提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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大本営から練習巡洋艦「鹿島」が着任します。横須賀鎮守府は艦娘も足りませんが指南者も龍驤のみと足りない状況です。ぼちぼち艦娘も増やしていきたい…


第六十六話

玲司を前にビシッと敬礼をする。少し緊張した面持ちだ。無理もない。彼女、鹿島の玲司の認識は食堂でとびきりおいしいオムライスを作るらしい料理人さんというイメージしかないのだから。ショートランドの英雄とは聞いてはいる。料理をしている時とは違う。今度はしっかりと、汚れが一つもない制服で見事な敬礼で自分を迎え入れてくれようとしている提督として相見えることになった。

 

「練習巡洋艦、鹿島!本日、横須賀鎮守府に着任いたしました!どうぞよろしくお願い致します!」

 

「よろしく、鹿島。大本営の鹿島が来てくれたのはありがたい。うちは今艦娘の練度向上に着目していてな。古井司令長官の龍驤が指示をしているんだけど、空母だけあって翔鶴、瑞鶴の指南と防空に関してはいけるんだが、水雷戦隊の練度の伸びがやっぱり目に見えて顕著に遅れててな。指南者が欲しかったところだ。来てくれて助かった」

 

「は、はい。提督さ、…あ、いえ。提督のご期待にお応えできるよう、頑張りたいと思います」

 

「ああ、呼び方は別に何でもいいよ。堅苦しいのは無しにしようぜ。ここの子らのことを見てりゃ、堅くならなくて済むから」

 

朗らかに笑う玲司。とりあえず歓迎されてるようでよかった。よその泊地に指南のために一ヶ月ほど行ってくれと言われた時は苦痛だった。何せそこの提督が何とかして自分をここに留めようと必死にすり寄ってくるし、隙あらば胸や尻、脚を見ているし、触ろうともしてきた。結局大本営に陳情して一週間で切り上げたこともある。目の前の彼はそう言った目では自分を見ていない。

なぜか鹿島はそう言った気はないのに妙な男を寄せ付けてしまう。ある時はスタイルのいい艦娘ばかりを周りに置いてニタニタ笑って、自分もそこに加えようと画策している人もいたし、ただ歩いているだけでジロジロと見られたり、すれ違った後食い入るような視線を感じたこともある。男の人ってこんな人ばかりなのかな…と嫌気がさした。

 

初日だし、まだわからないな…と不安ではあったが、初日から不快なことにはならなくて安心した。それはそうと、伝説のショートランドの英雄と呼ばれたこの提督の手腕がいかほどのものか、それが気になった。さぞや素晴らしい作戦会議を今から行うに違いない。提督の側にいる大淀、鳥海、霧島。明らかにこの鎮守府の軍師だろうと思う。見るからによその大淀達と気迫が違う。やはり素晴らしい提督なんだ。見てみたい。このすごそうな三人の軍師とどう語らい、どのような智謀で敵を殲滅していくのか。

 

「提督。お疲れ様でした。これで提督の本日の業務は終了です。どうぞお休みください」

 

「えっ?」

 

鹿島が素っ頓狂な声をあげた。今から、今から作戦を練って敵海域をズバッと制圧するための作戦会議をするんじゃないのか?それとも、この人は普段からこうやって艦娘に全部を任せてサボるような…?それだとしたらいくらなんでもひどすぎる。

 

「おい、俺、今鹿島を歓迎しただけじゃねえか。今日これだけで終わりとかそりゃねえだろ」

 

「司令。言ったはずです。昨日から三日は司令に休息を取っていただきますと。鹿島さんが着任すると言うので、さすがにそれは司令がいないといけませんのでこうしたわけですが。無事着任のご挨拶も終わりましたので、休んでくださいと言っても聞かない司令はどうぞまたピザでも作っててください、ピザでも」

 

「あの、霧島さん。どこでそのお話を…」

 

「ああ、楽しそうでしたねぇ、間宮さんと満潮さんと北上さんと。いいんですよ、提督。今度はパイでもお焼きになってはいかがですか?アップルパイとか、いいと思いますよ?」

 

「司令官さん。私たちの目はごまかせません。たとえみなさんが気づかずとも、私たち三人は鎮守府のわずかな変化も見逃してはいけないの。見逃して、何かあった時に後悔したくないですから」

 

「え、どういう理屈なのそれ?」

 

提督が三人に冷たい目で見られてたじたじしている。彼自身が怠けようと考えているわけではない。彼女達から嫌われているわけでもない。ただ、何かを隠していたがために責められているようだった。それが艦隊運用のことではなく、ひどくしょうもないことのように見えるが…。

 

「提督。最近北方海域に深海棲艦が集まりだしているようです。おそらく近いうちに横須賀にも何らかの形で声がかかると思います。それまでは私達の仕事は情報収集です。提督の指示も必要ですが、今は休める時です。明後日以降は提督の指示も仰ぎます。ですので今はお休み下さい。休まないとすぐ無茶をするのが提督ですので」

 

「司令官さん。大切な時にへろへろでは作戦もうまくいきません。一見大丈夫でも体はお疲れかと思います。どうかお休み下さい」

 

「はい、そういうことです。司令は鹿島さんの鎮守府内案内でもしててください!さあ、出て行った出て行った!」

 

鹿島共々霧島につまみ出されてしまった。鹿島は目を白黒させている。提督を執務室からつまみ出す艦娘なんて聞いたことがない。そしてそれと同時になすがままつまみ出される提督も聞いたことがない。「俺が、儂がこの鎮守府の提督なのだ」と執務室でふんぞり返るだけの提督。何を偉そうにしているのかはわからないが…。仕事をするわけでもないのに執務室にかじりつく提督に比べれば、やる気はあったと思うのだが…。

 

いや、かじりついていない提督もいたな。警備府の正門周りを一生懸命作業着で掃除している清掃員かと思って気さくに話しかけたら実は提督だった人が。提督は清掃員だった…笑えない。かと思ったら航空戦艦「日向」や駆逐艦「吹雪」が同じく作業着を着て外周を掃除して道行く近隣の住民に挨拶をしていたり。大湊だったか。確か名前は一宮提督。あの人もここの三条提督と同じくらいの年齢だったはず。彼の頭脳はずば抜けていたな。

 

何だろう、若い提督はどうも威厳がない…。こんなことでこの先大丈夫なんだろうか…。追い出されて頭をポリポリとかいている横須賀の鎮守府を見て鹿島は不安に思った。これが伝説の英雄?と疑問にも思った。

 

「んー、しょうがねえなぁ。んじゃまあ俺が案内するよ。横須賀が以前どんなとこで、今どんなとこかって言うのは知ってる?」

 

「はい。安久野提督の時はとてもひどい所だったと…今はあの戦艦「大和」がいる注目が集まっている鎮守府ですね」

 

「大和はそう呼ばれるのを嫌がるけどな。まあ、それ以外は何の変哲もない鎮守府だよ。艦娘不足、練度不足が今最大の課題だよ。四大鎮守府なのに連合艦隊が一艦隊しか組めないなんてやばいよなー」

 

「そ、そんなに!?」

 

鹿島は本当に驚いた。そこまで横須賀鎮守府は前提督のせいで弱っているのか。横須賀鎮守府より、新進気鋭の一宮提督率いる大湊警備府をまず叩き上げてほしいと言われたのはこのためか。そしてこれから横須賀の強化を図ろうとしたわけだが、これでは艦娘が少なすぎる…。

 

「艦娘が今どれだけ在籍しているかと言うのは…?」

 

「ああ、じゃあ食堂でそれまとめるか。そうだよな、叩き上げるにしても正確な人数は把握しときたいよな、んじゃまあなんか食いながらやりますかー」

 

緊張感がない。本当にこれが英雄と呼ばれる提督なのだろうか?心配だ…。

 

……

 

現状在籍している艦娘を書き出してもらったが数は少ない。潜水艦がいないこと。空母が二隻しかいないこと。水雷戦隊も一つか二つ組めるくらい。こんな少ない数の艦娘で沖ノ鳥島海戦で未確認の駆逐艦と多くの深海棲艦相手に勝利したと言うのか?にわかには信じがたい。

 

「数は少ないがそれだけ個別に濃い特訓ができる。ここ最近だと摩耶と吹雪の対空特訓を濃密にやったおかげでいい感じに防空戦術が活かせそうだ。皐月と文月もいい感じだぜ。空母はまあ、龍驤が見てるから問題にはしてない。それよか水雷戦隊としての動きが甘くてな。それと重巡。ここが伸び悩んでる。これを鹿島に何とかしてほしい。水雷戦隊が活きれば、重巡だけじゃなくて全部がもっと高みへいけるはずだ」

 

「は、はい。確かにそれは…艦娘の数も少しずつ増やしたいですね」

 

「今ちょっち込み入った事情でな。妖精さんにも建造させろって怒られてるんだけど…近々一回やっとくか。今度は大和の妹、武蔵でもできたらおもしろそうだな」

 

そんなことになったら大本営はもう大騒ぎどころの話じゃなくなる。ただでさえ、大和を欲している提督が多いし、過激派のほうでも大本営に置きたいとあれこれ策を練っていると言うのに。全て、高雄によって阻止されているが。武蔵が出れば横須賀への口出しも多くなるだろう。そうなったとき、この若い提督ではなす術がないと思う。結果、大和も取られ、一気に過激派の勢力が増すかもしれない。聞く気はないが、こう言う派閥争いの汚い話は大本営にいる限り入ってくる。

 

「まあ、あれはたまたまだったわけだし、次はねえな」

 

カカカと笑う玲司。気楽なものだ。大和が今も密かに狙われていると言うのに。それほど今の横須賀は弱っているのだ。戦果もない。艦娘は少ない。そんな中大和がいる。これは危険なものだと思う。どこかで大きな戦果をあげたところが出れば、たちまちに実績の少なく、発言権の弱い三条提督は古井司令長官の擁護もしてもらえずに大和を取り上げられるだろう。

今さえよければいい。過去の威光だけではもう通用しない。英雄などと言うのはもうほとんどの人が記憶から消えている。ショートランドの英雄「三条 玲司」と言う看板はもうなく、ただの横須賀鎮守府の提督「三条 玲司」でしかないと言うことを自覚しているのだろうか?

 

「提督さーーーーーーん!!!」

 

大きな声が廊下に響く。前を金髪の少女。あれは…駆逐艦夕立か。改二になっているのか。駆逐艦の中ではかなり高い練度を持っているらしい。鹿島はいつもの癖で夕立を見つめる。彼女は瞬時にその艦娘を個別に能力のデータ化をする。脳内で素早く数値を計り、今後の成長が見込めるか否かを見極める。これのおかげで見込みある艦娘は鹿島の指南で力を大幅に伸ばすことができる。数値が小さければそれなりにしか指南はしない。限界以上には強くならないからだ。

さて、と夕立を見た瞬間、鹿島は鳥肌が立った。鹿島の計算は…「計測不能」。目をこすり、提督に飛びつく夕立をもう一度凝視する。が、結果はやはり「計測不能」。限界がわからない?そんな馬鹿な。それよりも夕立から盛大に燃え上がる炎のようなオーラに度肝を抜かれる。なんだこの夕立は。

 

「おー、夕立!お疲れ!演習か?」

 

「ううん。神通さんと自主鍛錬してたっぽい。うーん、神通さんとだいぶ息が合ってきたっぽい!」

 

「お、そりゃすげえな。神通についていけるのは今のところ夕立だけか」

 

「時雨と村雨もだいぶ追いついてきたよ。まだヒイヒイ言ってるけど…ぽい?」

 

夕立の紅い瞳が鹿島を見る。すぐににぱっと鹿島に笑いかける。

 

「新しい艦娘さんっぽい?はじめまして、駆逐艦夕立よ!よろしくね!」

 

ピシッと敬礼をして笑っている。片腕は提督の腕に絡めたままであるが。

 

「提督。お疲れ様でした。夕立さん、時雨さん、村雨さんとの自主鍛錬をしておりました」

 

「はあ…なんで夕立は神通さんの鍛錬でそんなピンピンできるのぉ…?」

 

「ゆ、夕立だし…こうなっても…おかしくない…かな」

 

時雨と村雨。この二人は数値化できた。だが他の時雨たちよりも伸び代がある。普通似たりよったりだが、彼女たちは過去鹿島が見てきた同型から見ても頭一つか二つ抜けている。一体この鎮守府の艦娘は…?

 

「ふかーく考えたかて、ここはまだ未知数やで、鹿島」

 

「龍驤さん…?龍驤さんって大本営の龍驤さん!?最近見かけないと思ったら!」

 

「そ、ここに住み込みで艦隊の指南してんねや」

 

まさかの古井司令長官直属の龍驤がここにいた。以前と変わらないのほほんとした軽空母。彼女がここで艦隊指南!?

 

……

 

龍驤が鎮守府の案内役を買って出て玲司と交代。突然の大先輩に緊張しながら歩く鹿島。龍驤はカラカラと笑いながら歩いている。

 

 

「どうや鹿島、なかなかおもろい鎮守府やろ。過去の最強の鎮守府っちゅう称号はもうマリアナくらい底に落ちてもうとるんちゃうかなぁ」

 

「え、ええ…いろいろとありすぎてわかりません。艦娘の数、執務室からつまみ出される提督さん…ありすぎてわかりません…」

 

「あっはっは!まーたあいつ働きすぎで大淀らに怒られたか!霞に噛み付かれて一週間不眠不休の仕事、今度はつまみ出されるか!あはははは!玲司も踏んだり蹴ったりやなぁ!」

 

霞に噛まれたって…古井司令長官、横須賀に行けば、君が見たこともないようなおもしろいものがたくさん見れるだろうと言っていたが、確かに見たことがない。提督以前の問題じゃないだろうか。

 

「あ、あの…霞さんに噛まれたって…それに大淀さんたちの提督さんへの態度もいろいろおかしくありませんか?提督と言うにはちょっと…」

 

「あははは…不安てか?まああんたは知らんわなぁ。霞やら朝潮達がおるんやけど今ちょっち込み入っとるんよ。ここに着任したからには、現実を見ることになるわー」

 

「…?」

 

「まあまだ初日や。玲司がめーっちゃ頼りないように見えるんやろ。それはうちもわかるで。大淀間宮にはしょっちゅう怒られとるし、翔鶴とはもじもじ中学生みたいな恋愛しとるし。はよくっつけっちゅうねん」

 

「翔鶴さん…とですか?艦娘と人間の恋愛なんて…」

 

「一応お互い同意の上なら付き合うてもええんやで?ただ、人間がアホすぎて艦娘をやれ兵器や道具やって言うとるからいつのまにかこの決まりがなかったことにされとるだけ。無理やりヤルから処罰されんねやん。盛ったサルばっかで大変やなぁ。『なー姉ちゃん、女の子に花束送ったら喜ばれるかな』とか健全なお付き合いから始めようとするうちの弟を見習ったらええのにな」

 

そんなことは初耳だ。もうだいぶ昔の話やけどなーと龍驤は言っていた。最古参の一人、龍驤。最初期の頃の決まりなのだろうか。

 

「まあほんまに軍が結束した頃の決まりやからな。もう知ってるんは数えるほどかな。過激派がやるわけないし。教えたったらかわいらしげに一宮君が日向とイチャイチャしとったのは見たかな。あの瑞雲狂の日向が頬を赤うして一宮君と手繋いでたんはかわいらしかったなぁ。玲司もはよあないならんかなぁ」

 

驚いた。確かに会議の時などにもいつも一宮提督は日向を連れている。日向はいつも涼しい顔をしているだけと思ったが…。

 

「軍は女少ないし、艦娘は美人やし、お互いが同意の上なら付き合ってもええんちゃうかってお父ちゃんのダチが言うとった。そりゃ十何年も前の話やし、今はそんなんする人間おらへんし。やっと一宮君がそうなったって感じ。一宮君が初よ」

 

人は見かけによらない、か。日向は嗜好が瑞雲に偏りすぎていただけで、それが人に変われば一途に人を愛する愛らしい女性になると言うことだ。世代が変わればまたいろいろと決まりごとなんかも見直しが入るのかもしれない。

 

「お、噂をすれば玲司と翔鶴やん!」

 

窓の外、中庭で玲司と翔鶴が向かい合っている。密会…か?

 

「キキキ、見てみい、翔鶴顔真っ赤やん!玲司も顔真っ赤!お、手繋ぎおった!玲司やるやん!お、おお!おおおお!!いった!いきよった!ハグしよった!!!うおおお!!」

 

龍驤がめちゃくちゃ興奮している。いけ、いってまえ!チューいけ!と声が大きすぎたのか、見つめすぎたのか、二人に気づかれてしまった。シュバッと離れた。提督がものすごい表情で龍驤を睨んでいる。いや、こんなわかりやすいところでしてるから…。もっと、落ち着く場所でデートしてエスコートしてあげればいいのに…。やったことがないからわからないけど。

 

「うひゃひゃひゃ!こりゃおもろなってきたでぇ!あ、クソ逃げられた!手繋いどる!なんやぁ、初々しいカップルやのう!明石に報告やぁ!」

 

龍驤の機嫌は最高にいいようだ。姿が見えなくなってもずっと探して回るかのように外を見つめていた。とんでもない人だ、この人。本当に事務職のおばさんみたいな…。

 

「そうか…やっと好きな人ができるくらい、落ち着いたか」

 

「え?龍驤さん?」

 

「あー、いや、聞かんかったことにして。あははは…」

 

どういうことだろう。提督に何かあったのだろうか?わからない…。と言うかここに来て彼からは提督らしいものが一つも感じられない。これでよく三ヶ月以上鎮守府が回っているな…。別に何かを艦娘に強制しているわけでもなく、嫌がることは一切していないようだが。ふむ…まあ、与えられた責務はしっかり果たすつもりではあるが。

 

 

「くっそー!一番見られたらマズイ奴に見つかったな…翔鶴、すまん…」

 

「い、いえ…わた、わたし…翔鶴は大丈夫です…」

 

某高速戦艦のようなことを言いながら、首から耳まで真っ赤にして顔を隠している翔鶴。一方の玲司も顔から火が出そうなくらい恥ずかしいと思いをしつつ、龍驤をどうしてくれようかと頭を悩ませていた。これでもう明石にまで知られてしまう…。口の軽い姉だ。一気に横須賀に広まってしまいそうだった。

 

「翔鶴、大丈夫か?すまん、俺が軽率だった…泣いて…るのか?」

 

翔鶴は顔を隠しながら震えていた。あまりの恥ずかしさに泣いてしまうのかと思った。慌てて近寄ると、クスクスと笑っていた。

 

「翔鶴?」

 

「うふ、ふふふ…あはははっ…玲司さん、私、何だかおかしくって。うふふ、恥ずかしいのですけど、玲司さんとこうしてバタバタ逃げるのがおかしくって…ふふふ!」

 

「な、何だよ、びっくりしたぜ…」

 

「ごめんなさい。ふふっ、私、とっても楽しいです。あなたとこうしていられる時間が。確かに、恥ずかしいのですけど、こうして玲司さんが近くにいる時間が幸せ…こんなこと、あっていいのかしら」

 

「いいんだよ。こうして楽しくいられる時間があって、笑っていられる日常は大切だ。翔鶴は笑っている方がかわいいし」

 

「や、やだもう…玲司さんったら…」

 

また翔鶴の顔が赤く染まる。本当に初々しい二人である。

 

「玲司さん。本当に…本当に私でいいのですか?私は…前の提督にその…散々汚されています。私よりも、扶桑さんや大和さんのほうがきれいで「翔鶴はきれいだよ」

 

玲司が笑みを浮かべながら翔鶴の目を見る。その目は…海に照らされる陽の光のように美しく、輝いているように翔鶴は見えた。自分を慈しむように見る目。宝物を目の前にしたような。そんな、引き込まれる目だった。

 

「過去は関係ない。翔鶴。お前はきれいだよ。過去に囚われなくていい。お前は前を見てろ。過去を忘れろとは言わない。けど、囚われていてはいけないんだ。前へ進もう、一緒に。俺も過去に囚われっぱなしだ。翔鶴も、あのクソッタレのことで囚われている。一人じゃ無理だ。けど、俺は翔鶴と一緒なら前へ進める。だから、俺と一緒についてきてくれ。月並みな言葉しか言えないけど、俺が、俺が翔鶴を幸せにする!翔鶴は美人だ。美人で、ちょっと天然なところがかわいい。そんな子だよ。俺から見れば。だからー、そのー…」

 

笑っていた。あの汚い男に毎日穢された。私の体は汚れている。かつては彼までも殺そうとしたほど、心も汚れた。そんな自分をきれいと言ってくれるのか。そうだ。私はこの、太陽のように眩しい笑顔に幾度となく救われてきた。震える体。今すぐにでも彼に飛び込みたい。玲司が頭をかきながら翔鶴に照れ笑いを浮かべている。次に玲司の口から出てきた言葉は…

 

 

好きだ翔鶴。俺の側にいてくれないか。

 

 

その言葉に翔鶴は玲司の胸に飛び込んだ。しっかりと、離れないように強く玲司を抱きしめる。玲司も翔鶴を離すまいとしっかりと腕を回した。

 

「わたし…わたしも玲司さんが好き!あなたがいたから!あなたがいたから私は笑っていられるの!あなたがいるから、私は、私でいられる!私を離さないで、玲司さん。私の翼を癒すのは…疲れた時の止まり木は…あなただけよ」

 

「ああ。お前の側にずっといる。だから、お前が出撃しても、ずっとお前の帰りを待つ。帰ってこい。いつでも俺に止まりに来い」

 

二人が見つめ合う。そして…………。

 

……

 

二人して背を向け、玲司は地を見る。翔鶴は空を仰ぐ。お互いに真っ赤になりながら。決して忘れられない瞬間。夢から覚めるかのように二人は飛んで距離を離し、こうすること数分。

 

「さ、さって、そろそろ晩飯の準備しなきゃな!」

 

「も、もうそんな時間なんですね!もど、もも、戻らなきゃ、いけませんね!」

 

そうして玲司がまた翔鶴を抱きしめる。

 

「ひゃっ、れ、玲司さん?」

 

「へへっ、翔鶴のパワー、もらってくぜ」

 

「……もう。じゃあ、私も玲司さんの元気をもらっていきますね」

 

そうして再び唇を重ね合わせ、また真っ赤になりながら名残惜しげに離れる。手を繋ぎながら鎮守府へと戻っていった。

 

 

「はい、それじゃあ手を合わせて!いただきまーす」

 

玲司の号令のあと、食堂に響く艦娘達のいただきますの声。鹿島が着任したということで、夕飯はルールに従いオムライスとなった。今日は摩耶の要望でソースはデミグラスソースとなった。間宮特製のソースと、玲司が作ったふわとろ卵のオムライスが混ざり合い、絶妙な味になり、皆目を輝かせていた。

 

「うんめー!」

 

摩耶が歓喜の声をあげる。最上や五十鈴がガツガツと味わっているのかわからない勢いでかきこんでいる。霧島も同じだ。山のようなオムライスがみるみるうちに消えていく。

 

鹿島は大本営に玲司がいた頃、幻とまで言われたオムライスをこうして食べることができた。その味はどこで食べたものよりもおいしかったという。夢中で食べた。

 

「おうおう、翔鶴となりに置いて、ラブラブやのう。見たで見たで、抱き合うとったとこ!そっかそっかぁ、玲司も春が来たかー。姉やん嬉しいわぁ。で、抱き心地はどうやった?」

 

「おう姉ちゃん。オムライス嫌いだっけか。ほれ。これ食いな」

 

「おおい!ちょっと待たんかい!銀シャリと梅干しのみってなめとんか!オムライス返さんかい!」

 

「霧島ー。姉ちゃんオムライスいらないんだって。食べかけだけど食う?」

 

「もちろん!いただきます!龍驤さん、ありがとうございます!」

 

「あーーーー!!ええて言うてないやろ!待て、あ、ああああああ!」

 

もりもりなくなっていく龍驤のオムライス。半分も食べることなく、龍驤のオムライスは霧島の胃に消えた。悲しみに暮れる龍驤は玲司のオムライスを強奪。玲司は翔鶴が差し出したオムライスを食べるという何とも奇妙な図になった。瑞鶴と北上にからかわれるも、お腹いっぱいだったから、と笑顔(目が笑っていない)で返し、黙らせた。

 

「うふふ、おいしい♪よぉし、明日から演習がんばろうっと!」

 

そんな喧騒を放って、鹿島はキラキラと輝きながらオムライスを味わっていた。




おやおや、玲司と翔鶴に進展がありましたね。

玲司と翔鶴のデートでも書きたいところですが、それはウブな彼らにはまだ少し遠いお話。一速どころかニ速くらい飛んだ気はしますが、まだまだ彼氏彼女にはちょっと遠い?キスまでしておいて?細けえことはいいんだよ。

さて、鹿島が加わり、水雷戦隊の練度向上が本格的に始まります。海に立つのが何ヶ月ぶり?な満潮が姉妹を守るために奮闘します。はたして鹿島の指南はいかほどか?次回をお待ちください。

それでは、また。

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