臓物ぶちまけて死にかけの侍を勇者として召喚してしまった件について   作:トロ

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幕間『その狂気が、歪を呼んだ』

 

 

 

 よくある話だが、とある存在に対するカウンターと言うのは、カウンター存在と同程度の危険を孕んでいる可能性を秘めている。

 

 現代社会で言うなら、核爆弾の脅威に対する核爆弾と言った具合のものだ。少々意味合いは違うだろうが、危険物に対抗するには、同等の危険物の存在が必要とされているのはひとつの事実である。無論、カウンターというのは決して、力に対する力のみというわけではないのだが、やはり力に対しては力をあてがうのが自然であろう。

 では、魔王に対する聖剣はどうだろうか。人を守るために神が天より地上へ授けたとされる破邪の剣。

 だがこれは、宗司との激闘の末、守るべき民の存在する王都を、文字通りの焦土と化してしまった。

 

 力は所詮、力でしかない。担い手によって如何様にもその色合いを変える。それこそ、神にも悪魔にも、どちらにでもなりえるのだ。

 だが本来、聖剣より呼ばれる勇者。担い手は、心身共に善なる者が呼ばれるのが基本だ。担い手によって色合いを変えるなら、担い手そのものを選別してしまえばいい。結果、これまでの聖剣チートを担う勇者は、人々を率い、魔王を倒すという使命に燃える者ばかりが選ばれた。

 

 ──さらに言えば、聖剣を使わなければ脆弱な存在ということも、挙げられる。

 例え義憤に燃えるような善良な人間であっても、聖剣という力に溺れないという保障は存在しないのだ。

 ゆえに、聖剣の勇者は聖剣を持たない場合、容易く葬られるような存在が選ばれる。

 この世界の存在ではないからこそ身分の弱い異世界。その中でも争いに疎く、平和に漬かってきたような善良な人間。

 これぞ本来の勇者だ。万が一のときは暗殺が容易(・・・・・)な善良たる小市民。

 魔王のカウンターたる聖剣を扱う勇者は、いざとなったら恐るべき聖剣の力を封じることが可能な制御装置という役割でしかない。

 だから、メビウス王国が感じていた不安は杞憂でしかなかった。

 善良なる人間が呼ばれやすいように、かつての王族が作り上げた清らかな乙女でのみ構成された聖域で召喚していれば、いつも通りに只の無力な正義漢が呼ばれるだけですんだはずだった。

 

 だが今回は違った。聖域は砕かれ、邪なる存在によって蹂躪された乙女が無意識に詠唱した召喚魔術は、善良なる一般市民ではなく、恐るべき修羅を呼んだ。

 聖剣を生身で凌駕する剣客、宗司。この男が呼ばれたことによって、カウンターの制御装置は崩壊する。

 その結果が、召喚一日目にして、メビウス王国の王都消滅という悲劇だ。事故とはいえ、聖剣の力が守るべき人々に向けられたというのは事実。

 最早、聖剣は魔王と同じ脅威と成り果てた。

 では、もう誰も止めることは出来ないのだろうか。運良く聖剣と魔王が共倒れするという偶然を期待するしかないのか。

 否。

 それは違う。

 聖剣チートの恐るべきが、メビウス王国のみにだけ伝わってきたと誰が思うだろうか。

 その恐ろしき力の全てを知る者は魔王のみだが、カウンターのカウンターが存在しないと、誰が言った。

 

 人類を脅かす魔王。

 

 魔王を脅かす聖剣。

 

 そして、聖剣を脅かす切り札は――存在する。

 

 

 

 

 メビウス王国の最南端に存在する未開の森林地帯の奥地。歴史の闇に隠れ、魔王と勇者の戦いを人知れず見守り続けた者が存在する。

 人類の試練たる魔王。

 人類の導き手たる勇者。

 それらを授けた唯一神『クトゥア』を信奉する者達こそ、彼ら『聖火教』である。

 聖火教自体は別に珍しい存在ではない。何処の国も聖火教の協会を置いているし、世界最大の宗教として広く人々の間に浸透している。

 例外として、魔族達は聖火教なんて糞以下のカスで、魔王こそこの世界の神だと叫んでいるが、それは一先ず置いておこう。

 その巨大宗教の中でも一部の者しか存在を知らないのが、メビウス王国の最南端に築かれた支部。埋もれた歴史の真実を知る第十八課『エンド』と呼ばれる、本来は存在しない支部だ。

 

「何と言うことだ……鮮血に染まった聖女。光なき青ざめた騎士。漆黒に誘われた影……神聖を断つ悪鬼がこれら全てを……おぉ」

 

 メビウス王国の一画に作られた聖教都市『アルファ』に建てられた本部ほどではないとはいえ、世界を見渡しても五指には入るような立派な教会。屋根の上に唯一神、金色に輝く巨大な狼を模した偶像を置いた礼拝堂の奥、唯一神の偶像の下で膝をついた第十八課『エンド』魔術師にして司祭でもあるヒエラ・リトは、恐るべき天啓に身を震わせた。

 世界に点在する古代魔術の名残。全てを繋げることで世界の情勢の把握や、未来予知すら可能なその魔術を定期的に使用し、世界を、そして魔王と聖剣の行く末を見守っていたのがヒエラの使命だった。

 そして今日もまた、魔王の現在と聖剣の現在、その二つを見定めるだけのはずだったのだが、突如として繋ぎ合わさった世界中の古代魔術の因子が、ヒエラにおぞましい未来予想図を見せ付けたのだ。

 

「最早、一刻の猶予すらない……封じられた聖槍を……」

 

 聖剣の暴走。

 危機の一つとして予想されながら、それはありえないとされてきた最悪の具現。古代魔術が見せたものが嘘ではないのならば、聖火教は、人類を救済する彼らの取るべき手段は只一つ。

 

「神よ……これも貴方のもたらす試練だというのですか……」

 

 聖剣チートの制御装置が機能しなくなった、そのときにのみ使われることを許された禁断の武装。

 神より賜れたもう一つの聖なる剣。破邪の銀色で編まれた神聖は、ヒエラの頭上、唯一神の偶像の口に咥えられた状態で厳かな雰囲気を醸し出している。

 

「聖槍ジム……おぉ、その威光を世界に示すことを許したまえ」

 

 恭しく頭を垂れるその先で、暴走する聖剣を抑えるという目的で練り上げられた聖なる槍は、いっそ不気味なまでの沈黙を保っている。

 だがその不気味さすら神々しい物と錯覚するヒエラは、聞こえもしない許しを耳に響かせ、粛々と外で待つ信徒の下へと踵を返す。

 

「急ぐとしよう。我らの祈りで、邪なる魔王と歪められる聖剣を正す神の使徒を呼び出すのだ!」

 

 聖剣と同じく、聖槍もまた、異世界より呼び出す人間──彼らとしてみれば、天界より賜わされる聖なる使徒の手でしか扱うことは出来ない。

 故の召喚。

 故の祈願。

 世界を正しい道へと戻すために、ヒエラを含めた第十八課、唯一神に全てを捧げた狂信者(・・・)は、儀式のために動き出す。

 

 

 

 

 

 敗北は決まっている。

 だからこそ、その運命を打ち砕く切り札を欲するのだ。

 

 境界より分けられた奥。年中雪が降り続けている極北の大地ニブルヘイム。人間はおろか、並大抵の魔獣ですら生き抜くのは困難なその土地のさらに奥地に、魔王が住む城は存在する。

 この世の邪悪を纏め上げたような暗黒の居城は、降り続ける豪雪をその漆黒の城壁で弾き、白に立つ暗黒の一点としての禍々しい存在感をあふれ出していた。

 その魔王城には現在、貴族級とも呼ばれる上級魔族から選びぬかれた精鋭。魔王四天王の四体と、城主にして魔界の支配者である魔王のみが存在していた。

 魔王の世話役も含めたその他の者は、既に一ヶ月以上も前に魔王城から離れ、最寄の町まで『避難』していた。

 唯一残るのを許されたのは、彼らのみ。かれこれ一ヶ月もの間、世話役に代わって魔王の衣食住をしてきた四人は、つい先程魔王の放った念話によって謁見の間に向かっていた。

 

「掃除の途中だったのになぁ……」

 

 そう軽くぼやいたのは、その幼い見た目と、見る者を一瞬で魅了する美貌から『幼麗』の二つ名を与えられた幼女、アフロディア・リア・ツァラトストゥアだ。

 長寿で知れる魔族は、その成長は遅い。百歳でようやく人間でいう成人の見た目に追いつき、普通の魔族は五百年。上位の魔族では数千年も生き続けるとされ、年季の入った魔族ほど実力がある。

 そんな中、彼女の年齢は僅か十歳。生まれてからまだ十年しか経っていないにも関わらず、並みいる魔族を押しやって、遂には四天王の座にまで君臨した恐るべき神童だ。

 だが、頭巾を頭に巻いて箒とちり取りを手に持ったその姿からは、まさに歳相応の少女のような印象しか受けない。とはいえ、歳相応の少女にして、目も眩む美しさと愛らしさを併せ持っているのだから、まさに冗談のような存在にしか思えないだろう。

 

「滅多なことを言うなリア。そもそも、我らは本来小間使いとして使われるような者ではないし、魔王様の招集を渋るような立場にもない」

 

 そう返したのは、顔に無数の古傷がある筋骨隆々の男、属性魔術を纏った拳であらゆる敵を粉砕してきたことから『魔拳』の二つ名を与えられた武人。四天王では最も古株であることから、まとめ役でもある男、ヴィンセント・ヒッツァだ。

 魔王封印後の群雄割拠の時代、派閥争いを絶えず行っていたために代替わりを何度もしてきた四天王において、歴代でも特に異端と言われる今代の四天王を上手く纏めてきていた。

 魔王が居ない混迷時は、群雄割拠の魔界の半分を治めていたことから、その手腕は文句のつけようもない。魔王が復活してからは、その右手として活躍をしてきた。

 そんな男の右手は今、拳を象るのではなく、お玉が握られている。アフロディアが本日の掃除当番だったのに対し、彼は今日の食事当番だったからだ。

 魔族四天王、一騎のみで現在の人族連合を壊滅出来る恐るべき強手達も、今のその姿からは想像も出来ないだろう。

 だが魔王城周辺に四天王以外誰も居ないため、彼らがこうして雑事を行わなければならなかったのだ。

 

「……ですけどヴィン様ぁ。他の二人のほうがそこらへんだめだめな気がするんですけど。どうなんですかね?」

 

「『無双』と『異能』か……確かにこのような雑務。我々が行うことではないのは確かなのだがな……」

 

「だからって魔王様の命令無視して好き勝手に周囲の魔獣狩ってるのもアレですよねー。まぁおかげでお肉には困らないんですけど、にひひ」

 

 召集された当初は、日替わり分担制で魔王の世話を行うというものだったのだが、ヴィンセントとアフロディアを除いた二人は、「そんなのお前らがやれ」と言って、自分達は好き放題にこの極寒の気象にも耐えうる魔獣を狩るという名目で外で好き勝手にしていた。

 一応定期的に食料を運んでいるのだが、それ以外はこちらのことなど気にも留めていない様子だった。

 

「アタシは魔王様のギンギンな魔力を浴びられるだけで楽しいので、他の奴らがどうしてようが関係ないんですけどね」

 

「そうか……それならばいい。実は俺もそうだからな……正直、あいつらはどうでもいい。むしろ、四天王の面汚しだ」

 

「にひひ。いけないんだー」

 

 アフロディアは歳相応の悪戯っ子の笑みを浮かべた。

 実際、彼女はよくやっている。普通なら親元で甘えたい年頃だというのに、文句の一つも言わず、むしろ進んで雑務をこなすのもそうだが、最年少の四天王という重圧にも負けずによく頑張っている。

 ──だからこそ、不気味なのだが。

 笑顔の裏側で、この早熟の天才が何を思っているのか。歴戦の勇士たるヴィンセントですらその本性は掴みきれていない。

 だからと言って、他の二人みたいに単なる暴力馬鹿だと困る。力こそ正義。暴力こそ至上とまで豪語するような阿呆だ。悲しいことに、それが力のある魔族の基本的な思想であり、アフロディアやヴィンセントのように、力があり、かつ思慮深い魔族は少数だけだ。

 

「……さて、では行くとしよう」

 

 ヴィンセントとアフロディアは、謁見の間に通じる巨大な扉を前にして、互いに持っていたお玉や掃除用具を虚空に描いた召還魔法陣にしまい込んだ。

 そしてその体を魔力の光が包み込み、互いに正装へと着替えを終える。アフロディアは黒を基調とした、魔術的にも物理的にも堅牢な防御能力のあるドレス。ヴィンセントはニブルヘイムに生息するドラゴンの鱗で作られた鎧。

 正装にして戦装飾に身を包むと、二人は先程までの気楽な空気を一転、表情を引き締める。

 

「四天王が一人、『魔拳』のヴィンセント・ヒッツァ」

 

「同じく、『幼麗』のアフロディア・リア・ツァラトストゥアでーす」

 

 扉の向こう側。扉越しにも感じる膨大で濃厚な魔力は、いつ感じてもなれるようなものではない。

 これぞ魔族の頂点と納得のいく魔力の猛りは、熱を帯びているようで何処までも冷たい。外で吹雪く豪雪すら温く感じるような冷気にして、マグマのような熱気。その二つを併せ持つ桁違いの力。

 しかし流石は四天王とでも言うべきか。表情は固くとも、決して怯えたりすることなく返事の言葉を粛々と待っていた。

 

「……入れ」

 

 返ってきたのは何処までも重苦しい声。

 

「行くぞリア」

 

「はーい」

 

 ヴィンセントはゆっくりと扉を開く。さて、今度はどんな無理難題を吹っかけてくるのやら。この一ヶ月、雑務とは別に、様々な希少な魔法具を用意させられてきたが、今回もまた何か言われるのだろう。

 そんなことを思いながら扉を開いた先。

 

 むせ返るような血の臭いに、目を見開いた。

 

「……待っていたぞ。我が忠臣」

 

「コレは……」

 

「うわー……グロ」

 

 邪悪という雰囲気の塊であった謁見の間であったが、今やその光景は邪悪というよりも醜悪という具合となっていた。

 広々とした謁見の間。その中央にぶちまけられた肉片と臓腑。

 吹き飛んだ四肢がそこらに転がっているのを確認したところで、ヴィンセントとアフロディアは、その残骸に見覚えがあることに気づいた。

 

「アレってラムとシアじゃないですかねヴィン様?」

 

「……これは、どういうことでしょうか?」

 

 その死体の正体は、四天王が残りの二人。

 『無双』のラムール・ダンと、『異能』のシアン・デイノット。

 魔族でも並び立つ者が存在しない四天王の二人の死骸が、まるで只の生ゴミのように散らばっていた。

 

「教えていただきたい……魔王様」

 

 ヴィンセントは死骸の向こう側。玉座に座る暗黒の塊とでも言うべき化け物に語りかけた。

 男とも女とも取れる中性的な顔立ちの美しい魔族だ。一方で、老人のようでもあり、老婆のようでもあり、逞しい男性でありながら、扇情的な女性。無邪気な少年で、純心無垢な少女のようにも見える。

 見ようによってはどのようにも見える不思議な存在だ。まるで見る者の願望を映し出す鏡のようですらある。

 そんな不思議な存在こそ、現代に甦った『魔王』クラウディア・ザ・ウロボロス。魔族にとっての神であり、人類にとっての天敵。全ての魔を統べる者だ。

 

「試験を行っていた」

 

「試験?」

 

「そうだ」

 

 クラウディアは、しわがれていながら、部屋全体に透き通る美しい声で答えた。その冷たい視線の向かう先は、無様に死骸を晒したかつての四天王。

 直ぐに興味を失ったように視線を切ったクラウディアは、納得がいかないといった様子のヴィンセントに小さな笑みを浮かべた。

 

「そう目くじらを立てるな。お前に睨まれると、私は生きた心地がしないのだ」

 

「……ご冗談を」

 

「この糞袋共は、頭の足りぬ糞袋だった。手を焼かせたのは知っているぞ? 任せるばかりで悪かったな、ヴィン」

 

「……いえ」

 

 ヴィンセントは静かに膝をつき頭を垂れた。

 確かにこの二人が扱い辛く、正直面倒極まりなかったのは事実だった。力が足りずとも、もっと頭の回るような人材が欲しい。そう常日頃思っていたのだが──

 

「しかし、そういうことならば魔王様の手を煩わせるまでもなく、この私に一言言ってくだされば──」

 

「いや、良い。言っただろ? 試験だ」

 

「試験、ですか」

 

「あぁ。この二匹の糞袋は、糞は糞でもなまじ力のある糞だったからな。大事な試験の試金石として使ったのだ」

 

「……魔王様の役に立ったのなら、彼らも喜んでいるでしょう」

 

「そういうには、最後の断末魔は私を呪うものだったが……ククッ、呪詛にこそ誉れあり。その恨みつらみこそ我が力なれば、それもまた喜びの一つか」

 

 クラウディアは声を押し殺して笑うと、「さておき、ようやくだ」そう言って表情を引き締めた。

 

「長きに及び続いた我らと糞袋以下たる人類との戦い。そしてその度に我が崇高な目的、人類抹殺を邪魔してきた忌々しい糞鉄、聖剣チートとそれを扱う勇者に、幾度辛酸をなめさせられたか」

 

「……前回のときは、後一歩のところでありましたゆえ」

 

「え? そうなんですか?」

 

 前回の勇者との戦い。そのとき、ヴィンセントは四天王には届かぬ単なる魔族の一体でしかなかった。

 そのため、おめおめと生き延びたのだが、彼もまた勇者と魔王の最終決戦のときは、その現場を目撃した数少ない生き証人の一体である。

 世界の才知を極めた勇者に対して、魔王は能力で劣りながら、魔王にのみ許された唯一のスキルを駆使して互角に渡り合っていた。

 

「だが、結局負けた。前回も、その前も、そのまた前も、さらに前も……それが天意とばかりに、私は幾度となく敗北の屈辱に塗れ、長い眠りについた」

 

 いつもだ。

 いつも、後一歩のところで敗北する。確かに聖剣は強い。魔族を統べるクラウディアの能力を上回る戦闘力は、ただそれだけで圧倒的だ。

 だがクラウディアには常に共に戦う魔族の仲間が居た。勇者が率いるような矮小たる糞以下の脆弱な存在を遥かに凌ぐ雄雄しき戦士達が支えてくれた。

 しかし負ける。

 絶対に、どんなに追い詰めてもふざけたような奇跡の前に敗北する。

 

 それに不自然さを覚えるようになったのは、いつからだろうか。

 

「しかし、今度は違う」

 

 クラウディアは笑う。重ね続けた敗北の向こう側、見出したたった一つの光明が、この敗北し続ける運命にあった魔王に逆転の一手を与えたのだ。

 

「そもそもが間違いだったのだ。あれをこの世界の存在だと思って戦っていたのが前提として破綻していた」

 

「魔王様?」

 

「ヴィン、リア。お前達はこの冊子を知っているか?」

 

 怪訝な表情を浮かべるヴィンセントとアフロディアの前方に魔法陣が描かれ、中から一冊の小説が現れる。

 タイトルは『勇者フレイの冒険』という、かつて平和だったころの人間界で流行った物語だ。その名の通り、勇者フレイが冒険して、道中の様々な問題や、強大な敵を倒すといったものである。

 

「コレが何か?」

 

「お前達、この小説に書かれた主人公を殺すにはどうすればいいと思う?」

 

 疑問はいっそう深まるばかりである。只でさえ馴染みのない人間界の小説に現れる主人公を倒すとはどういったことなのか。

 こちらを試しているのか? そんな疑問を脳裏でヴィンセントが巡らせるその隣、神童に恥じぬ勢いで一気に小説を速読したアフロディアは、元気よく片手を挙げた。

 

「はいはーい! にひひ。私いいですか?」

 

「よし。言え、リア」

 

「私じゃ無理です。勝てません。と言うか、魔王様も勝てないんじゃないですか? にひひ」

 

 即答だった。しかもこともあろうかクラウディアでも勝てないと言ってのけたアフロディアの発言に、ヴィンセントは怒鳴ることもなく呆け。

 

「ハハハッ、そうだな。私もこの作品の主人公には勝てないよ」

 

 考えなくても侮辱ともとれるアフロディアの発言に、クラウディアは腹を抱えて笑い返していた。

 どちらもヴィンセントの常識からすれば目を疑う光景。それに目を丸くしているヴィンセントに、笑いすぎて涙目になったクラウディアは「全く、年をとりすぎて頭が固くなったのではないか?」と優しく語り掛ける。

 その言葉に羞恥で顔を赤くするヴィンセントだったが、残った二人は特に気にした素振りも見せなかった。

 

「ヴィン。お前もその物語を読めば分かる。幾ら私でも、物語の最初から最後まで、既存のあらゆる攻撃をすべて受け付けないという設定の化け物に勝てるわけがないのだから」

 

「ならば、どうして魔王様は私達に勝つ方法を聞いたのですか? 感想を聞きたかっただけとか?」

 

「そうではないよリア。いや、まぁこのつまらん駄作の感想を語り合うのも面白いとは思うが……あるのだよ。このとんでもな主役を殺す方法がな」

 

 そう言ったクラウディアは、二人の手にあった小説を魔力の縄で掴むと、そのまま虚空に放り投げた。

 

「燃えろ」

 

 瞬間、魔王に睨まれた小説は青白い炎に飲み込まれて灰も残らず全焼する。

 それを見届けたクラウディアは、「こうやって殺す」と得意げに言った。

 

「えっと……それ、反則ですよね?」

 

 流石のアフロディアもこれは予想外だったのか。何とも言いがたい微妙な表情でそう呟いた。

 今クラウディアが行ったのは、つまりは「紙上では最強かもしれないが、所詮は紙の上の最強でしかない」といったやり方だ。

 不正で、反則。

 

「他にも、この物語の続きを自分で描き、主人公よりも強い登場人物を作ってこの主人公を殺す物語を書くというのもありだな」

 

「……えーっと、つまり、どういうことですかね?」

 

 話が全く見えてこない。そう暗に言ってきたアフロディアに、クラウディアは神妙な面持ちで頷きを一つ返した。

 

「はっきり言おう。私を何度も滅ぼしてきた聖剣。アレはまさに、今私が言ったのと同じようなことをこの世界で行っている」

 

「にひひ……それ、マジっすか?」

 

「私はこの手の嘘は嫌いだ……少々遠まわしな言い方になったが纏めると簡単だ。この世界を一つの物語として見た場合、聖剣は物語に一筆を加える力があるというだけの話になる」

 

 だから聖剣は圧倒的な力を担い手に与えるのだ。

 まるで、担い手そのものの力を書き換えるかのように。

 この世界における最強であるクラウディアを越える力を与え、単純な力のごり押しで圧倒することが可能な、恐るべき兵器。

 それが聖剣チート。これこそ、長い年月の果て、幾多の敗北を経てクラウディアが悟った真実であった。

 

「じゃあ、それが事実ならば……この世界に存在する全ての者が聖剣の前に屈するということではないのですか?」

 

「無論、そこまで単純な話ではないがな。あれがもし本当にそういった存在なら、もっと簡単に私を滅ぼせるだろうし、そもそも、私を倒せても、殺しきることが出来ないというのはおかしな話だ」

 

 おそらくだが、まだあの聖剣にはなんらかのカラクリが秘められていると見て間違いないだろう。

 しかしそれを知ったところで意味はない。何故なら事実として、聖剣はその名の通りこの世界を不正に書き換える力を有している。ならば、この世界の理に縛られている我々では、どんなに強くなろうとも、聖剣を超えることは出来ないのだ。

 

「ゆえに、私は一つの賭けに出ることにした」

 

 そして、私は賭けに勝ったのだと、ぶちまけられた四天王の死骸を見下して、笑う。

 ヴィンセントとアフロディアはそこでようやく気づいた。いや、気づかされたというべきか。

 

「……リア。私の背中に」

 

「う、うん……」

 

 謁見の間に満ちる魔王の魔力。

 それに紛れるようにして『何かがいる』。

 

「安心しろヴィン、リア。お前らを処断するつもりなど私にはないよ。そこでぶちまけた糞袋と比べるまでもなく、お前らは優秀で、忠義に厚いからな」

 

 クラウディアはそう言うが、二人としては気が気ではない。

 何せクラウディアの背後、それはまるで闇夜で息を潜める獣のような存在感を放ち、ヴィンセントとアフロディア、四天王に選ばれた強者すら威圧する空気を漲らせているのだから。

 戦慄する二人を前に、クラウディアは静かに笑う。底冷えするような邪悪な笑みで、瞳に確信を漲らせ。

 

「気づけば簡単、というわけではなかったのだがな……我が体に刻まれた聖剣の残滓。数えるのも馬鹿らしいかつての傷を束ねたことで、この世界の理から外れた存在を……私は引き当てた」

 

 自分では勝てないと、屈辱ながら悟った今回。故に早急に張り巡らせた思考の末に編み出した結論は只一つ。

 聖剣の主が、異世界と呼ばれるこの世界とは違う場所より来た者ということは知っていた。

 ならば、それしか手段はないのだ。

 聖剣がこの世界の理を支配する規格外なら、この世界の理を越えた規格外を己もまた手にすればいい。

 

「必要なのは、理を超えた剣を断つ牙なり」

 

 戦慄して声を詰まらせる二人の前で、クラウディアはその掌から魔力を放出した。

 まるでのたうつ蛇のように揺らめく漆黒の魔力は、虚空に召喚陣を描き出す。

 そこから現れたのは一振りの剣。聖剣チートとは違い、漆黒に染め上げられたその剣は、遥か昔より、クラウディアが勇者との死闘を共に潜り抜けてきた彼女の愛剣だ。

 だが今のクラウディアの目は、そんな己の腕とも言えるような愛剣に冷めた眼差しを送るばかり。

 

「最早、この剣は不要だ」

 

 そして、クラウディアは長年連れ添ってきた愛剣を、躊躇なく右手で掴み、紙くずのように握りつぶした。

 ヴィンセントが驚愕に目を瞬かせる中、剣で傷つき、鮮血を滴らせる右手をそのまま、クラウディアは恭しくその手を掲げる。

 

「何せ、私は聖剣すら凌駕する……絶対の剣を手に入れたのだからな」

 

 ゴミのように散乱した四天王の成れの果て。

 それを一瞬で生み出した至高の剣。聖剣と幾度となく死闘を繰り広げたからこそクラウディアにはわかるのだ。

 己が引き当てた剣は、聖剣すらも凌駕するのだと。

 

「では、紹介しよう」

 

 そして魔王クラウディアは切り札を臣下に披露する。今度こそ必勝を望んで手に入れた漆黒の剣、それは──。

 

 

 

 

 

 

 

 




例のアレ
聖槍ジム
正式名称は聖槍ゲームマスター。略してGM→ジム。

アフロディア・リア・ツァラトストゥア
レベル678。超絶強いロリ。魔剣を砕くならくださいよとか思った。

ヴィンセント・ヒッツァ
レベル761。超絶強い爺。魔剣砕くなんてスゲーとか思った。

クラウディア・ザ・ウロボロス
レベル1000。世界最強魔王。魔剣を砕いたとき、わりと痛くて泣きそうだった。でも泣かない、だって女の子(笑)だもん。

死んだ残りの四天王
砕いた魔剣と一緒に混ぜて畑の肥やしに。来年の豊作に期待。
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