提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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響の視点のお話になります


第四十話

翔鶴さんに抱かれ、私はかつて所属していた横須賀鎮守府へと帰還した。懐かしい…と同時に嫌な記憶も甦る。こうして帰投するたび、執務室であの汚い男の罵声を聞くことになったか。今はみんな鎮守府へ帰ることに憂鬱な顔をしていない。電も言っていた。司令官が代わったと。そして、良い鎮守府になったと。

 

「夕立。今日の提督のおにぎり、何が出るかな?あたしはおかかと見たぜ!」

「夕立は鮭に賭けるっぽい!あー、うーんおかかもいいし…何でもいいっぽい!」

 

「だな!たっのしみだなー!」

「ぽいー!」

 

「摩耶さん、夕立さん!警戒をしてください!」

 

摩耶さんと夕立が翔鶴さんに怒られている。二人ともペコペコと謝っているけど、顔は今話していたおにぎりのことが忘れられないのかそわそわと落ち着きがない。昔ならこんなことはない。帰ったら殴られないか。どんな罵声を浴びせられるのか。帰りたくない。誰もがそんな重い空気をしていたものだ。

 

話を聞けば私が沈んでから一年と半年くらいが経っていると言う。それだけ時が経てば人も変わる。艦娘も同じか…。帰ることに憂鬱を覚えないと言うのは私としても得点は高い。とは言え、まだ見ぬ新しい司令官については、まだまだ怖い。電が言うには本当に素敵な司令官だと言う。私は話半分しか信用していない。どうせ、人間なんてすぐに私たちを下に見るに決まってる。

 

電は雪風と話をしている。私は寝たふりをしているから当然ではあるが話しかけてはこない。電は私と戦ったことでかなり疲れているのか、フラフラとしている。半分寝ながら航行しているのか。雪風にその度に名前を呼ばれ、起きては寝ての繰り返しだ。

 

「電さん。私のことなら気にしなくていいのよ。見ているこちらが心配になるわ。さあ、いらっしゃい」

「はうう…でも、扶桑さんは中破を…」

 

「心配いらないわ。これでもまだ元気よ。傷はそう痛むわけでもないし。疲れたものね。さ、私がだっこしてあげるから、鎮守府に着くまで眠って大丈夫よ」

「うう…眠いのです…扶桑さん、ありがとう。なのです…」

 

戦艦扶桑。長門さんと比べても冗談のように大きな艤装。それとその隣の大和と言う戦艦。この人もバカみたいに大きな艤装で、あんなのを持ったら潰れそうだな、と私は思った。見たこともない戦艦だ。もっとも私は長門さん以外戦艦は知らないのだけれど。二人とも美人で、胸が大きくて少しうらやましい。私もあんな美人になれるだろうか?わからない。

 

「ふふ…すぐ熟睡してしまったわ。よほど疲れていたのね…。お疲れ様…本当に、がんばったわね…」

「はい。とても頑張ったと思います。お疲れ様…」

 

扶桑さんと大和さんが電に声をかけていた。電は寝てしまったのか反応はない。何だか私まで安心してしまった。起きていることを悟られないように深呼吸をすると、私まで強烈な眠気がやってきた。目を閉じる。けれど私はこの目を閉じることが怖い。

 

目を閉じて、目を再び開けた時。私の今この瞬間のことは夢で。目を覚ませば一面青の世界で。おぞましい声でまた電のことを呼んで。深い海の底からただただ世界を憎むだけの深海棲艦に戻ってしまうのではないかと。けれど、私は睡魔に抗うことができず。深い眠りに落ちてしまった。

 

 

「……響ちゃん。やっと眠ったわ…」

「ん?寝てたんじゃなかったの?」

 

スースーと寝息を立てていることに気づいた翔鶴が、心配そうに響をちらちら見ていた北上に話しかける。

 

「寝たふりをして私たちの会話を聞いていたみたい。響ちゃんにとっては、今から帰る鎮守府が、昔のままではないのかと心配になるわよね…」

「電に言われても信用できないよねー。あたしだって、提督が代わって、昔みたいじゃなくなったーって言われても、はあ?ってなるもん」

 

「そうですね…それだけ、私たちはそういう風に思ってしまうことをされてきたんですものね…北上さんも大変な…」

「あたしなんかより翔鶴のほうがヤバいでしょ」

 

「…みんな酷い目に遭ってきたのよ。誰かのほうが上、だなんて私は思いません」

「…雪風も。時雨や村雨、電。響。そうだね。みんなだね」

 

響を慈愛に満ちた目で見る翔鶴。安久野に関わった艦娘は皆酷い目に遭った。誰が一番で、誰がマシだったかなんて比較したくもない。北上は最高の相方を失い、自分も穢され、多くの駆逐艦の死を見るはめになった。

翔鶴は毎日のように安久野に犯され、妹も穢された。耐えがたい毎日だったのは皆同じだ。

 

「でも今はもうそうではないですもの。れいじ…三条提督になってからは本当に毎日が幸せ…」

「ねー、別に無理して提督って言わなくても、あたし翔鶴が玲司のこと玲司さんって呼んでるの知ってるんだけど?何さー、無理に隠して」

 

「え、ええ!?わ、私いつの間に聞かれて…」

「いやぁ、お熱い視線で玲司見つめてボソッと玲司さんって呼んでたりしてるじゃん。恋する乙女だよねー」

 

むふふ、と口に手を当てて笑う北上と、顔を真っ赤にしてうろたえる翔鶴。

 

「き、北上さん!?いつ、どこでそんな…。や、やだ、私ったら」

「スーパー北上さんは耳もスーパー地獄耳だかんねぇ。にっひっひー。翔鶴って戦闘の時はしっかりしてるのに、鎮守府にいる時は結構ぽんこつだよねー」

 

「ぽ、ぽんこつ…」

「そうそう、玲司が大本営に行くって言った時もさー。玲司の車が見えなくなるまでずーっと門の外見ててさ。その時に玲司さん。寂しいなって」

「き、北上さん!?もうやめてー!!」

 

響を抱いているため北上を止めることもわたわたすることもできず、耳まで真っ赤にした翔鶴と、それを見ながらケラケラ笑う北上と。何だかんだで緊張感のない帰り道。それは今の横須賀鎮守府では当たり前のこと。昔のようにこれから罵られるために帰ると憂鬱になることはもうないのだ。

 

結局翔鶴と北上の雰囲気に充てられ、摩耶と夕立はおにぎり談義。雪風も加わる。神通は最後尾から皆を見守り、警戒を怠ることなく。ただ一人、瑞鶴だけが浮かない顔をして帰路についていた。

 

 

目を覚ますと朝で。朝日が昇ってくる頃だった。日が暮れてからと言うもの、ずっと私は眠っていたのか。帽子を取って朝日を眺める。もう鎮守府のすぐそばだった。久しぶりに見る眩しい朝日に私は目を細める。またこうして艦娘として朝日を眺めることができるなんて。電には感謝しなくちゃいけないな…。

 

「響ちゃん、おはよう。よく眠れた?」

「ああ。おかげさまで。翔鶴さんは温かいし柔らかくて眠りやすかった。スパシーバ」

 

「よかったわ。もうすぐ鎮守府に着きます。もう少しの辛抱よ」

「そうか。私はもう疲れも取れたし、自分で歩けるよ。おろしてほしい」

 

そう言って私は水面に立つ。扶桑さんに近寄り、電の様子を眺める。電はまだ起きない。話したいことは山ほどある。けれど、今はガマンだ。どうせこれから先、私にはたくさん時間があるんだ。そう考えると妙にうれしくなった。

扶桑さんと目が合うとにっこりと笑った。これは少し、恥ずかしいな…。

 

……

 

母港が見えてくると、手を両手で振っている何かが見えた。隣にいるのは間宮さんだろうか?

 

「あ!しれえです!おーーーい!おーーーーーい!!」

 

雪風も手を振り返す。名取さんや阿武隈さんも両手で手を振る。そうか、あれが司令官か。私の中では緊張感が増す。人間と言うものはやはりまだ信用できない。でも、阿武隈さんや雪風は笑っている。雪風と夕立が速度を上げる。扶桑さんや翔鶴さんは笑っている。

何だか警戒している私が場違いのようで居心地が悪い。けれど。私は二度と帰ることができないであろうと思っていた。いや、もう深海棲艦になって朧げにしか覚えていなかった横須賀鎮守府へ帰ってきた。

艦娘であった私と。そして電との時間が共有できる、唯一の場所だった、ここへ。

 

「提督さん!ただいま!夕立、帰投したっぽい!!!」

「しれえ!雪風、また生還しました!!しれえのおかげですね!」

 

かつて死んだ目をしていたはずの夕立も雪風も。一目散に司令官に飛びついていった。司令官は二人の頭を優しく撫でる。夕立も雪風も、とても幸せそうな顔をしておとなしく撫でられていた。

 

「おかえり。夕立、雪風。よく頑張ったな」

 

「えへへ、ぽいっぽいっ!」

「えへー♪」

 

「戻ったよー、玲司。今日も轟沈者なし。やったね」

「おう。みんな無事で何よりだった。翔鶴、瑞鶴、旗艦お疲れ様」

 

「はい、ありがとうございます、提督。電ちゃんも無事に」

「あ、うん…ありがとう…。………」

 

お疲れ様、か。そんな言葉はあの男の時は一度も言われたことがない。なるほど、やはりみんなが言う通り、新しい司令官は悪い人ではないように思う。とはいえ、信用したわけではない。

眠っている電の頭を優しく撫でている。くすぐったいのかもぞもぞと電が動く。電は起きない。

 

「んぁ…?しれいかん…さん?」

「電、おかえり。すごいぞ、よく頑張ったな」

 

「んっ…えへへ、しれいかんさんにほめられたのです…ひびき、ちゃん…?」

「私はここにいるよ、電」

 

「よかった…夢じゃなかったのです…」

「私はここにいる。ずっと電の側にいる。心配しないでほしい。司令官、私が響だよ。元が何かは…わかっているだろう?」

 

「……ああ。知ってる。おかえり、響。お前も疲れただろ?電と一緒にドックに行ってきな」

「そう、か。ではそうさせてもらおう」

 

そう言って翔鶴さんに連れられて、私はドックへと歩き出す。床が新調されている?かつてとは違うホコリのないきれいな床、壁になった鎮守府をドック目指して歩く。これだけきれいだと何だか落ち着かないな。きれいな方がいいのに、なぜか私はきれいなほうが落ち着かなかった。

 

 

「これが…あのドックかい?ここまできれいだったんだね…」

 

ドックに入ると私の知っているドックではなかった。カビとドブのような臭いしかしなかった最悪の環境でしかなかったドックが、こんなにもきれいになるとは…。白い壁と床。浴槽もきれいに洗われ、ピカピカだ。お湯も透明で白く濁った臭い水のような何かではない。

 

「ほわぁ…なのです…」

 

電はすでに湯船に肩までじっくりと浸かっていて、何とも言えないかわいらしい顔でくつろいでいる。恐る恐る私も湯船に浸かる。温かい。体の疲れがお湯に溶け出していくかのような…。それにとてもいい匂いがする。

 

「おお?花びらが浮いてんだけど?これ、バラ?」

「まあ…素敵な香りね…真っ赤なバラ…心が安らぎますね」

 

「そうだよ。これはバラです」

「れいじていとくにきょかをもらって、おにわのばらをつんできました」

「バラがばらばら…ぷぷっ…われながらこんしんのぎゃぐ…」

 

「うふっ…うふふふ!妖精さんったら…うふふふふ!」

「扶桑さん沸点ひっく!」

 

扶桑さんが口を押えているけれど、大笑いしている。…今のはおもしろいとおもったんだが、北上さんはジョークがわからないのだろうか?

 

「響ちゃん。お湯加減はどうですか?」

「うん、とっても温かいよ。ちょっと熱いかな…。けど、疲れが取れる」

 

「電はちょうどいいのですけれど…響ちゃんは熱がりなのですか?」

「さあ…よくわからないね…。私は艦のときに寒いところにいたから、それもあるのかもしれないね」

 

「そうなのですかかぁ。えへへ、響ちゃんとこうしてお風呂に入れるなんて夢みたいなのです」

 

電は楽しそうに私に笑いかけてくれる。私だってこうして電とこんな素敵なお風呂に入れるなんて夢みたいだ。同時に嬉しい。かつては満足に風呂なんて入れやしなかったし、深海棲艦の時は冷たい海にいたばかりだったし。

 

(駆逐艦ごときを風呂に入れてやる時間も暇もない!資材もあるか!!!そんなに入りたいなら自分でその資材を稼いで来いマヌケが!)

 

そう言われたっけか。今考えるととんでもない男だったな。馬鹿みたいに出撃と建造を繰り返して、ボコボコ沈めては建造して、資材は枯れて。そりゃあどうしようもない男だったね。いつまで経ってもあの男への恨みは消えない、か。

 

「電は…今の司令官をどう思っているんだい?」

「ほえ?司令官さん…ですか?とってもいい人なのです。ご飯も作ってくれますし、頭をなでなでしてくれるのがとっても気持ちいいのです!昔のことは忘れられませんけど…今の司令官さんと一緒に素敵な思い出をいっぱい作って、つらかったことをいっぱい楽しいことで塗りつぶしていけばいいと思うのです!北上さんから言われた言葉なのです!」

 

「ちょっとー。あたしそんなこと言ってないんですけどー?」

「ええ!?そう言ってくれたのです!嘘じゃないのです!」

 

「もー…。しらなーい。あたし忘れましたー」

 

北上さんは恥ずかしそうだ。でも、きっと北上さんのことだからそう言ったんだろう。北上さんは優しい人だから。沈んでいったたくさんの仲間にはひどいことを言われていたけれど。

 

(あんたは沈んだらダメだよ。あんたがいなきゃ、電が壊れちゃう…)

 

電のことを思ってくれていた人。雪風を守り抜いた人。強い人だ。傷も多くついただろうし、怒りやアイツへの憎しみもあったろうに。私のようにすぐに負けて深海棲艦になってしまったやつとは大違いだ。

 

「忘れるなんて無理さ。電も。響も。阿武隈だって。でも、それをいつまでも根に持ってうじうじしてるだけってのがあたしの性に合わないだけ。あたしは今が楽しいよ。扶桑さんや神通、霰たちがいて。玲司がいて。こうしてみんなでわいわいお風呂入ってご飯食べてって言うごく当たり前のことができなかった昔があったから。あたしは今こうしてる瞬間も楽しい」

 

「雪風も楽しいです!みんながいて、しれえがいて!みんなと一緒に寝て、おはようって言って今日はどんな日になるのか、わくわくします!」

 

雪風が北上さんに抱き着いている。何だかんだ言いつつ駆逐艦に北上さんが優しいと言うのを雪風は知っている。北上さんもまんざらでもなさそうだし。……なんだかうらやましいな。

 

「……ていっ」

「ひゃっ。響ちゃん、どうしたのです?」

 

「何となくこうしたかっただけさ」

「えへへ、響ちゃんに抱き着かれてうれしいのです」

 

扶桑さんや阿武隈さんがニコニコしながら見ていた。うん、これは恥ずかしいな。失敗だ。恥ずかしくてのぼせそうになったので湯船から上がる。電も上がって髪の毛を洗ってくれると言う。髪が濡れるのは…まあいいか。

 

「響ちゃんの髪がサラサラになっていくのです!あれ?司令官さんが買ってくれたシャンプーと違う?」

 

「それはわたしたちようせいのぎじゅつでつくったシャンプーです。どんなはりがねのようなかみも、さらっさらにするしゃんぷーです。せいぶんはきぎょうひみつです」

 

「リンスもあわせてつけるとさらっさらのつやっつやになります。かみはおとめのいのち。そんなごようぼうにおこたえしました。そんなリンスでありんす」

 

「うふっ」

「扶桑さん…」

 

すごい。長いこと洗っていなくてギシギシだった髪が電の髪のようにサラサラだ。私も電の髪を洗い、リンスも丁寧につけてあげると喜んでいた。すごいな。横須賀鎮守府はここまで艦娘に優しい鎮守府に生まれ変わったのか。ハラショー。

 

 

お風呂から上がって髪を乾かしてもらい、ぱじゃま?と言うものを着る。電とお揃いと言うのが嬉しい(電のぱじゃまと言うものなので当たり前か)。汚い、血生臭い、ボロボロの服をもう一度着なければならないと言うことではなくてよかった。

早く早くと手を引っ張られて連れてこられた先は食堂。間宮さんが昔とは違って笑顔で出迎えてくれた。抱かれた時の感触?そりゃあもうハラショーだ。柔らかさが違うよ。目の前にはもう一人。司令官。アイツとは違って、きれいな人だと思う。

 

「お疲れ、電。疲れは取れたか?」

「はいなのです!きれいにもなったのです!」

 

「そっかそっか。それから、ようこそ響。おかえり、と言った方がいいのかな」

「はじめまして、司令官。響だよ。またこうしてここに帰ってくることができた。嬉しいよ。それから、すごくいろいろ変わっていて驚いた」

 

「変わったと言うか修繕しただけさ。ドックは妖精さんが好き放題やってくれててさ。今度は海が見える露天風呂を増築したいって言いだしててさ。仕事が早いからそのうちできるだろ。傷は治せないが、ストレス解消にはいいだろ」

 

妖精さんに対してもぎゃーぎゃーうるさかったアイツ。そのせいか妖精さんにも愛想を尽かされ、消えてしまった。妖精さんがいなければ鎮守府は回らないと、何度も大淀さんにも釘を刺されていたのに。今の司令官はどこを見ても妖精さんが楽しそうに仕事をしている。

 

「さ。とりあえずお腹すいたろ。電達と食べな」

 

大きなお皿にたくさんのおにぎり。電はとっても喜んでいて目を輝かせている。向こうでは大和さんがグスグス泣きながら食べているのを摩耶さんがなだめていると言うか…不思議な光景だった。あ、夕立が喉に詰まらせてる。

電が笑顔でパクパク食べているのを見るとたしかにお腹がすいた。電はよっぽどこの司令官を信頼しているのだろう。それを信じて私も一つ手に取って食べてみた。

 

……これが、おいしいってことなんだ。私は夢中でおにぎりにかぶりついていた。ご飯と海苔だけのおにぎり。でも、それがとってもおいしくて。おなかが。体全体がおにぎりをもっと食べるんだと言っているみたいで。私は夢中で食べた。途中から私は泣いていたようにも思う。

優しい言葉。温かいお風呂。おいしいご飯。ここに来て私の心の中に染みついていたアイツへの恐怖が。怒りが。消えていく。心が温かい。

 

「すごい勢いで食べるな。うまいか?」

「ハラショー。こいつは力を感じる」

 

「そうかい」

 

そう言って私の頭をゆっくりと撫でてくれる。その手の温もりは私の心を優しさと温かさでいっぱいにしてくれる。くすぐったい。でももっと撫でてほしい。嬉しい。あったかい。電と目が合うと電はにっこりと太陽のような笑みでこっちを見てくれた。

 

私も思わず電に笑いかけた。…この私がだよ?私もこんな顔ができたのか、とちょっと驚いた。電も驚いてた。

 

「響ちゃん!おにぎり、おいしいのです!」

「ダー。おいしいね」

 

お皿にあった十個ほどのおにぎりはあっという間になくなった。いつの間にか二人で全部食べてしまったらしい。お腹一杯、と言う初めての体験に私の胸は幸せでいっぱいだ。これからこんなことが毎日続いていくのかと思うと、私は嬉しくなる。明日はどうなるんだろう。もうくだらないことで怒られることはない。毎日冷たい海の底で憎しみに狂うこともない。私にはかわいい妹と、お姉ちゃんのような北上さんや司令官がいる。

電のおかげだ。私は、帰ってこれたよ。

すっかり昔の勘なんかは忘れてしまっているから、また一からやり直しだけど。たくさん演習や訓練をして、また一緒に電と海を駆けるんだ。今度は電を守るだけの戦いじゃない。みんなを守る。そして、一緒に帰ろう。帰っておいしいおにぎりを電やみんなと食べるんだ。

 

電も私も眠くなった。電は二日連続で出撃していて疲れているだろうし、私の体もいろいろとあってひどく疲れているみたいだ。体が重い何かを背負っているかのようにずしりとしている。すぐにでも眠れそうだ。

私は前と一緒で電と同じ部屋。これも嬉しいな。けど、ほとんどは誰かの部屋に枕や布団を持ち寄って一緒に寝ることの方が多いらしい。今日も雪風や夕立が一緒に寝ようと言いだして。私の布団もいつの間にか用意されていて。日が少し眩しいけれど、布団に入ったらそんなことは全部吹き飛んで、瞼が重くなった。

 

「っぽいー。みんな、おやすみっぽい…むにゃむにゃ…」

「みんな、お疲れ様でしたぁ…雪風…寝ます…」

 

「はにゃー…みんなおやすみなさいなのです…響ちゃんも…」

「ああ、おやすみ。電…」

 

電がゆっくりと私の布団の中へ手を入れ、きゅっと手を握ってきた。私はそれに応えて握り返す。温かい電の手。ああ、眠りに落ちる…。ふわふわとした感覚が心地いい。

 

――私は帰ってきたよ。こうして眠るときもひとりぼっちじゃない。電がいて…雪風や夕立がいて。この奇跡に感謝しなくちゃ。電、ありがとう。電のおかげで私は今とっても幸せだよ。艦娘として、もう一度やり直せる。がんばろう。司令官も優しい人だ。きっとやれる…。

 

眠りにつく前に一言だけ言わせてほしい。……ハラショー!

 

そうして私はぐっすりと眠りについてしまい、気が付いたらほぼ一日、みんなと寝てしまったよ。まあ、いいか…。




響視点のお話はお終いです。次回はいつもの視点に戻り、もう少し響との会話も混ぜていきたいと思います。

玲司のおにぎりは艦娘の心を開く万能アイテム、なのかもしれません(笑)

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