出撃をするがはたしてどうなってしまうのか…?
大急ぎで執務室に転がり込むかのように駆け込んだ瑞鶴。慌てて弓道場から走っては来たが、何もなかったかのように振る舞う。
「ご、ごめんなさい!」
「瑞鶴、どうした?遅れるなんて珍しいな。大丈夫か?」
「う、うん。何でもない。練習に力を入れすぎちゃって…」
「そうか。大丈夫ならいいんだけど…。よし、じゃあ全員揃ったところで概要を伝えるぞ」
玲司が作戦についての内容を話しているが、頭に入らない。翔鶴に言われた言葉がグルグルと頭の中で反芻される。それと同時に「強さ」とは一体何なのだろうか?と言う疑問が生まれた。ただ自分が弓の腕を上げ、敵を圧倒する。これが強さではないのか?加賀や北上。そして翔鶴。皆が言う強さと、自分が思う強さとは何が違うのか…。わからない。答えは濃い霧に包まれたかのように、どこを探しても見当たらないのだ。
「って、わけだ。いいか?瑞鶴?おい、瑞鶴!」
「えっ!?あ、はい!」
「どうした、ボーっとして。ほんとに大丈夫か…?何なら翔鶴に代わってもらってもいいんだぞ」
「……大丈夫だって!私は何も問題ないよ。任せて、必ず勝って帰って来るから!」
「そうであってくれればいいんだけど、勝ちにこだわって誰かを沈めるような行動は避けてくれよ。いつも通り、命令は死ぬな、生きて帰れだ。撤退が負けじゃないってことだけ、肝に銘じておいてくれよ」
……撤退すると言うことは勝ちではない。逃げると言うことは敗北だ。瑞鶴はそう信じてやまない。強ければ勝ち、負ければ撤退。瑞鶴はそう信じて疑う気がない。これは…そう。安久野の考えをそのまま引きずっているのだ。
(おめおめと負けて帰って来やがって!!!!!使えん兵器共め!!!)
(ほれ見ろ!儂の作戦が勝ったのだ!儂の考える作戦は最高だ!この最強の頭脳を褒めん大本営の馬鹿共は皆クソだ!!!ワハハハハハ!!)
安久野の考えがそのまま瑞鶴の考える強さだと思っている。安久野の手で生まれた艦娘だからこそ、それが徹底して吹き込まれている。自分が強くなれば他の仲間を守れるかもしれんなぁ?と言う言葉を、瑞鶴は疑うこともなく思い込んでいる。
だからこそ、敵中枢のボスを倒さず撤退することは負けであり、恥ずかしいことである。深海響を倒せずに神通や電が負傷した際も、神通や電がもっと気を付けてくれれば…と言う非常に危険な考えを持っていた。
今回こそは…今回こそは勝利を得て、自分が強い。間違っていないことを姉や玲司に見せつけなくてはならない。あんな無様な姿は二度と見せない。そのためなら何としてでも勝つ。瑞鶴の思考はもはや危険な域に達していた。
「雨かよ。ま、さっさと終わらせて戻ってこようぜ」
「そうだね。じゃ、ボクも出撃するね」
「文月ちゃん、がんばろうね!」
「阿武隈さん。いっしょにがんばろうね~」
「はいはーい。村雨も頑張っちゃうからね!提督、応援よろしくね!」
「ははっ、頼んだぜ。村雨」
そう言って村雨の頭を撫でる。それを見た文月が自分もとせがむ。頭を撫でてもらってやる気に満ちた村雨と文月。心なしかキラキラしているようにも見えた。
「いいか、村雨、文月。みんなも。轟沈することは許さない。例え敵を全滅させたって、誰かが一人でも沈んだらそこで負けだ。生きて帰って来て飯食って風呂入って寝ることができてこそ勝ちだ。そこを間違えんなよ。死にそうになったら逃げろ。そして必ずどんな手を使ってでも帰って来い。約束だぞ」
「はーい。司令官。文月たち、必ず帰って来るからね~」
「なーに当たり前のこと言ってんだよ。ま、でもそれが命令じゃあな。ちゃーんと帰って来てやるから、心配すんなって」
「摩耶、頼もしいぜ。よし、出撃!必ず帰って来い!」
了解!と声を揃えて敬礼をする中、瑞鶴だけはその言葉に了解と返さなかった。スタスタと早足で母港へ向かい、準備を始める。強い決意を秘めたような表情だが、その表情は誰が見ても危険と言わざるをえない。
(今度こそ、勝つ!それでみんなで生きて帰ればいいでしょ!見てなさいよ、一航戦。私が強いと言うことを証明してやるわ!)
……
「はあ?隠れ旗艦?」
「そうや。さっき見た瑞鶴は何ちゅうか、上の空どころか自分を見失うとる気がするんよ。何か大失敗をやらかしてまともに指示ができんかったときに、指示する奴がおらんとバラバラになるから、そこで最上、摩耶に指示してもらおうって思うて」
「え、ええ…?そ、そんなに…ですか?」
「瑞鶴の顔、見いひんかった?めっちゃおかしかったけど。出撃させんかったらええやんって思うやろうけど、そうもいかへんのよ…んでな、うちの予想じゃ、瑞鶴は大失敗しよる。その時の瑞鶴次第なんやけど、どうなるかわからへん。まともに指示すらできへんようになると、思う…せやから、そうなった際に、瑞鶴の指示を全部無視して摩耶、最上。あんたらが中心になって動いてほしい」
「そ、それほんとに大丈夫なんですか…?」
「ボクもそんな指示できるほどじゃないですけど…」
「そないなったときに摩耶達が指示を出してもらわな摩耶達かて危ないんや。あいつの無茶に振り回されて、沈んだりしてみい。この鎮守府は終わりや」
瑞鶴が去り、文月と村雨も阿武隈と母港へ向かう際、執務室に引き留められた摩耶と最上。龍驤がとんでもないことを言い出したのだ。旗艦はあくまで瑞鶴であるが、少しでも無茶な指示や危険が発生した際は二人が指示を出せと。
「こんないやらしいやり方はうちも嫌や。せやけど、あんたらの命は戦場ではあんたらが守らなあかんねんで。今の瑞鶴はまともやない。とにかく、うちと玲司を信じて指示して。頼む」
玲司は口をつぐみ、帽子を深くかぶっている。玲司の苦渋の決断、と言うのが見て取れた。嘘か真か。果たして玲司と龍驤の言動をどう取るかであったが…。
「わかった。あたしもみんなで生きて帰るって約束したんだ。犠牲の下の勝利なんてもんは意味がない。あたしはよくわかんないけど、二人がそう言うならそうする。実際その時になってみないとわかんないけどさ」
「…すまん。危険だけどこうするしかないと思った。頼む、最上。摩耶。みんなを…瑞鶴を守ってくれ…」
「わーったよ。そんなシケた顔すんなよ。ちゃんと帰って来っから」
「うん。六人全員で帰ってくる。だから、ボク達を信じて待っててね。じゃあ、そろそろ怒られそうだから行くね」
そう言って最上は玲司と龍驤に手を振って。摩耶も二人を見てニッと笑って出て行った。そうして玲司は大きくため息を吐いた。
「次から次へと問題が降りかかる鎮守府やのう。強さを求めるあまり、自分を見失う、か。自分だけが強うなったらええんとちゃう。あんのクソッタレ、余計なこと吹き込んでやがって」
「…あのヒキガエルの置き土産が多すぎんだよ。瑞鶴も、あいつに捉われたまんまだったってことか」
「それもそうやけど、散々あいつを貶しておきながら、あいつが言い出した強さっちゅうんをアホみたいに信じとってどうすんねんって話。仲間を守るために自分だけが強ければええなんて考えは、ゴミと一緒や。独りよがりの強さは必ず輪の中では足かせになる。最初のころのうちらがええ例やな」
龍驤達もそれぞれが抜きん出た力を持っていたため、協調性がなく、自分で何とかすればいい。と言う考えのもとで行動していた。しかし、それでは誰かが足を引っ張るか、自分が足手まといになるか。誤って妹に爆撃を食らわせたこともあるし、妹から強烈な雷撃を食らって大破したこともある。
自分さえが強ければいい。そう言った際には陸奥も。龍驤も。赤城も。一番ひどかった島風も。こぞって父と呼ぶ総一郎に激怒され、泣きながら姉妹なら、家族なら。もっとその繋がりを大事にしてくれ、と言われたことがあった。
家族がわからないから、と答えれば。家族とは何かと懇々と説明され。そしてたどたどしく家族のまねごとをした。一緒に寝たり、共にご飯を食べたり。最初は意味がわからずに苛ついたり、父に強く当たることもあった。
しばらくするとそれが当たり前になり。妹が。姉がいなくなることに不安を覚え。ならば、守れるように。沈ませないように、お互いに協力することを覚えた。そうして圧倒的な連携力をもってして、多くの勝利へと導いてきた。
(ただ自分が強ければいい、ってもんじゃないのね…)
(こりゃあすごいもん教えられたわ。うちらは最強の姉妹やで!)
そう言った時、父に撫でられた時の温もり。笑顔。全てが忘れられない一生の宝物のようだった。
「個人が強うても、うちらは団体行動がほとんどや。各々の意思や目的がバラバラなら力を発揮できん。一致団結、一心同体やったとしても個人が弱ければ話にならへん。絶妙にバランスが取れてこその艦隊や。それをお父ちゃんに耳にタコができるくらい言われたもんや。今の瑞鶴は個を重んじすぎて輪に入ろうとしてない。強さ、力に固執しすぎて完全に自分を失うとる」
「……ここで気付いて何とか目覚めてほしいもんだけど…」
「さーてね。自分さえよければええっちゅう考えは団体行動では一番あかん考えや。それに気付けるか、それともここで地に墜ちるか。もう一羽の雛鳥は、ちゃんと飛べるんかねぇ」
龍驤は窓から外を見、少しずつ遠ざかり、雨に霞んでいく六人を見ながらそう言った。
/
戦闘地点に着くころには雨も上がり、雲の隙間から陽の光が差し込み、幻想的な世界が広がる。しかし、ここは敵地。感慨深く空を眺めている暇はない。
「そろそろ戦闘海域よ。各自、戦闘準備!」
瑞鶴の言葉に全員が表情を引き締める。戦闘初参加の文月。そして久しぶりの戦闘になる村雨と阿武隈。緊張した面持ちで武器を手に、戦闘態勢。
摩耶は空を見つめ、対空砲と機銃を構えている。いつでも敵の艦載機を叩き落とせるように。最上は飛ばした偵察機に集中している。無言。ピリピリとした緊張感が辺りを包む。
「敵、見つけたわ!みんな、用意して!!」
瑞鶴が叫ぶかのように言う。最上が瑞雲をカタパルトにセット。瑞鶴は矢を弓につがえる。
「瑞鶴!?艦戦は出さないのかい!?持ってきてないわけじゃないだろ!?制空権を放棄する気!?」
(先手必勝で空母を潰せばいい!艦戦と同じくらいのスピードが出せるこれなら!!)
「ばっかやろ!!!阿武隈達!!空からの攻撃が来るぞ!」
このままでは敵の艦戦に空を押さえられてしまう!
「第一次攻撃隊、発艦始め!!!」
そうして瑞鶴は上空に矢を放つ。瑞鶴は最上の声も聞かず、そのまま艦爆だけを発艦。まさか、艦爆しか積んできていないとは思ってはいないが、何を思ったのか艦爆だけをまず先に発艦させてしまった。
「馬鹿かお前!!!!あっちにゃツ級がいんだぞ!!!」
「えっ!?」
「提督の話聞いてなかったのかよ!!!!対空に特化したツ級が複数確認されたって言ってたろうが!!!早く艦戦も飛ばせ!!!」
摩耶が怒鳴る。全くそんな話は聞いていなかった。さらに、意識が逸れてしまい本来のスピードが出せないでいる艦爆隊。それにより、対空に特化したツ級により多くの艦爆が撃ち落とされていく。
「あ、ああ…!!」
「何してる!早く艦戦飛ばせって言ってんだろ!?」
事態の重さに気が付いた瑞鶴が慌てて艦戦の矢を構える。
「くっ、ごめん!ボクの瑞雲だけじゃ無理だ!瑞鶴早く!!」
「え、ええ!?ど、どうすればいいのぉ!?」
「文月、こっちだ!村雨達もあたしの側にいな!!クソが!やらせるかよ!最上!もう少しだけもたせてくれ!!」
「わかった!くぅ、きっついなぁ!!」
慌てて駆け寄る阿武隈達。敵の艦載機が近づいている。早く…早く撃たなきゃ間に合わない!
瑞鶴が動揺を隠しきれず、慌てて矢を放とうとした結果…。
「あっ!?」
うまく矢が放たれず、艦載機になる前に海へと墜ちた…。ボチョン!と言う音と共に虚しく矢が海面に浮かぶ。
「ず、瑞鶴!?摩耶、ごめん!もう無理だ!!」
「下がれ最上!てめえらの好きにさせてたまるかよおおおお!!!!」
(ちくしょう!提督と約束したんだ!みんなと帰るって!だから…だからあたしは、空から来る敵に負けてらんねえんだよ!!!!)
「うおおおおおおおおお!!!!全部叩き落としてやらああああああ!!!!」
摩耶がそう叫んだ瞬間、摩耶が青白く光り輝いた。その光は、新たな力を得る際に見せる光。それがいつあるかわからない。資格を持つ者だけが得る光。このように極限状態で起きることもあれば、演習中に起きることもある。
さらなる力を見せつける「改二」の光。摩耶はそれに包まれた。そして、光が収束していくと、摩耶の艤装はハリネズミのように天を仰ぐ機銃。そして対空砲。ブルーの服はエメラルドグリーンのようになり、服装すら変わった。防空巡洋艦 摩耶「改二」!
目を閉じていた摩耶が勢いよく目を開き、天を仰ぐ。そして迫りくる敵艦載機に全対空砲、機銃の照準を合わせる。
「うおおおおおおおおらああああああああ!!!!!!」
ダララララララ!!!!と凄まじい音をあげながら、対空機銃が火を噴く。それと同時に対空砲も一斉に射撃する。まるで摩耶の対空砲撃に吸い込まれるかのように艦載機が巻き込まれ、墜ちていく。しかし、機銃と対空砲の数が今までと違いすぎて僅かながらに反応が遅れる。
「くっそ!!!最上!わりい!あたしは艦載機相手にすっから他任せた!!阿武隈!村雨!文月!お前らも頼む!」
「わかった!よし、阿武隈!ボクと一緒行くよ!村雨も!一気に攻める!!」
「まかせて!阿武隈もいきます!」
「文月ちゃんは瑞鶴さんと!村雨、阿武隈さんのサポートに入ります!」
「文月の本領、発揮するよぉ!!」
「さあ来やがれ!防空巡洋艦、摩耶様の力を見せてやるぜ!!瑞鶴!ボサッとしてねえで…おい瑞鶴!!!」
瑞鶴は弓を抱きかかえたまま佇んでいた。自分が考えていた行為がうまくいかなかったこと。そして、まさかの矢を射損じたこと。頭が真っ白になり、何も考えが思い浮かばず、何もできない。
自分は…自分はこんなにも弱かったのか。これしきのことで。これしきのことで、自分は姉に勝っていると思っていたのか。なんて思いあがりだと。空母の補助としか思っていなかった最上にも助けられ。一体…一体自分が求めるものは…何だったのだろうか?
「ボサっとしてんじゃねえ!!空母なら空母の役目を果たせ!!空から仲間を守るのがお前の役目だろうが!!!」
摩耶に背中を思いきり叩かれる。しかし、瑞鶴は動けなかった。もう何もわからない。少し離れたところで文月が村雨達の援護射撃を行っていた。その文月にさえ、瑞鶴は負けていると思った。一歩も引かず、砲を撃つ文月。それに引き換え自分はどうだ。何もできないじゃないか。放った艦爆は半分近くがツ級にやられ、満足に指示も出していないから、爆撃もうまくいかず。こうして…文月や摩耶に守られ…自分は…じぶん…は。
「文月!いいぞ!うおっ!?やばい、気をつけろ!!回避に集中しろ!!瑞鶴!おい、聞いてんのか!?」
敵の砲撃が迫っていた。最上達も攻撃をしているが、ル級としても空母が脅威と察知したのか。それとも、先ほどの艦載機による攻撃で大したことがないと判断されたからなのか。重い攻撃が瑞鶴や摩耶を狙う。
回避をすることもなく、瑞鶴は矢をつがえ、そしてまだ残っている艦爆隊の矢を放つ。
(私は、負けるわけにはいかない。勝たなきゃ…勝たなきゃ!!勝って…強くならなきゃいけないのよ!!)
何とか艦爆隊を敵の下へと飛ばし、爆撃を行い敵を一隻撃破。しかし…。
「きゃああああ!!」
「瑞鶴!!!」
邪魔をされた。被害はないが至近弾で僅かながらに甲板を損傷。全くと言っていいほどの傷であったが、瑞鶴は前回の戦闘で甲板をやられたことに強い抵抗があったために、またしても頭が白くなる。
「ひっひっひっひっ…」
「瑞鶴?おい、瑞鶴!!しっかりしろ!」
弓を抱え、泣きながら震える瑞鶴。もうわからない。何も、わからない。艦載機の飛ばし方も。どうやって動けばいいのかも。何をすればいいのか、わからない。
「くっそぉ!提督、提督!撤退したい!瑞鶴が役に立たない!」
『わかった。すぐさま撤退しろ。俺に許可は求めなくていい。どんな指示を飛ばしてでも撤退しろ』
「助かる!最上!阿武隈!村雨!聞こえたか!?撤退するぞ!こっちだ、急げ!文月、こっちへ!」
「わかった!ボクが気を引くから阿武隈は村雨と摩耶のところへ!」
最上が強敵を引きつけ、その隙に阿武隈と村雨が最上を援護しながら引く。最上も回避に力を入れつつ砲を撃ちながら後ろへ下がる。
「最上さん!!!」
阿武隈が叫ぶと同時に魚雷を発射。村雨も続く。そのさらに後ろから懸命に文月が敵の攻撃を逸らせようと撃つ。魚雷は最上の横をすり抜けて向かっていった。魚雷に気付いた敵主力部隊が回避行動を取る。その隙に速力を上げ、摩耶達と合流。
「摩耶!」
「ああ!おらよ、もう一発魚雷だ!食らいやがれ!!」
「いっけえええええ!」
最上と摩耶の魚雷。文月も真似して撃っていた。反対に阿武隈と村雨が砲撃。波状攻撃に深海棲艦側は身動きが取れない。回避を終えた頃には命中が難しい距離にあったが、それでも沈めようと戦艦タ級が重い音を放ってなおも砲を撃つ。
砲弾が降り注ぐ中、いつの間にか村雨が額から血を流し、顔の半分が血に染まっていた。
「村雨!?大丈夫!?」
「は、はい!かすっただけです!戦闘は続行できます!」
「もうすぐ離脱できるから!踏ん張って!」
「はい、最上さん!」
最上が敵には届かないだろうが応戦。摩耶は艦載機が追ってこないか空を睨む。阿武隈と文月は瑞鶴と両腕を組んで引っ張っていく。
「瑞鶴さん!しっかりしてください!んうぅしっかりしてくださぁい!」
阿武隈の声も聞こえず、ただただ弓を抱えて固まっていた。迷子で怯える子供のように…。
/
摩耶の怒鳴りつけるような撤退許可の要求からしばらくして、再び摩耶からの通信が入った。
『全員無事だよ。村雨が被弾して流血してるけど、大破とかじゃない。中破もないし、ま、油断せずに帰るよ』
まずこの報告に玲司も大淀達も安心した。村雨と瑞鶴が小破のみ。戦艦等がいた中では無事に済んでよかった。とにかく、全員無事と言うことで安心した。
「わかった。うまくやってくれたよ。最後まで気を抜かずにな」
『了解。待っててくれよな。じゃ、敵に気付かれる前に無線終わり』
プツリと無線が切れ、大きく息を吸っては吐いた。
「司令、このままでは…」
「ああ…残念だけど…このままじゃな…」
「あかん…かったかぁ…」
龍驤がうなだれる。玲司も何かを覚悟したような表情だった。何のことかは大淀も、鳥海も理解している。重苦しい雰囲気。もうこの執務室のメンバーの答えは決まっていた。再び、何かを察したのか晴れ間が見えていた空は重く雲が垂れ込め、再び冷たい雨が降り出した。
/
母港に戻ってきた瑞鶴達。雨に濡れ、髪は顔に張り付き寒々しい様子だったが、摩耶がそれを吹き飛ばすかのように勢いよく敬礼をした。
「提督、約束通り戻ってきたぜ。みんな無事!」
「おかえり、摩耶。みんな。まずは風呂に入ってよーく温まってきな。最上も、阿武隈も。村雨も。文月も。そして、瑞鶴も」
玲司が瑞鶴の名を呼ぶとビクッと怯えたような目で玲司を見た。今まで見てきた瑞鶴とは別人のようだった。自信満々で。勝ち気だった瑞鶴の姿はどこにもない。
「ほら、行こうぜ。あたし艤装外したら寒いし。うう…へっくち!」
「ああ、瑞鶴。風呂から上がったら執務室へ来てくれ。ゆっくり入ってていいからさ」
コクリ…と弱々しく頷いた。とぼとぼと去っていく瑞鶴。その姿には大淀も、間宮も不安を覚えるほどであった。
……
風呂から上がり、服を着替え直して執務室へと向かう。一体何を言われるのか。以前のように怒鳴られ、なじられ、何か罰を与えられるのだろうか。何もできなかった。怒鳴られて当然だろう…次で挽回したい。そう言おう…次こそはきっと…。
ノックをし、入室を促されて中に入る。部屋には玲司と龍驤がいた。玲司は真剣な目つきで。龍驤は下を向いて表情がわからないが、壁にもたれかかっていた。大淀はいつもと違う玲司と龍驤の雰囲気に飲まれ、困惑している様子だった。
「瑞鶴、来ました。提督さん。私に用事って、何?」
「瑞鶴…うん。お前に命令を出そうと思ってな…」
「命令?次の作戦の何か?」
「いや、そうじゃない…」
煮え切らない。けど、その玲司の口から出るであろう自分への言葉は、とても不吉なものであると直感した。嫌だ、聞きたくない。逃げ出したい。やだ…やだ…。足が震える。喉が緊張のあまり渇きすぎて痛い。怒鳴って。それなら耐えられる。しかし、玲司の口から出た言葉は瑞鶴にとっては特大の爆弾のようだった。
「瑞鶴。命令を下す。お前は当分の間、出撃を一切禁じる」
瑞鶴は目の前が真っ暗になった。