提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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第三十五話

「電、霰」

 

出撃の準備をしていると声をかけられた。二人して振り向くと北上が立っていた。その顔はいつもの飄々とした顔ではなく、何か思い詰めた顔をしていた。

 

「北上さん。電達に何かご用なのですか?」

「んや…別に用ってわけじゃないんだけどさ…その…扶桑さん達がいるから大丈夫だと思うんだけど…ちゃんと…ちゃんと帰ってきて。絶対。ないとは思ってる。けど…もしもがあると、あたしは…怖い」

 

北上は電と霰の出撃が心配だった。かつての北上は出撃の際には「せいぜいあたしの命、守ってよ」と言うほどの冷淡なものだったが。けれどそれは仮の姿である、と言うことを電は知っている。かつて自分の姉と出撃し、姉は轟沈。電と北上だけが奇跡的に生き延びた時。北上は電を抱えながら言葉を漏らした。

 

「よかった。まだ生きてる。電…あんただけでも生きて…お願い…。ごめんね…ごめんね…あんたのお姉ちゃん、守り切れなかったよ…ごめんね…」

 

大破し、朦朧とした意識の中で聞いた北上の声。その時の言葉は鮮明に覚えている。泣きながら懸命にかすれた声で自分を励ましてくれた声。電はみんなが言う死神や冷たい人とは違うのではないか、と思っていた。今ではとても優しいお姉さんたちの中でも一、二を争うほど好きなお姉さんだった。

 

北上はかつて多くの駆逐艦を守ろうとし、ことごとく失敗して救えなかった。例えどんなに死神だ、人殺しだと罵られようとも彼女はどうにかして駆逐艦を守るために戦った。表面上は安久野に駆逐艦を守ろうとしていることを悟られまいと冷淡に。誰にも知られず、誰にもわかってもらえず。幾度となく自分の部屋で守れなかった駆逐艦のために涙を流したことか。

電の姉達だって懸命に守ろうとした。時雨達白露型の姉妹だって。睦月型の姉妹だって。朝潮型だって。みんなみんな守ろうとした。でもダメだった。

 

提督が代わった。本当に自分たちを思い、優しくしてくれる提督、玲司。彼は必ず出撃の際に死ぬなと言う。皆それを忠実に守ろうと必死だ。けれど、何か運が悪く沈んでしまったら。今が楽しく生きているだけにその絶望は安久野の時の比ではない。北上は耐えられない。

彼女は自分が出撃ではなく、駆逐艦が出撃するときは同じことを誰にでもいう。時雨も、村雨も。その北上のいつもとは違う優しさに戸惑うもうれしかった。

 

北上は自分のことを慕ってくれる今いる駆逐艦が好きだ。うるさい、うざいと言いつつも昼寝に付き合ったり、怖い夢を見て眠れないと言えば自分の部屋に招き入れ、一緒に寝ている。頭を撫でたり、背中をポンポンと優しく叩いて眠気を促し、寝かしつける。愛情に満ち溢れた北上を、誰が嫌いになろうか。そして、そんな北上と別れたくあるはずがない。

 

「北上さん。必ず。必ず帰ってくるのです!だから、待っていてほしいのです」

「霰も…帰って来るよ。だから、安心して…待ってて」

 

「……絶対だよ。生きて帰ってくればまたがある。死んだらおしまいだよ…帰って来て」

 

そう言うと北上は膝をついて二人を抱きしめた。死神?とんでもない。優しいお姉さん。それが北上だ。電はにっこり笑った。霰も嬉しそうだ。

 

「なのです!」

「んちゃ」

 

しっかりと北上を抱きしめ返す。温かい。嬉しい気持ちで二人の胸がいっぱいになる。艤装を背負い、しっかりと敬礼を北上にして海に立つ。玲司、大淀、間宮。そして北上が皆を見送る。玲司が出撃前の彼女たちの頭を撫でながら一言一言言っていく。死ぬな。頑張って来い。そして出撃の時間。凛々しい顔をして六人は大海原へと出て行った。

 

「何だ北上。電と霰に何か言ったのか?すごいやる気がみなぎってたけど」

「さあ?あたしは死んだら迷惑になるからって言っただけだよ。別に大した事は言ってないよ」

 

「そうかそうか」

「んあ~、頭撫でないでよー。何?何なのさー?」

 

玲司にはお見通しらしい。恥ずかしいから適当なことを言ったがしっかりと読み取られていた。でも、玲司に撫でられるのは好きだ。心が温かくなる。嫌がったふりをしつつ内心喜んでされるがままだった。

 

「さて、大淀。やるか。今日も頼んだぜ」

「お任せください、提督。大淀、お供いたします」

 

ここから先は玲司と大淀の戦いも始まる。全力でみんなを沈めないための戦いが。悔しいがこればかりは決して敵わない。北上は電や霰、瑞鶴達を信じて待つしかないのだ。大丈夫。絶対帰ってくる。そう自分に言い聞かせて玲司達についていく。ふともう見えなくなった母港へと振り返る。大丈夫。大丈夫と信じて。

 

 

「もうすぐ目標地点に到達するわ。各自、戦闘準備を始めて」

「了解。瑞鶴、ボクの瑞雲も発艦準備完了しているよ」」

 

「……敵多数。前方に気配を感じます」

 

敵集結ポイントが近づき、気を引き締めるよう瑞鶴が指示を出す。同時に各自、全員が戦闘態勢を取る。すでに偵察のために飛ばしていた鳥海と神通の偵察機が帰還。

 

「水雷戦隊が待ち構えているわ。けれど、まだこちらには気づいていないわ」

「敵空母や重巡などはもっと奥地にいるようです。瑞鶴さんの指示を待ちます」

 

「うん、了解。最上、私の支援を頼むわ」

「任せてよ!」

 

そう言って瑞鶴が弓を構える。最上も続いてカタパルトを突き出した。

 

「第一次攻撃隊、全機発艦!!」

「よーし、ボクも行くよ!!」

 

放たれた瑞鶴の矢は空高く撃ち上がり、艦載機へと変わる。最上の瑞雲も遅れまいと続く。明石に改修を施してもらったがその性能を使うには早すぎる。空高く舞い上がった九九式艦爆とやや低空を飛ぶ瑞雲。扶桑が砲を構え、空爆を待つ。爆撃と同時に扶桑も41㎝連装砲を発射するつもりだ。

 

大淀と鳥海が話していたことが正しければメインは水雷戦隊。ただ、水雷戦隊を蹴散らせばすぐに重巡が出てくるかと言えばNOであり、集結の最中であれば邪魔立てされる前に重めの編成隊がこちらを潰しにやってくるだろう。そこを瑞鶴と扶桑、最上、鳥海の火力で押し切り、残った水雷戦隊を神通と電、霰でやっつけることができるはずである、と見ている。

新型の深海棲艦については容姿、実力ともに不明なため、戦闘になりそうであれば即撤退をすることを最優先にすると玲司とも話がついている。明確な戦闘力が明らかにならない以上、無駄な戦闘は避けて情報を持ち帰り、大湊や佐世保と連携をしようと考えている。

 

まもなく瑞鶴と最上の艦載機と瑞雲が敵に接触する。空高く舞い上がった艦爆は急降下を開始。敵めがけて一気に高度を下げる。気配に気づいた軽巡ホ級やヘ級が艦爆に気づく。しかし、対空対策がほとんどされていないために、敵発見の信号を全深海棲艦に送るしかできない。艦爆はなおも急降下を続け、爆弾を一斉投下。

轟音と爆発を巻き起こし、多くの軽巡や駆逐艦が爆発に巻き込まれる。

 

直撃を受け、胴体を貫通するイ級。爆発で木端微塵に吹き飛ぶ水雷戦隊。それ以上にさらに奥で信号を受け取った重巡戦隊が動き出す。軽空母ヌ級も大きな口を開けて艦載機を飛ばし始める。戦闘開始である。

しかし、口を開けたヌ級の顔面を衝撃が襲い、大爆発が起きる。一匹のヌ級が大爆発で四肢をまき散らす。

 

「ナンダ!?」

 

さらに何かが爆ぜ、リ級やヌ級、ヲ級が数匹吹き飛ぶ。一匹のリ級が気づく。その強力な砲撃。空を飛ぶ瑞雲。弾着!!遠距離からの戦艦による弾着点観測射撃だ。その射撃はおそろしい程に正確で、自分の仲間を貫いていく。もはやこちらもパニックに陥り、指揮系統が麻痺をし始めていた。

 

「オチツケ!!コンナコトデアワテフタメイテドウスル!!空母ハ艦載機ヲ出セ!!邪魔スルヤツハ皆殺シダ!!オイ!キイテイルノカ!?」

 

リ級エリートが声を荒げると慌てながらも艦載機を飛ばし、敵めがけて飛ばす空母たち。リ級やヘ級、ト級などは速度を上げ前進。敵を迎撃する体勢に入り始める。

 

「コザカシイ…」

 

忌々し気にリ級は呟く。ル級やタ級、戦艦の力を借りるまでもない。ここで仕留めてやる。遠くにいるまだ姿もわからない攻撃者に怒り狂ったリ級は重巡、軽巡のエリート部隊と共に進撃を開始。

 

「電の本気を見るのです!!」

「霰も…がんばる」

 

「敵、正面から強力な重巡艦隊が来るわ!ここまでは大淀との計算通りね!」

「主砲、撃て!!!!!」

 

ドッゴォ!!と轟音と共に扶桑の41㎝連装砲が強烈な炎と黒煙を噴き上げて吼える。電や霰、神通は敵の動きと鳥海や最上の動きに合わせて護衛をするように眼前の水雷戦隊を相手に戦う。水雷戦隊にもイ級のエリートがいたりと気は抜けないが、縦横無尽に動き回る神通に翻弄される。追い込み漁のように神通が敵を誘導。そして駆逐艦がダメージを与える。

 

「ギッ!!」

 

至近距離から神通への砲撃。直撃コースだったはずの弾は虚しく宙を飛び、遠くの海面で爆ぜる。神通の姿はなく、辺りを見回そうとした矢先に頭を吹き飛ばされる。神通を危険視したホ級が神通の背後に回り、撃とうとするが霰が阻止。次いで電の砲撃で爆発を起こし撃沈。

 

「すみません、助かりました」

「良いのです!ご無事で何よりなのです!」

 

その言葉に神通が少し笑った。しかし、すぐさま鋭い表情に戻り海を駆ける。神通の強さは留まるところを知らない。

 

……

 

「懐カシイ…声ガスル…」

 

ほう、と小さく息を吐き、耳を澄ませる。胸につけた銀色のⅢのバッジをゆっくりと撫で、彼女は笑っていた。風に乗って聞こえる声。ある一つの声が彼女に懐かしさを与えた。よく知っている声。それは…

 

「イナヅマ…?ソウカ。コレガイナヅマノ…」

 

目を閉じさらに耳を澄ませる。

 

「電、砲撃を開始するのです!!」

 

聞こえた。確かにイナヅマと。彼女は近い。会える。会えるんだ!やっと会える!!会って何をしようか。お話をしようか。彼女の声がもっと聞きたい。この目で彼女が見たい。行こう。行こう!!

 

「イコウ…ソウダナ…。モウ離サナイヨウニ…仲間ニシヨウ…。フフフ…モウ離サナイ。ズット私ガイレバ安心デキルダロウ?守ラナキャ。アア、楽シミダ!ハラショー!!」

「オイ、ドコヘ行ク!!貴様!!!」

 

自分を引き留める声を無視し、イナヅマの声が聞こえた方向へと動き出す。全速前進。飛び交う砲弾や空から降ってくる爆弾には目もくれず。ただただ吸い寄せられるように彼女、イナヅマの下へと。やがて多くの破片や死骸が増えてきた頃。彼女はようやく視界にそれを入れることができた。イナヅマを。

 

「だいぶ数は減ってきた!もう少しで奥へ進めるよ!」

「よーし!最上、任せたわ!私は奥の敵へ爆撃よ爆撃!!!」

 

「電ちゃん、少し前へ出すぎよ!下がって!神通さん、重巡隊が前へ出始めています、そろそろ危険よ!!」

「…了解しました。電さん、霰さん、下がりましょう。一度様子を見て……っ!?」

 

何か強烈な気配に気づいた時には遅かった。電に手を伸ばそうとしていた神通が吹き飛ばされる。数メートル吹き飛び、海面に倒れる。

 

「なっ!?」

「うそ!?神通さん!」

 

「う、うぐ…ごふっ…や、やられちゃいまし、た…。まだ…まだ動けます…ぐぐ…」

 

よろよろと立ち上がろうとするが、あまりの衝撃に三半規管がやられたのかうまく立ち上がれない。最上が慌てて神通の側へ駆け寄り、立ち上がらせようとする。

 

「神通、しっかり!くっそ…直撃かよ!一体誰が!」

 

「汚イ手デイナヅマニサワルナ」

 

空気を凍らせるようなおぞましい声が聞こえる。声の主は一人で唸り声をあげる獣のような砲を構えてやってきた。小柄だ。しかし、砲は煙を噴き、確かに神通を撃った主のようだった。銀色の髪に対照的な金色の瞳。その瞳は殺気を放ちながら神通を見据えている。

 

「ソコデオトナシクシテイルンダ。ソウスレバ撃チハシナイ」

 

「な、なんだよこいつ…!?これが未知の駆逐艦か!?」

「最上さん…落ち着いて、ください…。はぁ…はぁ…くっ、これが…未知の…敵ですね…駆逐艦と聞いていましたが…私が一撃でこうなるとは…」

 

鳥海も扶桑も身構える。軽巡とは言え神通を一撃で大破に追いやった未知の深海棲艦。ソイツは電の方へ向き直り、少し笑ったように見えた。そして、ソイツは電を驚かせる。

 

「会イタカッタ…イナヅマ…サア、迎エニキタヨ。モウ大丈夫ダ。イナヅマヲ守ルタメニ来タ」

「い、電を…?電は深海棲艦さんに迎えに来てもらうなんて…そんなはずはないのです!」

 

電は戸惑いながらも12.7cm砲を手を差し出して笑っている深海棲艦に構えた。神通を傷つけたことが許せない。自分の攻撃ではどうにもならないかもしれないが、神通を撃ったことへの報復はしたかった。ソイツは砲を向けられているにも関わらず、笑っていた。

 

「モウ泣キ虫ハヤメタノカイ?イツモ泣イテイタノニ。ミンナガイナクナッテイッテ。私ニイツモイナクナラナイデッテ言ッテイタノニ」

「な、何を言っているのですか?私にって…そ、それは…」

 

確かに昔はいつも泣いていた。姉である暁と雷がいなくなってから。毎日毎日泣いていた。そうしていつも泣いては…不死鳥と呼ばれているから私は死なないさ、と言って慰めてくれた…もう一人、たった一人の姉がいた。それを知っているのは…知っているのはその姉しかいないのに。

 

「泣イテイタイナヅマヲ、モウ泣カセナイト誓ッタノニネ。大丈夫。オネエチャンガ守ッテアゲルサ」

「お姉ちゃん…?……!?その、その胸のバッジ…は…」

 

電は何を言っているかわからないソイツの胸に光るあるものを見てしまった。左上が少し欠けてしまっているⅢのバッジ。それは、それは紛れもなく…。

 

(大事な電との繋がりであるこのバッジ。少し欠けてしまった。でも、ちゃんとまだつけれる。これでお揃いだよ。電。私と電はちゃんとこれで姉妹だってわかるだろう?ハラショー)

(大丈夫。お姉ちゃんが守ってあげるさ)

 

目が泳ぎ、体が震える。喉が熱い。そのバッジの持ち主は紛れもなく。自分を守ってくれていた。最後の最後まで自分を励まし。慰め、共に戦い、そして沈んだ。

 

「―――響、ちゃん?」

 

 

掠れた声で弱弱しく電が言った名。それは電の姉。暁型駆逐艦二番艦…響。電の目の前で沈んでしまった…響の名を呼んだ。

 

「響だって!?」

「うそ…そんな!?」

 

最上と瑞鶴も驚きの声をあげる。鳥海も驚きのあまり固まっていた。よもや。よもや横須賀鎮守府の艦娘と…こんな形で再会することになるとは…。それも、深海棲艦になってしまったと言う最悪の形で。

 

「アアソウカ。私ノ名前ハ…ソウダ。響トイッタネ…。ハラショー。ソウダヨ。私ハ響ダヨ」

「響ちゃん…響ちゃん!!!」

 

電が自分を響だと言う深海棲艦に駆け寄ろうとする。その時、ズダァン!と一発の砲撃音がし、電の動きが止まる。電の目の前に水柱が上がったためだ。横を振り向くと霰が。いつも無表情の霰が明らかに眉をひそめて怒っている表情で砲を構えていた。砲身からは煙が上がっている。

 

「電ちゃん…行っては、ダメ」

 

霰が電を制止する。その手は震えていた。仲間を行かせるわけにはいかない。友達を取られてしまうかもしれない怒り。神通を大破させた怒り。そしてその友達に向けて撃ってしまった恐怖。目に涙を浮かべて電を睨んでいた。

 

「ハハ、コレハヒドイネ。仲間ヲ撃ツナンテ…。イナヅマ。君ハモウ必要トサレテイナインダ。ダカラ撃タレタンダヨ。サア、私ハソンナコトハシナイ…。私トイコウ。私トイレバズット守ッテアゲル…。モウナニモ怖クハナインダヨ?サア行コウ。オネエチャントイッショニ…」

 

「響ちゃん…ひび、き…ちゃん」

「電ちゃん。お願い。行かないで…北上さん、との…約束…守らなきゃ…」

 

「ウルサイナ。ウルサイナウルサイナウルサイナウルサイナウルサイナウルサイナ」

 

霰の方を向きやるとソイツの砲が火を噴いた。攻撃にすぐさま気づいた霰は怒りと恐怖で硬直した体に鞭打ってなんとか回避を成功させる。

 

「あ、霰!!!」

 

最上が叫ぶ。神通を抱えているせいでうまく動けず、名前を呼ぶしかできなかったが、それに呼応した鳥海がはじけ飛ぶように走り出した。何とか回避しているものの砲撃が激しく、霰の体を掠めていく。痛みに動きが鈍くなる。ついに足がもつれてしまい、転倒。容赦なく動けなくなった霰に照準を定め、冷たく言い放つ。

 

「Умри(死ね)」

 

鳥海が霰に手を伸ばすが間に合わない。無情にも深海棲艦に堕ちた響が霰を撃つ。響の砲撃の音とは別に、もう一発の音が響く。

 

「電ちゃん!!!!!!」

 

鳥海が叫ぶ。鳥海の方へと吹き飛ぶ電。飛んできた電を受け止める。勢いがすごかったためによろけて倒れこむ。霰も観た。目の前に飛び込んでくる電を。そして深海棲艦の砲撃で吹き飛ぶ姿も。敵を見れば、腹部に油断して直撃したのか、腹を押さえてうずくまる姿。

 

「電ちゃん!電ちゃん!しっかりして!」

 

鳥海が大きな声で叫ぶ。電も敵の攻撃を直撃してしまった。電の砲撃よりもより強力だったため、大破してしまった。このままではあと一撃でももらえば危険だ。電はごふっ、と赤いものを吐き出しだ。

 

「が、がはっ…あ、あら、れちゃ…」

「霰!霰は無事だよ!瑞鶴!撤退しよう!」

 

「い、いなづまちゃん…いなづま…ちゃん」

 

霰が何度も最上に抱きかかえられながら電の名を呼ぶ。顔面蒼白で…涙を浮かべて。そうしているとガォン!と砲撃。深海響が撃ってきた。

 

「クッ…クウウ…ヨクモ…ヨクモ私ノ邪魔シタナ…!イナヅマヲ…イナヅマハワタサナイ…私ガマモルンダ!!私ノジャマヲシタソイツヲ…コロ、殺シテヤル!!!!!!」

 

「ぐ、ぐう…!鳥海、逃げよう!じ、神通!!!」

「私は動けます…。最上さん、こちらへ!!」

 

神通が痛みをこらえながら怒り狂う深海棲艦に砲撃を開始。さらには魚雷発射管が壊れてしまっているため、魚雷を取り出して投げて発射。鳥海も同じく魚雷を放つ。目的は敵の撃沈ではなく…爆発により発生する水柱による目隠しだ。

 

「イナヅマ…イカナイデ…イカナイデ…私ヲ…私ヲ一人ニシナイデ。寂シイ…嫌ダ、モウヒトリハイヤダ…オ願イダイナヅマ…。私ヲ一人ニシナイデ…」

 

「ひ、ひび、…き…ちゃ」

 

電が手を伸ばす。しかし、瑞鶴が放った艦爆が降らせた爆撃によりいくつもの水柱があがり、響の姿は見えなくなる。その隙に戦闘海域を離脱する。いくつもの爆撃が終わり、辺りを見回すも、もう電も、自分に攻撃を仕掛けてきた電の仲間ももういなかった。

 

「イナヅマ…ソウカ。私ヲ…私ヲ裏切ルノカ…。ソウカ…ナラバ…次ハ殺シテヤル…。殺シテヤル…!!!フフフ…フフフフフフフ」

 

不気味な笑みを浮かべて、来た方角へと向かって進む。

 

「待ッテテ…。今度ハ私カラ会イニ行クヨ。絶対、私ガ守ルカラ」

 

そう言うと海に溶け込むかのように沈み込み、姿を消した。

 

 

命からがら逃げきった瑞鶴達。玲司にも状況は伝えた。戦闘は続行不能。現在艦隊は帰路についていると。

被害はかなり大きなものだった。最上、神通が中破。神通の中破はほぼ大破に近い。電は大破。間違いなく進撃と言われていれば沈む状況だろう。玲司も息を詰まらせていた。電は気を失い、鳥海に抱かれながら眠っていた。涙を流し、何度もうわ言で響の名を呼んだ。

 

最上は知っている。暁と雷を失った電が耐えきれずいつも泣いていたこと。そしてそれを響が一生懸命慰め、側にいたこと。電が響と呼んでいた。響と思しき深海棲艦も電の名を呼んでいた。間違いなく横須賀鎮守府の響なのだと最上も確信した。こんな形で会いたくなかった。そう思うと最上は涙が止まらなかった。

 

「なんでだよ…」

「…最上?」

 

鳥海が最上に振り返ると最上は泣いていた。

 

「なんでだよ…なんでなんだよ…」

「最上、どうしたの?何がどうしたの?」

 

「何でなんだよ…ちくしょう、何でなんだよ!!!あいつは!あの野郎はもう深海棲艦に影も形もなくぶっ飛ばされたんだろ!?なのに、何でだよ!何でもうこの世にいないはずのあいつに、またこんなことでボク達が苦しまなきゃいけないんだよ!!!!ふざけんな!!!!!」

 

最上の怒りが爆発した。死してなお、自分たちを苦しめる男、安久野。奴の無理な進撃で命を落とした仲間と敵対する形で再会なんてしたくなかった。死んでもなお最上達の心に傷を負わせる安久野に最上は耐えられなくなったのだ。

 

「ふざけんな!!!ふざけんなちくしょう!!!なんで電がこんな目に…霰も…くそ…!くそおおおおおお!!!!」

 

最上の叫びは凪いだ夕焼けの海に虚しくも吸い込まれて消えた。鳥海も最上のその怒りに共感を覚え、静かに泣いた。今はただ、何とか全員無事で鎮守府に帰れそうと言うことに安堵も覚えた。

手痛い敗北と最悪の仲間の再会に胸を痛めて、今は鎮守府へと急いだ。


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