提督はコックだった   作:YuzuremonEP3

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第九十四話

「あーあー、マイクチェック!ワン、ツー!では皆さん、司令に傾注!さ、司令、乾杯の音頭をお願いします」

 

「え?そういうのいるのか?飲んで食って普通にしてりゃいいんじゃ…」

「いけませんよ、司令。こういうお祭りごとにも、指揮をする方が必要なんですよ!」

 

「ほんとかよ…」

 

本日は晴天なり。玲司も艦娘達も待ちに待ったお花見の日がやってきた。朝から厨房は大忙し。玲司、間宮、大和に扶桑、翔鶴や朝潮達「第八駆逐隊」もお手伝いとして参加して大忙しだった。そんな目が回るような忙しさの中、本当に目を回していた朝潮達だが、玲司や間宮の「これ味見して。うまいか?」や「これを食べてみてください、どうでしょうか?」と料理を差し出され、味見させてもらっておいしさにテンションがアゲアゲ。おかげで皿出しなどの準備がサクサクと進んだ。

 

一方でお花見会場の準備も妖精さんの協力もあって、どこから出てきたのかわからない提灯(妖精さん作)や紅白の垂れ幕。ド派手な旭日旗など一体何をやるのか?と言うほど派手なものだ。敷物もブルーシートから赤の絨毯。

 

「あ、よごれてもきれいになりますのできにしないでください」

 

そう言って黒インクを垂らし、絨毯を汚す。ああ!と摩耶が言ったが、透明な液体を妖精さんが取り出し。

 

「はい!ようせいさんじるしのとくせいせんざいならがんこなよごれもこのとおり!がんこなきかいあぶらのよごれもこれいっぽん!」

 

「んなことしてねえで早くやるぞ!時間ないんだから!」

「まやさんはぶすいものですね」

 

そんなやりとりをしつつ、玲司のおにぎりを燃料にしゃかりきに働き、なんとか夕方に間に合った。玲司達も何とか間に合い、たくさんの料理、飲み物、お酒が並ぶ。島風達も含めてみんな初めてのことで、目が輝いている。そうして今に至る。霧島の謎の司会っぷりに疑問を抱きつつもマイクを受け取る。そもそもこんなマイクとスピーカー、どこから用意してきたんだ。

 

「あーあー。今日もいい天気。みんな。今日は全員集まってくれてありがとう。俺が着任して以来、誰一人欠けることなく、こうしてまた楽しい事ができることを嬉しく思う」

 

うんうん。と北上や摩耶、時雨や雪風が首を縦に振っている。しかもこんなド派手に。と玲司が付け足すとみんな笑った。妖精さんも一緒に準備を楽しみ、妖精さんの特別席も用意してある。色とりどりの金平糖。天然水のサイダー。これだけでいいと。でも妖精さんは目がしいたけのようになっている。

各地をさすらう妖精さんも噂を聞きつけては流れ着く。そして好き放題楽しくやれるこの鎮守府でまじめにやっている。伝説の戦艦、大和がいたり、風呂や部屋を好き放題やれるとあって、本当にモチベーションは高い。現在は図書館を建築中だ。あっと言わせてやるぞ、と意気込んでいる。

 

「今後もいろいろと楽しい企画も考えているし、今は妖精さんがマンガや小説をたくさん置いておける図書館も作ってくれてる。みんなが自由に楽しめる鎮守府をこれからも作っていくから、よろしく頼む。まあ長ったらしくしてると赤城が暴走するからこれくらいで」

 

「そ、そんな!ひどいです!私ガマンできますよ!」

「手の甲つねってガマンしてるんをやめてから言うんやなぁ、赤城」

 

「姉さんだってお酒をコップになみなみと入れて言える立場ですか!」

「し、知らんなぁ。こ、これはサ、サイダーや」

 

「お兄ちゃん!おっそーい!早く早く!」

 

「だー!お前らな!うちの子らを見習えよ!とんだワガママに育ったもんだな!」

 

あはははは!と巡洋艦や瑞鶴が笑う。真剣な眼差しで聞いている駆逐艦よりもガマンができない彼女たち。明石と川内は頭を抱える。陸奥と高雄に怒ってもらおうか…そう考えた。

 

「まあ、なんだ。そんなわけだから、今日は楽しくいこう。乾杯」

 

かんぱーい!と龍驤に教えられた通りに紙コップを掲げ、それぞれ入れられたジュースやお茶。一人はビール。一気に飲み干すんがしきたりや、と間違えたしきたりを教えられた彼女達はぷはぁと一気に…。

 

「ごほっごほっ!サイダー一気飲みはきついですよぉ…」

「名取、ほんとにやったの!?そんなことしなくていいはずよ」

 

「ふぇえ!?」

 

コップ一杯の炭酸飲料一気飲みは無理だろう。瑞鶴は鼻にきて見せられない状態になっている。

 

「はな…はながいだい!」

「瑞鶴、ほらチーンってかんで」

 

駆逐艦は炭酸が苦手。なのでみんなオレンジジュースやりんごジュース。

 

「けぽっ…ご飯が食べられなくなっちゃうよ…」

「けぷ…お腹…ちゃぷって」

 

「龍驤姉ちゃん!変なこと教えんな!ってか酒くさ!花見前からひっかけてたな!」

「今日くらい飲ましてーなー。えへへへ〜。きれいな桜におしゃけ。飲まにゃ損損!あはははは〜!」

 

「もうお姉ちゃん!だから言ったのにぃ…玲司君、ごめん…」

「どうする、明石。兄さん。処す?処す?」

 

「うちをどうするつもりや…?脅しにゃ屈しへんでぇ…」

「ふーん。反省しないんだぁ。これ、携帯電話。誰の番号でしょう?」

 

「む、陸奥姉やんか…」

「違いまーす。じゃあ電話してみよっか。兄さん、みんなの所に言ってあげて」

 

「お、おう…」

 

玲司が去った後、川内は電話をかける。無言で龍驤に渡す。ブツっとコール音が途切れ、もしもし。と声がする。その声に龍驤は崩していた足をバネでもあったかのように飛び上がって正座する。その顔は汗をかき、青ざめている。あ、あわ、あわわ…と慌てふためく。

 

「お久しぶりですね、龍ちゃん。お酒は飲んでも飲まれるな。昔そう言って一晩中お説教をしましたねぇ。木曾ちゃんや利根ちゃんに酔って嘘を教えて大泣きさせましたね?」

 

「い、いや、その…はい。せやけどな、鳳翔。うちの話も…」

「龍ちゃん、川内ちゃんに代わってもらえますか?」

 

全部言い終わる前に遮られ、無言で川内に渡し、事情を説明するとすぐさま電話を差し出してくる。

 

「ふふふ。龍ちゃん。今度お店に来てもらえるかしら?ちょっと陸奥ちゃんのお灸じゃ足りないみたいね?」

「あ、あの…」

 

「お返事は?」

「わかりました。行きます」

 

「うふふふ。じゃあ、楽しみにまってるわね」

 

電話は通話終了の一定の音を出すしかもうしない。龍驤を叱る最終手段。それは原初の艦娘さえ震え上がる恐怖の存在。それはかつて父の友人であった男が率いる、軽空母ながら総旗艦で重編成隊を率いた「鳳翔」である。その指導の厳しさ、激しさ、そして怒った時の恐ろしさは陸奥や高雄でさえ震え上がるほどである。もっとも彼女達は怒られたことはないが。怒られるのは大体龍驤だけだ。

 

「おとなしく飲むんならあとで鳳翔さんに減刑してもらうけど」

「ユルシテ。ユルシテー」

 

「はあ…これで大丈夫かな…絡み酒しそうだったし、鳳翔さんに電話しといてよかった…さ、私も付き合うから飲も」

「アッハイ」

 

「さ、私も大淀達と話してくるね」

「おうっ!島風もいってきまーす!」

 

赤城は扶桑達と一緒にゆっくりご飯を食べている。カチカチに固まった姉にため息をつきつつも、自分も日本酒を飲みつつ、満開の桜を眺めていた。

 

「明石、龍驤さんどうしたの?」

「ああ、お酒の飲み方が悪いから叱ってもらったんだ」

 

「そ、そう…」

 

大淀がやってきて若干引いている。龍驤はちびちびゆっくり飲んでおとなしい。なるほど、いつも賑やかな龍驤を黙らせることができる人がいるらしい。陸奥ではない?ま、まあいいか。

 

「んー、いい桜ねー。私もこんなのするの初めてなんだけど」

「そうなの?」

 

「そりゃあ、まあ、私達がこんなことしてるなんて聞いたらうるっさい人達ばっかりだったからねー。整備も早くしろ、これをやれ。サボるなってうるさいしさ。夕張はまだ愛想がいいからマシだったけど。私、あそこの人たち嫌いだったから。愛想悪かったしね」

 

「私たちだってそうよ。提督には感謝しなきゃ。見て、みんな大はしゃぎ。ふふ、楽しそうね」

「玲司君の企画はおもしろいね。私たちを家族と呼ぶのはお父さんと虎瀬のおじさんだけ。でも、こうやって飲んで騒いでができるのは、監視の目もないこういうとこでなきゃね」

 

舞い散る桜を目を細めて眺める明石。反艦娘派の監視があり、おちおち姉妹でじゃれ合うこともできない中で10数年。ここまで毎日楽しいことはないと言う。毎日楽しそうにしているが、ここに来る前は本当につまらなかったと言う。

 

「お姉ちゃんもハメを外しちゃうのはそのせいなんだけどね。まあ、今回は大目を見て鳳翔さんのお叱りはやめもらうことにするか…」

「あはは…ほどほどにね…」

 

「玲司君がいなくなって余計につまんなくなっちゃって。でも、まさかすんなりここへの異動が叶うのは予想外」

「原初の艦娘。司令長官から動かすのは…きっと何かあるのね…よほど」

 

「お父ちゃんが引退を考えとるんと、うちらのガス抜き。玲司の協力をせえっちゅうんが少々。結局は、ごちゃごちゃうるさい連中からうちらを離したかった。島風は精神的にやばかったし。心配なんは、また玲司ばっかり贔屓して、って懸念かな。ま、そんなんはどうでもええこっちゃ」

 

明石が驚くには十分な言葉ががたくさんだった。龍驤は桜の木にもたれかかりながら、酒を飲む。酔ったフリだったのか。明石を不敵に笑いながら見つめている。

 

「原初の艦娘は次世代の『艦娘と共に生きる覚悟がある提督』に引き継ぐ。まずは玲司。木曾、利根、磯風はたぶん九重のお坊ちゃんやろ。玲司が昔と変わってないか見極める。まあ、当たり前やけど杞憂やった。原初の艦娘の所有権を手放したんが運の尽きや、清洲のおっさん。原初の艦娘の全権限はお父ちゃんと虎瀬のおっちゃん。

誰がなんと言おうと、うちらは近いうち、玲司のもとへ来る。陸奥姉やんも、高雄もな。ま、まだあと数年はかかるけどな。今は前準備や。今はとりあえず祭りを楽しもうで〜」

 

再び猫のように目を細めて高そうなお酒をコップにドバドバ注いで飲んでいる。水のように高い酒を飲む龍驤。父からいろいろ聞かされた。まずは龍驤。次に明石。島風。ゆくゆくは全員。あるいは別の信頼できる提督か。それはまだわからない。こんな話はこんな時に長々とするもんじゃない。綺麗な桜。綺麗な三日月。これを眺めてしみったれた話なんかしてたらいい酒がまずくなる。今はただ。静かに飲んでいたい。賑やかにしてるけど、あのどんちゃん騒ぎには入れない。どうも苦手だ。

 

「龍驤さん、何こんなとこでしみじみ飲んでんだよ!ほら、一緒に飲もうぜ!この酒、間宮さんが用意してくれたんだけどうんまいんだって!」

 

「うまいてそれうちのお酒やん!!こ、こらー!おい間宮ァ!何してくれてんねん!!!うちの秘蔵の!ああああああああ!!!なんや今日は踏んだり蹴ったりやーーーーー!!!」

 

しんみり飲みたい。それは龍驤の叶わぬ夢となった。

 

………

 

「提督!ささ、こちらへどうぞ!」

 

大和が座布団を用意してくれる。膝の上には霞を乗せて、霞に料理を食べさせてあげていた。

 

「ああ、ありがとう。楽しんでるか?」

「はい!皆さんと一緒にわいわいとお外で食べるのは楽しいですね!ね、霞ちゃん!」

 

「うん!おはな、きれいだしごはんおいしい♪」

「そうか。ならよかったよ」

 

霞の頭を撫でるとえへへーと嬉しそうに笑っていた。玲司が腰を下ろすと雪風や北上がやってくる。雪風が霞を真似て玲司の膝に座る。なので玲司も大和を真似て雪風に卵焼きやタコさんウインナーを食べさせるとすごく嬉しそうにしていた。倒れてしばらく甘えられなかった(と言っても最後の方は毎日夜寝に来ていたが)反動だろう。かなりべったりである。玲司に自ずと挨拶やもう一度乾杯をしに人が集まる。

 

「古鷹、祥鳳、楽しんでるか?」

「はい!とっても楽しいです!」

 

「はい。ご飯はおいしいですし、皆さん、本当に良くしてくださるのでよかったです」

 

「今日はこれからの出撃のこととか、そういうのはなしだからな。思い切り楽しんでくれよ」

 

はい!と元気よく返事をして、古鷹は巡洋艦のみんなのもとへ。祥鳳は瑞鶴のもとへと向かって行った。ゴーヤやイムヤは駆逐艦と一緒にはしゃいでいる。イムヤは元気すぎる文月や皐月を落ち着かせようとてんてこまい。朝潮は響が酒を飲もうとしているのを止めているようだ。大潮が何か遠い目をしているが、何をやらかしたのか…?

 

「何もないわ。こんな時まで明日かけっこで勝負しようとか言い出して、私たちを巻き込もうとしてるからよ。霞を近づけさせられないわよ、まったく」

 

満潮が怒りながら避難してきたらしい。満潮に霞が甘えだして嬉しそうである。卵焼きを食べさせてあげると霞はもっと、と甘える。良く食べる。食欲も出たし精神状態も落ち着いている。古鷹や祥鳳たち、新しく着任した子たちとも比較的良好だ。ゴーヤの語尾の特徴であるでちを真似ていたり。安心した。何もかもを拒否していたような来たての頃を思うと、ホッとした。

 

「霞ちゃん。よかったですね。お姉ちゃんに食べさせてもらって」

「うん!みちしおおねえちゃはとーってもやさしいよ!」

 

「そ、そんなことないわよ…ふふ…」

 

満潮も緊張感がひしひしと伝わって余裕があまりない感じだったが笑顔を見せてくれたりと明るくなった?卑屈なこともあまり言わなくなった。朝潮たちの問題もほぼ解決した。心配だった荒潮も落ち着き、ちゃんと話をしてくれる。妙高は事務を手伝ってくれるようになった。大淀たちも大喜びである。いい風が吹いている。ショートランドの時よりも、もっと。みんな、俺はこの先、この子たちといい関係を築いていくから。見守っててほしいな。

そう目を閉じて思った。1つ暖かい風が吹いた。桜の木を揺らし、桜吹雪が舞い散る。大騒ぎしていた巡洋艦や空母も。静かに食べて飲んでいた大和や扶桑、北上たちも、美しいピンク色の吹雪に見とれる。

 

「綺麗ですね!司令官!ここにこれてよかったなぁ…」

「桜吹雪って言うんだ」

 

「私の名前が入ってますね!わぁ…」

 

玲司に名前を呼ばれているよう感じた吹雪は嬉しくなって満面の笑顔で天を仰ぐ。かわいいやつ、とジュースをあおった。

 

「ねえねえ、しれーかん。あそこのおねえちゃたちはこっちにこないの?」

 

霞が突然指差して疑問を聞いてきた。霞が指差す先を見るが玲司には誰もいないと認識した。しかし、この子が指差す先。それは…北上が建てた小さな小さなお墓。北上が凍りついた。

 

「誰もいませんよ?」

「いるもん!せがたかくって、くろいかみのおねえちゃと、ちゃいろいかみのみどりのふくをきたおねえちゃ!」

 

その2人目の印象を聞いて北上はコップを落とした。

 

「おおい………っち?」

「嘘だろ…長門さんか?」

 

摩耶も反応した。悔やんでも悔やんでも悔やみきれないわだかまりを残し、何一つお礼も謝罪もできぬまま逝ってしまった人。

 

「ねえ、霞。そのお姉ちゃん、どんな顔してる?」

「え?んーとね。わらってるよ。きたかみおねえちゃをみて、すごくさっきよりわらってる。くろかみのおねえちゃも、わらってるよ」

 

その言葉に吸い込まれるように墓へと歩いていく。一歩進むたびに、目が熱くなっていく。

 

北上さん。

 

会いたかった。ずっと。夢の中では、いつも寂しそうに笑ってたね。

 

北上さん。どうか。

 

ねえ。あたし。一人で幸せになっていいの?大井っちを置いてあたしだけ。それでもいいの?

 

……幸せになって。

 

本当に。いいの?ねえ。ずっと我慢してたんだ。あたしだけそんなことになっていいのかなって。

 

いいんですよ。

 

ああ、大井っち……。

 

北上さん。どうか。幸せになって。私の分も。そうしたら、私も幸せだから。

 

うん………うん!

 

墓の前にたどり着いた北上はそのまま崩れ落ちるように膝をついた。小さな墓石を大事に大事に撫でながら、大粒の涙を彼女は流す。

 

「大井っち……大井っちぃ……う、うううう。あたし、あたし……いいんだよね…うあっ、大井っち…!大井っちいいいいい!!!」

 

堰を切ったように大きな声をあげて泣き出す北上。その肩をぽんと叩き、となりにしゃがむ摩耶。その顔は穏やかに。笑っていた。

 

「長門さん。見てっか?見てくれよ。長門さんが、誰よりも。ずっと、ずーっと!願ってた笑顔が絶えない鎮守府だよ。新しい提督。見えるか?あいつが変えてくれたよ。見てくれよ、あんたがすごく心配していた時雨や村雨も元気だぜ」

 

「みんな、みんな楽しいよ。もう、誰も沈まないからね…」

「そうだよ。もう、もうあんなこと。ぐっ……長門さん………ごめん。ごめん…なさい。あんな、あんなひどいこと……う、ううう…あああああああああ!!!」

 

「摩耶!!」

 

最上が摩耶のもとへ駆け出す。大泣きする摩耶の肩を抱きつつ、最上も長門への謝罪を口にしながら泣き出した。かつてこの鎮守府のリーダーだったと言う長門。その信頼の大きさは見ていてわかる。摩耶に最上、謝っている理由はいろいろあるのだろう。それは彼女たちの心の中にずっと仕舞い込んでいた澱。言いたいのに言えない言葉。それはようやく涙とともに…。

 

「霞にだけ、見えてるのか…」

「しれーかん、みえないの?あそこでまよおねえちゃときたかみおねえちゃの前で笑ってるよ?」

 

ああ、笑ってくれているのか。ああ、でも長門さんなら「それくらい気にするな」と本当に笑って許してくれそうだった。最上も摩耶も大声でようやく泣けた。今まで吐き出すこともせず、できず。泣くことも我慢してた彼女たちはようやく「もういいんだ」と言葉を聞けた気がする。その笑っていると言う霞の言葉で。

 

「英霊…か。何の未練もなく、恨みも怒りもなく。ううん、怒りや恨みはあるだろうに…ここでみんなを守りたかったんだね…」

「そんな英霊は初めて聞くで。ほんま、ここはほんまに、なぁ」

 

英霊。青葉も言っていた気がする。金剛は桜の花びらとなり。光の柱と共に消えたと。深海棲艦になることを拒み、霊体となりながら艦娘や絆の強かった提督を見守り続けるという。横須賀の多くの艦娘は深海棲艦となってしまっただろう。しかし皆を守るというとても強い想いと。ただ一人の幸せを祈り続けたこと。これが深海棲艦の因子を退けたのだろう。その想いの強さは2人ともいかばかりか。そこまで強い想いを持って残っているのだろうが、計り知れない。

 

雪風もいつのまにか北上のもとへ行き、大泣きする北上に抱かれていた。優しい顔をして、長門と大井がいるであろう場所を見つめている。

 

「ね、ねえ霞ちゃん!あそこにいるのって2人だけ!?そこに、そこに青い袴をはいた生意気そうな顔した空母っぽい人、いない!?」

 

瑞鶴が霞に聞く。それはたぶん、瑞鶴が幾度となくぶつかった空母「加賀」のことを指しているのだろう。何を言い出すかはわからないけど…と翔鶴は不安に思った。

 

「え?んーとね。いないよ」

「そ、そっか。ありがと」

 

「何よ…いたらお礼の一つくらい言ってあげようと思ったのに…きっと、加賀さんもどこかで見守ってくれてるよね…?」

 

ぶつぶつと文句を言うが、今なら自分の考え、あの時加賀に言ったことが間違いだったとちゃんと謝れると思ったのだけど。ううん。いつかどこかで、また言える時が来る。そう信じていた。長門にもかなり世話になったが、やっぱり加賀と話をしていた時間、背中を預けていた時間が長かった。

長門には感謝している。しかし、それ以上に加賀に言われていた言葉。それをずっと引きずり、最後には姉や仲間に大きな迷惑をかけた。時間がかかってしまったが、ようやく加賀の教えが理解できた。だから…どこかで会えるといいな。桜を眺めて瑞鶴はぐいっとジュースを飲み干した。

 

一方で北上は名取を連れてきて鎮守府を救ったのはこの子だよ、と言うと大泣きを始めた名取。そうだな。ここを大きく変えた功労者だもんな。北上も長門に鎮守府を託され、みんなを守ろうと必死だったし。玲司は大泣きする北上や名取のもとへ行き、頭を撫でる。

 

「れいじ…」

「……口でしか言えないけど。今後もみんながここで楽しくやっていけるよう、俺も頑張る。だから、見守っていてくれ。安らかに…」

 

小さく祈りを捧げると、一同で手を合わせてみんなも手を合わせた。

 

………

 

「ぐすっ…ごめん…せっかくの楽しい雰囲気ぶち壊して…」

「うう、ううう…北上ぢゃん…」

 

「お、おう!しんみりしちまったな。さ、もう一回パァッといこうぜ!」

「うんうん。さ、提督。もう一回頼むよー」

 

「は?俺かよ」

「そりゃあ提督はここの代表だもん。しっかり頼むよ」

 

「あー、わかったわかった!」

 

そういうとまたかんぱーい!と音頭をとってまたジュースを飲み出す。長門たちも賑やかにしている方がいいだろうとのことだ。

 

「鹿島ー、玲司にお酌してあげなきゃー。お色気担当なんだからさ」

「ええ!?わ、私がですか!?っていうか、お色気担当って何ですか!?」

 

「ほれー、早くー」

「ままま、待ってください!あわわ、そんなのやったことありませんからぁ!」

 

「鹿島、あんまり無理しなくても…」

「じゃ、じゃあ私、不肖名取が司令官さんのお酌をさせていただきます!不束者ですがよろしくお願いします!」

 

「おい、名取落ち着け!なんか違う!」

「あははは!いいぞ、名取!いけいけー!」

 

「おら、摩耶!煽んな!」

「では、私、扶桑も続きまして…!」

 

「扶桑!?なんだこれ、どうなってんだ!」

 

しんみりした空気にはならない。それでいいのだ。横須賀鎮守府は明るく騒がしい方が今は似合っている。楽しい花見はまだまだ続く。ご飯もジュースもドンドン減っていく。その光景に、口をおさえて笑う長門と愛しそうに北上を見つめる大井だった。やがて2人は、風に舞う桜吹雪と共に、消えていた。

 

『ありがとう』

 

最後に霞はそんな声を聞いた気がする。

 

「あい。どういたまして」

「???霞ちゃんどうしたの?どういたしまして、ですよ」

 

「あそこのもういなくなっちゃったおねえちゃたちに、ありがとうっていわれたから。どういたましてって」

 

大和はちゃんとお返事ができてえらいですね、と抱きしめてあげるとえへへ!と嬉しそうだった。長門たちの最後の礼は、霞だけしか知らないものになった。霞にしか見えないもの。聞こえないもの。けど、霞はそんなものは興味がない。優しいお姉ちゃんとお友達。司令官がいればそれでいいのだから。

 

「しれーかん、かすみもやるー!」

「よーし、じゃあ霞にも入れてあげような!」

 

えへへへ!と喜ぶ霞。ご機嫌な霞は玲司の膝に乗り、玲司を見上げる。

 

「しれーかん!さくら、きれいだね」

「ああ。本当に。来年もまた一緒に桜を見ような」

 

「うん!やくそく!」

 

2人で桜を見上げ、指切りをして約束をした。来年もまた、楽しくみんなでこの桜を見れますように。大きな桜はまた、来年も美しい花を咲かせるのだ。

 

 




お花見編でした。

英霊、深海棲艦。どちらになるのかと言う判断は難しいです。一片の未練がなくとも沈む際に怨念にほだされて奥底から怨みを引きずり出され、深海棲艦になってしまうこともあります。深海棲艦の因子も誘惑も跳ね除けるほどの強い想いを持つ者が英霊になります。その数はおそらくは少ないでしょう。そんな自己設定です。

そろそろ新しい艦も増やしたいですが、新生活が始まりますので進捗が遅くなりそうです。失踪だけはしたくありませんが、間隔が空いてしまうかもしれかせん。恐れ入りますが、気長にお待ちください。

それでは、また。

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