提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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朝潮・大潮の話はひとまず終わり、時間は戻って荒潮の話になります。

妙高はおろか姉妹さえ拒否する荒潮。そんな荒潮に歩み寄るのは横須賀の艦娘の保護者的存在であるとある航空戦艦。鬼神と後に謳われる彼女がはたして荒潮にどう歩み寄るのでしょうか?


第六十話

夜が明けて、横須賀鎮守府にやってきて初めての朝がやってきた。ほとんど何もない部屋の隅で座り込み、膝を抱えて膝に頭を乗せて休む荒潮。眠ろうにも眠れず、胡乱とした頭で朝日を恨めしそうに睨む。荒潮はもう朝日でさえ恨めしかった。

 

こんなところに保護されず、霞のように壊してくれた方がよかったのに。そうすれば、お腹が減ったことも、眠れない苛立ちも。人間に裏切られた怒りも。何もかも忘れられるだろうに。妹への仕打ちも憎い。何もかもが…腹が立って仕方がない。特に人間には並ならぬ怒りが募っていた。

 

昨夜部屋に心配で見にきた朝潮も突っぱね、食事も拒否し、今に至る。眠気も空腹もピークだ。辛い…。そして、荒潮は妹も姉もいない独りきりにひどく怯えていた。彼女が強気で司令官達に噛みつけたのは姉妹がいたから。荒潮は今まで一人でいたことがない。だからこそ一人は恐ろしく不安だった。それでも、その姉妹さえも拒絶してしまったのでどうしようもない。これからのことも考えようにも、誰かがいないと何もできない荒潮は、途方に暮れてはあ…と大きなため息を吐く。

 

ぼうっと眠気に逆らいつつ、どうしようかと考えていると、ドアがノックされた。その音に眠気は吹き飛び、緊張が走る。姉や妹の満潮とも違う…。

 

「だ、誰…?」

 

「戦艦、扶桑です。朝ご飯をお持ちしたの。昨夜も何も食べていないでしょう?お体に悪いから、食べた方がいいと思って。入ってもいいかしら?」

 

「……どうぞ」

 

そう言って扶桑を招き入れる。朝潮達でさえ入室を拒否したのだが、なぜか扶桑は部屋に入れた。なぜかはわからなかった。その柔らかな声に何か感じたのか、何なのか…荒潮でさえわからない。

 

扶桑はそっと入室し、うっすらと笑みを浮かべて荒潮を見ている。その笑顔に荒潮は…。

 

「何の用かしらぁ。ご飯を持ってきて、私に恩でも売るつもりなのかしらぁ?あ、あまり変なことをすると…よ、容赦しないわよぉ?そ、それとも、司令官からの命令かしらぁ?」

 

「心配いらないわ。提督からのご命令ではなく、私が荒潮さんのことを心配に思ったからよ」

 

笑みを浮かべながら荒潮の前に食事を並べている。トースト、スクランブルエッグ、ボイルされたウインナー。鮮やかな野菜のサラダ。今までろくに食事を与えられてこなかった。大本営でも拒否した食事だが…。

 

「召し上がって?ゆっくりでいいから。食べられないなら、私があーんしてあげましょうか?」

 

「い、いらないわよ…」

 

そう言いながらもチラチラと食事に目がいってしまう。空腹には抗えない。朝食と扶桑を交互に見る。扶桑がにっこり笑って「どうぞ」と促す。見れば見るほどお腹が鳴りそうになるので我慢することをやめ、恐る恐るトーストを手に取り、口に運ぶ。サクリ…と言う感触と共に甘さやしょっぱさが口の中に広がり、一口、二口とかじっていき、スクランブルエッグにも手を伸ばしていく。その様子を扶桑がニコニコと自分を見ていた。その様子は少しと言うかかなり恥ずかしい。

 

「見ないでもらえるかしらぁ…?」

 

「あら、ごめんなさい。でも、緊張したお顔が少し緩んで、嬉しくてつい」

 

扶桑から目を逸らして黙々と食べる。ただ食べるだけなのになんでこんな恥ずかしいのか…。しかし、誰かがいることで。害を与えない者がいることで少し安心できた。今までこんなに食べたことがなかっただけに、少しきつかった。

 

「ふう…。あ、ありがとう。ちょっと、苦しいわね…」

 

「全部食べたのね。よかったわ。食べた後はね。ごちそうさまと言うのよ。作ってくれた人全てに感謝するために、食べたらきちんと言わなきゃだめよ」

 

「ご、ごちそうさま…」

 

「はい、言えたわね。えらいえらい」

 

扶桑が荒潮の頭を撫でる。バッとすぐさま振り払ってしまう。

 

「何するのよ!」

 

「あ、あら。ごめんなさい。ついいつものくせで…怖がらせてしまったわね…軽率だったわ」

 

「き、気安く私にさわらないでもらえるかしらぁ…言ったはずよね、変なことをすると容赦しないって…ほ、ほんとにこ、殺すわよぉ…」

 

「ごめんなさいね。けど、すぐにそのような言葉を言ってはダメよ?怯えているのね」

 

「…私は別に怯えてなんて…いないわぁ。なぁに、それ?」

 

「私には…そうね。前の提督に怯え、私にも少し怯えていた電さんや夕立さんのように見えたわね…。何もかもに怯えているかのような」

 

優しげな紅い眼が荒潮を見る。その眼は自分の心を見透かし、嘘はつけないような。そして…全てを吐き出したくなるような表情。荒潮は扶桑のまっすぐな眼で自分を見つめ、真剣な中にも薄く笑みを浮かべている表情が気に入らなかった。荒潮の心がざわつく。

 

「わ、私の考えていることをを覗いてどうする気?私はあなたがどんなことを言っても信じる気はないわぁ…信じたって、信じたってどうせ裏切るんでしょぉ?ポイするんでしょぉ?……はっ!?」

 

「荒潮さん…あなた…」

 

荒潮は驚いていた。そんなことを言うつもりはないし、言わないつもりでいた。そう心に決めたはずなのに、思わず言葉が漏れた。漏らしてしまった。いや…聞いてほしかったのかもしれない。朝潮や大潮、満潮は同じ目に遭っているし、本音を吐露したところで余裕もなければ言っても意味がない。妙高は繋がりが薄い。一応同じ泊地にいた近い存在であるが、元々繋がりが薄いこと、そして裏切られるかもしれないと言う恐怖から言えない。

 

けれど、扶桑にポロリと漏らしてしまった。荒潮さえも気付かない、荒潮自身の悲痛の救いを求める言葉。扶桑はそれを聞き逃さない。扶桑の優しさは深く、それ故に駆逐艦にはとても懐かれ、巡洋艦以上の艦娘からの信頼も厚い。その扶桑が荒潮の心を探る。

 

「そう…人に…人に裏切られたのね…それは、そう。辛い、わね」

 

「同情なんていらないわよ。そうよ。私は裏切られたのよ。司令官はどうしようもない人だったけれど、その泊地の憲兵さんの一人は。良い人だったわ。そう、思っていただけだけどねぇ」

 

「その人に、裏切られたの?」

 

「そうよぉ!優しくしてもらって、ご飯も内緒でもらったりして!この人なら信じられると思っていたのに、あの日。あの日に全部ぜーんぶ台無しよぉ!うふふふふ!!」

 

荒潮が突然声を荒げ、そして自嘲気味に笑う。その目は自棄になっているように見える。

 

「お前は俺が一番気にかけている。何かあったら俺に全部相談しろですって。そう言ってくれたとき嬉しかったわぁ。これで嫌なことがあっても救われるって。でもねぇ、それもこれも全部全部ぜーんぶ!う・そ!あははははは!バカみたいでしょお!?最初から、それはみーんなうそ!私の言ったことは司令官に筒抜け!俺のことが随分嫌いなんだな。だったら妹の霞と幸せに暮らせるところへ送ってやるからって!姉妹で仲良くやれって!それも嘘なんだけどねぇ!」

 

提督から話だけは聞いていた。騙され、裏切られ。霞は心を壊され、朝潮達も心に深い傷を負ったと。自分は警戒されていて近づくことさえままならない。どうしたものか…と頭を悩ませていた。ならば、と提督に相談もなしに動いてみたが、荒潮の状況はかなり悪い。けれど扶桑はこれしきで引き下がらない。何としても彼女を助けたかった。

 

「そうして…霞さんは…あんなことに」

 

「そうよぉ。人間にひどーいことされてね?人間の子供みたいに…うふふ、みんなみんな殺してやればよかったわぁ!」

 

「…できないことは言わないほうがいいわ」

 

「………」

 

図星をつかれて黙り込む。殺すとは言うが本当は怖くて怖くてたまらず、何もできないだけだった。霞がああなってからは、次の標的が自分であると知ったときは震えが止まらなかった。扶桑に窘められ、目を泳がせる。

 

「私はあなたのように裏切られたことはないし、酷いこともされたことはないから、うまくは言えないけど。そうして眠ることもせず、何も食べず、誰にも相談できずに苦しんでいたのね」

 

「わかったような事を言わないでくれるかしらぁ?わからない人に私の気持ちなんてわからないわよ!」

 

「そうね。私にはあなたの気持ちはわからないわ。だって。あなたは心にしまって話してくれないもの」

 

「…ッ!な、何が心よ…そんなものわからないわぁ…だから、わからないなら余計なこと言わないでくれる!?」

 

「けど、お話を聞くことで歩み寄ることができるかもしれない。あなたの傷を癒すことができるかもしれない。私はあなたを助けたい…そのために私はここに来たのよ。私では、あなたを癒せないかしら?」

 

ドクドクと心臓が早く打つ。少しずつ、少しずつ。荒潮が守る心の殻が破られていく。見せたくない心の中身を、自分がしゃべる度に見られていっているような。これ以上見られたくない。しゃべりたくない!

 

「助けなんていらないわぁ。もうお話は終わりよ。出て行って。もう話したくない、出て行ってよ!」

 

「あなたは何をそんなに怯えているの?ここにはもうあなたを裏切るような人も艦娘もいない。あなたがそれを見ようとしないだけ。自分に閉じこもっているだけではこの先あなたが壊れるだけよ。提督を信じなくてもいい。私だけでも、せめてお話をしてくれないかしら…?」

 

「な、何を…じゃあ、あなたはあなたの司令官を信じていないのぉ?」

 

「私は信じているわ。あの人は艦娘を心から信じ、私たちを優しく、人としても扱ってくれる。だからこうして、余裕を持っていられる。けど、あなたは?あなたはこの先誰も信じずに生きていくの?一人でなんて生きていけないわ…」

 

「そ、そうよ。私は誰も信じない。もう裏切られるのは嫌だもの。誰も信じず、一人で生きて一人で死ぬのよ。ここもすぐ出ていくわ。出て行ってぇ、アイツらをめちゃめちゃに壊してぇ、私も死のうかしらぁ!あははははは!!!」

 

「馬鹿なことを言うのはやめなさい!!!!!」

 

ビシィ!と部屋の空気が一変した。張りつめた、と言うよりは凍り付いたと言うべきか。荒潮は首でも絞められているかのように息ができず、体を強張らせて固まっていた。目の前の戦艦から放たれる気迫に、荒潮は抵抗ができない。いや、この気迫に耐えれるのはおそらくはこの鎮守府では龍驤くらいなものだろう。

 

こわい…こわい!扶桑が怒りの表情を見せる。鎮守府ではまずこのような表情はしたことがない。ましてや艦娘に見せたことはない。いつもにこにこと笑い、誰からも好かれる彼女が怒りの表情で荒潮を睨んでいた。その恐怖は想像にし難い。体が震える。カチカチと歯が鳴る。腰が抜けた。

 

「あ、あ、あぅ…あ…」

 

「ごめんなさい…怖がらせてしまって…けど、たとえ冗談でも、怒りに身をやつし、憎しみに焦がれて人を襲ったところで…あなたに待つのは悲惨な最期だけよ。あなたが憎み、襲おうとしても。どうやって襲うの?あなたには艤装はないわ。そんな子が行ったところで取り押さえられ、何もできないまま。そして…あなたはさらに怒りと、憎しみの炎に焼かれながら解体され…一生を終える。それで…あなたはそれでいいと言うの?」

 

艤装がなければ海にも浮かべない。武器がなければ襲うこともできない。ただの人間の力しか持たない少女が一人、人間に復讐したところで迎える結末は悲惨なものでしかない。嬲りに嬲られ、艦娘としても。人としても。女としての尊厳も全てを奪われ、泣こうが怒ろうが何もできぬまま、解体され、そして何もなかったかのように彼女は忘れ去られ、消えていく。

 

「あなたはそれでいいのかもしれない。けれど…本当に?本当にそのような結末を迎えたいの?駆逐艦荒潮としての誇りも。尊厳も。人としての何もかもを否定され、潰されて…消えるだけよ。何も残らない。一矢報いようにも…あなたは何もできずに終わるのよ」

 

「……じゃあ、じゃあ私はどうすればいいのよ!!!好きだった人に裏切られて、駆逐艦としての尊厳も全部拒否されて!!!大切な妹は壊されて!!!黙って指をくわえて何もかもを壊されたわ!!!!もう…もう嫌よぉ…もう嫌なのよぉ…!!!どうすればいいのよ…教えてよぉ…もう何もわからないの…わからないのよぉ!!!」

 

目に涙を溜めながらも荒潮は扶桑に対抗する。泣いてはいけない。泣けば負けを認めることになる。負けるものか。負けたら自分はもう何もない。

 

「生きなさい」

 

「…はぁ?何言ってるのぉ?生きてたっていいことないんだものぉ。もういいじゃない。もう…もう疲れたの。だからぁ…もう私を壊して?ぐちゃぐちゃに。戦艦の扶桑さんならできるでしょ?」

 

「駄目よ。あなたは生きなきゃ駄目。生きて。生きて強くなって…あなた自身で誇りを取り戻して…あなたを裏切った人。あなたを否定した人を見返すの」

 

「はっ!できるわけないでしょぉ?私はもう疲れたのよ…生きることに。だから…壊してよ…壊してよぉ!!!」

 

「私にはできない。そして。この鎮守府の誰にも。提督も…私たち…艦娘にも」

 

「何でよぉ…何で私を苦しめるのよぉ!」

 

「この鎮守府にもね。たくさんの艦娘が前の提督の手で傷つけられ。尊厳を踏みにじられ。それでも…前を向いて生きている子たちばかりよ。あなたと同じところにいた吹雪さんは…もっとひどかったのじゃないかしら…?死ぬと言うことはそう簡単ではないわ。逃げないで。生きることから目を背けないで。

疲れてしまったのはわかるわ…裏切られて…大切な方を壊されて…傷ついて。あなたはうずくまっているのね…なら、私が支えましょう。あなたが受けた傷や痛みは代われないけれど…あなたが一人で。ゆっくりでも歩き出せるまで。私が支えてあげる。だから…諦めないで。生きていれば…私のように不幸がいつも舞い降りてくる者でも、ああ、幸せと思う時があるもの。だから、生きなさい。生きて。見返しましょう。私は今、こんなにも幸せだって。そういう人たちは…人の幸せを見ることが一番嫌だと思うの…だから…」

 

扶桑はそう言いながらも抱きしめたり、撫でたりはしない。今の荒潮にはそれは劇薬でしかないと考えた。安易に近づくとそれだけで全てを拒否してしまう。そうしてすべてを拒絶し、取り返しがつかなくなってしまうと思っていた。

 

今の荒潮は死の願望に傾いている。涙は浮かべるものの泣くことはせず、感情を吐き出せないでいた。彼女の中にあるのは怒り。憎しみ、恨み。それを涙で洗い流すことを拒否している。それから解放されるのは死でしかない。そう考えていると見た。扶桑は決して手を出さない。今の荒潮に手荒なことをしてしまってもいけない。少しの刺激で大爆発を起こす火薬のような状態。

 

「生まれてからこの方いいことなんてなかったわぁ…うふふ…そうね…あの人に淡く気持ちを寄せていた時が一番幸せだったのかもぉ…私も霞のように壊れたらよかったのになぁ…なんてね…ふふふ…ふふふふふ!!」

 

「その言い方は霞さんに失礼だわ。霞さんだって、望んであのようになったわけではないのよ。霞さんだって、人に植え付けられた恐怖に苦しんでいるはず。それをまるで霞さんが望んでいたかのようにと思っているなら、聞き捨てならないわ。あなたは霞さんが大切ではないの?」

 

「そんなわけない!!!霞は私の大切な同型の妹よ!だからこそ守りたかった!何もできないで泣き叫びながら連れていかれるあの子を見ているだけしかできなかったときの悔しさがあなたにわかるの!?朝潮姉さんも、大潮姉さんも!満潮姉さんも!!!妙高さんだって!!!!自分がああいう目に遭いたくないからって泣いてるだけで何もしない!!!!!!帰ってくるたびにどこかに傷ができて!壊れていくだけの霞を!!!どんな目で!!!どんな目で見てたかあなたにわかるのぉ!!!ふざけないで!!!」

 

「なら、あなたは霞さんに何かをしてあげられた?」

 

「っ!?!?!!?」

 

「あなたも…そうして何もできない無力を…朝潮さんや妙高さんのせいにし、逃げているだけよ。霞さんが大切な気持ちはわかるけど…結局は何もできない自分の無力さを他人のせいにして逃げているだけよ。そんなあなたが、霞さんの苦しみをわかるわけは…ない」

 

荒潮が扶桑に飛びかかる。扶桑の首を絞め、殺してやろうかと近づく。しかし、扶桑がそれを感じて放った殺気に、また荒潮は動けなくなった。自分は本当に何もできない。いざ何かしようとすると怖くて…一歩が踏み出せない。

 

「あなたが霞さんを強く守りたい。助けたかった。そう思っていたなら、これくらいの殺気でも怯まずに私の首を絞めるか、折ることができたでしょう。あなたは怯え、固まってしまった。全ては自分の保身のため。心を傷つけられたり壊されることが怖いと言う気持ちが強いから、あなたはそこで踏みとどまってしまった。あなたの心が弱いから…ね」

 

ポキッと心が折れたような気がした。この人には敵わない。そして、絶対に勝てない。そう確信した。弱い自分。さっきから強い口調や上から物を見るかのような態度も、弱い自分を隠すため。負ければ簡単にこのように折れてしまうから。扶桑にはすぐに看破され、いとも簡単にに折られてしまった。

 

情けない。強く、負けないようにしようと虚勢を張っても。結局は弱い自分に負ける。霞たち姉妹を守るどころか自分一人守れない弱さに、ついには涙が零れてしまった。

 

「う、ううう…うううう!」

 

「虚勢などと言うものは、すぐに見破られてしまうものよ…あなたの弱い心…最初の一言目ですぐに強がっていること、わかってたわ。あなたを試すような。そして…侮辱してしまうような発言をしてしまったこと…ごめんなさい。けどわかって。折れたくらいなら、まだ立て直せるの。霞さんのように壊れてしまっては…もう駄目だけれど…あなたが真に強くなれるよう、支えるから。だから、私と強くなりましょう…あなたがあなたを裏切った人、蔑んだ人を見返せるように。そして、朝潮さんたちとここで笑って暮らせるように。ね?」

 

優しく扶桑が肩を抱く。泣いている荒潮の目を強く眼差しで見つめる。しっかりと、道を間違えさせないように正すよう。扶桑の強い信念。自分でもやっていけるだろうか。いや…それよりも。

 

こうして自分を叱ってくれる扶桑が嬉しかった。厳しくもあるが、支えてくれると言った時、嬉しかった。上辺だけの優しさではなく、目を見てしっかりと自分を見てくれる誰かが欲しかった。弱い自分を支えてくれる人が欲しかった。だからこそ、簡単に人を信じ裏切られた。もう誰も信じないのではなく、信じることが怖かった。裏切られた時の痛みが怖くて。でも、誰かに頼らないとそっちの方が怖くて怖くて仕方がない。扶桑の言う通り、自分は弱い。弱い弱い。誰かに頼らないとすぐにマイナスの方へ考えが落ち込んでしまう弱い存在なんだ。

 

「私はあなたを裏切らない。もし、荒潮さんを裏切るようなことがあれば、荒潮さんが私を殺すか。裏切ったと言ってくれれば解体処分を希望し、あなたの前から消えるわ。私はあなたを裏切らない。あなたから逃げない。だから…荒潮さんも。弱い自分から逃げないで。逃げたくなったら、私に遠慮なく相談して。ね?」

 

荒潮は小さく首を縦に振った。それに扶桑はにこりと笑った。

 

「偉いわね…約束よ。私と荒潮さんとの約束。ほら、小指を出して?はい、約束」

 

「や、やくそ…く。扶桑…さん」

 

「なあに?」

 

「私…私…まだ怖い。私…強く…なれるかしらぁ…?」

 

「なれるわ。私がついているもの。ね?」

 

何を根拠に…とも思ったが、扶桑の強い眼差しを見ているとやれそうな気がしてきた。まずは…まずはこの人を信じてみるところから始めよう。あれだけ強く言ったのだ。きっと…裏切らない。信じるしか、ない。何より、甘えることができる人が…できた。ちょっと怖い、けど…。

 

「あら、もうすぐお昼ね。お昼ご飯にしましょうか」

 

入ってきたときのように、ふわっとした雰囲気の扶桑に戻った。すっかり話し込んで昼が近づいてきたようだ。しかし、荒潮は昼食よりも、扶桑と話をし、感情的に怒鳴ってしまったこと疲れたことと、少しだけ安心できる人ができたことで張りつめていたものが抜けてしまい…あふ…とあくびが出てしまった。

 

「疲れてしまったのね。夕飯までお休みする?」

 

「ふぁ…そう…ねぇ。少し疲れちゃったわぁ…」

 

「休める時に休まないと体に毒よ…夕飯の頃に起こしに来るから。膝枕、してあげましょうか?」

 

「遠慮しておくわぁ…お布団はあるし、そこにいられると眠れそうにないもの。一人にしてくれるかしらぁ。大丈夫…逃げたりしない」

 

「そう。わかったわ。じゃあ、私は一度失礼するわね。おやすみなさい、荒潮さん」

 

にこりと笑って部屋を出ていく扶桑。本当は…本当は側にいてほしい。不安だよ。でも…今はまだ一人の方が落ち着ける。矛盾しているな…と笑いそうになった。ぱたんとドアが閉じ、一人になる。一度横になってしまえば、あとはがくんと眠気がやってきて、眠りの底へと落ちた。

 

もう一人じゃない。あの優しい笑顔を向けてくれる。時に叱って一緒に歩いてくれる人がいると知ったなら。ゆっくり眠れそうな気がした。一生懸命励ましてくれたり、叱ってくれる人がいると言うことがこんなに安心できるなんて。あの男との嘘でしかない付き合いに比べて、胸が温かかった。

 

そういえば扶桑さんは心と言う言葉をよく使っていた。心って何だろう?わからなかった。




扶桑と荒潮。師弟関係?が結ばれたような。ちょっと違うような。横須賀の駆逐艦のお母さん的存在な扶桑さんです。

一話でまとめられなかったので、次回も荒潮と扶桑。時間は進んで夕飯時からスタートしようと思います。扶桑についてきた乱入者も登場します。

それでは、また。

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