鍛錬も十分にやった。ちょこちょこ遠征や近海の戦闘にも参加した。この時はよかった。しかし、今回は倒しやすいイ級やロ級、軽巡ハ級やホ級ばかりではない。空母ヌ級やヲ級。そして戦艦までいると予想されている。今までのようにはいかない。1つ間違えれば死ぬ確率が今まで以上に跳ね上がっているし、自分は摩耶と共に空からの攻撃を対処する駆逐艦としての役目を任された。
空からの攻撃。これの恐ろしさは師である龍驤から嫌というほど教えられた。
「まーた死んだで!そんなへっぴり腰で撃ち落とせるほど甘ないんや!!一瞬かて目を離すな!!」
「ほれ味方がやられたでぇ!!なんや今の弾幕は!!そんなんちょうちょかて落とせんわ!!!」
自分は何の役に立つ?特型駆逐艦「吹雪」は自分には何ができるかを必死で考えた。横須賀にやってきて、「クソの役にも立たない駆逐艦」と言われることもなくなり、司令官からは「駆逐艦がいるからこそ、戦艦や空母が輝く」と言われた。駆逐艦だって大事だ。駆逐艦には駆逐艦の役目がある。と言われても吹雪はイマイチ、ピンときていない。
「駆逐艦は使い捨てとか、使えんとか言うてる司令官に未来はないよ。吹雪、あんたにはあんたの役目がある。あんたはたまたま防空能力に長けとる。せやからうちはあんたに防空の鍛錬をつけとるんよ。ほんまやったら、対空に関してはうちよりも妹のがええんやけどなぁ」
「龍驤先生の妹さん、ですか?」
「先生ちゃうってのに…せや。めっちゃくちゃクセがあって疲れるんやけどな…。せやけど、対空に関してはそんじょそこらの防空駆逐艦じゃ敵わへんよ。あいつが撃つ対空機銃は、狼が吼えとるようやって言われてる。たなびく黒い髪に狼の咆哮。せやから「黒狼」って呼ばれてる。空母水鬼や空母棲姫、ヲ級のごっつい強いやつの艦載機かて枯らしよる」
「す、すごいんですね…私にはとても…」
「1人では無理やろなぁ。せやけど、あんたには摩耶がおる」
「摩耶さん…はい。摩耶さんの対空もすごいですね」
「そいつ磯風っちゅうんやけど、あいつは規格外や。磯風を目標にしたら絶対折れるわ。まずは、摩耶を追いかけてみ。同じ鎮守府で、仲間であり、先輩であり、ライバルや。艦種はちゃうけど。きっと、摩耶は出られへんところで、あんたの対空能力はきっと輝く」
「私が…輝く…。輝けば…今度は、みんなを守れますか?初雪ちゃんや叢雲ちゃんのように、ただ何もできずに沈んで行くところを見ずにいられますか?」
「守れるって言いたいんやけど、まずは自分の身を守らな、誰も守られへんよ。そのために、まずは一生懸命練習をしっかりしよな」
「はい…はい!龍驤先生、お願いします!」
(吹雪は何事も素直で、一生懸命で。ほんまええ子やなぁ。どんなにしんどくても諦めへん、腐らへん。まあ摩耶もやけど。あんたのその真摯な取り組み方は、きっとすぐ輝けるよ。がんばろな。応援するで)
かわいい新しい弟子、吹雪。育てる者の資格もある龍驤は全力で吹雪を教える。吹雪も全力で教わる。あと備わっていないのは自信だ。こればかりは自分からつけていくしかない。モーレイ海への出撃の時まで、吹雪は自信が持てないでいたのだ。
「ところで龍驤先生、磯風さんと言う方にお会いすることはできるんでしょうか?」
「いずれは会えるかもしれへんなぁ。せやけど、あいつと話するんなら堪忍袋が何個あっても足らんで」
「え…」
対空のスペシャリスト。会ってみたいと思ったが、龍驤の一言で躊躇う吹雪であった。
/
出撃をし、目標地点に到達するまでの間、吹雪は近づけば近づくほど緊張が強くなっていき、もう何が何だか胃がフラフープでもやっているかのようにグルグルとしていて、朝食べたアジの干物やご飯を吐きそうだった。フーフーと息も荒く、体は強張っている。
「おいおい、吹雪。緊張しすぎだろ…大丈夫かぁ?」
摩耶が吹雪の両肩に手を置く。それだけでもひゃあうう!?と変な悲鳴をあげた。摩耶はにひひひと吹雪の肩をそのまま揉む。
「うひっ、あははは!まやさ、くすぐったい!あはははは!!」
「ちょっと!何してんのよ、摩耶?」
「なーに、ちょっとガッチガチになってるかわいい妹の緊張をほぐしてやろうってな」
「……あんまりやりすぎないでよ?」
「へーい」
摩耶はのんきに笑っているが吹雪はそれどころではない。失敗したらどうしよう。味方に迷惑が。うまくやれるだろうか?とにかくみんなを守らなきゃ。そんな考えばかりが吹雪の頭の中を台風のように高速で渦巻いていた。
「あたしもさぁ、今の提督の指揮で初めて出撃した時はさ、もうそりゃ大変な状況でさ。雪風が深海棲艦になっちまうかの瀬戸際でさ、勢いに任せてあたしが行く!って言ったんだけど、あの時はたぶん、今の吹雪と一緒だったなぁ。ほんとに吐きそうだったよ」
「あー、あの時ねー。あたしもマジで吐くかと思ったよ。雪風が深海棲艦になってたらどうしようとか。敵にやられてないかとか。あとはねー、全員で生きて帰れるかなって」
「そうね。あの時は…うん。緊張したね。みつからなかったら。また誰かが沈んで、それを何もできずに帰ることになったらとか。索敵がうまくできなかったらとか」
摩耶につられて北上や瑞鶴も反応した。
「でさぁ、結局あたし何もできなくて、北上や夕立が大暴れして何だこいつらって帰ってきてから笑っちゃってさ」
「えー、あたしそんなに暴れてないし」
「暴れてたじゃない。魚雷ぶちまけて…」
「記憶にございませーん」
ケラケラと北上が笑う。名取も「もう、北上ちゃんったら」と笑っていた。緊張感…大丈夫だろうか?霧島もふっと笑っている。…自分だけガチガチになっているのが急に力が抜けた。
「吹雪ちゃん。失敗したらどうしよう、とか、そういうのは毎回考えるよ。でもそこから怒られるとか、そういうことを考えて逃げる方が大失敗するよ」
「そーそー。昔はあたしもそうだったね。で、守るものも守れないでめちゃくちゃ後悔してる。今は提督も玲司だし、大淀や霧島さん達があたし達を生きて帰れる作戦考えてくれてるんだし、だったら思い切りやっちゃいましょーって考えてるよ」
「はい。私や大淀さん、鳥海さんの計算では、今回の勝率はほぼ100%!です!」
「ほら。そんなところに失敗するかもって考えてたら、そのほんのちょっとした確率に乗っかっちゃうんだって。あたし達が勝つんだよ。負け癖ついてたあたし達が一歩前へ出るなら、出たいなら。絶対勝つ。勝ってお風呂入って今日のご飯はなにかなーって考えるくらいでいいんだよ、ふぶきち」
「ふ、ふぶきち…」
「ほれ、吹雪!あたしとパパーっとやって、今日の帰ったらおにぎりの具は何か考えて当てっこしようぜ!」
緊張感がないわけではない。みんなの目は勝つ、という気迫のある目をしている。そうだ。今までのきつい練習の成果を見せる時だ。やらなきゃ!
「目標海域に接近!艦載機が敵を発見したわ!戦闘準備!!」
ほどなくして、瑞鶴の鋭い声に全員の表情が変わった。吹雪も10cm高角砲+高射装置を強く握りしめる。
/
「足止めんな!!!死にてえのか!!!!!」
「は、はい!!」
「主砲!!全門斉射ァ!!!」
「当たってくださぁい!」
「摩耶さん!そっちにロ級が行きました!!」
「おう!吹雪足止めんなっつってんだろ!!!!」
「は、はい!!!!」
摩耶に背中を叩かれ、転びそうになりながら回頭する。数秒後には自分がボケーッと立っていたところに水柱が上がる。駆逐艦の砲撃だろうと、直撃すれば危険である。練習の時はしっかり動けても、実戦ともなれば「死」が付きまとい、頭は真っ白になる。足が思うように動かない。
「危ねえ!!!」
「ぐぇっ!?」
摩耶に襟を掴まれて思い切り引っ張られて首が絞まり、変な声が出た。しかし引っ張られなければまた危なかった。摩耶の腕に赤い一筋。血だ。血を見る。助けてと言いながら血まみれになっている初雪と、血を流しながらも自分を逃がそうとする叢雲が頭に浮かんだ。
「う、う、うわああああああああああああ!!!!!!!」
もうわけがわからない。守らなきゃ。とにかくみんなを守らなきゃ。どうやって?撃て。撃て。撃て。撃て。撃て。撃て。守れ。守れ。守れ。守れ。
「このバカ!!どこ撃ってんだ!!!」
頭を引っ掴まれ、顔を海に浸けられる。必死で暴れて抵抗するが、すごい力で押さえつけられている。5秒くらいだろうか。吹雪には数分のことのように思っただろうが。
「ぶはぁ!!!」
「バカヤロウ!!!死にたいのか!?うおっ!?テンメエ!!!l
摩耶が撃ってきたホ級eliteに砲を構えた。が、その瞬間に凄まじい爆音と共に吹き飛ぶホ級と水柱。下半身が吹き飛んだホ級が水面に叩きつけられ、そのまま沈んでゆく。目の光は消え、死んでいた。ドンドン!!と砲撃音。横にいたイ級が吹き飛ぶ。
「だいじょーぶー?」
「2人とも大丈夫?」
北上と名取だ。持ち場を離れ、こっちへ来てくれたらしい。
「北上、名取!わりい、助かったよ!」
「ん、無事ならいいよ。それよりも」
「ハッハッハッハッハッ!はひっ…はっ!」
「ありゃー。こりゃあパニクっちゃってるねえ。おーい、ふぶきちー。帰ってこーい」
恐慌、錯乱。吹雪は過呼吸一歩手前だった。北上は知っている。この状況に陥った駆逐艦が危険なこと。嫌という程見てきた。むやみやたらに周囲を撃ちまくり、回避をすることなく正確に頭を撃ち抜かれた。悲鳴をあげながらなぜか突撃を繰り返し、強烈な砲撃でバラバラに吹き飛んだ子。自らの砲で頭を撃ち抜き、自害した子。
「瑞鶴ー。進撃ちょっと待って。ふぶきちがヤバい」
「だ、大丈夫なの?」
「このまま進撃したら殺されるか自分で頭ブチ抜くよ。ごめん。時間押してるのわかってんだけど」
「まだ大丈夫よ。それより吹雪ちゃんを」
あんがと、と言うと震える吹雪に北上が抱きつく。頭をゆっくり撫でてよしよーしと落ち着いた声で吹雪に声をかける。
「ふぶきち。どした?何が怖い?敵?砲撃?痛いの?」
「あ、ああう…う、うう…」
「あんた、本格的に参加するの初めてだっけ?そっかー。そりゃ怖いよねぇ。当たりゃ痛いし、敵は殺しにかかってくるし。血見るの怖いよねぇ。でも、摩耶が血を流さなきゃあんたは助かってないんだよ」
「お、おい、北上。そんなこと言わなくてもよ…」
「ここは敵地だよ。悠長なごまかし言ってらんないって。ふぶきち。何が怖かった?」
「血、血が…は、初雪ちゃんや…叢雲ちゃん…血まみれの…沈んで、怖くて…」
「あー、あんたの妹か…そっか。思い出しちゃったか。そっかそっか。そりゃ嫌なもん思い出したねぇ」
「わ、わだし…み、みんなを守らなきゃって…で、でも、どうじだらいいがわがんなぐて…摩耶さん…ケガさせちゃって…ごめんなさい!ごめんなさい!」
「いいって。こんくらい怪我にも入りゃしねえって」
摩耶は本当に意にも介していない。この程度の傷はかすり傷にも入りやしない。それよりも吹雪に大事がなくてよかったぜ!と笑っていた。
「ふぶきち。怖いのは誰だって一緒さ。でもね。あたしはそれよりも、何もできずに仲間が死んでいくことの方が怖いよ。矛盾してるかもしれないけど、何かあれば守ってくれる仲間がここにいるでしょ?…初雪や叢雲の時は何もできなかったかもしんない。けど、今までいっぱい、うちにきてからいっぱい頑張ってきたじゃん。守れる力を手に入れてきたじゃん。使わなきゃもったいないって」
北上の話は聞いている。仲間を守れず、悲しみ、後悔した毎日の話。今の司令官が来て、初めてしっかり守れた雪風のこと。摩耶や瑞鶴と共に見た、初めて全員で帰ってこれた時の朝日の話。生きて帰れる喜び。生きて帰るなんて今では当たり前の話ができなかった昔。そんなこともう2度と味わいたいくない。だから、がんばろうね、と言っていた。
「私…私…!」
「サポートはしてやっからさ。思い切りいこうぜ。せっかくの練習の成果を見せる時だ。思い切りぶちかまそうぜ、吹雪!」
「そうだよ。ほら、まだまだ先は長いんだよ。ケツ引き締めてしっかりやりなー」
ペチンと尻を叩かれ、ひゃう!?と情けない声が出る。北上も摩耶も名取もお尻を押さえてわたわたしている吹雪を笑っていた。少し、肩の力が抜けた気がする。
「さ、行きますよ。吹雪さん、行けますか?」
「は、はい!」
霧島の問いに大きな返事を返す。ニッと霧島が笑い、瑞鶴が「進撃!!」と強い言葉で先頭を走る。初雪と叢雲のことは頭から離れない。けど、目の前の摩耶さんや北上さんが血まみれになって死んでしまうのはもっと見たくないから。1つ大きな深呼吸をして北上の後ろを追いかけた。
/
敵の空母の数が増えてきた。摩耶は空をにらみ、吹雪も空を見る。摩耶は比較的早く、瑞鶴からの情報を基に、素早く方向、高度などを把握して対空砲火の準備を始めるが、吹雪は遅れる。ここは摩耶が実戦慣れしているところもあるだろう。遅れまいと吹雪も懸命に対空射撃を繰り出すが、うまく当たらない。
「吹雪!お前は雑魚を頼む!」
「は、はい!!」
上ではなく前を見て敵を撃つ。防空だけが仕事ではないのだ。近づく敵艦にも気を配らねばならない。指示をくれるだけマシだろう。
「ちぃっ、敵艦隊が思ったより多いわね!瑞鶴さん!」
「了解!やっぱり作戦通りにはいかないね!」
「距離がある戦艦を叩いてください!乱戦で敵艦載機もある中で、あの砲撃は危険です!」
「任せて!さあ、瑞鶴攻撃隊!いけぇ!!」
空高く舞い上がる数本の矢。敵艦載機の遥か上空で艦載機となり、一直線に瑞鶴と霧島が把握している主力ではないかと思われる戦艦隊に彗星を飛ばす。敵に対空の得意な奴はいない。それよりも高度も高すぎるため、気付いた時にはすでに投下のための急降下に入っている。
「さあ、私も行くわよぉ!主砲!撃てェ!!」
「北上ちゃん!後ろ!!」
「心配ない。魚雷がいってる。名取、あの重巡、摩耶たち狙ってる!」
少し離れた重巡を含む艦隊が、対空砲火を行なっている摩耶たちの方へと砲を撃っている。
「クッソが!!邪魔だてめえら!!うお!?」
「ま、摩耶さん!!」
「吹雪!あたしはいいから駆逐艦だけでも潰せ!!艦載機、来るぞ!!思ったより空母が多いなぁ!」
「ここに来て敵の増援が多い!?」
思った以上に敵が多い。いや、予測済みだ。敵が集結しているなら、増援もありえると。
「吹雪ぃ!霧島の姐さんと瑞鶴んとこへ行け!あたしはここで北上たちとリ級ら相手にして、お前らの邪魔させねえから!霧島の姐さんと瑞鶴を艦載機から守れ!!いいな!!」
「で、でも!摩耶さんが!!」
「あたしはいい!北上らが来てくれる!!それよか、瑞鶴達が狙われて大破でもしたら全員くたばっちまう!行け!!っつ!いってえだろうがクソが!!!吹雪行け!さっさと行けええ!」
霧島がヌ級を屠ろうとするがル級eliteが近づいてきたの砲撃が激しく、思うようにいかない。瑞鶴も苦戦している。摩耶は砲弾の雨を何とか動き回って回避している。顔や腕、足にかすり傷が増えていくが、直撃したものはない。吹雪は摩耶の援護をしながら霧島達に接近する。
「敵艦載機!こっちへ来ているわ!!摩耶達は!?」
「摩耶さん、交戦中ね。弾幕を張られてこっちに近づけないみたい。北上さんと名取さんが背後から重巡を叩くわ。間に合わないわね」
「艦戦隊、発艦!!やれるだけやるわ!!!」
「戦艦は引き受けました!」
涙目になりながら走る吹雪。守らなきゃ…守らなきゃ!!クソの役にも立たない駆逐艦?冗談じゃない。駆逐艦には、駆逐艦の戦いがある。役に立たない駆逐艦なんていない。
「僕たちにだってやれることはあるよ。吹雪、一緒に頑張ろう」
時雨の言葉。駆逐艦のやれること。私がやれること。
(どうや?あんたにしか今のとこできそうもない防空の練習、やってみいひん?)
龍驤先生。よしてくれと言っているのに吹雪だけは、ずっと龍驤先生と呼び、まっすぐに龍驤を信じて練習に明け暮れた。よせやいと言うがまんざらでもない龍驤は、駆逐艦の中では一番吹雪をかわいがっている。先生が教えてくれたこと。それを無駄にしたくない。
「はぁっ!はぁっ!っ!!!」
空を見るとたくさんの艦載機。敵の艦載機だ。敵の砲弾がどこからか飛んでくる。頰にかすった。ピリッとした痛みが吹雪を恐怖に陥れ、涙で視界がにじむ。泣いていられない。瑞鶴さんと霧島さんを空からの攻撃から守らなきゃ!!
(吹雪、頑張りや)
先生の言葉が大きく吹雪を動かした。吹雪の体をうっすらと光が包み込む。高角砲と機銃を空へ向けて構えた。
「私が…私がみんなを守るんだからあああああああ!!!!」
ダララララララ!!!!!という音と吹雪の咆哮が霧島と瑞鶴の背後から聞こえた。後ろは振り向けないが、上空の敵艦載機がパタパタと木の葉のように煙を上げて落ちていく。霧島は素早く目標を切り替えて空母ヌ級へと照準を変えた。撃ち落とされている間に敵の数を無防備な奴から潰しておきたかった。瑞鶴はそのまま艦爆に集中する。
「うあっ!!」
とっさに左のほうから妙な音がしたので顔を左手に持っていた主砲で隠したと同時に吹っ飛ばされた。左手が痺れるし、頭を打ったせいかグラグラする。主砲は貫通する寸前で弾を受け止めて壊れていた。ツツーと顔を流れる液体の感覚が気持ち悪く、右手を頰にやるとぬるりとこれまた気持ち悪い感触。右手が真っ赤になった。目に入りそうになった血を拭い、左側で大きな口を開けて変わらず吹雪を狙っているイ級elite。
「ふぶ、吹雪ちゃん!?」
悲鳴に気がついた瑞鶴が後ろを見ると顔を血で濡らした吹雪が目に入った。吹雪は恐怖でも怯えているでもない。右手の砲を構えてイ級を狙っていた。
「スー…ハー…スー…ハー…」
呼吸を整える。震えもない。冷静に。冷静に。発砲はほぼ同時。放物線を描いて翔ぶお互いの砲弾。瑞鶴達とは微妙に距離を取りながら何度も撃つ。バガン!とイ級が爆発した。命中したらしい。少し艤装をやられた。まだ動けるし、機銃も、主砲も1本動く。なんてことはない。
「吹雪さん!ケガを…!」
「まだ大丈夫です!!これよりお2人の援護に回ります!」
「霧島さん!主力戦艦、いきます!!」
「頼みました!!よし、いける!!!」
腹部をドンと殴られるような轟音と共に霧島の主砲が火を噴く。吹雪は空の様子を伺いつつ、周りの雑多な敵を右手の主砲のみで攻撃の邪魔をする。片手の砲だけではと機銃で弾幕を張って近寄れなくもする。
「…ちぃ!まだ艦載機か!!」
霧島が悪態を吐く。まだ空母がいる!!!一瞬目を離したところで吹雪の艤装に衝撃が走る!
「しまっ!!火の手が!!」
中にいた妖精さんが消火活動で慌ただしくなる。けど、それよりも。空からの攻撃を。イ級eliteは吹雪が対空射撃を行うことを徹底的に阻止する。自分の役目を果たす。それが吹雪を突き動かす。痛い。熱い。重い。無事な機銃を空へ向けて構えた。それを見たイ級が吹雪を撃とうとしたが…。
「調子乗ってんなよ、クソイ級」
ボン、とイ級が爆発。吹雪は気づいていないが北上が至近距離から主砲を撃ち大穴を空けて沈めた。
「吹雪いいい!!!対空射げええええき!!!!ってええええええ!!!!」
摩耶が叫ぶ。その声に吹雪は一気に機銃を撃った。無心で撃った。弾の雨が艦載機を減らす。遠くで大爆発。瑞鶴の艦爆隊が隠れていたヌ級の群れを撃破。さらに霧島の主砲が戦艦ル級を破壊。そこで敵の攻撃は止んだ。
自分の荒い息と、心臓の音がうるさい。あとは何も聞こえない。
「はぁっ…はぁっ…」
しばしの静寂の後、瑞鶴の艦爆隊や艦戦が帰ってきた。甲板を差し出すと順番に着艦。そして、数十の小さな艦載機が矢に戻っていく。周囲を警戒している霧島も、ふう、と一息ついた。
「最後の艦戦隊からだけど、敵の影はなくなったって。はぁ…提督さん、聞こえる?こちら瑞鶴。敵艦の気配が消えたわ。艦載機からの報告で、敵の全滅を確認。被害は…吹雪ちゃんが結構ひどいかな。摩耶も」
『こちら司令。了解。敵の制圧完了か。ちょっと待ってろ。一宮提督に指示を仰ぐ。瑞鶴、とりあえず帰投準備を』
もどかしい間。敵の再発はないかと瑞鶴の艦載機が鳶のようにぐるぐると上空を旋回している。報告は敵影なし。
『こちら司令。もし復活したとしても一宮提督の方でやるそうだ。モーレイ海の敵集結艦隊、壊滅。お疲れ、準備して待ってるから、気をつけて帰ってこい。モーレイ海は瑞鶴、みんな。みんなの勝ちだ』
勝ちと聞いた瞬間によおおおおっしゃああああ!!!と摩耶が女の子が出していい声じゃない声で吼えた。霧島は眼鏡をかけ直し、よし!とガッツポーズ。北上と名取はパシッと手を叩き合っている。
「よーしやったわ!私たちの勝ちよ!!さ、摩耶に吹雪!あんた達のケガがひどいから早く帰ろ!!」
「は、はぁ…はぁ、勝った?わ、私たち…勝った?」
勝利に喜ぶ中、吹雪はまだ勝利を実感していない。おろおろとしているとガッと肩を組んでくる衝撃。
「やったぜ吹雪!勝った!勝ったんだよあたし達!!すげえぞ!瑞鶴と霧島を必死で守った吹雪、お前すげえよ!!間に合って良かった!!」
「摩耶ー。ふぶきちは初陣だよ。無茶させちゃって焦ったっての」
「勝ったんだからいいじゃねえか!あたしは吹雪を信じてたよ!!一番頑張ってたんだ。きっとやれるって信じてたよ」
「ありがとう、吹雪さん。吹雪さんが空を守ってくれたおかげで、主力艦隊、無事やれました。ありがとう」
「うん!助かったよ!サーンキュ!!」
「ってか、吹雪、なんか服変わってないか?青っぽい服だったはずだけど…」
「えっ?ええええ!!??な、何この服ぅ!?」
吹雪は今気づいた。自分の服がいつのまにか変わっていること。必死すぎてわからなかった。よく見ると壊れて分かりにくいが艤装も微妙に変わっているし、高射装置が増えているような気がする。吹雪の強い思いが彼女を高みへ引き上げたのだ。この時、まだ吹雪も誰も。吹雪が「改二」に成長したことをわかっていない。わからないのだ。
「と、とりあえず帰るよ!吹雪ちゃん、艤装とかいろいろ壊れてるし、摩耶だって傷だらけだから!」
「はいはい。…大淀や阿武隈達は大丈夫かねぇ」
「…わかんないね。でも、助けに行く余裕はなくなっちゃったね…」
「思ったより敵が多かったね。うん。みんな大丈夫だと思って帰りを待とう。あたし達が行っても邪魔になるだけだ。魚雷ももうないし、弾も少ないし」
「うん。信じて待とっか…」
「おーし、今日のえむぶいぴーってやつは吹雪に決定だ!」
「ちょっと!勝手に決めてんじゃないわよ!!さあ、帰るわよ!私たちの勝ちよ!全員、警戒を厳として帰投!!」
おー!と瑞鶴が勝鬨をあげ、吹雪以外はそれに続いた。誰も死ななかった。守ることができた。叫びたい気持ちを抑えて、摩耶や名取に守られるように、静かに吹雪は帰路についた。
瑞鶴や霧島を守れたこと。そして、この勝ちは。吹雪にとって大きな一歩となった。
モーレイ海は吹雪を主軸においてみました。何事にも素直、一生懸命がんばる吹雪はかわいくあり、その頑張りを褒めたくなりますね。しれっと改二になっていますが、龍驤先生と鹿島先生の特訓が活きたこと。そして、吹雪の強い思いが実を結んだ結果と思ってください。
さて、次回はキス島の大淀達。そして阿武隈達を書いていきます。玲司や大淀達が重要と言ったキス島。はたして待ち受けているものは何か。
補足ですが、すり替えられた海図は古い海図は一期の海図。今は新(二期)海図で作戦を練り、攻略するのが主です。旧(一期)海図は役に立ちません。
一宮提督の失敗は、この最悪の違いを玲司や九重提督に伝えなかったことです。これが阿武隈や天龍達にどう影響が出るのか。次回をお待ちください。
それでは、また。