提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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第八十話

深海棲艦の猛追を振り切り、何とか目的地にたどり着いた阿武隈達。とにかく天龍と雪風の到着を待つ。一回阿武隈の無線に誰かから応答を求めるようなものが入った気もしたが、今は無線を封鎖し、居場所を敵に探られないことが大事である。

何せこちらには瀕死の駆逐艦がいる。イ級の攻撃でさえもらえば沈んでしまうかのような状況であり、予断は許されない。幌筵の雷、そしてこちらの電と響が暁を見ている。響の取り乱しようがひどく、電がいてくれてよかった。彼女もまた、あの沖ノ鳥島で素晴らしい戦果をあげた子だ。そして、響を深海棲艦から艦娘へ戻した奇跡の力を持つ。

 

普段は響の自由さがすっかりうつってしまい、パワフルかつ自由だけれど、どこか小動物のようでかわいらしい。戦闘になれば、勇敢に立ち向かい、1対1で強力な深海響に一歩も引かずに戦った。仲間との調和を保ち、冷静に状況を報告してくれる頼もしい駆逐艦。頼もしい駆逐艦ばかりで助かっている。

 

「阿武隈さん。暁ちゃんは応急修理妖精さんが何とか轟沈を止めてくれたのです。けど、ちょっとでも攻撃を受けるともうもたないのです…」

 

「うーん、何とか敵とぶつからずに逃げたいところだけど。明るくなって動いたら、大淀さんに助けを呼んでみるね。それまで、見つからずにいたいね」

 

「なのです。響ちゃんがすごく取り乱しているのです。何だかんだ言って、暁ちゃんは電たちのおねえちゃんですから…」

 

「うん。電ちゃんがついていてあげてね」

 

「なのです!!」

 

ほら、響ちゃん、暁ちゃんはそっとしておかないとダメなのです。と落ち着かせて暁の様子を暗いながらも懸命に見ている。雷も睦月も電がテキパキと包帯を巻いていくところを見ているしかできない。

 

「昔だったら、もう電ちゃんもボロボロ泣いて大慌てだったよね」

「うん。でも、あの体験があったからこそ、ああやって応急手当もできるんだよね。前は、包帯を巻いてホッとしたと思ったら5分で死んでしまった子がいたね」

 

「………春雨」

「………あの時のことは忘れられない。忘れはしないけど、今はもっと余裕がある。できることはしよう。村雨、僕たちは春雨や白露たちの分まで生きなきゃいけないからね」

 

「うん。海図はこれ。今ここだから…」

 

睦月や如月ともかく、向こうの副リーダー格だろう叢雲でさえ、疲れからかへたりこんでいる。消耗はたしかにあちらのが大きい。彼女たちを援護するためにここへ来たのだ。こちらで何とかしなくてはと思っていたら、電は響とともに暁の血を拭いたり包帯を巻いたり。村雨と時雨は2人で何か相談をしている。焦った雰囲気はない。次第に冷静な空気に叢雲も時雨たちに混ざって何かを話している。あとは天龍と雪風だけ無事でいてくれれば……。

 

 

「悪りぃ、お前ら無事か!?」

 

睦月たちが疲労困憊でウトウトし始めていた時、静寂を切り裂くように声がした。

 

「天龍!無事、だったのね…」

「おう、怪我ひとつねえや。こいつに助けられた」

 

天龍が手を引いていた雪風を顎で指した。体力の限界だったのか眠っている。海で寝転がるわけにもいかないので、艤装を装備している間は立って眠る。ただ、緊急事態のことなので布団で眠るのとはわけが違う。1時間も眠れればいい方だろう。それでも体力の回復には効果はある。

 

「すげえよ、こいつ。戦艦相手に一発ももらわなかった。オレも雪風のおかげで一発もダメージなしだ。幸運の女神って言うよりかは踊り子みたいで綺麗だったよ」

 

阿武隈が雪風の手を取り、天龍は雪風の頭を撫でて暁の元へ行く。雪風はまだ起きない。

 

「天龍さん……」

「提督のことだ。こっそり応急修理妖精を忍ばせてたんだろ。用心深い性格してっからな。まあ、ヤバイことには変わりはねえけど。でもまあ、終わったわけじゃない。まだ終わってない。きっと助けは来るし、帰れるさ。雷、提督の諦めはマジで悪いんだ。諦めてんじゃねえよ」

 

「なのです。まだみんな生きているのです。電がお守りするのです」

「そうだよ。んだよ、電のが諦めてねえじゃねえか。妹より先に泣き言言ってんじゃねえ」

 

ペシンと雷の頭をはたく天龍。いだっ!と言う声がし、キヒヒと天龍は笑う。

 

「寝とけ雷。電も寝てた方がいいんじゃねえか?暁はオレが見てるから」

 

「電は大丈夫なのです。それよりも雷ちゃんや叢雲ちゃん達が寝たほうがいいのです」

「あう…ごめんね…」

 

「電に任せるのです!」

 

暗くてよく見えなかったがサムズアップでもしてたのだろう。言い知れない安心感を得た睦月や如月、叢雲までもが、いつのまにか眠った。雷も同様に。

暁は響が頑なに離れようとせず、暁の肩を抱いていた。

 

「よお、代わろうか?」

「いい。私が暁の側にいる」

 

「そうかよ。さすがは暁の妹だな。雷も暁がやられてだいぶ参っちまっててな。何とか寝とけって言ったんだ。電は寝ないっつってるし。お前もかよ」

 

「ああ。寝て起きたら暁がいない、なんてことはごめんだからね。こうしていれば、まだ安心できる」

「そうかよ」

 

沈黙。月夜に照らされて小さな影が2つ、波に揺られて上下しているのみ。天龍も周囲に気を配って集中したいためか無言である。その静寂を響が破った。

 

「私はバカだ」

「あ?」

 

「私はある子に、もし私のもとに暁や雷が建造されたとしたら、それはもう暁であって暁でない。だから無視する、と言った。けど、現実はどうだい」

 

自嘲するかのようにふっ、と笑った気がした。表情は読み取れないが。

 

「私は昔の司令官に暁と雷を沈められた。せっかく第六駆逐隊として揃って、やっていけると思ったらみんな司令官に怯えていて。出撃と言われないかが怖くて。それでも、部屋にいる間は楽しくやれたと思う。少しは笑えていたと思う。

私たちは姉妹だ。この姉妹のつながりは絶対だって。けど、暁と雷は沈んでしまった。束の間ではあったけど、一緒にいられて嬉しかった」

 

「お前んとこの鎮守府の事情は知ってる。暁と雷は沈んじまったか」

「沈められた」

 

沈んだ、ではなく。冷たく怒りをはらませて沈められたと短く響は言う。目の前で無茶な命令で沈んでいく、自分なら妹を沈められたとき、どうするだろう。たぶん、提督であろうと斬りかかるだろう。天龍は「そうか」と返すしかできなかった。

 

「私の知る暁や雷は布団もない固い床でお尻が痛いね、と言いながらも励まし合いながら生きていた。あの暁や雷こそが私の姉であり、妹だと思っていた。だから、新しい暁や雷が来たとしても記憶の共有ができないなら暁でも雷でもないと思った。実際は暁を見て電に怒られるほど動揺して何もできなかった」

 

「思い出の共有ができねえからって姉ちゃんや妹じゃないなんて言うなんざガキだなぁ」

「そうだね。私は…ガキだ。いたっ」

 

ペシっと頭をはたかれた。そう痛くはないが、ちょっとムッとした。

 

「1人目だろうと2人目だろうと。お前ら第六駆逐隊ってのは魂で繋がってんだ。艦の時にそうだったからよ。オレは今のところにゃいねえけど、やっぱり妹の龍田に会えると嬉しい。オレは龍田の姉ちゃんって言うのは、絶対変わらねえからな。オレは天龍型一番艦。龍田は天龍型二番艦。それはオレが『天龍』である限り変わらない。だから、きっと龍田が目の前に3人いて、天龍って呼んでくれるなら、それでもオレは嬉しいよ」

「魂……が」

 

「暁型二番艦『響』。その魂を受け継いでいるなら『暁』は姉なんだよ。他人にゃなれねえ。オレ達は人間じゃねえ。心は持っていても艦娘なんだ。人間の姉妹はそりゃおっそろしい真っ黒なものもあるし、他人と言える。オレ達は人とはちょっと違う難しいもんを持ってる。気持ちはわからねえでもないけどな。なんで前はこうだったじゃねえか、って言っても向こうは知らないってのはきついよな」

 

響の論を否定はしつつもわかるところもあると言う。真っ向から全部否定するわけではない。けど、否定しなければならないものもある。響の話を受け入れてくれる。けど、自分が少し間違っているともやんわり教えてくれる。

 

「まあ、うちの暁や雷を無視しないでくれよって話。無視できてねえけどな、ははは!」

「ダー。やっぱり、暁は暁で。雷は雷だった。私が間違っていたよ。スパシーバ、天龍さん」

 

「スパイシー?何言ってんだお前?」

「………天龍さんはロシア語を勉強したほうがいいね。私のような艦娘が来た時困るよ。スパシーバ。ありがとうと言う意味だ」

 

「なんだよ、ロシア語かよ。それなら知ってたぜ」

「…………」

 

「なんか言えよ」

「いや、うん。わかったよ、天龍さん」

 

「何がだよ!?」

 

暁の頭を撫でながら天龍の抗議を無視した。チッと言いながらその場を離れ、阿武隈と話をしに行ったらしい。阿武隈と天龍の声が小さく聞こえる。しばらくして会話は終わったのか静かになった。おそらく、静かに朝を待つのだろう。声で察知されるかもしれないから。暁が心配で何度も頭を撫でる。温かい。まだ暁からぬくもりは消えていない。今度は。今度はちゃんと守るから。

 

………

 

明け方、1発の爆発音。周囲を警戒していた阿武隈、天龍の顔は険しいものとなり、眠っていた睦月や如月達。そして、雪風が飛び起きた。何時間も立ったまま眠っていた。要はそれだけ体が疲れていたわけで。目を覚ませばあたりは一面白の世界。これは……。

 

「砲撃音、爆発音?敵、かい?」

 

起きてはいたものの目は瞑っていた時雨。周囲を見渡すも夜の闇と霧でまったく周囲が見えない。ここにいるのは1人で。ほかの全員は…と言うどうしようもない不安に駆られた。

 

「村雨?雪風……?みんな!?」

 

「大きな声出すんじゃねえ…たぶん、オレ達が襲われた方角だ。新しい救援かとも思ったけど、妙だ」

 

天龍が音もなく時雨の口を塞ぎ、耳元で小さく囁く。仲間がいたことに安堵したが、同時に声をあげてしまったことについては反省した。そうしているとパパパン!パパン!と機銃のような音。そしてまた砲撃音。

 

「奴ら思ったより頭がいいぜ。仲間集め直してたぶん、戦闘してるフリしてオレ達をおびき出そうとしてやがる。こいつは罠だ。動くな。声も出すな。阿武隈と話したんだけどよ。霧が晴れるまでは日が昇っても動かねえ。霧が晴れたら昼間だろうと動く。その準備しとけ」

 

罠…。あたかも戦闘を繰り広げている音を出し、援軍が来たと思わせて動いたところを叩くつもりだと天龍は言う。深海棲艦が罠を張る、と言った話は聞いたことがない。ただ、天龍が言うには

 

「お前んとこに大淀っつー頭の切れる奴がいるように、向こうにだってそう言う奴がいないとは限らねえ。ここんとこ、頭使って攻めてくる深海棲艦の艦隊もいるらしいかんな」

 

天龍の頭の回転も早い。瞬時に罠と判断した洞察力。動かない、と言う決断力。阿武隈にも艦隊を動かすなと指示を出した。頭が切れる九重提督のもとでやってきた影響をもっとも受けたのは実は天龍であり、これこそが、戦艦や空母など「大艦巨砲主義」な鎮守府が多い中、軽巡でありながらも幌筵泊地の総旗艦を務めているのはそこである。

 

「いいか。オレと阿武隈が指示を出すまで絶対に動くな。声もあげるな。待機しろ。心配すんな、必ず帰れるよ」

 

肩をポンと叩いて次の誰かのところへ行ったのだろう。天龍の帰れるよ、の一言に信頼感と安心感があったか。魚雷のような爆発音も聞こえる。1回1回ビクッとなるが、それでも天龍の言葉を信じて耐えしのいだ。

 

 

日が昇り、辺りはようやく光が溢れ長い夜が終わった。霧は依然濃く、視界は開けない。が、わずかに村雨と思しき影が見える。近寄りたいが動くなと言う言いつけを守り、ただ村雨が立ってそこにいる、と言うことに時雨は安心して指示を待ち続けた。

 

もう何時間経っただろう?夜が明けてから数十分?いや数時間は経っただろうか。少しずつ時間が経つにつれ、薄くなっていく霧。止まない砲撃音。しばらくして砲撃音は消えた。霧も晴れ、ようやく村雨がはっきりと見え、雪風や阿武隈、響、電。仲間の姿が確認できた。

 

(みんな無事…だね…よかった…)

 

意味もわからず、生き残っているのは自分1人ではないか?そのよくわからない不安に押しつぶされそうになることが何度もあった。そんなことは体験したことがないはずだが。それでも時々襲われる、誰もいなくなり、生きていたのは自分だけ、と言う嫌な記憶。どうにも染み付いて離れない。けど、今は違う。みんな生きている。ギュウッと心臓のあたりを握り、天龍を凝視する。

 

しばらくして、阿武隈と天龍が右腕を挙げた。移動する、と言うことらしい。阿武隈が先行。天龍が最後尾。そして自分たちは暁を囲みながらの輪形陣。針路は南東。そう、戦艦がいた場所へと向かっている。戦闘になるか、それとも回避できるのか…。

 

「夜の間あんだけドンパチやって、朝も動き回ってたみてえだ。霧もなくなったし、こんな見つかりやすい時間に動かず、夜を待って霧を頼りに動くだろって考えててほしいもんだぜ」

 

そう言ったのは天龍。まあ、これお前んとこの大淀が言ってたことらしいんだけどよ。と付け足していた。阿武隈が聞いていたんだろう。阿武隈が言い出し、昼間霧が晴れれば動こう。霧が昼でも晴れなければ翌日の昼まで待機だった。ただ、今日の夜には炙り出されていただろう、とは阿武隈が言う。

 

「もうこれが最初で最後のチャンスなんです。無事に抜けれますように!」

 

手を合わせてお祈りをする。時雨も自分の運を信じる。どうやら雪風も同じようで。

 

天龍の顔に緊張が浮き出ていた。そう、まさにここで暁を大破させられた地点なのだから。電、時雨、村雨。睦月も叢雲も周囲を徹底的に妙な影がないかを見渡す。音はない。気配は……ない。

 

「今の内だ、行くぞ!」

 

抜けた……!敵の影はない!!羅針盤が指す西へ向かう。水雷戦隊がいるかもしれないが、この数なら何とかなる!!

 

「よし!よっし!いける!いけるぞ!!オレ達は戻れるぞ!!阿武隈!大淀に無線の準備!!」

「はい!!」

 

天龍の声が弾む。阿武隈も声のトーンが1つ高い。抜けた!大淀さんの読みはすごい!と時雨は思った。そして、周りのみんなもふう…と安堵したようだった。羅針盤に従い、西を目指す。もう少し。もう少しで帰れる。時雨の心臓が緊張と興奮で胸から飛び出るんじゃないかと言うほど早い鼓動が聞こえる。

渦潮を難なく抜け、天龍達が水雷戦隊と戦った地点まできた。敵の影は……。

 

「警戒しろ!ここは戦闘ポイントだった!最後まで気を抜くんじゃねえぞ!ここで抜いてやられましたはシャレになんねえ!!」

 

また何かの残骸が浮いている。もう1日は経っているのにまだ残骸が?響が最大限の警戒で気配を察知する。

 

「天龍さん、阿武隈さん、あれ」

 

響が指を指した方向には黒い影。それは…。

 

「戦艦……ル級……!?」

 

阿武隈が無言で砲を構える。時雨と村雨も前へ出る。

 

「天龍さん、先に行って無線で大淀さんを呼んでください!!」

「チッ、冗談じゃねえ、やっぱりかよ!クソッタレが!こっちのが数は多いんだ。ばらけてやっちまうぞ!」

 

響と暁を最後尾に行かせてもう疲労でクタクタの睦月、如月、叢雲が庇う。その前には雪風。ふぅ〜…と大きく息を吐き…。

 

「トントントン……トンタントン……」

 

なにかをつぶやいている。いや、歌っている?背中越しに見る雪風の気迫は睦月達を圧倒させる。

 

一方のル級は夢遊病でさまようかのように、ゆらゆらとこちらへ迫るばかり。目には光がなく、身体中傷だらけであった。

 

「ア…」

 

アともオとも聞こえる声と口の形をしながら不気味に迫り来る。ル級の様子がおかしいことはわかってはいるが、不意の攻撃に最大の注意を払う。雪風が「タン…」と言い終えた時、ル級が再び声を上げる。

 

「ア、アア…ア…アアアアアアア!!」

 

悲鳴をあげたかと思えば巨大な水柱が立ち上る。それと同時に下半身を喪ったル級は叫び声をあげたままの顔でそのまま水底へと消えていった。いや、爆発する直前、どろりと頭部から青い血を流していたようにも見えた…。

 

「とっととくたばっとれ。わしらに誘い込まれた時点でぬしゃあ終わっとらぁ」

 

現れた赤い服の誰か。提督に連れられて行った神社の巫女さん、と言う人のだろう。そんな服を着た黒髪に太い眉のやや小柄な女の子。

 

「か、艦娘…か?」

「ほうじゃ。提督の命令を受けてここまで飛ばしてきたんじゃ。ほんに、足がちぎれるかぁ思うたわ」

 

「みなさん、無事ですか?日進ちゃん、あんまり1人で無理しちゃダメよ?」」

「ゆ、由良お姉ちゃん!」

 

「日向がはよう行けっちゅうから行ったんじゃ!わしゃあ悪うないわい!」

「そ、それはそうだけど、1人で先行すると危ないからね、ね?」

 

日進と呼ばれる艦娘が頬を膨らませて軽巡由良に怒っていた。由良はまあまあとなだめていたが、ぷりぷりと怒る日進を止められそうになかった。

 

「そんなことしてる場合じゃないのよ!早くこの子達を安全な場所まで連れて行くのがあたしたちの任務でしょ!あのクソ提督、急にこんなことさせて文句言ってやる!」

 

「曙ちゃんも落ち着いて、ね、ね?」

「あ、ああ、曙ちゃんは私が言い聞かせますから…」

 

「言い聞かせるってなによ!あたしはクソ提督が………!!」

 

吹雪が余計なことを言ったせいか曙はさらに激昂し、吹雪にわめき散らしている。時雨はどこの吹雪も苦労人なんだな、と少しかわいそうに思った。曙に吹雪。大湊の子たちだとわかった。助けにきてくれたんだ、と目が熱くなった。

 

「見かけねえ顔だな。ちんちくりんのくせにあの魚雷、やるじゃねえか」

「誰がちんちくりんじゃ!わしゃあ足もはようて魚雷もうんと撃てるかーなーりー有用な甲標的母艦じゃぞ!!日進っちゅう名があるんじゃ!なんじゃこの乳と態度の大きゅうしっつれいなやつぁ!」

 

「んだとぉ!このチビ!」

「やかましいわいこのおっぱいおばけ!」

 

「んうううう!!ケンカしてないで移動しますよってばーーー!!!」

 

至る所でなぜかケンカが始まり、収拾がつかなくなってしまった中、阿武隈が大声で指示を出した。移動しながらも天龍と日進、曙と吹雪と由良でギャーギャーとケンカが続いていた。

 

「………静かにしないと暁ちゃんの体に障るのです。静かにするのです」

 

電の寒気が走る雰囲気にピタリと喧騒は止んだ。電は横須賀の駆逐艦の中で怒らせてはいけないと言う暗黙のルールがある。新米の朝潮たちですら、電には恐怖を覚えているし、響も同様である。なお、その雰囲気は戦艦の扶桑の気迫に次いで凄まじく、怒らせてはいけない2大艦娘の1人。

 

「な、なんじゃあのちんまいの。ほんとに駆逐艦か?」

「知るかよ…うちの艦娘じゃねえし」

 

こうしてここに、横須賀の電を怒らせてはいけない、と言うルールが大湊警備府と幌筵泊地の艦娘にも知れ渡ってしまった。そんな中、電は阿武隈のサポートにつき、時々笑顔でいた。よその艦娘はわからない…。天龍はしみじみ思うのであった。

 

 

「阿武隈さん!ああ、よくご無事で!」

 

さらに西へ進んだ先で大淀たちが待っていてくれた。大湊の由良艦隊。そしてほぼ無傷の大淀の艦隊。これだけ集まればもう安心だろう。夕立の顔を見ることができて時雨も村雨も共に無事を喜んだ。

 

実は大淀が戦闘を終え、合流ポイントに戻る前に提督に報告していたのだ。戦闘を察知した大淀が間髪入れずに提督に報告。報告を聞いた提督が大湊の一宮提督に九重提督と自分の阿武隈の艦隊が危険にさらされていると連絡。事態を把握した一宮提督が、主力討伐のサポートを務めていた足の速い日進や由良をはじめとした部隊にキス島へ急行するよう指示。

三条提督と一宮提督の連携プレイにより、どうにか日進たちが間に合った。

 

深夜帯は避け、明け方に日進たちがル級達を急襲。態勢を立て直していた途中だったル級達は霧の中に逃げ込もうとするも、日進達の足の速さと由良と強力な甲標的を活かして壊滅させた。霧に一隻逃げ込んだ重傷のル級を撃沈したのが阿武隈達と合流と同時と言う絶妙なタイミングだった。

 

「ふふん。わしらは目的を果たしたけえ、帰還命令が出とる。ここまでよう走ったからのう。わしゃ疲れたわ。由良、曙、吹雪、朧、潮。わしゃ帰る」

 

「ああ、ちょ、ちょっと日進ちゃん!!ごめんなさい!じゃ、じゃあわたし達はこれで……」

 

「提督からは私達も撤退の許可を頂いております。目的は果たしたようですし、戻りましょう」

「オレらも暁を早く風呂に入れてやりてえ。雷達もな。補給地点は潰したし、目的は達成してるからな。大淀、お前らと阿武隈達のおかげで、オレらは助かったよ。提督にゃお前らに助けられたって言っとく。また頼むよ」

 

「暁……」

「心配すんな響。今度提督に頼んで、暁の顔見せれるように言っとく。元気な暁と話してやってくれ」

 

「ダー…」

 

じゃあな!と天龍達も帰路についた。残った大淀達。大きな怪我もなく、もちろん轟沈した者もいない。

 

「では、帰還しましょうか。私が先頭。阿武隈さんを最後尾に輪形陣!これより撤退します!」

 

どこか自信がつき、出発前とは違う顔つきをした大淀が帰還の声をあげた。いえーい!と村雨と夕立がハイタッチをし、村雨がこっちにも手を向けてきたのでパチンとタッチをしておいた、夕立も!と言い出したので同じように。ひどく疲れた。雪風は扶桑に抱かれて眠っていた。時雨や阿武隈の北方海域の長い夜は勝利で終わった。

 

帰ろう、僕たちのお家に。そう思うと、少し疲れが取れて体が軽くなったような気がした。




キス島編終わりです。あまりズルズルと長引かせてもだれてしまうでしょうし、北方海域編はこの辺りで切ろうと思います。

それぞれの鎮守府の光景と、3人が集っての荒れに荒れそうな反省会を書いて完全に北方海域編は終わりにしようと思います。

横須賀の艦娘がキャッキャしてるところも書きたいですしね。

それでは、また

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