提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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瑞鶴のお話になります

翔鶴とも気まずい状態になってしまった瑞鶴。何を焦っているのか?何を思うのか。


第四十五話

しとしとと降る雨の音で目が覚めた。朝でも晴れていれば目が痛いくらい太陽の光が入ってくると言うのに、今日は薄暗い。体はまだ睡眠を要求しているが、それを押さえつけて体を起こし、カーテンを開ける。空は重い灰色の雲が覆い、冬の冷たい雨が大地に。海に降り注ぐ。

 

「さむ…」

 

翔鶴型航空母艦二番艦、瑞鶴は誰もいない部屋で一人体をさすり、慌てて半纏を羽織る。もこもことした半纏は暖かく、とりあえず寒さは凌げる。部屋を見渡すと、昨夜から畳まれて置かれたままの布団。姉は朝になっても部屋に戻ってきていないようだ。会いたいと思う気持ちと会いたくないと言う気持ちがグルグルと瑞鶴の胸を渦巻いている。それは言いようのない苛立ちを朝から瑞鶴に与える。

 

(なに?また瑞鶴瑞鶴って私を側に置いておこうって言うの?もううんざりって言ったじゃない!)

 

夕食の後に姉に放った言葉。以前の姉は常に自分の名前を呼び、いなければ大きな声をあげ、子供のように泣き喚くしかなかった。散々男たちに女として語るのも憚られることをされてきた後遺症のようなものだ。姉を助けようとした自分も同じ目に遭わされた。結果、自分を守ろうとして姉は人形のようにあり続けた。

 

いや、それはもう解決している。今はそうではない。各々が自由に過ごし、前のように瑞鶴瑞鶴と名前を呼ばれ、束縛されることもなくなった。全ては今の提督のおかげだ。そう…だからこそ提督に恩を返すために役に立ちたいのに…。

 

(ぜぇ…ぜぇ…瑞鶴さんは雪風がお守りします!)

(瑞鶴さん、大丈夫!?私だって、やります!)

 

先日の戦い。真っ先にやられてしまった自分。航空母艦は甲板をやられてしまったらもう役には立てない。だと言うのに、自分は戦闘開始早々に相手戦艦の砲撃を食らって甲板をやられた。そこからの瑞鶴はあまりよく覚えていない。気が付けば雪風や阿武隈に守られ、無様にもそれにすがるしかなかった。

 

扶桑が中破したときも。扶桑は勇敢に立ち上がり、泣いて錯乱していた大和を宥め、自分も攻撃を続け、敵を屠った。北上は音もなく魚雷を放ち、多くの敵を倒した。名取も同じだ。

神通と夕立は冗談みたいな強さだった。電は不思議な蒼い眼で、ボスであった深海響を追い払い、奇跡を起こして響を救い、横須賀へ連れ帰った。

 

――そして…姉だ。弓を持っておどおどしていた二ヶ月ほど前とは違い、海上で凛と立ち、かつて敗北を喫した演習の時よりもさらに練度を上げ、普段の頼りない感じとは違って正確に指示を送り、自分も攻撃に参加。

自分も明石に改造してもらった艦載機。飛ばせばものすごく神経を使う。すぐさま目や頭が痛くなり、艦載機のバランスが崩れてうまく使えない。数を増やせばなおさら。

 

しかし、あの時姉はかなりの数を完璧に。正確に飛ばして敵に大打撃を与えた。その後も艦攻を飛ばし続け、疲労を見せたがまだ飛ばせるように見えた。いつの間にか姉とは大きな差が生まれていた。姉も、リ級やル級に多くの攻撃を受けていたように見えたが、艦攻を飛ばす集中力を回避にも力を入れていた。

 

戦闘が終わり、玲司に報告をしている姿。響を抱いて帰る姿。まだまだ余裕の表情。同じ旗艦でありながら、全く違う。その時、瑞鶴は例えようもない劣等感に苛まれた。

 

(自分の方がずっと前から戦ってきたのに…この差は…何?)

 

それを思い出すと、どうしようもない苛立ちを覚えた。勢いよく立ち上がり、服を着替える。朝食は食べないとまたうるさく言われそうだ…。食堂に行くのは自由であるが、できれば一緒に食べよう。そのほうが楽しいから。と言う玲司の言葉を瑞鶴は守っている。エネルギーにもなるし、何よりおいしい食事はやる気も上がる。気乗りはしないが…。

 

廊下を歩いていると前を歩く翔鶴。姉だ。横には腕を組んで歩いている栗毛色の自分と同じように髪を結っている駆逐艦と、髪を結ぶ意味があるのか?と思うくらいちょこんと後ろで髪を結っている駆逐艦。村雨と吹雪だろう。翔鶴を後ろから押すのは時雨か。

 

吹雪を見やり、何やら楽しそうな姉。吹雪も笑っていた。そうか。あの子たちと一緒に寝たのか。駆逐艦にも懐かれ。玲司には空母の代表として選ばれ。妹である自分は随分と置き去りにされているような。孤独感と寂しさを覚えた。

瑞鶴は踵を返し、食堂にも行かず。そのまま弓道場へと向かった。

 

 

弓道場には矢を射る音。そして的に矢が刺さる音が響く。結局瑞鶴は食事もとらず、ただひたすらに矢を射る。神経を研ぎ澄ませ、遠くの的目掛けて何本も。ただ、その精度はあまりよろしくなく、真ん中を穿つものもあれば、真ん中から外れたものもある。

つまり、全然集中できていないのである。ドッとまた矢が的に刺さるが、中心から大きく外れてしまった。

 

「チッ…」

 

誰もいない空間に、瑞鶴の舌打ちが響く。こんな状態ではまるで話にならない。はぁ…と大きくため息を吐くと、戸が開かれた。まさかこんな時に翔鶴が…?それは困る。逃げようかとも思ったが、銀色の髪ではない。人違いのようだ。

 

「失礼します。休憩中でしたか。よかった…練習のお邪魔にならなくて」

 

現れたのは神通だった。手には茶わんや湯気の立ち上る汁物だろうか?お盆を持って入ってきた。

 

「神通さん…?ど、どうしたの?」

「提督が瑞鶴さんにお持ちしろと。お腹を空かせているのではないかと」

 

コトリ、と置かれたお盆。白いご飯。温かい味噌汁。おいしそうな鯵の開き…。見たとたんにグゥ…と瑞鶴の腹が鳴った。クスッと神通が笑った。

 

「召し上がってください。何も食べない鍛錬は体にはよくありません」

 

神通に促され、ゆっくりと食べる。おいしい。味噌汁の温かさが体に染み渡る。ご飯と一緒に鯵を食べる。これまた力が湧いてくるようだった。神通が見守る中、夢中でご飯をかきこんだ。あっと言う間にご飯はなくなった。お茶をゆっくりと飲み干し、一息を吐いた。そういえば水分もとっていなかった。渇きも潤い、落ち着いた。

 

「ふう…ありがとう、神通さん。お腹も膨れたし、練習も頑張れるよ」

「そうですか。それは良かったです。ですが…瑞鶴さんの心は大きく乱れているようですね。その様子では、矢はまっすぐ飛ばないのではないでしょうか…?」

 

ギクリ…と言う音が似合いそうなくらい、瑞鶴の顔が引きつった。図星をつかれ、瑞鶴は神通を睨むかのように見つめた。

 

「ど、どうして…?」

「瑞鶴さんの射る姿は息を呑むほど美しく、そしてまっすぐ飛ぶ。そう翔鶴さんからも聞いております。ですが…先日、翔鶴さんに突如怒鳴ったこと。そして、あの矢の状況。矢を射ることは素人である私でも、目に見えて瑞鶴さんの心が乱れていると見えます」

 

睨むように見つめる瑞鶴に、心惑わすこともなく。冷静に瑞鶴の状況を分析していた。如何なる時であろうとも、神通は冷静であり、自己分析も。そして周囲の状況も把握する。自分が中破しても、決して慌てず状況を見つめる。鋼の精神。そんな神通だからこそ、他人の心が読めるのだろう。

 

「わ、私は別に…そんな、こと…」

「声が震えていますよ。矢を射る、と言うことは心を無にし、迷いを持ってはいけないものと思っています。ですが、今の瑞鶴さんは大きく揺らいでいます。何をそのように焦っているのですか?」

 

「私は別に焦ってなんてないわよ!もういいわ。私の邪魔をするならここから出て行ってよ!練習の邪魔になるから!!」

「……そう、ですね。それは失礼しました。では…私はこれで…」

 

お盆を持ち、神通は澄ました顔で去っていく。それがとても腹立たしかった。人の心を乱しておいて、涼しい顔をして…!!

 

「失礼します。瑞鶴さん、余計なお世話でしょうが…今のままでは、翔鶴さんに敵いませんよ」

 

その言葉に瑞鶴は頭に血が上った。まさしく悩んでいることを真正面から言われ、それを受け止めることができなかった瑞鶴は…

 

「……神通さんに何がわかるのよ!!!うるさい!でてけ!!!」

「………自分で気づかねば現状は変わりません。瑞鶴さん、このままでは出撃さえ…」

 

「うるさいって言ってるでしょ!出ていけ!私に説教なんてするな!!!私の気持ちなんてわかりもしないくせに!!!!!」

 

神通は瑞鶴の剣幕に眉一つ動かさず、戸を閉めて去っていった。その表情が腹立たしい。何がいけないのかなんて自分が一番わかっている。それをズバズバと言われて思いきり激昂してしまった。神通の言っていることは正しいのだ。そして、翔鶴との差も。

 

ああ、情けない…。人の忠告でさえ、このように怒鳴ってしまう自分が。余裕がない自分が…。過去にも言われたな。先ほどの神通と同じように、どんな時でさえ眉一つ動かさず…いや、あの人に感情なんてあったのか?それさえわからない人に。あの鉄面皮。

 

 

「……そんなことでは私の背中は安心できないわね」

「うっさいなぁ!別にあんたの背中なんて守らなくても何とかなるでしょ!?」

 

「…呆れた。本当にそう思っているの?私も、そう余裕があるわけではないのよ。五航戦、今は自分一人が生き残ればいいと思っていてはいけないのよ。自分さえ強ければいい、と言う考えは捨てなさい。貴女に足りないものはそれよ」

 

事あるごとに自分と口論となり、そして最後には言い返せず負ける天敵。一航戦加賀。犬猿の仲であったが、状況が状況なだけに、いつしか背中を預ける戦友となった。自分に足りないもの。それをズバズバと言われては口論となった。

 

誰かを守る強さ。それは加賀にずっと言われていたものだ。そんなことはわかっている。わかっていない。この押し問答で最後にはグゥの音も出ないほど論破され、いつも唸るしかできなかった。

 

今生の別れが来るなど想像していなかった。ついにあの人には口喧嘩でも弓の腕でも敵わなかった。彼女が言う誰かを守る強さ。瑞鶴はそれを理解できぬまま、彼女は海の底へと沈んでしまった。

 

強さと言うのは自分にしかわからない。そして、誰かを守る強さなんてものは結局、自分が強くなければならない。そう思っている。加賀はそうではない、と真っ向から否定したがため、口論になるのだが。

 

「瑞鶴…貴女のその強さは貴女を孤独にする。貴女の考える強さは艦隊を守る、と言っても無意味ね」

「はあ?私が強くなれば、それでみんなを守れるじゃない?加賀さんだってそうでしょ?」

 

「……言っても無駄ね」

 

加賀にため息を吐かれてそう言われた時は本当に頬を平手で打ってやろうかと思ったくらい腹が立った。馬鹿にされて頭にきた。

 

いちいち絡んできては悪態を吐き、自分の強さは間違っていると言う。その度に衝突した。結局、加賀とはそうも言っていられない状況に陥ったため、何も言わずに共に出撃した際は空を守ると同時に、空母がいなくなっては困るのでお互いの背中を守った。

 

「瑞鶴。いつか気付きなさい。誰かを守る強さとは何なのか。いいえ…強さとは何か。貴女にそれを最期まで教えられなかったことが心残りだわ」

「何言ってんの?縁起でもない」

 

「…何も。瑞鶴。皆を…守って頂戴」

 

その時の加賀の顔は、普段の鉄面皮ではなく。どこか悲し気だった。そして、その数日後、彼女は出撃し、帰ってこなかった。この鎮守府の皆の支えであった彼女。もう一人の支えと共に、海に消えたと言う。

 

「う、そ…うそでしょ?あいつがそう簡単に死ぬわけないじゃん!またあの腹の立つ顔で五航戦って帰っていて早々ケンカ売って来るに…」

「嘘じゃない。加賀さんは…長門さんと一緒に…やられたよ」

 

「何で、何で守ろうとしなかったの!?あの二人が死んだら、誰がみんなを守るのよ!」

「あたしにどう守れってのさ!?あたしだって守ろうとした!あたしには長門さんみたいな強力な砲撃はない!!加賀さんやあんたみたいに爆弾を降らせる艦載機もない!!!」

 

「魚雷があるでしょう!?」

「あたし一人の魚雷が何になるのさ!長門さんの戦艦や空母をぶっ潰す砲撃や広範囲を爆撃できる艦載機があって、みんながいてこその魚雷だ!!あんたみたいに独りよがりの戦いしかしてない奴に偉そうに言われる筋合いはない!!」

 

加賀がいなくなった時、同じく出撃していた北上に辛く当たった。戦友と思っていた人が死んだことが理解できず。こんな時に限って出撃の命令がなく、悪態を吐かれたままいなくなったこと。この鎮守府の支えを失ったショック。何も守れず帰ってきた北上。

 

北上は悪くないのに。悪いのはあいつだ。あの汚らしい男。姉を汚し、人形のようにいつも侍らせているあいつだ。あいつがいなくなれば…。そのために死んでなるものか。そう決意したものだ。

今度は北上と激しく出撃において対立した。

 

「何であの時私の指示に従わなかったの。あれのせいで作戦は失敗。大目玉よ」

「結果的に死人がでなかったじゃん。あいつにどやされるだけで済んでよかったっしょ」

 

「旗艦は私よ!命令は私がする!余計なことをして混乱させないでよ!」

「あんたさぁ。旗艦だったら仲間を守ることを考えたら?あんたの命令、あのままじゃ全員仲良く海の底だったね。おーこわ、勝利の為なら仲間なんてどうでもいいんですかー?それがあんたのやり方ですかー?」

 

「何が言いたいの?」

「勝つことが強さなの?あんたって。負けたら弱いの?その強さを手に入れるためなら、くちくがくたばろうが知らないってこと?」

 

「そうは言ってないでしょ!?」

「そう言うことでしょ。あんたの考えはあたしにゃ一生理解できない。次もあんたが旗艦だったとしても、あたしはあたしのやり方で仲間を守る。それだけ」

 

そう言われて本当に好き勝手やられた。そのせいで敵を取り逃がし、あの男に散々怒鳴られ、なじられた。もう信じられない。自分が強くなれば、すぐに敵をやっつけられて、面倒ごとは避けられる。そう思って強くなってきた。

 

強くなるにつれ、増す孤独感。翔鶴は今、駆逐艦に懐かれ、名取や北上とも何か楽しく話をしている。自分はその輪には入れない。扶桑とも会話はするが、戦闘の話や作戦の話しかあまりしていない。姉は一緒に間宮も混じって雑談をしたりしているのに。

 

姉。姉。姉。

 

姉である翔鶴は、前提督がいなくなり、今の提督に救われて毎日、遅れを取り戻すかのように鍛錬に励む。龍驤の厳しい鍛錬にも弱音一つ吐かず取り組むし、弓の腕前も随分と上達した。

そして、まったく戦闘に出てもいないのに任された、空母のリーダー役。自分のほうがずっと前から戦ってきたし、腕もある。それにも関わらず、彼は姉をリーダーとして任命した。大湊の演習でも姉を旗艦として起用した。

 

翔鶴にグングンといろいろと追い抜かれ、置き去りにされてしまっているような焦り。自分が任されない嫉妬。そして、この間の失態。全てにおいて姉に負けているように思えた。それを意識させないためにひたすら矢を射る。無論。その焦りは隠し切れない。

 

「あっ!」

 

ついには的にも当たらず、虚しく地面に矢が刺さる。どうして…どうしてこんなことに!!あまりの苛立ちに、弓を振り上げ…そのまま床に…!!

 

「瑞鶴?」

 

自分を呼ぶ声にハッとなり、慌てて腕を下ろす。今、一番会いたくない人がやってきた。翔鶴。つい今まで、嫉妬の炎に狂っていたあの翔鶴が、やってきた。

 

「翔鶴姉…何?何か用?」

 

ああ、そんな冷たくして…ますます気まずくなってしまうと言うのに、瑞鶴はそう思っても止まらなかった。

 

「もうすぐあなた、出撃でしょう?忘れていないか心配で。ここにいるだろうと思って…」

 

…そうだった。今日は自分が旗艦で出撃する日であった。慌てて準備をしようと思って出ようと思った時だ。

 

「ねえ、瑞鶴。あなた、今何をしようとしていたの?」

「何って…何のこと?」

 

「…弓を高く持ち上げて、どうしようとしていたの?」

「そ、それ…は」

 

「一体、どうしたの?一昨日の出撃から様子がおかしいわよ?」

「何もない…翔鶴姉には関係ない」

 

「……そう。自分の腕でもある弓を、床に叩きつけて壊そうとしていたのに。何もないのね」

 

やはりバレていた。あまりの苛立ちに、弓を投げ捨てようとしていたこと。自分にはこれがなければ何もできないと言うのに。これは、自分の体の一部だと言うのに。

 

「瑞鶴。あなたが何を思って弓を投げ捨てようとしたのか、あなたは話してくれないからわからないけれど…」

「翔鶴姉には関係ないって言ってるじゃん」

 

「……嘘よね。私も関係あるわよね?」

「………それも…ある」

 

「…そう。私も自覚なしに…瑞鶴を追い詰めてしまったと言うことね…」

 

違う…違う…!そんなんじゃない!とは言いたくても言えなかった。弱さを見せることが嫌だった。弱音を吐くことを許さなかった。何も悪くないのに。翔鶴姉は何も悪くない。悪いのは結局、弱い自分なのだ。嫉妬する事しかできない、情けない自分だ。

 

「……翔鶴姉は…悪くない」

 

「…瑞鶴。少しくらい、弱音を吐いていいのよ?自分の中に溜め込んでばかりでは駄目よ。物に当たるくらいなら、私に吐き出してちょうだい。私も関わっているなら。ね?私はあなたのお姉ちゃんなんだから。お姉ちゃんになら、少しくらい。ダメなら…玲司さんにでも…」

 

その姉の優しさが痛い。もっと怒ってもいいだろうに。昨日も暴言を吐いた。今日も姉が悪いとも言った。なのに、翔鶴は困った顔をして、何かあったら頼ってと。甘えてと言う。その優しさが痛かった。そして、その優しさを受けるだけ、自分が惨めになっていった。

 

「……めて」

「え?」

 

「もうやめて…もうやめて!!私に優しくしないで!怒ればいいじゃん!!弓を壊そうとしたことも!翔鶴姉にひどいことを言ったことも!!何でそんなに怒らないで私に優しくするの!?私、私…そんな、そんな優しくされる資格なんてない!!!」

 

「そんなことはないわ。瑞鶴は頑張っているじゃない。弱音を吐かずに一生懸命。でも、それじゃ瑞鶴が疲れてしまう…」

「いいのよ!!私は疲れてもない!!もっと強くなって…強くなってみんなを守るために、私は休んでなんかられないの!!!!」

 

その強い言葉に翔鶴は言葉に詰まった。その言葉に嘘はないと思った。しかし、同時に瑞鶴の求める強さは違うとも。

 

「…その強さは誰のために…?」

「だから、みんなを守るためにって言ってんじゃん!!」

 

「瑞鶴。そんなことでは仲間は守れない。あなた、龍驤さんに何を教えてもらっていたの?」

「は、はあ!?何?いきなり!」

 

「そんな独りよがりの強さでは、仲間は…みんなは守れない。瑞鶴の求める強さは…仲間を守るための強さではないわ」

「………」

 

「私には教えられない。あなたが気づかなきゃ…。過ちに気づかなければ、龍驤さんが言う仲間を守る強さは、一生わからない。瑞鶴、強くなって、命令を忠実に遂行することだけではいけないのよ。それに気づいて…」

 

「…うるさい…うるさい!!私よりも練度が低いくせに!私よりも経験も浅いくせに!私に偉そうに喋らないで!!!!」

 

そう言い終えた瞬間、パシン!と乾いた音と共に頬に痛みが走った。翔鶴が瑞鶴を打ったのだ。驚いて翔鶴を睨むと、翔鶴は目に涙を溜めて打ったままの姿で硬直し、瑞鶴を睨んでいた。怖さはないものの、その見たことのない表情に瑞鶴は固まった。

 

「な、な…」

「……瑞鶴。気付きなさい。あなたのその考えが間違っていること。そして、悔しかったら、私に追いついてみなさい。私は…空母の代表であると言うこと。それを玲司さんに任されたこと、よかったと思っているわ。あなたが選ばれなくてよかった、今そう思うもの」

 

もうここに居たくなかった。何もかもが姉に負けている。こんな惨めな自分を見てほしくなかった。出撃のこともあって、瑞鶴は走って弓道場を後にした。最後に聞こえた翔鶴の声。

 

「瑞鶴!自分から逃げないで!!」

 

その言葉をずっと忘れることができなかった。瑞鶴の受難はまだまだこれから、立ちはだかるのだ。




姉妹喧嘩…と言うほどでもないでしょうが、翔鶴と瑞鶴。何が違うのか?瑞鶴は翔鶴や、かつての戦友の言葉に気づけるのでしょうか?

次回をお待ちください。

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