「提督!早く行きましょう!」
「わかったからはしゃぎすぎなんだよテメエは」
矢矧ははやる気持ちを抑えきれなかった。かつての佐世保鎮守府の主、自分を秘書艦に任命してくれた、自分を人間の孫のように大切にしてくれたおじいちゃん。上郷 願徳元提督に会える。ガミガミと小言も言った。
「おじいちゃん!塩分の摂りすぎは人間にとって体に毒なのよ!塩辛を食べすぎなのよ!ああもう!お酒まで!
「矢矧よ…儂の楽しみの時間を取り上げんでくれんかのう…」
「ダメです!今日はもうおしまい!」
「厳しいのう…」
そうは言うが上郷提督は苦笑いするだけで冷蔵庫へ塩辛をしまい、お酒もしまう。上郷提督は艦娘に対してとても接し方が柔らかかった。フォッフォッフォッと朗らかに笑い、戦艦だろうと軽巡だろうと儂のかわいい孫じゃ。そう言って接してきた。さらには駆逐艦になるとより甘やかした。そして矢矧によく怒られていた。
とは言え、矢矧は怒ってばかりではない。上郷提督のことはとても信頼している。彼は艦娘が原初の艦娘、そして二代目のジェネシス。それ以降の建造が可能になった艦娘達の登場により、日本各地に鎮守府や泊地などが出来上がった際に古井司令長官達に艦隊の指揮を任されたのだった。
「儂は現場で指示がしたい。司令長官やその他のポストに興味などないわい」
「ククク。燃ゆる大炎は戦場にある!古井。儂も現場じゃあ。戦を生きとる間にできるとは…しかも相手は人に非るモノ!ならば存分に戦える!」
上郷提督の同期でもある三好提督と共に前線に立った。苛烈な深海棲艦の攻撃が続いた時代に、上郷提督は防衛に。三好提督は攻撃に回り、虎瀬提督、安城提督達と共に日本を守り、深海棲艦を屠った。しかし彼らは艦娘を物扱いはしなかった。数多の提督が何を思い上がったのか艦娘など沈んでもまた建造すればいい、と言ういわゆる捨て艦戦法が横行した時代。そんな中で上郷提督と三好提督はそれを行わなかった。艦娘達は場数を踏むことで経験値、と言うものを
得て戦い方を変えたり指揮に対して動きがスムーズになるなど、現場の状況によっては提督に逆に生の現場の意見を言い、撤退を具申したりする。それを理解した。
「うむ。お前達を失うのは手痛い。撤退せい」
他の泊地などでは…
「撤退などありえるか!俺の戦果に傷をつける気か!?お前らが沈もうが関係ない!!!勝利を持ち帰れ!!!」
「何ぃ!?提督様に意見するな!!!進撃以外認めん!!!」
そんな言葉を聞くたびに「血気盛んじゃのう…」と知らぬふりをしていたが…表情は悲しげだった。大破して命からがら帰ってきた艦娘に「すまんかった…辛かったろう…」と身を案じ、優しく頭を撫でる提督。自分たちの提督がおじいちゃんでよかった。その言葉を聞くと嬉しそうにしていたのを覚えている。
最初こそ、大破で撤退をさせたことを笑う提督が大勢いた。三好提督も苛烈に攻める割には1隻が大破しただけでも撤退をさせることからよく嘲笑されていた。戦を好むくせにへっぴり腰ではないかと。しかし、それは最初だけだった。深海棲艦も進化、進歩する。そこで上郷提督達のやり方が間違っていないと言うことが証明された。
それこそが、今でこそよく言われる「練度」だ。勝敗はさておき、戦いで得た知識…戦法。それを積み重ねることによって上郷提督や三好提督の艦娘達は深海棲艦の戦法を上回る戦法で勝利をもぎ取り始めた。一方で捨て艦戦法ばかりを取ってきた提督達は敗北が続き、海域をじわじわと押しやられてしまっていた。
「艦娘は兵器。そう言うやり方もあるじゃろう。じゃが、儂はそうは思わん。言うなれば兵。使い捨てにしてはならん兵。兵器ではなく兵。兵は失えば戦力を損ねる。換えが効かんのじゃ。じゃから儂は迂闊に艦娘を沈めるような真似はせぬよ」
血気盛んな提督はそんな話に耳を傾けることなく捨て艦戦法を続け、最終的に絶対防衛ラインにまで深海棲艦に攻め寄られ、虎瀬提督や清洲副司令長官に激怒されることになるのだが。
「爺さんに会うのは久しぶりじゃねえのか?」
「ええ。退役して以来だもの。おじいちゃん、お酒や塩辛いものを摂りすぎたりしていないかしら…」
「相変わらず爺さんの健康管理にうるせー奴だな。まーあの爺さん、ことあるごとにタラコだの塩辛だの尿酸値は気にした方がいいぜとは言ってたけどな」
「そうなんです!!!塩分の濃いものばかり好んで!そう言う刈谷提督はお酒の飲み過ぎよ!!阿賀野姉と一緒になってカパカパと!!」
「あーうるせえ。節度はもって飲んでるっての。俺を毎日飲んだくれてる奴だと思ってねえか?阿賀野と呑んでるのも週一だろうが」
「酔い潰れて寝るまで呑むのはどうかと思いますが?」
「それは阿賀野だろうが。野菜とかも食ってんだ。セーフセーフ」
「アウトよ!それからお酒をポケットマネーで買いすぎ!」
「カクテル作るなら諸々いるだろうが」
「とか言ってジンやラム…そのお酒の種類の数で間宮さんが困惑してるのだけど?」
「ウオッカも増えたなぁ」
「減らしてください!」
「カクテルに必須だろうが」
「妖精さんもそれに併せて特別にバーカウンターを別室に作ったり棚を作ったり…あの妖精さん達は何なの…」
佐世保鎮守府では刈谷提督と矢矧の姉である阿賀野の影響で鎮守府内に本格的なバーが出来上がっていた。矢矧や能代が止めたのだが、妖精さんはやる気満々。結果、止めることもできずに無事バーは完成。なんとノンアルコールカクテルまで用意できることから駆逐艦や海防艦まで利用する大盛況となった。もちろんその中には矢矧も能代も入っているので、もはや文句を言う立場ではないのだが…一応言っておかねばならない。
「お前もハマってたじゃねえか。ジンフィズにモヒート」
「うう…否定できない…」
「それとお前、青いジンがピンクに変わるの見て目ぇ輝かせてたよなぁ?」
「あれ…ジントニックでしたっけ…」
「そうだ。エンプレスジンのジントニックはおもしれーだろ」
「そう…ね」
「また買うか」
「買わなくてよろしい!」
「何だ、そこはまた買って作ってくれとか言うと思ったのにな」
「……モヒート」
「じゃあまたラム買わねえといけねえな」
「うぐぐ…能代姉に言えない…」
「ああ、あいつこの間『タンカレーNo.10』がうまいから買ってくれって言ってたぞ」
「能代姉ぇ!?」
ククク…と笑う提督。そう、阿賀野に押されて能代もハマりだしているのである。隠してはいるが、能代はジン。矢矧はラムにハマっている。ちなみに阿賀野は全部オールオッケー。
……
そうこうしている間に車は博多へとやってきた。お酒談義になってしまった…と矢矧は自制できないことを恥じた。すっかり阿賀野姉と提督に能代姉まで毒され始めている…由々しき事態だ。また能代姉と作戦を練らないといけない。そう考える。
「おじいちゃんは空港でしたっけ?」
「ああ、電車で博多へ向かってるらしい。迎えに行ってやるって言ったんだけどな。車窓を満喫したいんだと」
「そ、そう…」
矢矧は知っている。おじいちゃんの代わりに車を運転していると、外をずっと見て流れゆく景色を眺めるのが好きで、あれは何かのう?とかうまそうな飯屋じゃ!とはしゃぐ姿を見ているからよくわかる。それと同時に、自分たちに迎えに来てもらうことに気を遣っているんだろう…そうも思った。
「さーて、俺らが着くのと同時にあの爺さんも来るだろ。あの爺さんはそう言う奴だからな」
「そう…ね」
「顔が早く会いてえって顔してんぞ?ま、店で待つぞ」
「なっ、そんな顔していたかしら!?」
「ああ。お前が爺さんが提督を辞めるって言った時、大騒ぎだったらしいな。泣いて喚いて「わああああああ!!!やめて!!やめて!!」」
刈谷提督がニヤニヤしながら矢矧をからかう。顔を真っ赤にしてワタワタしながら街並みを歩く。そんな刈谷提督も矢矧には言わないが、上郷提督に会うことを楽しみにしているのだ。
刈谷提督は飛龍を大府によって沈められた時、艦隊を解散して自分も提督を辞めるつもりだった。大府の罠に嵌められたとは言え、自分の艦隊の艦娘。それも、将来を共に歩もうと誓い合った仲だった…飛龍を。迂闊だった。大府へ怒りを叩きつけたこともあったが結局は自分の指揮のミスであると結論づけた。自分は艦隊を指揮する資格はない。艦娘を沈めたクソ野郎だ。また誰かの奸計で艦娘を危機に晒してしまうかもしれない。また失うかもしれない。それが初期艦であり、自分を誰よりも慕ってくれている五月雨だったら…そう考えるともうやっていられなかった。
しかし、その時に待ったをかけたのが上郷提督だった。
「ならん!お前さんは提督を続けるべきじゃ!儂らが退いた後も深海棲艦との戦いは続くじゃろう。その際に、若手を率いて中心に立つべきはお前さんや堀内と言ったもの達。そして、その下についた更なる有能な提督が現れ、その者と共に戦うのじゃ!そうでなければ日本の未来はない!」
「……随分と…俺を立てるんだな。へっ…下手なおべっかはいいんだよ。俺は無能だ。艦娘を鎮めるような無能でしかねえよ」
「儂や三好、古井も虎瀬も…大府などよりお前の方が遥かに上だと認めておる。儂らを信じて…提督を続けてはくれんか…?」
酒に溺れ、無精髭がボーボーになり、死んだ目をした自分をなんでそこまで説得すんだよ。もうほっとけよ。何度も突っぱねてもこの爺さんは。いや、爺さん達が俺を説得に来る。
「ならば、なぜお前はいつまでも自分の持ち場の近くでウジウジと酒を煽っているのだ?お前はまだあるのだろう、未練が。ワシには見えるぞ…お前から燃ゆる大きな炎がのう…その炎で深海棲艦を焼き尽くせィ!!!艦隊の指揮を取れィ!!まだ逃げるには早いわい」
三好の爺さんもそう言って自分を説得に来た。何を言ってるのかさっぱりわからない。あの爺さんは戦場や人を炎に例えることが多い。そして、それを見て指揮を変えたりもするし、人の見る目がある。玲司を初めて見た時も三好提督は「ええ炎を持っておる。今はまだ弱いが…あれは将来、大きな炎となって海軍を焼き尽くすじゃろう」と言っていた。焼き尽くしたら海軍がなくなっちまうだろうが、とツッコミを入れたものだ。だが、彼の言うことは間違いではなかった。一宮の時も、九重の時も。七原の時もそうだった。上郷の爺さんと三好の爺さんの人を見る目は確かだった。
「お前さんは艦娘に誰よりも優しい。このままでは艦娘は使い捨ての道具にされ続けてしまう。それをお前さんは良しとするのか?違うじゃろう。それがお前さんをまだ…ここから離れられない、縛り付けている理由じゃろう。ならば、もう一度艦隊を指揮せい。儂は佐世保。お前さんは目立たぬ鹿屋で1から踏ん張るが良い」
あまりに毎日のようにこう説得されて刈谷提督は折れた。いや、燻っていた炎をもう一度燃え上がらせた。ただ、やはり艦娘を失うことは恐怖だった。だから艦娘に入れ込みすぎないように距離を置くためにあえて傲慢で艦娘を見下すかのような態度を取り、距離を置いた。
「あの時のあなたは本当に…嫌悪感しかなかったのだけどね」
矢矧は戻ってきた刈谷提督を大本営で見た時、ちょうど新人提督を殴りつけていた時だった。
「テメエには提督なんざ向いてねえよ。失せろ。二度とその面を見せるんじゃねえ」
野蛮な提督だと思った。いい噂は聞かないし、目の前で暴力を振るった…ハラスメントと言うレベルではない。あまりにひどい…なぜお爺ちゃんはこんな乱暴な人をお膝元とも言える鹿屋基地に置いたのか。柱島の三好提督も目をかけていると言う。わけがわからない…と矢矧は憤りを覚えると同時にお爺ちゃんの人を見る目は大丈夫なのか…?と思ったものだ。
実際の刈谷提督は確かに鎮守府外ではまだ粗暴な態度を取っているが、鎮守府内では特に海防艦に目をかけてお菓子を買い置きしていたり、海防艦を膝に乗せながら仕事をし、時に一緒に昼寝をしていたり…まあ、お菓子については能代に甘やかしすぎです!と言われて怒られているが、気にしていない。いい人ではあると思う。そうでなければ龍田、過去にトラウマを抱えている葛城。大府の操り人形になっていた愛宕。彼女達をケアするはずがないし、阿賀野は…必要以上に懐きすぎじゃないか…?とも思うが…4人もお嫁さんにする人。それも艦娘を
「人間の女はめんどくせえんだよ。艦娘と付き合ってたら人間の女がいかに傲慢かがわかるぜ?同じ女でも龍田や阿賀野達に金出してる方がよっぽど有意義だ」
そう言い放つくらいだ。艦娘にどっぷり入れ込んでいる始末。能代がいろいろと語ってくれたが、本当に彼は口では艦娘を悪いかのように言うし、めんどくさいと言いつつも佐世保鎮守府の居心地は申し訳ないがお爺ちゃんの時よりもいい。これよりもっといいところが横須賀鎮守府らしいのだが…一体どんな場所になっているのか…一度刈谷提督は「艦娘の楽園」とまで言われている横須賀鎮守府に赴くつもりでいるらしい。自分も見てみたい…能代姉もそう言っていたな…と矢矧は思った。
……
予約していたお店に入ってすぐに上郷提督もやってきた。
「おお、おお!久しぶりじゃのう。元気にしておったか?」
「おう、元気してるぜ。爺さんは島生活でえらく焼けて健康的じゃねえか」
「ふぉっふぉっ!お前さん達が活躍してくれとるおかげで皆元気に生活しとる。皆、艦娘に感謝しとるよ」
「そうかよ。それなら佐世保を引き継いだ甲斐があったってもんだ。安心して生活してていいぜ。今の日本にゃ優秀な若い奴が勢揃いだからな」
「そうかそうか。お前さんがそう言うならええ配置にしたんじゃろう。あの子は元気か?七原君は」
「おう。みっちりしごいてやってるよ。だいぶマシにはなったぜ」
「提督、その言い方は七原提督に失礼でしょう?」
七原提督は刈谷提督と上郷提督が発掘した提督だ。おどおど、ブツブツと言っていた七原提督に、面接の人事担当は早々に不合格を出すつもりだった。たまたま別室でその様子を見ていた刈谷提督と上郷提督の目に止まった。
「どう思う?」
「国のためだ国民のためだとか上辺だけのいい言葉並べ立てた男連中よりは、艦娘と共存してより良い環境を整えたいって言ったことがでかいな。人事に言ってくるわ。あのメガネ女以外は不合格。爺さん、それでいいな?」
「うむ。それで構わんよ。じゃが、お前さんが面倒を見るんかの?」
「ああ。俺が見る」
「……不安じゃのう」
「やめる気にはさせねえようにする。それでいいだろ?」
「儂も協力しよう…お前さんだけじゃ不安じゃ」
「んだよ。心配性だな爺さん」
結局、守り方は上郷提督が教えて攻めは刈谷提督が教えた。今もそれを忠実に守り、轟沈なしで厳しいレイテの作戦も完遂させたし、難しい任務もこなしていく七原提督を、面と向かってはほとんど言っていないが信頼できる若手提督の1人だ。それからまら口調や仕草だけせ面接で落とそうとした九重提督をとったのも刈谷提督だった。最初は0点と言い放って見放すこともあったが、今ではこれまた頼れる若手だ。
「ま、一応頼りにはしてやってるよ」
「だから失礼でしょうってば!」
「ふぉっふぉっふぉ。矢矧よ。これはこやつなりに激励しとるんじゃよ」
「嘘でしょう…?」
能代姉が言っていたな…この人は天邪鬼だと。まさか本当に激励しているんだ…と思うしかなかった。そこからは再会の喜びも束の間、とにかく矢作が喋る喋る。主に刈谷提督の愚痴をおじいちゃんに。
「聞いてよおじいちゃん!この提督ったらほんっとうに艦娘に甘いのよ!?海防艦や睦月ちゃんとか卯月ちゃんにお菓子ばっかり食べさせて!そのくせもっと俺のために働けとかむちゃくちゃよ!」
「それでチビ共の士気が上がるんだったらいいだろうがよ。能代は認めてくれてんだろ」
「あれはもう言ってもダメだから言うのをやめたのよ!晩ご飯が食べられないようになったらどうするの!?」
「気にするとこそこかよ。そうならねえように少しにしてんだろ」
「うちのとこのチビ達も大層喜んでおったのう」
「は!?おじいちゃんちょっと!それどういうこと!?」
「矢矧には内緒じゃぞって言うてあげとったんじゃよ。いいじゃないか、士気も上がるし頑張った褒美を目に見える形でやるのはいいことじゃろう」
「はい、2対1でお前の負けな。あ、すいません。日本酒。鍋島、冷で」
矢矧の小言を聞き流しながら酒を飲み、玄界灘で獲れた魚の刺身を楽しむ刈谷提督と上郷元提督。それを見ている矢矧はますますヒートアップしていくのだ。
「それに!阿賀野姉よ!何よあれ!お酒好きにしてバーまで作って!!」
「おお刈谷。鎮守府にバーを作ったのか?それはいいのう…儂も行きたいのう…」
「阿賀野がどうしてもって言ったら妖精さんが勝手に作ってくれた。んでそっから阿賀野が勉強してできたのがうちのバーだな。いいの作るぜ。ウイスキーなんかも豊富だ」
「……いいのう」
「時間があったら来いよ。阿賀野がいいの作ってくれるぜ」
「おお!ならモヒートがいいのう!」
「おじいちゃん!!!」
「おう、うちのモヒートはホワイト使わねえでハバナクラブ7年やらバカルディ8使って作るからうまいぜ。阿賀野の配合も最高だ」
「近々行かねばならんのう!」
矢矧は頭を抱えた。酒を飲んでいい気分になっている2人。そして咲く酒談義。止められない阿賀野姉のバーテンダーとバー。巡洋艦や空母、戦艦にも人気だ。飲めない長門、挙句には駆逐艦のためにノンアルコール、いわゆるモクテルの勉強もしている。不定期開店であるが阿賀野のバーは大人気なのだ。刈谷提督特別のVIP席を除いては満席にすぐなってしまう。得意カクテルはモヒート。彼女の作るモヒートは刈谷提督でも「他のバーで飲む気失せんなこれ」と言うほど美味なのだ。さらに酒の知識も深い。
「提督さ〜ん。このグレンフィディックのオーチャードエクスペリメントってどう?」
「仕入れるか。悪かねえぞ」
「はーい♪」
気がつけばドバドバと見たことのないお酒がバーの棚に並ぶ。矢矧と能代が提督を責める。提督は「あーうるせえうるせえ」で済ませる。阿賀野姉に詰め寄れば「えー?おいしそうだったんだもーん」で終わりだ。新しい酒が飲めると聞けばまたバーが盛り上がる。佐世保鎮守府のバーはこうして普段飲めない珍しいお酒も飲めるところが強みだ。
「ふぉっふぉっふぉ!!そりゃあおもしろいわい!」
「おもしろくない!それで…それで阿賀野姉が…提督と…」
そうしていると突然の妹へのカミングアウト。提督のことが好きになってしまった、だ。
「おお。そういえば龍田とデキとったのう。その後どうじゃ?」
「給料3ヶ月どころか半年分くらいの指輪を渡した。葛城と愛宕と阿賀野にもな」
「節操がないと思わない!?4人よ4人!!!」
「そうかそうか。お前は艦娘とくっつくと昔から思うておったが。龍田は知っておったがまさか4人とはのう。ええじゃないか、のう刈谷?」
「だろ?爺さんならそう言ってくれると信じてたぜ」
「なっ!?なぁ!?」
「他人の恋愛に口を出すほど野暮ではないが…そうかぁ。お前も結婚したかぁ」
しみじみと奄美大島の焼酎、紅さんごを飲みながら、いつも笑っているように見えるおじいちゃんがより笑っているように見えた。上郷氏は知っている。彼は以前にも艦娘と愛し合い、結ばれるはずだった。それは叶わぬ夢となった。大府の策略により、沈められてしまったからだ。結果、刈谷提督は辞めるとまで言い出した。それを必死で止めたのが上郷氏だ。
「あの厄介者も、逝ったか。親子共々」
「ああ。どっちもくたばった。会社は終わりだ。まもなく倒産すんだろ。最後の最後まで面倒な連中だったぜ。あ、鳥飼を冷で」
「…飲みすぎてない?」
「何を言うとる。まだ始まったばかりじゃろうが」
「ああ。全然飲んでねえ」
もう3合くらいは飲んでいるんだけど…おじいちゃんは顔が赤いけれどまだしっかり話せているし受け答えもできる。刈谷提督に至っては何も変化がない。阿賀野姉なら噂に聞くイタリアの重巡のように暑いから脱ぎだすくらいだ。何とかあれをやめさぜなければと思う。
「そうか、そうか。ようやった。あの一族には自衛隊時代から辛酸を舐めさせられてきた。その報いを受ける時がきたのじゃのう…父親と祖父は同情できんが…倅は数奇な運命よのう」
「あ?」
「あやつの母親はあやつを産んで死んだ。その際に出産に相当な時間を要したらしい。そのせいで奴の脳にもダメージがでた、と聞いた」
「そりゃあんたから聞いたな」
「そうかそうか。そうじゃったな。じゃが彼は幼い頃から凄まじい才能を持っていた。勉強においても芸術においても突出した才能を持ち、周りの人間を大いに驚かせた」
「サヴァン症候群か」
「名前は知らんが…才能はあった。頭も良かった。しかし、奴には人間性がごっそり抜け落ちていた。幼い頃から殴られたら目をつぶしたり、高さ10mの窓から何の躊躇いもなくいじめっ子を突き落とす。その際に言うのは、殺される覚悟がないのなら人に手を出すべきではない、じゃ」
「それ、喜一郎の爺かなんかに吹き込まれてねえか?」
「正解じゃ。喜一郎と康介に吹き込まれておった。大府に逆らう者には容赦ない制裁を。殺す覚悟で反撃せよ、とな」
「何それ…その2人も人間じゃないみたいじゃない…」
「ヒトモドキって俺は呼んでたぜ。俺は大府一族は人じゃねえって思ってた。母親が生きてたらあのクソもどうなってたんだろうな」
「聡明な女子じゃったよ。何度か会ったことがあったがのう。聡明で、誰にでも優しく、そうじゃのう…聖母のようじゃった。彼女が生きておれば…倅は愚か者共の洗脳を受けず、音楽か、絵画か…どちらかの道で素晴らしい才を発揮したじゃろうのう…」
「そうだったら、俺もあのクソ野郎に悩まされることもなかったろうな」
運命というのは残酷だ、と思う。もし母が生きていれば。だがそれは叶わなかった。結局大府 和雄という男は、愚かな選民思想に支配された祖父と父親によって忠実な傀儡になってしまった。
「けどまあ、最後の方は自分の意思で動いてたんじゃねえかな。金剛のおかげでちったぁ人間らしくなったと思うぜ。やってることはクソだったけどな」
「最後くらいは人の感情を持っておったか?」
「いいや?最後までテメエの間違いは認めてなかったな。俺に負けたのはどこで間違えたのか、って分析くらいはしてたけどな」
「最初からじゃのう。刈谷のほうが一枚上手…いや、もっと上手じゃったな」
「最後は脳幹撃ち抜いて終わりだ。あっけなかったぜ」
人を殺したことを誇らしげに言わないでほしい…と矢矧はノンアルコールのピニャゴラータを飲みながら思う。しかし、矢矧はこの大府提督に関しては知っているし聞いている。おじいちゃんが怒りを覚え、あからさまに嫌悪する若手だった。刈谷提督と彼が目をかける若手にはチカラを注いだが、協力を仰がれても拒否したのが大府だった。さらには刈谷提督を襲撃し、提督を庇った姉である能代を撃って怪我を負わせた。別にドックですぐ治るのだが、姉を撃ったことが許せなかった。そしてそんな姉を撃った提督と言うのも憚られる男を撃ったのがこの提督…と。世の中わからないものである。
噂と違いすぎる提督、刈谷提督。姉の能代に比べれば彼との付き合いは短いものだ。けど、わかることはある。彼は艦娘に優しすぎる。過保護だ。時に本当にちょっとしたかすり傷でも、高速修復材を使って早く遊んで来いと言うくらいのことをする男。お酒のこと、姉の阿賀野にバーを任せていることは納得がまだいっていないが…認めるしかない。これよりなお過保護、と言うか、妖精さん曰く…艦娘の楽園とまで言われているのが刈谷提督が一番目をかけている三条提督率いる横須賀鎮守府。今度視察にアポ無しに行ってやろうと考えている提督。ついていきたい。
「三条はうまくやっておるか?」
「ああ。あいつのおかげでレイテも解放できた。無茶をさせちまったな。ただ、今後もあいつのチカラが必要になるだろうな。深海棲艦化したあのバカが深海棲艦を呼び寄せた可能性も高い。大侵攻があるかもしれねえ」
「湘南大侵攻…か。三条の家族が犠牲になったやつじゃ。古井が何とかしてくれなんだら、今の三条はおらんのう」
「ああ。トラウマで頭が回らねえかもしれねえが、そんときゃケツ蹴っ飛ばして動かす」
「強引じゃのう…」
「あいつの指揮能力、艦娘のポテンシャル。それが機能しねえなら太平洋側やべーんだよ」
噂では原初の艦娘と呼ばれる艦娘のようで艦娘でない十傑と同じくらいの能力を持っているのではないかと言われている艦娘がいるらしい。それと同時にどの鎮守府などにもいない最強の戦艦、大和と武蔵がいる。だが誰も知らない。横須賀鎮守府の最高戦力は巡洋艦と駆逐艦であるということを。それは近々、明らかになる。
「今度横須賀の実力を測るために実習生と演習をやらせるつもりだ。三条は水雷戦隊。実習生は何でもありのハンデありでな」
「三条のとこの水雷戦隊はまずいと思うがのう…」
「ヘッ、だからだよ。慢心が艦娘を轟沈させんだ。それを期待のホープとやらに思い知らせんだよ」
「絶望せんとええのう」
またよからぬことを企んでいる…矢矧の頭が痛くなった。それでも止められないのがこの人だ…見ているしかできないだろうな。小さく矢矧はため息を吐いた。
……
おじいちゃんもだいぶ酔ってしまっているので今日は解散となった。
「ふう、久々に楽しい酒じゃった。やはり、お前と飲むのが一番楽しいのう。清洲もそう言うておったわ」
「もういっぺん、飲みたかったぜ」
「…すまん」
「いいんだ。爺さん。また付き合ってくれよ。今度は、大府の置き土産が全部片付いたらな」
「おお。いつでも呼べ。儂はいつでも来るぞ」
「なら今度は鹿児島か熊本で飲むか」
「お前が島に来い。いい泡盛を振る舞って、いい魚も用意してやる」
「そりゃ楽しみだ」
ガシッと握手を酌み交わして上郷氏はホテルへ帰って行った。矢矧にも「刈谷を頼んだぞ。元気でやるんじゃぞ」と頭をわしわしと撫でて。
「まったくもう…私をまた子供扱いして…」
「あの爺さんにとっちゃお前はかわいい孫だろ。孫でいろ。そのほうが爺さんも喜ぶさ」
「私は最新鋭軽巡なんだけど?」
「じゃあ中部海域にでも引っ張りだこするか」
「いやよ!!!能代姉や阿賀野姉も等しく出して!阿賀野姉は暇があると昼でもバーを開くんだからね!?」
「そりゃいいや。俺も飲むかな」
「仕事をしなさい!!!!」
「へいへい。ほれ車のキー。頼んだぜー」
「ったく…私を足代わりにして高くつくわよ!」
「欲しがってたジーンズでいいか?」
「……考えておくわ」
そう言うと刈谷提督はクックックと笑いながら早く出せと促した。まったくもう!と言いながら車を走らせる矢矧。まあ、おじいちゃんに会えたし、愚痴は言えたしちょっとすっきりしたかしら…と思う矢矧だった。その矢矧は、満足げに笑っていた。