神通と夕立は原初の艦娘相手に何を思うのか?
朝、赤城から川内と神通、島風と夕立が演習場で一戦交えると言う話を聞き、不安に思う玲司。遊びだと言っても川内、島風と神通、夕立はレベルが違いすぎる。本来なら立ち合いたいが…。
「見に行きたいけど、ようやく自分で起き上がれるくらいだ。立つのもまだ難しい。ああもう、心配だ…」
「まあ心配せんでもヤバそうやったらうちが止めたるて。神通も夕立もカッカしやすい性格しとるでなぁ。対して川内と島風は人をおちょくって熱くさせるん得意やし…」
「心配しないで。私もいざとなれば止めますから。龍驤姉さんと手を組めば、島風ちゃんや川内ちゃんも止められますよ」
赤城がブレーキ役を買って出てくれるとは意外だった。しかし3人とも陸奥から懇々と…いや、ゴゴゴゴゴと言う恐ろしい擬音と共にみなぎる殺気を浴びて説明を受けているのだ。
「もし仮によ?横須賀の艦娘の誰かを壊したりしたら、わかってるわよね?」
「「「イエスマム」」」
「よろしい」
にっこりと笑う姉とは裏腹に震えが止まらない3人。そう、決してポカをやらかしてはいけないのだ。
「私は祥鳳さん達と弓の鍛錬をしていますが…私が動くとき。おそらく龍驤姉さんの殺気でも感じれば動くでしょう。できれば何事もなく終わってほしいものです。あの子達の動きを抑えるには、かなりお腹の減る作業になりますから」
「結局そこかい」
ズルっとずっこける龍驤。赤城の行動パターンはお腹が減りやすいか否かで決まるのだ。だが、陸奥の怒りが恐ろしいのでやらざるをえない。何事もなく鍛錬だけで終わってほしい。そう祈っていた。
「それでは、私はご飯も食べて万全ですので、祥鳳さんに弓を教えてまいります」
ふぅ…と龍驤が息を吐く。
「ほんま、赤城は食べ物さえ絡まんかったら問題はないんやけど、川内と島風はなぁ。まあしゃあないんやけどな。あの川内と島風がよその艦娘に興味持って挑むんなんてめったにないし。柱島のじっちゃんのとこ子らにも、最近興味を示さへんかった。川内は特にな」
川内は姉妹を除いてはその気配を誰にも見破られることはなかった。ここの神通のみが隠れていた彼女を見破った。それも2度も。そこが我慢ならず、本当の実力で神通をねじ伏せてみたい。そうずっと思っていたようだ。ようやく巡ってきた機会。神通もやる気満々で川内の挑戦を受けると言っている。ただ、実力は川内の方がやはり、はるか上にあるので、下手をすれば神通が肉体的に壊れてしまうことも懸念される。
川内は任務中はおとなしいが戦闘となると非常に好戦的である。影隠れ、島風には劣るが速いスピード。島風と同じく、火力がやはり軽巡とあって不足しているので速力と手数で敵を倒す方法を用いる。川内の攻撃は実にトリッキーだ。神通がどこまでついていけるかはわからない。粘るかもしれないし瞬殺されるかもしれない。
「姉ちゃん、わりいなぁ」
「ええて。うちもここの艦娘には大きな期待を持っとる。いずれお父ちゃんが引退してうちらもどないかなった時、次の世代のうちらみたいな力を持った艦娘は絶対必要や」
「……そうか」
「そん時はあんたや一宮提督が海軍を引っ張っていくんや。大湊の艦娘もええ艦娘がおる。でも、横須賀には育てば『女王』や『二の名』を持てる艦娘がおる。ここで潰すわけにはいかへんねん。あんたのためにも。そして、ここの子らの為にも」
龍驤と明石が何度か話した、横須賀の艦娘の潜在能力。現に神通、夕立、北上は『女王』に匹敵する何かを持っている気がするし、扶桑もそうである。深海棲艦に墜ちた艦娘を艦娘に戻した電。明石改の艦載機を操ることができる翔鶴、瑞鶴。そして、未知の力を持つ大和。たくさんの期待できる艦娘がいる。
父ももういい年だ。もう少しで70になる。そのうちやってくるであろう引退と言う二文字。そうなったとき、自分たちは艦娘としての役目を終えるのか、どこかでまだ戦うのかはわからない。ばらけてしまっては父がここで指揮していた最強の布陣とはいかなくなるだろう。
そうなったときに、新たなこの海軍を引っ張っていくだけの統率力を持った提督と実力をもった艦娘が必要になる。相も変わらず上層部はいろいろと問題が多いが、それをはねのけるだけの力が提督にも艦娘にも必要だ。玲司も、そしてここの艦娘ももっと磨き上げれば必ずやっていける。
「龍驤、お前と明石がいると言うことで私の影響、そして原初の艦娘と言う抑止力がある。玲司や横須賀の艦娘、そしてこれから増えるであろう仲間たちをここで潰されるわけにはいかんのだ。明石を異動に出す、と言うのは異例中の異例だ。そこにお前まで異動させると、過激派が動きを見せるかもしれん。なので出張、なんだよ」
「そう言うことかいな。任しとき。うちがきっちり守ったるさかい!」
陸奥にさえ内緒の極秘の内容だ。ようやくおもしろくなってきた。横須賀が温まってきた。ここで身内に大事な艦娘を潰されるわけにはいかない。例え姉妹であろうとも、そこは容赦はしない。玲司に言うとややこしくなるので黙っているが。
「姉ちゃん、おやっさんに何か言われてるんだろ。ま、聞かないけどさ」
「さーて何のこっちゃ」
「へっ、姉ちゃんが言うとは思ってねえよ」
「さよか。ほな、行ってくるでな。霞、ええ子にしてるんやで~」
「てじなのおねえちゃ、いってらっしゃーい」
式神を使って霞を和ませて遊んでいることから懐かれてしまった。「霞に手品見せたろ!」と言って式神を使うことから「てじなのおねえちゃ」と「りゅうじょう」とは呼ばれなくなってしまった。それでもいいのだ。横須賀の子達が笑ってくれるなら。
式神を準備させ、演習場へと向かうのであった。
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演習場では屈伸をしたりして川内が準備をしていた。対する神通はすでに海に出て目を閉じ、佇んでいる。しかしその神通の雰囲気は誰もが圧倒するものであった。
「神通の周りの空気、すげえな」
「すごい張りつめてるわね。近づくだけで何だか攻撃されそうよ」
「目の力もすごいよね。軽巡じゃなくて、あれは加賀さんや長門さんを思い出すね」
神通。名取が建造し、匿った軽巡。その独特な戦い方は深海棲艦を圧倒する。ただ、どこか熱くなりすぎる傾向があり、集中が途切れて不要な攻撃を受けることが多い。大人しいようでめちゃくちゃ攻撃的である。人のことは言えないけどね…と北上は心の中で笑う。川内。何かがいろいろと外れている。何が?と言われればわからないけど。
「さって。じゃああたし達は後ね。まず島風と夕立の鬼ごっこね。島風を捕まえたら夕立の勝ち。10分逃げ切るか夕立を3回タッチしたら島風の勝ちね」
夕立の目もギラギラしている。まるで鎖に繋がれた猛犬のようだ。犬なんてかわいらしいものでもない。獣だ。屈みこみ、始まりの合図と同時に島風の喉笛を噛みちぎりに行きそうな。
神通と唯一手を組んで戦える存在だろう。その野生的な動きはもう読むことすら難しい。見てみよう。夕立の全力を。
「おうっ!私には誰も追いつけないよ!」
「言ってくれるっぽい。見てなさい。3分で捕まえてやるっぽい」
「えー、3分っておっそーい」
「……キレたっぽい。即捕まえてあげるっぽい!」
「それじゃ始めます!よーい…はじめ!!!」
大淀のはじめの言葉に、限界まで引き絞られた弓から放たれた矢のように島風に飛びかかる。速い!!!!
「速え!!」
「すご!?」
摩耶と村雨が驚いていた。いつも速力を鍛えるための鬼ごっこ。あの時のスピードは遊びだったのか。犬歯を剥き出しにし、本当に喉に食らいつくかのような顔。馬鹿にされたことで頭に血が上っている。
(避けることさえできないっぽい!これでもらったっぽい!!!!)
ガァッ!と口を開き、何かを吼えるかのように島風に飛びかかる。勝負は一瞬か?いや…
―———ドクン―――
瞬間、夕立はフル制動をかけ、後ろへ飛びのいた。あと少しだった距離が、大きく後退したために開いてしまった。
「なに?夕立、どうしたの!?」
「もう少しだったのに、何があったの?」
「………すごい、わね」
「扶桑??」
「島風、あいつマジやな。夕立もよう下がったな。あと半歩。あと半歩踏み込んでたらやられとった」
「え!?」
「見てみい、夕立を」
夕立は無防備な島風に近づくことができない。全速力の走りを何本かやった後のように、滝のような汗をかいている。足がすくむ。手が、震える。
(危なかった。あと少しでやられるところだったっぽい)
夕立は持ち前の野生の勘で恐ろしい殺気を感じ取った。瞬時に飛びのいた。ただそれだけなのに、大きく息を切らし、汗をかく。違う。今まで戦ってきた深海棲艦とも違う。あの自分より背の小さな島風が、とてつもなく大きく見えた。
「ふぁあ…もうおしまい?」
「………」
喋れない。言葉に反応するよりも、島風の一挙一動が気になってそれどころではない。ニヤリと島風が笑ったような気がした。
「じゃあ、次は島風の番ね!」
そう言うと島風は……消えた。
「!?」
目は一瞬たりとて離さなかった!動きも全て見ていた!なのに、なのに消えた!?
夕立の周りをバシャッ、バシャッと波紋が立つ。一瞬だが金色の髪が見える。走っているのだ。夕立の周りを。夕立が目で捉えられない速度で!!!
「…速い!!!」
「目で追いきれない…」
「ハヤブサは時速300kmで一気に空から地上の獲物めがけて滑空する、と言われとる。まあ300kmなんかは出されへんけど、艦娘から見ればそれを想像させるスピードで走る。それが原初の艦娘1の速さを持つ。『ハヤブサ』の二の名を持つ。あのスピードに捉われたら逃げ場はない」
(島風。あいつがいきなり追い詰めにかかるか。よっぽど今の夕立の走りがおもろかったんか?)
普段からやる気もなく、誰にも追いつけないと言うことを知ってか、島風はとことん手を抜く。本気で走ったことは少ない。その島風が、いきなり夕立を割と力を入れて走り追い詰めるほどである。島風の考えることはイマイチわかりにくい。
勝負は一瞬。首を左右に激しく動かし、うろたえる夕立の真正面で止まり…。
「まずいっかーいめ!」
そう言って手を伸ばした。お互いが鬼だ。どちらかがタッチされたら終わり。そう、島風が翻弄されて動けない夕立に手を伸ばし、タッチする。これで終わり。そう、終わりだ。いや、まあ島風はあと2回タッチしなければいけないが、仕切り直しだ。島風の手が夕立の肩を叩く、と思ったのだが?
「……っ!?」
「!?」
夕立はすんでで四つん這いになり、島風のタッチをかわしたのだ。計算も何もない。本当に本能のままにそのタッチを…かわした。
「うっそ!?」
「油断したっぽい!!!」
夕立が島風に飛びかかる!が、島風は再び夕立の前から消えた。正しくは後ろへ下がったのだ。
「ちっ…」
「あぶなー。ふふっ、夕立。やっぱりおもしろいよ!私が気になっただけはあるね!」
島風は笑っているが内心は一発で決めるつもりだった。しかし、まさかかわされるとは思っておらず、動揺が広がる。それよりも驚いていたのが龍驤だ。背筋に電撃のような衝撃が奔る。
(かわしよった!!!今まで、あの島風のあのスピードでのタッチをかわしたんは一人しかおらん!!柱島の空色の巡洋艦だけや!!夕立、お前…!)
龍驤は震えが止まらない。次の海軍を担う世代の提督の艦娘に、まさかあの原初の艦娘の島風の速度に対応できる艦娘がいるなどと。理由はわからない。だが夕立は。間違いなく『女王』の資格を持つ。それは龍驤にとって大きな希望の光になった。
「ふふっ。次は夕立が行くっぽい…突撃するっぽい!!!」
グン…と姿勢を低くすると一気に島風にめがけて走り出す。紅い筋が夕立が走る後を追いかけていく。動揺した島風はとにかく夕立から離れようと走る。ちょうど夕立の死角に入る位置である。得体の知れない恐怖を島風が覚えてしまったからである。夕立の紅く光輝く双眸に驚いたのだ。
さて、体勢を取り直して今度こそスピードで追い詰め…するとどうだ。夕立が真正面で牙を立てながら紅い眼を光らせていた。
「なっ!?」
「逃げるっぽい?」
ブンッ!とタッチと言うよりは殴り飛ばすかのような勢いで伸ばした手をかわす。再び消えた。夕立は匂いと気配から島風の逃げた場所を割り出す。再び飛びかかる。
「ぽい!?」
いない。勢いがありすぎてべちゃっと盛大に転んだ夕立。慌てて立ち上がろうとするが…。
「ターッチ!タッチ!タッチしたの!島風の勝ち!これでおしまい!!」
ペシペシと何回も夕立の肩を叩く島風。夕立は茫然とし、その場で座り込んでいる。
「夕立、今完全に島風ちゃんを…?」
「捕まえたなぁと思ったんやけどなぁ。最後の最後でもう一段階速度を上げおった。結果、夕立は勢いがつきすぎて転んだ。そこを島風がタッチっちゅうわけや」
「惜しかったね…」
「島風が慢心しすぎやなぁ。夕立をなめすぎた。せやから一発で決めれんかったな。ま、勝ちは島風やけど、精神的には夕立の勝ちちゃうかな」
あの島風がややしょぼーんとした表情で海から上がってきた。元気なく「お風呂…」と言っておそらくドックへ行った。夕立も遅れて「お風呂行ってくるっぽいー」と島風を追いかけて行った。二人で話して解決するのが一番だろう。と龍驤は思った。
……
「それじゃあ、あたしに一発でも入れられたら勝ちね」
「………」
無言で川内を睨みながら頷く。まるでこれから殺し合いでもするかのような雰囲気だった。川内は笑っているが島風と同じような慢心はない。お互いに引けないのだ。見破られたこと。見破れなかったこと。己が実力をぶつけ合いたい。ただそれだけだ。お互いが本気で行くだろう。
ギャラリーとして参加している巡洋艦達は見ているだけで緊張で汗が出る。張りつめた空気が演習場を支配する。鬼ごっこをしようと言っていた夕立と島風とは訳が違う。
「ふう、何だか息が詰まるわ。あの2人見てると」
「うん、私も…」
「まるで今から殺し合いでもするみたい、ね…」
「扶桑さん…」
と言いながらも隣でそれを見ていた大和は扶桑に恐怖した。異様な気配を感じながらも平然と立ち、喋る姿に。そして、扶桑からも漏れ出る異様な何かの気配に。
「こらこら、扶桑。大和が怯えとるで。その殺気、何とかせえ。あの2人にあてられて出てまうんはわからんくもないけど」
「あら…ごめんなさい…」
フッと扶桑の気配が和らいだ。あれは殺気だったのか。戦う時の扶桑の気配。その上を行くものだった。
「さーて。どっからでもかかっておいで。神通が動いたら、戦闘開始だよ」
「………」
どうやら始まったらしい。川内は笑いを浮かべながら立っている。それも、構えもなし。ノーガード。一方の神通は構えながらも一歩も動けない。川内にはまったくの隙が無いのだ。
「どしたのー?これじゃ終わんないよー。はーしょうがないなー」
挑発だ。しかし、神通はグッと屈みこんで構えた川内に反応してしまった。夕立同様に深く屈みこんで走り出した。神通も夕立と同様にスピード勝負。夕立が本能のままに勘で動くなら神通は頭脳を使ったトリッキーな動きを好む。トリッキー。奇しくも川内と同じような戦い方となる。川内に真正面から切り込む。川内はまっすぐ来るとは考えていない。
「ふっ!!」
跳躍。神通の跳躍は高く、川内を優に軽く飛び越える。しかし、動作が速かったためか目の前から消えるように見える。川内は一瞬目を見開く。
(速度では敵わずとも、目の前から消える跳躍。これで目を欺けば!!)
そうして川内の後ろへ飛んだ。神通の目にはまだ川内が自分が背後に飛んだとは気づいていないように思えた。これで後頭部に一撃を入れて落とせば終わりだ!そう思い、突きを繰り出す。
―———あたしはそこには「居ない」よ
その言葉と同時に背後から恐ろしい気配を感じた。一瞬で全身に身の毛もよだつ寒さを。背中には冷たい死の気配を。汗が噴き出る。神通はそれでもなお、背後へ回し蹴りを繰り出した。それも虚しく空を切るだけであったが。
「…いない!?」
そう声に出すと、今度は後頭部にこつんと何か衝撃を感じた。
「これで一回死んだよ、神通」
川内だった。いつそこに「居た」のかわからない。確実に自分の背後に居たはず。なのに、なぜあの一瞬で後ろに回れたのか。夕立にさえ背後を取られたことはないと言うのに。こうもやすやすと背後を取られるとは…。気配の察知だって万全だった。
「へへー!今日さ、晩ご飯。間宮さんのカニクリームコロッケなんだって!兄さんの作るカニクリームコロッケってさ、すっごいおいしいんだ。あたし大好きなんだよね。兄さんに教えてもらった間宮さんのだったら、絶対おいしいと思うんだよね!と言うわけで、今あたし一勝したから神通の1個もらうね」
めちゃくちゃだ。自分だってカニクリームコロッケは大好物だ。これ以上は渡さない。気配をもっと慎重に探るんだ。額の目を開くイメージをする。
「お?来たね。んじゃ、2個目をもらいにいきますかね。よいしょっと!!」
ばっしゃーん!と水を爆ぜさせ、水しぶきを作る。神通は目に入らぬように目を閉じる。と同時に川内の気配が動いた。気配は捉えている。
「そこです!」
「おおっと!?」
「おおすげえ!」
「どこ行ったか見えなかったのに!神通すごいよ!」
「居ない」はずの川内を見つけ出し、捉える神通。川内は驚いたようであったが、かすりもせずにかわされた。
(川内、遊んどる?いや、多少驚いとるみたいやな。なるほど、神通の気配を察知する能力はダテやないな。神通とうち以外、誰一人として川内を追いかけれてない)
「へえ、おもしろいね。あたしを見破っただけはある。今のでも、昨日よりも深く隠れたんだけどね。よし、次!」
「……くっ」
一段と気配が薄くなった。さらに深く探ろうとする。しかし、それは…。
「ほい2回目ー。戦場じゃ待ってくれないよ。さ、早くあたしを捉えないとカニクリームコロッケがなくなっちゃうよー。あたしは何個でも食べれるけど♪」
神通は諦めない。一発でいい。一発でいいからこの人に当ててみせる。そう強く思った。しかし、それとは裏腹に川内の気配が捉えた瞬間に薄くなり、探せない。目を閉じ、気配に集中するが…。
「これで3つめね。あーあ、あんたのなくなっちゃったよ。一人3つらしいからね。ってことであたしの勝ちー!」
いえーい!とガッツポーズをする川内。それとは逆に膝から崩れ落ちる神通。一撃も当てられないどころか、探りもできなかったなんて…。
「コロッケの件はまあ全部取る気ないけどさ。あんた、あたしが単に気配を断つだけが取り柄と思ってたんでしょ。あたしはそれと同時に姉妹の中で2番目に足が速いのさ。あんたみたいな子はやりやすくていいわ。気配を探ることに意識がいきすぎてるから、速さで翻弄すれば楽だもん」
ふふん、と川内は笑った。気配を断ちながら速く動き回ることで簡単に翻弄される。川内の策にまんまとハマってしまったのだった。
「あんたはその第三の目に頼りすぎだね。いい力だと思うけど、それに頼りすぎて実力の半分も出せてなかったんじゃない?もったいないねぇ。あたしが帰る時には、その眼は封印して全力でかかっておいで。あたしも気配隠さずに思いきりやるからさ」
神通はその言葉でハッとなった。そうだ、いつもとは違う戦い方を考えたせいでまったく足が動いていなかった。どれだけ苦しくとも足を動かさなければ死ぬ。そう夕立や雪風に教えていたはずだ。その自分が、川内は気配さえ見つけられれば勝てる。そう思い込んでいたがために、してやられた。
「そう、ですね。姉さんの戦い方は深海棲艦とは違う。そう思い込んでいたために、自分が動かなければならないと言うことを完全に捨てていました。私の失態です。次は…私の戦い方をお見せできればと思います」
「ん。よろしい。んじゃあ特別に見せてあげるよ。あたしの本気。攻撃はしない。さっきみたいに目を閉じてあたしの気配を探してごらん」
神通は目を閉じて川内を探る。薄いがいると言うことはわかる。
「……?いない?」
「さーて。あたしはどこにいるでしょう?」
深く。深く。川内を探るが…どこにも「居ない」。
「神通さん、何をしているのでしょう?」
「『視えて』いないのよ。完全に。『視えない』のよ」
「え?」
大和には扶桑が何を言っているかがさっぱりわからなかった。
「はい時間切れ。目開けてみな」
目を開けると目の前に姉がいた。声もどこから聞こえたかわからない。波のように。風のように。どこからともなく聞こえてくる。でも、目の前にはいる川内。
「ほらね。その目に頼りすぎてもいいことはないよ。あー終わり終わり」
「お疲れさん」と龍驤に言われ、「あーい」と間延びした声を出して陸へ上がる川内。神通は動けなかった。自信はあった。気配を探れたのだからそれを追いかければ機会はあると。しかし、結果は指一本、触れることができず、自信を持って得た心の目も役には立たなかった。
(……追いついたなどと、私の考えが浅はかでしたね…)
神通は自分がちっとも至ってない未熟者であると痛感した。悔しさはない。むしろ完敗で清々しい。ここまでやられたら悔しいもない。修行あるのみ。ただそれだけであった。
ちなみに夕飯のカニクリームコロッケは一人5個。本当に3個取られて神通は2個しか食べれず、この先ずっとこのことを根に持つのであった。神通は執念深いのである。ニッコニコでカニクリームコロッケを頬張る姉を、恐ろしいめつきで見る神通の姿があった。
川内、島風。それぞれが能力を持っています
「宵闇」。そして「ハヤブサ」。彼女達とは違う形ですが「女王」の称号を(将来)持つ2人。
「茨の女王」「紅玉の女王」。まだまだ蕾です。開花に期待ですね。
さて、一方でほのぼのと弓の練習をしている「空の女王」赤城。片鱗くらいは次回お見せできたらなと思います。
川内と神通。なぜかこの2人は好みの食べ物、お茶の濃さ、好きなお菓子が一緒です。カニクリームコロッケもその1つ。今度もこれを争って熾烈な戦いが始まる!…かも。
それでは、また。