提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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舞鶴鎮守府

四大鎮守府の中では最大勢力を持つ、原初の艦娘が存在する鎮守府。提督は中将、虎瀬龍司。
原初の艦娘、木曾を筆頭に利根、磯風がおり、筑摩や伊勢、金剛型、二航戦など強力な艦娘を有する。表側は強力な深海棲艦の鎮圧、拠点の制圧などを主にしている。裏側は海軍及び艦娘に関わる者の中でも、艦娘の売買、違法な実験などを行おうとする者への粛清を生業としている。このことは、虎瀬と古井。大本営の青葉、舞鶴の木曾、利根、磯風と、筑摩伊勢しか知らない。

そうした中で保護した艦娘を虎瀬自ら面倒を見、信頼を得た艦娘が多数存在する。


第五十二話

「親父、よせ!!!!」

 

木曾が叫ぶ。虎瀬は研究員に向けて護身用の拳銃を取り出した。木曾が虎瀬の行動を予測し、制止しなければ間違いなく研究員を撃ち、頭に穴を開けていただろう。過去に深海棲艦の血が混じっていると言う少年がここと同じように研究と呼ぶにはとてもではないが言えないことをされていた際に、激怒した虎瀬が今回と同じように発砲したのだ。そのときは少年の姿に腰を抜かして何もできなかった木曾だった。その時は虎瀬も動揺したため、腕を撃ち抜いただけであったが、今回は間違いなく眉間を撃ち抜いていた。

 

虎瀬は怒りのあまり震える腕を下ろし、銃をしまった。

 

「貴様のような屑は…貴様等のような人にあらざる思考をしているような奴等は…全員、全員、二度と出てこれると思うなよ!!」

 

四宮が頭を下げ、研究員を連れて行く。

 

「おーおー、随分と今回も殺意の湧く場所じゃのう。隠しておったようわからん資料は全部見つけだしておいたぞ。でんしろっくとか言う訳の分からんもんは、我輩の力にかかれば何て事はないのう」

 

「姉貴、また力ずくかよ…」

「面倒じゃ!力こそ正義よ!なーっはっはっは!」

 

はぁ…と木曾がため息を吐く。緊張感もないが、妙高や朝潮達の緊張と警戒を少しだけ解した。

 

「で、こやつらを外に連れ出せば良いのじゃな?なら我輩に任せよ!よし、お主ら、この利根について参れ!ふぉろーみーじゃー!」

 

木曾が姉妹に頭を痛める理由がこの「いついかなる状況であろうと、破滅的に空気が読めない」と言うこと。いや、今回は妙高達が彼女達は敵ではないと思わせるのには十分であったが。荒潮が強烈な殺気を利根に向けても、まるで動じない。

 

「待ってください!霞さんも…!」

「おお、そうじゃったな。ほれどいておれ。我輩にかかればこんなもん紙切れと一緒じゃ!」

 

「あ、あああああ!!!うー!うーーーーーー!!!!」

 

霞が怯えた表情で暴れだす。大きな声で悲痛な叫びをあげる。荒潮の殺気が一段と強まる。利根がぽんと、霞の頭に手を乗せる。

 

「……心配いらん。お主を必ず幸せにしてくれる奴のもとへ連れて行ってやろうぞ。しばし、我慢せえよ」

 

その言葉に霞は電池が切れたかのようにカクン…と動かなくなった。

 

「霞に何をしたああああああああ!!!!」

 

荒潮が渾身の一撃を利根に振りかざす。しかし、利根は軽々とそれを片手で受け止めた。ふりほどこうにも、手は動かず、逆にすぐさま潰されそうな勢いで握りしめられる。

 

「何じゃ、ちっこいの。先ほどから蚊の鳴くような殺気を向けおって。こっちのちっこい奴は気を失うただけじゃ。それとも、お前もこやつも、ずっとこんな臭い暗い場所で過ごす気か?我輩は嫌じゃ。そっちのちっこいのらはどうじゃ?」

 

荒潮の拳を受け止め、霞に繋がれた鎖を留め具ごと引っこ抜きながら朝潮達を見る。

 

「………わ、私達は…」

「奴らに何を吹き込まれたかは知らん。主らにも、陽の下で生活する権利はある。うまいご飯を食べる権利もある。それを捨ててここで生活するかえ?どうじゃ。どうせなら明るい場所で生活するのがええじゃろ。ふんっ!それと、これしきのことで我輩をぶん殴るなど100年早いわい。外に出て、思い切り鍛えて我輩をあっと言わせてみい。強くなって、我輩を見返せるくらいに強うなってから、我輩をぶん殴りに参れ。我輩はいつでも待っておるでな!なーっはっはっは!」

 

そう言うと荒潮を小手返しの要領で朝潮達のもとへ投げ飛ばす。ぎゃっ!と声が聞こえるが、利根は無視した。

 

「うーん、これしきの金具を楽に引っこ抜けんようじゃ、陸奥姉さんには勝てんのう。うーーーん!どりゃあ!!あいたぁ!」

 

引っこ抜いた勢いがありすぎて後ろへ思い切りずっこける。霞は木曾が受け止め、抱き抱える。

 

「お疲れさん、姉貴。よし、とりあえず出るぞ。ここは臭くってしょうがねえ」

 

そう言って、暗い地下から抜け出した妙高と朝潮達。霞は木曾がつけているマントでくるみ、裸のまま出さずに連れ出す。騒然となっている研究所を出る。出てきたところを何者かがカメラで撮影している。青葉だ。その顔は、泣いていた。それでも真実を写し出そうと必死にシャッターを切っていた。

この研究所では、海洋深層水を研究と銘打ってはいたが、実際にはほとんどそういった研究はしておらず、深海棲艦や艦娘の血液などを研究。その実態はほぼ解明できず、深海棲艦の血を艦娘に輸血するとどうなるか。逆もしかり。当然拒否反応が起こり、死亡する。深海棲艦となる。なったら解体と言う名の始末。そして、後にわかることだが、10年ほど前に居たと言う幻の検体。人間と深海棲艦の血が混ざった混血児のレポートなども利根が発見していた。

その過程で、艦娘に暴力などを加えていたという、悪虐非道の限りを尽くした行為が蔓延していたと言うのだ。知らなかったでは済まされず、警備員を除いたほぼ全ての研究に携わっていた職員は逮捕された。

 

 

そのまま虎瀬は大本営へと向かい、古井と対面した。艦娘の数は多く、述べ50人程度が保護された。中でも奥で見つかった妙高、第八駆逐隊の4人。そして、霞が一番ひどかった。暴力を受け、あちこちが傷も治されぬままに。霞が漏らした糞尿を掃除しようと服についてしまったものなどがあちこちにあり、ひどい臭いであった。霞以外もほぼ垂れ流しの状態であったため、汚れが酷い。

 

状況を見た総一郎、陸奥、高雄は絶句。利根、木曾、磯風が彼女たちを誘導。どうにか風呂に入れ、服も替え、まともにはなった。それとは別に、満足に食事を与えられていないせいか、痩せこけていた。綺麗になっても朝潮、大潮、満潮は怯え、荒潮は誰彼構わず殺気を放つ。だが、陸奥がそれに過敏に反応してしまい、殺気を放ち返してしまって、今は鳴りを潜めている。

 

「何だこれは…これが人のすることか!」

 

総一郎が言葉を漏らす。司令長官室には虎瀬と木曾、陸奥、そして彼女達の中でも一番話が通じそうな妙高がいる。

 

「やるんだよ。玲司の時に見たんだろ。人間ってのは見た目が人間でも、少しでも自分とは違う能力や力を持ってたら人とは扱わねえ奴らがこうやっているんだよ。神様にでもなった気でいるんじゃねえか」

 

「……」

 

妙高が下唇を噛みしめていた。木曾の言うことに頷かざるを得ない。なぜ人はああも残酷になれるのだろうか。

 

「妙高。あの霞は。一体どうなっているんだ」

 

「……霞さんは、四六時中と言ってもいいほど、始めはその思い切り人に噛みつく態度が気に入らないと、おとなしくなるまで殴る蹴る…バケツに水を入れてそこに顔をつっこませ、気を失う直前まで何度も…。やがて抵抗がなくなると、精神的に追いつめるために、生きている価値はない。死ぬべきだなど、自分を否定する言葉を吐き続けたり…その…焼けた鉄の棒を押し付け、絶叫する様を笑う…裸にして人のように扱わない…その…女性として大事な場所に針を「もういい、妙高君。すまない…すまない!」

 

霞が受けたものはこれ以上にもあると言う。結果、日常的な暴力や精神的苦痛により、彼女の精神は壊れてしまった。そして言葉すら忘れ、赤子のように言葉を発するしかできない。霞はもはや、艦娘ではなく人に怯える小さな子供でしかない。今も知らない場所で怯え、妙高が離れるとなると火がついたように泣き叫んだ。仕方なく、妙高が抱きしめ、眠らせてここへやってきた。

 

「妙高と朝潮達を引き剥がすのは無理だな。だが、舞鶴では見ていられない。古井。どうする」

 

「………」

 

総一郎は無言で受話器を取り、どこかへダイヤルをしている。虎瀬はすぐにどこへ電話しているかを察した。

 

「ああ。私だ。少し話があるのだが、今いいかな?やあ、ありがとう。実はだね」

 

そうして電話で妙高達のこと。そして、精神崩壊している霞のことを伝えている。虎瀬はソファーにどっかと座り、高雄が持ってきた紅茶を飲む。申し訳ないが、うちの金剛の淹れる紅茶のがうまいな…と思った。あいつが納得行くまで飲んでいたら、腹がたぽんたぽんと言うまで飲まされたな。帰ったら淹れてもらうとしよう。

 

「ああ。では、すまないが」

 

電話が終わったようだ。ふう…と一息吐く総一郎。

 

「古井。玲司は何だと」

「妙高君、第八駆逐隊の四人。霞君を横須賀に行かせることにした。面倒を見るとのことだよ」

 

「そう言うだろうな。事情は俺が説明する。横須賀に妙高達と共に俺も行く。行かねばうるさいのが一人いるからな」

 

「利根、かな。磯風と木曾は会っているしね。赤城がそろそろ玲司の料理を食べないでいるから発狂しないか心配だね」

 

「お父さん、そう言う不吉なことを言うのはやめてくれる?」

 

「おっと、すまない。虎瀬、すまない。そう言うわけで横須賀へ彼女たちを。玲司によろしくと伝えてくれ」

 

「ああ。木曾、行くぞ」

 

利根と磯風は荒潮を押さえ込むために荒潮達といる。とにかく荒潮が危険であった。本来ならば朝潮、大潮、満潮を横須賀へ行かせ、荒潮は舞鶴に置くことも検討された。だが、虎瀬が姉妹を離せば余計に荒潮が拗れると判断し、第八駆逐隊は全員横須賀に行かせた方がいいと虎瀬は総一郎に言ったのだ。

 

「玲司も馬鹿ではない。荒潮をどうにもできないなら、その程度の資質しかないと言うことだ。あいつは横須賀の現状を大きく変えたのだろう?ならば荒潮を丸めることはできるだろう。時間はかかってもいい。艦娘を笑顔にできる資質があいつにはある。俺は任せる。古井。お前はどう思う」

 

「私は甘い判断で玲司と横須賀の艦娘に迷惑をかけてしまってね…私はそこに口出しがし辛いな」

 

「なら俺の判断だ。俺の下にいるよりは、玲司のほうが大事にするだろう。そのほうが霞や朝潮達の為になる」

 

「そうか。では玲司に申し訳ないが任せるとしよう。ふふ、君は本当に、艦娘のことを考えて動くね。その厳つい顔で艦娘の頭を撫でる様は誰が見ても驚くだろうよ」

 

「うるさい。お前も過保護だろうが」

 

「はっはっは!違いない!では私もお前も、玲司も。皆艦娘が大好きという事でいいじゃないか」

 

「それでいい。霞の実態を見た玲司が心配ではあるが、な」

 

「玲司君の時もそうだけど、人間とは恐ろしいものね…」

「ええ…私たちも出会う人間がお父様や虎瀬のおじ様でなければ、どうなっていたことか…恐ろしいわ…」

 

「人間は、自分達とは違う物を持つものには容赦がない。異物は排除。あるいは此度の研究員のように度を超えたことも平気でする。見た目は人であってもね。玲司の時もそうだったろう?」

 

真に恐ろしいのは深海棲艦ではなく、人間である、と総一郎は言う。人の欲は果てしない。自分より秀でている者には嫉妬もするし、貶めようとする者もいる。艦娘は人の姿はしているが、人とは違う。海の上を走り、人が持ち上げられない物を軽々と持ち上げるパワー。死ににくい体。どれをとっても、人が望むものがある。それを得るためなら艦娘が叫ぼうが死のうが関係ない。そう言うものだよ。人は、と総一郎は語る。

 

「人なんて汚くて愚かだって思うぜ。病気や怪我でコロッとすぐ死ぬくせに、争いが大好きで。自分達にないものがあれば力ずくで奪おうとする。汚い奴らだ。けどな、そんな汚い世界でしか、見つけられないいいものもある。親父や叔父貴。玲司。あんたらは俺達からしてみりゃ守るべき宝だ。国を。人を守るなんて大義名分はあるけどよ。俺は俺の大事なもんを守るために戦うぜ。今までもそうだったように、これからもな」

 

「私も木曾と同じ。私はお父さんや玲司君。そして妹たちのため。悪いけれど、その他のことは見ていられないわ。こんなことを言ったら、私達を敵視する人間がまたうるさくなりそうだけど。言わせておけばいいわ」

 

「ちげえねえ。俺達に戦争反対って言うなら、深海棲艦に攻撃されても深海棲艦と話し合って勝手にやってくれ。俺はそうしてる間に親父たちを守ることに全力を注げるからな」

 

「木曾、陸奥。そこまでにしておけ。今日はもう休むぞ。明日、横須賀へ行く。妙高、朝潮達に伝えておけ。心配はいらん。明日行くところは、世界で一番艦娘に優しい場所だろう」

 

「…はい…そう、なのですね…」

 

確実に信用はされないだろうとは思っている。虎瀬自身も信用はまるでされていないし、ここの艦娘の誰が言ったとしても信用しないだろう。人間は論外。木曾や陸奥が言ったとしても、人間の息がかかった艦娘など信用しないだろう。それでも賭けるしかなかった。あの、誰よりもまっすぐに艦娘を見、世界一艦娘に優しいであろう男に。

 

「お前たちももう休め。明朝、横須賀へ向かう」

 

「ふぁーあ…んじゃ寝るとするかな」

「明日には玲司と久しぶりに会えるのう♪」

 

「ふむ。兄さんに会えるのは嬉しいな。では、父上、古井司令長官。良い夢を」

 

三人が退室する。妙高も陸奥に連れられて宿舎に向かった。

 

「はたして、玲司は彼女たちの心を開くことができるかね?」

 

「さあな。少なくとも、あの霞はまともに戦うどころの話ではない。あれは子供だ。玲司は保育士ではないんだがな」

 

「では、お前や私があの子の面倒を見れるとでも?」

 

「無理だな。おそらく、どこを探しても幼児退行した艦娘を引き取る所などないだろう。確かに玲司は他の場所で酷い目に遭った艦娘を引き取るとは言ったらしいが限度があるだろう」

 

「それでも艦娘なら引き取り、面倒を見るのが玲司だ。戦闘に出れなくなり、艤装を装備できなくなった青葉君を解体しないでくれ。何なら自分が全部面倒を見ると土下座までしてきたんだ。今回の霞君も、当たり前のように引き取ると言った。私も、彼の鎮守府を最終処分施設のように見たくはない。艦娘をそんな目で見るのは断固許さん」

 

「俺の所にも限界はある。ある程度は引き取ったが…」

 

「迷惑をかける、虎瀬」

 

「20年もののウイスキーでも送ってもらおうか。木曾や伊勢らと飲む」

 

「……わかったよ。私のポケットマネーで贈ろう。また妻と高雄に怒られてしまうな」

 

「酒が報酬なら安いものだろう」

 

「まあねえ…またお前と、ゆっくり鳳翔君の所で飲みたいものだよ。彼と一緒にね」

 

「あいつか。どこかの街で喫茶店をやっていると風の便りで聞いたが。元気でやっているのか?」

 

「わからない。鳳翔君がずっと手紙を送っているようだよ。手紙は返ってこないが、返送されるわけではないからそこでうまく数年やっているんじゃないかな」

 

「そうか。鳳翔の所にでも招待してやればどうだ?」

 

「はてさて。今まで姿を現さなかったんだ。来るかな?私も会いたいんだがねぇ。私。虎瀬。彼。そして、三条。もう4人で酒を飲むことは叶わんね…」

 

「そうだな。雪丸とは叶わんが、奴となら三人で飲める。いつになるかは、わからんがな」

 

昔を懐かしむように総一郎が目を閉じて笑っている。深海棲艦が現れるよりもだいぶ昔。この国を守ると言う使命感に燃えた四人。性格も趣味もバラバラだったが、なぜか気が合い、事あるごとに集まっては全員が趣味の違う酒を飲んでいた。総一郎は日本酒。虎瀬はウイスキー。彼はワイン。もう今はいない男は芋焼酎。この国が未曽有の危機が及ぶよりも前。楽しかった日々。

 

深海棲艦が現れ、まず一人が生きているのか死んでいるのかわからない。艦娘と共に戦い始め、艦娘が死の淵を彷徨うような大怪我をさせてしまい、前線に出られなくなってしまったことにひどくショックを受け、軍を去った男。

一人は司令長官となり、一人は前線で戦うことを誓った。体のあちこちにガタは来ているが、それでも艦娘と共に歩んでゆきたいと。立場は違えど、艦娘を愛し、守りたいと言う気持ちは誰にも負けない。若くして英雄と呼ばれた青年を。その下に集った艦娘を守るため、影ながら支えるため、二人はまだまだ引退などしていられないのだ。

 

「話が逸れてしまったね。彼については私からもコンタクトを取ってみるよ。それよりも玲司だけど…」

 

「……心配は尽きんが、あいつなら何とかしてくれるだろう。深海棲艦と化すところだった雪風を救った功績は大きい」

 

「うむ、そうだね。私たちが信じてあげなければいけないからね」

 

「そう言うことだ。では、俺ももう明日に備えて寝る。古井、お前ももう若くない。とっとと休め」

 

「ははは、虎瀬に心配されるとはよっぽどだね。わかったよ。私も休もう。では、すまないが明日は頼んだよ」

 

「ああ」

 

仲良く部屋を出、虎瀬はぶっきらぼうに背中越しに手を振って去った。相変わらず、優しい男だね…と総一郎は笑った。んん!と大きく伸びをし、首を回す。ゴキゴキと嫌な音がした。相当疲れていたようで、眠気もやってきたのでおとなしく虎瀬の厚意に甘えて休もう。古い演歌を鼻唄で歌いながら寝室へと向かった。

 

 

翌日、総一郎から連絡を受け、事情を聞いていた玲司。話には聞いているが、とてつもない状況の艦娘達がやって来ると聞いて、気が気ではなかった。

 

「提督。舞鶴鎮守府の虎瀬中将がお見えになられました」

 

夕方に差し掛かろうかと言う時間に、虎瀬中将がやってきた。いよいよ対面の時だ。一体どのような状況なのか。玲司は覚悟を決めた。

 

……

 

「おーおー!れーいーじー!!会いたかったのじゃー!!」

 

「と、利根姉さん!うわっぷ!こ、こら、離れてくれ!!」

 

「嫌じゃ!我輩も久しぶりに弟に会いたかったのじゃぞ!木曾と磯風がこの我輩をだし巻きにして大本営で会って話をしたと聞いて羨ましかったんじゃ!」

 

「それを言うなら出し抜いてだろうが。俺たちを卵焼きにでもすんのかよ」

 

「うるさーい!!我輩は玲司と話をしておるんじゃ!少し前に話してたお主らはうるさーい!」

 

「利根姉さん。ずるいぞ。私にも代わってもらおう」

 

「いーやーじゃ!」

 

相変わらずのフリーダムすぎる姉妹だ。木曾がまた頭を痛めている。後で何か好きなものでも作ってやるか…と思った。

 

「玲司。昨日言っていた通り連れてきた。昨日も言ったがひどい有様だぞ。お前にあいつらを助ける覚悟はあるか」

 

「……やってみなけりゃわからない。けど、半端な気持ちで引き受けるって言ったわけじゃない」

 

「そう、か…ならこっちだ。利根、離れろ」

 

「ぶー。後でまたじゃからな!また当分会えんのじゃ、玲司成分とやらを補給せんと我輩戦えん」

 

「陸奥の姉貴みたいなこと言うなよ…ったく陸奥の姉貴も利根の姉貴もそうだし、龍驤の姉貴もそうだけど、ほんと玲司が好きだよなぁ。陸奥の姉貴はアレとして、龍驤の姉貴はんなもんねえのに色気出してごちゃごちゃと。俺より出るとこ出てねえんだからもうちょっと「ほっほーん?木曾ってお姉やんのことそんな風に思ってたんやぁ?」

 

木曾が凍り付いた。ギ、ギ、ギと恐る恐る後ろを向くと、恐ろしい笑顔で佇む姉、龍驤の姿があった。

 

「なあ、木曾ぉ?出るとこって、どこの話しとるん?」

 

「あ、あの…その…」

 

「なあ、どこ?まさかやけど…胸の話とちゃうやんなぁ?なあ、なあなあ?どこの話?」

 

「あ、ああ…ああ…」

 

「木曾姉さん。すまない。私は用事を思い出した。少し席を外す」

 

「わ、我輩もちと花を摘みに行ってくるのじゃ…」

 

殺気を感じ、利根と磯風は風のように消えた。同時に伊勢と筑摩も消えた。その後、横須賀鎮守府にぎゃああああ!と言う悲鳴がこだました。

 

 

「あー!あー!あううううう!やああああああ!!!!!」

 

「霞さん、落ち着いてください!」

 

重巡妙高に抱かれ、暴れる駆逐艦霞。いや、それは本当は霞に似た人間の女の子ではないのか?と思った。その傍らには玲司を怯えた表情で見つめる朝潮、大潮、満潮。そして、睨みつける荒潮。朝潮たちはガタガタと震えている。霞は恐慌状態に陥っており、妙高の言葉が届いていない。

 

「いたいのやあ!こわい!こわいのお!!!ああああああ!!!!!」

 

(やだああああ!いたいのいやだ!!!助けて!誰か助けて!!!!いやあああああ!!!)

 

玲司と境遇が重なっている。その姿に過去の自分を重ねて、やられ方は違えど、こうも手酷く…。その霞の姿に、霞をここまでにした人間に対して殺意が湧いた。いや、今はそれどころではない。

 

「やめて!!なんでもするから!!!いたいのや!くるしいのや!!!やなのおおおお!!!ひいい!いいいいいい!!!」

 

玲司がゆっくりと近づく。朝潮達もひっと声をあげて体を強張らせる。荒潮の目がより鋭くなる。

 

「近づかないで!それ以上近づいたら殺すわよぉ!?」

 

荒潮が殺意を剥き出しにして声を荒げる。だが、荒潮自身も得体の知れない場所。人間、艦娘に恐怖を感じているため、声がうわずっている。飛びついて首を絞めてやろうと思っても、体は恐怖で動かない。

 

「あう!うううう!やだ…!やだ!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!!」

 

妙高が霞を背後に回そうとしたが、妙高自身も恐怖で体が強張って動けない。

 

「やめてください!!この子が何をしたと…言うのですか!?殴るなら、水に顔を漬けるのなら私を!」

 

虎瀬はその様子を一歩も動かず見ていた。ここから先は玲司と彼女たちのことだ。こちらが手を出すことはできない。玲司はすっと、しゃがみ込み、恐怖で目を大きく開いて玲司を見つめる霞の目線と同じにして笑いかける。

 

「はじめまして、霞。俺がここの鎮守府の提督だ。て・い・と・く。わかるかな?」

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」

「や、やめ…やめてくだ、さい…」

 

「何もしないよ。大丈夫。俺は霞や君のお姉さんたち、妙高のお姉さんにも。痛いことや酷いことはしないから。な?」

 

妙高にスッと手が伸びる。妙高は固く目を閉じて殴られた時の衝撃と痛みに備えようとした。が、頭を暖かな感触と左右に動く感触がする。驚いて目を開けると、目の前の男は笑っていた。それも、自分たちを馬鹿にしたような下卑た笑みではない、今の妙高達には理解できない笑みだった。

 

「ほら、大丈夫。怖くない」

 

「あ、あの…こ、これは…」

 

「頭を撫でてる。俺に敵意はないし、妙高や朝潮達、それに霞にひどいことはしない。痛いことや苦しいこともしない。今は信じられないだろうけど。絶対にしない」

 

「……」

 

「な?霞。怖くない、だろ?」

 

「……みょう、こう…さん」

 

撫でられている妙高を見る。妙高はどう反応していいかわからないが、とにかく恥ずかしいと言う感情が込み上げてきた。顔は赤くなり、どうしていいかわからない。玲司は笑いながら妙高の頭を撫で続ける。そうして、霞にも手を差し出した。

 

「ほら、怖くないだろ?な?」

 

が、しかし、ゴリッと言う鈍い音と共に、玲司の手の甲と掌から血が滴り落ち、苦痛に顔を歪める。

 

「ぐぅっ!!」

 

「ううう…ううううううう!!!!!」

 

パニックに陥った霞が玲司の手に噛みついた。噛む力が強いために、血があふれ出す。ゴリ…ゴリ…と嫌な音が応接室に響く。猛烈な痛みが玲司を襲うが…

 

「…ッ!!だ、大丈夫…怖く、ない」

 

額に脂汗を垂らしながら、玲司は霞に笑いかけていた。




虎瀬から玲司に視点はバトンタッチします。

霞の境遇と玲司の境遇。重なる場面が多そうです。そして、朝潮達の心の傷もどうにかしなければならない。荒潮が危険。大荒れになりそうな横須賀鎮守府。雨はいつか止むさ。

次回もお待ちいただけましたら嬉しいです。

それでは、また。

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