提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

62 / 259
妙高型重巡洋艦「妙高」

霞の保護者的存在。大和や霰の登場で幾ばくか自由の身となった彼女。そんな妙高に視点を向けてみましょう。


第六十二話

横須賀にやって来てからの日が経つのは早く、もう一週間になろうとしていた。妙高型重巡洋艦「妙高」。彼女は彼女に常にくっついていた駆逐艦、霞を大和と霰に任せ、彼女自身のここでやっていくことの決意を胸に、教えられた道順通りに執務室の前までやって来た。

 

「大和さんや霰さん。そして気を遣って頂いた提督に感謝し、私もこの横須賀鎮守府の一員としてやっていきたいと思います。ですが、霞さんがいらっしゃるので、出撃についてご相談したいのです」

 

大和はその言葉に嬉しくなり、では、と執務室を教えた。まだ抵抗感はあるが、大和と霰の優しさに感銘を受け、ここでやっていこうと決意。まずはここの提督と話がしたい。信頼できるなら相談もいろいろとある。宿毛湾の提督のような人間なら、切り捨て、どこか霞や朝潮共々異動を申請してみようと思った。

 

いざドアの前に立つと緊張する。大和や霰に気を許すことはできても、今度の相手は提督。人間だ。提督も憲兵も。やってくる人間もいい印象はない。果たして…ここの提督は…。いや、大和や霰がああまで気を許しているのだ。きっと問題はない。そう意を決してドアをノックした。もう戻れない。緊張が妙高に走る。

 

「はぁ〜〜〜〜い」

 

とてつもなくやる気を削がれる男性の呼び声の後、ガチャリと開いたドアから出て来たのは…いったい誰だ。ボサボサの髪、真っ黒なくぼんだ目。そして眠そうであり覇気のない顔。思わず息を呑んだ。ま、まさか何か非合法の薬でも…!?

 

「はい、いったいらんの御用れひょうか…?」

 

呂律さえ回っていない。何なのだ。艦娘を薬漬けにしていかがわしいことを?噂では過去のここの提督はそういったことに近いことをやっていたと聞く。いざとなれば、私が…。

 

「おおよろぉ…何してんだ…手が止まってるろ…止めたら死ぬお…」

 

「おおよどさん、しっかりしてください…あなたが止まると鎮守府はおしまいれすよ」

 

「はい、いままいりまふ…あ、新しい書類れすか?うふふ…お仕事がふえますよ〜。やっらね提督ぅ」

 

「おいやめろ」

 

大淀と呼ばれるメガネが若干ずり落ちた艦娘がふらふらと自分の机に戻る。異常だ。誰もかれもが虚ろな目で手を動かしている。一体何をしているのだろう?心配になり、大淀の机の上に大淀が埋まりそうなくらいの書類に目をやる。

 

「艦娘異動申請及び保護における許可依頼書類 朝潮型駆逐艦三番艦 満潮」

 

「新規艦娘増加による食費支援依頼書」

 

夥しい書類とその他結構な数の領収書。経費決済の書類も多く、とにかくヨダレを垂らしながらひたすらに判を押す大淀。まるで機械か何かのようだ。

 

ガチャリとドアがまた開く。今度は緑のメガネをかけた背の高い女性。戦艦…だろうか?

 

「司令…追加の書類です…うふふ…この霧島、燃えてまいりました。この書類の束、ゾクゾクしますねぇ…!」

 

「うふふ…あはは…もうどうにでもなーれ」

 

「鳥海おちつけぇ…悪い、五分だけ寝かせてくれ…」

 

「いけませんよてーとく!今寝たら確実に八時間睡眠が待っていますよ!八時間…あったかーいおふとん…ああ、しーあーわーせー」

 

「寝るな大淀!寝たら死ぬんだぞ!!!」

 

「ふぁっ!?あ、ありがとうございます提督!二十四時間戦えますか!?」

 

「おうともよ!!」

 

何だこれは。何だこれは。ここにいる全員からどす黒いオーラが溢れ出している。みんな目の周りが真っ黒であり、睡眠を取っていないように見える。それだけ皆書類に追われているのか…。

 

「失礼します。コーヒーの濃いのをお持ちしました…」

 

「く、くれ!コーヒー!これで目がさめる!!」

 

一気に提督と思しき男性が飲み干した。わざとぬるくしてから持って来たらしい。飲み干してもすぐに効くわけでもない。気休めでしかない。これでは効率も悪いだろうに…。

 

「あ、あの…私、宿毛湾から来た妙高です。書類のことでしたら私もお手伝いできる…かと」

 

その言葉に提督も艦娘も目が光った。

 

「ここ!ここ空いてます!」

 

「通常業務の書類。これとこれとこの束、お願いします」

 

「間宮さん、妙高さんに温かいお茶を!」

 

「はい、喜んで!」

 

机に座らされ、山のような紙の束をすぐに乗せられ、上質な万年筆も渡され、判子も何個もドンドンと置かれた。こんな束見たことがない…。い、いやしかし。これを終わらせないと提督と話す機会もない。いつの間にか置かれていた汚れをガードするアームガードを腕にはめ、書類に目を通してサインを大淀に聞きながら書いていった。通常の片付けなくてはいけない書類に邪魔され、はかどらなかった朝潮達に関する書類に一点に集中できるため、玲司たちも一気に手が動き出した。

 

「がんばれ!これが終われば寝れるぞ!!」

 

「「「はい!!!」」」

 

彼女たちの士気も一気に向上した。

 

 

妙高も参加し、少しは楽になったものの、結局膨大な書類の山が全て片付いたのは日付が二回ほど変わってからだった。玲司、大淀、鳥海、霧島は廃人のようにぐったりとしている。妙高もさすがにほぼ不眠不休で書類を処理していたので右手が痛い。目もしょぼしょぼするし、疲労が隠せない。何より、眠い…。

 

「お、終わった…おやっさん、ぜってえ今度会ったら文句言ってやる…」

 

「おふとん…おふとん…」

 

「わ、わたしのけいさんでは…もう、おふとんがよんでる…」

 

「ふふふ…まだ、まだやれるわよぉ…」

 

だ、だめだ。妙高はフラフラと立ち上がり、隣の仮眠室の布団を整え、まずは大淀の肩を支えるようにして仮眠室へ連れて行く。

 

「し、しっかりしてください!もう少しですからね!」

 

うふふ…あはは…と変な笑いを浮かべる大淀を布団に寝かせる。掛け布団をかける。

 

「さあ、お布団ですよ。もうお休みください!」

 

「あ、ああ…ああ…ありが、と…う」

 

ガクリ…と言う言葉がふさわしいか、大淀は息を引き取って…はいない。すぐさま規則正しい寝息が聞こえてくる。一体何日寝ていないのか…。続けて鳥海、霧島と布団に運ぶ。二人も同じように布団に入れてしまえば、すぐさま眠りに落ちた。これでいい。

 

そして妙高は問題にぶち当たった。そう、提督をどうするかである。艦娘を運ぶのは問題はないが、今度は提督であり、人間であり、男である。しかし、このまま提督だけをここで机に突っ伏して寝かせるわけには…。でも仮眠室は大淀達が…頭を悩ませる。

 

「失礼するわ。司令官、妙高さ…って妙高さんいたのね。で、これはどうなってるの…?」

 

やってきたのは満潮だった。どうやら自分を探しているようだが。

 

「満潮さん?私をお探しですか?」

 

「霞が妙高さんが帰ってこないって不安になっているわ。大和さんと霰が見てくれてるけど…で、司令官!こんなとこで寝てたら風邪ひくわよ!ねえ、起きて。ねえったら!」

 

満潮がいくら揺すっても耳元で声をかけても起きない。完全に眠っている。

 

「ど、どうしよう。妙高さん、手伝って。仮眠室に運びたいの」

 

「で、ですが…仮眠室は大淀さん達が…」

 

「いいわよ別に。司令官は変なことしないったら!」

 

満潮一人で持ち上げようとするが、身長が足りないのと力も今は普通の女の子でしかないため、成人男性を持ち上げようとしてもビクともしない。見かねた妙高が手を貸し、よだれを垂らして眠る大淀の隣の布団に提督を寝かせる。玲司は静かに息をし、眠っている。問題はないだろう。あとは…起きた時に間違いが起きないかが心配であるが。

 

執務室を出、満潮と共に自室へ戻る。

 

「はあ!?じゃあ二日間書類仕事させられたの!?」

 

「は、はい…微力ながらお手伝いをかって出たのですが、まさかここまで膨大な量だとは…」

 

「もう。定期的に休んでからの方がよかったんじゃないかしら。呆れたわ…」

 

「ですが、私や朝潮さんや満潮さん。私達の異動申請や支援に関する書類も混ざっていました。これ以上は機密になりますので詳しくは言えません。提督は、本当に私達を横須賀鎮守府の一員として受け入れてくださるようです。少し安心しました」

 

「そう…。初日から私も司令官とはあまり話ができていなかったから…そっか…私達。本当にここにいていいのね」

 

満潮も安心していた。そして、横須賀で受け入れてくれることに提督に感謝しているようにも見えた。

 

「朝潮姉さんと大潮姉さんにはなんでか響と電がいつも部屋に押しかけているわ。一昨日も響とケンカしてたみたいだけど、本当に大丈夫かしら…あ、そうそう!荒潮には扶桑がついてくれてるの!ケンカになるだろうなって思って行ってみたらびっくりしたわ。扶桑の膝枕で寝てたのよ。あの荒潮がねぇってちょっと意外だったわ」

 

姉の変わりようを嬉しそうに語る満潮。満潮は率先してここに馴染もうとしていた。だからこそ、姉達が馴染んでいくのも嬉しいのだろう。

 

「それでね。朝潮姉さんが言ってたんだけど、司令官がたぶんだけど、アイツに怒鳴ってたんだって。朝潮達はうちの子だって。ドア越しだったからわかんないんだけど、だって。そのことが聞きたかったんだけど、今日はもう無理ね。それより霞!霞が泣きそうだから早く戻らなきゃ!」

 

ぐいぐいと妙高の手をひっぱる。確かにそれは一大事だ。大和達に霞のことを任せたのだが、まさかここまで(自分で名乗り出たとは言え)拘束されるとは思っていなかった。拠り所を妙高一人ではなく、大和や霰に分散できたのはある意味で助かったのかもしれない。満潮と同じく、今後の自分と霞の居場所をどうするか。霞についてはどうするのかを聞きたかったのだが激務と提督が撃沈と言うことで聞くに聞けなかった。

とりあえずは霞が心配だったので急いで部屋に戻った。

 

……

 

部屋に入るやいなやすぐさま霞が突進してきた。受け止めて頭を撫でた。

 

「みょうこうおねえちゃ…かえってきてくれた。かすみのこと、いらなくなったのかなぁって。かすみ、かすみ…」

 

「ごめんなさい、霞さん。霞さんのことをいらなくなるものですか。私のかわいい妹ですよ」

 

「ほんと?かすみ、みょうこうおねえちゃんだいすき…だから…」

 

「はい。私も霞さ…霞ちゃんが大好きですよ」

 

「おねえちゃん、いまかすみのこと…」

 

「はい。霞ちゃん。私の大切な、妹。お友達ですから」

 

「おねえちゃ…えへへ。おねえちゃ、ずっといっしょ!」

 

「はい。私も霞ちゃんと一緒です」

 

霞がぎゅっと抱きついてくる。が、霞は何かすんすんと匂いをかぎだす。

 

「おねえちゃ、くちゃい!」

 

満潮は見た。妙高の瞳から光が失われていくのを。その衝撃はいかばかりか。

 

「あ、あの、お風呂にしましょうか!私、ちょっとみんなに言ってきますね!」

 

大和が慌てて出て行った。霰はすでに霞の分だろうと思われるタオルやバスタオルも準備している。霞はおふろーおふろーと楽しそうだ。妙高は…霞を抱いていたままの姿で固まっていた…。

 

 

「そうですね…三日お風呂に入らないだけでこうもいろいろと臭ってしまうのですね…」

 

「あ、あははは…で、でも。もうここでは毎日お風呂に入れますから…もう大丈夫ですよ…」

 

宿毛湾の際はほとんどと言っていいほど入れない風呂であった。そしてあの施設では何もかもを垂れ流すしかない劣悪な環境で、嗅覚がほぼ麻痺していたが、横須賀に来てからは大和達の世話のかいもあって毎日入浴できていた。今回はたまたま猛烈な忙しさで執務室に缶詰だったので風呂に入れなかった。二、三日入れなかっただけでこうも臭いに敏感になってしまうとは。そして、霞から言われたくさい、という言葉は妙高には強烈な一言だったらしい。

その霞は、霰と呑気にタオルでクラゲを作り、泡をブクブクさせて遊んでいる。満潮は「なんで私まで…」とブツブツ言いつつも、霞の体を洗ってあげたり、なぜか霰の頭まで洗っては世話を焼いている。

 

「ねえ、妙高さん。全然この二日くらい寝てないんでしょ?眠くないの?」

 

「眠くないと言えば嘘になりますが、まだ大丈夫です。ですが、お風呂から上がったら一度眠ろうと思います。提督も起きてこられないでしょうし。一度頭をすっきりさせてからお話をお伺いしようかと」

 

「そう…何度か言ってたけど、私達も。妙高さんも横須賀からどこかへ行かせる気はないらしいけどね。まあ、妙高さんが本人から詳しく聞いてくれた方がいいかも。私も詳しくは教えてくれないから」

 

まったく…と不満げだった。確かに満潮から聞いた話と、自分できっちり聞いた話とでは信憑性が違う。自分にならきっちりと教えてくれるだろうか?だが疲労感と眠気が支配する頭ではやりとりができそうにない。とりあえず風呂で疲れを取り、ゆっくり休んでからのほうがいいだろう。

 

艦娘は何日も海に出て帰れないこともあるので比較的眠気には耐えられる。一日や二日くらいならどうということはないのだが、ああまでふらふらになっていた大淀達は果たして何日起きていたのか…。考えたくない。

 

「みょうこうおねえちゃ、ねんね?ふぁあ…かしゅみもおやすみする…」

 

妙高の布団に霞も入ってくる。ここに来てからはいい意味で甘えてくれるようになった。大和や霰が思い切り甘えさせてくれるからだろう。それとは別に、先ほどのかわいい妹やお友達と言った妙高の言葉に、甘えにくいと思っていた壁のようなものが取り払われたのだろう。

 

「ふふ…おててを繋いで寝ましょうか。私がいますから、ゆっくり休んでくださいね」

 

「うん…おねえちゃ…かすみ…いいこにするから、ずっと…いっしょ」

 

「あなたを捨てて、どこかへ行くものですか…」

 

いつのまにか寝息を立てて眠る霞の耳元で囁く。銀色の、かつては糞尿にまみれ、ガサガサだったはずの。今は美しい銀色に光り輝くかのような髪を優しく撫でる。妙高の腕にしがみついて眠る霞を愛しそうに撫で、見つめ、そして妙高も眠りにつく。

 

 

(もう!いつまで書類仕事をやってくるのよ!このクズ!)

 

(わりいなぁ。この間のラバウルのヒステリーババアの尻拭いで書類がてんこ盛りでよお)

 

(もーーーーあのクズ!今度会ったら一言言ってやらなきゃ気が済まないわ!)

 

(いいよ。俺がガツンと言っておくから。お前が言うとまた荒れる。頼む、勘弁してくれ)

 

(フン!自分が悪いくせにグチグチグチグチ!小さい人間ね!うちの司令官を見習えっての!)

 

(ははっ、そりゃあ身に余る光栄だな。霞にそう言ってもらえるならな!)

 

(撫でるな!早く書く手を動かしなさいな!みんな司令官の誕生日パーティに司令官が登場するのを待ってるんだからね!)

 

(え?なんだそりゃ?)

 

(あっ、し、しまった…何でもない!何でもないったら!)

 

(いやいや、もう無理だろ…)

 

(ぐぬぬぬぬぬ…)

 

また。また夢だ。司令官と言う人と、自分がその人に怒鳴っている夢。前も霞はこの人と海を眺めている夢を見た。きれいな海だなぁと膝に乗って。今度は部屋で何かを言い合っている。不思議とこの人は怖くなかった。優しい目。優しい話し方。でも、この人は誰だろう?よく思い出せない。

 

(わかったわかった。知らんふりしてるからさ。じゃあまあ、手ぇ止めて行きますかね)

 

(なんか負けた気分…あーもう!行くわよ!)

 

(はいはいわかりました。んじゃ、行こっか)

 

(はいは一回!)

 

(へーい)

 

大きな手と小さな自分の手をつなぐ。顔が熱い感覚。温かな手の温もり。それは心の壊れた霞にもたしかに感じた感触。よくはわからないが、そうして遠ざかっていく二人。これは一体何?

 

目を覚ませば朝。隣には大好きな姉の存在。すうすうとまだ眠っていた。起こさないようにむぎゅっと抱きしめる。昨日と違い、いい匂いがする。温かい。柔らかい。霞は夢の内容をすぐに忘れ、妙高の温かさが気持ちよくなって眠ってしまった。忘れても。霞の耳の奥には、司令官と言う人の声が残っている。顔も思い出せる。そして、もうすぐその人に会えるとなぜか思った。

 

 

(どういうことだよ、これ…)

 

金縛りにあったかのように、彼、三条玲司は動けないでいた。その理由は…まず目を覚まし、ボーッとした頭で仕事をしなければ、と言う悲しい目覚めから始まった。そして体を起こそうとしたが動かない。金縛りにではない。左足は動いた。違う。

 

それよりも気になるのが先ほどから首にかかる湿った風。温かく柔らかい感触。何とか首だけをその方向へ向けると、玲司にしがみつき、よだれを垂らしながら幸せそうに眠る…大淀。

 

「んん、むにゃ…えへへ、てーとくぅ…」

 

むにゅっと柔らかな感触とふぅ…と言う寝息が首筋を刺激する。これはいけません。と、言うかやばい。大淀が起きるのもヤバいが、誰かが起こしに来てこの状況。よく見ると肩が丸出しでブラの紐が見える…。

 

(こ、こいつなんで脱いでんだよ!ってかやべえ…!くっ、なんつー力でしがみついてんだこいつ!抜け出せねえ!!)

 

動こうとするが僅かにしか動けない。動くとまたぎゅっと大淀の力が強くなる。

 

「ん…ん…んー…はぷっ」

 

「っ!?」

 

はむはむと首筋を甘噛みし始める。寝ぼけているどころか完全に夢の中だ。大淀と一緒に鳥海と霧島も眠っていることに気が付いた。ますますヤバい。三人が起きる前に何とかして脱出を!まず左腕に思いきり握りしめている大淀の右手をはがしにかかる。小指から丁寧に…そっとはがしていく。はがれた…と思ったらすぐさま胸元を掴む。

 

(くっ、この…!こっちゃあ社会的死がかかってんだ!って、今度はすぐさま指がもとに!?)

 

はがすどころか余計にしっかりと服を掴んで離さない。カーテンの隙間から見える青空と、朝を感じさせるスズメのチュンチュンと言うさえずり。ああ、今日もいい天気。空はあんなにも青いのに…言ってる場合か!!!!

 

とりあえず玲司はカッターシャツを脱ぐことにした。服を掴んでいるのだ。ならば脱いでしまえばいい。シャツまではいっていない。少し寒いが脱ぐしかない。何とかもがいて格闘すること数分。カッターを何とか脱いで脱出に成功した。

 

(た、助かった!さって、起きるなよ…絶対起きるなよ!!!)

 

壮大にフラグを立てる玲司。何とか起き上がり、そのまま逃げだそうとするが…。ガバッ!と突然大淀が起きた。

 

(あ、終わった)

 

起き上がった大淀と目が合う。眼鏡をかけていない大淀もかわいいな、と的外れなことを思った。大淀は玲司と自分の体を見る。玲司はシャツ。大淀は下着(なぜかスカートも無意識に脱いでいた。むしろ大淀は下着姿で寝ることが多い。名取談)。手には玲司のカッターシャツ。大淀の肌の色が足から順番に桜色に変わっていく。そして顔は真っ赤になっていって…。

 

「き…」

 

「お、大淀。待て、落ち着け。俺は…何もしてないぞ」

 

「きゃああああああああああああああああ!!!!!!」

 

大淀の悲鳴とバチーン!!と言う強烈なびんたが玲司にクリティカルヒット。

 

「へぶしっ!?」

 

玲司は哀れ、ぶっ飛んでさらに柱に頭を盛大にぶつけてしまうことになった。

 

 

早くに寝たおかげか眠気も疲れもすっかり取れてリフレッシュできた。霞もぐっすり眠れたのか機嫌がいい。霰と大和がやってくるとすぐに飛びついてよりご機嫌だ。さて、洗面所で顔を洗う。まだまだ春の気配が遠いからか水は冷たく、目が覚める。髪をいつものようにまとめ、制服に着替える。準備はよし。

 

「おねえちゃ、またおでかけ?」

 

「お出かけと言うか、お仕事と言った方がいいでしょうね。今日はお昼までには戻りますからね。大和お姉ちゃんと霰さんと、いい子にして待っていてくださいね」

 

「うん…かすみ、いいこにしてる。はやく…はやくかえってきてね。やまとおねえちゃとあられちゃとまってる」

 

「はい。なるべく早く帰ってきますね。ん、いい子。では、行ってきます」

 

「いってらっしゃーい」

 

寂しがりなかわいい妹ができたみたいで嬉しい。少しは自分も余裕が出たようだ。善は急げ、今日こそは提督に今後の自分と霞さんのあり方をお伺いしなければ、と足早に歩く。

 

執務室の前に着くと中が騒がしい。ノックをする。すると今日も「どーぞー」と昨日よりはマシだがやる気のない声が聞こえた。緊張しながらドアを開ける。

 

「妙高、失礼いたします」

 

「あーはははははは!!!あー!あーおかしい!!!」

 

「ごめんなさい!ごめんなさい提督!本当にごめんなさい!」

 

「司令官さん、氷水、お持ちいたしますね…」

 

中に入ると大笑いして自分のふとももをバンバン叩いている霧島。ペコペコとひたすら謝りながら頭を下げている大淀。パタパタとあわただしく出ていく鳥海。そして…。

 

「よお、妙高。ちょっと、待ってくれ。今取り込み中…」

 

左の頬に真っ赤な手形をつけた提督が、ものすごい仏頂面で頬をさすっていた。

 

「ええ…」

 

この鎮守府、いろいろと大丈夫だろうか…と心配になる妙高であった。

 

 




いろいろとややこしい事態に巻き込まれる妙高さん。吹雪と同じく苦労人になる運命になりそうな予感。吹雪と言い、なんでこうなるのか…。

話はいろいろと脱線してしまいました。事務仕事に巻き込まれる。霞にくちゃいと言われる。がんばれ妙高さん。妙高さんの明日はどっちだ!?

次回こそ、妙高さんは玲司とちゃんとお話ができるのでしょうか。

それでは、また。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。