臓物ぶちまけて死にかけの侍を勇者として召喚してしまった件について 作:トロ
振って、斬るだけのことだ。
だから別に複雑なことを考えることはない。
何、幾らお主の持つそれが歴史を重ねた芸術品の如き剣だとしても、握って振るえば所詮は棒切れ。
気にすることはないのだ。
ん? あぁ、気にしていたのはどうやって振ればいい、ということか。
だがお主、剣を振るうのは初めてではないだろ?
ならば、これまで教わったとおりに振るえばいい。型を真似て、黙々と振るえばいい。
不満そうだな。くくくっ、何、教えぬというわけではないよ。
そうさなぁ。
打つのではなく、斬るように振るえ。
それが分かったら、次に進むとしよう。
「では、始めるぞ」
「は、はい!」
そこらへんで拾った木切れを片手に構える宗司と対するのは、鞘に収まった聖剣をしっかりと両手で構えるメイルである。勿論、鞘に収まっているため聖剣はあの恐ろしい力を一切発揮していない。
とはいえ、手にする得物の質はあまりにも違う。だというのに、対峙する両者の姿の差はあまりにも明確だ。
宗司のほうは構えてすらいないが、全身から程よく力が抜けている、一方のメイルはがちがちに緊張してしまっている。
これでは相手にすらならないだろうと、野営と食事の準備をしながらクロナは思った。
あの衝撃的な出会いから既に一週間ほどの時が過ぎている。現在は森からこそ泥のように周囲に身がばれないように逃げ出してから、メビウス王国と他国を分かつ巨大山脈アポロンを目指して北上していた。
どうやら王都壊滅の報は随分と知れ渡っているらしく、昨日補給のために立ち寄った村では、こちらが旅人だということもあってか、随分と王都のことについて聞かれたものである。
(……直接的な犯人ではないが、正直気分は良くはないな)
稽古という名の、宗司による一方的なしごきを眺めながら、クロナは少々陰の差した表情で昨日のことを思い出す。
今更悩んでも意味ないことなのは分かっているが、それでもやはり気になるものは気になるのである。
(だがまぁ、あの二人を……特に、ソージのことを見ていると、幾分気が紛れるのだが)
王都壊滅の一端を担ったと言っても過言ではない宗司はといえば、この一週間、王都壊滅で不安がる人々を見ても、特に気にした様子もなかった。
それも、メイルに私刑を任せたときに語った言葉が彼の本心だからだろう。
恨みを買ったのだ。
己のために、無数の屍を積み重ねてきた宗司だからこそ、今更その屍の数が百も千も、それこそ億を超えたところで代わりはないのかもしれない。
修羅であり、所業を外道と己を語った。
故に謝罪もしよう。悼みもしよう。
だが、決して気落ちはしないのだ。
「歪だな……尤も、そんな男に興味を持って付いていっている私もメイルも、似たようなものか」
あの狂気に魅せられたから、あの男に付いていこうと決めたのだ。
そう一人思うクロナの前で、何度目になるか分からない一撃がメイルの頭を強かに打った。
「痛っ!」
「そら、また一本だ。もっと初動に意識を向けろ。お主にも見えるように加減しているのだ。だが剣先だけを見るな。腕だけを捉えるな。周囲を俯瞰し、相手の呼吸を見て察せ」
「はい……!」
「まずは目で敵の全身を見ろ。それが出来たら耳で捉えろ。最終的に五感で見極め……果ての六感にこそ理(ことわり)がある故」
「はい!」
「では、参れ」
誘われるがまま、メイルは強化の魔術によって向上した身体能力の赴くままに突撃し、子どもの腕よりも柔いはずの木切れに、聖剣の一撃を容易くいなされた。
意外なことだが、一週間前から朝と夜に一時間ほど行われるようになったこの鍛錬は、クロナから見ても感心するほどのものだった。
言葉こそ難解だが、宗司そのものの動きがメイルにとって最適な練習となっている。手の握り、目の動き、呼吸、足運び。どれもが既存の剣術とは異質だが、だからこそそれがどれだけ恐ろしく、驚異的なものなのかが良く分かる。
クロナやメイルが習うような剣術を含めたあらゆる武術は、当然なこととして魔術とスキルという存在が前提に置かれている。
さらに言えば、底辺と上位の身体能力に比喩でもなくドラゴンと蟻ほどの差があるため、下手な小細工より破壊力を求めるのに重きを置いている。
というよりも、それしか求めていないといったほうがいいか。より速く、より強く、それだけを求めたこの世界の者の力は、知恵がついた獣とそう大差はないだろう。
そんな世界の武術を修めたクロナからすると、宗司の繊細な動きは新鮮であり、勉強になる。
「……全く、羨ましいものだ」
分かっているのかいないのか。見る見る内に宗司の手ほどきで作り変えられていくメイルに、クロナは武人として嫉妬を禁じえなかった。
だが宗司の技を修めるには、クロナはあまりにも超人的になりすぎたし、己の『色』を濃くしすぎた。
未だ技というものに疎く、実戦もせず、箱入りだったためにこの世界の常識にも疎いメイルだからこそ、宗司の手ほどきはさらに真価を発揮しているのか。
本人も気づかぬところで、ゆっくりとだが確実にメイルの剣捌きはこの世界では異質なものに変容していく。
同時に、彼女自身の心も変容していくようにすら思えて、クロナは野営の準備をせっせとこなしながら、言いようの無い暗い気持ちを胸に沈殿させ。
「まっ、どうでもいいんだが」
そんなことが気にもならない大らかさがクロナにはある。得体の知れない不安に苛まれるより、今は今夜の食事に集中することにしよう。
「はぁ!」
気合というには可憐な気勢をあげてメイルは宗司に幾度目かの突撃を行う。
強化を用いた踏み込みは熾烈だ。土を踏み砕く勢いで飛び出すと、鞘に収まったままとはいえ、それでも鈍器として充分な性能を持つ聖剣が大上段から力強く振るわれる。
対して、宗司は手に持った棒切れを聖剣の刀身の横に添えると、力の流れに逆らわずに横へと逸らす。それはそのままメイルの体の流れを逸らし、結果として体を崩されたメイルは大きくよろめいた。
しかしメイルは踏み込んだ両足に力を注ぎこみ倒れるのは防ぐ。原理は分からないが、力をそらされるのはこれでもう何度と分からないくらいにやられている。
来ると分かっていれば対処は可能だ。持ちこたえたメイルは振りぬいた聖剣を腰を回して袈裟に振り上げる。
至近距離からの一閃は、一歩後ろへと退いた宗司の顔を掠め、前髪を幾つか散らすだけに終わった。
「……ふむ」
発生した突風に髪を靡かせながら、こちらを見上げるメイルを面白そうに見下ろす宗司。
どうやら筋はいいらしい。
逸らされた流れに不恰好ながら再び乗り、即座に切り返したのは見事だ。勿論、宗司であればメイルの体がよろめいた瞬間に一撃を見舞うことは可能だったが、そんな無粋は稽古には不要。
では、続いてこうしよう。
宗司は反撃の一手を放ち、体を大きく開いたメイルの額目掛けて枝を突き出す。
見えるようには加減した。だが体を流され、強引に反撃に転じた今のメイルは全ての動きが一瞬だが硬直した状態だ。
見えるのに、避けられない。
迫り来る切っ先に対処する術もない。なまじ見える分恐怖は増すというもので、額にぶつかる刹那、目を閉じた瞬間にかすかな痛みが額に発生した。
「そら、一本だ」
「……むぅ」
強化された肉体のため痛みはないが、それでも肌に残る痺れに顔を顰めつつメイルは尻をついた状態で宗司を見上げた。
棒切れを肩に担いだ宗司は口元に小さな笑みを浮かべながら、左手をメイルに差し出した。
メイルがその手を握り返すと、まるで下から押し上げられるようにめいるの体が持ち上がる。
「今のも……」
「うむ。力の流れを操ったものだな。お主が足と手に力を込めたのを見計らって、そこに加えるように俺の力を流した」
結果、体が浮き上がったような錯覚を与えたというわけだ。
「流すというのは、重要だ」
宗司はメイルの手を離すと、担いだ棒切れを構えてメイルに見えるよう上から下にゆっくりと振り下ろす。
流れるような剣捌きというのがあるが、言葉通りの意味で振るわれる宗司の素振りは、見るだけで心が奪われる。
「他者の流れを知るのは難しいだろうが、まずは己の力の流れを知るところから始めろ。どの部位を使って腕を持ち上げ、振り下ろすのか。そのとき足はどうか、腰はどうか、目の動きは、呼吸はどうなっているか……漠然と振るうな。一手の意味を理解し、噛み締めろ」
「はい!」
「その点、先程の一連は良かったぞ。分かっていたとはいえ、流された体がどうなっているのか理解し、反撃に転じれた。逆らわぬことも良しと知れ。抗うのではなく、乗りこなすのだ。強引に己を律しようとするなよ?」
「はい!」
「よし、では今日はここまで。くろな殿が飯の支度を終えるまで素振りをしていろ」
宗司はそう言い残すと、言われたとおり真剣な表情で素振りを始めたメイルから視線を切ると、野営の準備を進めるクロナの下へと行った。
「……どうだい? 鍛錬は順調かな?」
「見た通りだよ。まぁ元の筋が良いのだろう。何より素直なのは良い。言われたことを理解し、愚直に取り込む姿は良いものだ」
離れた場所で聖剣を振るうメイルを眺めながら宗司は語る。クロナは焚き火で沸かした湯を入れた木製のコップを宗司に手渡すと、その隣にゆっくりと腰を下ろした。
「そうだな。私から見ても彼女の稽古へのひたむきな姿勢は好ましい」
だがな。そう言うと、クロナは冷たい眼差しで湯を飲む宗司を見下ろした。
「どうしてあそこまで豹変したのか……きっかけは分かるが、些か異常すぎるのは事実だ」
「豹変というと?」
「とぼけないで欲しい。長い付き合いではないが、彼女が好んで人斬りの技術を会得しようとするような子ではなかったのは貴方も分かっているはずだ」
宗司に誑かされたとはいえ、恨みを押し殺して許すという心を持っていた少女だ。
それが今では嬉々として殺すためだけの稽古に励んでいる。
その豹変のきっかけはあった。
だが、それにしたって変わりすぎではないだろうか。
「元より才気があったのだろう」
宗司の返事に、クロナは眉を潜める。
「剣術の、ということか?」
「いや、剣術の才で言うならお主のほうが上だろう。筋は良いが、そこまでだ。大成はせん。そんなことは直ぐに分かる」
「では……」
「無論、狂気」
いつか、クロナと宗司が戦ったときにも言ってのけたのと同じ言葉を宗司は繰り返した。
「奴は達するのに最も必要な才覚、心の狂気を備えている。コレばかりは鍛錬でも鍛えられない」
狂気こそ闘争に必要な才覚だ。その他の才覚など、あればラッキー程度の才覚でしかないのだから。
「強くなるのに才などいらぬ。心が狂気的ならば、強くなるべくあらゆる手段を欲することが出来るのだ」
「……だが、才による限界は──」
「その限界を超えるのに必要なのもまた狂気。狂わずに限界を超えられるものか。狂気こそが人を凶器と変える……とはいえ、こればかりは後天的には手にはいらぬからな。くろな殿はくろな殿にしか達せぬ強さを極めればいい」
「その言い方だと、私には狂気の才が無いように見える」
「前にも言ったろ。お主は惑っていたが、根は全うだとな。それに、狂気になれる才覚が無いことを残念がるのは筋違いだ」
「何?」
「お主、あんなのになりたいのか? お主から見て豹変したと言えるような存在になっためいる殿みたいに、一瞬で失われた大切な物を、一瞬で不要と斬り捨てるのが羨ましいのか?」
クロナはその言葉を聞きながらメイルを見た。
愚直に聖剣を振る姿は、既にあの惨劇を経験した風には思えないくらい普通だ。
普通すぎて、気持ち悪くなるくらいには、普通だ。
ひたすら聖剣を振るい、言われたとおりに何処が動いているのか自分なりに考え、また振るう。
そうして強くなっていくことに喜びを覚えている。
強くなる。
それだけ。
もう、家族のように思っていた者達の死のことなんて、忘れてしまったかのようだった。
「……な?」
宗司はクロナの心境を察したように意地悪く笑った。
どうだと言わんばかりに。
あんな様になるのが羨ましいのかと。
「……それは確かに──気持ち悪い」
お前も含め、狂いすぎだ。
そう吐き捨てながら、それでもこの二人、特に宗司が放つ奇妙な魅力から逃れられない己に呆れたように、クロナは小さく溜め息をつくのであった。
─
現在、宗司達は王都消失の報にざわめくメビウス王国内をのんびりと回っている最中であった。
所業を考えればさっさと王国より逃げ出したほうがいいのだろう。現にクロナとメイルは揃ってそう言ったのだが、これに対して宗司は何を今更と言った様子で「別にばれようがばれまいがやったことには変わらんのだ。ならばいっそ堂々と漫遊するのもいいだろう」と平然と言ってのけたのである。
実際の当事者と言っても過言ではない宗司がそう言うのであれば、クロナもメイルも返す言葉はない。心境的にはこの国に居るのはいたたまれないのだが、そこはやはり人間。慣れというのは恐ろしいもので、一週間を過ぎた現在、多少のもどかしさや申し訳なさはあるが、クロナもメイルも立ち寄る村々で聞く王国の行く末を案ずる人々の声を聞いても特に何かを感じるといったことは薄れていった。
とはいえいつまでもこの国に留まる必要も無い。彼らの、というよりも宗司の目的としては北の激戦区に赴き、魔王を相手に刃を合わせることなのだから。
だからといって聖剣を使った転移によって一直線というのも無粋である。旅はのんびり、道楽とは良く言ったもので、宗司達はメビウス王国と他国を繋ぐ転移パスが存在する町ラインに到着していた。
「ここが他国とのパスの一つ、か……」
あらゆる人々で賑わう町の様子を眺めながら感慨深そうに呟くクロナの隣、メイルと宗司も同じくその活気溢れる町に目を丸くしていた。
これまで立ち寄った村の全ての土地を集めた以上にも見える広大な町は、入り口の巨大な壁を越えた内側は見渡す限りの人で一杯だった。
すし詰め状態とでも言うべきか。ラインへと入った三人は、動くスペースもないため、早々に街道の端へと追いやられてしまったほどだ。
活気に溢れ、喧騒に満ちている。ちらほらクロナと同じ巨人族のハーフや猫耳や犬耳を生やした亜人まで、あらゆる人間種がそこには多く見られた。
「こいつは凄いのぉ。俺も殿様のお膝元には幾つか足を運んだものだが、こうも賑やかなのは早々お目にかかったことがないわ」
「えっと……確かメビウス王国と他国を繋ぐ最上級光属性魔術『テレポテーション』、通称転移パスは、この町を含めてメビウス王国に五百程存在していて、ここにはその内の三割近くの転移パスが繋がっているらしいです。主に他国との流通の橋渡し、そして有事の際の避難経路としてもここは使われているらしいです」
「なるほど、道理で活力に溢れている」
「……と言うわけでもなさそうだな」
宗司は人々の流れにそっと視線を移す。道行く人々は確かに商人などが多いが、その殆どが不満げな、或いは不安そうな表情を浮かべているのに気づいた。
「王都陥落……どうやら影響は既に出始めているらしい」
クロナもそのことに気づいたのか、表情を僅かに歪めながらそう返す。メイルけは首を傾げて「まぁ仕方ないですよね?」と阿呆のように口を開けていた。
「いや、仕方ないですむ話ではないとは思うが……悩んでも意味なし、か」
「うむ。今更、王都壊滅の犯人だと名乗りを挙げたところでどうにかなる問題ではあるまい。ここは静かに死した者達に黙祷でも捧げればよいだろう。成仏しろよ」
「うん。それを貴方が言うのはどうかと思うぞ。そこだけはね」
「ははは、くろな殿は手厳しいなぁ」
面白い冗談を聞いたように朗らかな笑みを浮かべる宗司。
冗談ではないんだけどね。とは言えず、辟易しつつもクロナは再度人の流れと、彼らの話の内容に耳を傾けた。
「大方、王都壊滅の影響で流通が色々なところで止まっていたりしているみたいだな……なるほど、そのせいでこの街道が殆ど敷き詰め状態にまでなっていたのか」
「おかげで入るときもすんなり行けたのは僥倖だがな。本来なら取締りを強化したいところではあるだろうが……そもそも頭脳たる王都との連絡が途絶えているのだ。混乱のせいで取り締まりも定まらず、混乱の結果町に人が溢れかえったというところかの」
そう結論した宗司は、隣で人の波に目を回しているメイルの腰に腕を回すと樽でも担ぐように肩に乗せてクロナを見上げた。
「済まぬがくろな殿、俺たちを担いだままで一先ずお主も入れそうな茶屋か何かを探してくれるかの? どうにも俺とめいるではこの人ごみを掻き分けるのは、ちと面倒だ」
「了解したよ……さ、捕まってくれ」
「そら来た」
宗司が差し出されたクロナの掌を握り返すと、そのまま自分の肩のほうに二人を乗せると歩き出した。
「おぉ、これはまた面白い」
「わー! 自分で歩くよりもずっと早い!」
「あまりはしゃがないでくれよ? 耳元で騒がれるとくすぐったいんだ」
むず痒さに頬を僅か朱に染めつつ、クロナは肩に乗せた二人を落とさないように人ごみの中を注意深く歩いていく。
流石は巨人のハーフといったところか。しかも漆黒の全身鎧を身に纏っていることもあり、道行く人々も押しつぶされないように道を譲っている。その度に「すまない。おっと、ごめんよ」等と一々言うクロナの律儀さに宗司は笑みを浮かべていたが、ふと高くなった視線を遠くにまで向けた。
街道の奥にはこの町で何よりも巨大な建物がある。周囲を取り囲む壁よりも頭一つ高い巨大な塔の周りに無数の建物が張り付いているような建築物だ。しかも途中から幾つか追加したのか、塔の外部に増設された小屋のようなものが幾つもあり、凸凹したどうにも珍妙な物に宗司には見えた。
「アレは……」
「メビウス王国における最大の転移パスの設置ポイントであるライン。その転移パスの全てを管理しているのがあの建物、正式名称『メビウス王国製第四転移門群』通称『とってつけ塔』です。この通称は、見た目通りのあの外見、巨大な塔に建物を強引にとってつけたことが所以らしいですね。元は数箇所の転移パスがあるだけの小さなポイントだったのですが、魔脈、または龍脈と呼ばれる大地に流れる魔力が集中するポイントというのが分かってから増設を繰り返して今の形になったそうです。現在メビウス王国における転移パスの内のおよそ三割、正確には百三十九にも及ぶ数の転移パスがあります。とはいえこれら全てが同じ規模の転移パスというわけではなく、旅行、輸送、避難用などなど、各種用途に分かれており、それらを効率よく運用するために現在の塔の形になったそうです。民衆からはとってつけ塔とは言われていますが、あの形には高度な魔術的要素が絡んでおり、増設一つとっても、魔脈の流れを崩さないように細心の注意を払って行っているため、本来なら千は容易に築いても問題ない魔力量があるにも関わらず、建設より百年以上経った現在でもその有用性に反して遅々として工事が進まないのは──」
「つまり凄いのだな」
「はい!」
メイルは煩わしそうに解説をぶった切った宗司に嬉しそうに頷きを返した。
一から作り上げ、遂には天高くにまで届きそうなその偉容は、まさに先人達が築き上げた英知の結晶だ。
百年前から築いていると言ったか。
宗司がとってつけ塔を注視すれば、外観が古いものから新しいものまで幾つもの増改築の跡が見られた。
「月日を重ねた寺にも厳かなものを感じるが……魔的なものを孕んだあの建物の雰囲気はまた違うな」
「魔力自体は高濃度にならない限り人体への影響は殆どないからね。だがそこにある人の念とでも言うものに影響されて魔力そのものが変質することはあるらしい。貴方が感じたのもそれかもしれないな……少し見てみるかい?」
クロナの返事に「うむ」と応じた宗司は、クロナの肩に乗ったままとってつけ塔のほうへ向かう。
人ごみを掻き分けて暫く、宗司達の耳に賑やかさとは違った喧騒がとってつけ塔のほうから聞こえてきた
「いつになったら転移パスは使えるんだ!」
「あっちからの商品はいつ届くのさ!」
「すみません! 現在、転移パスは諸事情により使用が許可されていません!」
「だったらせめてその諸事情とやらを教えろ!」
「それは……」
「おい! 王都が壊滅したという件とやっぱり関係があるんだろ!」
「申し訳ありません! 早急に使用できるようにしますので──」
とってつけ塔の前、入場門は現在閉鎖され、その前に数えられないくらいの人々が押しかけて門の向こう側に立つ、とってつけ塔の関係者らしき人物と口論を繰り広げていた。
どうやら何かしらの理由があって現在は転移パスが使用できない状況らしい。「何日ここに居座らせるつもりだ!」と叫ぶ者も居ることから、どうやら少なくともここ数日前から転移パスが使えない状況らしい。
その喧騒を暫く見ていた宗司達は、そそくさと踵を返すと何とも微妙な表情を浮かべた。
「まぁ、予想の範囲だな」
クロナがそう言うが、しかし三人の表情はやはり優れない。彼女が言うとおり、もしかしたら転移パスが使えないのではというのはこの道中で考えていたことだ。
何せ、王都が消滅したのだ。他国ならば、(王都が一夜どころか一瞬で吹っ飛ぶというケースがあるとは思えないが)メビウス王国と違い情報伝達の齟齬があるため、王都より離れたここラインに情報が行き届くのはもう暫くかかっただろうし、対策となればさらに遅くなっただろう。
だがメビウス王国には王国全域に張り巡らされた転移パスを用いた情報伝達網が形成されている。これを用いれば異変に気づいた誰かが他の有力な貴族に情報を連絡。他国とは違い直ぐに何かしらの対応が行えるだろう。
そして、王都消滅が何かしらの魔術─メビウス王国の優秀な術師なら、既に王都を壊滅させたのが『神魔千殺』だと気づいているかも知れない─が原因だと察したなら、犯人を逃がさないために国外逃亡が出来る転移パスを一時的に止めるということはしそうなものである。
尤も、王都を一瞬で消滅させるような存在を潜在的に王国内にとどめようとするのは下策と取る者も居るだろうが、そこは王都を消滅させた者がその後目立った破壊活動をしていないこと等など、その他の理由によって転移パスの停止が決定されたのだろう。
「もろもろ理由は考えられるが……いざとなればちぃとで転移すればいいだろ」
三人の中、直ぐに表情を元ののほほんとしたものに戻した宗司はそう二人に言った。
確かにこのことについては考えても仕方が無いことではある。迷惑をかけたことは申し訳なく思うが、だからと言って贖罪する方法もないのもまた事実。
一先ずは宿に入って、明日、改めて今後について話し合うことにしよう。
宗司の提案に二人も同意すると、未だ慌しいとってつけ塔から踵を返し、宗司とメイルを乗せたクロナは宿を探すために歩き出すのであった。
次回、黒き混沌の使徒