そこで今回は地獄の看守視点から彼をどのようにして追い詰めていくのかを書いていきたいと思います。
大府和雄。その男、危険につき。
私の名は足助 雅(あすけ みやび)。呉の分署の事務員は表の顔。本性は瀬戸内海の小さな島で外道を断罪する看守だ。
私は古井司令長官、亡き清州副司令長官、虎瀬大将。そして、刈谷君しか知らない海軍の、特に艦娘に対して不始末を働いた者を断罪し、地獄へ送ることを生業としている。ここ最近では艦娘に暴力を振るい、外道な行いのみを行ってきた研究所と名ばかりの所へ艦娘を送り、さらには艦娘による風俗店などと言うふざけたことを行った宿毛湾の元提督。
そして、私が断罪できなかった横須賀で悪逆非道を繰り返した男、安久野楠男の息子である安久野拓弥。リンガの艦娘を凌辱し、提督になった暁には父と同じことをしたであろう性欲の権化を地獄へと導いた。
相棒である北上君と共に、私は再びこの監獄島へと舞い戻ってきたのだ。今回は…私が海軍に所属して十数年…この監獄ができて数年。その中でも極上の獲物と言っても良いだろう。そして、ここの運営も最後になってくれると良いのだが…そう思っている。
なぜなら、今回のターゲットは刈谷君にとってもそうだが、私にとっても不俱戴天の仇なのだ。これ以上の外道はいないだろう。そうであってほしいと切に願うばかりである。
………
「いや~、今年は獲れるねぇ。1年で2回も来ることになるなんてあたしは思わなかったよ」
「はは、私もこうなるとは予想していなかったとも。しかし、こういうこともあるものだね」
「まー、悪い提督がいなくなるには越したことはないからね。でも、あたしはいい加減提督には普通の事務官であってほしいなって思うよ」
「そうか…まあ、これがおそらく最後の仕事になるのではないかと思っている」
「へえ…で?今回はそんな大物なの?」
「ああ、これを見たまえ」
そう言って私は今回の獲物の資料を北上君に手渡した。
「さーて、今回はどんなきっしょい人間なのかな~……おー、ついにきたね」
北上君はにやりと笑った。私にとっては怨敵である男なのだ。北上君はそれをよくわかっている。しかし、そこに私情を挟んではならない。私の仕事は淡々と無味無臭の劇薬を与えるのみだ。暇と言う名の劇薬を。
「本当なら拷問でもして殺したいんじゃない?」
「それをやってしまっては私のポリシーに反してしまうし、司令長官たちの意向から逸れてしま。もし、それをやるのならば私ではない」
「あー、まあね。あの人しかそれは成り立たないよね」
「うむ。だができるならば彼が動かぬように葬りたいところではあるがね。しかし、今回は長丁場になるだろう」
「この前の豚みたいにはならない?」
「発狂などするのかね?私としては、私が死ぬのが先か。奴が死ぬかが先かと言うくらい、奴は動じんだろう。それでも私はそのやり方で奴を屠る。必ずな」
「提督…」
「案ずることはないよ、北上君。私が折れることもなければ死ぬこともない。奴は地獄へ送らねばならん。地獄で己の無能を嘆くことになるだろう」
「ん、信じてるからね」
北上君はパサリと机に書類を置いた。その資料に記された名。それは海上自衛隊時代から厄介な存在であった男の孫の名。
大府 和雄
その名が記されていた。我が師、清州副司令長官を艦娘を使って殺害した外道も外道だ。これにより、一部の関係者、政府関係者も艦娘が人間にたてついて殺害したと言う艦娘の評価を地に落とす行為を行ったのだ。政府の反艦娘派は艦娘を全て解体しろ。さもなくば日本が艦娘とそれを従える提督に占領されてしまう、などと随分とくだらない妄言を吐いているようだ。
そうではない。艦娘は我々人間の科学の粋を集めた近代兵器を用いても傷一つ負わせることができず、蹂躙されるだけだった深海棲艦に唯一対抗できる存在。守護神、最後の希望。人に寄り添わなければ。そして我々も艦娘に寄り添わねば生きていけないのだ。
その艦娘の名誉を著しく損ねた外道である。ならば、この私が動くには充分である。最高の屈辱に塗れて死ぬがいい。そして、地獄で貴様が殺したという祖父、亀一郎と共に業火に焼かれるがいい。
………
資料が届いて数日後、緊張した面持ちで古井司令長官お抱えの海軍憲兵、第一部隊の四宮君がやってきた。
「…足助殿…」
「四宮君。ご苦労だね。君がここに来たということは…」
「はい。今回の収監者、大府和雄を連れてまいりました」
ふむ。彼が緊張するのも無理はない。完全無欠であり、一片の隙もなかった男を連れてきたのだから。しかし、私は奴はそこまで恐れる存在ではないと思っている。慢心ではない。
完全無欠?笑わせる。そうならば、刈谷君に後れを取るはずがあるまい。結局この男は穴だらけなのだ。だからこそ詰めを見誤り、刈谷君によって何度も苦渋をなめさせられているのだから。私も隙はない。
「連れてきてくれたまえ」
「はっ。連れてくるんだ」
そうしてやってきたのは怨嗟と怒りだろう雰囲気をまとい、私以外の者を圧倒する負のオーラを撒き散らす、大府和雄がやってきた。
いつ見てもその表情は変わらない。刈谷君曰く、爬虫類のように感情がない。抵抗せず、暴れる様子もなくそこに佇んでいる。
「……足助さん、ですか。そうですか、あなたがこの汚い仕事を受けていたとは」
「己が手を汚し、艦娘に屈辱を味あわせた外道が汚い仕事とはよく言うものだな。私が外道と言うのならば、お前は何だと言うのだ」
「私は私の邪魔になるものを排除しただけに過ぎません。そうして私は…」
「お前はそうして頂点に立とうとでも?海軍の頂点か?それとも日本の頂点にでも立とうと?お前では猿山のボスにすらなれんぞ」
「あなたがどう言おうと私は折れることもありません。さあどうぞ、拷問でも処刑でもすればよいでしょう」
「フン。収監する前に聞いておきたいことがある。お前は艦娘を洗脳し、物のように使役。さらには轟沈を厭わぬ戦い方をさせた。果てに清州副司令長官を殺害するための道具としても使役し、そして闇に葬った。そのことに関して何か後悔の念などはないのか」
どうせ唾棄すべき言葉が返ってくるに違いはないが、これを悔恨の念、反省などがないかを聞くのがポリシーだ。
「艦娘は兵器。それを物のように扱って何が悪いと言うのですか?私は私の目的を果たすために使ったまでです。何か問題でも?」
この男は己の目的を達成させるためなら人も艦娘も、ありとあらゆるものを駆使して達成しようとする。自己中心的、と言うレベルではない。この男は昔からどこか壊れているようにも思う。
「何なのこいつ。聞いてたらすごい腹が立つんだけど。あたしたちを物扱いするのはいいけど、殺しの道具にまで使うとかふざけてる」
北上君が怒るのも無理はない。この世には国内外問わず、艦娘を兵器だと言う人間は多い。それに関しては北上君は目を瞑る。もう聞き飽きたというくらいには。しかし、それよりも艦娘を人殺しの道具に使ったこと、それを悔恨の念もなく、ためらうこともなかったと言う言葉に腹を立てたのだ。艦娘は深海棲艦を屠ることこそが信条。それを逸脱した行為をさせたのだ。刈谷君だけではない。おそらくだが堀内君…そして私も許せるはずがない。
「北上君。この男はこう言う男なのだ。人、物。全てにおいて自分の利益になるのか、そうでないのかを判断して生きてきた男だ。艦娘は自分が成り上がるための道具。殺した祖父、大府亀一郎でさえこの男にとっては都合の良い駒、道具。それでしかなかったと言うことだ」
「……なんて、奴!!」
北上君がギリリと歯を噛みしめて大府をにらむ。それですら、奴には何も届かないし響かない。役にも立たない道具が何を、と言ったところだろう。どうしてここまで捻じ曲がってしまったのだろうか、とも思わない。全ては大府一族が大府和雄と言う男のすべてを変えてしまったのだ。眉一つ動かさずに大府は私を無機質な目で見つめる。
「さあ、早く刑を執行してください」
「死刑などと言う生ぬるいやり方はせん。貴様はそこで生活をし、そこで死ぬ。それだけだ。食事は与えよう。風呂も好きに入るがいい。ただし、私から何もすることはない。こちらの声も、そちらからの声も聞こえない。外の音も聞こえんぞ。無音の世界で貴様の生活音だけがその世界の音だ」
「……それだけ、ですか。随分と拍子抜けですね」
「そう言って何人もの人間が狂死した。貴様は…いつまでもつかな?」
「足助さん。刈谷君と似て、甘いですね…その甘さ。あとで後悔することになりますよ」
「いいだろう。その言葉覚えておくとしよう。入れ」
大府はその後、何一つ語ることなく牢へと入った。牢と言うには贅沢が過ぎるような気がしなくもないが。大府は机の前に正座し、その後数時間、食事が運び込まれるまで動くことはなかった。
「……提督、あいつすごい不気味…深海棲艦より不気味すぎて寒気がするよ…」
北上君が怯えるのも無理はないだろう。私でさえ、あの男に対しては不気味、と言う印象しか昔から見当たらないのだ。大府亀一郎の忠実な駒…と思っていたのだがなるほど。亀一郎があの男に動かされていたのかと言われても不思議ではない。
「北上君、どうしてもと言うのなら君だけ本土へ戻っても構わないのだよ」
「何言ってんのさ…万が一何かあったらあたしがいなきゃ提督は死ぬんだよ?変なこと言わないで。ごめん。何でもない。あたしも最後まで…あいつが死ぬまであたしもここにいる」
「そうか。そう言ってくれると嬉しい。なるべくあいつは気にしないことだ」
「うん…」
最後まで…か。はたして最後は訪れるのだろうか。その糸口さえ掴めない状態である。自害などするはずもないだろうし、精神を病む、と言うことさえあるのだろうか?しかし、私が責任を持って奴を屠ろう、と刈谷君にも言った手前。そして、私のやり方はこれしかないのだ。何年経とうがこの男はこの檻で死すのだ。逆に、私の気がふれてしまう可能性も…あるにはあるのだろうな。それほどまでにこの男は無機質すぎるのだ。
大府はただただ座っているだけだ。時折、窓の外を見ることもあるが、残念ながら海と空しか見えん。鳥がたまに飛ぶこともあるがそんなものでストレスを晴らすことはできん。残念だが気晴らしにもならん。奴にも気晴らしは必要なのか…と私はこの時、そんなことを考えてしまって慢心していたことをのちに後悔することになるのだ。
………
大府が収監されてひと月が経った。大府は食事はしっかり摂るが量が少なく、食べ終えればどこを見ているのかわからない…壁を見つめたまま一つも動きはしない。
「ねえ…もう一ヶ月ずっとあんな感じなんだけど…マジであれがそんな大きな犯罪者なの?」
「清洲副司令長官を舞風君を使って殺害したのは紛れもなく奴だ。奴が自白しているし、祖父を殺したのも奴だ。安久野や元宿毛湾の外道と違い、正真正銘の凶悪犯だ。さらには艦娘の地位をも貶めようとしたのだ」
「ふつうはもっとこう…出せとか、何かすごい騒ぐじゃん?何もしないでただただ1日、ボーっとどこ見てるかわかんないし…トイレに行く気配もないし…」
「私たちが眠っている間に入っているのだろう。清潔感はある。食事も文句は言わない。一見すれば模範囚のようなものだが…北上君。私はね、えも知れぬ不安感に苛まれている」
「提督が?」
「そうだ。何の策も練らずにここへ来ることがおかしいと思っている。どんなことにでも策を練る男だ。そうでなければ完全管理状態にあった亀一郎を殺害することなどできんし、刈谷君の艦娘を轟沈させるに至った作戦を組んだ男だ。あらゆる面で人を蹴落とそうとする狡猾な男が、この一ヶ月何もせず、呆けているはずがない」
私の中ではある危機感を持っている。無策でここに来るはずがない。何か絶対に仕込みを入れているに違いないのだ。ひと月がすでに経過している。仕込みを入れているならもう発動してもおかしくはない。
『絶対何かを仕込んでくる。足助さんにゃ悪いが、それが出てくるまでは気を抜かないでくれよ』
大府を収監する直前、刈谷君と電話で話をしたときの言葉だ。気を抜くなとは…いつまで気を抜いてはいかんのだろうか…?まさか…この男が骸になるその時まで…気を抜くなとでも?人間の集中など1日ももたん。私はどの元提督だった者を収監したときにも勝らない疲労感に苛まれていた。毎日のように膨大な書類に忙殺されているような疲労感がこの一ヶ月で襲ってきている。正直、いつ寝首をかかれるかわからないので夜も満足に…あの分厚いアクリルガラスの前では銃弾も通用しないし、カギは特殊なカギだ。開けられるはずがない。そう思っていても、脳は警戒を解いてくれないのだ。
「ふぁあ…ねむ…提督、夜眠れてる?」
「いや…私はね、夜寝ているとあの大府の無機質な目で上から覗き込まれているような錯覚を感じてね。ゆっくり眠れていない。もう2週間になるかな…」
「提督もなんだ…実はあたしもあいつがどうにかあそこを抜け出してきて何かするんじゃないかって言う不安がいっぱいでさ…」
北上君は私たちが寝室に向かうために電気を消す間際、必ずあの無表情でギョロリとみてくるような目で見つめられていることを思い出し、夜もその目が壁を隔てているはずなのにそれを透かして見ているのではないかと言う不安感に駆られるのだという。
かく言う私は夢でまで、あの男がカギを開け、ここへ入ってきて首をへし折られる悪夢を見たくらいだ。本当に何があってもわからない。願わくば…早く狂死してもらいたい…こんなことを思っては私の務めは無意味だ。私は今一度、残暑厳しいが故に生ぬるい水で顔を洗い、目を覚ます。私だけでもせめて、正常でいなくてはならん。そうでなければ、ここは機能しないのだから。
「北上君、君はしばらく休みなさい。私はできる限り仕事をしようじゃないか」
「提督、それはダメ。あたしたちはパートナー同士だよ?休むわけにはいかないっしょー」
「ははは…そうだね…では、今一度気合いを入れなおして職務にあたるとするか」
「そうそう。その意気だよー」
しかし、この日はお互いにあくびばかりをして苦笑するばかりだったな。大府はこの時、私たちには目もくれずにやはり壁を一点に見つめていただけだった。
………
大府を収監して3ヶ月が過ぎた。1ヶ月の頃とは違い、覗き込まれている、監視されていると言うような錯覚はすっかり消え去った。しかし、油断しているわけではない。収監した当初からと変わりはないのだが…未だに喉の奥に何か引っかかっているような違和感が消えない。
「提督、お昼ご飯だよ~」
「おお、すまないね北上君」
「はい、今日もだし巻きね。てーか提督、毎日だし巻き…飽きないの?」
「北上君のだし巻きは毎日食べても飽きんよ。これがないと食事を摂った気にならんね…む、北上君、顔が赤いがどうかしたのか?」
「……提督はさぁ、もっと発言に気を付けるべきだと思うよ」
「???」
何やら北上君が冷ややかな目で見て私に「だいたい提督はさー」と突然の説教が長々と始まってしまった。私が何かまずいことを言ったのだろうか…?
「ん、ん…で、ではだし巻きを毎日作ってほしいというのは撤回したほうがいいんだね?」
「……はぁあ~…」
「大きなため息だね…」
「提督の鈍感」
「む、むう…?」
私はしばらく北上君に冷たくされてしまった。しかし、何がいけなかったのかは終ぞわからなかった。
大府に関しては窓際へ移動してそこで日がな一日、海を眺めているようだ。壁を見ているだけと言う不気味な行為から3ヶ月。しかし、気が抜けないのは確かだ。まさか…何かと交信を?いや、そのようなことができるはずがない。大府が口を動かしている様子はない。また何か目を離せん事態になってきているようにも感じる。
「ねえ提督。あいつ、ここに連れてこられてなければどれくらいの刑になるんだろうね?」
「ふむ、そうだね。まずは大府亀一郎を殺害したと言う映像が残っている以上、殺人はまずあてはまるね」
「清州副司令長官を殺した件は?」
「これが日本の現在の法律ではね…舞風君が殺害した、と言うことで…大府が舞風君を使役して殺害したと証言はしているが、これは口だけにだってしまうからね。死人に口なし…舞風君がいたならば、大府が実行させたと言えるだろうが…」
こればかりは刈谷君でも追跡できなかった。舞風君は早々に解体され、彼女を解体場へ連れ散った職員として紛れ込ませていた何者かも東京湾に沈められてしまい、まったくもって証拠を得ることができなかった。この辺りは父である康介の介入もあるだろうが。こればかりはうまくやったであろう。
「ってことは、清州副司令長官を殺したことについては罪に問われない?」
「その可能性は高いね。おそらくだが、その辺りは父親である大府康介のほうが、職員2名を殺害させたとして罪に問われるだろうね」
と言っても大府康介は和雄が収監される少し前に、決して自分の非を認めず、最後までこの世の中と政府、そして自分を裏切って助けようともしない側近や政財界の人間を恨んで舌を噛み切って死んだ。最後まで救いがたい外道であった。
亀一郎もずいぶん汚い真似をしてあの重鎮にまで昇り詰めている。祖父も、父も外道。だからこそ、和雄も周到にここまでやってのけたのだ。提督として勤めている者からしてみれば、艦娘を使って人を殺害するなどと言う行為は到底許せたものではない。
「法の下で裁けねえなら俺らが裁くだけだ。だからこいつは海軍内でとっ捕まえて海軍内の裏ルールで裁くんだよ。外法には外法を以て裁く。ま、清州のおっさんはそれをよしとしねえだろうけどな、俺が許すわけねえんだよ」
それと同時に。
「どんな手立てを使って亀一郎信者が動くかわかんねえんだよ。亀一郎殺害の罪なんざこいつらが動けば何事もなかったかのように無罪になる可能性もあれば、ム所に突っ込まれたところで数年で出てきてまた何かしやがるかもしれねえ。それよかそんだけで清州のおっさん殺された怒りを収めろってのが無理なんだよ」
刈谷君の言う通り。私も数年で出てこられてのうのうと生きていられてはな。
「まあ、大府亀一郎殺害、と言うだけの罪状でおそらくは…死刑にはならんだろう。5年以上…と言われているが、早ければ本当に数年で出てくるだろう」
「えー…人の命ってなんか軽いなぁ」
「悪質であれば無期懲役にもなるだろうがね。はっきりとした刑期はわからないな」
「じゃあここでこうしてるほうが…あいつにはきついのかも?」
「うむ。彼の場合は警察や憲兵に悪事を露見されて逮捕されたのではなく、刈谷君と言う怨敵にすべてを露見され、刈谷君の指示の下で捕まった、と言うのが一番大きいかもしれんな」
「あの提督こっわー…」
「味方になればこれほどまでに心強い味方はいない。敵に回ればあれほど恐ろしい者はいないよ」
刈谷君が大府と手を組んでいたら手がつけられないだろう。海軍…いや、日本は彼らのもの…いや、刈谷君の手に落ちていたに違いない。まずそのようなものに彼が興味を示さないのだが。彼は今、佐世保の艦娘と共に楽しくやっているだろうからな。いつだって彼は艦娘の味方だ。だからこそ、艦娘に対して犯罪を犯した者、加担させようとした者には厳しい。
「提督、あの人を怒らせないでね」
「私はせんよ。良き後輩であり友人だ。怒らそうとも思わん」
「ほっ。安心した」
北上君も刈谷君の恐ろしさは知っているはずだ。何せ、君を魔の手から救ったのは最初は彼だったのだからね。刈谷君が味方でホッとしているのは司令長官も清洲副司令長官も、堀内君も…そう思っているだろうから。
………
年を越し、寒さを乗り越え、春になろうかと言う季節。大府和雄は未だに精神を壊すこともなく、淡々と毎日を生きていた。しかし、変化はだいぶあった。
まず食事の量が少なくなった。食べ残しが多い。動きもしないのだ。腹が減らないと言うのもあるだろうが、それにしても極端に少なくなった。あえて私は今までと変わらずの量を出していたのだが、ついに少なくした。小さめのお茶碗に3分の1ほどのご飯の量にしても残す。ここ最近に至っては絶食状態に近い。
それと同時に、奴はおそらく眠っていないのだろう。目の周りがくぼみ、真っ黒な隈によって人が変わったかのようだった。おそらくここひと月ばかりはろくに眠りもしていないのだろう。
行動はと言うと相変わらず窓から海を眺めているだけだ。しかし、ここ最近は何かを窓の外へ向かってしゃべっているのだろうか、と言う行動が目立つ。
「提督。何かあいつ、そろそろやばくない?」
「うむ。半年近くになるが、ついに異常を来したか、と思うようになってきた。衰弱も激しいのではないかと思うのだがね」
「何だろう…あいつを見てるとこの頃鳥肌が立つ」
「北上君も何か感じているのか。私も寒気がしてね。何か危険だ。気を付けたまえ」
北上君に注意を促し、私は自分のスマホへと手を伸ばし、彼へとつないだのだった。
さらに2週間が経過したころ、それは突然起こった。
「提督、あいつ…さっきから何かずっと喋ってる…」
「北上君、いつでも外へ逃げる準備をしておきなさい」
「え?そ、それってどういう…」
「刈谷君が言っていたことが正しければ…奴はもうそろそろ…」
「な、なにが起きるって言うの!?」
「今言えるのは想像でしかないことだ。事態が分かるまでは口に出すのも憚られる」
うろたえる北上君から顔をそらし、大府を見る。奴は何かをずっと窓の外へ向かって話している。何を話している?貴様のことだ、ただの独り言ではあるまい。私は奴の唇の動きから、何をしゃべっているのかを読み取る。読唇術。これを極めていなければ、あの牢で外道どもがどうなっているかをはかり知るのは難しいのだ。
(何を話している、大府…ここから起死回生の何かがあるのか)
私は奴の口の動きをじっと見る。
(そこ…そこと言っているのか?はい。今すぐ…今すぐ…?)
そしてチラリと私を見やる。目が合う。私はこの時、全身から汗がドッと噴き出た。そして、それと同時に血液が凍結したのではないかと言う感覚にも襲われた。
(う・ち・な・さ・い)
「北上君!!!!外へ出るんだ!!!!!」
「は!?ええ!?」
「早く!!!!!」
私は北上君に怒鳴るようにしてそう指示した。ここにいてはいけない。ここにいれば、待ち受けるのは死。そう脳は理解した。北上君の背中を押すようにして走り、私は玄関へと向かう。玄関の戸を開け、外へ駆け出そうとした次の瞬間。
ドッゴオオオオオオ!!!!!
「きゃあああああ?!?!!?」
「むううううう!!!!!」
強烈な衝撃、風、そして熱。それに吹き飛ばされ、焼かれ、私と北上君は地面にたたきつけられた。受け身を何とか取れたからよいものの、私は体中を痛みが走った。
「ぐ、うう…な、なに…?ていと…提督!!提督!?大丈夫?!」
「むう…問題はない…北上君は大丈夫か」
「あたしは艦娘だから…提督、あちこちから…血が!!ああ、足!?」
どうも左足に灼熱間を持っていると思ったのだが、そういうことであったか。足首から骨が見えてしまっている。解放骨折か。これでは逃げられん。
「提督…!これやばい…逃げなきゃ!さ、肩を…んうううう!!」
今の北上君では私を担いで逃げることは不可能だろう。何せ、女の子。高校生かそこらの女の子の力しか持ち合わせていないのだから。
「ドコヘ。ニゲルノデスカ?」
濛々と立ち込める煙と炎。その中から無機質な男の声が聞こえた。
「そうか。やはり貴様は…」
「えっ!?ど、どういう…こと?」
「ドウモコウモアリマセン。ジカンヲイタダイテカンシャシマスヨ。アスケサン」
煙をかきわけ、やってきたのは…青白い肌。全てを呪うかのようなどす黒さが混じった青い目。そう、それはまさに…深海棲艦だった。
「やはり貴様。深海棲艦の因子を自分の中に取り込み、深海棲艦になるのを待っていたのか」
「え、ええ!?に、人間が!?」
「ああ。刈谷君からすべて聞いた…大府が捕まる少し前に、とある研究機関から深海棲艦の因子…本来ならばこれを研究すること自体が禁止されているのだがね。それが盗まれた、と言う話があったそうだ」
「何それ…」
「追跡の結果、大府コンツェルンまでは追いつけたそうだが…そこで途絶えてしまったのだそうだ。だが、どこに渡るかなどはある程度、刈谷君が予測していたらしい…」
「エエ。ワタシハソレヲテニスルコトガデキマシタ。ソシテ……そしてこうなることができましたよ。生きてきた中で…ここまで清々しい気持ちになったのは初めてですね」
「そ、そこまでして…そこまでして何になりたいって言うのさ!?」
「…もはや今のこの国は私が欲するものはありません。ですので…昔の人の言葉を借りるのであれば…今一度日本を洗濯いたし候…とでも言いましょうか」
「洗濯?笑わせる。今の貴様が望んでいるのは日本の陥落…貴様、日本を一度深海棲艦で攻め滅ぼし、自分が王になるつもりではないだろうな?」
「それもあり…かもしれません。ですが、それはまずは世界を手にするための足掛かりでしかありません。深海棲艦が支配する国。そうすれば、まずは艦娘のいないほとんどの国を楽に手にすることができるでしょう。そしてアメリカ…欧州…世界を奪取することなどたやすい。深海棲艦はこの海にごまんといるのですから」
そうして海を見れば…こちらに向けて砲を構えている青白い姿をした…あれは金剛だろうか。大府が撃てと言えば私はあの金剛の砲撃で血煙と化すだろう。
「刈谷君の大切な人をこれでまた奪うことができます。まずはあなたから。そして、最終的には彼が信頼を寄せている堀内君や…三条提督と言った提督の首を差し出すことにしましょう」
「フン。下らん考えだな。だが、私は貴様に対抗する術を持ち合わせていない。殺すのなら早く殺すがいい」
「提督…!そ、そんな…こんなの…こんなのって…」
「随分と潔いですね。泣きわめき、刈谷君に助けを乞えばいいじゃないですか」
「そう言って刈谷君が来るはずもなかろう。詰みの状態だ」
「そうですか。では…安心してください。刈谷君もすぐ後を追わせます。地獄で待っていてあげてください」
そして大府は右手を高らかにあげた。見れば金剛が砲撃の構えを取っている。フン、これもこれまで私がしてきたことへの業…罪か。ならば仕方があるまい。刈谷君、申し訳ない。
「北上君、君は…」
「あたしも死ぬときは一緒だよ…」
「そうか…」
そう言って抱き着いてきた北上君を抱きしめ返した。すまない、北上君。君まで巻き込んでしまったね。生きながらえた命をここで終わらせてしまうことが心残りだ。本当に…すまない。
「ウチナサイ」
無機質な声でそう言った。そして手を振り下ろした。
ドォン!!!
大府が覚醒しました。そして、足助の城は無残にも破壊されてしまいました。
もはや足助氏の命は風前の灯火…はたして足助氏の運命は…死しか残されていないのでしょうか。
次回は大府の視点でのお話になります。
そうしてさらにその次のお話へと続く形になります。
次回もお待ちいただけますと嬉しいです。
それでは、また。