提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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横須賀にやってきた霞達ですが、やはり一筋縄ではいきません。霞を筆頭に、疲れ果てた朝潮達もどうなっていくのでしょう?


第五十三話

「うう…ううううう!!フー!フー!」

 

霞は獣のようなうなり声をあげながら玲司の手に噛みつき、離さない。床にボトボトと落ちる血。霞も目からは涙。鼻から鼻水。玲司の手を噛んだ口から顎、首筋までよだれと血液が混ざった液体が垂れ、服を赤黒く染めていく。

 

口の中が血生臭くなろうとも、霞は口を離さない。いや、離せないのだ。恐慌状態だから。体が強張っているから。

 

「て、提督!」

「大淀、待ってくれ!心配ない…!動くと霞が怯える!」

 

「し、しかし、提督の手が…」

「俺はいい。待ってくれ。今動くと余計霞の体が強張る」

 

大淀が玲司を助けようとしたが制止されてしまった。自分の手の骨が砕かれるかもしれないというのに、まだそれでも霞を案じるのか。艦娘を守るためならば自分の骨が砕けようとも。無茶だ。

艦娘は人の姿であるだけで、人とは違う。艤装がなくとも人くらい簡単に殺せてしまうし、骨を砕くだけなら簡単だ。確かに彼は人とは違うが、それでも人間だ。人より傷が治りやすい。病気にかかりにくい。艦娘の傷を癒すこともできるが、人間だ。今の霞は制御がきかない分危険である。

 

それでも。それでもこの人は艦娘を第一に考える。艦娘を指揮する人がこのお方のような方ばかりならいいのに…。大淀はそう思う。実際はどうかというと数ヶ月前までのような人間がやってきて、酷い目に遭わされただけに現実とは夢も希望もないことが多いなと悲嘆に暮れた。玲司のおかげで何とか前向きにやれているが…。主がそう言うなら大淀は見守ることにした。けど、終わったら絶対に叱ってやる。そう決意した。

 

一方霞は優しく笑いかけてくる玲司に混乱していた。もうどうしていいのかわからない。妙高は何も言わない。朝潮達も声がかけられない。自分のものとは違う血にたまらない恐怖を覚えた。同時に失禁する。

 

「う、うう…」

「…ごめんな。怖がらせちゃったな。ごめんな」

 

「て、提督…」

「妙高もごめんな。怖がらせた。すまん」

 

怒りもせず謝ってくる提督と言う存在。本当にこの人は人間なのだろうか。こんなことをすれば嬉々として殴ったり、飲めと言って顔をつけさせるのだが…。

 

「大淀、バケツに水を入れて雑巾と持ってきてくれ。悪い」

「は、はい、ただいま…」

 

虎瀬も驚愕していた。玲司の必死に優しく敵意はないと言うアピール。自分を犠牲にしてでも艦娘を守ろうとする姿勢。やりすぎだとは思うが、加減は分かっている様子で。しかし、だからこそ、艦娘は玲司を慕う。まっすぐに艦娘と向き合い、付き合うから。

 

古井が言っていた。ここの艦娘は、かつて死んだような目の艦娘ばかりだった。今は違う。目の輝きが違うと言っていた。そうだった。すれ違った際に元気良く挨拶をする駆逐艦。ちょっと怯えながらも挨拶をする空母も。皆目が輝いていた。こいつなら。いや、こいつにしかこの子たちは任せられないと確信した。

 

……

 

もうどれくらいそうしているかわからない。一分なのか、それとも一時間経ったのではないかと思うくらい止まった時間。霞の頭の中に何かが流れ込んでくる。それは自分とは違う何かの記憶。

 

……

 

(やめて!!ごはっ、かはっ…あ、あづい……!ぐぇっ!)

(よくわからんな。深海棲艦の血が混ざっているのに、なぜ深海棲艦や艦娘の血を輸血するとこうなるのだ?)

 

(わからん。だがこれ以上やると死ぬぞ。殺すなよ。貴重な検体なんだ)

(死にゃしないでしょ。人じゃないんだし)

 

(うぐ、がっあっ…ごふっ!げえ!)

 

(汚えな!また血吐きやがって!毎度毎度掃除するこっちの身にもなりやがれ!!!オラ、見ろ!お前のせいでまた血みどろだ!化け物のくせに化け物の血を入れられて何でこうなる!化け物同士仲良くやれよ!!!)

 

(ごっ!?がはっ…げえええええ!!!!!!)

……

 

(ああああああああああああ!!!!)

 

(玲司君!大丈夫!お姉ちゃんだよ!ほら、怖くない…)

 

……

 

(お前みたいな人じゃない奴はな?生きていても仕方ないんだ。どこに行っても、逃げたって必ずそこでお前は化け物と言われて今みたいになるんだ。我々はお前のこの化け物の血を評価してやってるんだ。生きていてもしょうがないお前に価値を見出してやってるんじゃないか。なあ化け物君。協力しろよ。お前のおかげで国を救うかもしれないんだ。まあ、無理だろうけど。お前は一生こうなる運命だ。おい、500ml抜け。何がバツマークだ。死んだら死んだだ。どうせ人じゃないんだからな)

 

(あ、ああ…う)

 

(ほれ。3時間前に500抜いたのに回復してんだぞ。やっぱり化け物だわお前。600抜け。いけるわ。いっそ死ねたら楽なのになぁ?)

 

……

 

(飯ができたぞー!)

 

(ヘーイ!テイトクー!ご飯楽しみネー!)

(気合い!入れて!食べます!はぁい!)

 

(気合いなんざ入れんでいいから味わって食べろ!)

 

……

 

(しれえ!雪風があーんしてあげます!)

 

(気持ちはありがたいんだけどな、雪風。んな熱々の大根食えねえって…あつっ!あっつ!熱いつってんだろ!!)

 

(テイトクー!バーニングラーブな卵を食べるネー!)

 

(やめろつってんだろ!)

 

(あはははは!!提督はモテモテだねぇ!二人の気持ちに応えてあげなきゃー!)

 

(伊勢、てめえ!!覚えてろよ!)

 

……

 

(これは俺の宝物だ。皆集まって撮った写真。皆の笑顔がいつまでも絶えないように、俺もがんばるな)

 

(そうしてください。司令がいるからこそ、この泊地は成り立っているのですから)

 

(榛名達も、この楽しい時がいつまでも続くように頑張ります!)

 

……

 

(青葉…頼む…逝かないでくれ…お前まで…お前まで逝かれたら……俺は…俺は…!!)

 

(……俺の…この嫌いだった力が…頼む…帰って来い、青葉!)

 

……

 

玲司の血を介して霞の頭の中に、目の前で噛みついている男の記憶が流れ込んでくる。恐ろしい記憶。胸に去来するよくわからない気持ちを感じた。霞は目の前の男を警戒することを少し解き、手から口を離す。玲司の混血が霞に不思議な力を作用させた。

 

ふっと霞の手を噛む力が弱まった。どうしてかはわからないがその隙に手を下げる。昔に姉にやってしまったことと一緒のことだ。彼女は左手。自分は右手。血はボタボタと垂れ続ける。霞は玲司の手と顔を交互に見て慌てている。

 

「みょ、妙高…。霞をきれいにしてあげてくれ…汚れちまった」

「し、しかし、提督は…」

 

「俺は構わない。俺には姉ちゃんのようにうまくはできなかったな…誰かに案内をさせる。風呂に入れてあげて、落ち着かせてあげてくれ…落ち着くかは…わかんないけどさ。服は…霰が合うかな。用意させるよ」

 

「は、はい…さ、霞さん。参りましょう…」

「あ、あう…うう…」

 

妙高に連れられ、霞は連れられて行った。ドアが閉まる最後の瞬間まで、霞は玲司を見つめていた。退室と同時にどこから持ってきたのか、救急箱を持った大淀が駆け寄る。

 

「て、提督!手を出してください!もう!無茶なことをして!!」

 

「つつつ…陸奥姉ちゃんが俺にやってくれた時みたいに…俺みたいに単純にはいかなかったよ」

 

「もう!もう!どうしてそうやって自分のことは後先考えないで無茶するんですか!艦娘に本気で噛みつかれたら大けがでは済まなかったかもしれないんですよ!?軽率すぎます!!艦娘のことが大事なのはわかりますが、まずはご自分の体を優先してください!!アホ!バカ!クソ提督!!」

 

「お前な………すまん。次からは気を付ける…」

 

「いいえ、てーとくにはビシッと言おうと思ってたんです。いつも私たちに優しくしてくださることは本当に感謝しています!ですが、私には先に休ませておいて徹夜でお仕事したり、お疲れでしょうに無理して霰ちゃん達と遊んだり!最近文月ちゃん達が提督はお疲れだから自分達だけで遊ぼうって言いだしたりしてるんです!!」

 

大淀が消毒液を脱脂綿に振りかけ、玲司の手を消毒しながら本気で怒っていた。龍驤から話を聞いていた大淀は、何かと玲司の役に立てないか、と言うことを本気で考えていた。よくよく考えるといつも自分のことはそっちのけで艦娘と触れ合う時間を設けてくれる。文月や霰たちが喜ぶ顔はこちらも見ていて嬉しいし、一生懸命作ってくれる料理は格別である。それ以外は黙々と書類仕事やドックの掃除。妖精さんと今度は露天風呂を作ろうなんて考えていろいろと書類仕事の合間に考えている。

それは全て大淀達艦娘を想ってのことだ。雪風の日記帳のコメント返し。皆と買い物に行ったり買い食いしたり。それも全て提督の私費であり、領収書を切っていた覚えもない。(そもそも艦娘との食費や衣服代が経費で落ちるのかは謎であるが)

演習も付き合うし、大和の様子を見たり、摩耶達の相談事や戦闘での議論も何時間でも仕事をしながら聞いている。

 

では自分の時間をどこで作っているのかが大淀はわからなくなった。よくよく考えてみれば横須賀にやって来てからと言うもの、翔鶴や雪風の問題解決。摩耶達との衝突。演習、安久野がやってきた事件。瑞鶴の暴走。買い物買い物買い物。仕事仕事仕事。眠れば悪夢。寝ている時間のほうが短いのではないか?と思った。

 

そしてこれである。ついに大淀は玲司に溜め込んでいた「自分を犠牲にしすぎている」と言う不満と言うか、もやもやが爆発し、普段の冷静で理知的な彼女には考えられない剣幕で玲司に詰め寄る。

 

「私たちはそんなにアテになりませんか!?私たちは頼りになりませんか!?提督が私たちを家族だと言うのならもっと私たちに頼ってください!私でも、間宮さんでも!翔鶴さんでも!!!」

 

「な、なんでそこで翔鶴が…」

 

「何ですか!?翔鶴さんだけ扱いが特別に見えるんですけど!?さっさとくっついちまってください!!!翔鶴さんが提督を見る目は名取さんのお部屋で読んだ恋する乙女まんまなんですけど!!」

 

「ええ…」

 

「とーにーかーくー!!!提督は私たちを頼ってください!!!!提督が無茶して、お体を壊したりしたらみんな悲しむんです!時雨ちゃんや摩耶さんが心配してるんです!」

 

大淀の凄まじい剣幕にたじたじの玲司であったが、ここまで心配されていることにショックを受けた。自分は皆のためにと思っていたが…度が過ぎていたようだ。

 

見たこともない玲司の状態に利根が大笑いする。

 

「ぶふっ…玲司がこんなに怒られるとはのう!あははははは!!!ほんに、玲司は艦娘に弱いのう!」

 

「利根。そこまでだ。玲司。一方的な優しさや親切は相手にとって毒となることもある。よかれと思ってやっているようだが、艦娘にもしっかりと考え、行動に移せる頭がある。心がある。それを無視していれば、自分たちは本当に必要にされているのか、不安に思う。ここの大淀は随分と献身的だな。とある口癖が、うちのうるさい曙のようだったが…」

 

「あ、あう…も、申し訳ございません…ついカッと…なりまし…て…はい…」

 

「構わん。玲司を想う心があるからこそ怒る。燻っていたようだな、今俺が言ったような感情が。玲司、履き違えた親切の押し売りは、迷惑以外の何物でもない。艦娘のことを考えるのは良い。だが、この子達がお前をどう思っているか。よく考えろ」

 

「……そう、か。霞にも、陸奥姉ちゃんが俺にしてくれたことを真似たけど、境遇は似てるけど、俺とは違うもんな…。霞に悪いことをしちまった」

 

「余計に怯えさせてしまったようです…」

 

「そう、だな…今は距離を取って、様子を妙高に任せよう。名取あたりなら、まだ大丈夫かもしれん。あとどことなく大和なら何とかなりそうか…妙高をサポートしてあげるように言ってくれ。どうしても解決できそうにないなら、俺に相談してくれ。どのみち、雪風辺りも加わりそうだし…」

 

「雪風ちゃん…そうですね。雪風ちゃんの優しさは、提督と違って計算がないですから」

 

「ああ。今まですまん。休めって言われても休まなかったり、心配かけた」

 

「そ、そうです。今度からは、私たちの忠告もちゃんと聞いてくださいね。鳥海さんや霧島さんと、ビシビシ言いますので」

 

「わかったよ…ありがとうな…」

 

大淀と玲司のやりとりを見て虎瀬がうっすらと笑う。艦娘と提督が包み隠さずにああだこうだと言い合える環境。これは虎瀬自身がもっとも理想とする鎮守府の在り方だった。提督と艦娘が心を通わせ、それでいてなあなあにならず、やるべきことはしっかりとやる。当たり前のようだが、これが難しい。艦娘は提督を人間で言う上司として見ているため、どうしても遠慮をする(曙のようにズバズバと文句を言うのも多いが、それでもここの大淀ほどではない)

 

兄妹のように包み隠さず、提督にも無理をしない。何かあったら頼れと言う艦娘がいるのは陸奥や木曾など、家族と言うものを知っている原初の艦娘だけだと思っていた。ここでは龍驤や明石がいる甲斐もあってか、自ずと僅か半年にもならないこの鎮守府で、それができているとは。天性の艦娘に好かれる男のようだ。

 

「ふん。まあ、ここまで艦娘の尻に敷かれているなら心配はなさそうだな。玲司、あの子達を頼む。お前だけが頼りだ。あの子達を助けてやってくれ」

 

「ああ…任されたからにはちゃんとやるよ。大淀や、皆と」

 

「虎瀬提督、お任せください!この大淀、そして一同。提督と共に頑張って参ります」

 

「……頼んだ」

 

そう言うと大淀の頭を大きな手で撫でた。玲司とは違う、荒っぽい撫で方ではあったが、優しさは伝わった。なんだ、怖そうな人と思ったけど全然怖くないじゃないか。その大きな手は、きっとここにいる利根や磯風、そして舞鶴の艦娘を守るための手なのだろう。

 

「そういえば…雪風の時もそうだったな。よかれと思ってやってたことが、雪風を苦しめる結果になっちまったってやつ。いろいろと難しいもんだ…ショートランドでやってた頃とは訳が違うよ…」

 

「ショートランドでは仲良しこよしでよかった。ここは事情が違いすぎる。悩め、考えろ。そしてとにかくやってみろ。間違っていれば、大淀なりここの艦娘が正してくれるだろう。迷ったり困ったら頼れ。お前一人の鎮守府ではない。ここはお前と艦娘の鎮守府だ。それを忘れるな。大切な仲間。かけがえのない家族。沈めたりするなよ」

 

「もちろんだよ。俺が皆を守る。皆でこの鎮守府をやっていく。うん、大淀。頼むな。頼んない提督だけど」

 

「と、とんでもありません!提督は本当に最高の提督です。私たちも、不束者ですがどうぞよろしくお願いします!」

 

「まるで嫁に行く女子みたいじゃのう」

 

「やめてくれ姉さん。陸奥姉さんが修羅になる未来が見える」

 

「お、おおう…そ、そうじゃな…ぶるるっ、何か寒気がするのう」

 

大げさに震えて体を擦る利根。それだけ陸奥の玲司への執着は凄まじいのだ。大淀はそれを聞いて、提督と翔鶴がいい雰囲気だと知るとどうなるのだろう…と自分も寒くなった。

 

「とにかく、霞や妙高への接し方は大失敗だったな…。参った、ままならないもんだ」

 

何度も同じ事を玲司が呟く。自分と同じようにはうまくいかない。陸奥がしてくれたようにすれば何とかなると思っていた。その考えの甘さを責めるかのようだ。大淀や虎瀬に言われてやっと気づく。雪風の時にも学んだはずなのに。

 

「よし、褌を締め直そう。やんわりと見守ってみる。人間に対して極限まで怯えているし、俺が関わるより、みんなに任せよう。それとなく関わってみるよ」

 

「はい…私たちにお任せください」

 

そう言って包帯を巻く。しかし大淀は気がついた。玲司の手にくっきり残る霞の歯形。もう血が止まりかけている。深い咬傷だった。すぐにでも止血して病院へと思っていたのだが…。

 

「何、すぐに止まる。俺は、人じゃないからさ」

「そのようなことは仰らないでください。また怒りますよ?」

 

「…すまん」

 

ムッとした大淀が最後にギュッと包帯を締める。いてえ!と言う玲司の声は無視された。ふう、と息を吐いて、玲司は食事の準備をしなければ、と言い出した。

 

「提督…?」

「ち、違うって。手がこんなんだし、間宮に指示を出そうと思って…。昨日のうちに間宮と仕込んでおいたんだ。今日は間宮も初めて作るやつだし、きっと困るだろうからさ」

 

「ほっほう。で、玲司よ。何を作るのじゃ?」

 

「餃子。利根達も食ってくか?霞達やおじさん、利根達の分を作ってもたぶん多いくらい作っちゃって。霞や妙高は、たぶん食べないだろうし…」

 

「れ、玲司の餃子じゃ!やったやった!我輩の大好物じゃー!父!食って帰るぞ!絶対じゃぞ!」

 

「わかった。このまま帰るといつまで恨まれるかわからん」

 

「うむ。だが、私も久しぶりに兄さんと食事がしたい。真似をしてもなぜか真似ができん兄さんの料理、もっと研究もしたいしな」

 

うんうんと満足そうな磯風。大喜びで飛び跳ねる利根。またしても未知の料理が出ることに楽しみを隠しきれない大淀。それぞれが期待を胸に食堂へと向かった。

 

 

食堂に行くと、部屋の隅で小さくなっている朝潮達。玲司達が来たことで緊張が増したようだ。

 

「ごめんな、ほったらかしで…霞なら、ちょっと汚れちゃったから妙高と風呂に入ってるよ。みんなで入るか?」

「い、いえ…事情はお伺いしました…霞が申し訳ありません…」

 

「ううん。俺が怖がらせちゃったんだ。霞は悪くない。ごめんな」

 

「……か、霞に何か、ひどいことをしたら…あなたも、こ、殺してあげるわねぇ…人間なんて…絶対信じないんだから…!」

 

荒潮が睨みつける。少し前に出て、朝潮や大潮、満潮を守るように啖呵を切る。ここまで人間不信になるとは…。いや、自分の時だってそうだった。こうなるのはわからなくもない。

 

ニッと笑って間宮に手を怪我して料理ができない旨を伝えた。大淀が事情を説明したらしく、間宮も激怒。

 

「私が今日は全てやりますから提督は口を出すだけにしてください!手出しはぜーったいさせません!ほんとにもう!」

 

「ま、間宮、すまん。間宮の言うとおりにするから、そう怒らないでほしいな…」

「怒ります!もう!もう!」

 

間宮にも怒られ、さらには食堂にやってきた翔鶴にも見られて激怒され、ペコペコと頭をかきながら謝る玲司。

 

「何あれ…艦娘に怒られる司令官だなんて、聞いたことないわぁ…」

「わ、悪い人じゃないのかなぁ…?」

 

「簡単に信じちゃダメよ。人間なんて…すぐ裏切るんだから…」

 

「荒潮…」

「わ、私は…あの人が悪いようには見えない…怖い、けど」

 

「満潮?そうやって裏切られたの、忘れたのかしらぁ?」

 

「………」

 

荒潮が満潮を窘める。人は裏切る。人は信用してはいけない。荒潮は何度も満潮や朝潮に繰り返す。朝潮達も荒潮がどうしてこうなったか、理由が分かっているために反論ができない。

 

「し・れ・え!今日の晩ご飯は何ですか!雪風、お腹空きました!」

「しれいかーん、今日はなぁに?ハンバーグかなぁ?オムライスかなぁ?」

 

「ボクはどっちでも楽しみだよ!あ、なぽりたんだっけ?あれもいいなぁ」

 

突然騒々しく現れた駆逐艦。ボスっと司令官に抱きついている。その笑顔は荒潮にとっては眩しいものであった。満潮は憧れた。

 

………

 

(うふふふ!ほらぁ、荒潮はしっかり捕まえてくれないと逃げちゃうわよぉ?あらあら、捕まっちゃったわぁ)

(司令官はあんなでも、あなたは優しい人なのねぇ…)

 

……

 

 

「…気分が悪いから、さっき連れて行ってもらったお部屋で寝るわ…」

 

「あ、荒潮…」

 

「なぁに?みんなは食べればいいんじゃない?」

 

どこか怒りを孕んだ顔で朝潮達を見た。怖くて一緒に部屋には戻れそうもない。

 

「せいぜい気をつけてねぇ?朝潮姉さん達。人間なんて、簡単にあそこの人達みたいにポイしちゃうからぁ。その時、どうなっても知らないからね?うふふふふふ!!」

 

早足で食堂を去っていく荒潮。声がかけられなかった。艦娘と思しき人が集まりだし、一層賑やかになる。こんなに賑やかな風景は朝潮達は知らない。静かに、そして速やかに食事を取り、部屋で何をするでもなく、私語も許されなかった。

 

駆逐艦雪風達が司令官の周りをピョンピョンと跳ね、司令官は抱きついている金髪のぽいぽい言っている駆逐艦の頭を撫でている。朝潮と大潮は混乱し、満潮は羨ましかった。

 

「よし、今日は新しい子も増えたからみんなで楽しく料理をしまーす。みんな手は洗ったかー」

 

はーい!と言う元気な駆逐艦の声。

 

「何だよ何だよ、もったいぶってないで早く説明しろよ!」

「摩耶落ち着きなよ。せっかちだなぁ」

 

そうして何かの説明が始まった。ぼんやりと見る朝潮と大潮。立ち上がり、興味を示す満潮。

 

「満潮…何を…」

 

「荒潮は、ああ言ってたけど…私は信じる。一緒だったらそれまで。でも、前へ進まないとわからないから。私はあの司令官に…賭ける」

 

流しで手を洗い、横須賀の皆に加わる。

 

「司令官、私もやるわ。私にも教えて」

「満潮。オッケー。じゃあ説明するぞー」

 

心配そうに満潮を見つめる朝潮。何かを考え込んでいる大潮を横目に、何かが始まった。

 

 

部屋の一番隅で膝を抱えて座り込む荒潮。彼女の脳裏に映るのは、大嫌いな司令官とは別の人間。司令官は屑でも、その人間は優しかった。内緒でお菓子をくれたり。優しく話してくれたり。それが救いだったのに…。

 

(どうして?どうして…助けてくれないの?ねえ、ねえ!)

(こうしろと言われただけだ。報酬をくれるからとな。お前みたいなガキに、本気になるか。金のためだよ)

 

(うふふふ…うふふふふふ!あははははははは!!私バカみたぁい!!!あははははは!!)

 

人は艦娘なんかに親身にしない。親身にする裏には欲がある。だから簡単に裏切る。人といる艦娘もどうせ何か掴まれてるんだ。信じない。絶対信じない。人間なんて、絶対信じない。

 

(し・れ・え!)

(しれいかーん!)

 

笑顔で飛びつく駆逐艦。それを笑って受け止める司令官。その光景は痛かった。何よりも荒潮が求めていたもの。裏切るんだ。だからあれは偽りだ。そう信じ込もうとしても、胸が痛かった。どうして?どうして私はああならなかったの?ねえ、私もあの司令官に飛びついたら優しくしてくれる?

 

無理よね。どうせ、裏切るんだもの。はっ、と一人で小さく笑った。そうすると、笑いたい気持ちがこらえられず、大きく笑った。ひとしきり笑った後に去来するものは虚無。助けを誰かに求めることもできず…

 

「う、うわあああああああん!!!ああああああああ!!!」

 

誰もいない部屋で一人泣き崩れた…。




満潮は光明あり?大潮も続くでしょうか。朝潮はどうなるでしょう。そして、荒潮に霞。妙高。そして、彼女たちに繋がりがありそうな子が一人いそうな感じ。

試されている玲司はどう立ち向かうのか、次回に続きます。

それでは、また。
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