無気力、うざいと言いながらも奥に秘めた熱い心と優しさを持った北上の苦悩。それを玲司は和らげてあげれるのだろうか?
(どうして…どうして妹が死ななきゃならなかったんですか!?北上さんの盾になれだなんて!!)
(あたしに言われても困るよ。それが提督の命令だったんでしょ?)
(なっ!?なんで、なんでそんな冷たくできるんですか!?守ってくれたんでしょう?)
(………)
(返してください…。そんなことなら妹を返して!!北上さんが死んであの子が生きて帰って来てくれればよかったのに!人殺し!!この死神!!あいつと一緒よ!)
(…話終わった?あたし次も出撃があるから補給したいんだよね。悪いんだけど時間なくて。じゃあね)
(待て!逃げるのか!?ううう…死ね!!!死んじゃえ!!)
……
ボロボロのカーテンから差し込む光で目を覚ます。幸い寝床は昨夜から暖かい布団と毛布に変わったので寒くなく、ゆっくりと眠れた。時刻は0700。二ヶ月前だととてつもなく嫌な目に遭うところだった。一ヶ月出撃なし、好きな時に寝て好きな時に起きろ、と言う昨日やって来た提督のおかげだろう。もそもそと布団から這い出る、重雷装巡洋艦 北上
「さむっ…おはよ、大井っち。みんなもおはよ。ふぁあ~」
はんてんを羽織ってのそりと部屋を出た。机の上にはかつての戦友。重雷装巡洋艦 大井と書かれた文字が立てかけられた写真立て。壁にはびっしりと艦の名前が書かれた札が一枚一枚、画鋲で留められていた…
……
(まーた嫌な夢見ちゃったなぁ…今日のは強烈だったや)
あの気持ち悪い男が消えてからほぼ毎日のように見る夢。延々と沈んでしまった艦娘の姉妹に罵られる夢。当然の報いなのだろう。私は自分が死ぬまで、この夢と付き合わなきゃいけない。耳に彼女の悲痛な叫びが残っている。結局、この自分を死神と呼んだ子も、数日後には海の藻屑となって消えた。そうするとまた別の妹に清々したでしょう?と言われた
そんなことあるもんか。そんなわけ…
「うぐっ…オロロロ!!ゴハッ!!」
胃は空っぽで。当然苦い胃液しか出るはずもない。しかし、胃は激しく痙攣しそのまま中の臓物を全て吐き出して、死ねと言わんばかりに北上を嘔吐させる
「はぁ…はぁ…死ぬもんか…あの子たちの分まで…」
最悪の朝。北上の朝は毎日目覚めずにそのまま死んでいれば幸せに逃げれるのにな…と思うほど憂鬱な時間の一つだった
/
食堂に行くと間宮が鼻唄を歌いながら米を炊いていた。とりあえず、まだご飯はできていないみたいだったので、先ほどの嘔吐の気持ち悪さをどうにかしたかったので、コップに水を入れて飲み干す
「あら、北上さん。おはようございます。まだご飯ができていなくて…すみません、寝過ごしてしまって…」
「間宮さんおはよー。まー、提督がゆっくり寝ろって言ってたからいいんじゃない?提督もまだ起きてきてないみたいだし」
「ふふ、そうですね。ご飯が炊けたら、卵でもかけて召し上がりますか?」
「おー、いいねー。噂に聞く卵かけご飯ってやつだね。いいじゃんいいじゃん♪」
昨日からあのゲロマズの即席のご飯ではなくなり、提督が持ってきた大量の米を食べることになった。食堂には米のいい匂いが広がる。体は正直だ。くぅと何かをよこせと胃が鳴った
「お、おはようございます…わあ、いい匂い…」
「まあ、名取さん!おはようございます!名取さんも食べますよね?お米ですよ!」
食堂におそるおそるやってきたのは長良型軽巡洋艦名取。気が弱く、おどおどした小動物みたいなところがかわいい、どこか守ってあげたくなるような子だ
だが、彼女こそがこの鎮守府の先行きを変えた艦娘なのだ。気は小さいがやるときはやる。そんな芯の強さを持つ艦娘なのだ。事実、戦闘でも決して怯まずに敵に立ち向かい、敵を殲滅する屈指の強さを持つ
(あたしは逃げるだけ。名取は強いよね…)
「北上ちゃん、おはよう。北上ちゃんが、珍しいね」
「おっはー。んー、そりゃあまともなご飯が食べれると聞いて、引きこもってらんないっしょー」
「北上ちゃん…」
名取は一瞬でその言葉を読み取った。今もなお、駆逐艦 電と共に巡洋艦寮に閉じこもり、頑として新しい提督に逆らうと決めた。姉と、仲間たち。悲しげな顔を浮かべていた
「ごめん、名取。今の忘れて」
「ううん…五十鈴姉さんや摩耶さん…どうしてこうなっちゃったのかな…」
「…仕方ないよ。あたしのせいだかんね」
「そんなことないよ!北上ちゃんは…精いっぱい、頑張ったよ!五十鈴姉さんも、駆逐艦のみんなも知らないだけだよ!北上ちゃんのこと!じゃなきゃ、お部屋のあれ」
「やめてよ!それは…言わないでよ…」
「でも、話すんでしょう?司令官さんに…」
「……わかんない…わかんないよ…もし、それを言って…捨てられたら…」
「昨夜言ってたじゃない!きっと大丈夫だって!北上ちゃんが信じられるって言ったんじゃない」
…ああ、名取はやっぱり優しいなぁ。こんな自分を捨てずにまじめに話を聞いてくれる。だから持ち掛けたんだ。バレたら全員が終わりの賭けを。名取ならきっと成功させてくれると
「ふぁああ…おはようさん…。お、何だか初めての顔がいるな」
唐突に。彼がやってきた。提督だ。頭をぼりぼりかきながら、やたら眠そうに
「は、はひ!名取と申します。司令官さん、お布団ありがとうございました。温かくてとてもよく眠れました…」
「おう。長良型の名取だな。そっかそっか。気に入ってくれたのなら何よりだ」
提督が名取の頭をなでると名取は蒸気でも吹き出しそうなくらい顔を真っ赤にしてはわはわしていた
「し、司令官さん!?はわ、はわわわ!!」
「はっはっは。さ、朝飯作るか!間宮、さんきゅーなー」
「は、はい。頑張りました!玉ねぎを切ってサラダでもお作りしましょうか?」
「いいねぇ。俺はまた卵料理さ」
玲司と間宮が料理にとりかかってしばらくして、白露型の駆逐艦がやってきた
「おっはようございます!」
「おはようございまーす」
「おはようございます」
「あーうるさいのがきたー。朝からきーきーうるさいよぽいぬちゃん」
「えー?夕立うるさくないっぽい」
「はいはい。もうご飯できるらしいから座って待ってな」
気だるそうに着席を促す。北上の向かいに座る三人。夕立はごっはんーごっはんー♪と待ちきれない様子だ
「村雨ー。えらく髪の毛気合い入ってんねー。時雨はなに?コロンでもつけた?梅の匂いがちょっとするけど」
「えっ…よ、よくわかったね…」
「えっへへ。わかっちゃいましたか?ちょっとおめかししちゃったんです♪」
「ふーん。うまいこと顔の傷も隠れてるし、いいんじゃない?時雨はちょっとつけすぎ。もう少し減らしたほうがいいんじゃない?ってかよく隠し持ってたねそんなの」
「北上さんすごーい!時雨に言っても聞かなくてー。つけすぎって。もう、提督にアピールする人が増えて困っちゃう!」
「む、村雨。何を言ってるんだい…僕はそんなアピールだなんて…」
「えー?提督、喜んでくれるかなって言ってたじゃない?」
「む、村雨!ご飯、そろそろできるよ!」
きゃいきゃいとじゃれあう時雨と村雨。明るくなって…そうだ、もともと村雨は明るくてみんなを励ますムードメーカーだった。時雨は控えめだけど仲間を取り持ってうまいこと調律ができていた。夕立は率先して危険な役目を請け負いながらも明るくて村雨と同じく、場を和ませることができる子だ
一年前、時雨と村雨は重傷を負った。前の提督が放置したせいで地獄のような日々だっただろう。傷は残ってしまったようだが、よかった。また笑いあえる時がきたんだ。と少し頬が緩んだ
「ふふ。北上ちゃん、笑ってる」
「は?何言ってんのさ。あたしがそんなわけないでしょー」
「もう。素直じゃないんだから…でも、よかった。こうしてぼんやりご飯が食べれて、笑いあえる日がくるなんて」
「それは名取のおかげだよ。名取が命を賭けなきゃ今もまだ地獄さ」
「その背中を押してくれたのは北上ちゃんだよ。北上ちゃんが持ち掛けてくれなかったら、私もダメになってたよ…」
「……せめてもの罪滅ぼしだよ…名取だからこそ言うけど。あたしを守って死んでいったあいつらと…大井っちのために」
(北上さん。私はもうダメですけど…北上さんはまだ生きていられます…ね)
(嫌だ!あたしを置いていかないでよ!あたし、あたし…大井っちがいないと何もできないよ!部屋の片づけだって…髪を乾かすのだって!戦うのだって!!)
(北上さん…うれしい…でも、ごめんなさい…。あなたを置いていってしまうのが…とても心残り…ああ、北上さんを守り抜けたのなら私は本望よ…)
(やめてよ!!そんなこと聞きたくない!お願い…行っちゃやだよ…大井っち!)
(北上さん…どうか、北上さんが幸せな生活を送れますように…それさえ叶えば私は…わた、し…は…)
(いやああああ!!いやあああああああ!!!)
……
「ほあああああ!!!申し訳ありません!!寝過ごしました!!!」
突然の大声に現実に戻される。髪も寝ぐせでぼさぼさ、スカートも慌ててはいてきたのか、パンツに巻き込んでしまって丸見え。上は着忘れてキャミソール。とてつもなく慌てて飛んできた大淀だった
「お、大淀ちゃん!?だ、ダメだよ!そんな恰好!?」
「おー、こりゃ提督は朝からラッキーだねぇ」
「わ、わあああああ!??!!!!???」
「あははははは!!!大淀さんおもしろーい!!」
「うわあ、やっちゃったね…」
「あ、あはは…あれは…」
「あーうるさいなーもう」
そう言いつつもまた北上は笑っていた。何気ないこの慌ただしさが今までになかったもの。この平和が北上にとっては極上の嬉しいものであった
/
「あー、とりあえずここにいる奴にだけでも挨拶しておくぞ。俺はここの鎮守府を任されることになった三条 玲司だ。階級は大尉。元コックだ。できる限り俺もいい食事を提供できるように厨房に立つつもりにしてるから、よろしく頼むな」
簡単な自己紹介が終わり、ぱちぱちと拍手が響く。間宮も名取も、北上も。時雨も夕立も村雨も笑顔だった。一人だけ顔を真っ赤にし、もう消えてしまいたい…とブツブツ言っている大淀は除いて
「で、だ。このままだと本当に三食オムライスになりかねないから、近くの商店街で今日は食材を買って、何か別のものを作りたい。それと、前の提督のいらない私物を金に換えてみんなの下着や寝間着をもう少し用意したいから、誰かに付き合ってもらおうかな」
「はいはーい!私いきたーい!」
「ぼ、僕も。村雨が何かされないか心配だから…」
「と言いながら提督とお出かけしたいんでしょー?」
「ち、違うよ!ほんとだよ…」
「夕立もいきたいっぽーい!」
「オーケー。んじゃ、お前ら三人と。北上、お前も付き合ってくれ」
「え?あたしー?」
「そ、年長者ってことで付き合ってほしい。大淀は大本営との連絡係と万一の場合の待機係ってことにしたい。名取は怖いらしいから、大淀とお留守番」
「もーしょうがないなー。なんかおごってよー?」
「はいはい。わかりましたわかりました。んじゃ、準備ができたら正門に来てくれ。よろしくな」
/巡洋艦寮
突然のお出かけに少し嬉しい北上。さっそくちゃんといつもの服に着替えて準備は完了
「じゃあ、ちょっと行ってくるね。大井っち。みんな」
いつものように、挨拶を交わして部屋を出る。決して「いってらっしゃい」とは返ってこないが
外へ出るために出入り口に向かうとそこにはものすごい目つきでにらみつける二人の姿があった
「摩耶と五十鈴か。何か用?あたしこれから出かけるから忙しいんだけど」
「提督とお出かけか?はっ、ずいぶんと仲良くなったんだなぁ?」
「だから何?うらやましいの?だったら提督に言えばいいじゃん。自分たちも連れてってって」
「あんた、本気でそう思ってるの?五十鈴たちが提督にどうしていくかを聞いたわよね?」
「あー。死んでも従わないってでしょ?名取が悲しんでたよー。姉さんがこんなこと言ってーって」
「昨夜何かをあんたの部屋で話してたんですってね?あんたが名取に余計なことを吹き込まなきゃ提督に名取は取り込まれなかった!!返してよ!名取を!」
「…何を言い出すかと思ったら呆れるね。名取はもともと自分の意志で提督と仲良くしよう。信じようって言いだしたんだよ。まず真っ先にあたしにそう言ってきた。
何でもかんでもあたしのせいにしないでよ、鬱陶しいな。あたしにキーキーいう前に名取に聞いてみなよ」
「はっ、結局そう言うように仕向けさせたんだろ?お前はいつだってそうやってのらりくらりと、むかつくんだよ」
「そうよ…名取がああなったのも、鬼怒や長良姉さんが死んだのも、全部あんたのせいよ!」
「だとさ、北上…!?」
摩耶と五十鈴の血の気が引いた。凄まじい殺気で二人を威圧する北上。その目は戦場で敵を本気で屠るときの目だった。魂を吸い取るのではないかと言うほど、その黒い眼には光が入らない。じり、と摩耶も五十鈴も一歩牽いた
「もう終わり?あたし提督待たせてるから…どけ」
「ぐっ…おい待て、てめえ…!」
「…この…この死神…!」
「……勝手に言ってろ、グズ」
まだ何かを言っていたような気がするが、聞こえないようにして速足で正門へ向かった
(あたしのせい?死神?ふん、今更…今更そんな言葉で…そんな言葉で…!)
涙が出る。泣くな…泣いてはいけない。自分は泣く資格なんてない。でも…
(でも、もう疲れたよ。大井っち。みんな…甘えて…泣いてもいい、かな…)
その心からの悲鳴は。冷たい冬を間近に控えた風に舞う木の葉のように虚空へと消えた…
(助けて…助けてよ…玲司提督…)
摩耶と五十鈴は今はこうですが、必ず幸せにします。五十鈴と摩耶嫁の提督さん、申し訳ありません
これ、タグに轟沈描写ありって入れといたほうがいいですね…
北上の前編になります。写真立てと壁一面に貼られた紙の真意は次回明らかにします
お気に入りに登録してくださってる方々、評価を付けていただいた方々。本当にありがとうございます。励みになります
コメントに感想をくださった方もありがとうございます。意見を下さった方につきましては、可能な限り改善していくようにしていきます。長々とした話になりそうですが、読んでいただきましたら幸いです