臓物ぶちまけて死にかけの侍を勇者として召喚してしまった件について 作:トロ
勿論、しゅらばらばらばらを読んでいなくても大丈夫な内容となっていますので、面倒な方はそのままお読みください。
前書きから長々と失礼しました。
第一章は毎日0時に一話ずつ更新します。
人の終わり、あるいは超越した君の残酷へ→
――夢を見る。最低最悪の、夢を見る。
「俺の……! 俺の負けだ……!」
直後、嗚咽が漏れるのを聞いた。
土砂降りの雨の中、骸に寄り添い泣きじゃくる俺と同じ、いや、もしかしたら俺以上の感情の発露だったかもしれない。
何せ、涙と鼻水を垂れ流して先生のことを呼び続けていた俺が泣くのを止めてしまうほどに、その男は両手を地面について子どものように泣き出したのだから。
「う、ぅぅ……! 俺は……! 俺は無様だ! な、何が斬るだ! 斬ってみせるだ! お、俺の斬撃はこの人を斬れなかった……! ぁぁあ……! 斬れ、斬れなかったじゃないか! 斬れてないじゃないかぁ! なのに……なんで……! なんで俺が生きてるんだよ!?」
「お、お前……」
男が何を言っているのか意味が分からなかった。
これは、一対一の果し合いだったはずだ。
剣客同士の混じりっ気無しの勝負。一合での決着であり、他愛もなく終わった決闘の結末は、男が、俺の先生の刀をその肉体もろ共両断して終わったはずだ。
だというのに、この男は斬れなかったという。
こんなにも容易く俺の先生を斬りながら。
斬れなかったなどと、童の如く泣き叫んでいる。
「お前が先生を……!」
次いで俺の感情を支配したのは、先生との決闘を侮辱しているとしか思えない男への憤怒だった。
先生の血で真っ赤に染まった顔を上げて、俺はすぐ傍で体を震わせる男の前に立ち、その情けない姿を、怒りを込めて見下した。
敵討ちなどと高尚な思いを抱いたわけではない。そんなことよりも、先生の命に糞尿をぶちまけたようなこの男の態度を許せない気持ちだけがあった。
決闘の結果、命が失われる。そんな当然のことで癇癪を起すことはしない。当然、先生を失ったことへの悲しみはあるが、そのことを受け入れる覚悟は常日頃から抱いていた。
だが、これはあんまりではないか。
冷たい雨に打たれ、泥に汚れて骸を晒す敗者に膝を折って懺悔する勝者。これ以上ない侮辱があるだろうか?
「お前が先生を殺したんだろうが!?」
だからこそ、俺は悔しさで再び涙を流して、嗚咽混じりに男を糾弾した。
ただただ、悔しかった。命を賭して剣戟の極地を頂く恐るべき剣客との戦いに挑んだ先生の全てが踏みにじられていることが。
そして、情けなかった。そんな先生のために戦おうにも、そのための力が圧倒的に足りない己の不甲斐なさが。
故に俺は叫んだ。あの時の俺に出来るのは叫ぶことだけだった。
「尋常の果し合いで! 互いに武芸者としての矜持を胸に! 例え結果が一合とはいえお前は先生を武芸者として殺した! それなのに、勝者のお前が膝を折ったら……先生の矜持はどうなるのだ……!」
「ごめんなさい……」
「ッ……お前ぇ!」
顔すらあげず、尚も侮蔑の言葉を吐き続ける男の胸倉を掴み上げて無理矢理俺のほうに顔を向けさせる。そして、無自覚に果し合いの侮辱を止めない男の非道を糾弾しようとして――。
「そう、殺したんだ俺は。斬れず、殺すことしか、出来なかった……出来なかったよ」
そう言って俺を見る男の瞳を見て、絶句した。
それは腐りきった肉塊で作り上げられた至高の一品だった。あるいは、金銀財宝で象られた糞尿だった。
醜くも美しく、美しくも醜い。
相反する二つの在り方を成立させる漆黒の眼。
そのあまりにも不気味な瞳に、沸き上がった憤怒すら一気に失われていく。
そして茫然としていると、続いて発せられた男の言葉によって、俺はこの男が何を嘆いたのか理解する。
「でも俺は、彼を斬れなかったという真実を得た」
「あ……?」
「そう、俺は遂に斬れないものを見つけられた。だから俺の
――何を、言っている?
――この男は
俺は咄嗟に男を全力で突き飛ばした。その反動で俺は尻もちを、男は泥となった地面に背中から倒れ、そのまま反転してうつ伏せに倒れる。
乞食のようだと、俺は無様な醜態を晒す男を見てどうでもいいことを思った。
事実、体を起こした男は全身が泥だらけとなっており、先生と対峙した時に見せた底なしの恐ろしさなど皆無。路傍の石ころ程度の存在感と弱弱しさしかなく、だからこそ、その全てを飲み干すような漆黒の眼が気持ち悪いくらいに浮き彫りとなっていた。
「俺は……私は、ずぅぅぅぅっと、斬ってきた。至って、斬ることを是とした。当然の立ち位置に、至り続けて超え続け斬り続けていくことが私の終わりだった。だから、俺は今日も当たり前に私を斬れるんだって思っていた」
男は頭を垂れて懺悔する。そのあまりにも真摯な在り方は、事情さえ知らなければきっと誰もが胸を打たれる哀れを誘う姿。
その背中に、不意に少女の姿が重なる。男でありながら女。二つの側面を持つ歪は、しかし対極ゆえに成り立っていた。
何だこれは。
これは、本当に、人間なのか?
そんな俺の疑問を他所に、ソレは一人でブツブツと意味不明な言葉を繰り返す。
「その堕落が、その驕りが、私のこの絶望が……その結末で俺は彼を斬れなかった、などと言い訳はしない。全部斬れるのに、この人は斬れなかった。それはとても失礼で、許されず、悲しくて悲しくて、泣いてしまうほどに嬉しくて。本当に、本当にごめんなさい。私が俺の身勝手で貴方をただ死なせてしまってごめんなさい」
そして、這いずるように先生の骸に近寄り、
「だから俺は今、感動している」
「ひっ……」
目で追った横顔に浮かぶ狂気に、俺は思わず悲鳴をあげていた。
悲しくて、感動していて、斬れなくて、斬りたくて、殺してしまって、殺したくなくて。
そう語る全てが見栄えだけの薄っぺらなものだと、笑う横顔が物語る。
「斬れるのに斬れないものを、斬りたいのに斬れないものを……俺はやっと見つけられたんだ。悲しくて辛い、あり得ないと思っていたのに、あり得ないなんてないって、俺の体が証明していたのに」
「私が貴方を殺してしまった」
「俺は貴方を斬れなかった」
「だから、ありがとう」
「本当にありがとう」
「貴方が居たから」
「貴方が居てくれたから」
そして、ソレは晴れ渡るような笑顔で俺を真正面から見つめて――。
「私は君を、斬らない」
「俺は君を、斬る」
いつの間にか抜き払われた鋼鉄が、先生の胴と首を一瞬にして切り捨てていた。
「ぁ……ぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!!!!!????」
轟轟と雨は続く。
延々と絶叫は続く。
命も、覚悟も、全ては絶叫と雨に溶けて消え、次いで響く波紋の音色は、いつかどこかで聞いた鈴の音色。
「だからどうか、お願いします」
そんな夢を、俺は見る。
自分の嘆きを聞きながら。
「誰でもいいから――」
毎晩常に、夢に見る。
かき消すことの出来ない、不愉快な言葉を聞きながら。
「
俺は既に知っている。
――