どうしても気になった時雨が1対1で対話を試みます。
どうぞ、とその辺にあったパイプ椅子を用意してくれる。どこから見つけてきたんだろう、こんな物…と思う。皐月達の事だから、探検して見つけてきたんだろう。腰掛けると戦艦棲姫は布団に座って笑ってこちらが話しかけるのを待っている。
「何から話せばいいかわからないと言う顔ねぇ。そうよね。そもそも艦娘が生活する鎮守府に深海棲艦が居ると言う事自体が異常だもの。私はあなたを襲う気はないわ。襲うメリットがないもの。そしてそれは…サツキ達を裏切る行為ですもの」
「皐月達を?」
「そうよ。サツキとフミヅキは私にほら、布団や何やらを運び込んでくれて、私をここへ匿ってくれた。あの子達に恩を返すまでは、私はここに居たいもの。鎮守府からは大きな死角。よくここを見つけたと思うわ…」
遠い目をして皐月と文月を思う戦艦棲姫。その目は、今まで見てきた人型の深海棲艦のように、憎しみに満ち溢れているものでも、イ級や軽巡のように無機質なものでもない。自分の提督のように皐月達を慈しむかのような目をしていた。この人は優しい。警戒が薄れていく。
「優しい目…をしているね」
「あら、ありがとう。サツキ達もそう言ってくれたわ。さて、まず何を話せばいいかしらねぇ…」
ふうん…と考える。この人、いろいろと色っぽくてドキドキする。扶桑とは違う、本当にこっちがドキッとするほど色っぽい。綺麗な目。整った顔。長く綺麗な髪。大きな胸、スラッとした脚。胸元が開いた黒いワンピース。瑞々しい唇に目が行ってしまう。
「なぁに?私をそんなにジロジロと」
「あ、ごめん…すごく、色っぽいなって…」
その言葉を聞いてキョトンとしていたが、うふふふふふ!と口を押さえて笑い出す。その仕草さえ、色っぽいというか。
「うふふふ、ごめんなさいね。そう言われるのは初めてねぇ。破壊の姫、絶望の黒い死神とは言われたけど。私はその名、好きではなかったけどね。始めから私は戦う気がないと言うのにね」
「始めから?生まれてから戦う気はなかったってこと?」
「いいことを教えてあげるわね。深海棲艦の中には、もう本当にごくわずかだけれど、争いを嫌う子もいるのよ。艦娘にも、争いを嫌う子がいるでしょう?」
確かにいる。争いを嫌い、戦うことを好まない艦娘はいる。しかし、戦艦棲姫と言えば非常に戦闘を好み、多くの艦隊に絶望を与えるものだと認識している。絶望の黒い死神。言い得ている。
「戦艦棲姫が争いを好まないなんて、おかしな話でしょう?よく言われたわ。姫でありながらなんて腰抜けで情けないって。でも、嫌なものは嫌なのよ。シグレは何のために戦っているの?」
「僕?僕は…そうだね。この鎮守府のみんなと生きたいからかな。提督に、皐月や扶桑。みんなみんな、僕の宝物だよ。それを守るために戦いたい」
「いいわね…そう言うの、好きよ。そう言う戦いもあるのね…深海棲艦が戦う理由はほとんどが破壊の衝動と復讐よ。深海棲艦は生まれた時から人を、船を。あらゆるものを壊せ。よくも自分達を沈めたな。そうした衝動で動いている。知識のないイ級でさえ」
深海棲艦の活動理由はよく聞いている。沈んだ艦娘も彼女らの恨みに捉われて深海棲艦と化す。前の提督は新たな艦娘を作り出しては沈め、深海棲艦を生み出していたんだと思う。今の提督は自分たちを大事にしてくれて、深海棲艦になりかけた雪風や、深海棲艦と化した響も助けてくれた。本当に…感謝している。
「私はね、ふと目を覚ますと海に立っていた。もうどれくらい前かもわからない。その時、私の目には…海に沈みゆく大きな夕陽を見たわ。その光景があまりにも美しくて…泣いていたわ。何て美しい夕陽なんだろう。その光景が忘れられず、次は煙と…血と、悲鳴と。そして夕陽。それが怖くなってしまってね…」
「それが、戦う理由をやめた理由?」
「いいえ。もともと戦う気はなかった。遠巻きに眺めていただけ。一方的に深海棲艦側がやられていたわ。それがまあ、私が呆れられる理由だったんだけど」
本当に戦う気がなかったんだ。彼女はそれから、艤装を展開することもままならなくなっていったと言う。一種のトラウマだろうか?彼女はただただ、沈みゆく夕陽を眺めることで心を落ち着かせていた。
「もう一隻、私と同じく戦いを極度に嫌う子がいたわ。同じ姫であり、戦うことを好まない深海棲艦同士で仲良くなった。そうして私たちは争いを好まない深海棲艦の中でも、戦艦ル級やタ級、リ級。ヲ級もいたわね。そうした集まりもできて、よく言い争いも起きた。結局、居場所を失い、転々とあちこち逃げ回る日々…。」
「どうして?」
「深海棲艦は戦いこそが生きる道。そこに争いを好まない者は必要なはずもないわ。行くあてもなくさまよい、少しずつ私たちは数を減らしていった。もう一隻の姫はもともと動くことが苦手な子だったから、小さな無人島で別れたわ。艤装もないから反応されることはないでしょうし」
「そう…だったんだ。なんて言うか…大変だったんだね」
「そうねぇ…今となってはいい思い出かしらね…あの子、今でも生きているのかしらねぇ…共に生きてるタ級がいるはずだけど」
お供と共に生きているのか。名前を聞くのは野暮だろう。名前とどこにいるのかを聞いたところで、自分たちが探しに行けるわけではないのだから。この人もかなり苦労して生きているんだな…。
「それで、どうしてここに?」
「数年前、私は殺されかけたことがあるの」
「艦娘にかい?」
「いいえ。深海棲艦に」
そう言って立ち上がり、ワンピースの肩紐に手をかける。そして、手を動かし…パサリ…とそのワンピースを下ろした。露わになる彼女の体。青白い体ながらも艶めかしいもので。腹部に何か、大きな傷があった。後ろを向き、髪をかきわけると背中にも大きな傷。
「死に損なった結果よ。本当なら貫通していて死んでいるはずだった。どういうわけか…生きているけどね。首にもほら、引き裂かれた跡があるでしょう?」
首筋にも3本の傷が。肉が盛り上がり、傷が残ってしまっている
「醜いでしょう?深海棲艦は恐ろしいものを作り上げたものよ。私は命からがら逃げたわ。逃げて、逃げて…ここにたどり着いた。たまたま身を隠せる穴があった。そこで数年、傷を癒した。逃げるに逃げられず、そこで生活を始めた。と言っても、別に食べずとも生きていけたからね。それがここ」
「そうなんだ…それで、なんで深海棲艦に…」
「ソレは深海棲艦の技術の粋を集めて作り上げたモノ。完全なる破壊のため。全ての人間を。艦娘を殺害するため。ただただ全てを壊すために生み出された存在。そのバケモノの名は『戦艦レ級』」
胃がギュウッと小さくなって吐き気を催すような恐怖を感じた。ただ彼女の言葉だけでも身がすくみあがるような感じを覚えた。できれば…出会いたくないなと思う。戦艦レ級。覚えておこう。
「ただ、それに特化しすぎて深海棲艦でさえ制御ができないものになった。気に入らなければ深海棲艦でさえ殺す。私も戦わないことを理由に生きている意味はないと言われて襲われたわ。私と共にいてくれた子達が助けてくれた。その子達は全員殺されたけど…」
「深海棲艦も、統率できているわけではないんだね」
「ええ。数ばかり増えて下らない派閥のようなものができてね。そう言えば、その中でも1、2を争う権力を持っていたであろう戦艦水鬼が沈められたと聞いたわね。人間の艦隊に。1000を超える深海棲艦を率いた大艦隊であったと聞いていたけれど…」
と、言うことは今空母棲姫がトップか…とブツブツ言っている。提督の手伝いをしていると時々大淀さんに愚痴をこぼしていることがあるな。大本営も司令長官と副司令長官で人が分かれてしまって統制が取れていない。おかげで指揮もバラバラ。まとまらないからじわじわと海を取り返されていると。それはこちら側だけではないんだ…。
「なまじ、生命力が強すぎると言うのも問題ね。おかげで跡は残ってしまったけど、生き残ってしまったわ。まさか、ここが見つかって私がいるのに秘密基地にされるとは思ってなかったわ。おかげで、今は楽しみが増えたわ」
「そっか。楽しみって言ってくれるのは嬉しいな。皐月も文月も、本当にいい子だから」
「ええ。きっと提督が良いのね…。あなたは皐月達よりここにいる時間が長そうね。良かったら、あなたの鎮守府と提督のこと、教えてもらえないかしら?」
ええと…と最初に言って、自分が生まれてからのことを話をする。生まれて自分は1年半くらい。提督や人間がどうしようもなく、いつも誰かが泣いていたこと。自分は妹と共に重傷を負い、ずっと臭い部屋で寝かされていたこと。もう1人の妹に苦労をかけたこと。暴力が横行していたこと。
「ちょっと待って。何それ。そんなことが許されるの?人間は、レ級のようなろくでなしばかりだと言うの?」
「ち、違うよ。今の提督はそんなんじゃない。そう言う人もいるんだよ。そっちのレ級みたいのも一部でいるんだよ」
「そう…そんな人間がサツキやフミヅキ、シグレに何かひどいことをしているのなら、自分も死を覚悟で殺シテヤロウカト思ッタワァ…」
最後だけ深海棲艦のような濁った声になっていて恐怖した。やっぱり、深海棲艦だな…それもすごい力を持っている。
「おほん。ごめんなさぁい。怖がらせてしまったわね」
ちょっと怯えながら続きを話す。自分と妹がどうしようもならない状態だったのにそれを治してくれたこと。仲間を助けてくれたこと。今はみんな笑っていること。ご飯がおいしいこと。
「ご飯!そうね。フミヅキが持ってきてくれたおにぎりはとってもおいしかったわ!フミヅキの優しさが詰まっていたって言うか!」
目を輝かせておにぎりのことを話す戦艦棲姫。初めて会った日はそれこそすぐに逃げたらしい。自分もバレてしまったことでどうしようかと慌てふためいたが、怯えてこなくなるだろうと思った。が、予想とは裏腹に皐月達はまたやってきた。その時に持ってきてくれたのが、おにぎりだった。提督か間宮さんが握ったんだろうな…。
「そのおにぎりが本当においしかったの。怖いでしょうに…震える手でお腹、空いてない?っておにぎりを差し出してくれたの。嬉しさと美味しさで思わず笑っちゃったわ。そこからよ、あの子達がここを秘密基地にするって言い始めて。おにぎりなんかを持ってきてくれて。よほどいい提督がいるのねと思って。そう…シグレが見せてくれた傷も、前の提督のなのね。辛かったわね」
「ううん。もう気にしてない。それより、その消えない傷。僕と一緒だね。僕もほら、体に傷があるんだ。お揃いだね」
僕も服を上へまくって傷を見せた。足が黒くなってもうダメだった時の跡はもうない。きれいさっぱり消えている。もう一度、血を垂らして治してくれたこと、すごいよね。と僕は言う。治らないはずだった僕の足。本当に今こうして歩いたりできるのは嬉しい。
「そう…血を垂らして助けてくれた…治った…か。私も似たようなことをしたことがあるわねぇ」
「えっ?」
「昔1人の人間を助けたこともあるのよ。あの子は元気にしているかしらねぇ…」
「深海棲艦が……人間を?」
「いけないことかしら?クスクス…」
いたずらっぽく笑っている。深海棲艦が人を殺すことはあれど、救うことがあるなんてね…。
「深海棲艦として生まれてそう時間も経っていなかったかしら。あの時はまだ艦娘もそういなかったし、街は襲い放題で…多くの街を破壊していった。私は参加していないけど…破壊した街の様子を見に行ったのよ。浅ましい破壊行為ね…と思いながら」
/
遠くから街が壊されていくのを眺めていたわ…。爆音、悲鳴…。その後の静けさ…。こう人間に言うと激怒されそうだけど、胸が痛かったわ。
「姫様…攻撃ガ終ワッタヨウデス。奴ラモ戻リマシタ」
「ソウ…ナラ、行ッテ見マショウカ」
ごめんなさい。誰か生き残りがいて助けられるなら。こんな破壊の象徴と呼ばれる戦艦棲姫でも救えることができるならと…希望を持って行ったんだけどね。残念だけど徹底的だった。街はことごとく破壊され、人も多くの人を殺して回って。そんな焼け崩れた街を探し回っていた時、私の付き人が小さな人間の子供を見つけたの。
「姫様!人間ガイマシタ!生キテイマス!!」
「!!!!」
その子はもうほとんど息も絶え絶えでね…。お腹に大きな穴が空いていたわ。血も多く流れていて。もう、誰がどう見ても死ぬところだった。私は深海棲艦がやった行為に少しでも償うことができるなら、その子をどうしても助けたかった。だから、私は…。
「無茶デス!深海棲艦ノ血ヲ流シコムダナンテ!!」
「可能性ガ万二ヒトツデモアルノナラ、私ノ回復力ヲコノ子二移セタラ!」
私は手首を噛み切り、大量の血をまき散らした。その子の穴の空いたお腹に自分のことも考えないで流し込んだわ。
「姫様。ソレ以上ハ危険デス!オ体ニ障リマス!」
「グッウウ…心配ハイラナイワ…コノ子ヲ助ケタイノ…!」
ル級に引き止められて、意識が朦朧としながら私はその子を見つめたわ。ふと見れば、お腹の傷がなくなっていったわ。
「うぐっ!ガハッ!あ、あつ…い……かあ、さん…」
私の手を握って苦しんでいたわね。悪いことをしてしまったと思ったけど、助かってよかったと思った。深海棲艦の中でも破壊の象徴と呼ばれる私でも、人を救えるんだって嬉しかったわ。
「うう…かあ、さん?」
「イイエ、違ウ…ケド、アナタヲ助ケタノハ…私」
「うぐっ!ごふっごふっ!」
「姫様!艦娘ト思シキモノガ来マス!」
「ソウ…アトハソッチ二任セマショウ。行クワ」
「ま、って…あ、あ…」
「ナァニ?」
「あり、ありが、とう…おれ、おれい…」
「オ礼ナンテイラナイワ。デモ、ソウネ。イツカ元気二ナッタラドコカデ会エルトイイワネ…」
「うん…うん…」
「約束ヨ…待ッテイルワ…ズット」
/
はて、と戦艦棲姫の話を聞いて考える。深海棲艦に助けられた人間。深海棲艦と人間との血が混じった人間。それは…それは!
「僕の提督?」
「え?」
「提督だよ!戦艦棲姫が助けた人間って、僕たちの提督だよ!提督、言ってたんだ!昔深海棲艦に助けられたことがあるって!人間と深海棲艦の血が混ざってるんだって!」
その言葉に戦艦棲姫はきょとんとしていた。しばらくして、突然笑い出した。
「ふふふふ!うふふふふふふふ!!!あはははははは!!」
「あ、あの…?」
「ふふふふ!!!いえ…いえね。とんでもない偶然ねぇって!ふふ、まさか、あの時助けた人間ガ提督とはね!ふふふふふふ!!!」
偶然とは恐ろしいもので、提督を助けた深海棲艦が目の前にいるなんて。そしてその深海棲艦が提督の鎮守府のもとで提督は分かっていないけど匿っているだなんて…。自分も笑いが抑えられない。2人でずっと笑っていた。
「そう。無事に生きているのならよかったわ。そう…そう…生きていて…くれたのね」
「……うん。そうして今は提督だよ」
「そうなのねぇ…まあ、私の血が混ざってしまったなら、そうなるのも仕方ないのかしらね」
「お父さんも海に関わっていたらしいし、今のお父さんは司令長官だし」
「そうなのね…ふふ、生きていると聞いて安心したわ」
「提督に…会いたい?」
「それはやめておきましょう。カゾクと言うものを殺した深海棲艦。相手は提督。私は深海棲艦。人が忌むべき存在。と言っているけど、会うのが怖いわ。会ってみたいと思うけど…」
そこはためらうみたい。提督もやっぱり深海棲艦と会うのは…どうなんだろう。人間と深海棲艦。そこはやっぱりいろいろとあるか…。僕も今日は貴重な出会いができて、お話ができてすごくいい経験になったな。
「今日のことはとってもいいことを聞いたけど、提督には絶対内緒にしておくから。当たり前だね…」
「ええ。そうしてちょうだい。サツキやフミヅキ、シグレと会えなくなるのは悲しいわ」
「僕も?」
「もちろんよ。こうした出会いは大切にしたい。そう思うわ」
「そっか。そうだね。じゃあ、僕たちはお友達だね」
戦艦棲姫にとってはいろいろと初めてのことが多いらしく、驚きの連続だった。友達と聞くのも初めてなんじゃないかな?
「友達…そう、聞いたことはあるけど…友達…私と…シグレが…そう…何かしら…何だか胸の辺りが温かい…」
胸に手をあて、しばらく目を閉じて何かを考えていた。しばらくして彼女の閉じた目から一筋の涙を両目から流した。
「……ど、どうしたの?」
「……寂しかったのね」
「寂しい?」
「ええ…レ級に付き人をやられてからしばらく、ずっと1人だったから。人間や艦娘はおろか深海棲艦からも疎まれる存在だった。この昼間のわずかな光だけが希望の光だった。月もね。でも、私を慕ってくれる子はいないし。優しくしてくれるわけでもない。サツキ達に出会って。もらったおにぎり。一生忘れられないおいしさだったわ」
戦わない深海棲艦。深海棲艦からも疎まれ、味方はほぼいない。そして人からももちろん忌み嫌われる存在。付き人が唯一の救いだったが、それも深海棲艦に殺された。ここに逃げ込み、数えきれない孤独な日々を過ごしてきたのだ。皐月達の優しさは本当に癒しになるよね。あの子達はちょっと心配になるくらいに誰にでも仲良くしていくから。町に行った時は僕が気をつけなきゃ。
「さあ、そろそろお終いね。あまりここに長居するとみんなが心配するわよ…」
「え…そんな。もっと僕はいろいろと戦艦棲姫とお話がしたいな」
「私はいつでもここにいるわ。だから、また来て。この間もフミヅキが長い間ここでお昼寝してたものだからどこへ行ったのかとても心配されたみたいだしね。艦娘や提督に見つかるわけにはいかないの。シグレ、私はここにいる」
それもそうか。たしかに大和さんや扶桑がすごく心配していたっけ。中庭も、母港を探してもいない。自分も探し回ったね。
「ごめんねぇ、秘密基地でお昼寝してたの〜」
のんびり言うけど見つかってよかったって大和さんは泣き出すし、霰も心配してたし…みんなに迷惑をかけるわけにはいかないね。
「わかった。また来るよ。……そうだ、また会うときまでに名前を考えておいてもいいかな」
「名前?何のかしら?」
「戦艦棲姫の名前。僕たちは皐月や時雨って名前で呼んでくれるけど、戦艦棲姫って呼んでばっかりじゃ何だかね。だから、戦艦棲姫じゃなくて、もっと女の子っぽい名前で呼びたいんだ」
「…………」
戦艦棲姫が考え込む。んん…としばらく逡巡した後。
「……そうね。よろしくお願いしようかしらね。素敵な名前を考えてね。でも、どうして?」
「僕たちはもうお友達だもの。皐月や文月にも優しくしてくれた。たくさんお話しもした。だから、友達」
「トモ……ダチ…」
「ダメ………かな」
「ダメなものですか。トモダチ。そうね。お互いに裸を見せ合った仲だものねぇ…クスクス」
「え、あ、あう…そ、それは…そう、だね」
「うふふ。ありがとう、シグレ。さあ、行きなさい」
うん!と僕は戦艦棲姫に手を振って秘密基地を後にした。彼女の名前、いろいろ本もあるし探してみよう!僕は次に彼女に会える時が楽しみになった。毎日は行けないけど、次に会うときまでに、きっと喜んでくれる名前を考えるんだ!!
「あら、時雨。どこへ行っていたの?」
「やあ扶桑。皐月達の秘密基地へね」
「そう。あまり長い間、行き先を告げずに行かないでね?心配してしまうわ」
「あはは…ごめん」
「時雨、何かいいことがあったのかしら?とても目がキラキラしているわね。素敵な笑顔をしているわ」
「そう…かな。そうかな」
何だか恥ずかしくなってきた。扶桑はそれから何も言わずに笑って頭を撫でてくれた。扶桑に撫でられるのは好き。とっても落ち着く。満潮もそう言ってたね。手を洗って寮に帰るのよ、と言われたけど、扶桑が躓いて転びそうになっているのを見ると心配になったので付き添ってから自分の部屋へ戻った。談話室にあるマンガを片っ端から読もう。そしていい名前をいろいろと考えよう。植物図鑑もいいね。よし、頑張ろう!!
/
「トモダチ……」
戦艦棲姫は時雨が帰ってからもずっとトモダチと言う言葉を口にしては胸に手を当てて目を閉じる。トモダチ。あまりよくはわからないが、とても優しい気持ちにさせてくれた。仲間はいたが心を許せる仲ではなかった。明日をどうやって生きようか。そう考えるだけの存在。私の仲間は沈んでしまった。島に残った彼女ももう会いに行けそうもない。
ああ、こうして1人静かにいるこの感情。確かフミヅキはサミシイと言っていたか。そうか、この早くサツキやフミヅキ。そして名前を考えてくれると言っていたシグレがいないこの状況をサミシイと言うのか。次はいつ来てくれるだろう。シグレは賢い。きっと、私に相応しい名前を考えてきてくれる。待ち遠しい。
「……月がキレイね。ふふ。夕陽もいいけど、月もいいわね…」
感傷的になっているのか。お互い体に傷がある同士。仲良くやっていきたい。艦娘だの深海棲艦だのと言う垣根を越えて。
(僕と一緒だね。僕もほら、体に傷があるんだ。お揃いだね)
嫌な顔一つせず、なぜか傷の見せ合いをしたことを思い出し、急に恥ずかしくなった。いやだ、私ったら服まで脱いではしたない…。
「あははは!」
何だか恥ずかしいよりもおかしくて、彼女は月を眺めながら1人笑っていた。その笑顔は、まるで子供のように無邪気だった。早く会いたいな…。誰かと会うのがこんなにも待ち遠しいなんて。美しい黒髪をふわりとかきあげ、長い足を組んで静かな月夜を楽しんでいた。
時雨と戦艦棲姫でした。殺意も破壊衝動もありません。そして昔助けたことがある人間は玲司のようですが、再びお互いが対面するときは来るのでしょうか。
ドタバタもいいですがたまにはしんみりとしたお話を…。イベント道中で出て来られると非常に嫌いにまりますが、見た目は大好きです。ちょいちょい登場してもらおうと思います。
それでは、また。