提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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北上の続きになります

お出かけの前に一悶着あった北上。ただでさえ参っている北上に追い打ちをかけるように容赦なく浴びせられる罵声。北上の心はもはや誰知れずと壊れる寸前であった…

2018/10/07 台本形式を廃止。編集しました。


第六話

演技は得意なんだ。演じろ。いつもの北上を。弱みを見せたら終わりだ

 

違う…本当は見てほしい。弱い自分を。そして…助けて。誰か、助けて

 

/鎮守府 駐車場

 

エンジンをかけつつ待っていると、のそのそと北上がやってきた。やはり、というか私服ではない。当然ながら私服を買うことは許可されていないだろうから仕方がないだろうけども

 

「お、早かったな。一番乗りだ」

「いえーい。まー、そんなに準備するもんでもないしね。んー。楽しみだねぇ」

 

そう言って玲司の隣で駆逐艦を待つ。するとぽんぽんと玲司は北上の頭を撫で始めた。ビクッとなったが、そこは平静を装って批難をする

 

「なにー?ていとくー。なんなのさ突然?」

「ん?いや、何か言いたそうな顔してるなと思って。何かあったか?言ってみな?」

「えっ…」

 

突然の言葉に北上は玲司と目が合う。その目はまっすぐで、優しく笑っていて…北上は吸い込まれそうな玲司の瞳に思わず目をそらした。けれど、すぐに見つめなおしてしまう。やっぱり。やっぱりこの人なら…でも…

 

「な、何でもないよ。何でも。提督、あたしガン見しすぎ!」

「………。わりいわりい!俺の思い過ごしみたいだ。でも、何かあったら言えよ?俺でよけりゃだけどな。な?」

 

「うん…ありがと」

「おう。まあ、そんな助けを求めてるような眼をしてりゃ、気にもなる。言いたくなったらいつでも言いな。俺でよけりゃ何かの手助けはできるだけするからさ」

 

………

 

喉まで出てきた助けてという言葉をとっさに飲み込んだ。それと同時になんで飲み込んでしまったんだろうとも後悔した。言えばどうなるかわからない恐怖が北上を襲ったからだ。依存したい気持ちと、突き放されるかもしれないと言う恐怖がかち合う。最後には恐怖が勝ってしまった

 

北上は自分を偽りすぎたがために、本心をさらけ出すと言うことをひどく恐れている。仲良くしてくれる名取にさえ、本当の弱い自分は見せることができない。自分はどれだけ仲間を欺いてきたか。これはその罰だ、とまで思うようになっていた。でも、北上は。これを逃せばもうチャンスはない、と勇気を振り絞った

 

「提督。話があるんだ。今からはくちくが来るから言えない、けど。き、聞いてほしい話が…あるんだよね。よかったら、あたしの話し相手に…な、なってよ。部屋で、待ってる…からさ」

「…ああ、いいぜ。大事な話だろ。いいぜ、聞かせてくれよ。お前の本音を」

 

「はっ?な、なに、本音って…」

「俺には隠しても無駄だよ。全部吐いちまえよ。泣いてるじゃねえか。お前の心が。痛い痛いって。痛いなら痛いって言わなきゃダメだぞ?じゃなきゃ壊れちまう」

 

そう言って玲司は笑っていた。全て見抜かれていた。名取にも。誰にも。気づかせるつもりのなかった自分を。痛いって。辛いって。助けてって思ってしまったから?

 

「な、ん…で」

「そりゃあお前、俺は心理学者の息子だからな」

「はあ?何それ…前は美容師の息子じゃなかったっけ」

 

 

「あれ?そうだったかな?忘れちまったよ。ハハッ」

「クス…なんだよそれー」

 

そうこうしているうちに村雨たちがやってきた。二人で笑いあっていたのが気に入らなかったのか、村雨と夕立は頬を膨らまして何を話していたのかを聞いてきた。ただの雑談だよ、と言っても質問攻めがひたすら車内で続いてしまったのは言うまでもない

 

/鎮守府近くの商店街

 

まず少し離れたリサイクルショップで、玲司曰く悪趣味な前提督のインテリアを全部売りに出す。賄賂で得た金で相当いいものを買っていたらしく、いい資金になった

その後は下着ショップや寝間着を売っているお店へ行き、欲しいものを買う。時雨がピンクに猫の肉球がいっぱいプリントされたパジャマを買って村雨に笑われたり

 

かと思ったら村雨はすけすけの寝間着を買おうとして時雨に全力で怒られたり。夕立の提案で時雨のパジャマの色違いを買うことになって村雨がしょんぼりしてたり

北上も一緒のものを買わされて凄まじく不満を漏らすも、ちょっとお揃いが嬉しかった。この子たちは自分を仲間として見てくれていると

 

そして最後は玲司の希望で食材を買うために。そして着任の挨拶をするために鎮守府の近くの商店街へやってきた

多くの人々は海からやってくる破壊者に恐怖を感じ内陸へ越してしまうのだが、海と共に生きる者は海からは離れられない。従ってそのまま生活をせざるを得ないのだ

それでもこの商店街は活気にあふれ、お店から威勢のいい声が響き渡っていた

 

「へー、にぎやかだな。よっし、さっそく挨拶と行きますか」

「提督、待って。前の提督がここで何してたか知ってるでしょ?そう簡単にゃいかないよ」

 

大本営で読んだ横須賀鎮守府の実態。そこには「商店街の店を脅し、無料で店の物を持って行ってしまう」と言う。故に、鎮守府の人間への態度は冷ややかだ。挨拶をすると言っても、はたしてどうなるか…北上も付き合わされたことがある。奴らが引き上げる直前に小さく謝罪を何度もしていたこともあると言う

 

「よし、夕立たちは待機。北上、付き合ってくれ」

 

北上が三歩後ろに下がって歩く。別段何も気にすることもなく、玲司はまず肉屋の前に立った

 

「こんにちはー。初めまして、横須賀鎮守府に新たに着任しました三条玲司と申します。よろしくお願いします!」

 

北上は啞然とする。自ら鎮守府の者と名乗ってどうするのか。それを聞いた肉屋の主人と女将はあからさまに不機嫌な顔になる

 

「へえ、わざわざご挨拶どうも。で、今日は何を持っていきたいんですかね?」

「えーと、このひき肉をいただきたいのですが」

「あんた、ありったけやんな。提督様がご所望だよ」

 

そういうと主人も物凄く不機嫌な顔でひき肉を全て詰めた。よほど歓迎されていないらしい。玲司は気にもせずに北上に指示

 

「北上、八百屋に行ってニンジンとジャガイモをひと箱ずつ買ってきてくれ。これ、お金な。頼んだぞ」

「え、あ、うん…」

「北上、ちょっと。(ゴニョゴニョ)」

 

ぼそぼそと北上に耳打ちする玲司。顔が近いことで北上はドキッとする

 

(ち、近い近い!顔が近いよ!)

 

「おーけー?」

「うん…わかったよ…」

 

小走りで八百屋へ向かった。わけを話して大きな箱を二箱抱える。お金を渡そうとするが…

 

「おいおい、なんだ?鎮守府の海を守ってくださるありがたい方々からお金なんてもらえませんぜ。どうぞ持ってってくださいよ。いつもみたいに」

「え…でも…」

「お金をもらったら誰がこの海と町を守ってやってんだって、あそこの提督様に怒鳴られちまいまさあ。いらないから、どうぞどうぞ」

 

ぶっきらぼうに八百屋の店主に言われてしまう。常習となってしまった強請り、集りにうんざりしているのだ。時には艦娘の副砲を向けられたこともある。もはや、抵抗する気はない

 

北上が首を横に振りながら戻ってきた。お金は払おうとしても受け取ろうとしないだろうと言う予想はいとも簡単に当たった。どうしようもないくらいに信用がない。時として高級な肉を食べたいからと強引に持っていき、甘いものが食べたいなどと言っては果物をごっそり持っていき。ただでさえ余裕のない店がさらに余裕がなくなる

 

「はい、お待ちどうさま!さあ、持ってっておくれよ!」

「ありがとうございます。おいくらですかね?」

 

「あー、いいですから!提督様、これで町をどーぞお守りください!」

「いやいや、そういうわけにもいきません…んー、参ったな…」

 

ダメだ。頑として受け取ろうとしない。そこで玲司は北上に、まだ軽いだろう箱いっぱいのひき肉を持たせ、自分は野菜を持つ。そして…肉屋の女将に持っていたお金を押し付けて一気に走り出した

 

「北上走れー!」

「う、うん!」

 

1万円と書かれたお札を10枚、強引に女将のエプロンに押し込んで玲司と北上は車へと走る。女将がエプロンのお金を見て走るが、すごいスピードで逃げるため追いつけない

 

「ちょっと!何だいこれ!?受け取らないって言ってるでしょ!?」

「だめー!受け取ってくださーい!お釣りもいりませーん!!」

 

「はあ!はあ!こ、こんなにいくら…なんでも多いよ!」

 

玲司は大急ぎでトランクを開けて野菜を放り込み、運転席に戻ってエンジンをかける

 

「提督!待ってよー!」

「北上急げ!早く早く!」

 

「え、え!?一体どうしたの!?」

「きたかみさーーーん!がんばるっぽいー!」

 

北上も大急ぎで助手席に乗り込み箱を抱えてドアを閉める

 

「こら、待ちなさ…はあ!はあ!もう…ダメ…!」

「ありがとうございましたー!またきまーす!!」

 

そう大声で言いながら車を出して消えていった。肩で息をする女将に遅れることしばらく。肉屋の主人が追いついた

 

「おい、大丈夫か!?な、なんだってんだ…」

「はあ、ひい…お、お金…こんなに…」

 

「んおお!?何だこりゃ!?」

「…受け取ってって…はあはあ…八百屋さんにも…ふう…」

 

「おーい、何がどうしたんでい」

「見ろよこれ、あの提督様がこいつに渡して逃げたんだってよ…」

「…泥棒して逃げるんならあるけど、お釣りももらわず金だけ置いて逃げるなんざ聞いたことねえよ…」

 

「若い兄ちゃんだったな…悪いことしちまったなあ…」

「んだな…次来たら様子見ようや…」

 

………

 

「ええ!?お金を受け取ってくれないから無理やり渡して逃げてきた?」

「てっきり泥棒でもしたのかと思ったよ…」

 

「ばっかやろ。商品もらったらお金出すのが当たり前だろ。ククク、どうだ北上。おもしろかったろ?」

「…あーもう…ほんとめちゃくちゃなんだからなぁ…んふっ…ふふふ」

 

「あっははははは!いやー追いつかれるかと思ってヒヤヒヤしたぜー!ギリギリだったな!」

「んふ、ふふふ…間一髪だったね、あははは!」

 

「笑い事じゃないよ!!」

 

時雨は怒っていたが、玲司と北上の必死に逃げてくる様子がおもしろかったのか、村雨も夕立も、つられて笑っていた

北上はむちゃくちゃだと思いつつも楽しかった。こんなに笑ったのなんか、いつぶりだろう。もう忘れてしまった

 

/鎮守府 食堂

 

「あー、お疲れ様。今夜の晩飯のメニューを発表する。心して聞くように」

「ぽいっ!」

 

「今日は超良質なひき肉が手に入った。と言うことで、今日は、ハンバーグだ!」

「おおっ!何だかわからないけど、提督が作るものだからおいしいに決まってるよね!」

 

ババーンと言う音が聞こえてきそうな光景だった。食堂に集まったメンバーは大淀、名取、間宮、瑞鶴、北上、時雨、夕立、村雨。誰もが、ハンバーグと言う未知なる料理に期待が高まる

 

「んじゃ、さっそく作ることにするぜ。間宮、協力頼むな」

「はい、おまかせください!」

 

夕立と瑞鶴は目を輝かせて玲司がひき肉をこねるところを凝視する。前の提督が嫌味ったらしく食べていた覚えはあるが、自分たちが食べられるとなると期待が高まる。こね終わって間宮と共に形を整え、いざ、フライパンへ

 

ジュウウウウと肉の焼く音が食堂に響く。その音に、時雨も聞き耳を立てていい匂いをかぐ。顔は何もない顔をしているが、足はパタパタとやっぱり期待を隠しきれていない

買ってきたジャガイモはフライドポテトに。ニンジンは甘くグラッセに

皿に盛られていくポテトやニンジン。そして、主役のぼてっと大きなハンバーグ。その上には目玉焼き

茶色のソースをたっぷりとその上からかけて完成。ご飯と、玉ねぎのサラダ付き

 

「わあ、すごいすごい!すっごいおいしそう!」

「すごいっぽい!おいしそうっぽい!早く食べるっぽい!」

 

「んじゃ、手を合わせて。いただきます」

「いただきまーす!!」

 

箸でふわっと切れるハンバーグ。肉汁たっぷりの絶妙な焼き加減。全員が目を輝かせてかぶりつく。白いごはんとの相性も抜群だ。食堂のみんなは笑顔だった

こんなにみんなでおいしいね、と笑いあって食事がとれるとは誰が想像していただろう?北上も思わず笑顔になって、名取や大淀と食べた

 

ああ、幸せだ…ごめんね、大井っち。みんな。あたしも、もう…いいよね

 

(北上さん。どうか、幸せに)

 

ふと大井の声が聞こえた気がした

 

/北上の部屋

 

落ち着かない。この部屋に人を入れるのは名取を入れて三人目だ。この異様な部屋を見て、提督はどういう反応をするだろう?緊張で吐きそうだった

 

コンコン

 

ノック。運命の瞬間だろうか

 

「俺だ。いるか?」

 

やはり。声を小さくしているのは、摩耶達に気づかれにくくするためだろう。急いでカギを開けて提督を中へ入れる

 

「ありがとな。へえ、これは…」

 

すぐさま部屋の様子を見て言葉に詰まっていた。無理もない。艦の名が戦艦、駆逐艦を問わずびっしりと貼られているのだから。

 

「いらっしゃい、提督。それが何だかわかる?」

「この鎮守府で沈んだ仲間か」

「……正解」

 

鋭い。いや、わかって当然か。ズラリと並ぶ艦たち。それは言ってしまえば墓標だ。鎮守府の外れに大きな慰霊碑はある。だが、それとは別に北上は…彼女たちの墓標を簡単ではあるが部屋に作ったのだ。

 

「忘れたくないんだ…忘れちゃいけないんだ…この子たちのことは。絶対に」

 

「ひでえもんだな。沈めも沈めたり二十人。戦艦長門。空母加賀。多くの巡洋艦に駆逐艦。軽巡、駆逐艦は捨て艦ってとこか。無能め」

 

毒を吐きつつも彼女たちの墓標に手を合わせ、黙とうをささげる。律儀な人だ、と北上は思った

 

「長門さんや加賀さんでさえ、大破したらくちくと一緒さ。誰のせいで…誰のせいで大破したと思って…!」

「重雷装巡洋艦。先制雷撃は攻撃の華。先手必勝だからな。とはいえ、これじゃあ北上はうまく回るはずがない」

 

「あいつは編成や作戦なんて考えなかった。とにかく勝つためなら何でもした。けどもう長門さんや加賀さんを沈めてしまったらお終いだよ。あたしの雷撃だけで、ル級に勝てるはずもない」

 

「大井は大破したから捨て艦に回されたか」

 

「そうだよ。撤退させてって言っても、そのままボスを倒せってさ。大井っちは従った。そして…あたしをかばえって命令に従って…死んだよ…」

「………」

 

そっと大井を玲司が撫でる。…名取にさえそれに触れたら激昂したものだが、提督を怒ることはできなかった。その目が余りにも悲しそうだったから。まるで慈しむかのようにそっと、撫でていた

 

「…ここにある名前はみんなあたしをかばえって言われて沈んだ子たちだよ。忘れないためにここに書いたんだよ。そのくちくはル級の砲撃で本当にバラバラになっちゃったよ。そっちのはチ級の雷撃でぶっ飛んだ。そっちもかな。あんまりにもムカついてあたしも魚雷全部撃ち込んでやったよ。こっちはヲ級にハチの巣

 

「こっちの子は悲惨だったね。建造されてすぐ出撃。悲鳴をあげながらリ級に突撃してぐちゃぐちゃにされたよ」

 

「そうか…」

 

「長門さんは戦場で死ねるなら本望だって笑ってた。加賀さんはあたしに鎮守府を頼みましたって言われたよ。頼みましたって、何を…何をやればいいんだろうね…」

 

「だがお前は懸命に何とか沈ませないように努力したんだろう。お前の性格だ。何となくわかる」

「最初はやったよ。けど、けど…どうやってもあたしじゃ守れない…守れなかったんだよ…。一人死に、二人死に…いつからか悲しむのにも疲れて、泣くこともできなくなった」

 

「そこからお前の心はすり減っていったんだな。心の傷に蓋をした」

 

北上は無言でうなずいた。体は震えている。心に貯めこんだものがもう溢れかえってきているようだった

 

「大井っちが本気で怒ってやめさせようと言いに行ったら…めちゃくちゃに犯されて帰ってきたよ…それからしばらく毎日毎日あいつにヤられて…本格的に嫌がらせを受けてろくに傷も治させてもらえなくなってた」

「で、沈んだと」

 

またも無言でうなずく。最大の心の拠り所であった大井を失った北上は、もう感情すらうまく表現できなくなっていった。感情を持って接すれば情が移る。移った子が沈んでしまったらもうそれは悲しくてやりきれなかった

 

北上は無表情でやる気のないそぶりを見せ、少しでも提督に仕返しをしてやろうと画策。命令にもあまり従わず、どうにかして軽巡や駆逐艦を沈ませないように尽力した。しかし、いくら巡洋艦最強と言っても、雷撃は強くとも戦艦や空母が出てくれば歯が立たない。あれよあれよと沈んでいく仲間

 

「そうしてあたしは姉妹に死ねだの返せだの言われるようになっちゃった。言ったそいつも次の日には沈んだりね。もうやめてって言ったら今度はあたしまで犯されたよ。そんなことはどうでもいいね…」

「よかねえよ。お前はお前で自分を大事にしろ」

 

「できっこないよ!たくさんの何のために生まれてきたのかわからない子たちの犠牲の上に生かされて…!結局あたしまで傷物だよ!あの子たちにだって幸せになる権利くらいあったでしょ!?その権利をあたしが奪ったんだ!あの子たちの言う通りあたしが死ねばよかった!

 

「あたしが死ねば…あの子たちは無駄に沈まずに済んだんだ…あたしにきれいなままでいてって言ってくれた大井っちの言葉も無駄にした…こんな汚い…死に損ないなんて…もう、もう疲れたよ…もう、やだよ…助けてよ…!助けて…」

 

玲司に助けを求め、すがりつくように抱き着いて玲司の胸に顔を埋めた。助けてというのは心の底からの北上の叫びだ。死ぬことはできない。ならどうすればいいのか。もう北上にはわからなかった。玲司は北上を怖がらせないようにそっと抱きしめ返した

 

「北上。お前は優しい奴だな。最後の最後で傷つくのは自分だけじゃないか。そうして、お前の心は取り返しのつかない傷を負った。でもそれを知られまいと隠し通した。血は出てるのに、痛いのに全部隠して。そりゃダメにもなる」

 

「いいか、北上。俺にだけでもいい。痛いなら痛いって言え。俺がこの先、お前の傷を治してやる。俺が、お前を守る。だから、隠すな。隠さず痛いって言え」

 

「てい…とく…」

「心配すんな。もう誰も沈ませない。俺がこの鎮守府に来た奴は全員笑って過ごせるようにしてやるぜ。お前はなーんにも心配しなくていい。な?」

 

昼間を思い出す。楽しい買い物。商店街での逃走劇。みんなで笑って食べたご飯。幸せな時。玲司は北上が何よりもほしかった幸せな時間をくれた。だからこそ信じた。助けを求めた

 

ああ…この人に会えてよかった

 

「ていとく…痛いよ…痛かったよ…苦しかったよ…ねえ、もう…いいか、な…あたしも…泣いて…いい、かな…もう…痛いよ…胸が裂けそうだよ…」

「いい。いいんだ。好きなだけ泣け。お前はがんばったんだ。もう、蓋をしなくてもいい」

 

頭を撫でてくれる手の温かさと優しい言葉に、胸の閉じてきた何かが開いて。もう全てが解放された気分で。北上は玲司に抱かれながら、泣いた

 

褒めてくれた。がんばったなって。撫でてくれた。もう我慢はしなくていいって。やっと…本当の自分を見せることができた。ちょっとしたことですぐ圧し潰されそうになって、泣いてしまう自分。これからはいっぱい甘えよう。そうすれば、もう何も怖くないから

 

ありがとう。ありがとう…だいすき。玲司

 

この日から、北上は玲司と呼び捨てで呼ぶようになり、大淀や夕立たちと一騒動あったことはまた別のお話




長くなってしまった…北上編終了です

何かヒロインになりそうですね…w
北上は始めたときから頼りになるうちのトップメンバーですから、力が入ってもしかたないね

次回もまた読んでいただけたら嬉しいです

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