大急ぎで食事をかきこみ、司令長官室へ向かう玲司達。島風は楽しそうに前を走っている。玲司達はそれどころではなく、割と食べた後なのできつい。
「お兄ちゃん、おっそーい!!」
「うるせー!誰のせいだと思ってんだ!!」
間もなく司令長官室と言うところで島風が玲司達を煽る。大淀や大和も苦笑していた。
司令長官室の前では腰まで伸びた黒い髪をした目つきのやや鋭い女性が口元に笑みを浮かべて立っていた。玲司に気づいて声をかける。
「ほう、どうやらその様子では島風はまた言伝を忘れていたようだな。相変わらずだな」
「何よー磯風。忘れてたわけじゃないもん!ちゃんと思い出したもん!」
「思い出したと言うことは忘れていたと言うことだ。緊急ではないから良いが、やはりお前に言伝を頼むのはやめておけと総一郎には言っておくべきだな」
「むきー!何よその言い方!今度は忘れないもん!!!」
島風と磯風と言う艦娘だろうか?がケンカを始めた。言っていることは磯風と言う子が正しいが…。
「兄さん、久しぶりだな。兄さんが大本営からいなくなって、陸奥姉さんが発狂しないか心配だ」
「ははは…心配はいらないと思うぞ、たぶん…」
「ふふ、そうか。なら安心した。やはり兄さんは提督をやっている時が一番様になる」
「そうかい。ありがとな、磯風」
「ちょっとー!島風を無視しないでよー!!」
磯風の頭を撫でていると島風がぷんぷんと怒っている。それを宥めつつ大淀達に磯風を紹介する。
「彼女は磯風。島風の姉だ。原初の艦娘の一人で、大本営ではなく舞鶴の提督の下にいる。今の舞鶴は原初の艦娘がいなくてもすげえ強いけど、やっぱり磯風や木曾、利根がいるからさらに強いな。提督がすげえ人だから」
そう言って舞鶴のことを語る玲司は何だか得意げだ。舞鶴の提督のことはよく知っているのだろうか?大淀は普段はそう他の提督をこうしてよく言わないだけに新鮮だった。彼がこれだけ言うくらいだ。とても良い提督なのだろう。
「その舞鶴の提督、父が待っているぞ。早く会ってあげてくれ」
磯風がドアを開ける。中には総一郎ともう一人、熊のような大男が一人。ほぼ白髪の坊主頭。左目には大きな傷痕。筋骨隆々の強烈な威圧感がある男…。大淀と大和は思わず恐怖する。それとは別に右目に眼帯をつけた艦娘。これまた目つきが悪く、ちょっと怖い。
「おせーぞ、玲司。まあ緊急じゃねえからいいんだけどよ」
「総一郎。島風に言伝を頼むのはやめたほうがいいと言ったはずだが」
「あー…島風に頼んだのか…叔父貴もいい加減学習しろよな。島風はいっつもこうなんだからさ」
「むっきー!木曾まで!!!」
「お前たち、そこまでだ。…またこちらに戻って来るとは。やはり、お前は提督と言う職から逃れられんようだな」
「ははっ、言えてます。お久しぶりです、虎瀬のおじさん」
虎瀬。大和は先ほど、自分のことをどうこう言っていた者達を一睨みで黙らせた男と言うことを思い出した。先ほどは恐怖しか感じなかったが、少し笑みを見せた彼の目は、玲司と同じくきれいな目をしているように見えた。悪い人ではないと思った。
「やあ玲司。私が送った資材は随分と役に立ったようだね。まさか、大和君が顕現するとは。さすがは艦娘に愛される男かな」
「そりゃどうかわかりませんが、おかげさまで」
大和が顕現に至る経緯を説明した。妖精さんのイタズラの大型建造。そして雪風の幸運?が功を奏し、見事大和を顕現させたと言うこと。
「はっはっはっは!!なるほどなるほど!いやぁ、妖精さんのイタズラと幸運の女神のイタズラかね!!これはおもしろい!!」
総一郎が大きな声で笑う。偶然に偶然が重なり、生まれたのが大和だ。幸運の結晶と言ってもいい。何にせよ、一番いても安全なところに最強と呼べるかもしれない艦娘が現れたことは、総一郎に取っても、虎瀬に取っても幸運だったと言える。
「玲司の下にいるのが一番安全であり、為になるだろう。お前のことだ。ぞんざいに扱いはせんだろうが、大切にしてやれ」
「ええ。もちろんです。ああ、大淀、神通、大和。こちらは虎瀬龍司(とらせりゅうじ)中将。舞鶴の提督だ。こっちは虎瀬中将の艦娘、木曾だ。北上の妹だな。これまた原初の艦娘だ」
「へえ、北上姉さんが玲司のとこにいんのか。いっぺん会ってみたいぜ」
「おう、暇があったら遊びに来てやってくれ。きっと喜ぶだろうよ」
そうして陸奥と高雄にも大和や大淀を紹介する。陸奥は大和が気になる様子だ。
「はじめまして。長門型戦艦の陸奥よ。よろしくね」
「はい。大和と申します。よろしくお願いします」
そうして陸奥が握手をする。大和を見つめること数秒。じっと目を見つめられた大和は赤面してしまう。
「あ、あの…大和の顔に何か…?」
「あら、ごめんなさい。思わず見とれちゃったわ」
「え、ええ!?そんな…陸奥さんのほうがきれいですよ…」
「ふふ…嬉しいことを言ってくれるのね。玲司をよろしくね」
ウインクをして総一郎の下に戻る。その大人びた仕草に大和は見惚れてしまう。私もいつかは…と思う。
「さて、玲司。お前をここに呼んだのはほかでもない。宿毛湾のことも気になるだろうが、最近沖ノ鳥島近辺に深海棲艦が多く集結していてね。強力な艦隊は少ないのだが、ヌ級やリ級のエリートクラスも多数見つかっている。佐世保や大湊からも向かわせるつもりなのだが、これを指揮しているリーダー格がいるはずだ」
沖ノ鳥島と言えば日本の大事な島だ。ここを奪取されてしまうと南西諸島への航路が危険となってしまうし、領海にも影響が出てしまう。しかし、沖ノ鳥島は定期的に深海棲艦が集まり、これを奪取しようとする。押さえられるわけにはいかない。
「なるほど。うちもある程度戦力は揃ってます。神通、大淀、いけるか?」
「はい。横須賀の戦力的には問題ないかと思います。想定外の姫や鬼クラスの深海棲艦がいなければ、十分太刀打ちできるかと」
「一度行ってみて、にはなります。まずは一度現地へ赴いてみたいです」
「…偵察の報告では未確認の駆逐艦のようなモノがいるらしいと聞く。駆逐艦とは言え、人型の深海棲艦は危険極まる。警戒を厳として調査、制圧に当たれ」
「わかりました。さっそく戻って編成を考えます」
「ふふん。兄さんの活躍ぶりに期待だな。もっとも、兄さんが大湊や佐世保に後れを取るはずがないと思うが」
「そいつは慢心だよ。慢心こそが皆を殺す。もう誰も沈めるわけにはいかない」
「提督…」
「どうせ口の軽い奴と一緒だったんだ。いろいろ聞いたんだろ、俺の過去のこと。そうだろ、大淀、神通」
「えっ…あ、はい…」
「司令官ひどいですよぉ!青葉はそこまでふかーくは話してないですよ!?」
青葉が玲司に批難の声をあげる。内心はドキッとして焦っているわけだが。青葉の行動は大体玲司には読まれている。けれど、青葉はそれでも玲司のことを細かく伝えたかった。命の恩人であり。艦娘を人として扱ってくれる優しい人間だけに。もっと大淀達には玲司のことを知って、そして守ってほしいのだ。
「ふん。大湊のやつはさておき、佐世保の無能爺なんかに手柄取られんなよ、玲司」
「わかったわかった。頑張るよ」
木曾が玲司を挑発するように言う。しかし、玲司はいつものこと、とさらりと流す。木曾は木曾で玲司を何だかんだと慕っているし期待しているのだ。
「んだよ。適当だなぁ…俺は玲司の活躍に親父や総一郎の叔父貴と一緒で期待してんだ。ふんぞり返ってる無能共をアッと言わせてやってくれ」
そこまで無能でもないとは思うが…。実際轟沈もないし戦果も高い。大湊の一宮提督も強力な艦隊が揃っているようだし、艦娘との連携も良いと言うことらしいので心配はしていない。横須賀はややバランスが悪く、現状戦艦は扶桑だけが頼みで霧島や大和は少し演習を繰り返してからの実戦と行きたい。
空母は翔鶴と瑞鶴と言う強力な五航戦。しかし、明石が改修を施した艦載機を扱うにはまだまだ時間が足りない。短期決戦で勝負を決めることができるなら通用するが、長期化すると精神に大きな負担がかかる。
巡洋艦はそれなりに充実している。駆逐艦も。火力の高い鳥海。対空特化の摩耶。航空巡洋艦で制空もそれなりに参加できる最上。対潜と対空に長けた五十鈴。バランスよく強い名取。今後に期待ができる阿武隈。雷撃に関しては右に出るものがいない北上。そして、凄まじい能力を持つらしい神通。夕立と組ませれば恐ろしいことになるとは摩耶の言葉。さて、どうしたものか…。大淀は参謀のような存在で、実戦に赴かせるよりも執務室に置いた方が頼りになる。
「危険なのは間違いない。慢心はないだろうがくれぐれも気を付けてな」
「わかりました。朗報をお届けできるようにしますよ」
「うむ、そうしてくれ。玲司が悪い報せを持ってくるとは思えんがね」
そうして作戦の話は終わった。玲司はさっそく大淀達と共に鎮守府に戻ると言う。
「ええー!まだ島風、お兄ちゃんとあんまりお話できてない!たまにしか来ないんだからもっとお話ししようよー!神通さんともお話したいー!」
「私と…ですか?」
「あら、島風がそう言うなんて珍しいわね。私も大和さんとお話したいし。いいでしょ?玲司君」
「では、私は大淀さんを。気になることがありますので」
(陸奥達が玲司のところに所属しているとは言え興味を持つとは…。彼女たちは一体…?)
陸奥達原初の艦娘は姉妹の繋がりが強すぎるためか、他所の艦娘に興味は持たない。が、どういうわけか陸奥は大和を。島風は神通を。高雄は大淀に興味を持ち、あれこれと会話を繰り広げている。一宮提督との演習のときの陸奥は、誰にも興味を持っていなかったのだが…。何か惹かれるものがあるのだろうか?
大和が陸奥に何度もペコペコと頭を下げて帰っていった。島風も満足そうに玲司と神通に手を振って見送っている。
「ずいぶんと楽しそうだったね。陸奥達が珍しいと思ったんだが」
「ああ、単に普通の大和だったら興味はなかったんだけど、何て言うのかしら…明石だったら一発で気づくのかしらねぇ。何て言うか、不思議な魅力があったのよ。大和に。島風や高雄も同じじゃない?」
「おうっ、そうだよ!神通さん、私と一緒の感じがするよ。もっちろん、私の方が早いけどね」
「私も同じね…。何と言うか、似てるのよね。何がって言われるとわからないのだけれど…」
「玲司の艦娘が原初の艦娘に似ている…とはな。総一郎。奴は嵐を巻き起こすかもしれんぞ」
「そうだね…。ショートランド海戦は衝撃的だったからね。玲司と彼女たちなら、私たちが探しているアイツを倒せるのかもしれん」
「奴か…。だが、奴は陸奥と赤城が二人がかりでも倒しきれず、そこから行方が杳としてわからん。今出遭えば玲司の艦隊などひとたまりもないぞ」
「……アイツが一体何なのか。それすらもわからない。だが、私の脳裏からアイツの狂気じみた笑みが離れん。私は怖いよ」
「俺も同じだ。奴に対抗するには磯風や利根、原初の艦娘とそれと同等の力を持った艦娘がもっと必要だ。多勢で挑んだとして、軒並みやられる」
「誰が呼んだか『暴虐の姫君』か。恐ろしい奴だよ。あれを私とお前で追いかけて早7年。成果はない。しかしあわや陸奥と赤城を殺されるところだった」
「不覚を取ったわ…けど、今度会ったら絶対に捻りつぶす…」
陸奥の目つきが変わった。その目に殺気が籠っている。かつて戦った姫とも鬼とも違う謎の深海棲艦。最強と名高い陸奥と赤城が倒しきれず、大破にはさせたものの自分たちもあわや…と言う敵だった。
その詳細は数年経った今でもわからない。ただ、当時数多くの鎮守府、泊地の艦隊に襲い掛かり、壊滅的な打撃を与えたことから『暴虐の姫君』と呼ばれ、提督や艦娘を恐怖のどん底に陥れた。
陸奥と赤城が戦った後、ぱったりと影も形も見せなくなり。どこかで息絶えたのではないかと安堵をしているが、総一郎と虎瀬はそんなはずはない、と未だに数年前の亡霊を探している。再び現れればおそらくはまた地獄になるだろう。
「姉さん。今度は私達もいるわ。一緒に戦いましょう」
「そうだぞ。私も木曾姉さんも。利根姉さんもいる。皆で戦えば何とかなる」
「俺たち十人揃えば最強さ。明石がバックについて、俺たちが出りゃいい」
「…そうね。アイツには出てきてほしくないけど。いつかはやらなきゃね」
「……それがいつになるかはわからん。だが奴は必ず現れるだろう」
「うむ。以前とは比べ物にならんくらいみんな強くなった。アイツのことは引き続き追いかける。だが、今は玲司が心配だな…」
「過保護め。心配しなくともあいつは成長している。親であるお前が思ってる以上にな。黙って見ていろ」
「そうか…それはそれで寂しいものだがね。しかし、子の成長は嬉しいものだよ」
総一郎は穏やかに笑った。少し寂しそうでもあったが。今回は手出しも口出しもしない。そう虎瀬に伝えた。その言葉を聞いて虎瀬も少し笑って頷いた。
「ただいまーお父様!うーん、間宮さんの甘味は最高ねー!って、あれ?どうしたの、みんな?真剣な顔をして?」
「……赤城姉、せっかくの雰囲気ブチ壊しじゃねえか…」
「ん?えっ?私、何かしたかしら?」
「木曾姉さん。赤城姉さんに雰囲気などわかるはずがない…」
木曾と磯風が頭を抱える。総一郎は大笑いしていた。虎瀬もふん、と鼻を鳴らして笑っていた。
/
前日に明朝に新しい作戦があると玲司から聞かされていた全員が、朝食を食べ終えてそわそわとしていた。新しい作戦。大規模作戦だろうか?
「よーし、昨日言ってた作戦について説明する。まず、作戦と言っても大規模なもんじゃない。沖ノ鳥島に集結している深海棲艦の小さな隊を潰すだけだ。とは言っても未知の駆逐艦らしい奴がいるらしいから、用心を怠らないように」
大きな作戦ではないが、戦闘作戦だ。皆の顔が引き締まる。こういう時、彼女たちの切り替えはさすがに早い。真剣に玲司の言葉を聞き漏らさないように集中している。
「偵察もかねての出撃だが、エリートクラスもいるし未知の深海棲艦もいる。だが、叩けるなら一気に叩きたい。そのためにまず、旗艦は瑞鶴。次に扶桑、最上、神通。駆逐艦は…」
「い、電が行くのです!!」
電がピーンと手を伸ばして立候補する。その目はやはり真剣で、濁りのない目で玲司を見つめている。
「電。どうした、突然?」
「電もお役に立ちたいのです。司令官さんのためにお役に立ちたいのです」
電にも思うところがあるのだろう。強い決意が伺える。彼女も龍驤の厳しい鍛錬に泣き言一つ漏らさずに頑張って、龍驤が言うには一番頑張っているんじゃないかと思うほどである。
「電は司令官さんのおかげで毎日楽しく過ごせています。けど、それだけじゃみんなと一緒にいるわけにはいかないのです。電も艦娘なのです。戦って役に立ってこそ艦娘なのです。司令官さん、お願いです。電はみんなのお荷物にはなりたくないのです!!」
「電ちゃん…」
姉たちや友達がいなくなってしまったことにいつまでも逃げているわけにはいかない。みんなと共にこの先、玲司の下にいるためには戦うしかない。自分たちは艦娘であり、戦うことが使命だ。難しいことであるが、それこそが艦娘の役目だ。海を。国を。人を守る。それこそが艦娘だ。そうでなくてはならない。
安らぎを求めることは罪なのだろうか?安久野はそれを許さなかった。それで姉は全員帰ってこなかった。自分は安全な場所で逃げていただけだった。だから姉は死んだ。何かを守るためには戦わなくては。玲司やみんなとの楽しい毎日を守りたい。そのために電は勇気を振り絞った。
「……わかった。お前の思いはわかった。よし、電。お前を編成する」
「…霰も、行きます。霰も、がんばる」
霰も手をあげた。霰も飲み込みは早い。駆逐艦の中ではその表情と同様に一番冷静であり、熱くなりやすい夕立や皐月のブレーキ役になる。電もどちらかと言えば冷静なブレーキ役。霰との相性も良く、二人で冷静に周囲を見渡し、敵艦載機接近の演習や実戦訓練においては良い成績を出す。
「よし、霰。電と頼んだぞ。くれぐれも無理のないようにな」
「なのです!」
「まかせて、ください」
「霰ちゃん、電ちゃん、がんばってね!くぅ、次はボクも出撃したいなぁ!」
「文月もがんばるよぉ~!」
「よし、出撃は明日だ。今日は出撃するメンバーは俺と大淀と作戦会議。明石、悪いけどこの子達の装備の調整、頼むよ」
「了解、任せておいて」
明石に続いて多くの妖精さんが続く。明石達も。玲司達も。初めての正規の作戦に気合いは充分であった。みんながいる。みんなを守る。これだけで電は十分だった。作戦会議室に意を決して入室し、玲司達との作戦会議が始まった。
/???
目が覚めればそこは海の上だった。私は一体…どうした?わからない。自分が誰であるのかも。どこに立っているのかもわからない。自分の体は青白く、声をあげれば不気味な声。どうしてこうなっているのか。理解ができない。けれど、彼女の脳裏には鮮明なビジョンが浮かぶ。大声で泣き叫ぶ声。誰かを呼ぶ声。ああ、いつもその子は泣いていた。私に抱き着き…そして…私?私は誰だ?その子は…誰だ?
―――ワタシハダレダ?
わからない。思い出せない。けれど、彼女の名前は…思い出せた。
「イ、…ナ……ヅ、マ」
気味の悪い声だ。一体誰が言っている?
「イナヅマ……イナヅマ」
何かを確認するかのように何度もその懐かしささえある名前を何度も呼ぶ。ああ、私か。私が言っているのか。イナヅマ。そう。それが自分の脳裏に浮かぶいつも泣いている彼女の名前。いつも泣いていて、私は困っていたと思う。だから、そうだ。私が守ってあげなければと思ったんだ。けれど私の記憶は深い深い霧がかかっているかのようにほとんど思い出せない。
それでも。それでも、ああそうだ。守らなきゃ。
「私ガ、守ラナキャ。マタ、イナヅマガ泣イテシマウ。アア、帰ラナキャ。ドコニ…ドコニ帰ルンダ?」
その記憶の少女。イナヅマがどこにいるのかがわからない。あてもなく彼女は海上を彷徨い歩いた。
「何だあの深海棲艦は!?」
突然何かに攻撃をされた。自分はそのつもりもないのに。その攻撃をしてくる奴らを見ているとどうしようもないほどに憎しみが込み上げてきた。…邪魔だ。あの子を探しているのに。
「邪魔ヲ…スルナ!!!!」
何かがメキメキと嫌な音を立てて現れた。鋭利な牙を持ったそれは中から砲が現れ、容赦なく自分を攻撃する者達を撃った。自分の意志とは関係なく。さらにそれはブチブチ…ミシリ…ブチュブチュと音を立てて進化していく。肉の塊のようなものは魚雷の発射管となり、これもまた自分はやめろと言ってもそれを無視して魚雷を放つ。
ヤメロ?何ヲヤメルンダ。ヤメルコトナンテ、ナイ。
ミンナ沈ンデシマエ。
いつの間にか彼女たちは遠くにいた。逃げたのか。少し疲れた。疲れた。憎い。疲れた…寒い。痛い。
「グッ…!?ガアッ…アッ!?」
戦闘を行ってから自分の体が激痛に苛まれる。ミシミシ…ギシギシ…。兵器が勝手に成長し、それに体が追いついていない。醜悪な砲と魚雷発射管。イナヅマを探すのに邪魔をされずに済むのかもしれないが、グルルル…と意思を持ち、自ずと動く醜悪な何か。脳は破壊を求めていた。しかし、それ以上に彼女はイナヅマと言う言葉が何度も反芻されていた。
「会イタイ…ナァ…イナヅマ。アア、寒イナ…。マルデアノ北ノ国ノヨウダ…アア、帰リタイ…。帰リタイナァ」
どこに帰るのかもわからないまま、彼女は彷徨い続けた。いつしか彼女の下には多数の深海棲艦が集まり、彼女を中心に進撃部隊が結成されていた。彼女は興味がない。求める者に会えるのならこの集団に紛れて攻め込んでも良いだろうと思った。
「フフ、モウスグ。モウスグ会エル気ガスルナ。待ッテテ、イナヅマ。スグ迎エニ行ク。マタ泣イテルダロウカラ。私ガ守ッテアゲナキャ。ソウダロウ?イナヅマ」
何かの予感が働いたのか。彼女はもうほとんど思い出せない彼女の顔を思い浮かべてニヤリと小さく笑った。そして一言呟いた。
「хорошо(ハラショー)」
銀色にたなびく髪の隙間から覗く金色の瞳は狂気の笑みを浮かべる。手に銀色に輝くⅢのバッジを握りしめて。
新春任務も終わり、グロと化した資材を泣きながら備蓄しているゆずれもんです。
大和の登場となりました。まだ大和は本格的に始動はできませんがいなくてはならない存在になっていきます。
そして新たな作戦が始動。そこでやる気に満ちた電達が目にしたものとは…?
次回をお待ちいただけましたら嬉しいです。