提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

90 / 259
玲司のいない執務室に不穏な電話…ちょっと厄介なことになりそうな電話が舞い込んできます。後に本当にドタバタになります。

それと同時に玲司のお話と、原初の艦娘と玲司のお話になります。

さてさて、展開が読める人は後にどうなるか、わかると思いますw


第九十話

提督が自分で何とか立ち上がれるようになり、杖をつかないと歩けないが、それでも指一本動かせない状態からを見てきた大淀にとっては、その回復はとても嬉しいものであった。

 

「悪いな大淀、任せっぱなしで。治ったら、ちゃんとお返しするからさ。頼むよ」

「はいっ!横須賀鎮守府の事務はこの大淀と鳥海さん、霧島さん、そして妙高さんとでしっかりやっております。お任せください!」

 

「優秀な秘書艦を持つと、ほんとに助かるぜ」

 

優秀な…優秀な…うふふ、とご機嫌で執務室に戻り、バリバリと書類を捌いていく。1つ気がかりにしているのは、1枚だけわけて「最重要!」と霧島の手書きでかかれた札のついたボックスに入っている書類。

 

「横須賀鎮守府 視察要望書」

 

差出人は岩川基地の七原すみれと言う提督。提督が帰ってきた次の日に送ってこられたものだ。もうそれから5日ほど経っているが、今はまだ提督の体に障るだろうと見せていないし報告もしていない。提督が復帰した際に改めて可否を問おうかと思っている。

 

「貴官の鎮守府の視察を所望する。なるべく速やかに返答を頂きたし」

 

ずいぶんと高圧的な文面で、艦娘をどのように扱い、どのように生活させているのかなどが知りたいらしい。今でこそ扱いは本当に手厚いし、生活は毎日中庭で駆逐艦の子と摩耶や最上なんかが走り回って楽しそうな声が聞こえてきたり、おいしいご飯に露天風呂付きのドック。最近では妖精さんが空き部屋を使って図書室を作ろう!と提督と話をしていると聞いた。

 

読書が趣味な艦娘もいる。特に名取はよく勇者とお姫様の物語や、ラブラブなライトノベルと呼ばれるものを買っては愛読している。メガネをかけた名取はちょっと新鮮でかわいい。鳥海も部屋に何冊か難しい推理小説を持っているし、摩耶は読んでいてこっちが赤面しそうなくらいの甘いラブラブの少女マンガを読んでいる。

 

しかし、本も意外と場所を取るもので、相部屋にどっさり本を置いてしまうと生活スペースが窮屈になってしまうため、我慢しているのが今の状況。大淀も昔の純文学も読みたいし、名取に時々本を借りては「これを私と提督に置き換えて…はわわ」なんてことをやっている。

駆逐艦もマンガが読みたいらしく、摩耶によく本を借りているがやっぱり自分たちで買うことはガマンしている。のんびりマンガや本を読める場所があれば…。間宮も料理の本がほしいが置く場所がない、と悩んでいる。そんな時だ。

 

「ないならつくればいいじゃない」

 

鶴の一声をあげたのが妖精さんだった。幸い、横須賀鎮守府は大きな施設だ。使われていない大部屋も多い。今は人間の宿舎も必要なくなっているため、改装は簡単だと妖精さんが言っていた。提督もその案には賛成で、再び登場したのが京都のお高い金平糖。露天風呂の際もこれが大活躍し、今回もやる気を大いに見せていると言う。

 

話が脱線してしまった。今の生活は安久野の時のような虐げられる生活でもない。何不自由なく生活ができているし、出撃や遠征も夕方まで。鍛錬は厳しいが自分達にも実りがあるし、本当に問題はないのだ。どうも、この七原提督は昔の生活を強いられているのではないかと思わざるを得ない文面である。このまま放っておくと、ゴタゴタしそうな予感がする…。

 

嫌な予感に筆を止め、少し息を吐いてお茶をすすっていると電話が鳴った。ああ、こんな時だけ本当に当たるんだなぁ…と大淀は受話器を取る。

 

「はい、横須賀鎮守府の大淀です」

「……岩川基地の七原と申しますが、三条提督に代わってもらえないでしょうか」

 

とほほ、本当に嫌な予感が当たっちゃったよ…と泣きたくなる。件の視察を強く要望している七原提督であった。

 

「大変申し訳ございません。ただいま三条提督は体調不良につき、お休みをしておりまして…執務ができない状況でして…」

「……本当に?本当に体調を崩しているのですか?では、今三条提督は執務室には、いないの?」

 

言葉遣いが何だか変わった。提督がいないことを好機と見たのだろうか。

 

「は、はい。本当に体調を崩して寝込んでおります」

「そっかぁ。視察の要望書を送ったのに…あ、いや、送ったのに返信がないから…本当?そう言う風に言わされて今も監視されてるとか…」

 

……何を言っているのかわからない。たぶん、ここに提督がいて、こう言う風に言えと言わされていて、この電話を切ったら虐待をされるとか、そんなふうに考えているんじゃないか、と読めた。鳥海と霧島が怪訝そうな顔をしている。

 

「七原提督。私たちは本当に何もされていませんし、提督は本当に寝込んでおられるのです。提督が回復し次第、すぐに可否の返信を致しますので今しばらくお待ちください」

 

そういうと無言である。こちらとしても切っていいのか、何かしゃべっていいのか…。

 

「あの男…大淀ちゃん脅して言わせてるんだ…許さない…」

 

不穏な言葉が聞こえてきた。これはまずい、本当にあらぬとんでもない誤解をされてる!

 

「あの、あのあの!本当に!本当に何もされていませんから!!」

「わかったよ。もう何も言わなくていいよ。私が助けてあげるから少しだけ待っててね!」

 

そう言ってガチャン!と切られてしまった。もしもし!?もしもし!?と叫ぶように言っても受話器は無情にもツーツーと一定の音を吐き出すだけだ。ああもう!と頭を大淀が抱える。

 

「大淀さん、どうしたんですか?何かすごく厄介な電話だったようですけど」

 

霧島がそう尋ねてきたので大淀が内容を鳥海と霧島に話す。二人も硬直する。

 

「まずいです…すごくまずいです!このままでは、私たちは前提督のときのように虐げられ、つらい毎日を送っていると勘違いして…私、提督に相談してみます!」

 

「ええ…そのほうがいいかもしれません。大淀さん、書類とペンも持って行って。司令官さんに早急に可否を決めてもらったほうがいいかと思います」

「鳥海さん、ありがとうございます!私、行ってきます!」

 

慌てて執務室を出て行った大淀。ふう、と息を吐いて書類を書き始める鳥海。霧島は顎に手をあてて考える。こうなった時…何か。誰かがより暴走を始めて司令が大変な目に遭ったような記憶がうっすらと…。

 

(ノーウ!こうしてはいられないデース!!今すぐにテイトクにバーニングラーブ!デスヨー!!)

(そんなこと言って、また司令の寝込みを襲うつもりなんでしょうが!くぅ、何て力なの!?)

 

(霧島!今ワタシは機関車ヨ!レールの上に立つと撥ね飛ばしマスヨー!!)

(フン!!!)

 

(ヘブシ!!!)

(お姉さまのような暴走機関車を止めるのがこの霧島の役目よ!比叡お姉さま、金剛お姉さまをお願いしますね。ああ!忙しいのにもう!!!)

 

(ひ、ひえー…)

 

……?懐かしいような、何だろうか。何かゴタゴタして誤解を与えてしまい、それによってさらにゴタゴタがフル加速していったような…。ああ、わからない…。そんなことにはならないだろう…大淀さんがついているし…と霧島は席に戻り、書類を書く。ものすごい胸に何かひっかかるもやもやを抱きながら。

 

 

「と、言うわけでして…」

 

大淀が血相を変えて駆け込んできたので何事かと思った。緊急の出撃などではなく、視察の要望。大淀が言うには安久野時代の状態のまま、自分に引き継がれ、今もそのまま虐げられて辛い生活を送っているに違いない。そう断言したかのように電話を切ったと言う。

 

なるほど、その状態のまま要望書の可否を放置しておくと、憲兵を引き連れて突撃しかねない。それはまずいなと玲司は考える。

 

「なるほどな。それで来たわけか。わかった。視察を許可するから、悪いけどこれを岩川基地へFAXしてくれ。FAXって言う旧方式で助かったぜ。メールなら見落としてたらアウトだった。まあ、FAXもだけどさ」

 

「提督、ありがとうございます」

「よせやい。本来ならすぐにでも俺が片付けなきゃいけない仕事だったんだ。このザマだからな」

 

「もう2、3日でよくなると伺っています。大淀さん、そうすれば私もお手伝いいたしますので」

「妙高さん、助かります。では、私は早急にこれを返送してまいります!」

 

大慌てで執務室へ戻って行った。玲司には1つ懸念があった。それは…。

 

「そこまで問い詰めたから渋々今になって可の返信をした」

 

と言うこと。自分だってひょっとしたら「あそこはブラック鎮守府だ」と言う観念に囚われて散々返信もなく間を空け、気になったから聞いてみたらすぐさま返事がきたとなると、逃げるよりは招いて事実を隠し通すと言うことをやればいいだけだ。うーん…と頭をかく。

 

「提督。なるようにしかなりません。もし、仮にここがそのような場所と言う固定観念を持ってここに来られたのなら、それを包み隠さずお見せすればいいのです。きっとすぐわかってもらえますよ」

 

妙高が優しく言う。霞は隣で塗り絵だ。雪風からもらったクレヨンで楽しそうに何かを塗っている。

 

「妙高にそう言ってもらえると助かるねぇ…」

「こうして霞ちゃんが笑顔になり、怖い夢で泣き叫ぶことも減りました。皆さんの笑顔が何よりも、ここがそういう所ではなくなったと語っております。きっと信じてもらえますよ」

 

「ん、じゃあそれを信じよう」

 

笑って再び横になる。もうだいぶよくなった。早くよくなって、花見の準備がしたい。庭に見える桜もだいぶピンク色が濃くなってきた。もう咲いてしまう。散ってしまう前に、皆でまた楽しい催しをやりたい。そう考えている玲司は回復が待ちきれなかった。もう少し、もう少し…。

 

 

「あーもう!絶対提督が横で大淀ちゃんに指示してた!!!何て悪党なの!?」

 

受話器を切って提督の制服を着た、胸元のボタンがはちきれそうになっているほどの、ここの艦娘曰く、凶悪なスタイルをしている女性提督。七原すみれ提督が怒りでカンカンになっている。

 

「提督、落ち着きなって。ここで怒ったって仕方ねぇだろ?この間倒れたの見てたろ?」

「そうは言っても!あんなに必死に体調不良って言うんだよ!?絶対ほんとはもう治ってて、虐めてるところを見られたくないから断ろうって、そうやって早く切らせて逃げようとしたに決まってる!!」

 

怒り心頭。そんな言葉が似合う提督。正義感が強く、艦娘を誰よりも思う提督である。そんな提督が艦娘をボロ雑巾のようにこき使い、その、てやんでえみたいなことをしていると言うことをこのところずっと聞いていた。

 

白露型駆逐艦10番艦。岩川基地の初期艦「涼風」

 

初めて会った時から優しく、ケーキを作ってくれたりお出かけしたりととてもよくしてもらっている。自分だって、仲間が酷い目に遭わされているのは我慢できない。けど、提督と揃って怒ってしまうといろいろと見失うものが多いのだ。自分もカッとなりやすい性格だが、そうならないようにこらえている。

 

「お、提督見なよ。その横須賀鎮守府からの視察の返信だ。いいってさ」

「涼風ちゃん貸して!!5月ぅ!?なんで!?まだ1ヶ月も先じゃない!信じられない!」

 

返信の便りを見てぷるぷるしている。やっぱすげえでっけえ。何食ったらああなるんだろうな、あたいもあれくらい…いや邪魔だな…と寄せてあげた胸を凝視して考える。

 

「体調がわりぃんだろ?だったらしょうがねえだろ。ったく、提督はほんとせっかちだなぁ。あたいもそう言えたもんじゃないけどさ」

「ぬぬぬ…こんなこと言ってて絶対いろいろ隠すつもりだ!!んんん、抗議の電話入れてやるんだから!!!」

 

「あーあ、始まったよ。千歳さーん!ちょっと提督止めてくんないかなー?」

 

プルプルと怒りに震えながら、牛乳瓶の底のような丸い眼鏡を何度もかけなおしてブツブツ、遠くの三条提督に文句を垂れているのであった。その後、軽空母に改装された「千歳」に諭され、何とか日時を守ることを約束させたのであった。

 

 

七原提督が怒りに怒っているように聞こえて、どうしたらわからない…と泣きそうになりながら報告をしてきた件。七原提督。会議で何度か見かけた時はとんでもない厚いレンズでよく見えなかったが、こちらを時々凝視していたような気はする。あれは、睨んでいたのか。

 

「しょうがねえな。招いて本当に何もないってことを証明するしかないけど…。安久野のやり方を聞いてるとなると厄介だな…」

「うう、申し訳ありません。もう少しうまく説明できればよかったのですが…」

 

FAXを送ったはいいものの、やはり不安になって戻ってきた大淀。おろおろと不測の事態。それも別の人間がらみなのでキス島の時のような判別はできないようだ。

 

「まあ電話でそこまで怒り心頭だったんなら、聞く耳持たねえだろ。大淀は最善を尽くしたよ。ありがとな」

「ひゃっ…ふぁあ…ありがとうございます…」

 

頭を撫でると泣きそうな顔は消え、笑顔になった。ここの子達は頭を撫でると本当にご機嫌になる。扶桑でさえ、頭を撫でてほしいと戦果を取ってきた時に言うほどである。みんな素直でかわいらしいものだ。2人ほど怒るのがいるけど。

 

「ううう、ちくしょう、この変態がぁ…あたし達だからいいんだぞ。他の鎮守府とかの奴にやるなよな…セクハラで捕まっちまうぞ!」

「子ども扱いしないでよ!翔鶴姉にしなよ!コラ、やめろー!」

 

摩耶と瑞鶴である。摩耶の忠告はしっかり聞く。そんなつまらないことで横須賀鎮守府から離れる、提督をやめさせられるわけにはいかない。もっとも、うちの艦娘だからこそやっているんだが…。と玲司は摩耶のツンツンとした態度の裏側の「これは自分達だけの特権で、他の艦娘達にやらせるとクセになって提督が取られてしまうかもしれない」と言うデレを理解していないのだ。たまに五十鈴から「朴念仁」と呼ばれるのはこれである。嫌なら本当に撫でさせもしないのに。

 

「あ、あたしが一番今回は頑張ったんだぜ!だ、だから、ん!」

 

そう言って頭を差し出しているのだから、いい加減気づいてもいいと思うのだが。最上がいつも笑いをこらえている。摩耶は乙女だなぁ、といつも言われてもいる。

 

「かなり先延ばしにしちまったけど、まあそのぶん怒りを溜めてやってくるさ。そうして激怒してる中、この現状を見てどうなるか、ちょっち楽しみではあるな。カカカ」

 

笑っているが本当に憲兵でも連れてこないか心配だな…と大淀は思った。

 

「お兄ちゃんが艦娘にそんなひどいことするはずないもん」

「そうそう。それはあたし達も保証するよ」

 

「ひゃっ!?」

 

布団の中から島風。突然現れる川内。本当にこの子達はいつも驚かせに来る。

 

「にひひ、成功♪」

「やったね島風」

 

これが彼女なりの遊びであり、甘え方なのだ。妙高がクスクス笑っている。妙高も乗ったのか…。むーっと頬を膨らませて自分と妙高を睨んでいた。

 

「まあしょうがないよ。たしかあの提督、テレビであたし達が活躍して海を守っているって言うのを聞いて、大本営に感謝の手紙を送ってくるくらい、艦娘大好きっ子だからね」

 

さすがは川内。高雄に次ぐいろいろな情報網を持つだけのことはある。

 

「ま、それがいきすぎちゃって『艦娘は暴力装置だ』ってそのテレビの最後で言ってたみたいで、怒ってテレビ壊しちゃったくらいだから」

「そ、それもまた…」

 

「横須賀の艦娘全員引き取るから安久野を何とかしろって父さんに直談判してたくらいだし。兄さんが下りるって言ったら本当にそうなってたかもね。着任して3ヶ月の新米にそんなことはさせられないからと、兄さんが提督に就くって決まってたからそうやってごまかしたんだけど」

 

なるほど、と大淀と妙高が頷いていた。霞はと言うと玲司の布団でまた寝ていた。起こさないように霞の頭を撫でる大淀。くすぐったかったのか、もぞもぞと布団にもぐってしまった。

 

「で、その延長で俺がみんなを虐めてるってなってるわけか」

「んー、まあほんといきすぎなんだけどね…悪い人じゃないんだけど…」

 

「あとね、おっぱいがすごいよ!高雄お姉ちゃんくらいある!人間なのにすっごーい!」

「いや、それはどうでもいい」

 

えー!?と文句を言う島風。いや、まあ艦娘に囲まれているとそう言うことには疎くなる。高雄もそうだし、鹿島や扶桑、間宮。名取や五十鈴。いやいや何を考えているんだ俺は。しかし、玲司は艦娘に囲まれて生活をしてきたし、人間には興味を持たないのでまあ…。

 

「あーあ。あたしもここで生活したい。名取や阿武隈たちと話するの楽しいし。神通との鍛錬はいい刺激になりそうだしね」

「島風も住みたいよー。昨日はね、夕立と時雨と村雨と一緒のお部屋で寝たんだ。遅くまで起きてて摩耶に怒られちゃったけどね」

 

「あんた寝るのもはっやーいくせに」

「いつもはね。でも昨日はお話が楽しくって!夕立がね。お友達になろうって。だから、うんって」

 

「おー。そりゃえらいえらい!」

「にゃー!?お姉ちゃんのなでなで雑だから嫌!」

 

島風の髪がぐしゃぐしゃになる。もう!と直してもボサボサ。

 

「島風、おいで。久しぶりに」

「ほんと!やったぁ!」

 

膝の上に乗り、髪を梳いてもらう。以前よりも髪がサラサラだ。うちの妖精さん印のシャンプーとトリートメントのおかげだろうか。どうやって作っているのかは企業秘密らしい。わからない。

 

「ふんふん♪お兄ちゃんに髪梳いてもらうの久しぶり。ちゃんとがまんしてるもん。わがまま言わないって。お兄ちゃん、島風、えらい?」

 

「そっか。えらいぞ、島風」

 

そう言って頭を撫でると、グスッとすすり泣く声が。

 

「島風、あんた…」

「お兄ちゃん。グスッ、島風ね。ほんとは毎日お兄ちゃんにね。髪をね。梳いてほしいよ。お友達もあっちにはいないし…島風ね…うっ、寂しかったよ」

 

涙を流していた。明るく振る舞っていても、玲司が古井家にやってきて慣れてきてからからずっとお兄ちゃんお兄ちゃんと着いてきて回っていた子だ。妹を亡くしているだけに、新しい妹ができたかのように割と甘やかしていた。陸奥にも甘いわねぇと呆れられていたくらいに。ショートランドへ行く時も必死になって止めた。

 

「やだ!お兄ちゃんがそっちに行くなら島風も行く!!」

「島風。あなたは大本営所属よ。玲司君の艦娘にはなれないの」

 

「やだ!そんなの知らない!やだやだやだ!!!お兄ちゃんがいなくなるのはぜーったい!ぜーったい嫌!!!」

 

物凄く抵抗された。一晩中話をしてやっと納得してもらったものだ。瀕死で帰ってきたときはずっとそばにいたし。

 

「お兄ちゃん、横須賀に行くの?そっか、困ってる艦娘を助けてあげてね」

 

横須賀に行くときはそう言っていた。それはなぜかはわからないが、島風がわがままを言ってお兄ちゃんを困らせたから大怪我をして帰ってきた、と思い込んでいたらしい。そうしてわがままをかなり言わなくなっていたようだ。けれど溜まりに溜まったストレスが、ここに来て、顔を見て、出てきてしまったようだ。

 

「そっか。島風、えらいな。そっか、寂しいか…」

「うん…お兄ちゃんがいないのは…えぐっやっぱり寂しいよぉ…」

 

抱きしめて頭を撫でてやる。嫌なことを言われたりされたときはいつもこうしていると泣き止んだ。落ち着いた。今もグスグス泣きながらも落ち着いている。お腹に置かれた手を小さな手で握りしめる。おやっさん、ここに島風来させてよかったんすか…?そう思った。

 

「島風ちゃん?いる?ああ、やっぱりいました。うふふ、それを見るのも久しぶりね」

 

赤城がやってきた。島風を探しに来たらしい。それと同時に、自分たちの家で見かけた光景を久しぶりに見て懐かしくなり、笑った。

 

「……なあに、赤城お姉ちゃん」

「お父様からお電話があってね?ちょっと、いろんな人がこの間の会議で島風ちゃんをいつまで遊ばせておくんだって怖い人がいっぱいお父様に問い詰めたんですって」

 

「まだ島風にそんなこと言ってるのか…」

「やだ。島風はあんなつまんない人のとこ行かないもん」

 

「ええ。それはもちろんわかってるんだけど…島風ちゃんを異動させなきゃって…お父様が言っててね」

 

「やだ!!!」

「島風ちゃん、落ち着いて」

 

「やだ!やだやだやだ!!!!!あんな人たちのとこなんか行きたくない!!!!やだ!!!」

「島風、話を聞こう。な?おやっさんがそんな簡単に島風を行かせないって」

 

「ううー…」

「ふふ、ありがとうございます玲司さん。島風ちゃんの今後は、龍驤姉さんと同じ。いわゆる教官、と言うことになります。そして、その着任場所はここです」

 

「え…?」

「ですから、しばらくここで住み込みで駆逐艦の子達を鹿島さんと龍驤姉さんと共に鍛えてください、だそうですよ。玲司さんには、しっかりそっちで甘やかしてくれ、だそうです」

 

「……霰や文月たちに島風か…なんか大変になりそ…」

「がんばって♪では、私は食事にいってきまーす♪」

 

風のように去って行った。島風はぽかーんとしている。

 

「いいの…?島風、ここにいていいの?」

「いいみたいだぞ。期限も聞いてないしな」

 

「や、やったー!やったー!またお兄ちゃんのところにいられるー!夕立達とも一緒にお風呂入ったり一緒におやすみしたりできる!やったやったー!!!お兄ちゃん、夕立のところに行ってくるー!!」

 

これまた島風も嵐のように去って行った。霞が「うるちゃい…」と起きてしまい、島風の時のように抱っこしてあげる。

 

「島風ちゃん、よかったですね」

「しかし、原初の艦娘をここに3人も置いて大丈夫なのか…?」

 

「仕方ないね。あたし達、出撃全然してないからうるさく言われてるし。島風は特に駆逐艦って言うのもあって風当たりきついんだ。父さんもいろいろ考えてるみたい」

 

「そうか…めんどくさいもんだな」

「あたし達は気にしないけど、島風はそれでイライラしてること多いし。ここならのんびりできるでしょ」

 

「そっか…責任重大だな」

「ま、兄さんだから心配してないけど、何か言ってくる奴がいたら真っ先に父さんに連絡してね」

 

「はいよ」

 

食堂では島風が大はしゃぎし、それに便乗して夕立や文月、皐月、雪風まで加わって大騒ぎになり、北上と摩耶にまた「うるさーい!」とどやされるのであった。その時の島風の笑顔は、今まで大本営にいた時には見たことがないほどの、かわいらしい笑顔だった。

 

「うるさいのが増えた…」

 

そう言うのは龍驤。まあまあ、と明石がなだめていた。

 

(原初の艦娘を動かしたのは何か意図があると思うんだよねぇ…)と考える明石。その想像は明石の想像に過ぎないが、近からず、遠からずである。




島風、横須賀鎮守府に着任。ということです

せっかくできたお友達とまた離れ離れになるのは島風にはかわいそうかな…と思ったので。川内はその辺りはわきまえていますが、島風はとにかく子供っぽい性格にしたのでこうしたほいは笑顔は守れるかなと。大好きなお兄ちゃん(玲司)とお友達がいれば、島風は元気いっぱいです。

それでは、また。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。