提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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激突。電vs深海響


第三十七話

響が動きを見せたため、侵攻を開始すると思い込んでいる深海棲艦の一行。ル級やヲ級も混ざり、危険な艦隊となっている。ル級やリ級は侵攻においてやる気を十分見せ、戦意は揚々である。時に薄ら笑いを浮かべ、人間や艦娘を葬り去ることでも想像しているらしい。

 

一方で響は表情に余裕がなく、光のない目で先頭、やや離れた所で一人ブツブツと何かを呟いている。

 

「オイ、侵攻ニ関シテナニカ策ハアルノカ?」

「………」

 

「キイテイルノカ!ドウスルツモリナンダ!!!」

 

ル級が肩を強く掴み、無理やり自分の方へ向きを強制的に向ける。無理矢理こちらへ向かせたものの「ヒッ!?」と声をあげる。その目はどんな深海棲艦の目よりもどこを見つめているのかわからず、焦点の定まらない濃い青い目は光を嫌うのか、全てを吸い込むのか、深海棲艦と言うよりは魂を吸い取るような亡霊か何かのようだった。暗く澱んだ目がル級を見る。

 

「…ナニカ用カ…?」

「……オ前ニ聞イテモ無駄ナヨウダ…」

 

何事もないかのように踵を返して隊列に戻る。しかし、ル級が感じた恐怖はとてつもないものであった。駆逐艦ごときに恐怖を感じるとは…。恐怖に怯えた目で小さな存在を見つめる。これが何のために本土へと向かって動いているかなどわかりやしない。自分たちはソレに乗じて本土めがけて侵攻できるきっかけとなったに他ならない。

 

ソレの目的は杳としてわからない。幽霊船のようにフラフラと彷徨い、ここにやってきた。不安ばかりが残る。コレに本当についてきてよかったものか。ただただ我々を水底へ沈めるだけの死神ではないのか?ル級の背筋がゾクリと冷える。自分にこのような感覚がまだあったのか。錯覚か。まもなく戦闘海域だろう。謎の恐怖と不安をかき消すため、首を振ってごまかした。

 

(ヒトリハイヤダヒトリハイヤダヒトリハイヤダヒトリハイヤダヒトリハイヤダヒトリハイヤダ)

 

電の姿を見失ったことで余裕はなくなり亡霊のように成り果てた深海響。その心は崩壊の一途を辿り、今はただ壊れた機械のように孤独に怯えて孤独を拒否するだけになっていた。過去の記憶を頼りに、かつて自分が所属していたであろう鎮守府を目指す。深海棲艦となってもなお残る過去の記憶。それは彼女への執着。

 

深海棲艦特有の恨みや怒りはほとんどなく。ただただ沈められても彼女を守りたいと言う思いだけで蘇った。見境なく人を襲うこともない。ただ彼女を探すことを邪魔されたときのみ牙を剝く。あの子が泣いている。守らなければ。ただ、響にはそれしかなかった。

 

ようやく出会えたと思えば邪魔が入り、彼女をこちらへ引き込むことはできなかった。やっと、やっと出会えたのに。また見失ってしまったと言う焦り。ようやく思い出した電のいるであろう場所。そこへまっすぐ向かう。

 

(ヒトリハイヤダヒトリハイヤダヒトリハイヤダ…ミンナコロシテヤル。イナヅマ…イナヅマガイナイト…モウイヤダ…サミシイ…ドウシテ私ダケヒトリボッチナンダ…憎イ…ニクイ!!イナヅマ…)

 

全てを呪うかのような目は空を飛ぶ何かを見つけた。ル級やリ級もそれを見つけた。敵の艦載機。即座に戦闘態勢に入るル級達。それとは別に、遠くから迫る艦娘たちの中に、イナヅマの気配を感じた響。

 

「フフ…ウフフフ…見ツケタ…ミツケタミツケタミツケタミツケタ…イナヅマイナヅマイナヅマ…ヒヒ…ヒヒヒ…今度コソ…連レテ帰ル…」

 

獣のような砲塔、魚雷発射管が唸る。どす黒いオーラを放ち、不気味な笑みを浮かべて電との邂逅を待つ。例えその先に破滅が待ち受けようとも。

 

……

 

(響ちゃん…。助けたい…撃ちたくない…。でも…でも…もう深海棲艦…)

 

出撃から今まで、敵を探すことはそっちのけで響との対峙した際にどうすればいいのかを電は考えていた。どうにかして響をかつての響に戻せないか。沈めるしかないのか。考えても考えてもその答えが出ない。迷いはすなわち「死」である。しかし…できれば助けたい。どんな者でも助けられるのなら助けたい。心優しい電がいつも思うことである。

 

「電ちゃん。大丈夫ですか?」

「ふぁ!?ゆ、雪風ちゃん…」

 

 

「とても思いつめた顔をしていました。響ちゃんのことですね。あたしではうまく言えませんけど…響ちゃんを助けられるのは、電ちゃんだけだと思います」

「助ける…それは沈めると言うこと…なのです…」

 

「雪風は電ちゃんがいなくなると悲しいです。もうお友達や仲間がいなくなることは、雪風には耐えられません。司令がいて。電ちゃんや皐月ちゃん、駆逐艦のみんな。北上さんやみんながいるから、雪風はがんばれます。一人でもいなくなれば、雪風はもう戦えません」

「雪風ちゃん…」

 

多くの死を見てきた雪風。その言葉の重さに電は下を向く。自分だって雪風や北上、司令官がいなくなったことを考えると怖い。やっと手に入れた楽しい毎日を手放すなんてできやしない。ならば生きて帰らなきゃ。雪風や名取達と。雪風に強く頷く。

 

「電も耐えられないのです。だから、みんなで帰りましょう。なのです。響ちゃんには…お別れをするしか…ないのです」

 

目に強い決意を見た雪風は、電と同じように頷いて笑う。

 

「はい!帰りましょう!絶対、大丈夫!雪風の幸運の女神が、皆さんをお守りします!!」

「瑞鶴の幸運の女神だっているんだから!負けないよ!さあ、行くよ!もうすぐ目的地だよ!艦載機、発艦!!」

 

瑞鶴の言葉に皆、戦闘態勢を取る。

 

(響ちゃん。ごめんなさいなのです。電はそっちには行けないのです。だから、会った時、お別れの言葉を…言うのです)

 

小さな少女の大きな決意と、大きな執着が激突する時は近い。

 

 

「見つけた!敵発見!第一次攻撃部隊、攻撃!敵空母、戦艦あり!」

「……そうですか。では…私も攻撃を始めます。瑞雲、行って」

 

扶桑の雰囲気がガラリと変わる。どうじにピシリと空気も変わる。扶桑がやや先行する形で前へ出る。

 

「電さん。あなたのお姉さんは、電さんにお任せします。私は周囲の敵を一掃します」

「は、はいなのです!」

 

「電ちゃん…。絶対、沈んだらダメなんだから!阿武隈との約束!」

「阿武隈さんも!阿武隈さんも一緒に帰るのです!」

 

「電ちゃん。無理は駄目だからね。一緒に司令官さんのところへ帰ろうね?」

「もちろんなのです!」

 

「電ちゃん!幸運の女神が見ています!」

「ありがとう、なのです!」

「よーし、電ちゃん!頼んだわ!全員、行くわよ!!」

 

すでに瑞鶴は手を打っている。空高く舞い上がった艦載機、明石の手が加えられた彗星。通常の艦爆よりも高い高度を飛ぶ。

 

「艦攻!魚雷が来るわよ!!」

 

回避行動を取る瑞鶴とは別に、鋭い目で微動だにしない扶桑。その目は敵の動きを逐一捉える。敵重巡や軽巡が瑞鶴の艦爆を撃墜行動に動き出した瞬間、轟音と共に炎と黒煙が吹き出し、人間であればその衝撃だけで甚大な被害が出るであろう轟音が周囲に響き渡る。

 

そして扶桑の35.6cm砲から放たれた徹甲弾はヌ級の体を簡単に貫く。同時に軽巡ヘ級も貫かれ、爆発を起こす。空を見上げていた深海棲艦に扶桑の痛烈な一撃が炸裂した。それを見た瑞鶴攻撃隊が急降下を開始。高高度から獲物めがけて滑降する猛禽類のように艦爆隊が扶桑の砲撃で気が逸れた深海棲艦達に襲い掛かる。

 

艦爆が腹に備え付けられた爆弾を投下。大量の爆弾が雨の如く降り注ぐ。水しぶき、轟音。ロ級が木っ端微塵に吹き飛ぶ。リ級が腕を失う。悲鳴。しかし、それを気にせずにル級が巨大な砲を構える。当たれば中破どころか大破は避けられない。

 

「くぅ…!何て正確な…!!」

 

ル級の一撃は瑞鶴を捉えた。飛行甲板損傷、発艦不可。戦闘開始早々に攻撃の要の一人、瑞鶴がやられた。幸い致命傷には至ってはいないが、瑞鶴は攻撃ができない。

 

「ず、瑞鶴さん!そんな…!」

「ど、どうしよぉ!結構ヤバいかも!ず、瑞鶴さんを守らなきゃ!」

 

「くそ!こんな早々に役立たずになるなんて!こうなったらみんなを守る壁くらいはできるわよ!」

「馬鹿な考えはしないで!命を粗末にしないで。名取さん、私に続いてください!」

 

「はい!名取、扶桑さんの援護に入ります!」

「雪風、行きます!」

 

状況は悪い。だがここで引くわけにはいかない。扶桑の砲が吼える。狙いは空母ヲ級。戦艦の一撃も厄介だが、こちらの瑞鶴の航空攻撃が機能しなくなったために空からの攻撃が一番厄介であると判断した。扶桑の攻撃も正確でヲ級の頭を砲弾が貫通。大爆発を起こしヌ級にまで被害が及ぶ。扶桑の気迫に深海棲艦が圧倒される。

 

「私を沈めたければ沈めてご覧なさい…この扶桑。生半可な攻撃で立ち止まりも沈みもしないわ…さあ、来なさい!!!!」

 

扶桑の鬼気迫る空気に駆逐艦や軽巡は凍り付く。後ろから飛び出した名取と雪風が魚雷を放つ。回避行動を取られてしまうが遅れた軽巡や駆逐艦が大爆発を起こし、吹っ飛ぶ。

 

「コシャクナ…。面白イ、マトメテ深イ深イ海ノ底ニ沈ンデイケ。貴様ラヲ殺シ、人間モマトメテ殺シテヤロウ」

「……ここは通さないわ。誰も死なせはしない。かかってきなさい」

 

(チッ…ナンダコノ戦艦…今マデノヤツト全然チガウ!)

 

隙がなく、これまでに感じたことのない気迫に圧されるル級。多くの艦娘を葬ってきた歴戦のル級ではあったが、これまでの艦娘とは目の前の戦艦をはじめ、小さな駆逐艦ですら気色が違う。こちらも空母がほぼやられたが、まだ攻撃力の高い重巡たちがいる。隙を見て殺してしまえばいい。まだこちらが優位だ…。そうしてニタリと笑って扶桑に砲を向けた。

 

 

一方で誰の邪魔も入らない状態で面と向かって立つ電。そして、かつて姉だった深海棲艦。

 

「イナヅマ。会イタカッタ。サア、モウ一度言ウヨ。私ト一緒ニイコウ。オネエチャントイッショニ…マタ暮ラソウ」

 

そう言って、暗い眼差しで手を差し出してくる。イナヅマならきっと手を取って、私を不安から、孤独から解放してくれる。そう決めつけて。

 

「響…ちゃん」

「ナニモ怖ガルコトハナイ。私ヲ…私ヲヒトリニシナイデ。サア…サア!!」

 

「…響ちゃん。昔の電ならきっと響ちゃんの手を取って…一緒に暮らしていたと思うのです。でも…でも…」

 

 

―――ごめんなさい。今のあなたのところへは―――行けないのです。

 

 

電のその言葉に大きく目を開いた。寒くもないのに体が震える。うまく声が出ない。

 

「ナ………ゼ」

 

「響ちゃん…電にとって響ちゃんはとっても。とっても大切な人なのです。響ちゃんがいなくなって胸が張り裂けそうだったのです。響ちゃんがいなくなって。摩耶さんや五十鈴さんに守られて生きてきました。

でも、今は。今は守られているばかりではいられないって。電も今戦っている瑞鶴さんや雪風ちゃん。鎮守府にいるみんな。司令官さんのために、泣いているだけでは今ある幸せが逃げて行ってしまう…。だから…だから……!」

 

服につけたⅢのバッジを強く握りしめ…響を敵としてにらみつけて大きな声で宣言した。

 

「響ちゃん…電からその幸せを奪おうとするのなら、響ちゃんは敵なのです!!電やみんなの幸せを奪おうとする敵!!深海棲艦なのです!!!だから…あなたは響ちゃんではないのです!!!!」

 

その言葉を聞いた響の胸の奥から、マグマのように熱い何かが物凄い勢いであふれ出してくる感覚を覚えた。それはすぐに響の体全身を駆け巡り、支配する。それは――憎悪。憤怒。今の今まで愛しいとさえ思っていたイナヅマも…ただただ、憎い。響の死んだ魚のような目に青い光が灯る。

 

「ソウカ…フフフ…アハハハハハハハ!!!!!ダッタラ…ダッタライナヅマナンテイラナイ…絶望ニ抱カレテ海ニ沈メテヤル…オ前ナンカ…オ前ナンカ沈メテヤル!!!!!」

 

凄まじい憎しみのオーラが炎のように舞い上がる。憎悪をイナヅマにぶつけ、響は叫んだ。

 

電はこぼれる涙を拭い、響であった深海棲艦に砲を向ける。こんなことはしたくなかった。けど、みんなと共にあるために。勇気を出した。ここで死ぬわけにはいかない。艦娘として。そして、かつての妹として。姉だったモノと対峙する。

 

先に動いたのは響。おぞましい咆哮をあげると同時に砲が爆ぜる。横へステップしかわしつつ反撃。しかし響も横へ飛び回避。迂闊に近づけばあの獣に噛みつかれて危険だ。どう攻撃すればいいかわからず、攻めあぐねていると響の猛攻が続く。

 

「オ見通シダ!」

「ひゃっ!?」

 

避ける先々で手を読まれ、攻撃ができない。響が余裕の表情を浮かべている。

 

「イナヅマノ動キハ私ガイツモ側ニイタカラワカル。ドノタイミングデ攻撃ヲシカケルカモ」

「それは昔の電なのです。今は逃げてばかりの電ではないのです!!!」

 

響に向かって迫る電。逃げることしか考えていなかった電の動きとは違う。負けないため、死なないための一歩ではない。それは生きるため。そして勝つために恐怖を克服した決死の一歩!!

 

「甘イヨ、電。前ニ出タトコロデソノ体、喰イチギッテヤル」

 

前へ出たと同時に電は魚雷を素早く取り出しそれを響へ、まるでジュースでも投げ渡すかのように優しく投げた。響は咄嗟にそれを…受け取った。いや、受け取ってしまった。電はすかさずそのまま響へと近寄るかのように前進を止めず、両手に構えた砲を撃つ。咄嗟のことで回避が疎かになった響は全弾直撃。後方へ吹き飛ぶ。吹き飛んだ先を目指して魚雷も発射。雷が落ちたかのような轟音が響く。電は距離を取るため後退。電がいた所に水柱が上がる。反撃だ。何があろうと足を止めるな。止めたら死ぬ。龍驤の教えが活きている。

 

「ガアアア…グウウウウウ!!!」

 

効果はあった。しかし、並の駆逐艦ならば屠れたはずの渾身の攻撃も彼女には中破かどうかさえ怪しい程度の効き目しかない。恐ろしい耐久度。響がさらに憤怒の表情で電を睨みつける。その瞳は怒りに呼応してか、青黒い光が増している。

 

「グウウ…フ、フフッ…ヤルジャアナイカ…ソウダナ。ソウデナケレバ殺ス楽シミモナクナルナ。侮ッタ私ガ悪イ」

 

怒りに燃える響。響は怒りにより深海棲艦としての力を増幅させる。それと同時に電のことを忘れていく。

 

「沈メ…沈メ…ミンナ沈ンデシマエ」

「電を連れて行くと言うことさえ忘れたのですか」

 

「シラナイ。ソンナコトシラナイ。シズメ。シズメテヤル」

「そう…なのですか。…それで決心がついたのです。あなたは響ちゃんではなくなりました。深海棲艦…ごめんなさいなのです。ここで倒すのです!!」

 

「アアアアアアア!!!」

 

憎しみの炎に身を焦がし、醜悪な獣からさらに砲塔が増える。増えると同時に電に襲いかかる。命中精度は落ちている。距離を取って反撃をしようと考えるが…。

 

「逃ゲテモ無駄ダ。逃ガサ…ナイ」

「は、はやっ!?きゃああああああ!!!」

 

砲林弾雨。矢継ぎ早に来る攻撃とスピードを増した響に追いつかれ、攻撃をまともに受けてしまう。威力は落ちたのか?前日食らった攻撃に比べればまだ軽い。しかし、この数の暴力でやられれば長くはもたない。

 

「シズメ…シズメ………テ………テクレ…電」

 

響が電を呼ぶ。電ははっきりと、かつて呼んでいた名のようにしっかりと電の名を呼んだ。

 

「ひ、響…ちゃん?」

「ウルサイ…黙レ!ヤメロ…黙レエエエエエエエエ!!!」

 

突然深海響が苦しみだし、頭を抱えて叫んだかと思いきや動きが止まった。電は何があってもいいように警戒しながら響の様子を見る。

 

「………?」

「いなづ…ま…電…。響…だよ。その活躍ぶりから…不死鳥と呼ばれたこと、も…あるよ」

 

それは懐かしい言葉。そして、深海棲艦のおぞましい声ではなく、紛れもなくいつも聞いていた淡々と、それでいて澄んだ声。

 

「!!ひび…!!」

「久しぶり…だね。会え…て嬉しいな」

 

「響ちゃん!!!」

「電…私も久しぶりに会えて嬉しい。けどよく聞くんだ。逃げるんだ。もうすぐ、新しい艦隊がここに…やってくる。そうなると、勝ち目は…ない」

 

「………!!」

「逃げてくれ…こいつは私が抑えておく。私の意識は長く保たない。お願いだ。私の体と声を使って電を惑わすことが許せない。みんなに伝えて早く」

 

「そんな…響ちゃんを置いて行くなんて!」

「電…。私はもう響じゃない。深海棲艦なんだ。できるなら…電と一緒に帰りたい。けど、それはもう叶わないんだ。私はまた電を傷つける。そんなことはしたくない。だから逃げてくれ!」

 

……

 

「……!?冗談でしょ!?敵増援を確認!!!」

 

瑞鶴の飛び立ったままの艦載機が敵の増援を知らせる念を送ってきた。名取や阿武隈、雪風は瑞鶴を見やる。扶桑はル級を睨みつけたまま、頬に一筋の汗が流れた。この状況で増援…それは最悪の状況であった。

 

「ククッ、馬鹿ナヤツラダ。我々ガコノチャンスヲ逃ストデモ思ッタカ。逃ガサヌゾ。貴様ラ全員マトメテ終ワリニシテヤロウ」

「……瑞鶴さん。私が足止めをします。電さんと合流し、逃げてください」

 

「扶桑さん!?そんなことできるわけがないよ!」

「だめです!扶桑さん!逃げるなら扶桑さんも一緒に!!」

 

「名取さん。私が離れれば逃げ切れません。どのみち私は足も遅い…。ならばここで敵を食い止める壁になるほうが生存率は上がります」

「で、でもぉ…」

 

「行ってください。全滅するよりは良いでしょう…。行きなさい!!!」

「雪風は行きません。みんなで帰るんです…。まだ諦めてはいません!幸運の女神のキスを感じます!」

 

扶桑に並んで雪風が前方に砲を構える。まだ。まだ終わっていない。諦めてはいない。諦めなければきっとチャンスは来る。そう信じて。仲間全員で帰ることを雪風は諦めていない。

 

……

 

「逃げてくレ!電…ぐっ、ぐううウウウウ!!はヤく!早く逃げろオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」

 

獣のような叫び。それは響か。それとも響の皮をかぶった深海棲艦か。フーフーと荒い息を吐き、青く光る目で電を睨む。

 

「オノレコザカシイ!余計ナコトヲベラベラト!!貴様ノ出ル幕ハモウナイ。オトナシク妹ガ殺サレルトコロヲ内カラ眺メテイルガイイ!!!」

 

忌々しく抑え込まれた響に変わり、元に戻ってしまった。そうか…まだ。まだ響は生きているのか…。ああ、やっぱり…優しいなぁ…。

 

「今度ハ油断モ手加減モシナイ。姉ニ殺サレ、無念ノママ朽チ果テルガイイ…」

 

深海響が砲を構える。電は下を向いたまま動かない。砲も構えない。ただ、そこに立ち尽くしていた。

 

「馬鹿メ!!ツイニ戦ウ気力モ失ッタカ!!デハ、до свидания(サヨウナラ)イナヅマ!!」

 

完璧に電を捉え、そして胸を撃ち抜いたはずだった。そして、沈めたはずだった。しかし、電はその砲撃を掠りもせず…なぜか自分が吹き飛ばされ、腹部に強烈な痛みを覚えた。感覚が全て遅れてやってくる。ふと気づけば自分が倒れ…青い血を吐いていた。

 

「ゴハッ!?ガアアア…ナ、ナンダ…ナニガ…起キタ…!?」

「響ちゃん…響ちゃんを返すのです…電の大切なお姉ちゃん…響ちゃんを…返せ…返せ!!!!なのです!!!!」

 

「ナ、ナンダ貴様…!?ソノ眼ハ!?」

 

電がまっすぐ深海響を睨みつける。しかし…その眼。先ほどまで茶色の瞳が…蒼く…輝いて…!?深海棲艦の青い眼とは違う。もっと深く、それでいて温かみさえ覚える海のような深い蒼い眼。先ほどまでの弱弱しい気配とは違う。体が震える。恐怖だ。電に恐怖を抱いている。この、電など一撃で葬ることさえ可能な力を持った自分が!!

 

「イナヅマ…貴様…イッタイ……!」

「返して…響ちゃんを…返せ!!!!」

 

蒼い眼をさらに輝かせ、駆逐艦「電」が砲を構える。

 

「クックク…イイダロウ…決着ヲツケヨウジャナイカ!!!」

 

青い眼の深海響が立ち上がり、砲を構える。

 

お互いの目がカッと見開いた時、二人は同時に走り出した。生か死か。お互いの命のやり取りが始まった。

 

……

 

「ドコニモ逃ガサン。絶対ニ。アチラノ小サイノモスグニ後ヲ追ワセテヤル。安心シロ」

 

そうこうしているうちに援軍が近づいてくる。状況は最悪だ。阿武隈も中破。名取は小破。瑞鶴中破。雪風が扶桑と睨み合うル級を横目に敵を扶桑の目から逸らすために敵を攪乱させていたため、ダメージはないが疲れがひどく、ぜっぜっと息が早く、これ以上の攪乱は難しい。

全開で挑める援軍と違い、こちらは厳しい。瑞鶴がぽつりとつぶやく。

 

「提督さん…翔鶴姉…ごめん…。約束、守れないかも…」

 

『何弱気になってんだ瑞鶴。まだ終わってないぜ』

「て、提督さん!?」

 

『弱音は無線を切って言え。丸聞こえだぞ。弱気になんなよ』

「で、でも…!私たち、損傷が激しいし消耗も…」

 

『そりゃそうだろ。最初から厳しい戦いになると予測はしてた。そんでもって、援軍がやってくることくらい織り込み済みだ』

 

玲司が初めから全てわかっていたかのように話す。

 

『随分とまあ余裕ぶってんな、敵は。援軍?そんなもん百も承知だ。何でこっちも援軍が来るかもしれないって、予想ができねえんだろうな?』

 

その玲司の質問と同時に、瑞鶴達の横を高速で飛行する何か。……白鶴?いや、違う。あれは…!!

 

「第一、第二主砲。斉射、始め!」

 

後方からあまり聞き慣れない声が聞こえる。それと同時に瑞鶴が宙に飛び上がりそうな衝撃と音が響き渡る。瑞鶴も扶桑達も振り返る。そこには…かつて最強と呼ばれた戦艦の魂を持った…

 

――大和型戦艦一番艦「大和」

 

凛とし、泣いておどおどしてばかりいた姿とはまったく別人のような面持ちで立っていた―――。




大和、海に立つ!!もう少しだけ続きます。

電は一体?決して深海棲艦に堕ちたわけではありません。次回をお待ちいただけましたら嬉しいです。

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