臓物ぶちまけて死にかけの侍を勇者として召喚してしまった件について 作:トロ
「で、どうします?」
スニークス、聖剣との戦いの後、何食わぬ顔で全ての骸の供養を終えると、既に日は落ち、星空が空一面に広がっていた。
満天の星空の下。荒地と化した屋敷の跡地で、灯した火を囲み、湖から取ってきた焼き魚をほおばりながらメイルがそんなことを言った。
「どうする? と言うと?」
「やだなーソウジさん。今後の予定ですってば。屋敷も吹っ飛んでしまいましたし、ここにいつまでも居る必要ないじゃないですか」
メイルは大地に突き立てた聖剣に背中を預け、軽く力を抜いた。戦いの後、担い手の死亡によって機能を停止した聖剣は、今は鞘に収まり静かなものである。一度抜けば周囲の景観を容易く変える剣も、こうなれば只の硬いだけの剣でしかない。
クロナとしては多少聖剣に思うところがあったが、本来の担い手である宗司と、守り手であるメイルが気にしてない以上、気にする必要もないといった具合である。そんなわけで、最早三人の中であまり気になる物ではなくなった聖剣に付随していただけのスニークスなど、戦いで死んだ単なる賊Aと同じ意味しかなくなっていた。
ゆえに今の三人が考えるのは今後の予定だけである。クロナが仕立てたふりふりしていて可愛らしいドレス風の旅に耐えうる装束という、何とも珍妙な服を身に纏っているメイルの問いに、宗司は「とりあえず賑やかなところに行きたいなぁ」と呟いた。
「賑わっているとなると、やはり王都かな?」
「でも、王都はクロナさんは入れないんでしょ?」
「そうなんだが……まぁ、あまり長く滞在しないというなら、外で待つくらいは問題ないさ」
「それなら少し行っても良いかの? 個人的に異世界とやらの国がどういったところなのか気になるのだ」
かつての世界でも、修行がてら色々なところを巡ってきた宗司である。それが世界が違うとなれば、折角だし見ておきたいというのが本音だ。
それに屋敷が全壊した以上、王都で色々と情報を集めて今後の指針とするのがいいだろう。
「だが、地図はどうしたものか……」
「あ、それならさっきクロナさんに袋に隠してもらったとき、地図見つけましたよ」
最もなクロナの疑問に、メイルは何故か谷間部分に入れていた一枚の紙を取り出した。
「……うん、ありがとう」
「あれ? どうして表情暗いんですかクロナさん」
「何でもないよこのおっぱい! ……さておき、地図があるのはありがたいな。おっぱ──メイル、君はここが何処にあるかわかるかい?」
「それくらいなら一応教わりましたし……ここですね」
メイルが指し示した一点は、王都からの距離を見ればそこまで離れていない。神聖とされ立ち入りを禁じられているこの森を抜ければ直ぐのところに王都はあるようだ。
精々、歩いて数時間と言うところか。案外、王都から近いところだなと思ったクロナは、何となく星の位置を頼りに方角を確かめ──表情を凍りつかせた。
「どうしました?」
メイルが不安げにクロナの顔を覗きこむ。そしてその視線がある一点に注がれているのを見て、メイルは地図と王都、そして星空を確かめて。
「うわ……やば」
クロナ程ではないものの、その表情に焦りの色を浮かべた。
そうなれば取り残された宗司は困ったものである。あらぬ方向を見つめて固まる二人を不思議に思い、「おい、どうしたというのだ」と問いかけた。
だが宗司の質問に二人は答えることはない。夜闇の一点を眺めながら、クロナは静かにメイルに問いかけた。
「……なぁメイル」
「……何ですかクロナさん」
「……この地図、曖昧だったりは?」
「……まさかぁ。メビウス王国の魔術師が総出で作り上げたので精度は完璧ですよ、はい」
「……いや、でも、なぁ」
「……考えすぎですよクロナさん。幾らなんでも、ねぇ?」
「なぁお主ら、俺を置いて勝手に進めるなよ。寂しいだろ、おい」
拗ねたように唇を尖らせつつ、宗司もとりあえず二人と同じ方向を見て、
「あっ」
と、珍しく呆けたように口を開いた。
その視線の先にあるのは、広大な森を文字通り吹き飛ばした聖剣の最後の一撃によって刻まれた『神魔千撃』の破壊の跡。
本来なら一点に収束して放たれる万の斬撃は、宗司によって妨害されたために『拡散するような形で』森の木々を根こそぎ吹き飛ばして広がっている。
その破壊の跡は、ついさっき三人で「うわー、地平線まで続いてますよ」「ハハハッ、これが何処まで続いてるのか見物だなぁ」「意外に海を越える程度には続いているかもしれんな」「まっさかー。流石にそこまではないでしょー」なんて軽く話しをしていたのだが。
「……普通、あんな規模の魔力が放たれたら、流石にこの国の魔術師なら感知するよな?」
ふと呟いたクロナの言葉に、メイルはヒクリと口を歪めた。
「い、いや、それは確かに……王都周辺は敵の襲来を予知するため、色々な魔術的防護策を取っているとは聞きましたけど……いやいや、もしかしたらソウジさんの聖剣使って戦ったあの人、服装が宮廷魔術師の正装でしたから、一時的にジャミング仕掛けて魔力探知させないくらい…」
「それでも、幾ら優秀な魔術師がジャミングを仕掛けたとして……精々転移を誤魔化すくらいではないか? 第一、聖剣の魔力クラスになれば、何かしら気づいて、この聖剣を知る者が王都に居れば、即座に非常事態だと察して兵を出すくらいは──」
「ですけど、もしかしたら今日は王様がどっかに行っていて、聖剣を知らない人ばかりで、今は状況を調べようとしているだけかも。それに何もまだ、そのアレを防げるほどの魔術障壁で何とか──」
「つまりだ」
必死に何かを誤魔化そうとするクロナとメイルの不毛な議論を宗司は遮った。
だが何となく状況を察した宗司の表情もやや暗い。それもそうだ。幾ら人を無数と斬ってきた修羅だとはいえ、もし──
「聖剣の最後の一撃が……王都とやらに、直撃したのかもしれないのか?」
予想が当たれば、気まずいとかそういう問題ではないのだから。
聖剣の一撃は、軽く放った最下級のスキルである『スラッシュ』ですら、巨大な屋敷を吹き飛ばすほどであった。
では、『スラッシュ』を遥かに上回る最上級スキル『神魔千撃』を、聖剣が出力全開の本気で放った場合、その威力はどの程度のものだろう。
ちなみに、宗司は台風の目とも言うべき場所に居たため、一時的な失明以外の被害は受けなかったが、背後に居ただけのクロナは、メイルを賊の集めた財が入った皮袋に入れて懐に隠し、強化の魔術を全開にしてその破壊の余波の余波のそのまた余波とでも言うべきものから身を守るくらいには必死になった。
百戦錬磨のクロナをして、余波の余波のそのまた余波で全力を出さねば吹き飛びかねないほどの威力。
その破壊がもたらす被害はどれほどだろうか。
ましてや軸線上にあった物など──
「……」
「……」
「……」
三人は脳裏に描いた最悪を思い、互いに視線を合わせると言葉を失った。
痛いまでの沈黙が流れる。もし仮にこの予想が当たった場合、聖剣の一撃によって王都はよくて半壊、最悪──
おもむろに、宗司は焼きあがった魚を掲げた。破壊の爪痕の間に魚を掲げ、あえて視線を逸らすようにして掲げて見せた。
「食うか」
「あぁ、食おう」
「そうですね。食べましょう」
とりあえず、お腹が減ったし食事を続けよう。
何となく気まずい雰囲気の中、黙々と食べる三人を、炎は暖かく照らし出す。
破壊の跡から吹き抜ける風は、出来るだけ気にしないようにしたのだが、それでも肌に当たる夜風がどうにも寒いなぁと、三人は思うのであった。
その日、王都メビウスはお抱えの優秀な兵士、魔術師、そして王族もろとも消滅した。
これを皮切りに国を二分する熾烈な争いが始まるのだが。
それはまた、別のお話である。
メビウス王国編、これにて終了。