提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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新章突入というほどでもありませんが、新たに艦娘も登場し、横須賀以外の艦娘の心の傷を癒やすことに奔走するようにしていこうと思います。新たな仲間?が横須賀に加わる予定ですが、一筋縄どころの話ではない事態になっていきます。

それでは始めていきます。


第五十一話

妙な胸騒ぎがする。こう思ったときは大体碌でもない話が舞い込んでくる。舞鶴に着任して十年。一年に数回はこの妙な胸騒ぎを感じると、面倒な話がやってくる。確信はあった。

 

「親父、どうした?疲れたか?」

「いや、違うな。この顔は面倒事が来そうな時にする顔だ。どうした父上?」

 

そう言って声をかけてくるのは、妻もいないと言うのに突然できた娘。球磨型軽巡洋艦五番艦「木曾」。陽炎型駆逐艦12番艦「磯風」。共に原初の艦娘であり、長い長い付き合いの娘だ。

 

「ああ、磯風の言う通りだ。妙な予感がする」

 

「マジかよ…親父の嫌な予感はマジでめんどくせえんだよな…」

 

「だが、そのおかげで舞鶴には救われた艦娘も多いぞ。一概に面倒とは言えない。新たな強力な仲間を増やす機会でもある」

 

木曾はめんどうくさそうに頭を掻き、磯風は面倒事を歓迎するような口振りである。

二人で盛り上がる二人をよそに、虎瀬龍司は磯風がいれた茶を飲む。渋さの中にほのかに漂う甘味から、なかなかいい茶を選んだな、と感心した。意外にも彼女は繊細であり、料理を作らせれば舞鶴鎮守府の中では1、2を争うほど上手い。

 

木曾は慎重派であり、細かい。それだけに、熟考を重ね、数多くの無理難題と言われた任務をこなしてきた頭脳派である。意外にも熱くなりやすい原初の艦娘の姉妹のクールダウン役であり、舞鶴の艦娘のまとめ役である。舞鶴の艦娘からは「リーダー」や「キャプテン」と呼ばれて親しまれている人望の厚い人柄である。面倒なのは大本営の古井司令長官から虎瀬宛てにやってくる依頼であり、ほんとに木曾曰く「めんどくせえのばっかり」であり、頭を悩ませている。

 

結局は舞鶴の為でもあり、そして艦娘の為でもあるのだがとにかくめんどくさい。虎瀬がこういった時は大体「死ぬほどめんどくせえ」依頼が舞い込んでくる。それを木曾が大体考えて動かねばならないので面倒なのだ。磯風は戦闘に関しての考え方やセンスは飛び抜けていいのだが、ブレインとしてはてんで使えない。

 

「木曾姉さんが何を言ってるのかさっぱりわからん。もう一度説明してくれ」

「もう10回も説明してんだけどな!」

 

駆逐艦でさえ1回で理解するところを10回説明してもわかってくれない妹。疲れ果てた頃にようやく

 

「おお、なるほどな。わかったぞ」

 

との返事が入る。これには木曾も時に熱を出して寝込むほどである。そして厄介なのがもう一人。果てしなく我が道を行く我が姉。

 

「父ー!父ー!総一郎から手紙が来ておるぞー!」

「ああ、やっぱり総一郎の叔父貴からだぁ…」

 

「んお?どうしたのじゃ木曾。腹でも壊したかの?」

「ちげーよ。姉ちゃんが持ってきたそれ。叔父貴からだろ?厄介なこと書いてあんじゃねえのかって頭いてえんだよ…」

 

「なーんじゃ頭痛か!頭が痛いときはほれ、これじゃ!」

「くっせ!!!それ正〇丸じゃねえか!!!」

 

「なんじゃ、違うのか?これがあれば痛みは一発で治るんじゃないのかえ?」

「ならねえよ!!姉ちゃんと一緒にすんな!!!」

 

「き、木曾さん落ち着いてください…姉さんですから…」

「お前もそれで済まそうとすんじゃねえよ!むしろその薬持って来させるなよ!この間も子日が筋肉痛だっつってんのにそれ飲ませようとして大泣きさせたんだからな!」

 

「と、利根姉さん…そのお薬はお腹が痛くなった時に使うものですよ…」

「嘘を言うでない筑摩。我輩はこれでなーんでも治るんじゃ!この薬は最高の薬じゃぞ!」

 

姉、利根と同じ利根型二番艦の筑摩がもめている。ややこしいが、木曾にとっては原初の艦娘としての姉であり、筑摩は同型艦の姉であるが故に姉さんと呼ぶ。このややこしい状況は、舞鶴の皆はすでに慣れたことであり、何とも思っていないが…。

 

「利根。奴からの手紙を。木曾、お前も落ち着け」

 

「お?そうじゃったそうじゃった。ほれ、父」

 

利根から手紙を受け取った。総一郎の名が書かれた紫色の封筒。これは自分に頼みごとがある時の封筒だ。どうでも良い封筒は白。招集は赤。重要度としては紫が最上級である。手紙を取り出し、読むこと数十秒。ただでさえ厳つい顔の虎瀬の表情がより険しくなっていく。

 

利根と磯風はきょとんとした顔で虎瀬を見る。木曾はもはやその顔で察した。とんでもなくろくでもない内容で、また自分が行動に出なきゃならないと悟ってため息を吐いた。

 

「木曾」

 

「はいよ。もうその色の封筒と親父の顔でわかった。面倒ごとだろ」

 

「……読んでみろ。今すぐにでも捨てたくなる内容だ」

 

「はいはい…なになに?」

 

読んで数秒で木曾の左目が怒りに燃えた。わなわなと手を震わせ、すぐにグシャリと手紙を握りつぶしてしまった。

 

「またかよ。何でこう、人間ってえのは学習しねえんだろうな?頭ン中が見てみてえぜ」

 

「なんじゃったんじゃ?父も木曾もそんなに怒って」

 

「かいつまんで話をするなら、過去に玲司がされていたことと同じようなことをする研究所を新たに見つけた、だ」

 

虎瀬のその言葉に利根も磯風も目の色が変わった。

 

「父。我輩も行くぞ」

「父上。もちろん私も連れて行くのだろうな?駄目だと言っても、私は行く」

 

「そう言うと思ってたよ…」

 

とりあえず利根と磯風を落ち着かせる。この二人は自分が止めないと、ひたすら暴走してしまう。おそらく、これから向かう所にあるとある施設を廃墟どころか瓦礫の山にするまで止まらないだろう。そのほうがまずい。この二人の手綱は、筑摩や浦風達ではどうにもできないのだ。原初の艦娘である陸奥か、木曾でしか無理だろうと言われている。陸奥はこれまた、大本営で(主に食べ物で)暴走しがちな赤城、川内、島風の手綱役だ。時々陸奥と頭を抱えて心底疲れたため息を吐いたこともあるくらい、姉妹は暴走する者が多い。

 

「私設の研究所で何をしているかと思えば…艦娘の人体実験のようなものは禁じられた。俺や総一郎が徹底的に訴えかけたんだがな。筑摩、伊勢を呼んで来い。伊勢とお前にも付き合ってもらう」

 

「わかりました。すぐに」

 

一大事と悟った筑摩は小走りで部屋を出て行った。木曾がもう一度クシャクシャになった総一郎の手紙のしわを伸ばし、読み直す。虎瀬は受話器を取り、電話をかけだした。

 

「……俺だ。ああ、それで。どこまでやればいい?瓦礫にしてやるなら簡単だが。チッ、そうか。ああ。四宮達第一部隊に動いてもらう。青葉?ああ、同行するのだな。わかった。保護したのはどうする…?玲司に?そうか。行って状況を見て、お前に相談する。ああ。わかった。では、切るぞ」

 

拝啓、梅の花が咲き誇り、暖かい季節となって参りましたがいかがお過ごしでしょうか?

貴公の益々のご健勝をお祈りすると共に、貴公にご相談がございます。

 

先日お話しましたビルディングの件ですが、大変よろしくない状況でありました。こちらからぶしつけではありますが、清掃をお願いしたく存じ上げます。

 

「わけのわからん書き方をするが、どこにでも内通者と言う蛆がいる。あちらには高雄と、そして青葉がいる。どこからこのような情報をあいつらが仕入れてくるのかわからんが…こちらとしても以前に比べ格段に動きやすくなった。潰しても潰してもどこからともなくやってきては、艦娘を実験体として売る者。研究と称して何をするかわからぬ者が涌いて出てくる」

 

「真っ当な実験じゃなく意味の分かんねえただ切り刻むだけだの、暴行を加えるだけだのだからな。余計に許せねえ」

 

虎瀬や木曾が怒る中、筑摩と伊勢がやってきた。虎瀬が状況を伝えると筑摩も伊勢も絶句していた。

 

「憲兵第一部隊と共に俺たちも中に入る。目的は中にいるであろう艦娘の保護だ。施設の人間には構うな。それは憲兵達がやる。お前たちはとにかく艦娘を見つけ出して保護をしろ。人間がやるより、艦娘のほうが動いてくれやすいだろう。攻撃を仕掛けてくるなら殺さない程度に痛めつけろ。一切の容赦はいらん」

 

「保護した艦娘は第二部隊の憲兵隊が大本営に随時移送してくれるってよ。ただ、あまりにおかしい場合は俺らが何とかするってわけだ。人手は多いほうがいいんだけどよ、結構こういうときの保護って、シャレにならねえレベルな場合が多いかんな。俺や姉貴、磯風は慣れてんだけど、筑摩、伊勢、大丈夫か?」

 

「私は問題はないかと思います…姉さんも心配ですし」

「私も問題ないよ。私は一回参加してるしね。トラウマになりそうだったけどね…とほほ」

 

「あー、そういやそうだったな。ありゃジャブみてえなもんだ。今回はわかんねえけど」

 

「キ、キャプテン、怖くなるようなこと言わないでよぉ…」

 

「…中の状況もあらかたわかっている。そこまでのものではないはずだ。明日、すぐに現地で憲兵隊と落ち合い、突入する。準備は怠るな」

 

了解。と執務室にいる全員が言った。

 

虎瀬が舞鶴にいる理由は、生涯現役を貫きたいと言う理由のほかに、総一郎から。ひいてはその上。時に総理大臣や各省庁のトップからの指示が下ることもある依頼、行動の実行者である。一般的に他の提督には知られてもいないし、情報はトップシークレットであるためにほぼ漏れない。総一郎お抱えの海軍憲兵第一部隊を率い、不正な戦果を稼ぐ泊地などを精査、暴くことを行っている。

横須賀の安久野のことを暴けなかったことについては自身が汚点と呼ぶほどの失態であったと忌々しげに語っている。裏で大本営の内通者が動いていることもあり、なかなかに手が出せなかったのだが、これを恥じている。

 

過去に総一郎に見せてもらったたくさんのチューブに繋がれ、苦しむ玲司の映像を総一郎に見せられた時から、この手の自称研究者と称する頭のおかしな人間は大嫌いであり、可能であるならば全員秘密裏に始末してやりたいくらいである。

虎瀬を初めてみた艦娘は恐怖と威圧感を感じるが、その実は艦娘が好きであり、駆逐艦の頭を熊の手と呼ばれるような大きな手で撫で、大きな図体に似合わず裁縫を得意とし、時にかわいいワンピースを作ってあげたりと面倒見がよい。料理はからっきしであるが、時に優しく、時に厳しい彼は、利根や磯風、木曾が父と呼ぶように親しみを込めて「お父さん」と呼ぶ艦娘もいるくらいだ。

 

だからこそ、非人道的な実験と称した艦娘への残忍な実験などは断じて許さない。舞鶴にいる艦娘。筑摩や伊勢。子日や浦風などはそう言った施設などから保護した艦娘も多い。不器用でありながら真正面から艦娘と向き合う彼ならではのことであり、それゆえに慕われる。今回もまた家族が増えるか。それも良いだろうと思っていた。

 

彼の大きな体は、艦娘の悲しみも。怒りも。そして喜びも。全ての感情を動じずに受け止めるためにできているのではなかろうか。磯風に入れてもらった茶を飲みながら、明日に備えるのであった。

 

「ところで父。玲司の話が出ておったが、どうしたのじゃ?」

 

「保護した艦娘を玲司に任せるべきかと聞いた。この間会った時に、そう言った艦娘はこっちでも極力受け付けると言っていたからな。場合によっては玲司にも任せようと思う」

 

「おお。それは名案じゃのう。玲司なら艦娘を大事にするからのう。ん?父、今父はこの間玲司と会ったと言ったか?」

 

「ああ。会った。大本営会議でな」

 

「どうして我輩を連れて行かなんだ!!我輩も玲司と話が久しぶりにしたいのじゃー!!」

 

「む、む…いや、しかし誰かがここに残らなくては…」

 

「玲司が来るとわかっとったら我輩が行くと言ったわい!!父が言わなかったのが悪いんじゃ―!木曾、磯風、お主らもずるいぞ!玲司としゃべったじゃろう!!!」

 

「う、あ、ああ…喋ったぜ…」

「話したな。兄さんはやはり司令官をやるのがお似合いだ。凛々しかったぞ」

 

「馬鹿!磯風!」

 

「ずーるーいー!!!我輩も玲司と話したいのじゃー!!玲司のかっこいい姿が見たかったのじゃー!!ちくまー!父と妹たちが我輩をのけ者にするー!!ちーくーまー!!!!!」

「は、はいはい、姉さん、落ち着いてください…」

 

ドンドンと地団駄を踏み、喚く利根。磯風の空気を読まない発現とギャーギャーとうるさい利根に、木曾のこめかみの血管が切れそうなくらいぴくぴくしていた。

 

 

翌日、近畿地方の海沿いの大きな施設。小此木海洋研究所と言うプレートが掲げられた研究施設。ここに虎瀬と、かつて横須賀鎮守府の安久野を逮捕した海軍憲兵隊第一部隊の四宮率いる部隊が集まっていた。虎瀬は木曾、利根、磯風、筑摩、伊勢を引き連れ、軽く打ち合わせをする。四宮が無言で手を垂直に上げると、音も立てずに散らばる第一部隊。そして、虎瀬と木曾達。四宮が正面ゲートを突っ切り、警備室へと歩を進める。

 

「何だい、こんな朝っぱらから。アポは取ってるかい?」

 

警備員が気だるそうに虎瀬達に声をかける。来客か何かと思っているのだろうか?四宮がすぐさま動き出す。

 

「おとなしくしてもらおう。海軍憲兵隊だ。この研究所で非合法的に艦娘を使って実験を行っていると言う疑いがもたれている。どこにも触れるな。そのままおとなしく手を挙げろ」

 

眼光鋭く四宮が言う。その雰囲気に警備員はおとなしく両手をあげ、動かない。四宮が右手を上げると素早く憲兵隊が駆け寄り、警備室に入る。警備員に一切のセキュリティを切るよう指示する。そして、大勢の憲兵隊が押しかけ、玄関を突入していく。

 

「い、一体何が…」

「知らなくてよいことだ。知らないのならすぐに釈放する。知っていて隠しているのなら、たっぷりと話を聞かせてもらうが」

 

事態が把握できていない警備員。彼らは本当に知らないのだろう。とにかく、この場から離すために外へと連れ出した。

 

「虎瀬殿。私も突入し、関係者を逮捕して参ります。虎瀬殿は艦娘の保護を」

「ああ、わかった」

 

四宮は部下を連れて駆けて行った。虎瀬も木曾達に行くぞと言って中へと潜入。総一郎の所の川内が調べたところによると、地上は海洋深層水などの研究を。地下で艦娘に対して実験を行っていると言う。内容としては深海棲艦の血を艦娘に入れるとどうなるか。艦娘、及び深海棲艦の解剖。人間と艦娘の間に子は産まれるかと称して暴行など。深海棲艦はどのようにして生まれるのか、憎しみだけを与えて深海棲艦化させる実験も行い、何の意味があるのかわからない。狂った人間による狂った実験。実験と言うのもおかしいくらいだ。

 

「父上、探してくるぞ」

「私と筑摩も行きます」

 

「ああ、気をつけろ」

 

地下に降り、伊勢と筑摩は二人で捜索。磯風は単独での調査となった。木曾は虎瀬を護衛のために共に行動する。研究所は地下二階まであり、とにかく最深部へ行ってみることにしたが…。

 

「エレベーターが動かねえし、地下二階なんてねえぞ」

「鍵があるんだろう。借りるとするぞ」

 

ドオン!と研究室の扉を蹴飛ばして開ける。白衣を着た研究員たちが何事かと入り口を見る。

 

「てめえら動くな!!憲兵隊だ!!てめえらは包囲されてる!大人しくしな!!」

 

木曾が叫ぶ。ひぃ!などと声が聞こえるが、入り口は虎瀬が立っている所のみなので逃げ場はない。逃げようにも屈強な体の男と、艦娘。逃げられそうもない。木曾が大声をあげたと同時に憲兵隊もなだれ込み、白衣の男女は次々と捕らえられていく。白髪でよれよれの白衣を着た男。所長と言う腕章をつけた男に虎瀬が歩み寄る。

 

「貴様が責任者か。責任者ならば、このさらに下へ行く鍵を持っているだろう。案内しろ」

「ひぃっ!そ、それは…」

 

「できんのか?ならば地下二階へ行く方法を教えてもらおう。貴様に、拒否権は、ない」

 

虎か何かに睨まれたような恐怖を覚えた研究員。ひぃひぃと気持ち悪い声をあげながら、なぜか命の危機を感じたのか観念し、カードキーを取り出した。

 

「あるのなら最初から言え。案内しろ。行け」

 

そうしてエレベーターに乗り、カードキーを刺す。ピー!と言う音と共に下に下る感覚。電子掲示板はB2Fと表示している。

扉が開いた瞬間に生温かい空気と共に異臭が漂う。虎瀬は思わず眉をひそめた。血と、何かよくわからない鼻をつく匂い。例えようも臭い。ドアのあちこちから聞こえる「あー」やら「うー」と言ううめき声。助けて、やめてなどと言う声も聞こえる。

 

「全部開けろ」

 

一言だけ言い放つ。震える手でいくつものじゃらじゃらとした鍵を使って扉を開けていく。一部屋に6、7人の艦娘がよこたわっていたり、三角すわりをしてうずくまる者。ドアが開いたことにひいいいい!と悲鳴があがる。

 

「ひ、ひいい!やめてください!痛くしないで…殺さないで!いやあああ!!」

「ううう…私たちも殺されるんだ…」

 

絶望の言葉しか出てこない艦娘達。木曾が声を大にして言う。

 

「俺たちはお前たちを助けに来たんだ!こいつらは逮捕される!お前らは解放される!!!」

 

ドアを一つ一つ開け木曾が言っていく。その言葉にすすり泣く声が聞こえ、よかった…助かった…と言った声が聞こえる。

 

「い、一番奥の…一番奥に入れられている子達も助けて…あの子達が…一番…」

 

「だそうだが。案内しろ」

「う、ううう…お願いします…命だけは…」

 

「死にたくないならさっさと案内しろ」

 

奥の部屋と言う言葉を聞いた研究員が脂汗を垂らして自分の安否を確認する。虎瀬は表情を変えないまま、研究員を促す。よほど触れられたくないのか、抵抗する。しかし、虎瀬の表情が変わらないどころか殺さんばかりの目に変わってきたため、観念したのか歩を進め、震える手で鍵を開け、扉も明けた。

 

開けた瞬間に猛烈な匂いが吹き付ける。

 

「うおっ、ゲホッゲホッ!くっせえ!何だこれ!?」

 

木曾は思いきり匂いを吸ってしまったのか咽ていた。虎瀬もまともに吸ってしまったが、顔をしかめるだけで済んだ。虎瀬が目を見開く。ライトを目の前で動いたモノに向ける。

 

「……っ!どなたですか?」

 

「ゴホッ…お、俺たちゃお前らを助けに来た…憲兵…ゴホッ!隊だよ!ゴホッゴホッひっでえ匂い!」

「助け…助けに…?ほ、本当にですか?」

 

「嘘はつかん。お前たちを救いに来た。お前は…妙高だな?後ろにいる数名は誰だ」

 

「やめてください!この子達は何も…!お願いします!!」

 

妙高。重巡妙高だ。服は着ているがあちこちに血や妙な汚れが目立つ。妙高の制止を無視し、ライトを照らす。怯えた表情の少女たちが照らされる。ヒッ!と悲鳴があがった。

 

「何もしない。お前たちを保護する。朝潮、大潮、荒潮、満潮。第八駆逐隊か」

 

「そうよぉ…第八駆逐隊揃って、人間のおもちゃになったのよぉ。朝潮姉さんや大潮姉さん。満潮に手出ししてみなさい。その首筋に噛みついて…殺しちゃうから…!」

 

間延びした声をしているが、その声と目は明確に殺意を持っている。荒潮だ。朝潮と満潮、大潮は怯え、三人寄り添って抱き合っている。

 

「……妙高。この子達を連れ、外へ出ろ。木曾、案内してやれ。お前たちはもう自由だ」

 

「待ってください。もう一人…もう一人奥にいるんです。この子も一緒に…!」

「…まだいるのか?」

 

ライトを奥へ照らそうとする。が、しかし…

 

「やめなさいよ!その子に。その子に手を出したら本当に殺すわよぉ!!やめろ!!!見るな!!!!!」

「荒潮!やめなさい!」

 

荒潮が虎瀬に飛びかかろうとする。しかし、間一髪朝潮が止め、妙高も必死に止めた。

 

ライトが照らすその先。そこには裸で。体はどこもかしこも傷だらけで…。そして両手両足を鎖でつながれた銀髪の少女。目の焦点は合っておらず。口から涎を垂らしている…

 

「………」

「な、なんだ、これ…」

 

木曾が驚愕の顔で一言だけ漏らした。虎瀬は知っている。この艦娘は。

 

「…朝潮型駆逐艦…霞…だな?」

 

ビクッと反応する。しかし、顔を上げることもなく、彼女はそれから微動だに反応しない。口をだらしなく開け、声を発した。

 

「あー」

 

その声を聞いた瞬間、木曾が今まで見たこともないよう憤怒の表情で研究員を睨みつける虎瀬の姿があった。




「壊れた霞」編。スタートです。虎瀬と木曾が見た目をそむけたくなるような光景。人間と言うものは神にでもなったつもりなのでしょうか?と言う内容から始まりました。雪風の時以上に重い内容となりました。

人間の陰と陽をコンセプトに書いていきたいと思います。陰がどぎつすぎましたね…(汗。

次回、はたして虎瀬は彼女たちの信頼を得、外へ連れ出すことができるのでしょうか?荒潮が猛然と牙を剝く危険な状態ですが。次回に続きます。

それでは、また。

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