提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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3人揃って再び大本営にそれぞれの思いや考えを持って集まります。そして何やらもう1人、波乱を生み出しそうな提督が…


第八十二話

北方海域の深海棲艦討伐の報告とそれに伴う論功行賞、そして新たな作戦やルート開発などの会議も含め、再び大本営への招集がかけられた。

 

「いいか大淀。九重提督から何て言われても淡々と説明してくれ。感情的にこちらもなると、かなりややこしくなりそうだからな」

「はい…」

 

「本当なら高雄さんとお茶会でもしててほしいんだけど、電話で大淀も連れてこいときた。まったく、なんかあったら俺がきつく出るから、気にすんな」

 

前日になって大淀は絶対に連れてきてほしいと言ってきた九重提督。前回、3人で集まった際に険悪な雰囲気に陥ってしまったため、大淀は九重提督を苦手としていた。もともと関わりの薄い男性は苦手であり、商店街の茂や徳三でさえ最初は緊張したものだ。提督がそばにいてくれるので何とかなっている。が、また今日も萎縮させられそうだ…と思うと気が重かった。

 

大会議室に入るとまた刺すような視線が集まる。玲司のことをよく思っていない「艦娘軽視派」。いわゆる反古井派閥の人間だ。その親玉であるもう1人の元帥、清洲(きよす)副長官が玲司と大淀を見下したような顔で見ていた。もう1人、九重提督がちらりと見てきたが、こちらは冷たいと言うような目ではなかった。一宮提督への視線はかなり鋭いものであったが。

 

虎瀬中将、三好大将や上郷大将なども入室し、一同が揃う。その威圧感が大淀は苦手だ。玲司はそれを知ってか大淀を高雄のもとへ行かせようとしたが、無言の圧力で阻止された。神通も連れてきて、大淀をとも思ったが、1人だけにしろ、と言う指示が出てしまったためやむなく大淀のみを連れてきた。

 

会議はまず南西海域の遠征ルートの確保。交戦ポイントなどの確認。玲司にはまだあまり意味がない会議だった。南方海域のルートの更新。これも意味はない。退屈な会議にあくびを殺しつつ、話を聞いていき、最後に北方海域の話。

 

「今回は若手の提督が無事に北方海域における深海棲艦の討伐、および奴らの補給地点の破壊を成し遂げてくれました。素晴らしい戦果です。問題もあったようですがね、古井長官?」

 

ジロリ…と古井司令長官を見る司会進行の堀内大将。呉鎮守府の三大将の1人。ふう…と1つ息を吐くと玲司達に向けて頭を下げた。

 

「うむ、キス島の件だね。何者かの指示かはわからないが、古い、まだ私達が現役の頃の手探りで調査していた頃の海図を加工し、あたかも現在の海図のように見せて君達の資料に紛れさせ、混乱をきわめさせてしまったと言う報告を受けている。犯人は2人。取り調べを行う前に原因不明で死亡してしまった」

 

玲司がちらりと九重提督を見ると心底驚いていたようだった。一宮提督は鋭い目で古井司令長官ではなく、なぜか堀内大将を睨みつけるかのようにしていた。何を思っているのかは、あとで聞くことになるだろう。

 

「今一度、管理体制を清洲元帥と見直し、今後このようなことが起こらぬように努めていくつもりだ。本当に申し訳なかった」

 

「管理体制の甘さ、ですか。恐ろしいことですね。そんなことで作戦に支障を来し、艦隊壊滅などでも起きれば損害を被るのは我々なのですがね?」

「そうだ、我々の貴重な艦娘が全滅などとあっては大本営としてはどう責任を取ってくれる」

 

大府中将の一言から「艦娘軽視派」の人間がざわめきだす。お前らは艦娘の命など1ミリと考えていないだろうに…と冷めた目で見ていた。一宮提督もそんな顔だった。うるさいな。艦娘をボコボコと沈めて涼しい顔をしているくせに。お前らも安久野と同じだ。艦娘の命を何とも思わず、自分の手柄のためだけにこき使いやがって。

こんな時だけおやっさんを責め立てるだけ、艦娘の命がだとか全滅がだなんてふざけやがって。

 

フザケヤガッテ。オ前ラマトメテ海ニ沈メテヤロウカ?

 

ドグン…!と心臓が一際強く跳ねた気がした。体が熱い。目の前が海の底のように青くなっていく。心臓が痛い。ドクン、と言うのではなく、ドグンと胸の中で暴れまわっているかのようだった。うるさい。みんなうるさい。うるさいうるさいうるさい。一面青の世界はやがて海に潜っていくかのように黒になっていく。そうして目の前は真っ暗になり、何も見えなくなり、聞こえなくなった。

 

「三条提督ッ!!」

 

古井司令長官が叫んだ時には遅かった。玲司は胸を強く押さえ、机に滴り落ちるほどの汗をかき、そのまま……グラリと意識を失って床に倒れてしまった。

 

「提督!?提督!提督、どうなさったのですか!?しっかりしてください!!」

「三条君、どうしたんですか、三条君」

 

一宮提督が駆け寄り、大淀も声をかけるが反応はない。玲司に触れた一宮提督は、玲司の体が異様に熱いことに違和感を覚えた。

 

「担架を!三条提督を医務室へ!」

 

あれよと言う間に玲司は連れていかれた。九重提督は何もできず、ただそこで呆然と座っているしかできず、一宮提督は運ばれていく玲司を見送ることしかできなかった。

 

………

 

三条提督に何が起きたかはわからないまま、会議は続く。未だ、ラバウルなどの提督は艦娘がどうだのと古井司令長官に言い寄っている。その必死ぶりが妙に滑稽に見えた刈谷提督がクスクス笑いだした。

 

「刈谷提督、何がおかしいの!?」

「ククク、いや、あまりにいつも艦娘なんざ道具だ兵器だとしか言わねえあんたらが、艦娘の命をだとか言ってるのがおもしろくてな。古井司令長官を叩くときだけは艦娘を大事にすんだな。ククク!!」

 

「何が言いたいのですか?刈谷少将」

「いいえ、中将にご意見など恐れ多いですよ、大府中将」

 

挑発的に笑う刈谷提督と無表情の大府中将。その圧力にほかの提督は息を呑んだ。この2人は同期でありながら先に大府が中将となった。艦娘の扱いは似ているが、刈谷提督と大府提督の間で決定的に違うことがある。あと一歩で勝てるだろうと言う戦い、大府中将は艦娘を轟沈させてでも勝利をもぎ取る。一方で刈谷提督は引く。その違いの差から、大府提督と刈谷提督では戦果に大きな差が生まれ、一足早く大府提督は中将へ上った。

この昇進には虎瀬中将や上郷提督は反対したが、清洲元帥や呉の堀内提督、柱島泊地の三好提督が賛成し、大府提督は中将になった。大府中将に味方するほかの軽視派達は「同期でありながら一足お先に中将になった大府提督への醜い嫉妬、僻みである」と言う言葉がよく帰ってくる。刈谷提督の場合は素行の悪さも中将になれない一因であると言われているが、定かではない。以前、新米の提督が駆逐艦を使い捨てと言った際に顔の形が変わるまで殴り、大怪我を負わせたと言う話もある。

 

「静かに。刈谷提督、大府提督、そこまでだ。全員静粛に。話が先に進まん。三条提督が不在ではあるが、そんなトラブルも回避した3人の若き提督の働きに、勲章を授けよう。まず、一宮提督!」

 

ふん、とつまらなさそうにそっぽを向いてつまらなさそうにする刈谷提督。気まずそうな表情で一宮提督も九重提督も勲章を受け取っていた。三条提督には後ほど渡すと言うことになり、そのまま新たな遠征ルートの開拓の話へと移っていった。

 

 

「………」

 

目を覚ますとそこは白い天井。息を吸えば消毒液のクレゾールの匂いだろうか。頭が靄がかかったかのように何もかもがぼけているが、白い天井を見て安心した。「青い世界」ではないと。まぶたも頭も体も重い。久しぶりにやってしまった。起き上がろうと体を動かすと頭の中から何かが突き破ってきそうな痛みが襲う。

 

「ぐあっ……!!」

 

あまりの痛みに頭を抱える。こうなるともう胃が激しく動き出し、猛烈な吐き気を催す。うっぐ!と吐きたくなった。

 

「玲司君、吐くならここに吐きなさい。ほら」

 

吐くと言っても胃液くらいしか出ない。声の主は落ち着いて玲司の吐瀉物を洗面器で受け止める。こんな落ち着いてこうしてくれる人は1人しかいない。

 

「ごふっ…む、つ…ねえちゃん」

「はぁい。話は聞いているわ。横になってなさい。会議は別にもう玲司君にとって重要な話はないらしいから」

 

「はぁ…」

 

生返事だけして横になる。洗面器を片付けた姉、陸奥が玲司の頭をゆっくりと撫でる。

 

「馬鹿みたいなことされてストレスが溜まっていたところに、軽視派の連中の手のひら返し。なるほど、玲司君がそうなってもおかしくない、か」

 

玲司のことは誰よりも知っている陸奥だからこその推理。ご名答…と小さく言った。

 

「お父さんを叩くためならあいつらはなんだってするわよ。あんな馬鹿達の言葉、しっかり受け止めちゃダメよ」

「わかってた…はずだったんだけどな…」

 

「ま、そこが玲司君なんだけど。艦娘のことになるとほんとにあなたは真面目ね。ねえ、大淀?」

「は、はい…提督、ご気分は……」

 

「最悪…ごめんな、大淀。心配かけたな」

 

心配で泣き出しそうな大淀にゆっくりと手を伸ばす。大淀は近寄り手をしっかりと握った、倒れた直後は炎のように熱かった手は、今は氷のように冷え切っている。ゆっくりと玲司が握りしめる。大淀もそれに応える。大淀は玲司の目を見てハッとなる。

 

「提督、その目……」

「青い、か?」

 

その言葉に大淀はブンブンと首を縦に振る。玲司の目が深海棲艦のように青く輝いていた。

 

「提督の目が…青い?」

「大淀は知ってるんだっけ。玲司君に深海棲艦の血が流れていること。龍驤が話したって言ってたし」

 

「はい…」

「玲司君は深海棲艦の血を持っているけど、別に艤装が持てるとか、海上を走れるとかじゃないのよ。まあ傷の治りが人より早いとかそんなのだけ。ただ、やっぱり深海棲艦の危険な因子は持っているのよ。玲司君が強いストレス下におかれると出てくる、深海棲艦が深海棲艦として活動するゆえんである、怒り、憎しみ。そう言ったものを増幅させるの。そう言った感情が昂りすぎると、深海棲艦の因子が濃くなって、体に大きな負担がかかるの。人間ではとてもではないけど耐えられない負担。玲司君はなぜか耐えちゃうんだけど」

 

それに伴って深海棲艦のように目が青くなる。いや、深海棲艦と違う蒼い目になると言う。蒼い眼。それは確か、電や瑞鶴にもあったと聞くが…?大淀にはわからなかった。

 

「厄介なのは発症しちゃうと脳や神経に大きな負担がかかる。それをシャットアウトするために脳が無理やり気絶させる、そうお医者様が言っていたかしらね。研究者は嫌い。でもまあ、玲司君専属の先生は研究者だけど信頼ができる。さっき来てくれて、問題はないって言ってくれたわよ」

 

「そうかい」

 

「また大淀に玲司君の秘密、知られちゃったわねぇ。提督をやる以上、知られるのはしょうがないかぁ」

 

陸奥が残念そうにしている。家族だけが知っていることを、玲司管轄とは言え自分たち以外に知られてしまったこと。陸奥の考えも最近は変わり、独占ではなく横須賀の艦娘がいる以上は妥協も必要であると。

 

「ま、久しぶりに看病できてお姉さんは嬉しかったぞっ。ふふっ。ま、しばらくは様子見て寝てなさい。会議が終わった一宮提督が会いに来たけど、その眼見られたらまずいかもしんないから寝てるって追い返したわ。あ、お父さんから勲章をわたすって言ってたから、歩けるようになったら取りに行ってね。私はお泊まりしてくれても構わないわよ?」

 

「…雪風や文月が…寂しがる。早く帰ってきてねって、言われてるから…泊まりは……ごめん」

「そう。ならお父様に言っておくわ。運転手さんを用意しておくわね。大丈夫よ。玲司君の車も一緒に持っていくから」

 

「姉ちゃん、ありがと…」

「陸奥さん、ありがとうございます…」

 

「はいはい。しばらく時間かかるから寝てなさい。大淀、何かあったら呼んでね」

 

医務室を出て父へ目を覚ましたことを報告に向かう。

 

(片時も離れようとしなかったわねぇ、大淀。ちょっと妬けちゃうわね)

 

医務室に運び込まれてから何かできることはありませんか!?と言い、離れようとしなかった大淀。寂しいから早く帰ってきてと言う文月や雪風。ショートランドにいた時よりも遥かに繋がりが深い横須賀の艦娘達に少し嫉妬した。深海棲艦の血のことも、聞いた艦娘達は嫌がるどころかもっと提督のために何かできないかとやる気をみせるくらいだったと龍驤が驚いていた。

 

時雨や村雨も、血を垂らしたことも気味悪がらず、むしろ玲司に感謝をし、今生きているということを喜び、玲司を慕う。電や瑞鶴の眼が蒼く、玲司の影響を何かしら受けていることも。龍驤や明石から聞き及んでいる。提督と艦娘の深い絆。自分や妹と、父、母と結んだ絆。父の教えがしっかり玲司にも伝わっていることに、姉として誇らしいものがあった。

 

(新しい風が来るかもしれないわね。この淀んだ海軍の澱を全部吹き飛ばすような嵐になって。できればお友達と一緒に吹き飛ばしちゃってほしいわね)

 

なんて事を期待しながら陸奥は父に報告へと向かった。

 

 

提督全員での会議が終わり、別室にやってきた一宮提督と九重提督。その部屋の空気は非常に重く、付き添いの日向、天龍でさえ、対峙した相手を睨みつけるかのような一触即発の状況だった。

 

「まずは申し「謝罪なんてしたら余計怒るわよ、一宮君」

 

謝罪をぶった切られて制止された。ピタリと止める。日向の表情が憤怒に染まる。

 

「そう睨まないでちょうだいよ、日向。アタシは怒ってるわけじゃない。一宮君が悪いわけじゃないってさっきわかったから。一宮君が謝る必要はないと思ったからよ。アタシが謝らなきゃいけないわね。覚悟しなさいだなんて脅し、申し訳なかったわ」

 

「いえ。責められても仕方ない状況でした。ですが、暁さんが無事と聞いてホッとしています」

「ご心配痛み入るわ。まあ、元気に昨夜もご飯粒をほっぺたにベタベタつけて元気そうにしていたから問題ないわよ」

 

そうですか、とホッとして笑みを見せる。日向も戦闘態勢を解く。天龍は知らん顔だ。

 

「しかしまあ、結局アタシ達は三条提督に助けられたわけね」

「ええ。三条提督は今、面会謝絶になっていましたが…」

 

「適切な処置をしてもらえたのなら問題ないでしょ。あーあ、せっかくお礼が言いたかったのに」

「私もです。なにがあったかはわかりませんが…」

 

沈黙。2人とも彼によって大事に至らなかった。それと同時に大淀にも。一宮提督は作戦の瓦解を。九重提督は艦隊を。そんな時に会えないのはもどかしい。しかし、急に倒れ眠っているとなれば、顔を出すのもためらわれる。実際、一宮提督は古井司令長官の艦娘、陸奥に追い払われてしまっている。

 

「ま、そのうち横須賀に行くわ。暁を連れて。あそこの響、電に会いたいって暁が言っているからね」

「ええ。私もそうします。もう少し落ち着いたら、ね」

 

「しかし、誰がこんな手の込んだことをしてくれたのかしらね。犯人は死んじゃったって言うし、どうにも口封じよね、これ」

「ええ。ですが、何となく。何となくですが、誰の差し金かはわかった気がします」

 

「へえ、それって…」

「面白そうな話してんじゃねえか、俺も交ぜろよ」

 

「「!?」」

 

誰かが入ってきたと思ったら、いきなり肩を組まれた。九重提督は見た。不敵な笑みを浮かべて一宮提督の肩を組んで一宮提督を鋭い目で見つめる、刈谷提督を。

 

………

 

「で?お前らの海図を差し替えた親玉ってのは誰だ?教えてくれよ」

「…………」

 

どっかりと足を机の上に乗せて何か楽しそうにしている刈谷提督。一宮提督は気まずそうにしている。九重提督は心底腹立たしげに睨んでいる。

 

「俺がテメエらみてえな雑魚相手に、んなめんどくせえことするかよ。潰すならもっと簡単に潰してるよ。んな怖い目で見んなよ。なあ、龍田」

「そうよ〜。提督はすご〜〜くめんどくさがりだから、あんなことしないわよぉ〜」

 

「た、龍田……」

「あらぁ、天龍ちゃんじゃな〜い。うふふ!天龍ちゃんに会えて嬉しいわぁ〜」

 

ニコニコとしている龍田と少し引き気味の天龍。何だろう。今まで会ってきた龍田の中で一番不気味であり、近寄りがたい。笑ってはいるが、おかしなことをすればすぐさま殺しにきそうな雰囲気だった。

 

(やべえ。オレの脳内の警報がフルボリュームで鳴ってやがる。なんだこの龍田は?)

 

「何だ、教えてくれねえのか。ケチな奴だな。んじゃあ俺が当ててやろうか。テメエが思っている親玉は清洲だと思ってるんだろ。古井のジジイを蹴落とすためにってな」

「…!!」

 

「当たりか。だろうな。それが最も正解だろうと思う答えだよな」

 

パンパンと肩を叩く。どこか刈谷提督は楽しそうだ。だが、次に刈谷提督から出てきた言葉は信じがたいものであった。

 

 

「だからテメエらは雑魚なんだよ」

 

 

その言葉に一宮提督も九重提督も目を開いて「な…」としか声が出ない。

 

「あいつはんな姑息な奴じゃねえ。潰すなら直接、副司令長官って言う立場を使って潰しにかかる。例えば、全艦隊を動かして南方海域を全て掃討しろ、とかな。コソコソと汚ねえ動きを見せるのは2人だ。誰と、誰だろうな?」

 

「………」

「ヘッ、0点だ雑魚ども。テメエら、そんな頭空っぽでこのクソみたいな奴しかいない海軍で生きていくつもりか?3年もちゃいいかな。そのあとは消されるかお前らが大嫌いな『艦娘軽視派』の仲間入りだな。使えねえな」

 

バッサリと言われたことに一宮提督が反論しようとする。

 

「そのようなことは」

「なるんだよ30点提督。今の海軍ってのがどんな組織がわかってねえ。期待の新人が聞いて呆れるぜ」

 

「あなたね!」

「うるせえよ0点提督。テメエは特に1年もたねえんじゃねえか?」

 

「刈谷提督。その30点や0点と言うのは……」

 

そう、名前で呼ばれずにテストの点数のような数字呼びされることにかなり腹が立った。

 

「30点。テメエは海図を作戦開始前に差し替えられたこと、気づいてたんじゃねえか?だからこそ迅速に救援を要請されたキス島へ日進を出した。日向を出さずに日進を出したことは評価だ。30点。0点。テメエは何もかもが駄目だ。与えられた資料と作戦だけこなしてるだけじゃ、ただの大本営の犬と変わらねえ。オマケに暁を殺しかけた。テメエ、のうのうと机にしがみついて指揮だけしてるつもりなんじゃねえか?なめてんのか」

 

2人とも反論する余地もない。刈谷提督が言う通りだった。しかし、なぜそこまで自分たちの動きを彼が評価できるのか?

 

「詳報を隅から隅まで読んでいるからよ〜」

 

龍田が心を読むかのように口を出した。余計なことを言うんじゃねえと怒っている提督。あらぁ、ごめんなさ〜いと反省するそぶりもない龍田。この龍田、本当に不気味だ。

 

「三条はまあ、及第点だな。まああいつはあいつで異常に気付きながらも連絡を回さなかったのが減点だ。ショートランドで修羅場潜ってるだけのことはあるな。テメエらのことだ、下に見てたんだろうけど、実際は三条がいなけりゃキス島は壊滅だったってことだ。わかったか雑魚共」

 

一宮提督の顔が憤怒に染まり、手をブルブルと震わせていた。ボロクソに言われているが、結局は刈谷提督の言う通りなのだ。三条提督がいなければ本当にキス島の被害は甚大どころではなかった。自分たちよりはるかに少ない艦娘を無理に動かし、窮地を救ったことは間違いない。言われて初めて自分の無力さを痛感した。

 

「そんな雑魚が海図の犯人の親玉を探ろうなんざ100年早え。そんなこと考える暇があるならこの先をここで生き抜く秘策でも考えてろよ。チッ、三条がいたならもうちょいまともな話ができると思ったのにな。テメエらじゃ話にもなりやしねえ」

 

心底つまらなさそうに足を机から下ろし、退室しようとする。

 

「刈谷提督。私達に何を求めるのですか?」

「ねえよ。少なくとも今のテメエらにはな。もうちっとその使えねえ頭を使える頭にしてからそう言うことを言えよ」

 

「単に、アタシ達をコケにしにきただけ…?」

「そうと捉えるのはテメエの勝手だよ。ただ、そう言う考えしか出てこねえなら本気で提督やめちまえ。艦娘を殺す前にな」

 

「まるで貴方は殺したことがない言い振りね。使えない艦娘はあちこちに放り出しているようですけど?」

「殺したことはねえな。テメエみてえに馬鹿な作戦で死なせかけたこともねえよ」

 

「っ!アナタね!!!」

「誰に向かって口聞いてんだよ、0点」

 

「うふふふ。天龍ちゃん、またね〜」

 

凄まじい威圧感に日向ですら椅子にもたれかかるように座り込んだ。最後の龍田の笑顔が例えようもなく不気味で、身体中をミミズが這っているような寒さを覚えた天龍。眉間に皺を寄せ目を瞑っている一宮提督。怒りで震えが止まらない九重提督。

 

「………とんでもない提督ね。鹿屋の狂犬、刈谷提督。あの龍田と言い、只者ではないわ」

「ええ。悔しいですか、今回ばかりは何も言えません」

 

「そうね。ねえ、一宮提督。何としてでも見返してやりましょう。今度こそボコボコに言い返せるくらい」

「そう、ですね。このままではたしかに良くありません。お互い、協力しつつ」

 

「ええ。よろしくね」

「こちらこそ」

 

お互いに笑顔は苦笑のようなものにはなったが、ようやく笑うことができた。ここに三条提督がいないことが残念でならなかったが、彼らの勢いは今後、止まるところを知らないような。そんな提督達に育っていく。それはまた、未来の話。

 

 

「もーう。提督の発破のかけかたは本当に怒りしか買わないんだからぁ」

「うるせえ。俺が爽やかに頑張ろうなとか言うタマかよ」

 

「あらぁ、それはそれで素敵よ〜?」

「馬鹿らしい。狂犬には狂犬なりの噛みつき方があるんだ。俺がそんなことできねえことくらい知ってるだろ」

 

「まあねぇ」

(狂犬と言うよりは巨大で凶悪な狼さんのようだけれど)

 

「龍田はいつも言ってるはずよ?狂犬なんかじゃないのにね〜」

「そうかよ。ま、これでちったぁ育ってくれりゃ俺もやりやすくなる。艦娘軽視派かなんか知らねえが、俺に喧嘩を売ったんだ。歯1本どころじゃ済まさねえ。その喉笛噛みちぎって骨まで噛み砕いてやるよ。狂犬らしくな」

 

「うふふふふ。たのしみねぇ」

 

彼らしかいない廊下に龍田の笑い声が響いた。それは刈谷提督の明確な宣戦布告。多くの人間の感情が渦巻く海軍で、彼は人知れず宣戦した。彼の行動が今後大本営なだけではなく、末端にまで吹き荒れるであろう嵐になるとは、まだ誰も知らない。




刈谷提督の宣戦布告。そして一宮提督と九重提督への諸々。刈谷提督については一旦これで。
彼は後々に玲司とも密接に繋がっていきます。そして、味方なのか?それとも「軽視派」なのかも追い追いと明らかにしていきます。まあ、わかりやすでしょうけどw

さて、次回は玲司、弱ったまま帰還。これまた横須賀の艦娘は大丈夫なのでしょうか?

それでは、また

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