臓物ぶちまけて死にかけの侍を勇者として召喚してしまった件について   作:トロ

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第十一話『はじめましてと、聖女が笑う(嗤う)

 

 

 

 

 

 予想した通り、クロナと同じく巨人族ハーフといった種族も幾人か見られたこの町には、彼ら専用の宿屋があった。

 とはいえそこはクロナ達のような大柄な者のみが使える宿屋らしく、日もそろそろ傾く頃あいということで、明日の朝に宗司達がクロナのところを訪れるという形で一旦解散することとなった。クロナは久しぶりにベッドで寝れることが嬉しいらしいのか、早々に宿屋に入っていったというのが解散の本当の理由なのだが。それはさておき、残された宗司とメイルはといえば、早速手近な宿屋に入ってそのまま晩飯にありつくことにした。

 やはり流通の起点ということもあってか、出される料理の質は上等だ。テーブルの上に並べられた見慣れぬ料理の数々を見て、宗司は「ほぅ」と感心してみせた。

 この世界に来てから今まで、食事といえば干し肉やその場で狩った野性の獣の肉や山菜を混ぜ合わせたスープだったが、今宗司の前にある料理はどれも見るだけでも楽しめるものだ。

 無論、味も濃厚。かつての世界ではここまで味の濃いものは早々食べられるものではなかったため、口に運ぶために宗司は目を白黒させて舌鼓を打った。

 

「これは美味いのぉ。少々臭いがきついが……ふむ、いいものだ」

 

 宗司はスプーンに掬ったシチューを興味深そうに眺めて呟く。

 

「私としてはソウジさんとの鍛錬の後に食べる干し肉とかのほうが好きですけど……こういう食事も悪くないです」

 

 そんなことを言いながらもメイルはスプーンを休めることなくテーブルの上の食事を次々と口に運んでいる。

 

「人の好みにとやかくは言わんがな。ともあれ、こうも賑やかなところでの食事というのは久方ぶりではある」

 

 宗司達が居るテーブルの他にも、宿屋兼居酒屋としても機能しているこの店は、夕方を待つことなく人で込み入り始めている。

 メイルは気づいていないが、宗司はここに居る殆どの者がこちらに視線を向けているのに気づいた。隠す気もなく遠慮なしに見る者からなるべくこちらに気づかれないようにちらちらと見てくる者までばらばらだが、そのどれもが好奇の色に染まっている。

 それもそのはずで、クロナによって旅に耐えられるよう仕立て直されたとはいえ、ドレスにしか見えない服を平然と着こなし、背中には穢れを知らない聖剣を背負ったメイルは、どこかの貴族の娘に見える。そして宗司はといえばこれまたクロナによって仕立て直された着物姿というここでは見慣れぬ異国の服装に、腰にはやはり見慣れぬ日本刀が一本。

 好奇の視線に晒されるのは当然だ。メイルは気にしていないようだが、こういった視線をずっと浴びていては宗司にとってはむず痒い。

 だが好奇の視線も暫くすれば無くなるものだ。混雑してきた酒場内は直ぐに賑わいだし、隅っこで食事をしている二人のことなど気にするものなど直ぐに居なくなってしまった。

 気分良く食事を続けるメイルを、親が子を見るような心境で穏やかに眺めつつも、宗司は周囲の会話に耳を傾ける。

 

「しかし参ったよな」

 

「あぁ、王都壊滅ってのは眉唾だが……もう四日も転移パスが使えねぇとなると、いよいよもってってやつか?」

 

「北の戦線も冬の前にまた退いて新たに戦線構築をするらしい。噂が本当だとしたら、まだそれなりにマシな南側の国も危ないだろう。知り合いの知り合いにそういうのに詳しい先生が居るみたいだが、帝国が瓦解すれば後は雪崩のようにメビウス王国外の国家群は魔族側に潰されるってよ。噂通りなら、メビウス王国も潰れるんじゃねぇのか?」

 

「学者先生はどうも悲観的な意見だな……まぁ、そうなっちまうのも無理はねぇ。長引く戦争でこっちの資源はぎりぎり、メビウス王国を中心とした南国連合の供給で北の戦線は辛うじて維持出来てるだけだしな。これでイシスの大結界がどんなに頑張っても十年後には自然に決壊するってんだ」

 

「……ったく、こうなりゃ自棄酒だ」

 

(どうやら思った以上にこの国の外は大変みたいだな)

 

 聖剣暴発がトドメにならなければいいのだが。とも思うのだが、多分トドメになっているだろう。

 ままならぬものだなぁと思いながらスープを一掬いしていると、先程の商人達が再度語りだした。

 

「それよりも……お前はどうする?」

 

「どうするって?」

 

「とぼけるなよ。アポロン山脈の手前にあるガイア大樹海にあるっていう放棄された転移パスさ」

 

「あぁ……ライン建設よりも前に一度作られてそのまま破棄されたパスだったけか? でもあそこはアポロン超えてそのまま居ついた蛮族が大量に居るだろ。何とか住み分け出来ているから樹海に入らなければ安心とはいえ、入ったら最後、傭兵団雇っても突破は無理だろうよ」

 

「だよなぁ……やっぱ現実的にはここで待つか、もしくは他のところに移動するしかねぇよな」

 

 宗司は二人の会話を聞きつつ他の会話に耳を澄ますと、どうやら破棄された転移パスの話題で持ちきりのようだ。

 その間に、そこで暮らしているという蛮族─ナイというらしい─がアポロン山脈とメビウス王国の間に広がるガイア樹海を与える代わりに、侵入者を迎撃するようにといういわば番人の役割を与えられているということを宗司は知った。

 聞けば聞くほど、幾らパスが使えず帰ることが出来ないとはいえ、アポロン山脈を越えるのはともかく、破棄された当時そのままで残されているため、使える可能性の高いガイア大樹海の転移パスを使わないのかという理由が分かる。

 ナイは排他的であり、王国からの使節団以外の人間は見つけ次第問答無用で殺しにかかってくること。しかも殺した敵は人間だろうがなんだろうが食ってしまうとも言われており、まさに蛮族に相応しく、人間の皮を被った魔族のようなものらしい。

 

「ふむふむ」

 

「ソウジさん?」

 

 メイルはお腹が満たされようやく人心地ついたところで、宗司が口元に小さな笑みを象っていることに気づいた。

 きっとご飯が美味しかったんだろうなぁ。

 嬉しそうな宗司を見てそう思うメイルに、宗司は小さく喉を鳴らすと一言。

 

「予定が決まった。早くても明後日にはここを出るぞ」

 

「結構早急ですね。まぁ聖剣もありますし、ある程度の食料と水さえあれば問題ないとは思いますけど……直ぐに転移するのですか?」

 

 メイルの問いかけに宗司は首を横に振った。

 

「いや、聖剣は使わんよ。その前に少々散策がてら、修行でも良いかと思うてな」

 

「修行ですか?」

 

「俺も、お前も、くろな殿もな。話を聞いたら、さっさと行くとしよう」

 

 一人で勝手に納得している宗司に、メイルは首を傾げるばかりだ。

 だがそんなこと、稽古してもらっている最中はいつも難解な言い方をする宗司である。今更、この人が何を思っているのか一々詮索するのも面倒というもの。

 

 翌日、そのせいでクロナがこれで幾度目になるか分からないほど頭を悩ませることになるのだが、今はそんなことより食後のデザートのほうが気になるメイルであった。

 

 

 

 

 

 

 豊富な資源を独占しているにも関わらず、激化する魔族との戦争には物資提供以外は一切かかわらないメビウス王国。これに対して当然、周囲の国家はいい気分にはならないが、それでもメビウス王国に対して何かしらの報復をしないのは、他国とメビウス王国を分かつ巨大な山脈、アポロン山脈があるからだと思われている。それが人々の間に広まっている共通認識だ。

 だが正確にはそれは真実ではない。アポロン山脈は確かに、雲をたやすく突き抜けるほどの巨大な山脈で、転移以外での移動は難しいというのもあるが、問題なのはアポロン山脈を越えた後、広大なガイア大樹海と、そこに住む原住民――メビウス王国と盟約を交わした戦闘民族のせいである。

 盟約の内容は、侵入者は問答無用で殺しつくせ。

 転移パスが構築されてから今に至るまで、ただそれだけを守り続けた恐るべき戦闘民族を、それを知る者達は畏怖を込めて蛮族と呼んだ。

 

「そういうわけで、大樹海とやらに行くとするぞ」

 

 久しぶりのベッドを満喫した翌日、朝も早くから宗司に叩き起こされたクロナは、とびっきりの良い笑顔でそんなことをのたまった宗司に、全力の拳を振り下ろしていた。

 だが怒りの拳は虚しく空を裂くばかり。当たれば人間の顔面などトマトのように弾くことが出来る拳は、宗司の耳元を僅か掠めるに終わった。

 

「危ないではないか」

 

「君が! 危ないことを! しようとしてるんだよ!」

 

 クロナは語気を強めてそう叫んだ。

 だが宗司は実にどうでもよさそうに頷きをひとつ返すばかりである。

 駄目だ。こいつとメイルを野放しした自分が間違っていた。

 内心で後悔をするがもう遅い。既に宗司は行く気満々であり、この様子ではどう言おうが決して意見を曲げることはないだろう。

 

「……それで、メイルの許可はとったのだろうか?」

 

「うむ。めいるのことは気にせんでもよい。奴にも良い経験になるだろう」

 

「はい! 修行ですよ!」

 

 クロナは宗司の隣で目を輝かせているメイルを見て頭を抱えた。純真無垢な笑顔は、つまるところ状況を殆ど理解できていないということを示しているようなものである。

 

「……既に知っているとは思うが、大樹海にいるという蛮族は問答無用で侵入者を殺す危険な存在であることよりも、アポロン山脈を越えたとしても、彼らが居るから進軍は出来ないと周辺国家に言わしめる程の戦闘力を誇っているところにあるんだぞ?」

 

 最早、説得は殆ど不可能だと悟ったクロナだが、それでも助言を告げるものの、宗司はむしろ嬉々とした笑みを一層深めるばかりだ。

 

「だとしたら好都合というものだ。有象無象を斬るのはつまらんが、敵が武士であるならば仕合える喜びがあるというもの」

 

「喜びですね。そうみたいですよクロナさん」

 

「……ぅん」

 

 泣きたい。

 宗司とメイルが浮かべる笑顔とは対照的に今にも泣き崩れそうになるクロナ。だがそれも一分程で葛藤を終えていた。

 つまるところ、ヤケクソというものである。

 

「……まぁいいさ。私の命は君達に救われた物。であれば、その決定に一々文句をつけるのも野暮というものか」

 

「はははっ、そう言わずに今後もお主の意見はほしいところよ。勿論――」

 

「聞き入れるかどうかは別、と言ったところか?」

 

「そういうものさ」

 

 宗司はそう言うと二人に背を向けた。

 

「とはいえ何も今日出発するというわけではない。お主の了承も得られたからな、出立は明日にするとしよう」

 

「ソウジさんは何処に?」

 

「何、俺は一人で散策でもする。お主達はのんびりと準備をしておれ……ではな」

 

 メイルの問いに宗司は振り返ることなく答えると、そのまま人ごみの中へとまぎれていった。

 驚くことに人の影に隠れたと思った瞬間には、宗司はクロナの知覚を騙してそのまま姿をくらましていた。

 その絶技にメイルは気付くことはなく宗司の姿を探すだけだが、クロナは新たな驚きを覚える。

 

「全く、もう驚くことはないと思ったが……君には驚かされるばかりだ」。

 

「クロナさん?」

 

「何でもない……さて、折角女の子だけになれたんだ。今日は一日私と街を散策しないかい?」

 

「はい!」

 

 二つ返事で答えるメイルに笑顔を浮かべつつ、クロナはおそらく宗司が消えていっただろう方角を見据えた。

 

「……頼むから、トラブルだけは勘弁してくれよ」

 

 そう願うばかりではあったが、果たしてあの男が一人でうろついて、問題を起こすことなく平穏無事に一日を過ごせるようには思えないクロナなのであった。

 

 

 

 

 

 別に一人になった理由は特にない。あえて理由を挙げるならば、ここ暫くは一人で何処かをうろつくなど出来なかったので、久しぶりに一人になりたかったというところか。

 血はしっかり流しクロナの手で仕立て直されたとはいえ、宗司の着物姿と腰に見慣れぬ剣、刀を差した姿は人々の視線を否応なく集める。

 だがそこは王都を壊滅させても平然とその話を聞けるだけの猛者。視線程度など何処吹く風と露店を冷やかしたりしつつ、宗司は久しぶりの一人を満喫していた。

 

「しかし、処変われば品も変わると良く言ったものだな……まぁ、酒は何処で飲もうが味は違えど酔えるのは良いことだ」

 

 露店で適当に選んだ串焼きと酒を口に運びつつその味に舌鼓を打つ。

 さて、次はどの店に入るとしようか。宗司は何か目新しい物を探して周囲を見渡していると、不意に殺気にも似た気配を敏感に覚えた。

 

「ほぉ」

 

 好奇心の赴くまま、人ごみの間を縫うようにして殺気元へと向かっていった宗司が見たのは、花が咲くような温かい笑顔を浮かべている修道服らしきものを纏った美しい女性を数人の男が囲っているところであった。

 どうやら道の隅の目立たないところに押し込んで、騒ぎにならないようにしているところを見ると、あの男達は『そういうこと』をやりなれているのだろう。

 これは面白いところに遭遇したものだ。宗司は内心躍らせつつ、一方的に女性を威圧し続けている男達の一人の肩を叩いた。

 

「あん? なんだテメェ?」

 

 振り返った男達は、いずれも細見の宗司と比べると一回り以上巨大な肉体を誇っている。人相の悪さも相まって、上から見下ろしてくる威圧感は常人なら萎縮してしまうほどのものがある。

 だが所詮は常人が驚く程度。それにそもそも、宗司の目的は『この男達ではないのだ』。

 

「ちと退いてくれ。俺はそこの女子に用があるだけでな。お主達には興味ないのだ」

 

「あぁ? それはこっちのセリフだぜクソガキ。変なのは服だけじゃなくて、その目ん玉と脳味噌もか?」

 

「生憎と異国の風土には慣れてなくてな。だが、人の善意を無碍にするのは良くないぞ? なぁ、お主もそう思わぬか?」

 

 宗司は男達にではなくて、その背後で優しく微笑んでいる女性へと問いかけた。

 

「……ふふ」

 

 女性は問いかけには答えずにただ笑うだけだ。

 だがあからさまに無視された男達は黙っているわけにもいかない。顔を真っ赤に染めた男の一人が、問答無用と宗司目掛けて拳を振り上げ――

 

「……ったく、俺は雑魚を相手にして要らぬ面倒を起こすのは嫌なのだ」

 

 そう言ってため息を吐き出した宗司の両腕は組まれたままだ。

 だが、宗司目掛けて拳を振り上げた男の動きはその状態で止まっている。よく見ればその顔は赤ではなくいつの間にか青ざめており、その顔はおろか全身から滂沱と冷や汗を流しだしていた。

 それはその男だけではなく、周りの男達も同じである。全員が顔を青ざめさせて、両腕を組んでいるだけの宗司から目を逸らすことも出来ずに硬直していた。

 

「この程度の圧で動けなくなる雑魚はどうでもいい……さて」

 

 賊やメイルに使用した殺気を用いた金縛り。宗司はそれをその場の者達『全員』にぶつけていた。

 男達が動けなくなったところで、改めて問いを投げかけられた女性は笑顔を崩すことなく佇んだままだ。だが女性はゆっくりと一歩踏み出すと、その進路上にいた男の隣を抜けて宗司の前に立った。

 

「危ないところをありがとうございました」

 

 女性はそう言うと、誰もが見惚れるくらい美しい笑顔で宗司へ一礼をした。

 繰り返すが、とても美しい女性だ。背丈は宗司と同じくらいか、この世界の特殊な例を除き(クロナのような巨人族のハーフ等)随分と背が高いが、可愛いというよりも彫刻品のような美しさを誇るこの女性はさらに一回り大きく見えた。

 修道服に包まれた肢体は程よく肉がついており、芸術品のような美しさとは別に、男を惑わす色香にも溢れている。

 それが食虫植物から香る甘い匂いとも知らずに男達はこの女性の魅力にやられたのだろう。だが宗司は女性の修道服を越しでもわかる豊満な体よりも、その手足に目を奪われていた。

 

「やはりな……あの殺気、お主のものだったのだろう?」

 

「はて?」

 

「……まぁ、良い」

 

 宗司は不思議そうに小首を傾げる女性の掌に視線を移した。

 これ以上ないと言えるほど完成された美しさを持つ女性だったが、だからこそその掌は一際異彩を放っていた。

 別にこれといって異常があるわけではない。誰が見ても傷一つない白い指先だ。

 しかし香るのだ。

 堪らなく臭うのだ。

 

「俺は宗司という。良ければお主の名前も教えていただけぬだろうか?」

 

「これはご丁寧にありがとうございます。私は偉大なる神――にゃるに仕える忠実なる僕の一人」

 

 女性はそう言うと、吐き気をもよおすほど濃密な死の臭いをまき散らす掌を宗司に向けて改めて微笑みを浮かべた。

 

「ナイル・アジフと言います。よろしくお願いしますね、ソォジさん」

 

 

 

 

 




次回、修羅場
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