提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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玲司が問題を解決していくのではなく、横須賀の艦娘が少しずつ朝潮達の緊張を解きほぐしていきます。


まずは妙高、そして霞。彼女達に接するのは誰?


第五十六話

よろよろと危なっかしく歩く小さな少女とそれを見守るように声をかける大きな女性。

 

「霰ちゃん、大丈夫?そっちも持ちますよ?」

 

「いい…へーき。霞姉さんに、霰から渡したい、です」

 

こぼさないように。転ばないように。慎重にゆっくりと進む駆逐艦「霰」とそれを後ろから見守る戦艦「大和」。姉である霞のために届けたいと言って聞かない。霰はこうと思ったことは自分で必ずやり通す。それのせいで、融通が利かない性格でもある。良く言って一途。悪く言えば頑固。

 

司令官の命令「生きて必ず帰ってこい」と言う命令を必ず遂行するために、時には電の時のような行動にも出ることもある。感情をほとんど表に出さないが、この横須賀鎮守府のみんなを思う気持ちは雪風や北上にだって負けやしない。

黙々と任務を遂行するが、熱くなりがちな夕立や皐月を止めるストッパーであり、雪風と共に戦艦や空母の護衛をさせれば雪風には一歩劣るが、それでも他の駆逐艦よりも丁寧な仕事をし、みんなとの連携を大事にする仲間思い。

 

そんな霰は、新たにここに訳あってやってきた霞と一緒に朝ご飯を食べようと、巡洋艦寮へと霞と自分の分、そして妙高の分を持って行くと言って一人で全部運ぼうとした。が、量は多いし、重い。心配になった大和が自分の分と妙高の分を運んでいる。

霞が姉、と言うのは艦の時の記憶として魂に刻み込まれている。姿もなぜかわかる。艦娘の不思議なところではある。ひとえに魂に刻み込まれた記憶のおかげであるが。その記憶に突き動かされ、霞と話がしたい。一緒にご飯を食べたいとなったのだ。大和は何となく嬉しそうで上機嫌(に見える)霰と共に、新たな艦娘と仲良くなりたいと思ってついてきた。

 

「妙高さん、いらっしゃいますか?」

 

手がふさがっているのでノックができないし、霰は声が小さいから無理だろうと大和が声をかける。ゆっくりとドアが開かれ、不安そうな顔で妙高が顔を覗かせる。

 

「はい、どうされましたか…」

 

「朝ご飯をお持ちしました。せっかくですからご一緒にと思いまして。霰ちゃんも、お姉さんと一緒に食べたいと。あ、ご迷惑でなければで…」

 

「んちゃ…霞姉さんと…一緒に食べたい、です」

 

妙高は考えを逡巡させ、断ろうかとも思ったが、あまりにも大和と霰の目が純粋にご飯を一緒に食べたいだけ、とキラキラしていたし、大和と目が合うとニコッと笑った笑顔に少し緊張が解けたので、ドアを開けて招き入れた。霞も人間の男なら恐怖にひきつるが、昨夜やってきた扶桑と言う戦艦には恐怖を感じていなかったので大丈夫だろうと思った。

 

部屋はほぼ何もなく、簡素に布団が畳まれているだけだった。一応カーペットやクッション、ちょっとしたテーブルはあった。布団と一緒に扶桑が持ってきたそうだ。

 

「さすが扶桑さん…優しいなぁ…」

 

「扶桑さん…とっても優しい。いい匂いも、します」

 

「おねえちゃん、だあれ?」

 

「霞姉さん…霰、です。姉さんの、妹。です。ご飯、持ってきたよ」

 

「ごはん?かすみ、たべていいの?かすみはいらないこだから、たべちゃだめっていうの…」

 

「霞姉さん、来てくれて、嬉しい。ここでは、食べていい。食べて、元気」

 

「……いい、の?かすみも、たべていいの?おこらない?たたかない?」

 

霰はこくりと首を縦に振った。大和は見た。ふっと優しく微笑む霰の表情を。大和もニコニコと霞と霰をみていた。

 

「みょうこうさん!かすみもたべたい!おなかすいた!おねえちゃんとたべたい!」

 

「霰は、霞姉さんの妹…だよ」

 

「あられ…あられ…うん!おぼえたよ!いっしょにたべよ、あられちゃん!」

 

パァッと霞が笑った。何をどうしても、何度もう大丈夫と言っても、怯えていた霞が笑った。妙高は目頭が熱くなった。この子を救いたい。その心でいっぱいだった。この子を明るいところで、笑っていてほしいと。あの場所に連れて行かれ、心が壊れてしまったこの子を。誰か助けてと言う祈りは届いた。少し不安は残るが、無邪気に笑う霞を見て、ふう、と息を吐いた。

 

「霰ちゃん、かわいいですよね。街に出でも、すぐに好かれて人気者になるそうですよ。さ、妙高さんも召し上がってくださいね。おかわりが必要でしたらお持ちしますので」

 

またニコッと笑いかけてくる。何だろう、この二人。とてもまっすぐで、まぶしくて。優しい…。

 

「は、はい。それではお言葉に甘えさせて頂きます」

 

「はい!提督の焼いた卵焼きがとってもおいしいですよ!」

 

さらに驚いたのがこの料理を作ったのが提督だと言う。まだ温かい卵焼きを切り分けて口に入れる。宿毛湾で建造された時から料理と言うものを口にしたことがない妙高にとっては、未知の味だった。大和はおいしい!と言ってパクパク食べている。そうか、これがおいしいと言うこと。初めて知るものだ。

どれもたどたどしくあるが箸が進む。白いお米も。温かい味噌汁。あじの開き。大和に食べ方を教わりながら食べ進める。自分としては、味噌汁と言うものがとても気に入った。

 

「はい、あーん」

 

「あーん」

 

「おいしい?」

 

「んっんっ…お、い、し、い?おいしいってなあに?」

 

「おいしいものを…食べると。元気になる。霞姉さん、元気…出た?」

 

「んー…んー…わかんない。でも、もっとたべたい。これ、たべたい。あられちゃん、いい?」

 

「いいよ…これは、おさかな。おいしいよ」

 

「あーん。んっ…おいしいよ」

 

「ん。よかった」

 

霰が霞のペースに合わせてご飯やおかずを口に運ぶ。妙高としてはこのあと吐いてしまわないか心配だったが…。大和はやっぱり笑って見守っている。その光景は、確かに微笑ましく、見ていて安心できる。

霰は霞の口の周りにつけてしまったご飯粒を取ってあげたり、合間に忙しく自分のご飯を食べたりしているが、進んで霞にご飯を食べさせている。

 

「ごちそうさま…」

 

「んと。うんと。ごち、ごちそうさま」

 

「ご飯を食べたら、ちゃんと、言おうね」

 

「うん!ごちそうさまぁ!」

 

霞の頭を優しく撫でる。霞はビクッとなってしまう。

 

「あ…ごめんなさい…怖かった…?」

 

「んーん。あられおねえちゃんだからだいじょうぶ。ちょっとくすぐったい」

 

「ん…いい子いい子…」

 

「ほんと…?かすみ、いいこ?かすみ、わるいこ。だめなこって…」

 

「霞姉さん…ご飯もぜんぶ食べたし…ごちそうさまも言えた。だから。いい子…よしよし」

 

「えへ、えへへ。あられちゃんにほめられたぁ♪」

 

霰を見つめて嬉しそうに笑う。その姿は妙高が望んでいたものだった。本来の霞の姿とかけ離れていたとしても。妙高の考えでは霞はもうこのままだろう…と思っている。戦いに出られない艦娘となってしまった。本来なら、仕えるべき人間のせいで…。

 

「霞さん。嬉しそう…かわいいなぁ」

 

「本来ならば霞さんはあのように子供っぽくはありません。自他共に厳しく。とても優秀な駆逐艦だったんです。それがこんなことに…」

 

「人間のしわざ、ですか」

 

妙高は無言で頷いた。大和も人間に酷い目に遭わされた艦娘の話は知っている。傷だらけの時雨。顔に傷がある村雨。そして吹雪。駆逐艦だけではない。横須賀は多くの見えない傷を抱えている艦娘が多い。いつもニコニコ笑っている雪風が深海棲艦になってしまいそうだった時の話を聞いたときは抱きしめて大泣きしたくらいだ。

 

「……人間とは恐ろしいですね。提督のように私達を大事にしてくれる方もいれば、霞さんをここまでにするような人も…」

 

「朝潮さん達も人が信じられずにいます。荒潮さんは理由がわかりませんが、私でさえ信じてくれません。ここの提督は悪い方ではないと思いますが、私も今は…」

 

「提督も妙高さんをはじめ、朝潮さん達にもどう接したらいいかわからないって。ですから、扶桑さんと私が提督と皆さんの橋渡しをできればなぁって思ってます。提督を信じてくださいとは言いません。まずは、私たちを信用してはもらえませんか?」

 

ふむ…と妙高は考え込む。しかし、突然とはいえこうして世話を焼いてくれて、かつ霞が霰にここまで懐いているとなると、ここで来ないでくださいと言うと霞が悲しむし、精神的に良くない気がする。

 

「ねえねえあられちゃん。あられちゃんは、かすみにおこったりぶったりしない?かすみ、いたいのいや。ばかやいないほうがいいとか、しねっていわれるのきらい…あられちゃんは…かすみのおともだちになってくれる…?」

 

「霰は、霞姉さん…ううん、霞ちゃんのお友達、です。そんなことは、言わないよ」

 

「ほんと!えへへ、みょうこうさん!おともだちができた!あられちゃんだよ!」

 

「良かったですね。仲良くしてくださいね」

 

「うん!えっと、おねえちゃん、は…?」

 

妙高よりも大きいだけに、恐怖が勝るようだ。大和がにっこり笑って自己紹介をする。

 

「大和と申します。や・ま・と。霰ちゃんのお友達です」

 

「あられちゃんのおともだち?や・ま・と。うん、おぼえたよ、やまとおねえちゃん!きれいなおねえちゃん!」

 

近寄ろうとするが、まだ少し怖いのか、おずおずと手を伸ばす。大和はゆっくりと、手を下から差し出し、ゆっくり手を開いて霞の手のひらに重ね合わせる。手が触れた一瞬怖かったのか手を引こうとしたが、そっともう一度大和の自分より大きな手に小さな手を乗せる。

大和はそっと霞の手を握り、敵意はないことを見せる。

 

「よろしくね。霞ちゃん」

 

「うん。おねえちゃん、あったかい。いいにおいがする」

 

大和の膝に乗り、抱きつく。大きくて暖かくて、柔らかくて。妙高にもしていたことだったが、まさかこんな短期間で…。屈託のない笑み。霞を気遣い、手のひらを上に差し出してみたりと。大和の優しさが霞には伝わったらしい。

 

やがて霞は大和の膝の上で船をこぎだした。

 

「霞ちゃん、眠いの?お腹いっぱいだし、あったかいし、おやすみする?」

 

「ううん…かすみ…あられちゃんと、やまとおねえちゃんと…もっと、おはなし、しゅる…」

 

「お姉ちゃん達はここにいるから、起きて元気になったらお話しよ?」

 

「霰も、ここにいるよ」

 

「うん…」

 

「さ、お姉ちゃんのお膝を貸してあげるから、ね?」

 

「うん…おねえちゃん、あられちゃん、いなくならないで。さみしい。こわい…」

 

「起きるまで…いるよ。風邪、ひくから。毛布も…」

 

「あったかい…あったかいよぉ…」

 

大和のスカートに涙を流し、安心したのか眠りについた。しばらくぐずっていたが、霰が霞の手を握り、大和が頭をなで、妙高が背中を優しく背中をさすってやると、大和のお腹に顔をうずめてスースーと寝息を立て始めた。

 

「寝ちゃったわ。ありがとう、霰ちゃん」

 

「んちゃ…」

 

「こんなに安心して寝息を立てて眠るなんて…いつもはもっと眠るのも怖がるんです。怖い人が来ると。お仕置き部屋に連れて行かれると途中で目を覚まし、泣きわめくのですが…大丈夫そう、ですね…」

 

「妙高さん。疲れてない?おやすみ、する?霰のお膝、貸します」

 

「い、いえ、私は問題ありません…」

 

「ざんねん…」

 

本気で残念がっている(ように見える)霰。やってみたくなったのね、とクスクス笑う大和。

またしても来訪者を知らせるノック。今度は満潮だった。料理を持って行くと言った霰が心配だったらしく見にきた。

 

「へえ。霞がここまで静かに寝るなんて初めて見たわ。随分と懐かれたのね」

 

「はい。霰ちゃん、大和お姉ちゃんとそれはとても嬉しそうに」

 

満潮がうっすらと笑って霞の頭を撫でる。心配なのだ。あの強気だった霞が、何もかもを閉ざし、子供のように泣きわめき、すべてに怯えてここになじめないのではないかと。見るものすべてに怯えていた霞を思うと、こうして静かに寝息を立てる妹が愛しくてしかたがない。宿毛湾にいたときはお互いに我が強く、合わないと思っていたが、まさかこんな形になるとは…。

 

「霞は。もう昔の霞には戻れない。戻れないどころか、艦娘として海に立つことも、もうできないかもしれない。聞いたでしょ?私はいらない子って何度も言ってたと思うけど。自分たちで霞の心を壊して、艦娘としてやっていけなくしておいて、いらない子だ。解体してやろうか。クズはお前だ。こう言って霞の心をより踏みにじって、粉々にしてくれたのよ」

 

「もうやめてください。私が代わりに、と言うと…それでも私を庇おうとしました。悪い子は自分だ。妙高さんやお姉ちゃんは悪くない。そう言って…人はそうすると悪い子だと髪を引きずり…あの時の霞さんの光のない瞳…見ていられませんでした」

 

「助けたくても助けられない…何もできなくてただ霞を連れて行かれるのを泣きながら見ているだけなんて惨めな真似。もうごめんよ」

 

妙高と満潮が霞の頭と背中をそっと撫でる。ううん…と唸ったが、それでも気持ちよく眠っている。起きる気配はない。妙高も満潮も顔を合わせてフッと笑った。

 

「もう霞はどこへも行けない。こんな状態になっている子なんて。よそでは邪魔者でしかない。司令官はこの子の居場所をここに作ってくれた。慣れてくれば霰や時雨、雪風達のいる駆逐艦寮に移そうかって。当分無理だけど、みんなで一緒に寝た方がいいだろうって。そう言ってくれる人でよかったわ…」

 

最悪のシナリオとしては艦娘として使えない以上、解体しよう、と言い出すことだった。それを言った時点で信用になど値するわけがない。恐らく、夜な夜な殺して、海へでも逃げようと思った。妹と心中だ。二人一緒に沈んで二人一緒に深海棲艦になろう。そうすればずっと寂しい思いをさせてやることもない。そんな覚悟もしていた。

 

「本当に大丈夫なのでしょうか…手のひらを返して、やっぱり邪魔だとは…「言わない」

 

妙高の言葉を遮って、小さな声ではあるが、霰が妙高の心配を真っ向から否定した。

 

「言わない、です。司令官は、どんな艦娘も…守るって言った。だから、霞姉さんも。朝潮姉さん達も、守る、よ。霞姉さんも…守るって…だから、解体なんて、絶対。言わない、です。」

 

霰の見せた表情はいつもと少し違う、どことなく真剣な表情で妙高に訴えかける。

 

「私も。提督の手で建造され、霞ちゃんや妙高さん達。この鎮守府の皆さんのように酷い目に遭ったことはなく、楽しく生活しています。ですけど、大本営に行った時の私を見る目と、提督が見てくださる目は全然違いました。私を優秀な兵器としてしか見ていない目。ゾッとしました。人は信じられませんが、提督はそんな目で見ず、優しく接してくれます」

 

「私も。司令官を信じる。アイツや、アイツらとは違う。私をちゃんと私として見てくれる。人として扱ってくれる。霞のことも、朝潮姉さん達のことも、真剣にここで生活できるように考えてくれてる」

 

霰、大和、満潮。三人が揃って提督を信じている。霞を守るため、そして満潮や朝潮達を守るためと距離を置いていたが…。

 

「そう、ですか。霞さんを盾に逃げていてはいけませんね。私も。改めて提督とお話をしてみようと思います。すぐに信用はできませんが、霞さんの安全をこの目と耳で確かめたく思います。私一人では限界もあります。大和さん、霰さん。ありがとうございます」

 

丁寧に頭を下げる妙高。ホッとする満潮。

 

「いいえ。早くここになじめるといいですね。きっと、毎日が楽しみになりますよ。また何か考えているようですし」

 

「司令官、何を…?」

 

「うーん、そこまでは私にも…暖かくなったらお風呂に露天風呂ができるそうですよ。あと、お花もいっぱい植えたいって!」

 

「いい…いいかも。お花も…霰も、見たいです」

 

「どんなお花を植えるのかなぁ。楽しみですね♪」

 

「うん。楽しみ♪」

 

大和が霞のよだれを拭いながら霰と会話している。ああっ、と慌てて拭こうとする妙高。いいんですよ、と大和は笑う。

 

「こんなに熟睡するなんて…大和さん、足は大丈夫ですか?」

 

「はい。クッションをお借りしていますし、起こしてはかわいそうですよ」

 

「霞姉さん、時々…手をぎゅっとして、かわいいです…」

 

嫌な顔一つせず、じっと眠る霞を撫でたり、手を握ったままでいる二人。優しい。宿毛湾ではこんなことはありえなかった。提督が優しければ艦娘も優しくなる。希望の光が見えてきた。いや、見えたと言うべきか。満潮が立ち上がる。

 

「満潮さん、どちらへ?」

 

「ん、朝潮姉さんと大潮姉さんのとこ。霞はもう大丈夫そうだし、妙高さんも。荒潮姉さんのとこも行かなきゃね」

 

「荒潮さん…今行くのは危険ではないでしょうか」

 

「って言っていつまでも放っておけないもの。放っておくと司令官に手を出しそうだし。私が怒りの捌け口になってあげるわよ。私だって負ける気はないわ」

 

「満潮さん…荒潮さんをどうかよろしくお願いします…荒潮さんも、救いの手を欲しているのではないかと…」

 

「やるだけやってみる。取っ組み合いになるかもしれないけど。妙高さん。妙高さんもしっかり休んでよね。休む暇がなかったんだから」

 

「満潮さん。お気遣いありがとうございます。今夜はお言葉に甘えましょう」

 

「べ、別にそういうわけじゃ…一番苦労したのは妙高さんなんだし。霞が休んでくれれば、だけど…」

 

「この様子なら大丈夫でしょう。霰さんや大和さんのお力を借りることになりそうですけど。こちらはお任せください」 

 

「そうね。じゃあ、ごねんなさい。私行くわ」

 

この鎮守府の艦娘。そして司令官と朝潮達との橋渡しができればと満潮は奔走する。長らく求めていた安息の場所だろうと信じて。前途は多難である。それでも満潮は前向きに頑張ろう。姉さん達も安らげればと思い、再び朝潮達に向き合う。気は重い。逃げてはいられない。こう言ってきたらこう言ってやろう、なんて考えながら。

 

……

 

「ん、んん…にゃ…ふああ…」

 

むくりと霞が起き上がった。眠そうに目をごしごし擦っている。

 

「はふぅ…あられ、ちゃん?やまとおねえちゃん…」

 

「おはようございます、霞ちゃん。よく眠れましたか?」

 

「うん…ふぁあ…ねむねむ…あられちゃん…?」

 

「霰も、いるよ。霞姉さん。お昼ご飯の時間…」

 

「ごはん?かすみ、また、ごはんたべていいの?おこらない…?」

 

何をするにも許可を取ろうとし、反応に怯えている。

 

「かすみね。みんながいうの。わるいこだから。わるいこはごはんはたべなくていいって。おねえちゃんたちはいいけど、かすみはだめだって。おねえちゃんにもらったら、おこられて、こわいところにつれ…つれて…うう、うううううう!!!」

 

「霞さん!大丈夫!大丈夫ですよ!もう、もう誰にも怒られないんです!」

 

「う、ううう…ひっひっ、う、う、ううう…あ、あああああ!」

 

パニックになり髪を抜こうとする。妙高が飛びついて止めようとするが、その前に大和が抱きついた。

 

「かーすーみーちゃん!霞ちゃんはえらいですよ!お姉ちゃんや霰ちゃんにちゃんとご挨拶もできました!ご飯も好き嫌いなく全部たべました!すごいです!いい子で眠ってました、お姉ちゃんもゆっくりできました。ありがとう。だから、霞ちゃんは、悪い子じゃありませんし、とーってもいい子ですよ!」

 

優しく頭をなで、しっかりと抱きしめる。涙、鼻水、涎でぐしゃぐしゃの霞を「えらいえらい」と撫でている。

 

「霞姉さん、かわいかった…ごはん、全部食べた。すごい」

 

「う、ううう…ほ、ほんど?か、かしゅみ…ぐすっ、わるいごじゃない?」

 

「いい子いい子…霞ちゃんはいい子ですよ。怖かったね。お姉ちゃんと霰ちゃん。妙高お姉さんがいるからね。霞ちゃんはなーんにも怖くありませんよー」

 

今度は霰が頭を撫で、大和がぽんぽんと背中を優しく叩く。時々揺さぶり、まるで赤ちゃんをあやすかのように。大和も涙をこぼしそうになっていたが、ここでお姉ちゃんが泣いていてはいけないと、ぐっと霞に見られないようにこらえた。多少声が震えていたが。

 

「かすみ、いいこ…いいこにするから…いなくならないで…おこらないで…いたくしないで…」

 

「怒らない。いたくしない。いなくならない、よ。霰と大和さん、ずっといっしょ」

 

「ほんと…?」

 

「約束。霰は、ずっと、いるから」

 

「お姉ちゃんもずっといるからね。妙高お姉さんも一緒だよ」

 

「そ、そうです、ね…私も。ずっといますよ」

 

「うん…うん、よかったぁ」

 

大和の胸に顔を埋め、ひくっひくっとしゃくりあげる霞。安心して、嬉しくなって泣いているのだが、泣き顔を見せたくないらしい。大和にぎゅっとしがみつく姿がたらないほどかわいらしく、大和はまた背中を優しくさすってはぽんぽんする。霰はまた頭を「いい子…」となで続けた。

 

少しして落ち着いたのか大和から離れる。大和は少し名残惜しいのか残念そうな顔をしていた。霞は上機嫌で。親指を咥えて大和達を見ていたが、霞からくぅ、とお腹の鳴る音が聞こえた。

 

「あ、あう…はじゅかしい…」

 

「うふふ。もうお昼を回っちゃいましたね。お昼ご飯、もらってきますね」

 

「霰も、行きます」

 

「あ、あう、あう…おねえちゃ…あられちゃ…」

 

二人が立ち上がり、どこかへ行こうとすると手を伸ばして必死に行くのを止めようとする。

 

「霞ちゃんと妙高お姉さんのご飯を持ってくるからね。すぐ帰ってくるから、いい子で待てるかな?」

 

「…うん。かすみ、いいこにしてる…」

 

「うん、いい子ですね。じゃあ、妙高さん。少しお願いしますね」

 

そういって部屋を出ると妙高に抱きつく霞。抱きついたときの温もりがとても安心できるのがわかったらしく、しがみつく。大和はこういう時背中を優しく叩いていたっけ…。見よう見まねでたどたどしくぽんぽんする。

 

「みょうこうさん、あったかい…」

 

「ふふ…よかったです。霞さんも暖かいですよ」

 

ぐいぐいと頭を押しつけてくる様子がかわいかった。よく考えれば、霞がこんな甘えてくることはなかった。あの二人がいてくれたから。同時に自分が情けなくなった。こんなことになって、どう対処していいかわからず、甘えさせることもさせずにおろおろと…。霞から目を背けていた自分を恥じた。これからは大和達と共にもっと近寄れたなら。これからのことも踏まえて、やはり提督と話をする必要がある、と勇気を出して話すことを決意した。

 

「おまたせしました!今日のお昼ご飯は間宮さんお手製のチャーハンでーす!」

 

「おいしい、です」

 

「ありがとうございます。さあ、霞さん、いただきましょう」

 

「うん!かすみ、すききらいしないでたべる。いいこ、ですか?」

 

「うん、いい子いい子」

 

「えへへ。えっと、あられちゃん、なんだっけ?えっと…」

 

「いただきます…です」

 

「あっ、いただきます、です!」

 

そう言うと霰がまた霞の口にご飯を運ぶ。それを見てまた大和がにっこり笑って「いただきまーす!」と元気良く、大皿てんこ盛りのチャーハンを食べ始めた。その量に驚く妙高だったが、気にしてはいけない…と自分も食べ始めた。

 

初めてゆっくりと安心して食べる食事。油断して舌をやけどする妙高であった。




霞の話を考えている最中に霞が改二乙になり、これを書いている最中に改修が終わりました。霞や霰、満潮は万能タイプで本当に使い勝手が良くていいですね。
霞と霰の絡みはかわいらしい姉妹でほっこりしますね。この話では逆転していますけど。

ひとまず、霞の話は後日続きを。満潮の長い一日はまだ終わっていません。朝潮と大潮、そして荒潮と話をするため、まだまだ奔走します。次は朝潮と大潮。この二人に満潮はどう出るのか?次回をお待ちください。

それでは、また。

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