提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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食事を振る舞われた大淀たちとは別に、玲司の一仕事。そして、まだまだ救うべき艦娘は横須賀にはごまんといるのだ。玲司の戦いはまだまだ始まったばかり。またしてもひと悶着ある予感…

第三話目となります。しばらくは鬱々とした展開、ショッキングな場面が続きます。苦手な方はブラウザバックを推奨します

2018/10/07 台本形式を廃止。編集しました


第三話

古井総一郎(ふるいそういちろう) 年齢67歳

 

日本海軍連合艦隊司令長官。階級は元帥。艦娘と深海棲艦が現れた時から率先して戦ってきた古参の一人。「原初の艦娘」と呼ばれる最古参の艦娘6人からなる艦隊を持つ。高雄も「原初の艦娘」の一人。性格は厳格でありながら慎重派。常に艦娘を沈ませない運用を行う。それゆえに「艦娘親睦派」の筆頭などと言われており、興味も関係もないのだが「艦娘軽視派」に目の敵にされている。本人と高雄達には頭を痛める種である。親友であり、戦友であった三条玲司の父、三条雪丸(さんじょうゆきまる)とは自衛隊時代からの仲で、お互いに腹を割って話せる仲であった

 

玲司を妻と共に本当の息子のように思っている。横須賀に行かせたことを申し訳ないと思いつつ、きっととんでもないことをまたするだろうと胸を躍らせている様子。玲司からはおやっさんと呼ばれて慕われている

 

 

/大淀の視点

 

 

私が横須賀で生まれて一年足らず。その一年足らずの期間は忘れようにも忘れられない時間でした。鎮守府はつねに誰かの泣いている声。悲鳴。提督や憲兵の怒号が響き、誰もが何かしらの傷を負っていました。涙を流し、穢されてしまったことで死にたいと言い放ち、自ら先頭に立って沈んだ軽巡。ぼろ雑巾のように使い潰され、ついには沈んでしまった戦艦。存在自体が役に立たないと罵られ、満足な食事も与えられずに殴られたりするばかりの駆逐艦。資材集めのために昼夜疲労など関係なしに動かされた潜水艦。かつて常勝最強と謳われた横須賀鎮守府は四大鎮守府の中でも最低。その他の泊地や警部府にさえも戦果で劣る最弱の鎮守府。税金泥棒。えこひいき。鎮守府を名乗ることさえ恥ずかしい

 

結果、怒り狂った提督により無謀な出撃が繰り返され、減っていく仲間たち。命からがらうまく逃げることができた軽巡名取さんの命がけの陳情により、横須賀鎮守府の実態が明らかになった。安久野提督をはじめ、横須賀にいた憲兵、工廠員。人間は全て逮捕。重い罰が下り、二度とここに戻ることはできないと古井司令長官に言われ、生き残った私たちは安堵しました。しかし、人間に対してけっして修復できないであろう傷を負った私たちに、やはり新たな提督がここにやってくると聞かされ、恐怖しました。また…あのようなことに…。ならば私がみんなの身代わりに…足がこんなことでは戦闘には出れない。だから、私がみんなの代わりに汚されればいい…

 

 

「今度ここにやってくる提督は、きっとみんなの味方になってくれるよ。まあ、今はそういっても信用できないだろうけどね…。少し、少しでいい。彼を信用してあげてくれ。その男は誰よりも、艦娘が好きな奴だから」

 

 

私と雪風ちゃんは長官の言葉に敬礼で返しました。ですが、信用はきっとできないでしょう。残念ですが、また地獄が始まる…と。ですが、雪風ちゃんは前向きでした

 

 

「大淀さん!新しい司令はどんな人なんでしょうね?今度は優しい人だといいですね!雪風はちょっと楽しみです!」

 

 

キラキラした目で楽しそうに言う。本当に、この子は強い。どんな逆境も前向きに跳ね返す。信じた後に裏切られる。その絶望感は筆舌に尽くしがたい。私も雪風ちゃんのようになれば、幸運の女神に愛されるのでしょうか…。ですが、本当にこの地獄が終わってくれれば。そう信じるしかありませんでした

 

 

………

 

 

私はまだ、夢でも見ているかのような感覚でした。三条提督。私の足を気遣ってくれたり、その…抱きかかえてくれたり…。そして、涙が出るほどおいしい、初めて食べるこの黄色と赤の美しいオムライスと言う料理。不思議な味でした。一口食べるたびに、私も雪風ちゃんも間宮さんも。そして…何をやっても無表情。もしくは時雨ちゃんと村雨ちゃんのために喚いて謝るしかしなかった夕立ちゃんが、ボロボロと涙を流しておいしい、おいしいと夢中で食べました

私の心に巣食っていたどす黒い何かが、ふっと消えていくような感覚を覚えました。おなかいっぱい…こんな幸せなことがあるのかと思いました…。提督…私は…私は少しだけ、貴方が悪い人ではないと思い始めました。ふと見ると提督の姿がありません…どこへ…?

 

/ドック

 

 

「うおっ、くっせえ!!!」

 

 

ドックに入った玲司の第一声はこれである。臭い。カビと、どぶのようなにおいが鼻孔に突き刺さるかのようだった。黒カビが生え、ドックには白く濁った猛烈に臭いにおいを放つ、腰までは浸かれそうな水のような何か。確かに傷は癒せるだろう。だがその効率はあまりにも悪そうだ

 

 

「みるのもいやです」

 

「さわるのもいやです」

 

「おーまいがー」

 

 

「これはやばいな。とりあえず窓を開けて…妖精さん、カビキラーは?」

 

 

「…あるよ」

 

 

「何そのニヒルなキャラ」

 

「てれびでみたです。かっこよかったのです」

 

 

ふ、ふーんと返すが妖精さんは上機嫌でカビ取りスプレーを渡してくる。頭にタオル。口元にもタオルでマスクを作り、一心不乱に黒カビにスプレーを吹きかける

 

 

「はっはー!俺のエ〇ニー&アイ〇リーが火を噴くぜー!」

 

「きゃー、れいじさんかっこいい!」

 

「かびがなくおとこがいた」

 

「かび めい くらい」

 

 

そのあとはひたすらに床を、浴槽をデッキブラシでこする。こする。こする。シャワーを流せば汚水がガシガシ流れていく。妖精さんはシャワーをスプレーした場所にかけていく。哀れカビは根こそぎ死滅していく。南無三。2時間ほど、妖精さんの協力もあって、ドックにお湯をはる。きれいな温かいお湯だ。この蛇口からでるお湯は、艦娘の傷を癒す成分がふんだんに含まれており、疲れをいやすと共に傷も癒す。大淀の曲がってしまった足も。夕立が言っていた時雨や村雨の傷も治るだろう

 

 

「ふいー!いい仕事したな!ありがとな、妖精さん。助かったよ。お礼は3個といこう」

 

 

「なんというかんびなひびき」

 

「かみこうりん」

 

「いっしょうついていきます」

 

 

「よっし、大淀を呼んで、あいつの足を治してやらなきゃな」

 

 

そうしていると、ドックに誰かが入ってくる音がした。

 

 

「…??ねえ、誰かドック使ってるの?おーい」

 

「ん?誰だ?」

 

「………」

 

 

タイミングが悪すぎた。今の玲司は頭にタオルを巻き、カビ取りのために口元にもタオルを巻いてマスクをしている。すなわち、どうなるかと言うと

 

 

きゃあああああああああああ!!!!!!

鎮守府に悲鳴が響き渡った

 

 

/食堂

 

 

「今の悲鳴は…!?」

 

「なんでしょう?敵ですか!?」

 

 

大淀と雪風が目を合わせていると、誰かが走ってきた

 

 

「ぎゃあああ!泥棒!変質者!で、出た!変質者よ!んんん!航空隊を発艦させて爆撃よ!鎧袖一触よ!!」

 

 

そういって食堂にやってきたのはひどく焦燥したツインテールの髪。切れ長の勝気そうな目。懐から取り出した艦載機を慌てて発艦させようとしている空母。翔鶴型正規空母二番艦「瑞鶴」だ。天敵とも呼べる一航戦のセリフを言うあたり、よほどパニックになっているようだ

 

 

「瑞鶴さん、落ち着いてください!一体、何があったのですか?」

 

「ドックで物音がしたからのぞいてみたらいたんだって!変質者!ドックに入って残り湯でゲヘゲヘ言ってる男!」

 

「え、ええ!?そ、それってまさか…」

 

 

「おー、大淀。ここにいたいた。いい話を持ってきたぞー。って、なんだ、お前もここにいたか。瑞鶴」

 

 

「ぎゃあああ!で、出たわねこの変態!大淀さん、待ってて!今すぐ黒焦げにしてやるんだから!」

 

「しれー!急にいなくなったからびっくりしたです!なんですか、それ?」

 

 

「ん?おお、タオル巻きっぱだったわ。わりーわりー。あー息苦しかった。んー、空気がうまいぜー」

 

「し、しれー?って、提督!?」

 

 

「おう、今日から着任することになった三条玲司だ。よろしくな」

 

「こ、こんな女の子のお風呂に無断で入ってげへげへ言ってる男が提督!?冗談じゃないわよ!」

 

「お、そうだ。大淀。ドックが使えるようになった。お前の足を治せるよ」

 

「私を無視するなー!」

 

 

キーキー騒ぐ瑞鶴はとりあえず無視し、大淀に向かって話しかける。ドックが直った。大淀の足が治せる、と言う話をぼーっと聞いていた夕立が、光のない目で玲司を見つめ近寄った。

 

 

「ドックが…使える…?本当…ですか?」

 

「おう。カビも取ったしばっちり使えるぜ。そうだ、時雨と村雨を優先して入れてやらなきゃいけないな」

 

 

大きく目を見開き、ぶるぶると震えている。治せる。この言葉は夕立にとって大きな意味を持つ言葉であった。

 

 

「治せる…治せる…?な、治ったら…時雨は?村雨は?」

 

「出撃はなしだ。すると言っても俺の命令で強制的に出撃を禁じる。夕立、お前も一緒にしばらくは休みだ。好きなようにすごしな。ご飯は毎日三食!間宮に協力してもらって作るからさ」

 

 

「は、はい!私も腕によりをかけます!」

 

「よし、そうと決まれば早く入れてやらなきゃな。まずは大淀からだ。よいしょ」

 

 

大淀、本日二度目のお姫様抱っこ。拒否権は…ない

 

 

「提督!だから私は歩けます!すぐそこですからぁ!」

 

「いいから甘えとけって!」

 

「こら!セクハラ!やっぱり変質者!変態!変態!今すぐ大淀さんをおろせ!」

 

 

ぎゃあぎゃあと騒ぎながらドックへ向かう3人を、間宮はくすくすと笑いながら見送った。その様子に、間宮はとても幸せに感じた。こんなに…賑やかになるなんて…ああ、この鎮守府に…正義のヒーローがやってきたのだ…そう思うと、今度は涙が溢れてきた。その涙は温かかった。心も、温かくなった。ポッと、ろうそくに火が灯るかのように

 

 

 

夕立は立ち尽くしていた。雪風が心配そうに見ていたが、そんなものに構ってはいられない。とにかく…どうすれば…自分のことで精いっぱいになってしまっている夕立には、冷静に時雨と村雨を運ばなくては、という思考が思いつかない

 

 

「夕立、何やってるんだ。時雨と村雨のところへ案内をしてくれ」

 

「は、はい!ご、ごめんなさい…」

 

 

「雪風、すまん。ちょっと手伝ってくれ」

 

「はいっ、雪風におまかせください!」

 

 

夕立に案内され、駆逐艦寮へとついていく。人の気配はない。まるで廃屋のような汚れ、壊れ、暗さ。お化けが出る場所、と言われても仕方がないくらいだ。無言で歩く。コツコツ、ギシギシと床がうるさい。妖精さんに頼んで板を張り替えてもらうか…と口に出さずに思った。時雨・夕立・村雨のネームプレートがある部屋。中へ入ると同時に、猛烈なにおいにたまらず吐き気がこみあげる。…臭い。すえた何かのにおい。知っている。この匂いは十数年前にかいだ…死の匂い。そのにおいに似ていた

 

ベッドで横たわる黒髪の少女、亜麻色の髪の少女。雪風も顔をしかめる。何度見ても、その姿になれることは、ない。

 

 

「大破…ね。無理もない。ここまで入渠もさせずにいれば…こうなるだろうな…」

 

 

包帯をまめに換え、体を拭いたりもしただろう。しかし、一年以上放っておけば、傷は腐り、においも最悪になるだろう。ここまで、酷使させたのか。本当に前の提督は人だったのか?

 

「う、うう…だ、だれ…だい?夕立、と雪風…だね。けど、もうひとり、は…しらないね…」

 

「はあっ、はあっ、ゆうだち…おかえり…」

 

 

「時雨!村雨!ただいま…おふろ、おふろに入れるよ!二人とも…治るんだよ!」

 

 

「むり…だよ…今のおふろでは、僕たちは治せない…。それに、もう、ここまで腐敗が進んだ足は…もうだめだ…」

 

 

太ももが黒く変色してしまっている。人間で言えば壊死だ。こうなってしまっては、入渠しても治らない可能性が高い

 

 

「ゆうだち…もう…つらいよ…。お願い…もう、わたしを…ころ…して…」

 

「やだよ!もう、もう時雨も村雨までいなくなったら…あたし…どうすればいいの!?そんなこと…言わないで…!」

 

 

(いいかい玲司。お前の不思議なあれは、めったに使ってはいけない。お前の命を縮める)

 

 

ふとおやっさんの忠告を思い出した。だが、だが、ここで使わないでどうする

 

 

「心配すんな。その足の死んだ部分は治せる。村雨も」

 

「…新しい提督…かな。ふふ、そういったって信じるわけ…ないじゃないか…」

 

 

「そうかい。まあ、勝手にやらせてもらうよ」

 

 

そういうやいなや、玲司はどこからか取り出した短刀で自らの指をスッと切った。滴り落ちる血。

 

 

「ちょーっと見た目は気持ち悪いけどな、まあ見てな」

 

 

そうして壊死を起こしている時雨の足。つぶれてしまっている村雨の左目、壊死している腹部に血をたらしていく。数滴、彼女たちの患部に垂れたところで、夕立と雪風は不思議な光景を見た。血はすぐに患部に吸収された。するとそこから少しずつ、壊死した部分が治っていくのだ。数分もすれば、彼女たちの壊死した部分は、そんなものはなかったかのように消えた。ドクン…と時雨の足に。村雨の腹に熱が戻ってきた。痛みが消え、生を証明するかのように熱を持ち、誇示する

 

 

「え…みえ…る…見える…左目…見える、よ…!熱い…目が…熱いよ…。熱い…見える…夕立の顔…見える、よ!」

 

「……何を…したんだい…」

 

 

「なに、また落ち着いたら話すさ。それより、お前たちをドックへ連れていく。これで湯船に浮かんでりゃ、完全に治らあ。よし、雪風、そこの浴衣四人分、運んでくれ。俺はこの二人を運ぶから」

 

「はいっ、おまかせください!」

 

 

「提督様…ありがとう…ありがとう…ございます…」

 

 

泣いて玲司の足元にすがりつく夕立。その頭をクシャっと撫でた

 

 

「……っぽい!」

 

「…え?」

 

 

「俺に様はいらないよ。それに、お前はぽいぽい言ってないとなーんか違和感あるんだよな。だから、普通にしゃべっていいんだぜ?」

 

「提督さま…提督…さん…いい、っぽい?」

 

「ああ。お前の口からぽいって言葉を聞かないと、落ち着かなくてさ」

 

「……ぽ、ぽい!ありがとう…っぽい!」

 

「ふふ、それでいいんだ。さ、お前は時雨を運べ。俺は村雨を運ぶから。頼むぜ」

 

「っぽい!」

 

 

「………」

 

 

薄暗い饐えた死の匂いがする部屋を、時雨と村雨は約一年ぶりに出た。そして、瑞鶴や夕立、雪風の手を借りて、温かい癒しの湯に入ることができた。高速修復材を混ぜてあったのだろう。みるみるうちに二人の傷は消えた。大淀たちはいたが、そんなことには構っていられず、夕立は時雨と村雨を抱きしめ、声をあげて泣いた。村雨も時雨も大粒の涙を流してわんわん泣いた。今までのわだかまりを全て洗い流すかのように…


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