?そんなもん深海棲艦には伝わらん。アレの恨みや無念は沈めな消えへんよ」
そう、昔からきっかりこっきり、深海棲艦へすることはただ1つ。チカラの限りを尽くして深海棲艦を沈めること。情けはいらない。情けをかければ沈むのはこちらなのだ。
「アッハハハハハ!!!!タノシイナァア!!!」
「本気で思ってるんだったら大きな間違いだよ。瑞鶴の負の感情を煮詰めたもの…とも思ったけど違うね。結局あなたは…いや、お前はそうやって怨みをかき集めて艦娘を…船を沈めることに楽しみを覚えた。戦いに楽しみを覚えた…」
「お前は私じゃない…お前はやっぱり、ただの沈めるべき…深海棲艦に過ぎないッ!!!」
燃える蒼い炎が強まる。それに呼応して、大きな弓が蒼い炎に包まれる。それは瑞鶴の闘気。瑞鶴は何一つも感情を変えない。やるべきことはただ一つ。
「死ぬな。生きろ」
生きて帰って来い。提督の命令を遂行し、皆と共に帰るだけ。勝つ。
「オマエモコッチニオイデヨォ!アハハハハ!!」
狂気の炎が灯る。ああ、この子は怨みに浸かりすぎて狂っちゃったんだね。
「ウミノソコハネ…?ツメタクテ…ヒトリハ…サミシィ゛イ゛!!!!!」
それでも孤独は嫌うのか。ああ、私にそっくりなとこはあるんじゃん。私も一人は嫌いだもん。
「ガアアアアア!!!!」
「!!!!!」
「あの子、まだあんなに!!!」
「翔鶴姉!やるよ!!!」
「我らも援護するぞ!」
「ああ!」
横須賀の空母隊が全員矢を撃ち尽くした。対する深海鶴棲姫も水底から艦載機を発艦させる。
「シカタナイナァ…ゼンリョクデ…シズメテアゲルヨ!!!!!ウミノソコデ…クルシミト、カナシミヲ…オモイダセェ!!!!」
「いいえ…私にとっての苦しみと悲しみは…あの汚い男に穢されたこと…でも…この世界には…それ以上に幸せなことや楽しいことがたくさんある…だから、私は…海の底に行くわけにはいかない!!!!」
「その苦しみも…悲しみも…全部受け止めてあげるから。沈めェ!!!!!」
翔鶴や瑞鶴も筆舌に尽くしがたい苦しみと悲しみを味わってきた。彼女の苦しみや悲しみもよくわかる。その悲しみや苦しみはわかるのだが…受け入れるのだが…だからと言って沈むわけにはいかないのだ。
(瑞鶴。もう、もうあの子を休ませてあげて頂戴…あの子の悲しみは深い…沈める以外にないわ)
加賀の声が聞こえる。弓に加賀の魂が宿っているのか…?加賀の声はどこか悲しげだ。そうか。加賀さんも多くの苦しみと悲しみを受けて深海棲艦になった身だったね。
けれど瑞鶴の生きようとするチカラが強く眩く輝き、加賀を救いあげた。瑞鶴の強い生のチカラであの子を救ってあげてほしいと。加賀はそう思っているようだ。すでにボロボロで…立つのもやっとの深海鶴棲姫を動かすのは強い怨み。それを瑞鶴ならば晴らせると考えているのだ。
(わかったよ。私が何とかしてみる!)
(ええ、頼みましたよ、五航戦)
ちょっと!さっき瑞鶴って言ってくれてたのにもう五航戦呼び!?ったく…人使いが荒いなぁ相変わらず。いいよ、やっと加賀さんへの貸し、いろいろと返せるくらいには強くなったしね。よし、勝とう。勝ってみんなで帰ろう。
「大淀!まだいけるぞ!」
長門が大淀に残弾は十分なことを伝える。大和もまだまだ残弾は十分。
「……制空権は確保できています!弾着観測射撃で一気に攻めましょう!」
「はい!いきましょう、長門さん!!!!」
「応!!!!!!」
『こちら阿賀野で~す!退路は確保しました!いつでもいけます!』
「ありがとうございます!こちらも間もなく片がつくでしょう!!」
『はーい!退路を使用する場合は一言かけてくださいね!』
勝利は見えている。見えているがあと一歩が足りない。だからこそ戦艦の攻撃も頼りになるのだ。
「撃て!!撃ち尽くせ!!!砲塔が焼けて変形しても構わん!!!撃てェ!!!!!」
「大和!一斉射!!!同じく、撃ち続けなさい!!!」
「ヴォオオ!耳があああああ!!!!」
耳を塞ぎながら球磨が接近する。大淀は瞬時に理解した。トドメを刺しに行くつもりだと。
「大淀さぁん!艦載機が少なくなったよぉ~!」
「文月さん!皐月さん!球磨さんを深海鶴棲姫に近づけるように援護してください!!!」
「わかったよ!!!」
「はぁい!!ねぇ~え~、こいつらやっちゃっていいんだよねぇ?」
「構いません!この大淀も…撃ちます!!!!」
「オラァ!!いくぜぇ!!!」
「クアアアア!!!コノテイドデ…!シズムカアアアアア!!!!!!」
「いいや、おめーは沈むクマ」
波に乗り、エンジンが焼け付かんばかりの勢いで深海鶴棲姫に距離を詰めた球磨。その目は冷たく、命を刈り取る死神のようであった。
「大舞台でやりたかったハードグリングリーーーーーーン!!!!!!寂しいとか関係ねえええええ!!!!!海の底へ還りやがれえええええええええ!!!!!!」
「ガッバアアアアア!!!!!!」
球磨は深海鶴棲姫の腹に砲を突き刺し、そして躊躇うこともなく砲撃を見舞った。胴体がはじけ飛ぶことはなかったが、それでも大和達の攻撃、大淀の秘策。そして、この球磨の致命的な一撃でチカラなく崩れ落ちた。
かのように見えた。
「ガアアアアアアアア!!!!!!!!」
一度崩れ落ちたかのように思った深海鶴棲姫が立ち上がった。もう、そんな立ち上がることはできないほど損傷が激しいと言うのに。
「ま、まだ立つんか!?」
「何度だってぶっ放してやるクマ。もう一発ハードグリンいっとけクマ!!!」
「球磨さん下がって!!お前は怨みを溜めすぎた!!!戦いは終わったんだ!!!!あんたはもう!休んでいいんだ!!!」
「マダヨ…ナニモオワッテイナイ…!!!!!マダ、オワッテナインダアアアアアア!!!!!」
「黒鶴隊!!!行くわよ!!!もう…もう終わらせる!!!!!」
こちらは戦力過剰のようにも思えた。だが、やってみれば油断ならない相手だった。大淀の秘策がなければ…刈谷提督の艦隊がいなければ…龍驤さん達「原初の艦娘」がいなければ…どこかで崩壊していたかもしれなかった。
逆に、これらが全て噛み合ったおかげで…この戦いは大きな損害なく、圧勝に近い状態で勝利を今まさにもぎ取ろうとしている状態だっただろう。
提督さん、刈谷提督、大淀…そしてみんな。みんなのおかげで、私はさらに前へ進むことができる。途中で間違えた時もあった。大好きな翔鶴姉が助けてくれた。その姉は見るも無残な状況から、幸せを掴み取った。あとは…お家に帰って、みんなで大騒ぎするだけだ!!その前に、あなたも…一緒においでよ。
瑞鶴達のお家には、そんな憎しみや苦しみなんて今、ないからさ。私と一緒に楽しくやろうよ!でも、今は…まだあんたは敵だから。全力でいく!!!
「いけえええええ!!!!!!」
「アアアアアア!!!!!」
「いけ!いってまえ瑞鶴!!!!決着をつけるんや!!!!」
「撃ち落としちゃうよぉ!!」
皐月と文月が深海鶴棲姫の艦載機を撃ち落とす。
「アッ…」
この時点でもう深海鶴棲姫には攻撃する手立ても自分の身を守る手立てもなかった。空を見上げる。悠然と空から自分に目掛けて落ちてくる彗星。それを見て…深海鶴棲姫はただ一言。
「キレイ…」
そう言って、その瞬間だけは、怨みや怒りは忘れて見惚れていた。次の瞬間。
轟々とした爆音。上がる水柱。立ち上るきのこ雲。瑞鶴の生への執念。深海鶴棲姫の怨念。強いチカラがぶつかったが…
「ど、どうだ…!?」
木曾が勝敗の行方を見守る。瑞鶴は残心のまま動かない。自分の勝利を確信しているかのように。
煙が晴れた時、深海鶴棲姫は仰向けになって海に浮かんでいた。
「フウゥ…モウ…イイヤ…」
投げ出しているようだが…艦載機はなく、ただ一身に瑞鶴の黒鶴隊の爆撃を受けた。その前には球磨の一撃必殺技まで受けているし、被害は甚だしかった。もう深海鶴棲姫に立ち上がるチカラはなかった。だが、認めたくないからか、諦めたような言葉を発したのだ。
「ヤル…ダケ、ヤッタカラ…」
違う。彼女は全力を尽くして戦った。結果として、自分の光の部分…分身のような瑞鶴に負けたのだ。
「ソウダ…ワタシハ…ヤルダケ、ヤッタンダ…!」
そう言って、彼女は涙を流した。死力を尽くした。この戦いは。いや、違う。
「アノヒ…アノ…ウミデ!」
あの日。あの時も死力は尽くした。無念はあったが…それでも死力を尽くした。空母として活躍できないままの最期だったが…。
「そうだよ。今も、あの日も。航空母艦『瑞鶴』はやるだけやった。苦しみも悲しみは残った。けど、瑞鶴は最期まで戦ったよ。そして、今も全力で戦ったよ」
「アナタ…ハ…あなた…は…」
「私は航空母艦『瑞鶴』…あなたと一緒だよ」
「ワタシ…アア…そう、か…」
「あの子…声が…」
「うん、翔鶴姉…あれは私だ…だから、帰ろう、一緒に!!」
「ああ………よしっ…」
一言言って、深海鶴棲姫は光の粒子となっていく。その表情は…晴れやかな笑顔だった。そう、彼女は…救われたのね。そう思うと翔鶴は目頭が熱くなった。瑞鶴はそんな翔鶴を見て「うん」と頷き、笑った。翔鶴も頷いて笑った。
そして、光の粒子は瑞鶴を取り囲むようにしてきらめき、やがて瑞鶴の中へと消えて行った。深海棲艦としてでなく、彼女は瑞鶴と共に艦娘として…そして横須賀の一員として楽しい毎日を送るのだ。
「……終わったね、翔鶴姉…」
「ええ…終わったわね、瑞鶴」
「うん…終わった…全部…終わった…!」
「ええ…ええ…!」
終わった、の言葉に瑞鶴は涙が止まらなくなった。そして、無線を開いた。
「捷一号作戦、作戦…成功!!!やった…やったよ…!」
『そうか…よかった。みんな、お疲れ様…!』
玲司は一言だけで十分だと思った。だからこそ、お疲れ様だけを今は言うにとどめた。
「瑞鶴、提督…お疲れ様でした…!!」
翔鶴も妹の因縁の決戦が終わったことに安堵したのか、涙を流して瑞鶴と抱き合っていた。
「提督。作戦は終了いたしました。退路の確保も問題ないとのことです」
『大淀もお疲れ様。気をつけて帰っておいで。刈谷提督も無事だった。全部、終わったってさ』
「そうですか…それは何よりです。ふふ、では、通信を一旦終えます。艦隊、帰投致します」
『ああ。帰ってくるまでが出撃だぞ。気をつけるんだぞ』
「うふふ、はい!」
いつものことながら、過保護ですね。そう思うもそれが嬉しい。本当に私達の事を思ってくれている証だから。さあ、みんなと笑顔で帰りましょう。
「作戦は終了です!!全員この場から離脱しましょう!帰りましょう!私達の…お家に!!!」
大淀がそう言うと皆が笑顔になった。胸を張って。大規模作戦をやり遂げたみんなの表情は、疲労が伺えるもそれを吹き飛ばしそうな笑顔になって、陣形を組み直して…スクリューを動かした。
捷一号作戦、エンガノ岬沖海戦は大湊警備府の一宮提督の基地航空隊の援護もあり、横須賀艦隊、佐世保艦隊。共に帰還。轟沈艦娘。無し。完全勝利に近い形での凱旋となるのだった。