提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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扶桑さんと荒潮の続きになります。

扶桑さんについて回るかわいい駆逐艦も登場します。荒潮は彼女たちに馴染めるでしょうか?


第六十一話

「と言うことでして…私にお任せできないでしょうか?」

 

荒潮の部屋を出たところでさらにいろいろ限界だった満潮も宥め、こうなったら荒潮も満潮も自分が面倒を見ると事のあらましを説明し、玲司に相談する扶桑。彼女は他にも吹雪や時雨。そして一番懐かれている皐月や文月などの面倒も見ていることから手一杯にならないか?とも玲司に聞かれた。

 

「心配はいりません。私、これでも充実しているんです。ですが、吹雪さんは最近摩耶さんと一緒にいることが多いですね。防空演習に興味があるようでして、摩耶さんとよくお話をしています。少し寂しいですが、吹雪さんは摩耶さんにお任せしようかと…代わりと言ってはいけないかもしれませんけど、満潮と荒潮さんをお任せ願えれば」

 

「うーん、扶桑が平気なら俺は構わないけど…何か、いろいろ悪いな…任せっきりで…」

 

「いいえ、提督はお忙しい身でありながら雪風さんや皐月さん達と一緒に遊んだり、演習のお付き合い、そして出撃の指示、膨大な事務。その負担を僅かでも軽くできれば手助けにはなるかと…」

 

「扶桑さんには本当にこちらのお手伝いまでしていただいて…何かでお返しできればいいのですけど…」

 

「ふふ…でしたら提督に何か甘いものでも作っていただきましょう」

 

「ちゃっかりしてるぜ。わかったよ。早めに用意する」

 

「よろしくお願いいたします。期待していますね」

 

「わかった。扶桑、すまんが荒潮を頼む。満潮も心配だけど、扶桑がついているなら安心できる。こっちは今、朝潮や霞達の件で書類がこれでな…飯も作れやしないんだ」

 

「そうですか。では、この扶桑にお任せください」

 

どっさり積まれた書類。詳しくはわからないが朝潮や荒潮達、新たにやってきた艦娘達に関する書類だと言う。異動に関する書類らしいが、無闇に聞いて邪魔をするのも悪い。扶桑は忙しそうな玲司と大淀に一礼をして部屋を出る。長く黒い髪を揺らし、満潮は時雨に任せ、今は誰にも頼れない荒潮に集中することにした。

 

朝に話をし、とりあえず少しだけ気を許してくれたようなので夕飯を持って行ってあげよう。もう少しお友達でもできると良いのだけど…となお荒潮のことを考える。

 

「あ、扶桑さんだー!」

「扶桑さぁん!」

 

振り返ると全速力で走ってくる小さな子達。皐月と文月だ。扶桑に駆け寄ると扶桑の両手をそれぞれ握る。

 

「皐月ちゃん、文月ちゃん。廊下は走っては駄目よ?転んだら危ないし、誰かが飛び出てきたら、その人も痛い痛いよ?」

 

「あ、ごめんなさい…」

「文月もごめんなさぁい…」

 

「次からは気をつけましょうね?でもこの間みたいにそーっと近寄って突然大声で呼ぶのもやめてね。びっくりしちゃうから」

 

「うん。次からは廊下は走らないよ。誰かとゴッツンコすると、させたほうも痛いもん」

「気をつけまぁす。一度皐月ちゃんとごっつんしたとき、痛かったよ。だから、気をつけます」

 

「はい。いい子ね。えらいわ」

 

「えへへ!司令官のなでなでも好きだけど、扶桑さんのなでなでも好きだよ!」

「えへ~♪文月も扶桑さんのなでなでだぁい好き~♪」

 

そうだと、扶桑は思いついた。この人を全く疑うことを知らない純粋な子達なら、荒潮も少しは安心できるのではないかと考えた。危害を加えるかもと一瞬思ったが、あの子はそんなことはしないだろうと思った。

 

「二人とも、新しいお友達に会いたい?」

 

「え!?会えるの!?会いたい会いたい!」

「文月も会いたいよぉ~!」

 

「ふふ。じゃあ、その方と一緒にご飯を食べましょうか。間宮さんにご飯をもらいに行きましょう」

 

「「はーい!」」

 

元気よく手をあげてすぐに扶桑と手を繋いで歩き出す。

 

「ねえねえ扶桑さん!その子って駆逐艦?」

 

「そうよ。皐月ちゃん達より少しお姉さんかしら。少し訳があって元気がないけれど…」

 

「仲良くなれるかなぁ~。あたしの元気だったらい~っぱいあげるよぉ~」

 

「そうね。きっと文月ちゃんの元気を分けてあげれば元気になるかもしれないわね」

 

「よぉし、文月がんばるよ~!」

「ボクもやるぞー!」

 

「頼もしいわね♪」

 

元気いっぱいな皐月達を連れ、食堂へ行き、間宮に事情を説明。食事をお盆に乗せる。荒潮の分は自分が持つ!と言っていたが危ないのでやめさせた。

 

「二人とも大丈夫?私が二人の分も運ぶわよ?」

 

「だ、大丈夫だよ。そーっと行けば、だいじょーぶ…」

「よ、よぉし、あたしも大丈夫だよぉ…」

 

よろよろとしているが何とか持って行こうとする。

 

「あ、あのぉ…台車、ありますよ?」

 

「そ、それを早く言ってよぉー!」

「ふぇえ…お部屋まで持って行くの大変だと思ったよぉ…」

 

何やら皐月がぷんすかしていたが、台車を押すとなると上機嫌で文月と押していく。こぼさないようにゆっくりとであるが。

 

「今日は焼きそばだー♪」

「いいにお~い♪」

 

お腹も空いているのらしく、早く食べたくて仕方がない二人を後ろから見守る扶桑。その笑顔は子を見守る母のようだった。

 

 

目が覚めるともう日も落ち、暗闇だった。暗闇はあの場所を思い出す。一人ならなおさら。ゾクッと背筋に寒気を感じ、手探りで壁をつたい、スイッチの在処を探す。パチッとスイッチを入れると蛍光灯の灯りが部屋を灯す。はぁ…と恐怖をため息と共に吐き出した。

 

彼女、荒潮は扶桑に寝ると伝えて眠って何時間経っただろう。なまじ人と話をし、あの人を少し信用したがために暗闇と一人がさらに怖くなっていた。部屋の隅に座り、膝を抱えて孤独に怯える。こんなことならあの人を部屋に招き入れたりしないほうがよかったかもしれない…。

 

(結局、その場しのぎの言葉だったのかしら…。やっぱり入れない方がよかったわぁ…)

 

部屋が恐ろしく広い気がする。自分が小さくなったのか?いや、錯覚だ。静かすぎて耳がずっとキーンと鳴っているような気がする。電気をつけていてもこんなに暗かったっけ?一人は…こんな怖かったっけ?どうしようもなく怖くなって頭を抱えて目を閉じる。目を閉じると暗闇が怖い。

 

一人は嫌…嫌!怖い!寂しい!一人がいい。放っておいてくれと姉に言ったことも、霞に付き添わなかったのも。全部強がりで。こうして今荒潮はどうしようもないほど一人に怯え、あの人を探そうと焦燥した顔で立ち上がりドアへ向かおうとしたときだった。

 

ガチャリとドアが開く。滑って転んだかのように尻餅をついて「ひっ」と声をあげた。ドアが開く。それは恐怖した荒潮には奴らが自分をいたぶりに来たんじゃないのか?と言う妄想にとらわれた。

 

「荒潮さん、起きているかしら?起きていたのね。どうしたの?何かあったの?」

 

お盆を座卓に置き、荒潮の頬にそっと手をやり、様子を見る…扶桑だ。その顔を見た途端荒潮は安堵し、ふ、ふふっと笑った。

 

「何でもないわぁ。別に、一人が怖くてあなたを探しに行こうとか…思ってないわよぉ?」

 

クスッと扶桑が笑う。怖かったのね…と思った。荒潮の頬は冷たかった。荒潮は扶桑の手から伝わる温もりに、早鐘を打っていた心臓が少し落ち着く。恐怖も薄れ、パニックも消えていく。

 

「ねぇえ?いつまで私に触れてるのかしらぁ?」

 

「あら、ごめんなさい。もう、大丈夫?怖くない?」

 

「な、何を言ってるのかしら?私はぜーんぜん怖くなんて…ない…わよぉ?」

 

「そういうことにしておきましょうか。夕飯を持ってきたわ。一緒に食べましょう。私のお友達も一緒に」

 

「おとも…だち?」

 

「ええ。きっと仲良くなれると思って。さあ、いらっしゃい」

 

そう言うとドアからひょこっと覗く二つの顔。ニヒッと笑いながら覗く顔。えへへ~とほにゃっとした顔で覗き込む顔。二人とも楽しそうだ。テテテっと荒潮に近づく。荒潮は身構える。

 

「はじめまして~。あたしぃ、文月って言うの~。よろしくぅ~」

「皐月だよ!よろしくね!君も駆逐艦だよね!へへっ、かわいいね!」

 

「か、かわ…いい?えっと…」

 

「ねえねえ!君のお名前はなに?ねえねえ!」

「お名前何て言うのぉ?」

 

「あ、荒潮…よ。そ、それより」

 

「荒潮って言うんだ!よろしくね!」

「荒潮ちゃんだね~。よろしくね~♪」

 

「さ、荒潮も一緒に食べようよ!ボクお腹ぺこぺこー!」

「荒潮ちゃんの分も持ってきたよぉ~。食べよ~♪」

 

「あ、う…え、ええ…」

 

皐月がうきうきしながら荒潮の前に焼きそばを置く。これ皐月ちゃんのだよ~と間延びした声で焼きそばを置く。こっちは扶桑さんの分!とそっと置く。

 

「いっただっきまーす!」

「いただきまぁ~す~」

 

「うふふ。さ、荒潮さんも召し上がって」

 

「い、いただきます…」

 

皐月がすごい勢いで焼きそばを食べ、対照的に文月はゆっくり一本一本をすすっていく。荒潮は二人の様子を伺うようにぼそぼそと食べていく。

 

「どう、荒潮?おいしい?」

 

「ええ…おいしいわぁ」

 

「ふふーん!よかった!間宮さんの料理はおいしいよね!司令官のもおいしいよ!」

「司令官のオムライスが食べたいなぁ~。間宮さんの料理もあたし好きだよぉ~♪」

 

「そ、そう…」

 

むふーと鼻息荒く得意げに語る皐月。えへへ~と何が嬉しいのかわからないけど笑顔で荒潮を見つめて食べる文月。その二人にいつしか毒を抜かれ、ゆっくりと焼きそばと言うものを食べていく。扶桑はその三人をにこにこしながら見守った。

 

「ごちそうさま!」

「ごちそうさまでしたぁ~。おいしかった♪」

 

「ごちそうさまでした…」

 

「はい、ごちそうさまでした。みんな、全部食べてえらいわね。ほら、皐月ちゃん、文月ちゃん。お口の周りがソースまみれよ。いらっしゃい。ふいてあげる」

 

「はーい!皐月が先ー!」

 

シュバッと皐月が扶桑の前に座る。どこから取り出したのか、ウェットティッシュで皐月の口周りの汚れを拭き取っていく。

 

「皐月ちゃん。イーッてしてみせて。うん、青のりがいっぱい。青のりが歯につきっぱなしは皐月ちゃんのかわいさが台無しだものねぇ…はい、もう一度。はい。きれいになったわよ」

 

「えへへ、ありがと!扶桑さん!」

 

 

「文月も~」

 

「はい。んーってして?ほーら、こんなにソースが。ほっぺにもついているわ。取れたわ。文月ちゃんもイーッてして?うふふ、文月ちゃんも青のりいっぱい。はい、いい子。取れたわよ」

 

「扶桑さん、ありがとぉ~。え~い」

 

正座をする扶桑の足に文月が頭を乗せる。えへ~と嬉しそう。

 

「あー!文月ずるい!ボクもー!」

 

もう片方の膝に皐月が寝転がる。扶桑は嬉しそうに二人の頭を撫でている。皐月と文月も嬉しそうにしていた。

 

「二人とも甘えん坊ねぇ。そこが二人のかわいいところだけど♪」

 

「えへへ、ボクかわいい?そっかー♪えへへー♪」

「えへ~。扶桑さんはぁ、美人だしぃ、優しいしぃ、だぁいすきだよぉ~♪」

 

「まあ、嬉しい。うふふ、私も二人が大好きよ♪」

 

「「やったー!」」

 

目の前の幸せそうな光景。皐月と文月を扶桑はちゃんと呼ぶ。一方で自分は「さん」だ。距離を感じた。目の前の光景は荒潮が望んでいるものだ。どうしようもない人間に疲れ、そこにつけ込まれた優しさ。それも偽りで。さらには人間の汚い部分をここぞとばかりに見せられた。もう誰も信じないと言いながらも、目の前の「誰かに甘えたい」と言う願望を捨て去ることができず、扶桑と接してからはよりその願望が強くなった。

 

一人は嫌。もう疲れた。一人でいるのならいっそ死にたい。死にたいと言ったら扶桑に叱られた。叱られたけど、ちゃんと自分を見てくれた気がして嬉しかった。もっと…もっと見てほしい。優しくしてほしい。自分もそうしてほしい…けど勇気が出ない。

 

「荒潮!荒潮もやってみなよ!扶桑さんに膝枕してもらうの!」

 

「扶桑さんのお膝はぁ。あったかくて気持ちいいよぉ~」

 

「え?その…わ、私…」

 

「ほらほら早く!扶桑さんの膝枕はヤミナベになっちゃうよ!」

 

「それを言うならやみつきじゃないかしら…荒潮さん。私でよかったら…いかがかしら?」

 

扶桑がふとももをポンポンと叩き、促す。荒潮はそれに吸い込まれるかのように近寄った。恐る恐る頭を乗せる。柔らかく、温かい…。頭を撫でられる感触。優しく髪を梳き、後頭部を撫でられると、荒潮の胸から何かが溢れ出る。溢れ出たものはやがて涙となり、ボロボロと溢れ出す。胸が痛い。熱い。扶桑の方を向いて顔を隠し、それでも涙は止まらない。

 

「思い切り泣いた方がいいわ…涙は荒潮ちゃんの心の疲れを流してくれる。流れれば、心の傷の治りも少し良くなると思うの。だから、泣きなさい。私があなたの涙を受け止めてあげる。私が荒潮ちゃんがもう傷つかないように守るから…。頑張ったわね。お姉さんや妹さんを守ろうと、一生懸命。つらかったわね…」

 

頭を撫でられ、そう言われる度に堰を切ったかのように涙はこぼれ、泣き声も大きくなった。扶桑の真似をするように皐月と文月もえらいえらいと頭をなでる。頭を抱き抱えるように、扶桑は荒潮を包み込む。大事に。壊れ物を扱うかのように。扶桑の手から伝わる優しさ、温もりが荒潮を満たしていく。

 

……

 

「荒潮ちゃん、大丈夫ぅ?」

「な、なんかごめんね…」

 

「別に…泣きなくなったから泣いただけよ…」

 

目を腫らして気まずそうにしている荒潮。まだちょっとひくっとしゃくりあげているが、十分ほど大泣きしようやく落ち着いた。さすがの皐月と文月もおろおろとしていたが、ようやく泣きやんでホッとしていた。

 

「はぁ。何か疲れちゃったわぁ…」

 

「じゃあ、お風呂に行きましょうか。みんなで広いお風呂に入って疲れを取って、おやすみの準備をしましょう」

 

扶桑がぽんと手を合わせて提案をする。正直付き合いたくはないが、一人になるのは嫌だし、断れない雰囲気だし、仕方なく付き合う。ここに来て、自らの意思で部屋を出る。怖いけど、側に安心できる人がいるから、まだ大丈夫。幸い誰にも会うことなく風呂場(ドック)に着いた。

 

広い浴場だ。けど、今は四人しかいない。誰もいないのが不思議だが、実は扶桑が気を利かせてしばらく貸し切らせてもらった、と言うことは荒潮には内緒にしてある。食後しばらく、荒潮のことを考慮してゆっくりさせたいとお願いをしてあったのだ。扶桑の頼みなら、とみんな協力して時間をずらすことにした。

 

扶桑に頭や体を洗ってもらう。自分でできると言ったがにこにこしているだけで動こうとしない扶桑に荒潮が折れた。大本営でも実はろくに洗ったり湯船に浸かったりしていない。長いこと洗っていないギシギシだった髪は、薬品っぽいものをつけて洗ってもらえればサラサラになり。かゆかった体もきれいになった。

 

皐月と文月も洗い終えた扶桑が荒潮の横につく。湯船は熱すぎずぬるすぎず、ゆっくり入るにはちょうどいい温度で。体の疲れが溶けていく。赤やピンクの花が浮いている。小さな妖精さんが「うめのはなをうかべてみました」と言って消えた。皐月と文月は大きな浴槽で泳いだりしてはしゃいでいる。

 

扶桑は荒潮を抱き寄せ、足の間に入れて座らせる。

 

「な、何するのよ!?」

 

「うふふ。私なりのお近づきのしるし、と思ってくれるかしら」

 

恥ずかしい…けど、扶桑のいろいろと柔らかい感触にドキドキする。特に、背中当たる柔らかさはすごかった。荒潮は抱きしめられているために逃げられない。恥ずかしさのあまり口を湯につけてブクブクする。しばらく無言。皐月と文月のはしゃぐ声が響く。

 

「ねえ…扶桑さん」

 

「なぁに?荒潮ちゃん」

 

いつの間にかちゃん呼びされている。けど、何だか自分も皐月達の仲間に入れたような気がしてうれしく思う。

 

「扶桑さんが叱ってくれたとき、うれしかったわぁ…荒潮をちゃんと見てくれた気がして」

 

「そう…それならよかったわ。私はちゃんと、荒潮ちゃんを見ているわ。あなたの心も」

 

「…心ってなぁに?」

 

そう聞くと扶桑は荒潮の胸に手をやり

 

「心と言うものは、とっても大切なもの。私にも荒潮ちゃんにも。人には必ずここにあるものよ。傷つきやすくて…大事な大事なもの」

 

「人…荒潮は艦娘よぉ?」

 

「そう。けど、私達にもちゃんとあるのよ。嬉しい、楽しいと思う心。痛い、苦しいと思う心。荒潮ちゃんも、さっき泣いたとき。胸がぎゅうっと痛くなるような感じにならなかった?」

 

「…なった。その後、じわぁってあったかくなったわ。それが…?」

 

「それはね。荒潮ちゃんの心が痛いって思ったから泣いたのよ。温かくなったのは、きっと心の傷が少し軽くなったから。荒潮ちゃんも持っているのよ。そうやって、泣いて、朝潮さん達お姉さんや妹を思う心が。霞さんを守ろうとしたから怒り、辛いから泣く。それを感情と呼ぶの。心と繋がっているのよ。艦娘に与えられた。人と艦娘が持つ、とてもとても大事なもの」

 

「じゃあ…霞は?」

 

「霞さんは、詳しくは見ていないけれど…心がつらいことに耐えきれず、壊れてしまったのね。傷ついた心は治せるかもしれない。けど…壊れた心は…もう治らないんじゃないかしら…」

 

「かす…み」

 

壊れていく霞。何が壊れていくのかがわからず手がつけられず、ただ黙って霞が別人になっていくこと。そうか、心と言うものが壊れてしまったのか。治らない、と言う扶桑の言葉に、また胸が痛くなった。胸に置かれた扶桑の手を荒潮が握る。

 

「かすみ…かすみ…ごめんねぇ…わたし…かすみをたすけてあげられなかった…ごめんねぇ…かすみ…ごめんね…」

 

荒潮は優しい。心は繊細で。誰かのために涙をすぐ流す。朝潮達も本当は心配だった。満潮は司令官につくと言ったが酷いことはされていないだろうか?妙高さんは霞のために無理をしていないだろうか?と。人の心配ばかり本当はしている。そうして自分の心を知らずすり減らし、疲れ、助けを求めるためにすぐ人を信じた。アイツはダメだった。けど、今自分を優しく抱きかかえてくれているこの人なら…。

 

「優しい子…霞さんをそう思い、大切に思うなら簡単に私は死んだ方がいいなんて、もう言ってはダメよ?」

 

優しく抱きしめられる荒潮。その言葉に荒潮は強く頷いた。

 

「人は…司令官は…まだ信じられない…ふそ、扶桑さんは…信じて…いいの、かしら」

 

「私を信じてくれるの?ふふ、嬉しいわ。私でよかったら。これから、よろしくね」

 

「…うん」

 

扶桑の手を握り返す。確かな感触。この人なら大丈夫だろうと言う安心感。荒潮は宿毛湾にいた時から望んでいたものを、ようやく手に入れた。

 

……

 

やっぱり皐月と文月と同じように髪を扶桑が梳いて乾かして。まるで子供のような扱いであったが、荒潮は悪い気はしなかった。寝間着や替えの下着も用意されていた。

 

「荒潮ちゃん、大丈夫?ちゃんとはける?」

 

「そこまで私は子供じゃないわよ!」

 

この人、お世話好きなのはいいがどこがボーッとしすぎている。これは自分がしっかりしないと何をされるかがわからない。お手洗いのお世話までやろうかと言ってきそうだった…。

 

当たり前のように部屋についてくる扶桑。皐月と文月はどこへ行ったのか?と聞くとあとでのお楽しみよ♪となぜか楽しそうだった。

 

部屋に戻り、一息吐くと猛烈な眠気に襲われた。部屋の隅で座り込んで眠るのは、やっぱり疲れが取れない。

 

「お布団、敷きましょうか?やっぱりお布団で眠らないと疲れが取れないわ。お布団は二つあるし、もう寝ましょうか」

 

そう言うと布団をてきぱきと敷く…なんでくっつけているんだろう…。

 

「さあ、お布団へどうぞ」

 

「なんでこんなくっついているのかしらぁ?」

 

「この方が寂しくないでしょう?」

 

「……そう、ね」

 

…もう言うのも面倒だった。と、言うのは嘘でほんとは嬉しかった。

 

「扶桑さーん、あーけーてー!」

 

外から声が聞こえた。扶桑がドアを開けると布団を持った皐月と後ろに文月もいた。ああ、もういいや…。

 

「こっちが荒潮の布団かな?じゃあボク荒潮のとなりー!」

 

「じゃあ文月はねぇ~扶桑さんのとなり~♪」

 

「うふふ。文月ちゃん、いらっしゃい♪」

 

少し布団の上で話をしていたが、すぐに皐月も文月も眠そうに目をこすったり、こくりこくりとし始めていた。扶桑が寝かしつけに入る。

 

「さ、もう寝ましょうね?おやすみなさい、皐月ちゃん」

 

「ふぁ~…ふそうしゃん、ふみつき…あらしお…おやすみ~…」

 

「文月ちゃんもおやすみなさい」

 

「んにゃ~…おやすみなさぁい…」

 

扶桑の寝かしつけはどんなに寝ないと抵抗しても無駄だった。事実、夜更かしをしてみたいと抵抗した電と雪風が一分ともたなかったこともある。抗うことなく、もともと眠かったこともあってか、皐月達は眠りについた。

 

「荒潮ちゃんももう寝ましょうか?電気、どうしましょう?」

 

「…真っ暗は…嫌。怖いの…でも、明るいと…この子達が…」

 

「じゃあ、豆にしてはどう?これなら少し暗いけれど」

 

「これなら…いい」

 

「そう。だったら…これなら、どうかしら?」

 

そう言って扶桑は荒潮を抱き寄せる。荒潮は驚くがもう抵抗はしない。柔らかな感触が荒潮を包み込む。何より温かい。それに安心したのか、荒潮も瞼が重くなっていく。

 

「おやすみなさい。荒潮ちゃん」

 

頭を撫でられ、背中を優しく叩かれ、おやすみと言う間もなく荒潮は眠りに落ち、寝息を立て始めた。扶桑は嬉しそうに寝返りを打ってくっついてきた文月も仰向けになって撫で、幸せそうに目を閉じる。むにゃあと皐月も熟睡しているようで。

 

(荒潮ちゃん。あなたもここで幸せになれますように…)

 

そう祈りを捧げて扶桑もゆっくりと眠りについた。荒潮のこれから。満潮のこれからもしっかり考える優しい母のような戦艦。扶桑の一日が終わった。その寝顔は満足げであった。




扶桑の一日。荒潮の一日が終わり、ひとまず朝潮姉妹の初日が終わりました。妙高については次回以降、考えます。

扶桑姉様は私が一番艦これで好きな艦娘でして、ゲーム以上に母性溢れるお方にしたかったのですが、いかがでしたでしょうか。

次回はみんな変わった姉妹を満潮視点で見ていこうかと思います。

それでは、また。

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