提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

42 / 259
少しずつ謎であった玲司の過去が語られていきます。玲司から語られることはまだない、ですが
玲司をよく知る者語る玲司の過去編。

途中、龍驤(明石)の語りになったり普通に戻ったりします。読みにくいかもしれませんがあしからずご了承ください(あまりに読みにくければ改善します)


第四十二話

響が戻ってきたその夜。食堂で晩酌を楽しむ龍驤と無理矢理付き合わされる明石。たまたま食堂にいたがために付き合わされる翔鶴。明石も翔鶴も相当迷惑そうな顔で酒を飲むふりをしてお茶を飲んでいる。

 

「ほれほれ~!明石ぃ、翔鶴ぅ、飲んどるかー!」

「お姉ちゃん、もう勘弁してよー…」

 

「りゅ、龍驤さん…飲みすぎではないでしょうか…」

「なんやぁ!もっと飲まんかーい!まみやー!おつまみー!」

 

「は、はい…」

「間宮さん、ごめんなさい…いつもうちのお姉ちゃんがごめんなさい…」

 

明石がペコペコと間宮に頭を下げる。いいんですよ、と苦笑いをしている間宮。そんな騒がしい夜の食堂。これでも間宮は楽しいのだ。毎日静まり返り、食事さえとることさえできなかったあの頃の食堂に比べれば。

自分の居場所でありながら、その役目を果たせないもどかしさ。皆に食事を振る舞うことができない歯がゆさ。そして、自分だけがくちゃくちゃと汚い音を立てて嫌味ったらしく食事をする提督への苛立ち。自分の存在意義を疑うしかない毎日とは違う。

 

献立を玲司と共に考える楽しさ。料理を作ることができる喜び。おいしいと喜んでくれることの嬉しさ。この二ヶ月ほどは充実している。だからこそ、夜食を作れと言われても苦にならない。鮭の皮を焦がさないように器用に焼く。シンプルだけど酒のつまみには申し分ない。あとはだし巻き卵でも作ろうか。そうニコニコと料理を作っていた。

 

誰かがまた食堂にやってきた。鮭の皮の匂いにつられたか?とも思ったがそれが目的ではないような艦娘がやってきた。黒く長い髪。知的な眼鏡。この鎮守府の参謀、と誰かが呼ぶ大淀だ。

 

「おー、大淀やないかー!大淀もこっちゃこーい!飲もうでー!!」

「ああ、また犠牲者が一人…大淀も運が悪いなぁ…」

 

「あ、あの…わ、私はこれで…」

「逃がさへんでぇ…翔鶴ぅ」

 

大淀が食堂にやってくると顔を赤くして酔いながらもコップに入った日本酒を片手に明石と翔鶴を逃がすまいとする龍驤と、その龍驤を窘める明石と、困った顔で助けを乞う目をして見つめてくる翔鶴と。そして楽しそうに何かを焼いている間宮の姿。大淀としては龍驤と明石がいるのは好都合だ。そして間宮と翔鶴。玲司とかなり親しい間柄の二人。いや、決して他の艦娘が玲司と仲が悪いとか繋がりが薄いとは思ってはいないが。

 

「大淀?どうしたの?何か整備の依頼でもある?」

「いいえ、そういうわけではないの。ちょうど、龍驤さんと明石…提督とは昔からのお付き合いがあるお二人に用があって」

 

「なんやなんやー?玲司の何かが聞きたいんか?何が聞きたいんや?好きな子か?好みのタイプか?」

「もう、お姉ちゃん!」

 

「実はその…今朝、提督がひどく夢でうなされてて…それもひどく怯えた様子で…」

 

朝、眠っていた玲司を起こしに行った際の出来事。悪夢にうなされ、震えるほど怯えていた様子。その様子を語ると、ヘラヘラと笑っていた龍驤の顔がみるみるうちに真剣な表情へと変わっていく。明石も同様に、大淀の話を一言一句聞き漏らさないかのように聞いていた。

その表情の変化に、翔鶴も何事かと大淀の話を真剣に聞く。間宮も皮が焼き上がったのか龍驤の前に置き、椅子に腰かける。

 

「と、言うようなことがありまして…あそこまで怯えた様子は只事ではないと…何があったのか、龍驤さんや明石なら知っているのではないかと思いまして…」

 

事の全てを聞いた龍驤ははふっはふっと言いながら鮭の皮をぱりぱりと食べる。明石も一緒になって食べていた。ゴクリと皮を飲み込み、酒をあおると大きく息を一つ吐いた。

 

「そうか…またあの夢か。もう12年も経つんやなぁ、玲司と会うて」

「あれはもう一生もの、かな。やっぱり」

 

遠く窓の外の月を眺めるかのように顔を上げて語る龍驤と明石。やっぱりこの二人は知っている。玲司に何があったのか。

 

「教えてください。提督は一体、どのようなことになったのですか?その夢と言うのは…母さん、ゆきの、と仰られていました」

 

「ありゃりゃ、寝言も聞かれたかぁ。そうか。大淀は玲司のこと、どこまで知っとるん?」

「え、ええ?ええと…ショートランドと言うところで提督をやっていて…そこをやめてコックになって…ここに提督として戻って来られて…あ、時雨さんと村雨さんの治りそうもない傷を血を垂らしたら治したとも…」

 

「ほーん、そんだけ?」

「え?あとは…ショートランドで命の危機に瀕したとも。それと、それよりも前に一度死に瀕し、その際に深海棲艦の血が混ざった…とも」

 

「お、それ知ってるんや。ってことはあれかいな。青葉やな、教えたん。まあ、ええわ。あいつは味方と言うか、あいつも時雨や村雨と一緒や。玲司に救われとる身やからな」

 

「はい。それは聞きました。艤装が使えなくなったと」

「私もあれはびっくりだったなぁ。人間とも違う。艦娘とも少し違う。ほんとにイレギュラーな存在だよ、あの青葉は。艦娘の研究者が青葉をよこせって言ってきたけど、お父さんが激怒して追い返したくらい」

 

話を聞いているとますますわけが分からない。知ろうとすればするほど玲司と言う存在が分からなくなっていく。

 

「話が逸れてもうたな。母さんって言うのは間違いなく玲司を産んだお母ちゃん。うちらにはおらん存在。お父ちゃんって言うのもほんまやったらおらんねんけどね。ゆきのって言うんは、紙ある?お、ありがとん。こう書くねん」

 

紙とペンをもらった龍驤が達筆な字を紙に書いていく。そこには『雪乃』とあった。人の名前…だろうか?

 

「三条 雪乃。玲司の妹や。七つ離れた妹さんやったそうや」

「妹さんだった?今は違うのですか?」

 

「……亡くなった。12年前に」

「あ……」

 

翔鶴がしまった…と言うような顔をしていた。気まずそうに縮こまっている。そう言えば言っていた。死んでしまったと。

 

「12年前…お父様も亡くされたと聞きました。一体何があったのですか?提督にお伺いするのも…怖くて」

「で、うちらってわけね。まあ玲司とはそのころからのながーい付き合いやけど。またその悪夢を見た時の支えはうちらとしてもほしい。うちらではあかんのかもしれん。特に大淀と間宮は玲司とおることが多いし…それと何や翔鶴は玲司とは距離が近いでな」

 

「りゅ、龍驤さん!?」

「あり?違った?時たまあんたらお似合いのカップルに見えたんやけど?ええんやで?お互いが合意の上なら提督と艦娘が結ばれるっちゅうんは認められとる。カッコカリやのうてマジもんの結婚もしてもええし。ほんでもってやることやって子供でもこさえ「はーい!これ以上言うと陸奥お姉ちゃんに電話しまーす!!」

 

「ちょ、じょ、冗談やん!マジでやめれや!次変なことしたら殺されるっつってるやろ!!」

「お姉ちゃんが変なこと言い出すからでしょ!?」

 

ぎゃあぎゃあと突然ケンカを始めた。翔鶴は顔を真っ赤にして俯いているし何なのだろう。間宮は翔鶴を見ながら「あらあらまあまあ」と言って笑っているし…。いや、それよりも肝心な話が脱線しすぎで全く分からない…。この緊張感のないゴーイングマイウェイな姉妹。川内にせよ島風にせよ…原初の艦娘と言うのはフリーダムすぎて仕方がない。

 

「コホン、え、ええと。玲司君の過去のことね?うーん、悪夢はやっぱり見るんだね…だとしたら、誰かの支えが欲しいかな。私や龍驤お姉ちゃんは突然大本営に帰らなきゃいけないかもしれないしね。その時に少しでもその悪夢の際に誰かが側にいてあげてほしいんだ。玲司君には悪いけど、ちょっと語らせてもらうね」

 

「何か言われたらあんたのためにうちと明石が喋ったって言うたらええ。悪夢の原因も知らんまま、慰めたりできへんしなぁ。めっちゃ暗い話やで。覚悟しいや。あ、あーごめん、間宮。お茶くれる?酒飲んでる場合ちゃうわ。酔いは醒めたけど」

 

鮭の皮をまた食べながら間宮に茶を入れてもらい、一口茶をすする。そうして龍驤が語りだす。玲司の過去に何があったのかを。

 

 

なんべんも言ってるけど、事の発端は今から12?13年前?くらいのある事件が原因や。この頃は艦娘って言うても原初の艦娘の十人しかおらへんかったから、いっぺんにあちこち深海棲艦に攻められたら守り切れんかってん。そんな時や。ある一つの海辺の街が深海棲艦に襲われてなぁ。何の恨みか知らんけど、その街は結構派手にやられてな。今ももうあんまそこに人住んでないんやけど、もうとにかく死人がぎょうさん出たらしいんや。

 

うちや陸奥姉やんらが駆け付けた時にはもうボッコボコ。艦載機や砲撃でボロボロになった街。戦火を逃れようと海の方へ間違って逃げてきた人らが海に浮かんでたり。もうめっちゃくちゃやったわ。とりあえず、戦力がガタ落ちになるけど陸に上がって、陸軍が来る前に生存者がおったら助けられへんかって言うお父ちゃんの命令が下りた。

 

ほとんどが避難したか、死んでるかのどっちかでなぁ。倒れてる人一人一人に声かけるんやけど、みんな死んでもうとるんや。もうあかんかなってみんなが思い始めたとき、妹の島風が騒いでな。

 

「おーい!おーい!龍驤お姉ちゃん!陸奥お姉ちゃん!こっちこっちー!!!生きてる人がいるー!!!!」

 

そん時は二人してマジで!?みたいな顔したなぁ…。急いで駆け寄ったらまだまだ若い男の子が倒れとって。そのちょっと離れたところで下半身のない女の子とそれを庇うように血まみれで死んでる女の人がおったわ。

せや、それこそが玲司のお母さんと…妹さんや…。後からわかったことなんやけどな。ちょうど玲司がおった場所とお母さんらがおった場所とが生死の境目やったらしいわ。玲司は…お母さんと妹さんに深海棲艦の飛ばした艦載機が落とした爆弾がほぼ直撃するところを見とったっちゅうわけやな…。

玲司だけは安全を確認するために先行してたんやって。お母さんらの近くに爆弾が落ちて。玲司も爆風で吹っ飛ばされて…吹っ飛んだ先にあった鉄筋が腹にぶっ刺さって…やったらしいわ。

 

「この子、血まみれだけど…傷がないわ…人間の血とは思えないくらい服が黒いけど…何これ?」

「この地面の青い液体。何やこれ。深海棲艦の血とちゃうんか?人間が深海棲艦相手に勝負できるとは思えんのやけど」

 

「……わからないわ。とりあえず、この子、息がある。こちら陸奥よ。聞こえる?生存者を発見したわ。息もしてるし、心臓も動いてる。気を失ってるみたいだけど。私と龍驤、島風はこの子と一緒に引き上げてもいい?」

『こちら大本営。わかった。気を付けて戻って来なさい』

 

「了解。戻りましょ。この子を連れて帰るわ。陸軍が来るまでもたないかもしれないし。いつ来るかわからないし。軍病院へ運んだ方が早いわ」

 

「りょーかい。島風お手柄やん」

「へっへーん!やった!」

 

「そんなこと言ってる場合じゃないわよ。早くしなさい」

 

そっから大急ぎで大本営の母港に戻って。大急ぎで病院へ運ばれたわ。男の子を見た時のお父ちゃんの顔。今でも忘れられんわ。

 

「玲司君…?玲司君じゃないか…!何てことだ…三条…お前は…」

「お、お父さん、知り合い…?」

 

「ああ、あの子のお父さんはよく知っているとも…古い付き合いの友人の息子だ…何と言うことだ…まさか、こんな形で会うことになろうとは…」

 

お父ちゃん…あー、古井司令長官と玲司のお父ちゃんは昔一緒の船で仕事してたこともある親友みたいな人やったらしいわ。せやから玲司のことも知っとった。玲司のお父ちゃんはこの事件で行方不明のまんまや。おそらく、海辺で避難誘導してた際に深海棲艦の攻撃に巻き込まれて跡形もなく吹き飛んだんちゃうかって言われてる。実際何十人、何百人と行方不明のまま死亡扱いされとるらしいし。

 

大淀が聞いたお父ちゃん、お母ちゃん、妹が死んだっちゅうことやけど、お父ちゃんはほんまは生きてるんか死んでるんかもわからへん…。せやけど、もう玲司の中では死んどるんやな…うちもそう思うけど。

玲司は一日で家族を全員亡くしたんや。そのショックは半端ないやろうな…。うちかて、明石や陸奥姉やん、姉妹を亡くしたらどうなるかわからへん。そんな家族をいっぺんに亡くした…。そらあトラウマになるやろ。

 

いくつ歳を取っても、目の前でお母ちゃんと妹の雪乃さんが爆弾で吹き飛ぶ夢を見るんやって。その後決まってお母ちゃんと雪乃さんが自分に助けを求めるんやって。爆風で焼けたりあちこち吹き飛んだグズグズの体のお母ちゃんと、下半身のない妹がずっと…ずっと…な。鉄筋がぶっ刺さって逃げられへん玲司に向かって延々と、な。

 

 

「とりあえず一区切りな。玲司の悪夢は大半がこれなんよ。まだあるんやけどな」

 

そう言い終えると深いため息を吐いてお茶に手をかける。大淀、翔鶴、間宮は顔を真っ青にして聞いていた。翔鶴に至っては震えていた。とてつもなく恐ろしい夢だ。そんな延々と助けを求める夢…それは深海棲艦になりかかっていた雪風が見ていた夢と同じか、それ以上か…。

自分たちで言えば沈んだ仲間たちが沈んだそのままの姿で現れると言うこと。想像しただけで大淀は吐き気を催した。

 

「気分悪なるやろ。もうここで終いにしよか」

「……聞かせてください。まだ、別の何かが…あるんですよね?」

 

翔鶴が青い顔をしたままではあるが龍驤に問う。龍驤は無言で頷く。震える体を無理やり抑え込んで龍驤を睨むかのように鋭く見つめて続きを聞こうとする。それがまた聞くに堪えない話であろうとも。玲司のことが知りたかった。

救ってくれた恩もある。だが、それ以上に玲司のことを深く知り、玲司を守りたかった。側にいたいと思った。そして、可能であるならば。自分を救ってくれたように玲司を救い、何かの助けに。癒しになりたいと思った。

 

「私も聞かせてください。できるなら、間宮さん、翔鶴さんと共に提督の支えになれるのなら。それに越したことはありません」

 

「私も…提督が私達に向けてくれる優しさや笑顔の裏で、このような苦しみを…お力になれるかはわかりませんが、できる限り提督をお支えしたい…そう思います」

 

「玲司は愛されとるねぇ…時々頼りなくうじうじしたりしよるけど、支えたげてな。うちらは玲司の側にはずっとおれん。うちらは大本営、古井司令長官直属やからね。嫌やけど、お父ちゃんに呼び出されたら帰らなあかん」

 

「え?私は横須賀鎮守府に異動になったって聞いたよ?」

「はあ!?どういうこっちゃねん!?うちは何も聞いてへんで!?」

 

「ちょ、ちょっとぉ!?やめてぇ!お、大淀、たすけてぇ!」

 

明石の胸倉を掴んでブンブンと明石を揺さぶる龍驤。大淀もそのことは書類で確認している。玲司からも聞いている。正式に横須賀鎮守府に配置となり、整備を一人で担当すると。提督の気遣いで人間を入れないようにと言うことでやってきた。

そのことを説明すると間宮と翔鶴は玲司に思いを馳せているのか目を閉じている。龍驤は大淀の話に余計いきり立っている。

 

「明石だけずるいー!!うちかてここで玲司の面倒見たいし、ご飯食べたいのー!!!」

「そう言ったってお姉ちゃんは実働部隊でしょう…私はお姉ちゃん達が出撃することになったらヘルプに出るかもしれないってことだけ。お姉ちゃん達の艤装の整備は、夕張にもできるし…もう私はいじるところもないし…」

 

「いーやーやー!!うちもおるのー!!!お父ちゃんに明日絶対言う!!!」

 

ドンドンと飛び跳ねて駄々をこねる…見た目といい、本当に子どものようだ…。明石も困った顔をしている…。こうやって毎日龍驤や島風の相手をしてきたのだろう。その苦労は計り知れない。

 

「はいはい。言ってみてね。きっと却下されるだろうから。で、何か変に話の腰が折れちゃったけど、玲司君の話、どうしよう?」

「ま、まだ続きが…?」

 

「まだあるよ。正直ここからは胸糞がさらに悪いよ。正直、人間って何だろうって思うよ」

「に、人間が…提督に何かを…?」

 

大淀は頭の回転が早いだけに何となく想像がついたのか、口に手を当てて驚愕の表情で明石を見た。

明石がふう…と息を吐いて少し不機嫌そうな顔をして語りだした。思い出すのも腹立たしい事実のようだ。

 

 

玲司君は簡単に言っちゃえば人間の血と深海棲艦の血が混ざった人間ってことになるの。どう言うわけか玲司君には深海棲艦の血が入っていて、それのおかげで生き延びたってわけ。それに目を付けたのが今でも大嫌いな艦娘や深海棲艦のことを調べている研究所の連中。あいつらは艦娘も、深海棲艦もその辺の実験動物にしか見てない。そして、玲司君もね。

血液検査が人のそれじゃない話をどこからともなく聞きつけて、何かと理由をつけて研究施設に連れて行ったんだよね。そこで数多くの酷い目に遭ったみたい。刃物で傷をつけられたり、火傷を負わされたり、骨を折られたり…ね。さらに血をバカバカ抜かれても、ずっと同じ血が作られて。その血を艦娘に与えてみたり、鹵獲した深海棲艦に与えたり。

玲司君はそこで大破して轟沈しかけた艦娘に自分の血を分け与えると入渠では回復不能な傷まで治る、と言う話をうっすらと聞いて覚えていたみたい。だから青葉を救うことができたわけだけど、嫌な話だよね。

 

数年後に当時の研究所の所長が玲司君にお詫びを言いに来たのよね。

 

「あの頃は深海棲艦に勝つために藁にも縋る思いで君にひどいことをしてしまった。今になっても君の悲鳴が耳から離れない。許してほしい。だが仕方なかった。深海棲艦の謎に迫るためには。そして艦娘とは何かを解明するには君の血が必要だった」

 

結局何一つ解明できてないし、自己保身の為に謝罪に来たって言うのが見え見えだったから、お父さんはさておき、陸奥お姉ちゃんと龍驤お姉ちゃんが見たこともないくらい怒り狂って、あわや危ないところだったのは覚えてる。

 

話を戻すね。玲司君の様子が気になって、お父さんと私とでその研究所に行ったんだ。玲司君は孤児になっちゃったからお母さん。あ、司令長官の奥さんね。お母さんと陸奥お姉ちゃんとじっくり話し合った結果、玲司君を引き取ろうって。それで見に行った際に見たのが、何本もチューブに繋がれて血を抜かれる玲司君の姿だったんだよね…。

 

「いやあああああああ!もう血を抜くのいやあああああああ!!!!」

「騒ぐなうるさい!今日こそはいいデータが取れそうなんだ!おい!鎮静剤を持ってこい!!」

 

「うああ…ああ!やだ…お父さん…お母さん…雪乃…やだあああああ!」

 

それを見たお父さん、本気怒ってね…。私は目の前の光景がただ怖くて泣いてた。人間が人間をネズミでも扱うかのようにしてる光景が怖かった。人間は艦娘を物、兵器、と見てる人間がいるって言うだけでも怖かったんだけど、人間に対してもそんなことができるのかってすごく怖かった。

 

「貴様らのような人に非ざるモノのところに置いておくわけにいかん。貴様ら、相応の処罰を覚悟しておけ。このような非人道的な行為、許されんぞ」

 

「この子は我々人類を勝利へと導くかもしれん鍵なのだぞ!それを無為にするつもりか!?」

 

「勝つためならばいたいけな子供をこのようになるまで切り刻んだり血液を抜くこともやむを得ないと?馬鹿も休み休み言え。ならば、私もこの子を守るためならば、艦娘を寄越し、ここを跡形もなく砲撃しても構わんのだな?」

「そ、それは…」

 

「それはいけないのか?ならば黙っていろ。貴様らとの会話は心底虫唾がはしる」

 

「うう…あう…あ…」

「ああ、痛かったね…辛かったね…。もう大丈夫だよ。さあ、おじさんと帰ろう。私たちの家にね」

 

 

「て、提督…」

 

翔鶴が泣いていた。大淀は腰を抜かしてへたりこむ。間宮も動けないでいた。不思議な力。その正体も。そしてそれによって起きた最悪の出来事。こんなこと、玲司に聞こうとしても聞けるわけがない。提督には悪いが…聞けて良かった。そう翔鶴は思っていた。提督は自分よりもさらに酷い目に遭っている。ならば…ならば私が今度は提督を救ってあげたい。そう思っていた。龍驤がしゃくりあげている翔鶴の背中をさする。

 

「玲司がうちに来てからも大変やったわ…。うちらを家族と認識してくれるまで一年以上はかかったなぁ…めっちゃ大変やったなぁ…聞きたい?」

 

「聞かせてください、龍驤さん」

 

翔鶴が間髪入れずに龍驤に返す。涙を流しながらも、強い意志を持って。玲司のために聞いておきたかった。いや、聞かなければならなかった。腰を抜かしていた大淀も椅子に座りなおして戻るそぶりを見せない。間宮も同じだ。皆聞きたい。話を聞けば聞くほど、三人は玲司の為になりたかった。

 

特に翔鶴は玲司を知れば知るほど強く玲司を想うようになった。その感情が、まだ何かと言うことまではわからないが、特別な感情を抱くほどには。

 

「ほな喋ろか。玲司がうちに来てからなんやけどな」

 

夜はまだまだ長い。玲司の話もまだまだ続く。




龍驤と明石が明かす玲司の過去編。次回は「家族になろう」と言うことで、総一郎の下に連れてこられてからの話となります。

ツッコミ所は多いですが、次回もお読みいただけますと幸いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。