提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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次回はお花見とします。そろそろお花見の話が書きたいので。

今回は司令官から逃げ回っていた子の視点を中心にお送りします。悪意しか知らず、壊れかけていた彼女はたくさんの優しさを知りました。温もりを知りました。そろそろケリをつけなくちゃ


第九十一話

朝の太陽の光が目を閉じていても容赦なく突き刺さるため、目が覚める。カーテンの付け方が悪いのだろう。姉が雑につけてそのままだ。いい加減自分が付け直さなきゃと思いつつもいつも疲れてそれどころではない。

こんなことなら陽の光が刺さらない二段ベッドの下の段にしておけばよかった。下の段ではそのカーテンを雑にドーンと付けた姉が片足片手を柵から出し、お腹丸出しで大の字で寝ている。まだ朝は少し寒い。昨夜も寒い寒いと言いながら布団にくるまっていたくせに…。

 

彼女。第八駆逐隊。朝潮型駆逐艦4番艦「荒潮」が姉にやや不満をぶつけつつ、ん、と大きく伸びをする。時刻は枕もとの時計を見てもまだ6時。昨日は鹿島の練習に加えて特別メニュー「島風を捕まえろ」と言う無理難題を吹っ掛けられたことで、もう足が痛い。今日は休みなのでゆっくり寝ていたかったのに…。休みの日は毎回こんなことを思っている気がする。

 

下で寝ている姉、大潮を起こさないようにゆっくりと降りる。いい気なものだ。妹が陽の光で毎朝いやいや起こされていることなんて知らずにすやすや寝てるんだもの。叩き起こしてやろうかしら…。まあ、いいか。布団をかけなおしてあげて部屋を出る。

 

駆逐艦寮もそうだし、他の寮もそうだが、部屋に洗面台はない。トイレも部屋の外だ。妖精さん特製の歯ブラシ入れを作ってもらい、ペンで自分の名前が書いてある場所の歯ブラシを取る。朝起きて必ずやることは歯を磨き、顔をしっかり洗って目を覚ますこと。一応、ドックで風呂に入ることも夜間でも禁じられてはいない。ただ、次の日の鍛錬のことを考えると、寝ないとつらいのだ。休みの日はいいけど。

 

「荒潮、おはよう」

 

顔を拭くタオルを忘れてどうしようか困っていた時に、一番上の姉である朝潮に声をかけられた。

 

「あら、朝潮姉さん、おはよう。顔を拭くタオルを忘れて困ってるんだけど~」

「はぁ、また忘れたのね…荒潮は朝弱いから。はい。私が使った後でよければ」

 

「いつもありがと。うふふ♪」

 

しっかりと朝の冷たい水を顔にかけて目を覚ます。

 

「荒潮。その…食堂には今日も行かないの?」

 

心配そうな顔で見てくる朝潮。ここ、横須賀に来て以来、ほぼ食堂には行っていない。それはまだ、あの人が怖いから。と言うのは最初の頃の話。今はそう、ここまで頑なに食堂に行かなかったことで、もう食堂に行くタイミングも。司令官に声をかけるタイミングを失ってしまっているのだ。

 

駆逐艦の仲間とは鍛錬のこともあり、会話ができるようになるまでにはなった。ただ、依然駆逐艦以外の艦娘とは扶桑以外は話せない。間宮でさえ、もうどうやって話しかけていいかわからない。姉達はもうすっかりなじんで打ち解けているらしい。

 

「……行きたい…けど…」

「けど?」

 

「どう、話しかけたらいいのか…わかんないの」

「うーん…」

 

朝潮も困ったのか腕を組んで唸っている。朝潮自身はおそるおそる食堂へ行き、間宮に話しかけられ、それを返し、ご飯を食べている最中にゾロゾロと他の艦娘もやってきて歓迎された感じだ。

 

「よかったぁ。ボク達のことも嫌いに思ってたのかなって心配してたんだよ」

「そうですね。とても怯えておられましたからね」

 

最上と扶桑がまず歓迎してくれて、そこから摩耶や大和、鳥海達とも普通に会話ができるまでに至った。その方法でとも思ったが、荒潮はまず食堂に行くまでさえの勇気もない。朝潮とは勇気の出し方が違うのだ。

 

「何してんのそんなとこで」

 

今度は3番目の姉「満潮」がやってきた。ああ、満潮にこのことを話すと怒るような気がする。内緒にしておこう。そうすれば、食堂に行くこともうやむやにできるだろう。

 

「おはよう、満潮姉さん。ううん、なんでも「満潮、協力してほしいの。荒潮がどうやったら食堂に行く勇気が持てるかと言うのを一緒に考えていたんだけど、思いつかなくって」

 

「なっ…」

 

遅かった。朝潮が一気に満潮に相談を持ち掛けてしまった。ああ、今からきっとうだうだと…。

 

「ふーん」

 

満潮はそう一言だけ返した。あらあら、興味がないって感じ?それなら嬉しいけど、でも…ちょっと寂しいかな…。

 

「簡単じゃない。誰かに背中を押してもらえばいいのよ。私たちはもうここで生活していくんだし、いつまでも食堂での食事を拒否するなんてできないもの。私がついていくわ。間宮さんと話は私がするから」

 

……?どうしちゃったんだろう、この姉は。前なら絶対「は?何それ意味わかんない。ばっかじゃないの?」と言ってケンカになるはずだったろうに。

 

「ほら、今なら間宮さん、私たちのご飯を作ってくれてるはずだから行くわよ。姉さんも」

 

そう言って手を取って引っ張ってくる。え、え…?と言いつつ、その手を振りほどくことなくなすがままにぐいぐいと引っ張られていく。朝潮がタオルだけ片付けにと言っても、いいから行くわよ!と言う。ちょ、ちょっと待って。整理が追いつかない。今から!?まだ少し寝ていた頭が完全に覚めたが、待ってと言える空気ではなかった。

 

/食堂

 

食堂に入るとすごくいい匂いがした。きっとお味噌汁の匂い。くぅ、とちょっとお腹が鳴ってしまった。

 

「おはよう、間宮さん」

「間宮さん、おはようございます!」

 

朝潮と満潮が食堂の現在の主、間宮に挨拶をする。暖簾をくぐって厨房から出てきてにっこりと笑いかけてくる。と同時に珍しい人…つまり自分を見て驚いているようだ。

 

「おはようございます、朝潮ちゃん、満潮ちゃん…ま、まあ、荒潮ちゃん!?」

「お、おはようございまぁす…」

 

うう、気まずい…。すごく喜んだ顔をしているじゃないか。こっちからは声をかけづらい。

 

「食堂に行きたくっても勇気が出なくて行けないって言うから連れてきたわ。これでいいでしょ?」

「さ、さすが満潮です!」

 

朝潮姉さんが満潮をキラキラした目で見ているが、こっちとしてはいきなり連れてこられてどうすればいいのか…。

 

「私もここでご飯をみんなと食べるって言えばいいのよ。あんたがそれを言ったらおしまい。何にも気にすることはなくなるわよ」

 

満潮がそう言うと間宮の顔がパァッと明るくなる。そしてニコニコと手を合わせてこちらが姉がそう言ったように言うのを待っている。何というタイミングの悪さか…。いや、あの時間ならどの駆逐艦が起きてきて、こうなるかもしれなかった。一番話しやすい朝潮と満潮であったのが救いか。

 

「あ、あのぉ…あの…私もぉ…一緒に、その…ここで、姉さんやみんなと…ご飯を食べたくって…」

「まあまあまあ!!よかったわぁ。荒潮ちゃん、いつもお部屋でちゃんと食べてくれてるけど寂しかったりしないかしらって心配してたのよ~。ふふ、今日はうんとおいしいものを作りますからね!」

 

間宮がいそいそと厨房に戻って行く。朝潮がお手伝いします!とお皿を並べ始めた。何となく、手伝った方がいいだろうと荒潮も自分から朝潮についていく。

 

「そう言えば、大潮姉さんは?」

「まだ寝てるはずよ~。荒潮が起きた時には幸せそうな顔で寝てたわぁ」

 

「あっきれた…起こしてくるわ。もう、今日は休みだからっていつまでもたるんでるんだから!!」

 

怒りながら大潮を叩き起こしにいくのだろう。その前になぜか、左手にフライパン。右手におたまを持っているが。

 

「間宮さん!また借りるわ!」

「満潮ちゃんも大変ねぇ…」

 

「ねぼすけが多いのよ!霰もそうだし、夕立に大潮姉さんに!叩き起こしてくる!!」

「今日はお休みでしょう?ゆっくり寝かせてあげなさいな。ご飯は逃げはしないし」

 

「う…それも…ううん、でも、だらけて…仕方ない。寝かせてあげるか…」

「満潮、そのフライパンとおたまは何に使うのですか?」

 

「ああ、そっか。いつもはちゃんと起きるから聞いてないのよね、姉さんと荒潮は。こうしてフライパンをおたまで叩くとすごい音がなるの。これで大体の子は飛び起きるわ」

「ええ…」

 

「鍛錬の時間に遅刻して連帯責任を取りたくないでしょう?時雨とこうしていつも起こしてるの。夕立や文月は常習犯よ」

 

どこかドヤァ…みたいな顔をしているのが気になったが、ああ、そのおかげで鹿島教官が最初に言っていた、時間を守れない場合は連帯責任で全員大回り10周の後訓練開始と言う罰則から守られているわけだ。満潮姉さんと時雨には感謝しなければいけない、のかもしれない。

 

「仕方ない。姉さん。私も手伝うわ。私はコップを出すから、姉さんと荒潮はお皿やお茶碗を出していって」

 

てきぱきと満潮が指示を出し、どこに何を並べるかまで細かく指示してくる。かなり手馴れている。

 

「満潮姉さん、詳しいのね~」

「別に。これが私の日課だもの。覚えていて当然でしょ」

 

「ふふふ。提督とお話ができる時間ですからね。満潮ちゃんは毎日、提督や私が作った朝ごはんを運んでくれるのよ」

 

「満潮、すごいですね!私もその朝からしっかり働く勤勉さ、見習わなきゃ!」

「姉さん、満潮姉さんはぁ。ただ、司令官と一緒にいたいだけよ~」

 

「は、はあああああ!!!??な、なななななにゃに言ってるのよ!?別に、そんなんにゃないわよ!!!間宮さん!いい加減なこと言わないでよ!!!!!」

 

「あらあら、ごめんなさい。そうなんじゃないかなと思ったのだけれど…」

「違う!違うったら!!」

 

「じゃあ、ど・う・し・て?どうして満潮姉さんは、早起きして食堂でお手伝いしてるのぉ?」

「そ、それは!司令官と間宮さんが2人だけで朝食の準備大変だろうなって!そ、それだけよ!!!頭、頭撫でてもらおうとか、そんなの考えてないんだから!!!」

 

最後の言葉で荒潮は答えがわかってしまった。にっこり笑っていると「何笑ってるの!?サボってないで早く並べて!!」と顔を真っ赤にして指示している。その姿は何だか笑えてしまって、間宮と目が合うとふふ、と笑ってしまった。

 

お皿を並べ終えてボーっとしていると、満潮が厨房に立って何かを作っている。頭には三角巾。制服ではなくジャージを着ていたのはこれのためか。

 

「姉さん、何を作っているの?」

「司令官の朝ごはんよ。やっと普通の料理が食べられるようになったらしいから、間宮さんに教えてもらっているのよ」

 

「満潮ちゃんはお粥も作れるし、頼りになるようになったわ♪」

「あらあら。司令官のためだなんて、満潮姉さんすごいわね~」

 

「別に。司令官に私ができる恩返しなんてこれくらいしか今はないもの。やっと実戦にも参加できる程度には、練度も上がったし、改装も受けたし。まあ、時雨や夕立のような改二にはまだまだ程遠いけど」

 

司令官への恩返し。たしかに、司令官がここに居ていいと言ってくれなかったらどうなっていたかもわからない。宿毛湾に返されていたかもしれないし、どこか別の、宿毛湾のようなところへ行かされていたかもしれない。もう艦娘として戦えない霞もここにいていいと言うし。

 

……

 

霞を見るたびに胸が痛い。あれだけ自分にも他人にも厳しく、戦闘でも頼りになった霞。今はもう見る影もない。恐怖で怯え、泣き喚く。誰とでもなくごめんなさいと謝り続ける。悪い子、いらない子と言い続ける…。私がもっと強ければ。霞をここまでになることもなかったろうに。

 

「霞…ごめん…ごめんね…霞に全部…怖くて、逃げて…う、うううう…」

 

横須賀に来て間もないころは罪の意識に駆られ、眠った時にしか霞の前に行くことができなかった。満潮から今の霞の様子を夜細かく聞いていたりもした。

 

「そんなに気になるなら霞本人に聞いてみなさいな」

 

そう言われて行けるわけないじゃないの、とケンカになったこともある。その度に朝潮に止められていたが。姉達は変わった。朝潮は少しずつ前向きになっている。大潮は朝潮姉さんといつもついて回ることもなくなった。朝潮が変わったこと、響と関わって自分に火の粉が降りかからないように逃げているだけにも見えるけど、他の駆逐艦とご飯を食べたり遊んだりすることも増えた。

 

満潮はいつも前向きだ。司令官を信じると一番に言ったのも満潮。満潮が自分達と横須賀の艦娘との仲の懸け橋になってくれた。扶桑も一枚噛んでいるが、結構厳しいことも言ったし、噛みつくような態度をとったこともあるが、背中を流してくれたり(この鎮守府のしきたり?らしい)もしたし。そのおかげか、ある程度いろいろなトラウマも多少なり薄れた。夜は暗くしても眠れるようになったし、ある程度すぐカッとなることもなくなったし、コミュニケーションも取れる。

 

ただ、どうしても。どうしても司令官だけは、まだ怖い。突然豹変してあの男のように暴力を振るったり、暴言を吐いて怒鳴り散らすんじゃないか。痛いのも大きな声も嫌いだ。何より、裏切られるのではないか。これに尽きる。これが荒潮を司令官から遠ざける最大の理由。仲良くしておいて、結局最後は「こうすればいろんな情報をくれたから。利用させてもらった」と言われるんじゃないか。

 

「駆逐艦なんざガキ相手にこういうのもなんだけど、あわよくばその気になって一発できねえかなとも思ったんだ。それだけだよ、お前なんて」

 

あの時、荒潮の心はピキッ…と言う音を立てて大きな亀裂が入った。その亀裂は、今も癒えていない。時々思い返しては頭が痛くなるし、そのせいで司令官に近寄ることすらできない。姉達や、妹の霰から大丈夫と言われても。まったくもって信じられない。けど…ここで生きていくには、満潮にも言われたが…司令官と共に生きていく必要があるのだ。

 

「沈まず、私たちとやっていくなら、みんなとも協力しなきゃいけないけど、何より司令官と信じなきゃ。私は…司令官を信じる。あんなに頭を優しく撫でてくれる人が、悪い人じゃない。…と思う」

 

以前そう言われた時は返答に困り、黙ってしまった。満潮もわかってくれていたのか、それ以上は何も言っても来ず、この会話は終わって無言の気まずい雰囲気となってしまった。

 

……

 

「ねえ、満潮姉さん?それ、作って司令官に持っていくの?」

「そうよ。もうだいぶよくなって、歩けるようになったって昨日聞いたけど、明石さんの許可がないとまだ仕事禁止の自室待機で動けないそうだし。オッケーが出るまでは私がやるわ。これくらいしかできないから」

 

「荒潮も…一緒に行ってもいい…?」

「へえ、珍しい。覚悟でも決めた?」

 

「なぁに?それ。満潮姉さんが言ってたじゃな~い。勇気を出さなきゃ変わらないって」

「……そうね。そう言ったわね。じゃあ、待ってて。もうできるから」

 

そう言うと目玉焼きを作っていて、お皿に乗せようとしたが勢いがつきすぎて黄身が潰れてしまい、ああ!?とか変な声を出していた。普段からは想像もつかないような声に笑っていたら睨まれてしまった。

 

……

 

「満潮よ。入るわよ」

 

ノックし、満潮であることを伝えて入室する。ドアは閉めない。

 

「はい、朝ごはん。ちょ、ちょっと失敗したけど…」

「はは、べちゃっといっちゃったなぁ。もっとソーッとな」

 

「わ、わかってるわよ!今回はちょっと失敗しただけ!」

「そう言うことにしておくよ。で、入り口でチラチラのぞき見しているのは、荒潮かな」

 

名前を呼ばれてビクッとなってしまい、隠れてしまった。しばらくして、気まずそうにソロソロと部屋に入ってきた。

 

「あらしおおねえちゃ!」

 

荒潮の姿を見た霞が笑顔で寄ってくる。ニコニコとご機嫌そうで安心した。霞はすっかり小さな子供のようになり、戻ることがない。それでも、笑って過ごせているのなら何も言うことはない。頭をなでると嬉しそうに目を細めている。

 

「霞…今日も元気ね」

「うん!かすみはきょうもげんき!えへへ」

 

んー!と抱き着いてきて頭を胸元でぐりぐりしてくる。少しくすぐったいけどかわいらしい。

 

「で、荒潮は司令官に用があるのよね?」

 

現実に引き戻す満潮の言葉に少しむぅ、と言いたくなった。もう少し霞を撫でて来てしまってやっぱり後悔したことを忘れていたかったのに。

 

「俺にか?どうかしたのか?」

「え、あ、あの、ええとぉ…」

 

霞が目玉焼きをはもはもしながら荒潮を見ている。司令官は真剣な顔だ。食事に手も付けていない。

 

「荒潮は後でいいからぁ。ご飯、せっかく満潮姉さんが作ってくれたんだし、熱いうちにぃ」

「いや、俺はそれよりも荒潮が俺に何を言いたいかが聞きたい。満潮には申し訳ないけどな」

 

「う、うう…」

「しっかりなさいな。これからの荒潮のことでしょ?」

 

「ゆっくりでいいよ。荒潮の口から聞かせてほしいな」

 

司令官は笑っている。その顔は、一切の裏表がない。駆逐艦全員が口を揃えて司令官は大丈夫。その言葉をようやく信じる時だ。

 

「あのぉ…あのね?私、私も…あの…ここ、ここの駆逐艦の一員としてぇ…司令官と一緒に…やっていきたいなぁって…」

「うん、うん」

 

「それで、それでね?初めて司令官に会った時、ひどいことばっかり言って…ごめんなさい。私…人が信じられなくって。あのね、私、人間にひどいこと言われて…裏切られて…それで…その」

 

スカートをぎゅっと握りしめ、しどろもどろになりながらも懸命に司令官に自分の思いを伝えていく。人間が信じられなかったこと。文月や皐月、妹の霰がずっと司令官のいいところを教えてくれたりとか。頭を撫でてもらった時の胸がポカポカすること。どうしてそんなに信じられるの…?と聞いたら、みんな同じことを言った。

 

「だって、私たちの司令官だもん!」

 

それだけだった。時雨や村雨は死を待つしかなかった自分たちがこうして楽しく生活できていること。この間の戦闘でしっかり出してくれて結果を出せたことはとても嬉しかった。司令官でなければこうはならなかった、と言っていた。吹雪は自分達と同じ境遇だ。

 

「私も最初は信じられなかったよ。でも、単純かもしれないけど。大丈夫って言う感じで頭を撫でてくれた時のあの温もり…あれで信じようって思ったんだ」

 

えへっとかわいく、ちょっと恥ずかしそうに言っていた。満潮は人を信じるのはこれが最後と言っていた。ならば、満潮と一緒だ。私も。私も裏切られたら満潮と共に海に出て、散る。それだけだ。

 

「だから。だからね?荒潮も、司令官を信じようって。そう、思ったのよ」

 

それだけ言うと俯いた。司令官の顔が見れない。司令官が次に何を言うのかが怖い。

 

「裏切らない」

 

短くそう告げられた。その言葉に顔を上げると、司令官は笑っていた。その笑顔と今の一言で、荒潮の胸がトクンと鳴った。顔が熱い。

 

「裏切らない。お前を見捨てもしない。朝潮、大潮、満潮にはもう言ってあるけど。荒潮には俺から声がかけづらかったからな」

「……ごめんなさい。私、司令官にひどいこと…」

 

「自分やみんなを守るためだ。荒潮はあの時、立派にみんなを守るために戦ってたんだよな。俺と」

「あ、う…」

 

「いいんだ。あの時、あそこから連れてこられてすぐだったしな。けど、よかったよ。こうして俺のところに来てくれるまでになった。来てくれてありがとう、荒潮」

「あ、あう…!」

 

スッと伸びてきた手に、以前なら怖かったかもしれない。今はただ、自分から手に頭を持っていった。そっと乗せられた手は温かく、少しゴツゴツしていたけど優しかった。すっと胸が軽くなった気がした。胸の痛みも…少し和らいだような。それどころか胸が熱い。

 

「ふふ、うふふふふふ。いいわねぇ、これ。満潮姉さん、ずるいわぁ。毎日こんなことしてもらってるのねぇ」

「はぁ?そんなわけないでしょ」

 

「みちしおおねえちゃ、まいにちいいこいいこしてもらってるよ。おねえちゃ、いつもにこにこ!」

「か、霞!しー!」

 

「かすみもだいすきだよ、しれーかんのなでなで。なんだかね、えへーってなるの。みちしおおねえちゃもえへーってなる?」

「な、ならないわよ!霞、内緒って言ったじゃない!」

 

「???あらしおおねえちゃもなでなでされてにぱーだよね。しれーかん、みちしおおねえちゃもかすみもなでなでー!!」

 

「こ、こら、私はいらな…司令官!いいって言ってるでしょ!!!」

「しれーかん、ぎゅー♪」

 

自分の姉妹がこうして幸せそうにしているのを見るのにあこがれたのはいつだったか。私だけ笑っているのはみんなにどう思われているのかと怖くなったこともあった。これだ。私が見たかった世界はこれだ。これがずっと続くと言うのなら、荒潮は司令官と共に…戦って、これが続くように頑張らなくては。

 

「うふふふ!!荒潮はぁ、一度好きになるとぉ。ずっと。ずーーーーっと離れないわよぉ?覚悟してね、司令官?」

 

「いいぜ。俺も独占欲は強いぜ。他の提督にも渡さないし、深海棲艦になんかなおさらさせねえ」

「うふ、ふふふふ!あはははははぁ!よろしくお願いしまーす!だ・か・らぁ。荒潮も、なでなでして~!」

 

最後の一言は子供っぽかっただろうか?いいや、吹雪だってなでなで、いいよ!と言って子供っぽくはしゃいでたくらいだ。こういう時くらい、子供みたいにしてもいいだろうと思う。満潮は顔を真っ赤にして、でも拒否することもなく、もっとしなさいよ…ってボソッと言ってたのがかわいかった。

 

新しい生活。新しい司令官。新しい仲間。ようやく、「宿毛湾泊地」の荒潮から「横須賀鎮守府」の荒潮になれた気がした。荒潮はようやく、笑顔を思い出したのだ。


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